2023年の終わりに

関東最大級の珍奇永久素人音楽BLOGを始めてとうとう丸20年が過ぎてしまった。
軽々しく20年とか言ってるが、20年前はあの大谷翔平は小学生だったんだね・・・山本由伸なんか幼稚園児だったんだよ・・・という当たり前の事実に昏倒しそうである。

「聴いてない音楽を公表して聴いてる人からアドバイスを受ける」という図々しくセコいコンセプトは20年経っても変わらず、聴いてないシリーズはとうとう300回を突破。
残りの人生で300組全てを鑑賞することも確実に不可能。(日本語少し変)
結局20年経っても一向に「聴いてない音楽」が減らないので、もう治療の施しようはなく、細々と延命鑑賞を続けるだけである。
というわけで今年もド素人として年の瀬(の言い訳)を迎えることとなりました。

ふと思ったんですけど、昔(今もある?)主にクラシックを高級オーディオで聴かせる「名曲喫茶」ってのがあったと思うが、アレのロック版てあるんでしょうかね?
喫茶店でなくても生涯学習とかカルチャースクールみたいな企画でもいいので、アルバム制作経緯やアーチストの生い立ちやモメ事も含めて、通いで勉強したらおもろいんちゃうかと思ったりしたんですけど・・・
いずれにしろ令和ロマンの現時点で「名曲喫茶のロック版」などとオワコンの二乗を思いついてること自体が終わってますよね・・・

戯言はさておき、今年の聴いてないシリーズは以下のとおり。

聴いてない 第296回 ジョージア・サテライツ
聴いてない 第297回 シック
聴いてない 第298回 トミー・ツートーン
聴いてない 第299回 ジョー・コッカー
聴いてない 第300回 スモーキー・ロビンソン
聴いてない 第301回 アンブロージア
聴いてない 第302回 アンスラックス
聴いてない 第303回 シャカタク
聴いてない 第304回 シンニード・オコナー
聴いてない 第305回 スレイヤー
聴いてない 第306回 UB40
聴いてない 第307回 トム・ウェイツ
聴いてない 第308回 エイス・ワンダー

今年は13本で昨年より3本少ない。
相変わらず唐突で脈絡もなくジャンルもバラバラだが、20年やっていてもシックやスモーキー・ロビンソンやトム・ウェイツなど超大物芸人がまだ登場している。

一方で当BLOGの本業である聴いてみたシリーズは以下の6本。

聴いてみた 第175回 ジェフ・ベック その6
聴いてみた 第176回 ジャーニー その2
聴いてみた 第177回 スティクス その3
聴いてみた 第178回 リトル・フィート
聴いてみた 第179回 ブルー・オイスター・カルト
聴いてみた 第180回 ELO その3

今年は若干産業ロックに傾いた感じ。
リトル・フィートは厳密には再履修で、また発作的にブルー・オイスター・カルトなんか聴いてみたが、いずれも定着の予感は全くない。
やはり聴きなれたジャーニーやスティクスのほうが安心するのは明白だった。
今後もブルースやカントリーやメタルやプログレやブラック・ミュージックに挑戦することはもうほとんどないと思う。(全然ダメ)
積年の課題だった元ビートルズ4人のソロ鑑賞も、ストーンズやクラプトンの学習も今年は全く進まなかった。(さっさと聴けよ・・・)

またこれも年末恒例の寂しい企画となってしまったが、今年の物故ミュージシャンは以下のとおり。

フレッド・ホワイト(聴いてない 第24回 アース・ウィンド&ファイアー
ジェフ・ベック(聴いてみた 第175回 ジェフ・ベック その6
デビッド・クロスビー(聴いてない 第128回 クロスビー、スティルス&ナッシュ
ゲイリー・ロッシントン(聴いてない 第279回 レーナード・スキナード
ボビー・コールドウェル
ハリー・ベラフォンテ
アンディ・ルーク(聴いてない 第141回 ザ・スミス
ティナ・ターナー(聴いてない 第264回 ティナ・ターナー
シンニード・オコナー(聴いてない 第304回 シンニード・オコナー
ランディ・マイズナー(聴いてみた 第125回 イーグルス その3
ロビー・ロバートソン(聴いてみた 第83回 ザ・バンド
スティーブ・ライリー(聴いてない 第291回 W.A.S.P.
デニー・レイン(聴いてみた 第164回 ポール・マッカートニー&ウィングス その4

今年は何と言ってもジェフ・ベックの訃報が一番ショックが大きかった。
大して聴いてない自分でもそうだったので、真面目に聴いてきた世界中のファンにとっては相当なダメージだったと思う。
三大ギタリストの中で最も健康的で躍動感もあった(ように見えた)ジェフ・ベックが、一番先に亡くなるとはファンの誰もが思っていなかっただろうし、ジェフ本人もそう思ってたんじゃないだろうか。

なおボビー・コールドウェルとハリー・ベラフォンテはBLOGでは採り上げていない。
ボビーはアルバム2枚を聴いており、一応自分の基準では聴いていることになっているためである。
一方ハリー・ベラフォンテは「バナナ・ボート」と「We Are The World」(の参加)しか知らない。
実は今年も訃報によって初めて名前を知った人もいるのだが、やはり年を追うごとに訃報が増えてる気がして切ない。

今年の読んでみたシリーズは、ちくま新書「デヴィッド・ボウイ」だけである。
文藝別冊シリーズも最近は海外ミュージシャン企画は難しくなってきたらしく、昨年読んだ「ヴァン・ヘイレン」(2021年2月出版)以降洋楽アーチスト本は出ていないようだ。
ここはやはり我々中高年が文化としての洋楽評論を残すべく奮起せねばならない。(棒読み)
音楽産業も出版界も先行きは果てしなく暗いが、今後も良質な深掘り文献に巡り合えることを期待したい。

というわけで、ご指導いただいたみなさま、20年間ありがとうございました。
20年経っても全く成長しなかった自分ですが、よろしければ21年目も引き続きよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター (ちくま新書) Kindle版

ボビー・コールドウェル ハート・オブ・マイン+1(K2HD/紙ジャケット仕様)

音楽と出会う場所へ―― 名曲喫茶探訪 (ONTOMO MOOK) ムック

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2022年の終わりに

首都圏最大級の素人音楽BLOGを始めてとうとう丸19年が過ぎてしまった。
今さらだがふつう19年間も同じ事を続けていれば、職人の世界ではベテランの領域である。
しかしながら一向に初心者マインドは消えないままだ。
そもそも「聴いてない音楽を公表して聴いてる人からずうずうしくアドバイスを受ける」というセコいBLOGなので、聴いてなかった音楽を聴けば目的は達成されて本来は終了である。

