行ってみた 東京モーターショー2017

人混みがキライで車にもさほど詳しくないくせしやがってなんだかんだでモーターショーには毎回行ってしまうSYUNJIといいます。(滝沢カレン調)
前回は平日に行ったため、客の少なさが効果的過ぎて驚くほど短時間で見終わってしまいましたが、今回は休日だったため、やっぱり人の頭越しに車とお姉さんをながめる形になりました。

回を重ねるごとに評判が落ちていく悲しき東京モーターショー。
一番の原因は出展社や展示車の数が減っていることでしょう。
特に外車メーカーはもう日本を市場として全く重要視しておらず、イタリア車やイギリス車のメーカーはとうとう出展ゼロとなりました。
なじみの深いMINIやアルファロメオも今回は来ていませんし、アメリカのビッグ3も全て撤退。
東京モーターショー自体の存続もどうなるのか不透明。

加えて国産車メーカーも三菱・日産・スズキが不正検査などでグラグラ揺れており、マスコミ調に言えばモーターショー開催に冷水を浴びせることに。
ジャーナリストからは「つまんない」「盛り上がらない」などさんざんな言われようで、「プレスデーの挨拶にトヨタの社長が出なかった」など、いろいろ異常事態が起きているようです。

そんなプロレス団体っぽい展開の自動車業界ですが、それでも一般公開日はムダにたくさん人来てましたよ。
個人的には毎回外車中心の見学でしたが、その外車自体の出展が減ってるので、もうそういう区分してる場合じゃない感じです。

まずはポルシェ。
永久に縁のないクルマですけど、ドイツ車はまだまだ強気です。
911やBoxterといった王道車種からカイエン・パナメーラなど幅広く展示。
新しいカイエンは参考展示だそうですが、専用のスペースでどおんと置いてありました。

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パナメーラ ターボSのハイブリッド、最高速度が310kmだそうですけど、そこまで出すとハイブリッドの意味はなくなるような・・・毎回ポルシェの開発意義はナゾ。

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これはスピードスターの1955年モデル。
適当に撮ったのですが、背景がうまい具合に暗く、どこかいい感じの写真になりました。

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さらに縁のないレクサス。
写真はレクサスGS F 10周年記念特別仕様車と、LS500h。
LS500hはメーカー希望小売価格11,200,000円からだってさ。(ヤケクソ)
ブランドが登場した頃はラグジュアリーさだけが強調されてたような気がしますが、最近はデザインにも若干ワイルドさが加わってきた感じ。
徐々に趣味が若向きに変わってきたように思います。
当然ですけどクルマにさわれない展示が多く、民衆は回転するレクサス様を遠巻きにながめて写真を撮るだけ。

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カタギじゃ買えないレクサスブースを舌打ちしながら通り抜け、大衆車メーカーのフォルクスワーゲンへ。
up! GTIはもちろんさわったり乗ったりもOK。

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大衆車メーカーであるワーゲンにも回る展示がありました。
初めて知りましたが、アルテオンという車で、こちらは549万円。
今回日本初登場だそうです。
ライバルはBMW4シリーズ、アウディA5あたりとのこと。

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そのアウディも日本では元気です。
美しいブルーが映えるRS 4 Avantは日本初出品、黄色のオープンはR8 Spyder V10。
なんかその昔ホンダが作ったビートをでかくしたような車です。

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新型A8も日本初出品で、自動運転機能を搭載してるそうですが、こういう車はオーナー自身があんまし運転しないから、自動運転の必要もないように思うんですけど。

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再び大衆車メーカーのルノー。
意外に思いますが、販売はけっこう好調らしいです。
ルーテシアやメガーヌが置いてありました。

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トゥインゴは実際にディーラーで試乗して買うかどうか迷った車です。
この車の魅力はRR、つまりエンジンが後ろにあるという点をメーカーもディーラーも強調しますが、実は試乗してもRRの特徴的な加速はあまりわかりませんでした。
むしろマニュアルでありながら2速・3速の加速にやや物足りなさを感じたのが正直なところです。
まあ排気量を考えると当然ではありますけど。
展示車はオレンジでしたが、できればパリの夕暮れをイメージしたと言われる限定車「ノクターン」を置いといてほしかったです。

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不祥事で大揺れな日産も、この日はあまり関係なく結構盛り上がっていました。
もう他のブースにはあまりないような、車を機械で持ち上げてぐるぐる回すというアバウトな演出に対して、若者は野外フェスみたいに拳を上げていました。

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同じく揺れてるスズキも、ブース装飾は意外にハデでした。
壁面いっぱいに作ったビジョンで様々な映像を流し、ブース全体を明るくしていました。

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対照的にホンダは未来志向であまり身近に感じさせないイメージ。
市販車も一通りありましたが、コンセプトカーも多く依然として研究体質の強いメーカーという印象。
新型NSXも置いてありましたが、以前のようなエロさはなくなり、他のホンダ車同様トゲトゲしいマスクになっています。

強気のドイツ車はまだありました。
BMWアルピナです。

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基本的にはブース内に入れず、平民は見守るだけの展示。
青いほうのB7 Bi-Turbo Limousine Longは2216万円ですわ。

アルピナと言えばマット。
今回も置いてありました。

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マットな黄土色のほう(表現がダサイ)がConcept Z4、シルバーは上の青と同じB7 Bi-Turbo Limousine Long。
この塗装(と言っていいのかわからんけど)、他の車種ではまず見かけない質感です。
実物見てみるともっとわかりますが、絶対さわってみたくなります。

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スマートforfourは市販予定の電気自動車「electric drive」やBRABUSなどがありました。
forfourも購入を少しだけ考えたこともありましたが、やはり価格が高いので断念。(BRABUSは345万円)

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DSはシトロエンの車種が独立した新ブランド。
・・・ということを、実はこの展示で初めて知りました。
別ブランドにしたのは、「フレンチラグジュアリーの復活」のためとのことですけど、正直さっぱりわかりません。
シトロエンDS3は好きな車ですが、シトロエンの名をはずすことにどこまで意味や効果があるのか・・・?

最後に立ち寄ったのはダイハツとトヨタ。
この2つは会場が別の場所(西展示場)でした。

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ダイハツも雰囲気は良かったです。
ブースも明るくビジョンやスクリーンを効果的に使って映像を見せており、多くの人を集めていました。

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トヨタはやはり別格でした。
ウチの会社でもビッグサイトで開催された展示会に出展したことが何度もありますが、その感覚で言うとこのトヨタのブースはものすごくカネがかかっているはずです。
今回は特にブース装飾をシンプルにしてきたメーカーも多い中、幻想的なイメージはひときわ目立っていたと感じました。
ただ展示車そのものは個人的にはほとんど興味を引くものはありませんでした。

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ブース受付にいたこのコンパニオンのお姉さんも圧倒的な存在感でした。
ふつうモーターショーでカメラが殺到してるところにはたいてい露出の多い衣装に身を包んだコンパニオンがいるものですが、この人は顔だけで周辺の男どもを騒然とさせるだけの破壊力がありました。
調べたら一瀬優美さんというレースクイーンやモデルをしてる女性だそうです。

ということで、モーターショー見学も終了。
次回開催があるのかわかりませんが、このまま出展社が減っていくようであれば、次回見に行くのかどうかも本当にわかりません。
良くない話題ばかりの自動車業界ですが、次回はなんとか盛り返してイタリア車やイギリス車も見せてほしいと思います。

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やってない 第40回 書道

もはや誰も驚かないと思いますが、書道。
全くやっておりません。
小学校の習字の授業以来、墨で文字を書いたことがない状態。
当然だけど毛筆硬筆問わず字は全然ダメです。