しかし聴いてない音楽は全然減らず、次々にわいてきて気づけば295組も採り上げてしまった。
残りの余生で295組全てを鑑賞することも不可能だと思う。
というわけで今年もド素人として年の瀬を迎えることとなりました。

今年の聴いてないシリーズは以下のとおり。

聴いてない 第280回 リトル・フィート
聴いてない 第281回 フー・ファイターズ
聴いてない 第282回 ウォーターボーイズ
聴いてない 第283回 ガース・ブルックス
聴いてない 第284回 ザ・レンブランツ
聴いてない 第285回 ダム・ヤンキース
聴いてない 第286回 ワン・チャン
聴いてない 第287回 スライ&ザ・ファミリー・ストーン
聴いてない 第288回 スウィート
聴いてない 第289回 ラッシュ
聴いてない 第290回 ラット
聴いてない 第291回 W.A.S.P.
聴いてない 第292回 ファルコ
聴いてない 第293回 G・ラヴ&スペシャル・ソース
聴いてない 第294回 ブルーノ・マーズ
聴いてない 第295回 ブラック・クロウズ

恐ろしいことに16本も書いている。
昨年より4本も多い。
しかも19年目なのにフー・ファイターズやガース・ブルックスやブルーノ・マーズといった現役の超大物芸人がまだ登場している。

逆に聴いてみたシリーズは昨年よりも少なく、以下の5本。

聴いてみた 第170回 リンゴ・スター
聴いてみた 第171回 ビートルズ その2
聴いてみた 第172回 ブラインド・ガーディアン
聴いてみた 第173回 フリートウッド・マック その2
聴いてみた 第174回 スティクス その2

昨年から続く元ビートルズ4人のソロ鑑賞だが、今年はリンゴを1枚聴いただけに終わった。
しかもビートルズの「With the Beatles」を今年初めて聴いたという、中高年なのに中学生みたいな手の施しようのないシロウトっぷりである。
ストーンズやクラプトン学習も全く手つかずの状態。
最後にストーンズの記事を書いたのはもう5年以上も前だ。
他の聴いてない名盤を全部聴くには、やはりあと200年くらいかかりそうである。

さて結局年末恒例となってしまったが、今年訃報に接したミュージシャンは以下のとおり。
ミート・ローフ(聴いてない 第87回 ミート・ローフ
イアン・マクドナルド(聴いてみた 第4回 キング・クリムゾンその2
ゲイリー・ブルッカー(聴いてない 第88回 プロコル・ハルム
バリー・ベイリー(聴いてない 第225回 アトランタ・リズム・セクション
テイラー・ホーキンス(聴いてない 第281回 フー・ファイターズ
アンドリュー・ウールフォーク(聴いてない 第24回 アース・ウィンド&ファイアー
アンディ・フレッチャー(聴いてない 第239回 デペッシュ・モード
アレック・ジョン・サッチ(聴いてない 第57回 ボン・ジョビ
アラン・ホワイト(聴いてみた 第6回 イエス
オリビア・ニュートンジョン(聴いてない 第66回 オリビア・ニュートンジョン
ジョン・ハートマン(聴いてみた 第152回 ドゥービー・ブラザーズ その2
ギャリー・ロバーツ(聴いてない 第68回 ブームタウン・ラッツ
キース・レヴィン(聴いてない 第79回 クラッシュ
クリスティン・マクヴィー(聴いてみた 第173回 フリートウッド・マック その2
テリー・ホール(聴いてない 第127回 スペシャルズ
マーティン・ダフィー(聴いてみた 第76回 プライマル・スクリーム

中には今回訃報によって初めて名前を知った人もいるのだが、なんか年を追うごとに訃報が増えてる気がして切ない。
やはりダメージが大きかったのはクリスティン・マクヴィーだ。
聴いてないくせにダメージとか言うのもおこがましいとは思うが、マック学習に多少意欲が出てきていたところだったので、やはり残念である。

今年の読んでみたシリーズは、炎 Vol.3「エドワード・ヴァン・ヘイレン特集」だけである。
CDもそうだが、音楽関連書籍も雑誌も週刊ポストも夕刊フジもみんなもう我々中高年の趣味文化としてしか成立してない同じ枠になっている。
だから我々があきらめていてはダメなのだ。(何の決起?)
古き良き洋楽の文献をあさって楽しむ・共有するということは中高年の矜持として続けていきたいと考えている。(意味不明)
毎年同じセリフで恐縮だが、音楽産業も出版界も見通しは果てしなく暗いが、今後も良質なテキストに巡り合えることを期待したい。

というわけで、コメントくださったみなさま、19年間ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

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やってない 第45回 モツを食べる

南関東でもトップクラスの経験値のなさを誇る中高年のSYUNJIといいます。
今日は若干季節を先取りした?話題。
何の自慢にもなりませんが、自分はモツを食べるという習慣がありません。

自分は関東の人間だが、「関東人なのでモツは食べない」という図式があるとも思えない。
ふつうの関東のおっさんでも、飲み屋や忘年会や家庭でモツぐらい食ってるもんだろうと思う。
ただし自分にはその習慣がない。

モツを食べる習慣は子供の頃からなかった。
というかそもそも子供はあまり食べないもの・・というイメージなんですけど、合ってますかね?
我が家で食べてこなかった理由は不明だが、両親が家でモツを料理したり食ったりしていたことは全くなかったのだ。
別に高貴な家庭でもなく親がベジタリアンだったわけでもない。
父親はむしろゲテモノ食いの傾向もあり、カエルの缶詰を北欧土産で買ってきたり駅前の汚い飲み屋でスズメや豚足などを喜んで食っていたクチである。
だがなぜか我が家の食卓にモツが登場したことはなかった。

その習慣は中高年の今も変わっておらず、スーパーで「こてっちゃん」なんて買ったこともない。
モツ鍋と言えば博多の名物・・ということくらいは知ってるが、何度か博多に行った時も「じゃあモツ鍋食ってみるかな」とは全く思わなかった。

ただし、生涯で一度もモツを口にしたことがない・・わけでもない。
会社の忘年会や友人と行った居酒屋で出てきたメニューの中に、モツ煮込みやモツ鍋があって食べたことがある、程度。
積極的に注文したことは一度もない。