文字も鍛錬した技量の賜物であり、きちんと練習しなければうまくならないのは当然である。
いわゆるアートとしての書になると話は違ってくるが、普通に人前で字を書けば、うまい・ヘタはわりと簡単にわかってしまう。
そういう意味では楽器やスポーツにも似ている。
で、自分はまたしてもその鍛錬のプロセスが面倒で、書についても習ったり学んだりをしてこなかったのだ。

高校生の頃、姉があの「日ペンの美子ちゃん」に発作的に興味がわいてテキスト一式を購入したが、全く長続きせず放置したので、自分もそのテキストで少しだけ学習してみたことがあった。
添削指導までは受けずにテキストのとおり字をなぞってみただけだが、弟の自分もこれまた長続きせず、やっぱり放置という恥ずべき経緯があった。

そんなわけで当然字は昔からちっともうまくなく、今も全く自信がない。
最近はパソコンの利用により手書きの文字を人様にお見せする機会も少ないが、それで逆に困るのがたまにある葬式や結婚式である。
以前急に葬式に出なければならなくなり、香典を用意したものの、筆ペンで書いた己の名前のあまりのひどさに、欠席しようかと本気で思ったこともある。

香典袋に名前を書くのにさすがにハンコやパソコンでプリントというわけにもいかない。
特に香典は名前をがっちりパソコンで印刷して持っていったら、ご不幸に対して前もって準備していたことになり、はなはだ失礼であろう。
・・・と思ったら、最近は香典袋に名前を印刷するフリーソフトやテンプレートがネット上に普通に登場しているようだ。
香典は集めて終わりじゃなく、そのあと遺族側からお返ししたりお礼状を出したりいろいろあるのだ。
読めないほど汚い字で名前書いて香典出したら、そのほうが実務的には迷惑だということになる。
よって香典袋の名前のプリントが失礼だと感じるかどうかは人による、という状況らしい。

記帳はもっと大変で、現地でぶっつけ本番で書き直しもできない。
だいたいが厳粛な場所で、記帳係はこちらの字を凝視している、という異常な空間の中でまともな字が書けるわけがない。(言い訳)
記帳係に後ろを向いてもらったところでヘタ字は同じなんですけど。
楽器やスポーツは他人の目の前で決して見せまいと決意すれば、ヘタがバレずに墓場まで持っていくことも可能だが、字と箸の持ち方はまだまだそうもいかないのだ。
スマホをピッとかざすだけ、というITな記帳が早く始まらないだろうか。(バカ妄想)

なのでネットでの発信が手書き文字限定でなくてホントによかったと思う。
もし仮に、ネットの世界でも文字だけは手書きであったとしたら、おそらく自分はBLOGもSNSもやっていないだろう。
こんなクソ汚い字で世界中に聴いてない音楽を公表するなんて・・とても恥ずかしくてできません。
・・・聴いてない音楽を公表してる時点ですでに恥なんですが。

ところで、そもそも習字と書道は違うんだそうだ。
どう違うのかというと、これもて定義や解釈がいろいろあるそうだが、お教室に通ったり先生について字を習うのが習字で、その過程で昇段して師範代の免状を得てからが書道、ということらしい。
なので自分の場合習字もしてないので、本当は今日のタイトルも「やってない 習字」にしないといけないようだ。

ちなみに書道における級や段は全国統一の基準はなく、それぞれの団体ごとに設定して昇格していくものらしい。
なので書道八段といってもレベルは様々で、将棋や柔道のような段位とは意味合いが異なるようだ。
最近はアート寄りに書の表現を発展させて有名になる書道家もいるが、実は段を持っていないというケースもあるとのこと。
漫画や映画の影響もあってか、若い人の間でもでかい紙にでかい筆で自由に書くというパフォーマンス書道?が人気らしい。
こうなると段位や級はそれほど重要なものでもなくなってきているのかもしれない。

それでも「書道○段」というのは自分みたいなヘタ字クソ野郎からすると単純に「すごい・・」と思ってしまう。
なんでもそうだが、字もうまいに越したことはない。
子供の頃は小学校にも字のうまい先生がいて、学校で出す賞状は必ずその先生が書く、なんてこともあった。
有名人だと字がヘタで見下されたり字が上手で見直されたりは相当あるだろう。
深田恭子やマツコ・デラックスやアンガールズ山根は書道の有段者だそうだ。
最近ネットで「野田幹事長の字は小学生レベル」などとバラされて気の毒だったが、そんな情報で本人や党の選挙にも影響が出なければいいけど・・

「絵がヘタ」よりも「字がヘタ」なことに世間は厳しいような気もする。
「野田氏は絵がヘタ」よりも「野田氏は字がヘタ」のほうが政治的ダメージが大きい(と思う)。
字よりは絵のほうが多少は手が動く自分としては、こうした風潮はやや不満だ。
ただ、冷静に考えればこれも当たり前の話ではある。
絵は基本的に趣味の範疇だが、字は情報伝達手段であり社会的な作法のようなものだ。
絵がヘタでも他人に迷惑がかかることはほとんどないけど、字は度を超して汚ければ他人には読めないし、読まされるほうは不快である。(悪筆で有名な大作家ってのもいますけど)
文句言ってないでお習字しろよって話でしょうけど・・・

というわけで、書道。
みなさんは習字や書道、やってますか?
「実は字が上手だ。ネットでも手書きで表現したいくらいだ!」という方、一方で自分と同様に「パソコンが普及して手書きの機会が減ってよかった・・」と思ってる方、みなさまの字について教えていただけたらと思います。

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やってない 第39回 写真

少し日本語変ですけど、ニュアンスは伝わるかと思います。
「カメラ」でもよかったんだが、要するに写真撮影に関しての知識や技術はほとんどない、ということである。
今さらどなたも驚かないと思いますけど、とにかく目をおおうような素人ぶりです。

旅行や外出は嫌いではないので、その都度デジカメやスマホで風景や食事など撮影はするが、写真撮影そのものを目的に出かけることはない。
このBLOGをご覧いただくとおわかりのとおり、構図もセンスも技量も全部デタラメである。
ただ構えて写してるだけ。
デジカメのモードも風景とか接写とかわかりやすいものにしか合わせない。
夜景モードやパーティーモードなんてうまく撮れたためしがないが、これはモードを正しく使いこなせていないだけだ。
フィルムの時代から写真は全然勉強したことがなく、自分専用のカメラを持つようになったのはデジカメ以降だ。

まずカメラの基本的な設定というか仕様・操作がよくわかっていない。
露出とか絞りとか距離とかレフ板とかコンバータとか一眼とか圧着とかネガポジ反転とか焼き直しとか誤字とか菓子折りとか、なんとなく使うシーンはわかるが意味を正確に理解してるわけではないのだ。
200ミリとかF8とかISO400とか、カメラのデータにはよく数字が登場するが、これもどういう値なのかあんまし把握できていない。
感覚的にはγ-GTPとかHDLとか尿酸値と同じ。
要するになんにもわかっていない。(愚)

なので晴天屋外静止状態以外の状況にうまく対応できないことが多い。
具体的には逆光・夜景・室内・流し撮りなど。
たまにイベントやパーティー会場などで人物を撮ることがあるが、暗い室内で動く人間を撮影するのは非常に難しく、いつもブレブレのヘタクソ画像しか残らない。

今使っているデジカメはニコンのCOOLPIX S8000というやや古い機種だ。
古い機種ではあるけど、おそらくはモード設定で様々なシーンにうまいこと対応できるはずである。
・・・とは思うのだが、これがなかなか実践できないのだ。
最近はスマホのカメラアプリのほうが柔軟に対応してくれるところもあるので、ますますデジカメは技術学習しなくなっている。

それならデジタル一眼レフを使ってマニュアル設定に凝ってみたら・・という発想もあるが、写真撮影にそこまでの思い入れはない。
一眼レフって重いしね。
何もわかってないのに一眼レフなど使ったら、真っ先に小藪にダメ出しされるはずである。

さらに写真を撮る際に重要な構図やテーマ決めや仕上がりイメージなども、意識したことはあまりない。
漫然と構え、適当に写し、後ほど落胆するが大して反省もしない、という負のスパイラル。(大げさ)
当然の帰結だけど。
多少でも勉強して臨めば少しは違うとは思うが、生来のモノグサな性格のため何ら前進していない。
家でも親が写真に凝っていたということは特になく、立派なカメラが家にあるといった環境でもなかった。

ただ自分は学生の頃に映画制作に関わったことがあり、8ミリフィルムカメラの知識は少しだけある。
まあ8ミリカメラなんてもう世の中に出回ってないし、スーパーとシングルの違いとかサウンドトラックなんてのは若い人たちにとっては何のこっちゃな話でしかないんですけど。
またその後8ミリビデオカメラが出始めた頃にも少し凝った時期があり、編集機やミキサーといった周辺機器も使っていた。
写真より先に動画撮影に凝ってしまったので、この順序が逆ではなかったかと今さら思う。
でも動画もやっぱり漫然と構えて撮っていただけなのだった。
今はスマホでも動画撮影はほとんどしない。

ちなみに妻は若い頃デザインの学校に通っており、写真の授業も少し受けたことがあるようだ。
なので自分よりは確実に写真の基礎はわかっているはずだが、撮った写真は水平線がいつも傾いたりしてて、あんまし授業の成果は表現できていないっぽい。

友人にはやはり「本格的にカメラをやる」ヤツがおり、雑誌編集などの仕事をしてる本職な友人もいる。
こういう人たちはパーティー会場にでかいカメラに大砲みたいなレンズをつけて持ってきたり、夜景をバックにした集合写真なども三脚を使って鮮やかに撮ったりする。
「やっぱいいカメラは違うなぁ」などと思うが、彼らは「大切なのはセンスである」と口をそろえて言う。

そのセンスにしても自分は全然わかってない。
昔社員旅行でカナダに行ったことがあったが、同行していた先輩は自分と似たような小さなカメラしか持っていなかったのに、できあがった写真を見て愕然とした。
同じ場所で同じ行動をしていたはずなのに、先輩の写真はまるで雑誌に載っているかのようなステキなものばかり。
昼夜を問わずほとんど酔っぱらっていたのに、なぜこんなにいい写真が撮れるのだろう・・?
先輩が写真を勉強した経験があったのかは不明だが、これがセンスというものかと思い知らされた。(大げさ)

・・・とここまでグダグダ書いてきたが、文字ではあまり伝わらないと思うので、実際に自分が撮影した恥辱のヘボデタラメクソ野郎画像(下品)をいくつかご紹介します。

Dame1

これは数年前のオートサロン会場で哀川翔アニキを撮ったもの。
望遠で撮ったのでピントが甘いのは当然だが、手前に見物客の頭が思い切り写り込んでいる。
人物の構図や表情はそれほど悪くない分、基本的な点がクリアできていない子供レベルな1枚。

Dame2

これも数年前の小樽での脱力写真。
テレビ番組のロケに出くわしたので、急いで撮ってみた。
船に乗った高橋ひとみを写そうと思ったら、テレビのカメラマンに力いっぱい重なってしまい、誰なのか全くわからない。
むしろこのタイミングで撮るほうが難しい気がする。

Dame3

続いて動物の写真。
梅の枝にとまる鳥・・・なのだが、空や花の明るさに対して鳥が暗すぎてシルエット化してしまった。
動物って動くからこっちもあわててしまうし。(言い訳)
こういうシーンは、スマホだと瞬時に露出補正できそうなのだが・・・
デジカメの場合はどうやったらうまく撮れるのだろうか?

Dame4

では誰でも撮れるはずの風景写真はどうだろうか。
手前にコスモス、奥には霞んだ富士山というわかりやすい構図だが、どこにもピントが合っていない。
何を撮りたかったのかがさっぱりわからないというハンパなダメ写真の典型。

Dame5

スマホで小布施駅にあった鉄道車両を写した、というものだが、舌打ちしたくなるような構図のひどさ。
これも何がしたかったのか自分でもよくわからない。
なぜ手前にこれだけホームの地面を入れる必要があったのか?
車両が撮りたければもっといい角度や位置があったと思うし、そもそももっと寄れよ。

・・・振り返ってみて少しわかったが、やはり撮影する際に「あまり考えていない」ようだ。(気づけよ)
写したいものを決めて構図を考え、仕上がりをイメージしてカメラの設定を調整する、という写真撮影の基本を全然押さえていないので、こういうスカ写真ばかり残すはめになるのだった。
「いや、オレは感性のみで撮影しているんでね」とアートなセリフを言いたいところだが、思いついたことを口にしてるだけのおばさんの会話みたいな中身のない写真ばかりなのである。

デジカメなんだからもう少しいい感じの写真がとれるはずやろ、と思われるかもしれないが、おそらくはフィルムよりも気楽に撮れる分、心構えも雑になってるような気もする。
フィルムであれば撮り直しや写した直後の確認などができない分、もう少し慎重になっていたのではないかとも思う。(言い訳)

今はSNSで誰でも世界中に自分の作品を発信できるので、写真の技量やセンスはますます重要なポイントになっている。
うまい写真はやはり説得力が全然違うし、自分のようなポンコツ写真とはその差が歴然である。
自分がネット上で交流してる人は、みんないつもきれいで美しい写真をアップしている。
特にchikazoさんやV.J.若の写真はいつ見てもいいなぁと思う。

ということで、写真。
みなさんは写真、凝ってますか?
撮影にあたって心がけてることや、カメラへのこだわり、今までに撮った会心のショットなど、ド素人の自分にぜひ教えていただけたらと思います。

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2016年の終わりに

BLOGを始めてとうとう丸13年が過ぎてしまった。
13年も継続していながら成長飛躍鍛錬研鑽の実感は全くなく、感覚的には例年どおりド素人のままである。
もはや音楽BLOGとは誰も信じていないが、13年の活動記録は以下のとおり。

ここまでの記事数は665。
コメントは、自分のものも含めて5268。
トラックバック(死語)は403だが、2016年も1件も来なかった。
もうこのトラックバック機能も文化も、完全に過去のものであろう。
自分も誰かのBLOGにトラックバック飛ばすなんてことはもう全然やっていない。
たぶん今の若い人は、BLOGは知っていてもトラックバックはあまりピンと来ないはずである。
12月30日現在の累計アクセス数は981028。
いつも思うけど、これって多いんですかね?そうでもないのかな?

世界的にもまれな珍奇連載「聴いてないシリーズ」は220回。
これだけ書ければもう聴いてないものなんてないやろと一瞬勘違いしそうになるが、聴いてもいないしよく知らないしというアーチストはまだ世界中にたくさん残っているのである。

一方の「聴いてみたシリーズ」は135回。
今年は6回しか書けず、クラプトンポール・マッカートニーストーンズといった極めて今さらな展開である。
まあでも近い将来死の床についた時に「やばい・・あれまだ聴いてへん」と後悔するのを少しでも減らしておこうと思う。(何言ってんだか)

で、今年はビッグネームの相次ぐ訃報に世界中が揺れる一年であった。
・・・などとエラそうに書いてるが、そのビッグネームについてすら実は全然聴いておらず、Yahooニュースを見る度に後ろめたい気分になったのだった。

あらためて確認するととんだ恥さらしクソ野郎(下品)状態である。
数字は自分設定の「聴いてない度」で、定義は以下のとおり。
聴いてない度1=1曲も聴いてない
聴いてない度2=1曲しか聴いてない
聴いてない度3=数曲聴いているがアルバムは聴いてない
聴いてない度4=オリジナルアルバム(スタジオ盤)を1枚しか聴いてない