最後に食べたのは7~8年前。
中学の同級生が近所で居酒屋をやっていて、そこで同級生たちと忘年会を行った。
店自慢のモツ鍋がコース料理で登場し、同級生たちは大絶賛。
友人の手前、自分もうまそうな顔を作って食ってはみたが、正直あまりそのおいしさがわからなかった。
「ニラがまたうまい」と言ってたヤツもいたが、実はニラもそんなに好きではない・・(全滅)

単純に言えば「モツは好みではない」ということになるが、具体的にはあのどこか生臭いような味や、正肉とは違う食感が好きではない、ということになる。
身も蓋もない意見だが、金を出して食うなら、やはりカルビやロースやとんかつや唐揚げのほうがうまいと思う。
他人の金でも同じですけど。
「焼き肉行こうぜ」と「モツ鍋行こうぜ」では、言われた時のテンションが大違いなのだ。

「モツ」と「ホルモン」の違いもよくわかっていないが、ウィキペディアによれば、

広義には、臓物全般を指す。
この場合、肝臓や心臓を「赤モツ」、胃や腸を「白モツ」と呼んでいる。
狭義には「小腸」を「モツ」「ホルモン」と呼ぶ。

とのこと。
臓物だからモツなのはわかりやすいが、ホルモンってなに?
・・・と思ったら、関西弁で言う「放るもん」=「捨てるもの」という説が有力だそうだ。
それまで捨てていた臓物を誰かが食ってみたら案外うまかった、というのが起源で、人体の分泌物ホルモンとは関係ないらしい。
まあいずれにしろ食べませんが。

「本当にうまいモツを食べたことがないだけだろ」というご指摘はあろうかと思うが、おそらく福岡の名店で最高級モツ(ってあるの?)をごちそうになったとしても、自分の感覚は変わらない気がする。
食べ慣れていないだけかもしれないが、このトシで味覚や好みが劇的に変化するとも思えないので、たぶんムリじゃないかなぁ・・・

というわけで、モツ。
コロナ禍で会社の飲み会もほぼ壊滅状態なので、この先も忘年会でモツ鍋・・という展開も当分ないだろう。
なのでおそらく克服する機会も意欲もやって来ないと思われますが、みなさんはモツ、お好きですか?
うまいモツの名店やモツにまつわる思い出など、教えていただけたらと思います。

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2021年の終わりに

音楽史上最強の素人BLOGを始めてとうとう丸18年が過ぎてしまった。
毎年恒例のセリフだが、もう何年経とうが万年初心者は永久に解消しないことはわかりきっているので、今年もド素人として年の瀬を迎えることとなりましたよ。(開き直り)

昨年から続くコロナ禍により、三流会社員の自分も在宅勤務中心となった。
毎朝満員電車で通勤をしなくなったのはありがたい話だが、それにより音楽を聴く機会も激減してしまった。
長いサラリーマン生活で通勤時間がいかにムダだったかはよくわかったが、実はそのムダな通勤の電車内こそが、自分専用のオーディオルームだったのだ。
これはこれで悲しい話。

しかも今年は正月早々入院なんかしてしまい、秋頃まで通院で治療もしていたので、一般的には音楽どころじゃなかった・・という状況ではあった。
ただし、入院や治療中の苦痛を少しでもやわらげる手段として、音楽が有効だったことも事実である。
ということで、今年の記事や鑑賞を振り返ってみた。

聴いてないシリーズで採り上げたアーチストは以下のみなさんである。

聴いてない 第268回 ジョン・パー
聴いてない 第269回 シュガー・レイ
聴いてない 第270回 カジャグーグー
聴いてない 第271回 パティ・スマイス
聴いてない 第272回 クォーターフラッシュ
聴いてない 第273回 Eve6
聴いてない 第274回 レオ・セイヤー
聴いてない 第275回 M
聴いてない 第276回 アイアン・バタフライ
聴いてない 第277回 レイ・パーカー・ジュニア
聴いてない 第278回 バックストリート・ボーイズ
聴いてない 第279回 レーナード・スキナード

相変わらず脈絡は全くないが、12本も記事が書けた。
18年目でもアイアン・バタフライやレーナード・スキナードといった大物芸人が登場。
一方でカジャグーグーやMといった日本では一発屋扱いの方々や、シュガー・レイやEve6などの90年代芸人も採り上げてみた。
採り上げただけで鑑賞に至った事例は今年もなし。
我ながら骨の髄までの素人っぷりである。(意味不明)

当BLOGの基幹産業である聴いてみたシリーズ、今年の成果は以下のとおり。

聴いてみた 第161回 ブルース・スプリングスティーン その2
聴いてみた 第162回 デビッド・ボウイ その2
聴いてみた 第163回 ポール・マッカートニー&ウィングス その3
聴いてみた 第164回 ポール・マッカートニー&ウィングス その4
聴いてみた 第165回 ハロウィン
聴いてみた 第166回 ジョン・レノン
聴いてみた 第167回 ジョン・レノン その2
聴いてみた 第168回 ポール・マッカートニー その5
聴いてみた 第169回 ジョージ・ハリスン その2

今年は元ビートルズの3人を中心とした鑑賞に特化した年でもあった。
18年もBLOGをやっていながらまだこんな所にいる。
しかも元ビートルズ4人に限っても、まだ誰のソロ作品も全盤制覇していない。
リンゴ・スターは全く手つかずである。
ストーンズやクラプトン学習も未だ中途半端なままだ。
こんな調子では他の聴いてない名盤を全部聴くには、あと180年くらいかかりそうである。

恒例にするつもりもなかったが、今年もこのくくりを使うことになった。
これまで記事を書いた中で、今年この世を去ったミュージシャンは以下の方々である。

マイク・ネスミス(聴いてない 第221回 モンキーズ
チャーリー・ワッツ(聴いてみた 第140回 ローリング・ストーンズ その17
ダスティ・ヒル(聴いてない 第54回 ZZ TOP
ジェフ・ラバー(聴いてない 第204回 シンデレラ
ティム・ボガート(聴いてみた 第34回 ベック・ボガート&アピス
ロン・ブッシー(聴いてない 第276回 アイアン・バタフライ
レスリー・マッコーエン(聴いてない 第59回 ベイ・シティ・ローラーズ

全員を詳しく知っていたわけではもちろんないが、訃報を知ってなお、やはりどのバンドも鑑賞に発展していない。
ローラーズでは昨年のイアン・ミッチェルに続いてレスリーも故人となってしまった。
この中ではやはりチャーリー・ワッツが最も世界中に衝撃を与えたと思われる。
まだ追悼本を目にしたことはないが、そのうち文藝別冊シリーズで出そうな気がする。