これを今年天国に旅立ったアーチストにあてはめると、このような惨状になる。

デビッド・ボウイ:3
プリンス:3
・グレン・フライ:2(イーグルスは一応70年代のアルバムは全部聴いた)
・モーリス・ホワイト:2(アース・ウィンド&ファイアーは3)
・レオン・ラッセル:1
・ピート・バーンズ:1(デッド・オア・アライヴも1)
・キース・エマーソン&グレッグ・レイク:どっちも1(ELPは4)
・ジョージ・マイケル:3(ワム!も3)

こんな有様なので、よその一流音楽BLOGのような追悼記事など全く書けずにいる。
そもそもポール・マッカートニーやストーンズを今頃聴こうとしてる時点で音楽BLOGとして成り立っていないんだが・・・
ちなみに上記の物故者のみなさんの名前は、カナさんのBLOGを参考にさせていただきました。

しかも今年は記事公開がほぼ隔週になってしまい、学習意欲も薄れつつある。
まあBLOGは義務でも事業でもないし、毎週書いたところで世間が注目するようなことなどあり得ないので、ムリする必要など全然ないとは思うけど。

それでも今年はポール・マッカートニーの作品を聴いたりビートルズの映画を観ることができたのは良かったと思う。(←小学生並みの感想)
今後もこうした音楽関連の映画が公開されれば観に行きたいと思っている。

ということで、今年は恒例の5大ニュースも書けず、最後もやっつけなスカ記事になってしまいましたが、来年も引き続きご指導いただければと思います。
今年コメントを下さった方々、ありがとうございました。
皆様よいお年を。

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やってない 第38回 徹夜

子供はあまりやらないと思われる徹夜。
オトナになって頻繁にやるようになってしまった人もいるかもしれないが、自分は全然やってません。

徹夜の定義は人によって異なるかもしれないが、基本的には夜を通り越して朝まで起きて活動する、というあたりと考える。
まずは労働の話から。
夜中に働く人や、消防・医療機関など夜勤や緊急対応の多い職業は別として、我々昼型サラリーマンにとっては徹夜仕事は非常事態である。
で、わりと長いこと昼型サラリーマンやってるけど、徹夜仕事をしたことは実は一度もない。
深夜2時くらいまでイヤイヤ働いて、その後赤坂のカプセルに泊まったり錦糸町のサウナで仮眠したりはあるが、朝まで寝ずに働いたことはない。

理由は簡単で徹夜する体力も根性も意欲もないからである。
出版社なので担当によっては誤植とか版ズレとか台割間違えとか刷り直しとか菓子折りとか始末書とか謝罪とかで徹夜を強いられたヤツもいるとは思うが、自分は幸いにしてそうした経験はない。

印刷物は作ってしまうと訂正できないので、社内ではなく印刷会社の中でギリギリまで最後の校正を行うことはふつうにある。
出張校正と呼ばれ、大きな印刷会社だと専門の部屋まであったりする。
版元によっては社内より印刷会社の校正部屋にいる時間のほうが明らかに長い、なんて社員もいるだろう。
自分も出張校正の経験はあるが、それが徹夜になるほど長時間に及んだ、ということはない。
この時点で業界の人であれば「こいつ大した仕事してねえな」と気づくだろう。(←誰でもわかる)

冒頭で述べたとおり、そもそも徹夜は非常事態だ。
ふつうなら帰って寝るか飲み屋にいるような時間帯に、まだ労働せねばならない状態。
ところが。
どこの会社にも徹夜がけっこう好きな人間がいると思われる。
自分のようなナマケモノから言わせれば「ようしみんなで徹夜して仕上げるぞぅ!」といった掛け声は正直迷惑でしかない。

業務や職種にもよるとは思うが、徹夜仕事なんてやらせる会社も喜んでやる社員も問題。
徹夜せざるを得なくなった時点で、工程管理の責任者や会社自体の不手際なのだ。
回避策を事前にとっておくとか、他の手段を考えることが重要であり、安易に徹夜を選択すべきではないのは当然である。(←何様)

あとイヤなのが徹夜した後の「間違った達成感」だ。
そもそも徹夜しないで終わっていないといけない話なのに、徹夜になるとなぜか終わった時に異様な高揚感・達成感。
これがクセモノで、間違った達成感にとらわれるので、徹夜せざるを得なくなったことについて反省しなくなる。
「全員寝ないで朝を迎えた時は本当に感動しました」などというのは大きな勘違いで危険である。

それでも不可抗力的に徹夜を強いられる事態になることはあるだろう。
自分に非はなくても上司がポンコツだったり部下がアホウで大ミスしたり業者が思いっきり使えなくて仕様と全然違うものをよこしたりで納期に間に合わない・・なんてのはよく聞く話だ。(寒気)
その時は業務進行優先で徹夜するとしても、再発防止や常態化防止に努めるのが重要。
昼型サラリーマンが徹夜でできる仕事なんてたかが知れている。
どのみち長続きしないしね。

とまあいろいろ文句を書いてはみたが、要は平常時から勤労意欲が低いだけなのだ。
仕事ができないヤツが並べるゴタクの典型のようですいません・・・
学生の頃に徹夜のアルバイトを週1で2年続けたことがあるが、当時のほうが明らかに労働意欲は高かったなぁ。

仕事以外での徹夜も基本的にはしない。
夜通し飲んだり夜中に登山してご来光拝んだり朝まで踊ろうなんてのはしたことがないし、正月だって初詣に行くのはだいたい1月3日以降にのんびり出かけるので、神社の参拝行列に並んで新年を迎えるなんてのはやったことがない。
若い頃に友人と旅先で麻雀したことがあったが、やっぱり夜中には寝てましたね。

こんなじじい体質なので、最近(でもないか?)の子供たちの夜行活動には驚くばかりである。
今や中学生の間でも「オールする」なんて言い方がふつうに浸透しているそうで、早く寝ろよと言いたくなる。
そういや子供の頃もオールナイト・ニッポンを最後まで聴いたこともなかった・・

というわけで、徹夜。
もちろん自分は今後も極力避けながら生きていくのは間違いなさそうですが、みなさんはどれくらい徹夜してますか?
輝かしい栄光の徹夜体験や最長最大の徹夜仕事など、教えていただけたらと思います。

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やってない 第37回 中央線沿線に住む

まず初めにお断り。
今回は東京都限定の話題です。
東京に土地勘のない方は申し訳ありません。
もうこんなBLOGどうせ誰も見ていないので断ったところで何ら影響はないと思いますが。

都内の大学に通い、都内の会社に勤めるという、東京にはわりと縁のある人生を送っているが、生涯で一度も都内の中央線沿線に住んだことがない。
それだけの話です。
まあ中央線に限らず、東西線も埼京線も西武多摩湖線も東武東上線もないですけど。

人生の大半を神奈川県で過ごしているが、東京都民になったことも少しだけある。
生まれた時の家は杉並区下高井戸にあった(らしい)。
その後町田市に移住したようだが、いずれも自分には記憶はない。
それから20年以上後に、再び都民となったことが2年だけある。
大学を出て都内の会社で働きだした時に、江戸川区小岩のアパートを借りたのだ。
住民票も移したので、2年間都民としてイヤイヤ税金も払い、パスポートも有楽町に取りに行き、運転免許更新も東陽町で行った。
2年後に神奈川県に戻り、以来一度も都民に返り咲いたことがない。
返り咲きたい野望もないのでどうでもいい話だが。

で、今回のテーマだが、この社会人スタートの時点で中央線沿線に住むという選択をせず、以来一度も中央線沿線に住んでいない、というだけのことである。
当時会社はまさに総武・中央線(黄色い電車)のとある駅前にあり、実際中央線沿線に住んでいた社員もたくさんいた。
時はバブル前夜で、中央線沿線は人気も家賃も高いエリアだった。
これは今でも変わっていないだろう。

そんな条件のもと、自分が自立開始の拠点にチョイスしたのは、中央線とは方向も雰囲気も真逆の総武線・小岩駅徒歩7分の風呂もないアパートであった。
新入社員なので当然上司や先輩から「どこに住んでるの?」という質問を受ける。
小岩であることを答えると、次の質問は「じゃあクニはどこ?」となる。
「地方から出てきて小岩に住んでる新入社員」だと思われたのだが、自分の答えは神奈川県である。
そうなるとその次の質問はほぼ100%「え、通えるじゃない。なんで小岩に決めたの?」となるのだった。

それぞれの事情はあろうが、当時江戸川区小岩を選ぶ若い人はあまりいなかったのだろう。
少なくともウチの会社で小岩に住んでいた若者は自分だけだった。
同期入社の男は東北出身で阿佐ヶ谷に住んでいたが、こんなのはとてもわかりやすい地方出身若者の典型であった。
阿佐ヶ谷がどれだけ偉いのかよく知らないが(半ギレ)、当時の若い女性に住所聞かれて「阿佐ヶ谷です」と答えるのと「小岩です」とでは反応が決定的に違ったのである。(ヤケクソ)
たとえて言えば、「どんな音楽聴きます?」と聞かれた時の、スティーリー・ダンエア・サプライくらいの違いである。(伝わらない)

中央線沿線を選ばなかったのは、家賃が高いこともあるが、勝手にイメージしていた雰囲気が「自分に合わない」と思ったからである。
全然説明になっていないが、なんとなく中央線沿線を「けっ」と思っていたのだ。

実際中央線沿線在住の社員はみんな楽しそうだった。
阿佐ヶ谷の同期の男は、同じく沿線に住む先輩たちと「木曜会」と称して毎週木曜夜に集まってはジャズダンスやボウリングや飲み会などのイベントに参加してかわいがられていた。
総武線沿線にも先輩社員は住んでいたはずだが、およそジャズダンスとかそういう系統の遊びには縁遠かったはずであり、「新小岩で毎週ジャズダンスやろうよ」といった企画自体がありえなかった。

まあこれは総武線が悪いんじゃなく、単純に自分がその頃からヒネていただけである。
おそらく仮に高円寺や西荻窪に住んでいたとしても、自分がジャズダンスや飲み会に積極的に出かけたとは到底思えない。
簡単に言うと当時の自分は「アンチ中央線」だったのだろう。
本当は条件さえ整えばオサレな中央線沿線に住みたかったのに、「あんなチャラいところに住めるか」と勝手に反発していただけだった。
つくづくアホウな痛いクソガキである。(今もアホウで痛いですけど)

住むどころか、中央線は未だに縁のない駅が多い。
東京駅から高尾駅まで、生涯で一度も使ったことのない駅はけっこうある。
順に言うと、大久保・東中野・阿佐ヶ谷・武蔵境・日野・豊田。
これらの駅は乗ったことも降りたこともない。
逆に言うとたまに使うのが中野(年に1回程度)・吉祥寺(年3回程度)・国立(年1回程度)・立川(年4回程度)・八王子(年3回程度)くらいで、他はどこも「以前一度だけ降りたことがある」レベル。
あんまし中央線沿線に用事ないんです、すいません。

話は総武線小岩駅に戻る。
アンチ中央線は勝手だが、じゃあそれでどうして小岩になるのか?
これまで小岩を選んだ理由を他人に話したことはほとんどない。
極めてミーハーな理由だが、実は椎名誠や明石家さんまに影響されたのだ。
彼らが若い頃住んでいた街が小岩だったのである。

椎名誠の著作には小岩に住んでいた頃の話がたくさん出てくるので、ご存じの方も多いと思う。
明石家さんまが東京に出てきて最初に住んだ街が小岩であることは、それほど知られていないのではないだろうか。
まだ学生だった頃、ぼんやりとテレビをながめていたら明石家さんまが「小岩に住み始めて駅前の喫茶店でバイトしていた」といったことを話していたのだ。
二人の熱烈なファンというわけではなかったが、どこかで憧れもあったのだろう。
大学卒業まで全く縁も土地勘もない小岩だったが、就職が決まった時点で何の迷いもなく小岩駅に初めて直行し、数件不動産屋を回りその日のうちにアパートを一人で決めてしまった。
若き自分のアホウな決断力に驚くばかりである。

実際住んでみて小岩の街に不満はほとんどなかった。
水道の水がまずい・見るからにカタギでない人がわりと多い・謎の外国人が駅前で大量のテレホンカードをやりとりしている(さすがに話が古い・・)、といったことは多少気になったが、暮らしていく分には特に不自由はなかった。
そのわりには2年しか住んでおらず、行きつけの店ができたり近所の人と交流したり商店街の祭りに参加したりといった三流ドラマのような展開も全くなかった。
気合い入れて小岩に住んだつもりだったが、結局どこでもよかったんじゃないかという気もする。
まさに「住めば都」な江戸川区小岩なのだった。

あれから20年以上が過ぎ、もう行くことも全くなくなった小岩。
だが、今でもたまにテレビで採り上げられると、知ってる店なんか出てくるはずもないのに「おっ小岩だ」とつい見入ってしまう。
中央線沿線に住んでいれば、それはそれでもっと強い地元意識も芽生えたであろうが、特に住まなかったことを後悔もしていない(と思う)。

というわけで、中央線。
いったい何が言いたいのか相変わらずよくわかんないカス展開な記事ですが、みなさんは都内で中央線沿線に住んだことはありますか?
中央線沿線でなじみの街・思い出の街などあれば教えてください。

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やってない 第36回 もんじゃ焼きを食べる

人生経験の少なさをハナにかけてBLOGに書くという倒錯した世界観を持つ逆ギレ中高年のSYUNJIといいます。(終始意味不明)
唐突ですが、都民のソウルフードもんじゃ焼き。
みなさんは食べたことがありますか?

もんじゃ焼き、まともに食べた経験は一度しかない。
都内で長く働いていながらこの経験のなさはやはりどこか異常なのかも・・という恐怖感はあるが、別に義務でもないしなぁ。
税金も受信料も今はきちんと納めてんだからもんじゃ焼きくらい気にしなくてもいいじゃない、とも思うが、まあ一度しかないのは事実なので仕方がない。
なのでもんじゃ焼きの材料は何か、作り方はどうなのか、お好み焼きとはどう違うのか、いずれもまともに答えられない。

10年以上前だと思うが、会社の連中10人くらいで月島にもんじゃ焼きを食べに行った。
当時の職場は月島からも比較的近く、連中がどの程度の頻度で食っていたのかは不明だが、焼く係の男は全く迷うことなく店の人の助けも一切借りずに淡々と調理していたので、食い慣れていたことは確かだ。
自分はその場で「実は今日初めて食う」といったカミングアウトもせず、できあがったもんじゃ焼きを、周りの人間の食い方をまねて食っていた。
味は特に記憶に残るものでもなく、店の名前も場所も忘れてしまった。

もんじゃ焼きという食べ物は、ラーメンみたいに全国どこにでも店があるというわけではない。
・・・ということも今回調べてみて知った。
ルーツは諸説あるようだが、やはり店は関東に多く、東京では浅草と月島が有名。
ただ浅草も月島も実際には観光客が多いようだ。
埼玉や群馬にも集中的に存在する場所があり、西日本では讃岐地方に見られるくらいで、関西にはほとんどないらしい。

もんじゃ焼きは昔と今では客層が決定的に違うようだ。
昭和40年代くらいまでは下町の駄菓子屋で子供が食べるのが主流であった。
その後、都市化や食生活の変化とともにオトナが懐かしがって酒のツマミに食うという状況に転換。
加えて東京の味として東京を訪れた観光客が食べる、ということになっているらしい。
最近はこの観光客に外国人が数多く含まれるようになっているそうだ。