今年の読んでみたシリーズは、その文藝別冊「ヴァン・ヘイレン」だけである。(実は入院中に読んだ)
以前も書いたことだが、我々中高年の文化として、古き良き洋楽の文献をあさって楽しむ・共有するということは続けていきたいと考えている。
音楽産業も出版界も見通しはどうしようもなく暗いが、今後も良質なテキストに巡り合えることを期待したい。

というわけで、コメントくださったみなさま、18年間ありがとうございました。
果たしていつまで続けられるのかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

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やってみた 入院

新年早々おだやかならぬタイトルですが、このコロナ禍の最中に人生で初めての入院をしてみました。
「してみました」などとオシャレなコーデのチョイスのように言ってますが、もちろん積極的意欲的にトライしたわけではなく、医師の指示に従っただけ。
今年に入ってBLOG更新が止まっていたのも、そういう事情です。

これまでの生涯で入院も手術もしてこなかった自分ですが、思わぬ形で経験するはめになりました。
新型肺炎ではなく、内臓の病気です。
10月半ばからみぞおちや背中に異常な痛みを感じるようになり、近所の医院・総合病院でもよくわからず、大学病院でようやく病状が判明。
手術してみないとその後の治療方針も立たないとのことで、渋々入院・手術に同意。
手術や検査や麻酔など山ほどの同意書に署名しました。
まあ「ハイ喜んで」と居酒屋チェーンみたいにウキウキ同意する患者もいないとは思いますが・・

入院は2週間ほどでしたが、やはり想像以上に大変でした。
術後の痛みは当然苦痛でしたが、点滴や尿管などにつながれている間は自由に動けず、かと言って食事と検査以外にやることもなく、日中のテレビはワイドショーばっかで楽しくもなく、とにかく退屈でした。
これは入院あるあるかもしれませんが、ベッドに寝ながらテレビ見るというのが意外に大変でした。
テレビがベッド横のためどうしても体や顔をテレビに向けてひねらないといけないので、病気の身としてはキツイ体勢になります。
テレビを顔の正面に持ってこれるようなアームを設置するなど、改良の余地が大いにあると思います。(文句ばっか)

一方で病棟で働く看護師のみなさんは若い方ばかりでしたが、どの人も当たりが柔らかく動作は機敏でムダがなく、感心することしきりでした。
倒産寸前の出版社に勤務するポンコツ会社員とは対極にあるような方ばかりで、お世話していただくのが申し訳ないと感じていました。
また1日おきに病室に清掃担当の方が来るのですが、これもとても申し訳なく、思わずモップを奪い取って「あああすいません、いーですいーです、自分でやりますから」と毎回言いたくなりつつベッドで身を縮めていました。

入院すると食事が唯一の楽しみになる、という話はよく聞きますが、自分の場合そこまでの渇望はありませんでした。
特に術後2日目までは五分粥だったのですが、さすがに味も食感もなく楽しみとはほど遠いものでした。
ただ動かないから腹も減らないんだろうなと思ってましたが、意外とそうでもないもんですね。
小食な自分ですが、日々出される食事はほとんど完食していました。

さて入院にあたり多くの方は本を持ち込むと思われますが、自分が持ち込んだのは東京の旅行ガイドブック(地球の歩き方)でした。
小説や漫画だとあっという間に読み終えてしまい、時間が持たないと思ったのです。
でも結論から言うとガイドブックも2日くらいで飽きていまいました。

病室ではスマホ使用はOKでしたが、wi-fiやタブレット持ち込みは禁止。
なので通信料がかさみそうな動画サイトや漫画アプリの利用は極力控えました。
まあ普段からそんなに見ないですけど。

そんな中重宝したのは、MP3プレイヤー「ウォークマン」。
CD200枚分くらいを入れてあり、またFMラジオも聴けるので、かなり暇つぶしになりました。
なお入院という心身共に弱った状態では、やはりサバスメタリカといった重く暗い音楽よりも、おだやかで静かなサウンドがいいようです。
聴いていていいなと思ったのはイーグルスでした。(70年代の全アルバム聴いた)
普段はそれほど鑑賞意欲のないイーグルスですが、入院という特殊な環境下においては有効なのだと感じました。

未だ緊急事態宣言も解除されない中、全国の医療従事者のみなさんの苦労は大変なものだと思います。
そんな中で低賃金下級国民である自分が、貴重な医療資源を使って入院・手術などしていてよいものかという葛藤はありましたが(本当か?)、「コロナで大変だからオマエは後回し」などとならずに済んだのはとてもありがたいことでした。
これまで特に体に悪いことを続けてきたつもりもありませんが、今後は今まで以上に健康に気を使い、できるだけ病院のお世話にならないよう務めるつもりです。

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2020年の終わりに

アジア唯一の珍奇BLOGを始めてとうとう丸17年が過ぎてしまった。
始めた頃は「よおし17年間続けたる!」などといった野望や気合いは一切持っておらず、それは今も変わらない。
ただやめなかったんで続いてるという町内会のつまんない役員みたいなあたしのBLOG。

ここまでの記事数は779。
コメントは、自分のものも含めて5764。
トラックバックはもう二度と来ないが、調べたら2013年が最後で通算402だった。

さて2020年は今なお続くコロナ禍という厄災の年であった。
世界中で全く影響なく過ごした人類なんかいないんじゃないかとも思う。
自分も3月以降は旅行も飲み会も行っていないし、家族と仕事関係の人以外には一切会っていない。
まあ旅行はともかく、コロナ騒動がなくても普段から飲み会も滅多に行きませんけど。

で、世界中がコロナ禍に包まれようともいっこうに聴いてない音楽は減らないが、今年白状した聴いてないシリーズは以下である。

聴いてない 第257回 パブロ・クルーズ
聴いてない 第258回 ELO(70年代)
聴いてない 第259回 ジュエル
聴いてない 第260回 ギルバート・オサリバン
聴いてない 第261回 マイケル・センベロ
聴いてない 第262回 ボブ・ウェルチ
聴いてない 第263回 パール・ジャム
聴いてない 第264回 ティナ・ターナー
聴いてない 第265回 クイーンズライク
聴いてない 第266回 ニール・ダイヤモンド
聴いてない 第267回 トム・ペティ

昨年同様11本であるが、まだ大物が多い気がする。
17年目でもまだこんなクラスのアーチストが登場する恐ろしい事態である。(今さら)

誰も覚えていない政党のマニフェスト並みに形骸化してる当BLOGの目的は「聴いてなかった音楽を聴いてみる」である。
今年その目的にそって聴いてみた音楽は以下のとおり。

聴いてみた 第154回 フェイセズ その3
聴いてみた 第155回 ブロンディ その2
聴いてみた 第156回 ELO
聴いてみた 第157回 ボブ・ディラン その2
聴いてみた 第158回 デビッド・ボウイ
聴いてみた 第159回 メタリカ
聴いてみた 第160回 ELO その2

令和になってなお、まだこんな名盤を初めて聴いてみたというポンコツ仕様である。
しかも今年は挑戦や冒険といった鑑賞はあまりなく、ブロンディやELOなどかなりラクな方面に流れた感がある。
すでに決まり文句になりつつあるが、ポール・マッカートニーもストーンズもクラプトンも学習は止まったままだ。
残念なことに本日時点でブロンディやメタリカにはコメントが来ていない。
メタリカせっかく聴いたのに・・(うるさいよ)

そしてあまり恒例にもしたくはないが、今年もやはり書かねばならないのが、悲しい話だけどミュージシャンの訃報だ。
かつて記事で採り上げたミュージシャンで、2020年に亡くなった人は以下である。

ケニー・ロジャース(聴いてない 第206回 ケニー・ロジャース
フローリアン・シュナイダー(聴いてない 第232回 クラフトワーク
イアン・ミッチェル(聴いてない 第59回 ベイ・シティ・ローラーズ
エドワード・ヴァン・ヘイレン(聴いてみた 第132回 ヴァン・ヘイレン その2
トニー・ルイス(聴いてみた 第98回 アウトフィールド

今年はやはりエドワード・ヴァン・ヘイレンの死が一番衝撃だった。
ネットでも雑誌でも今なお追悼記事が掲載される状態だが、それだけ世界中に与えた衝撃が生前も死後も大きかったミュージシャンだったということだろう。
月並みな昭和表現だが、あんなギタリストはもう出てこないよね。
ヴァン・ヘイレンのファンからもあまり支持されない希望だと思うが、自分は結成時の4人にサミーを加えた5人でステージに立ってほしかった・・・と、今でも思う。

読んでみた 第56回 ジミー・ペイジの真実
読んでみた 第57回 文藝別冊「リンゴ・スター」

今年読んでみたシリーズは2本書いたが、ペイジ本はリッチー本とは別の意味で面白かった。
今後もこのようなアーチスト本がたくさん出版されるといいなと思う。

あと記事にはしなかったが、今年の残念な出来事としてレコファン渋谷BEAM店閉店があった。
都内でも少なくなった中古CD店だが、品数も多く、聴いてみたシリーズのため何度も利用してきたし、ぷく先輩と初めて会った日にもご案内差し上げた思い出の店である。
時代の流れとして仕方がない話ではあるが、今後東京に新しく中古CD店がオープンすることなどもうないと思う。

というわけで、コメントくださったみなさま、17年間ありがとうございました。
果たしていつまで続けられるのかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

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やってない 第44回 「じゃりン子チエ」を読む

ただでさえやってないことだらけな上にコロナの影響であらゆることにやる気も失せる状況ですが、本日のテーマについては世代間はもとより、地域格差が大きいのでは・・と勝手に予想します。
名作漫画「じゃりン子チエ」ですが、ほとんど読んでません。
関西方面の方々は「そんなヤツおらんやろ」と思われるはずですが、他の地方では「あ、すいません自分も実は・・」とおずおず手を挙げていただける方もおられるのではないでしょうか。

「じゃりン子チエ」は「漫画アクション」にて1978年10月12日号から1997年8月19日号まで約19年間連載された、はるき悦巳の漫画である。
テレビアニメも2期に渡り放送され、第1期はチーフディレクターを高畑勲が務めたことでも有名。
大阪の下町を舞台に、定職につかないゴロツキのテツと、小学生ながらホルモン焼き屋を切り盛りする娘のチエ、親子の周囲の個性的な面々が織りなす人情喜劇漫画。

・・・というウィキペディア掲載の一般教養はなんとなく知っている。
厳密に言えば、1ページも読んだことがないというハード無知ではない。
自分は大学生の頃、新宿の雀荘で深夜アルバイトをしていて、夜中ヒマな時間はバイト仲間で店にあった漫画雑誌を回し読みしていた。
当時人気だったのは「スピリッツ」「モーニング」「ヤングジャンプ」あたりだったが、場所柄「近代麻雀オリジナル」「麻雀ゴラク」なんかもあり、「漫画アクション」もたまには読んだりしていた。
「じゃりン子チエ」も連載中だったので、実はリアルタイムで読んではいたのだ。

しかし。
「じゃりン子チエ」も読んではいたものの、文字通りヒマつぶしで夢中になるようなことは全くなかった。
バイト仲間と感想を言い合うようなこともなかったので、他の連中の感覚はもちろんわからないが、なんとなく同じような熱量だったのではないかと思う。

他の雑誌に連載されていた「めぞん一刻」「軽井沢シンドローム」は後で単行本を買ったし、「課長島耕作」「アクター」「ツヨシしっかりしなさい」「押忍!!空手部」など、毎号結構マジメに読んでた作品もあった。
でも「漫画アクション」は他の雑誌とは少し雰囲気が違い、どの作品もそんなに気合いを入れて読むようなことはなかったのだ。
余っていた「アクション」を読んでいて、バイト仲間が「スピリッツ」を読み終わったらすかさず「スピリッツ」にチェンジ・・みたいな扱いだった。
ちなみにバイト仲間の間でも「哭きの竜」はやはり人気がありました。

「じゃりン子チエ」になじめなかった理由にそれほど確固たるものはないが、今見ても絵があまり好みではないというのはある。
個人の感覚なんで説明のしようもないのだが、他の漫画で絵に対して「いやーこの絵は好みだ・・」とか意識したこともないので、単純にこういう画風が苦手なんだろう。
なおウィキペディアには「つげ義春を深く尊敬し、特に初期の頃につげ義春の画風が顕著に出ている」とあるが、「じゃりン子チエ」の絵の中には、むしろさらに源流である水木しげるの影響を感じるところがある。
・・・などと勝手なことを書いているが、つげ義春や水木しげるの画風には特に苦手なものを感じない。(説得力ゼロ)

さらに弱々しい言い訳にもなるが、セリフが全て関西弁という点もある・・かもしれない。
漫画を読む時、多くの人がセリフを自分のアタマの中で声優ばりに再生してると思うんだけど、関西弁の文字って、やはり関東育ちの自分の中ではネイティブのセリフには変換できないんだよね。
英語の文字列を脳内でクィーンズ・イングリッシュ再生できないのと一緒。(そうかなぁ)