で、自分はなぜこのトシになるまでもんじゃ焼きを食ってこなかったのかというと、子供の頃に駄菓子屋で食うという原体験がないのだった。
育ったのが下町でなく昭和の新興住宅地で、近所に駄菓子屋はあまりなく、あってももんじゃ焼きを食わせる店ではなかった。
ついでに言うと貧乏だったのでお金を持ち歩いて遊ぶという習慣もなかったのだった。
仮面ライダースナックは友達がカードを抜いて捨てたやつを拾って食ったりしていた。
こういう貧乏少年がそのまま中年になったので、駄菓子に懐かしいと反応することもない。

妻は横浜の下町育ちで、ふつうに駄菓子屋でもんじゃ焼きを食って育っており、「もんじゃ焼きを食わずにオトナになったヤツがいる」こと自体信じられないことのようだ。
自分の体験が国民の常識であると思い込む典型である。

残り少ない余生の中で果たしてもんじゃ焼きを食う機会があるのか皆目見当もつかないが、町内会なんかで「懐かしのもんじゃ焼きを食べるツアー」などといったトチ狂った企画が実施されないとも限らない。
そんな場で「え?あんたもんじゃ焼き食ったことないの?しょーがねえなあ」と町内会長からダメ出しされたらどうしよう・・
大阪のお好み焼きもそうかもしれないが、どこの土地でも「作り方・食べ方にこだわる」人はいると思われる。
もんじゃ奉行ってのがあんのかどうかは知らんけど、そういうプロ市民(違うけど)といっしょに鉄板囲んだりしたら「なんだよその土手は?」などと真っ先に叱られるんだろうなぁ。
果てしなくどうでもいい妄想ですけど。

というわけで、もんじゃ焼き。
自分の場合は妻の指導のもとで月島に通って実績を重ねる・・というのが正しい学習方法だと思われます。
たぶんしないけど。
これは育った土地や環境で大きく違うとは思いますが、みなさまのもんじゃ焼き経験やご意見などお聞かせいただけたらと思います。

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やってない 第35回 野宿

旅行はするけどキャンプや登山は全然しない中高年のSYUNJIといいます。
キャンプや登山等のアウトドア活動と密接に関連する行為として野宿があるが、全然してません。
旅に出て、日が暮れたので今日はここで野宿・・という展開もない。
ホテルを予約したつもりが間違えて別の旅館を予約してたという三流な間違いはあったが、宿が見つからず駅で寝たというような経験もない。
キャンプも全然しないので、今日の記事も「やってない 第35回 キャンプ」でもいいじゃねえか、というご指摘もあろうが、キャンプやってません宣言だとなんかありきたりでつまんないので、よりピンポイントに野宿。
どっちにしてもつまんない告白ですけど。

野宿には大きく分けて二通りあると思われる。
キャンプや登山に伴いレジャーとして能動的に行う場合と、結果として野宿せざるを得なくなったアクシデントの場合である。
で、自分にはどちらも経験はほとんどない。
野宿は原則的に不便や苦痛を伴うものだ。
雨風や寒さ暑さ、野生動物や虫からの攻撃など、自然の中での睡眠という悪条件。
また都会での野宿の場合も、盗難や暴行などの犯罪、住民や警察による排除など、様々な苦難を克服しての活動となるため(大げさ)、そんなものを受け入れる根性など最初からないのである。

まずレジャーとしての野宿だが、冒頭に宣言したとおり基本的にキャンプも登山もやらないので、当然野宿もしない。
京都に旅行に行って宿に泊まらず郊外駅前の広場で寝る・・などといった外国人バックパッカーみたいなことは絶対にやらない。
大学生の頃にたまに北海道や東北や関西方面に行き当たりばったりの一人旅に出たが、野宿はしなかった。
当時から体力に自信もなかったし、カネで解決できるなら宿を探して泊まったほうがいいと軟弱に考えていたのだ。(若いのに・・)

では合法な教育的野宿体験というのはどうだろうか。
まわりくどく書いてるけど、要は学校行事のキャンプである。
子供の頃に学校のキャンプに参加したことはあるが、野外テントに泊まるという企画はまれで、たいがいはバンガローとかロッジに収容されて夜通し騒いだりというゆるいものだった。

家族や友人とともにキャンプして野宿という経験もほとんどない。
中学生の頃、父親の会社の人たちとどこかの川に出かけ、火を焚いてカレー作ってテントを張って寝て・・というキャンプのまねごとみたいな行事に連れていかれたことが一度だけある。
例によって父親は若干社会性を逸脱してる変人の部類だったため、テントを張って飯を作りカラオケまで持ち込んだ場所は、実はキャンプ禁止であった。
すっかり盛り上がってるさなかに河川管理者とおぼしき役人が現れ、当然ながら「禁止なので撤収しなさい」みたいなことを言い出した。
果たして父親はどう対応するのだろう・・と見ていたら、父親と会社の人たちは巧みに役人を火の回りに誘い、酒を飲ませて気分を良くさせ、土産にも酒を持たせて追い返すことに成功したのである。
全くどちらも悪いオトナの見本みたいな話ではあるが、結果として特に罰則など食らうことなく無事に違法キャンプを終えたのだった。
父親や会社の人たちはさぞかし痛快だったろうが、中学生の自分には「なんだかなぁ・・」という感じであった。

世の中には野宿愛好家という人がいて、旅の宿泊にはどこかに必ず野宿を仕込むという。
さらには野宿に関するミニコミ誌を発行して旅先での野宿体験や野宿イベントを開催したり・・ということをしている女性もいるそうだ。
また一部の大学には野宿同好会があったりするらしい。
同好会ではなくても、一部のサークルでは合宿やコンパなどのイベントの延長で気合いを入れて野宿しますみたいなこともやってるようだ。
若いっていいなぁ。
場所や季節にもよるが、日本は気候も比較的温暖で治安もいいため、レジャー系の野宿が全国で気楽にできる世界でも珍しい国なのだろう。
そんな恵まれた微笑み野宿の国日本に暮らしていながら、自分のように野宿を一切してこなかった国民というのは「もったいない」ことなのかもしれない。

一方のアクシデントとしての野宿体験も、幸運なことにここまでの人生で全くなかった。
若い頃に夜中まで遊んでいて終電を逃したことはあるにはあったが、終夜営業の喫茶店で過ごしたり先輩の家に泊めてもらったりで切り抜けてきた。

サラリーマンを長くやっていると「飲み過ぎて気がついたら野外で寝てた」という経験をお持ちの方も結構多いであろう。
職場でもこの手の「こんな場所で寝ちまったワイルドなオレ」を演出過剰に自慢するアホウな社員がけっこういる。
どこまで事実なのか不明だけど、「朝方通勤する人たちの足音で目覚めたら南千住駅の改札前通路にうつぶせで寝てた」とか「工事現場の土を運ぶベルトコンベアーの上に行儀良く寝てた」などの自称武勇伝が社内に伝わっている。
正直どれもちっともエラくはない話だが。

アクシデントと言えば、飲み過ぎなんかよりももっと深刻なのは災害である。
地震や台風などで帰宅困難となり野宿せざるを得なくなった・・という事態は、幸いにして今まで経験はないが、今後降りかかる可能性は大いにある。
3.11の時は会社にいた時に地震が来たのでそのまま会社に泊まることができた。
また台風や降雪などで首都圏の鉄道が軒並みストップするという事態にも遭遇はしたが、これも幸運なことに帰れなくなったことはない。
最近は特にネットで鉄道運行情報を得ることが可能なため、より的確な判断ができるようになっているのも一因であろう。
3年前に関東に夕方台風が上陸してあちこちの電車が止まった時も、携帯で天気や運行情報をチェックしながら、途中駅で降りてラーメンを食って運転再開を見計らって帰るなどという余裕ある行動をとることもできた。