説得力はあまりないが、登場人物の一部が関西弁ならばさほど気にならない・・ような気はする。
(例:「ドカベン」の岩鬼、「アストロ球団」の球四郎など)←例えが古くて恐縮です・・
が、「じゃりン子チエ」のように猫も含む全員が関西弁だと、やはりどっかでシンドさを感じるのかもしれない。
シンから楽しめないとはまさにこのことである。
「関西育ち」という基盤は、この漫画を楽しむ上でかなりのアドバンテージなのではないだろうか。

こういったつまんない理由が、作品の良さを感じる上で障害になっていたと思う。
ホルモン焼き屋で働くたくましい少女チエ、ごんたくれの父親テツ、会話する猫たちといったファンタジーな設定も、申し訳ないが「面白いなぁ」とは思えなかった。
それだけ自分も若かった・・と言いたい気もするが、今ネットで読める範囲で見返しても、感情としては当時とやっぱり変わらない。

漫画でこの有様だったので、アニメはもっと深刻。
一度も見たことがないし、そもそもいつどの時間帯にどの局で放送されてたのか全く知らない。
調べたら第1期が1981年10月3日から1983年3月25日まで、関東ではTBSで土曜17:00~17:30放送。
第2期は1991年10月19日から1992年9月22日まで、同じくTBSで金曜19:00~19:30放送とのこと。
残念ながら家族の誰も見ていなかったし、いずれもどんな裏番組を見ていたのかも全くわからない。
「じゃりン子チエ」を見てたとしても、やはり夢中になるようなことにはならなかったとは思う。

というわけで、「じゃりン子チエ」。
昨年末から「じゃりン子チエ COMPLETE DVD BOOK」という月刊DVDが発売されているようで、学習条件は揃ってはいる。
漫画に限らず芸術作品の全ては個人の感性に依存するので、画風の好みはともかく関西弁は言い訳にしかなりませんが、もし自分と同じように感じている方がおられましたら、ぜひ教えてください。
あ、もちろん作品の魅力についても、ぜひ教えていただけたらと思います。

 

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2019年の終わりに

BLOGを始めてとうとう丸16年が過ぎてしまった。
16年といえば日本では小学校に入学して大学卒業までできる期間である。
小学1年生から洋楽聴き始めて大学まで出たら、相当洋楽に詳しい人間ができあがる気がする。(適当)
果たして自分はそれに匹敵する知識や教養が身に着いたのかと言われると全然自信がない。

ここまでの記事数は755。
コメントは、自分のものも含めて5685。
トラックバックは今年も1件も来なかったが、ココログでは3月でこの機能は終了となったようなので、おそらくもう来ることはない。
今考えると、トラックバックって機能は便利だったかもしれないけど、勝手に相手のBLOGに自分のBLOGのリンクを貼れるってところがやはりずうずうしい印象だよなぁ。
廃れた理由もこのあたりにあるんだろうか。

さて16年経とうともいっこうに聴いてない音楽は減らないが、今年白状した聴いてないシリーズは以下である。

聴いてない 第244回 ゴットハード
聴いてない 第245回 メイヤ
聴いてない 第246回 ボニー・レイット
聴いてない 第247回 ルパート・ホルムズ
聴いてない 第248回 ブラック
聴いてない 第249回 キム・カーンズ
聴いてない 第250回 ゲイリー・ニューマン
聴いてない 第251回 ジーザス・ジョーンズ
聴いてない 第252回 ロビー・デュプリー
聴いてない 第253回 ニュー・オーダー
聴いてない 第254回 ザ・キュアー
聴いてない 第255回 ビリー・レイ・サイラス
聴いてない 第256回 ヴァネッサ・パラディ

顔ぶれはかなり薄い(失礼)が、恐ろしいことに昨年の11本よりも多い。
ムリヤリひり出したネタも多いが、16年目でもまだこれだけ出てくるという救いようのない事態である。

政府の働き方改革並みに形骸化しているが、当BLOGの目的は「聴いてなかった音楽を聴いてみる」である。
今年その目的にそって聴いてみた音楽は以下のとおり。

聴いてみた 第148回 ポール・マッカートニー その2
聴いてみた 第149回 キッス
聴いてみた 第150回 フェイセズ その2
聴いてみた 第151回 ブルース・スプリングスティーン
聴いてみた 第152回 ドゥービー・ブラザーズ その2
聴いてみた 第153回 ピンク・フロイド その2

3年連続で年間6本。
しかも今年はこれ以上ないほどの大物だらけで「こいつまだこれも聴いてなかったのかよ」シリーズとして世間の皆様をあきれさせている。
16年とかエラそうに言ってるが、そもそも未だにそれだけ基礎ができてないということなのだが。

また「その2」が4本もあるのも昨年とは少し違う。(比較的どうでもいい)
本当はどれも「その3」「その4」と聴いていかねばならないはずなのだが・・
今年聴いたこの6作品では、キッスやフェイセズやフロイドにかすかな定着の予感がある。
ホントにかすかですけど・・
ただしストーンズクラプトンも学習は止まったままだ。
こちらも官僚の答弁のごとく前向きに善処せねばならない。

16年も音楽BLOGをやってるとどうしても遭遇するのがミュージシャンの訃報だ。
かつて記事で採り上げたミュージシャンで、2019年に亡くなった人は以下である。

リック・オケイセク(聴いてない 第99回 カーズ
ジンジャー・ベイカー(聴いてみた 第33回 ブラインド・フェイス
マリー・フレデリクソン(聴いてない 第209回 ロクセット

聴いてないうちに故人となってしまうパターンは増える一方だ。
この事態は自分が死なない限り来年もおそらく避けられないとは思うが、訃報を機に聴いてみるというのも動機としてどうなのかという気もするので、とにかくさっさと聴くことが重要であろう。

今年は「読んでみた」シリーズはマイケル・シェンカーしか書けなかった。
しかもマイケル・シェンカー全然聴いてないし。
我々中高年だけの文化だと思うが、古き良き洋楽の文献をあさって楽しむ・共有するということは続けていきたいと考えている。
音楽産業も出版界も見通しは果てしなく暗いが、今後も良質なテキストに巡り合えることを期待したい。

というわけで、コメントくださったみなさま、16年間ありがとうございました。
果たしていつまで続けられるのかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

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行ってみた 東京モーターショー2019

中途半端な外車乗りのSYUNJIといいます。
先日東京モーターショーに行ってまいりました。

若者の車離れ・日産の問題・相次ぐ外国車メーカー撤退・あおり運転・高齢者の事故など、今自動車の周辺には明るい話があまりない気がします。(出版業界はもっと暗いが・・)
そんな中で今回も開催された東京モーターショー。
メーカーや団体はこの事態をなんとか打開すべく、様々な思いで開催出展に臨んだと思います。