あまり書きたくはないが、実は災害よりも深刻なのが貧困だ。
永続的に野宿せざるを得ない状況にならない保証はどこにもない。
若い頃新宿西口の雀荘で終夜働いていた経験があるが、店の入っているビルの地下にいつも寝に来るホームレスのじいさんがいた。
ダンボールを売って生活していて、時々自分たちアルバイト学生にも話しかけてくるという意外に楽天的で社交的なじいさんだったが、警察やヤクザに排除されたり、街の飲食店従業員からは商売のジャマだと言って嫌われたりしていたので、決して気楽な状況ではなかったはずだ。
今まで野宿はしたことがないなどとぬる甘なことを言っているようでは、災害や貧困による野宿生活なんか耐えられないだろう。
どこかで今後の備えとして野宿体験をしておいても損はないと思う。
なかなか決意はできませんが・・・

というわけで、野宿。
記事を書いてみて、いかに自分が貧弱で脆弱で情弱なのかをあらためて思い知るはめになりましたが、みなさまの野宿経験はいかがでしょうか?
特にアクシデントとしての体験があれば教えていただければと思います。

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行ってみた 東京モーターショー2015

中途半端な外車乗りのSYUNJIといいます。
今週東京モーターショーに行ってまいりました。

毎回どのチケットを買うか大いに悩むモーターショーですが、前回さんざん悩んだプレビューデー入場券は、3000円から3500円に値上がりしていました。
さすがに3500円も出す勇気はありません。
今回は思いがけず平日に行くことができたので、通常の前売りを購入。
でも前売りも1300円から100円値上がり。
で、Tカードを使用しての購入であれば、チケットレスでTカード専用入口から入場可能とのこと。
特に値引きはありませんがTポイントも5ポイント付くので、あまり深く考えずにネットで手続きをしました。

結論から言えばこの作戦は成功でした。
通常の入場口は平日でもやはり混雑していましたが、Tカードでの専用入口はほとんど並ぶことなくすんなりVIP入場。(勘違い)
もっと多くの人がTカード入場するもんだと勝手に思ってましたが、感覚的には「全然いない」状態でした。

午前中に入場したのですが、平日とはいえそれなりに混雑はしていました。
もちろん休日とは比較になりませんが、若者のクルマ離れなんてのはやっぱりウソなんじゃないかと思うほど若い人が多かった気がします。

この日は団体が多かったです。
工業系とおぼしき学生団体や、日本人ビジネスマンに引率された外国人集団が目立ちました。
休日ではまずいない小学生集団もあちこちにいました。
社会科見学(今もそう呼ぶのか?)ってヤツですかね?
引率の先生よりもはるかにクルマに詳しい小学生が、展示車の特性を友達に説明している場面は非常に頼もしく感じます。

最近のモーターショーはカテゴリーによる展示場所の区別がややゆるくなっています。
そもそも以前は商業車と一般車で開催年まで分かれていたのが、今はそういう区分けがありません。
なんとなく商業車はまとまっていますが、展示棟自体は一般車と同じ。
また車体展示とそれ以外(部品など)も同じ展示棟になっています。
出展する企業や展示物自体が以前ほど多くない、ということがよくわかります。

自分の興味対象は相変わらず外車ですが、昨今の日本市場での厳しい状況がそのまま反映された展示になっていて、フォードやクライスラーやロータスなどは出展していません。
もう各国のメーカーは日本市場などあんまし気にすることもなくなってきているのだと思います。

Smart1

Smart2

そんなすさんだ気持ちで見学スタート。
目の前にいきなり自分にとっての目玉商品であるスマートの「forfour」「fortwo」が登場。
モーターショー直前に販売開始となったそうですが、これは乗ってみたいクルマです。

Amg

メルセデスのAMG GTS。
これはシリーズの中でもかなりマッチョな形です。
本来上品で堅実なドイツ代表車のはずですが、日本ではカタギじゃない人に人気という間違った運用をされてるクルマだと思います。
この日も「アーマーゲー」と呼んでる人がいました。
シャレで呼んでる分にはいいんですが、ホントにAMGのドイツ語読みだと勘違いしてる人もいそうです。

Honda1

Honda2

Honda3

ホンダはどの車もみんな同じようなマスク。
そういう戦略なのかどうかわかりませんが、面白味には欠ける気がします。
やたら人がたかってるのはNSX。

Alpina1

Alpina2

アルピナは今回もBMWとは別の独立出展。
相変わらず強気の値段で、このB6シリーズは1000万とか2000万とかイカれた金額が表示されていました。

Mini1

Mini2

MINIは毎回ブースを二階建てにするという同じような展示。
乗ってみたい気はしますが、CLUBMANとかCROSSOVERなどは普通にデカくてどこがミニやねんという感じ。
我が家の車庫には入らないと思います。

Bmw

これは昨年発売のBMWの電気自動車「i3」。
どこか「ロビ」を連想させるマスクですが、見学者の関心は他の車種に集まっていたようです。

Toyota

トヨタのコンセプトカー「KIKAI」。
一瞬フロントに見えますが、こっちがリアだそうです。
世界のトヨタは展示もハデですが、自分には何をしたいのかがいまいち伝わってきませんでした。
単に自分が国産車に興味がないだけでしょうけど・・・

Fiat1

Fiat2

フィアットの500C。
このクルマもすっかり日本でもおなじみになりましたが、フィアットの出展は8年ぶりだそうです。
そうだったっけ?
展示も控えめで車種も2種類のみ。
今のところ自分が一番乗ってみたいクルマがこの500Cです。

Peugeot1

Peugeot2

プジョーはすっかり顔面が分厚くなり、普通のクルマばかりになりました。
今のプジョーには乗りたいと思う車種はありません。
つくづく206は名車だったと思います。
1007も面白い形で好きでしたが、日本ではそれほど売れなかったんでしょうね。

Vw1

Vw2

Vw3

さて、今回違った意味で出展するほうも見るほうも緊張したのではないかと思われる、フォルクスワーゲン。
モーターショーに関しては事件の影響はそれほどなかったと思われますが、展示は極めてシンプルでハデな演出や露出の多いお姉さんはナシ。
事件がなくてもそういう方針だったのかもしれませんが、予定通り出展できて良かったのではないでしょうか。
説明員も冷静に淡々と業務をこなしていました。
おそらく見学者の中にはクソ意地の悪い質問や意見を説明員に浴びせるイヤなじじいもいたんじゃないかと思いますが・・・

Porsche1

Porsche2

同じく騒動になったポルシェ。
こちらもブースは広いものの展示や演出はやっぱり控えめ。
パナメーラのハイブリッドって、企画として正しいのかよくわかりませんけど、フォルムはカッコいいです。

Twingo1

Twingo2

Twingo3

最後はルノー。
新型トゥインゴは来年発売のモデルですが、冒頭に紹介したスマートの「forfour」と兄弟車だそうです。
プラットフォームなど基本部分が同じで、デザインはそれぞれ別に作られているとのこと。
言われても兄弟車とはなかなかわかりません。
このクルマ、MINIよりも全然小さいミニカーですが、リアエンジンリアドライブ。
ボディー部分をかぱっと開ける展示で確認できるのですが、こういう構造は今日本車ではほとんどないと思います。
(調べたら床下リアエンジンのスバルサンバーディアスワゴンくらいらしい)
正直、かなり乗りたいんですけど、運転はしづらそうな気もするし、トランクが蒸し暑いとかいろいろありそうな感じもします。
まあそういう部分も含めて外車の楽しさなんでしょうけど。