今回はチケット購入にさほど悩みませんでした。
プレビューデーやナイトチケットなどに特に興味はなく、普通に設定された一般チケットを購入。
入場ゲートにてスマホでQRコードを表示すればよいので、これは便利です。

さすがに休日の混雑に突入する体力はもうないので、今回は平日に参上。
スマホを見せるだけの余裕の入場。
ただ自分の前に並んでいた人の大半は、コンビニでプリントしたと思われる紙のチケットを持っていました。

自分の興味対象はいちおうまだ外車なのですが、今回は外国車メーカーの出展がさらに減っていて、大衆車メーカーではルノーくらいという有様。
MINIの展示車に若者が群がっていた頃が懐かしいです。
次回はもう国産車だけのモーターショーになる予感がします・・

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さて今回の見学において大きな影響をおよぼしたのが会場の配置でした。
場所が「青海エリア」「有明エリア」の2か所になり、エリア間は鉄道1駅分離れています。
来年のオリンピック開催を前に、東京ビッグサイトはイベントや展示会場として使用することがじわじわ難しくなっており、モーターショーも例外ではなかったようです。
案内ではエリア間を徒歩で移動すると20分ということでしたが、その徒歩ルートにも車が展示されていて、それらを見ながら移動できますよとのこと。
電気自動車などを借りての移動も可能で、主催者側もこの状況をなんとか楽しく過ごしてほしいと懸命の策を凝らしていました。

しかし。
先に感想を書いてしまいますが、個人的にはやはり会場の分割は厳しかったと感じました。
徒歩20分はかなり長く、途中の車展示も思ったほどの数でもなく、また自分の興味対象となるような車種でもありませんでした。(文句ばっか)
徒歩ルートは屋外で、晴れていたのでよかったですが、雨や強風だったらさらにキツかったと思います。

ということで自分は「青海エリア」から見学開始。
入場するとやはり展示内容や雰囲気は過去の開催とは少し違ってきていました。
トミカやキッザニアとのコラボなど、明らかに子供をターゲットにした出展が目立ちます。
業界は未来のマーケットとして「子供たち」を意識しているのがはっきり伝わります。
もっともトミカの限定販売には、子供そっちのけのおっさんたちの長い行列ができていましたが・・

この子供向け展示作戦は賛否両論だったと聞きました。
自分はこの子供向け展示や企画はほぼスルーしてしまったので、中身はよくわかりませんが、出展者側もまだ試行錯誤の段階なのだと思います。

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青海エリアの乗用車出展はトヨタ・ダイハツ・スバルだけ。
トヨタは未来志向でコンセプトカーなどを気合い展示してましたが、予定を含む市販車は一切置いていませんでした。

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商業車の展示も以前より減っていました。
UDトラックスには知り合いが勤めていますが、この日は不在。
お姉さんがUDポーズをとっていました。

スバルやダイハツの展示をぼんやり眺めた後、徒歩で有明エリアまで移動。
確かに途中に車が置いてあります。

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ただし。
その展示もずらりと並んで・・という感じではなく、ぽつぽつ置いてある状態。
ラブワゴンの次はリーフのパトカー、さらに痛車、黄金のフェラーリ458スパイダーと今一つ脈絡がない流れ。
見てる人も少なかったのでラクな見学のはずでしたが、あまり興味のないジャンルだったので、立ち止まらず流して見てしまいました。

有明はいつものビッグサイトが会場ですが、これまで使われていた一番広い東ホールがオリンピックの開催準備で使用できないため、西ホールと新設の南ホールでの展示。
南ホールはやはり東よりも小さめです。

各メーカーの展示車があって客があちこち開けたり運転席でハンドル握ったりといういつものモーターショーの光景は確かにありました。
ただ、どのメーカーもそうした自由展示車を減らしていました。

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さらに感じたのはブースの見せ方が各社似ている点。
ムダに横長なステージにやたら横長のビジョンで映像を次々に流すという展示です。
映像は新型車のコンセプトなどではもちろんなく、近未来的でそれほど意味はないイメージビデオの連続。
一通り映像が終わるまでじっと見続けるようなものでもありません。
もちろん各社それぞれが工夫を凝らしてはいたのでしょうけど、個人的にはどこも同じような印象でした。

クルマのイベントに付き物のハデなお姉さんですが、その人数も肌の露出も、さらにそれを狙う爪の汚れたカメラ小僧(死語)も格段に減少していました。
会社によってはお姉さんのことはもう「コンパニオン」とも言わず、きっちり説明のできる「コンシェルジュ」として配置してたそうですが・・
やはりターゲットを大幅に子供にシフトしたこともあっての方針転換だと思われます。
今後もこの青少年教育的健全化路線はさらに加速するのでしょうね。

寂しさを感じながらルノーを見学。
アルピーヌ・ルーテシアと見ていたところで、ブース前に突然人だかりができており、社員が手を広げてブース内に近寄らないよう客を制しています。

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何事かと思ったら、ルノーの新会長スナール氏が日本メディアの取材に応じていたのでした。
直前に「フィアット・クライスラーがプジョー・シトロエンと対等合併」とのニュースがあったため、一般公開日にも関わらず急遽ブース内でインタビューが始まったようでした。
おかげで見たかったトゥインゴには正面から近寄れず、後ろからしか写真が撮れませんでした。

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アルピナは今回も無事出展はしてましたが、名物のマット塗装車は残念ながらナシ。
どうせ乗れませんが、見たかったと思いました。

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メルセデス・ベンツはまだ日本市場では強気とみえて、でかいブースにAMGからsmartまで幅広く展示。
新型車も市販車もコンセプトカーも配置した、正調モーターショーを展開しています。

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さて場内の端スペースに日本スーパーカー協会の展示エリアがありました。
スーパーカーという呼び名自体がほぼ死語みたいな感じですが、正直こういう展示のほうが我々のような中高年には響いたはずです。

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ディーノ・ミウラ・911などその昔少年ジャンプで必死にスペックまで覚えた70年代の名車や、アベンタドール・マクラーランセナなどのキレ気味なモデル、どっかの市長が自身の趣味でつい公用車として導入しちゃって非難を浴びたテスラなど、様々なスーパーカーが置かれていました。
このスーパーカー展示は会場の外にもたくさんあったので、元少年のみなさんにはありがたい企画だったと思います。
というか東京モーターショーから外国車メーカーが大幅撤退した現在、まさにこの企画がその穴埋めをしてるような状態だと感じました。

ということで見学は終了。
移動が多くかなり疲れました。
各自動車関連メディアは「大盛況のウチに閉幕!」「入場者数130万人突破!」などとこぞって勇ましき忖度記事をバラ巻いてましたが、これで若者の車離れに歯止めがかかるかどうかは不明。
イベントのあり方も転換期を迎えていることだけは確実なようです。
大勢の貧乏ドライバーが外国の新型車に群がり、コンパニオンがクルマそっちのけでフラッシュを浴びるようなオールドスタイルのモーターショーは、もう今後行われることはないと確信しました。

で、個人的な総括としては「申し訳ないけど東京オートサロンのほうが楽しい」という身も蓋もない感想になります。
そもそもあまり真面目な自動車乗りではないのですが、モーターショーがこうなってくると、やはりオートサロンのイカれた雰囲気やイジり倒した展示車のほうが断然おもしろいんじゃないの?と思ってしまいます。
ここまでわりと誠実に毎回のモーターショーに行ってきた自分ですが、次回はもうわからない、というところまで来たのが本音です。

 

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やってない 第43回 ファッション

少し日本語ヘンですけど、意味は伝わるでしょうか。
「おしゃれ」と言い換えてもいいですけど、簡単に言うと「ファッション全般にうとい」です。
具体的には、着るものについて積極的に流行を採り入れたり、バーゲン会場の行列に並んだり、こだわりのブランドアイテムをそろえたり、ファッション雑誌で最新トレンドを仕入れたり・・といった行動を全然していない、となる。
これは子供の頃から今に至るまで変わらないので、たぶん生涯うといままだろう。

着るものなんてどうでもいいや、といった尖った主義があるわけではないので、あたりさわりのない範囲で身につけてるだけ。
カネもないので当然ブランド物に身を包みプラチナのネックレスで決める、なんてのは全く世界が違うし、かと言って全身ファストファッションでもないし、日々しまむらをパトロールといった方向にも倒れてもいない。
要するに何もわかっていないし、中途半端で主体性もない、という状態。

昔の昭和の子供は多くがそうだったと思うが、親の買ってきた服や靴をそれほど抵抗もなく使用していた。
金持ちの家の友達もいたかもしれないが、少なくとも花輪君みたいなあからさまにステージの違う子は周りにはいなかった。

成長して高校生や大学生になれば、多くの男もそれなりに色気づいて突然モデルチェンジしたり(しかも大半は変なカッコウ)するもんだが、自分の場合はやや特殊な事情があった。
それは毎度おなじみ姉の存在である。

今はただのおばはんだが、若い頃は服飾の専門学校で洋裁を学んでおり、少なくともふつうの女子学生よりはファッションに関心が高い女だった。
で、歳だけはせっかくナウいヤングになってきたのにいつまでもクソダサい服しか着ない弟をたぶん恥ずかしく思ったのだろう、ファッション指定が始まったのである。
指導ではなく指定。
つまり「今日はこれを着ていけ」「これを買ってきたので着てみろ」という指定。
今風に言うと弟のスタイリストになったのだ。(少し違う)

その弟は、当時から己のファッションセンスになんか全く自信もなかったので、姉の指定に対して抵抗もなく従順に着て学校に行ったりデートに出かけたりしていた。
大学生の頃は、姉が時間割のように毎日のチョイスとコーディネートを表に書き、壁に貼ったりしていた。
毎朝何を着ていこうか迷うこともなかったので、この制度は実はかなりありがたかったのである。
当時あまり男子大学生が来てなかったような、ピンクハウスやパーソンズといったブランドを着せられていました。(女子かよ)

姉にとっても弟をコーディネートすることが自身のファッションの勉強に通じるところもあり、一方で弟の自分も「服飾専門学生の姉が最新のコーディネートをしてくれる」という特殊な環境を友人にうらやましがられたりしてたので、姉弟ともこの状況を案外楽しんでいたと思う。
この「姉の着せ替え人形時代」は学生である間中続いた。

結婚した後も服装は結局妻任せ。
妻は姉ほどの強固なファッションポリシーは持っていないが、「ダサいおっさん」になるかどうかの判断力は標準的に備わっており、今も服を買う時は妻のチェックを受けるようにしている。
当然だがこうして全てスタイリストに任せっぱなしだったために、センスや知識は一切向上せず、主体性のない典型的な昭和のダメおっさんが完成したのである。

なので今世の中でどんなファッションが流行っているのか、どれとどれを組み合わせたらいいのか、全然自信がない。
自力で全身コーディネートしてみたら、たぶんドン小西やアンミカから真っ先にダメ出しをくらうと思う。

生涯で一度もやったことのないファッションや身に着けたことがないアイテム、というのがかなりある。
・裸足に革靴
・タンクトップ
・和装
・ネックレス
・指輪
・ミリタリー
・ニット帽
・革ジャン
・ダメージジーンズ
・ループタイ

思いつくままあげてもこんなにある。
「どれも全部やってるよ」という男もあまりいないとは思うが、やはりバリエーションは貧弱なほうだと思う。
もう若くもないので、今さらできないものも相当あるはずだ。

体格が貧相なので裸足とかタンクトップなんて露出の多いカッコウはムリだ。
和装はせいぜい旅館の浴衣を着るくらいで、それも基本的に入院患者にしか見えない。
革ジャンは若い頃父親のものを勝手に着て出かけたことが一度だけあったが、サイズが微妙に合っておらず、革のニオイにも慣れなかったため、すぐにやめてしまった。

もともと雑誌はあまり読まないが、ファッション雑誌なんて買ったこともないし、病院の待合室でLEONとアサヒ芸能が置いてあったらまずアサ芸しか手に取らない。
従ってファッションの一般教養すらも身についていないのだ。
今メンズファッション雑誌ってどれくらいあるんだろう?

ファッション用語も意味をわかっていないものばかり。
デニムとジーンズって何が違うの?
ブルゾンとジャンパーの違いは?
チョッキとベストとジレって全部同じ?
・・・といった素朴な疑問から、「こなれ感」「抜け感」「ノームコア」「アースカラー」「ギーシック」なんて全然わからない謎の言葉もたくさんある。
みんなこれわかって使ってるんですかね?
「ぷく先輩、今日のブルゾン、アースカラーでこなれ感がイカしてますね!」とか言うんでしょうか?(適当)

というわけで、終始デタラメですがファッション。
みなさんはどれくらいファッションに関心をお持ちでしょうか?
こだわりのポリシーや自慢のアイテムなど、ご自身のファッションについて教えていただけたらと思います。

 

 

 

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