何かと話題の自動運転技術ですが、今回のモーターショーでは日産やベンツがコンセプトカーを展示していました。
が、自分はほとんど興味はありませんでした。
自動運転の定義にもよると思いますが、世界的なこの流れは止まることはないでしょう。
ただしどこの国においても、現時点では自動運転技術の導入に否定的な人も一定数存在します。
特に日本人は自動運転によって「運転の楽しみがなくなる」と考える割合が、欧米人に比べて高いんだそうです。
アメリカやカナダでは運転を労働や手段と考える傾向が強いようで、日本みたいに少し走れば景色がどんどん変わるような国土でもないので、自動運転技術に期待するのもわかる気もします。
自分はあまり運転を楽しいとも思ってませんが、自動運転ならタクシーでええやんとも思います。

今回見学して一番驚いたのは、見学が予想以上に早く終わってしまったことでした。
10時半くらいに入場して、多少休憩はしましたが、13時くらいには会場を出てしまいました。
せっかく平日に行ったんだからゆっくり見て回ればよかったはずなのですが、そもそも部品展示や二輪車や商業車は毎回それほど熱心に見ていません。
いつもと同じように外車ばかり見て回ったら、展示も人も少ない分あっさり終わってしまった、という状況。
休日の見学がいかに人をかき分けて進むことに時間を費やしていたか、ということのようです。

Skytree1

二周目に突入してもよかったのですが、そのまま会場を後にして向かった先はなぜか東京スカイツリー。
実はふもとのソラマチには何度も行ってますが、展望台にはまだのぼっていなかったのでした。
理由は簡単で混雑してるからです。
この日は平日だったので当日券は15分ほど並んで買えました。
どんな場所でも空いてることはありがたいもんですね。

Skytree2

スカイツリーには地上350mと450mのところに展望台があり、料金は別になっています。
350m天望デッキは2060円、450m天望回廊が1030円。
450mの天望回廊は、350mの天望デッキでしかチケットが買えない仕組み。
つまり450m天望回廊に行くなら3090円が必要となります。
当然350mまで行ったらほとんどの人が450mまで行くもんだろおっかさんと思ったら、むしろ450mまで行く人はほんの一部でした。
エレベーターの中は半分が外国人。

Skytree3

Skytree4

450mはさすがに標高も料金も高いです。
この日は晴れてましたが、思ったより世の中が霞んでいて、東京ドームや新宿もぼんやりとしか見えず。
富士山も全く見えませんでしたが、それでもやはり眺めはすばらしいものがありました。

Skytree5

Skytree6

Skytree7

350m天望デッキ(正確には340mのフロア340)にはガラス床があり、真下が透けて見えるようになっています。
元々この手のアトラクションには恐怖を全然感じないタチですが、340mなんであまりに高すぎてリアリティもなく、周りの客が大騒ぎする中、ひとり低いテンションのまま写真を撮っていました。

というわけで、東京モーターショー&スカイツリー。(ムリヤリ)
とにかく平日で空いていたのがよかったです。
次回のモーターショーがどんなことになっているかわかりませんが、興味が続く限りはやはり行ってみようと思います。

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やってない 第34回 DIY

基本的に「できること」の極めて少ない中高年のSYUNJIです。
いわゆるDIY、全くやってない。
正しくは「できない」のだが、「DIYができる・できない」ともあまり表現しないので、やってないと書くことにします。

DIYとは「Do It Yourself」の略で、まわりくどく言うと木工や金工や電気工作の分野においてプロなど他人に頼まず自力でモノづくりを行うことを意味する。
自分が子供の頃はこんな言葉は一般的でなく、あったのは「日曜大工」という呼び方であった。
そのものズバリの「にちようだいく」という名のホームセンターが近所にあったくらいだ。

DIYで作る対象は小物から大掛かりな家具や小屋やログハウスまで様々だろうが、いずれにしろDIYでなんか作ってみました的な経験はほとんどない。
例えば電化製品のプラグがちぎれたので新しいものに交換したりとか、脚が折りたたみ式の小さなテーブルを組み立てたことはあるが、プラグ交換なんて小学生でもできることだし、テーブルにしても全部そろったキットを買ってネジを締めただけなので、とてもDIYとは呼べない。

自分が中学生の頃は技術家庭という授業があり、基本的に男子は技術と称して木工や電工の実習を行っていた。
実習と言うと聞こえはいいが、これも学校側とぎっちり癒着した業者からラジオ組み立てキットや本棚作成セットを買わされて組み立てるだけである。(←見方がすさんでる)
当然仕上がりのレベルに差は出るが、まあよほどのアホウな生徒でない限り説明書どおりに組み立てれば成功するという、あまり創造性のない授業だった。
成果品については失敗した記憶はないけど、取り立てて褒められたこともない。
それよりウチの中学では「他人の完成品を盗んで自分のものとして提出する」というズルが横行していて、作業中は自分の作品から片時も目を離さないことが絶対条件という治安の悪さだった。
書いててイヤになる話だなぁ・・
そんな野蛮な学校だったので、授業をきっかけにDIYに開眼した・・なんて夢みたいな話は全く起こらず、その根性は今もあんまし変わっていない。
いや、根性が変わらないのは別に出身中学のせいじゃないですけど。

自分のDIY心のなさは家庭環境も大いに影響している・・と言いたいところだが、実は全く当てはまらない。
父親が全く不器用で金づちひとつ満足に使えないのであれば、少しは親のせいにもできるのだが、我が家の場合はかなり話が違う。
父親が言うには「オレは昔鳶をやっていた」とのことで、棚や机を作るなんてのは文字通り朝飯前。
人が入れるくらいのでかい鳥小屋を庭にこしらえたり、屋根付きのバイク庫を家の横にいつの間にか全部自前で作ったりしている、そういう人間だった。
家の前の畑(よその土地)に放置されていた折れた電柱(コンクリート製・1.5mくらい)を、地主や東電に断りもせず起こして立てた上に、下に穴を開けてレンガで囲い、見事な暖炉風焼却炉を作ってしまったこともあった。
ほっとけば家のひとつもひとりで建てそうなDIY親父だったのだ。

そんなわけで今も家には父親が生前使っていたいろいろな道具がある。
木工で言えばカンナは大小合わせて5つも6つもあるし、ノミも10本セットで残っている。
筋毛引きや墨壺、ラチェットドライバーや水道レンチなんていう一般家庭にはあまり置いてないものもある。
ラチェットドライバーくらいは自分もたまに使うことはあるが、カンナやノミは手入れもしておらず正しい使い方もよくわからない。
残念ながら父親からは道具の使い方をほとんど教わっておらず、完全に宝の持ち腐れ状態。

ちなみに墨壺ってのはでかい板や長い木材に長い直線を一発で描ける優れた道具である。
墨壺についてはかろうじて使い方を教わっていたので、高校の学校祭でベニヤにマス線を引くのに使ったりしたが、結局それっきり。
学校で墨壺を使うというちょっと珍しい高校生だったのだが、その後何も起こらなかった。(もったいない)

最近は男女を問わずDIYがブームだそうで、若い女性でもインテリアとして机や棚を自作する人が増えているらしい。
二子玉川や吉祥寺には女性をターゲットにしたDIY専門店も登場しているし、タレントの森泉や中田喜子がテレビで腕前を披露したりと、業界的にも乗っかりたいところのようだ。
非DIY中年男の自分としては肩身の狭い世の中になりつつあるが、トシとって突然目覚めるような性質のものではないような気がする。
大げさだけどDIYにはやはりある程度才能や創造性が必要であり、自分みたいな素質のない人間は今さらムリだと思うのだが・・

ということで、DIY。
自分はこの先もたぶんDIYにのめり込むようなこともなく、持ってる道具のほとんどを使いこなすことなく死の床につくような予感はするのですが、みなさまのDIY活動や成果について教えていただければと思います。

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