読んでみた 第56回 ジミー・ペイジの真実

今回読んでみたのはペイジ伝記本「ジミー・ペイジの真実」。
緊急事態宣言のさなか4月に発売された新刊である。

著者は元NME紙の名物ライターでロンドン在住のクリス・セイルヴィッチ、訳者は奥田祐士。
版元はハーパーコリンズ・ジャパン、定価3,300円(税込)。
国語辞典並みに非常に分厚く、544ページもあり、束は3cmもある。
帯には「Led Zeppelin アルバムデビュー50周年記念特別企画」と書かれた飛行船が浮かび、「ロックがひれ伏す伝説」とでかいアオリが踊る。

Page

これまで様々なミュージシャンの本を読んできたが、ツェッペリン関連の書籍やムックは結構読んでいると思う。
統計とったわけではないが、感覚的には日本で出版された本の中で、ビートルズとストーンズに次いで多いのはペイジ含むツェッペリン関連本ではないだろうか。
少なくともパープル本よりは多いはずだ。

「真実」と歌うからには、これまで知られていなかった実話がどっさり書かれているのだろう。
厚さと重さに戦いながら読んでみることにした。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

まえがき
序 章
第1章 サリーのスパニッシュ・ギター
第2章 ネルソン・ストームからセッション・プレイヤーに
第3章 シー・ジャスト・サティスファイズ
第4章 ベックス・ボレロ
第5章 欲望
第6章 「1000ドルぽっちのためにオレを殺すつもりか?」
第7章 「鉛の飛行船みたいに」
第8章 アメリカからの引き合い
第9章 〈胸いっぱいの愛を〉
第10章 《レッド・ツェッペリンⅡ》
第11章 「汝の思うところを為せ」
第12章 大いなる獣666
第13章 輝けるものすべてが
第14章 ZOSOの伝説
第15章 天使の街
第16章 王様(キング)とジミー・ペイジ
第17章 コカインの夜と幽霊屋敷
第18章 亡命中の事故
第19章 ケネス・アンガーの呪い
第20章 直接対決
第21章 交戦規則
第22章 ボンゾ最後の戦い
第23章 隠者
第24章 中年のギター神
第25章 魔法使いの弟子
第26章 不死鳥の飛翔
謝辞
参考文献

構成は一般的な伝記本のとおり時系列順に進行しており、ロンドン郊外に生まれたジェイムス・パトリック・ペイジ少年が、成長してセッションギタリストを経てヤードバーズ加入、レッド・ツェッペリン結成、解散、その後の様々なプロジェクト・・という流れ。
なお「まえがき」の前に写真が8ページほどあり、若き日のペイジやツェッペリンのメンバーが写っている。

各章とも非常に細かいエピソードが連結されて綴られている。
もちろん知らなかった話はたくさんあるが、どこかで聞いたエピソードもかなりあり、ああやっぱそうだったんだ、という確認ができる受験参考書のような書物だ。
真偽はともかくここまで詳細なペイジ伝記は日本では初めてだろう。
サウンドや歌詞に関する分析や考察といった音楽的視点はほぼない。
この点は素人の自分にはありがたかった。

改行や余白が思ったほど取られていないため、各エピソードの切れ目がわかりにくく、気づかないうちに場面や話が変わっていることが度々あった。
また当然人物名が全て外国人なので把握しづらく、有名人でないスタッフなど数人が一度に登場すると、誰が誰やらで確認するのにページを戻ったりすることが何度かあった。

いよいよ本編。
プロデビューからツェッペリン結成までにかなりのページ数をさいており、やはり知らなかった話は多い。
この時期ペイジ周辺の人物で多く登場するのは、ツェッペリンの3人とマネージャーのピーター・グラント、そしてジェフ・ベックである。

ベックの「Beck's Bolero」という曲にペイジが参加しているのはよく知られている話だが、他にもニッキー・ホプキンス、キース・ムーン、ジョン・ポール・ジョーンズも参加している。
しかも本当はジョン・エントウィッスルが参加するはずが、ジョンが現れなかったため急遽ジョーンジーが呼ばれたとのこと。
当時ペイジがキース・ムーンのバンドに加入するという噂もあったらしい。

良き友人同士であったはずのベックとペイジだが、仕事となれば美しい友情物語ばかりでもなかったようだ。
ジェフ・ベック・グループで録音した「You Shook Me」を、ペイジもツェッペリンとして同じ曲をファーストアルバムに収録したことを知ったベックは「怒りの涙がこみ上げてきた」と書いてある。
ベック的にはいい気分ではなかっただろうなと思っていたけど、そんなにイヤだったのか・・
この時ペイジはベックに「同じ曲を録音したよ」ではなく「ぼくが見つけてきたジョン・ボーナムって男を聞いてくれ」と言っている。
ベックは同じ曲を聞いてボンゾのドラムに脅威を感じ「またあとから来たのに追い越されるのか」と思ったそうだ。
ちなみにツェッペリンのファーストアルバムについては、ミック・ジャガージョージ・ハリスンにはあまり理解されなかったらしい。

エリック・クラプトンとの出会いは、短いながらまるで青春ドラマのような非常にいい感じで書かれている。
当時「ゴム底ズック」といういまいちイケてないあだ名で呼ばれていたクラプトン。
ペイジがある晩ステージを終えた後にゴム底クラプトンがやって来て、「君のプレイはマット・マーフィー(ブルース・ピアノ奏者メンフィス・スリムとコンビを組んでいたギタリスト)に似てるね」と、ペイジのギタープレイが気に入ったことを伝えた、とある。
その後の二人の関係はあまり書かれておらず、ベックと比較するとクラプトンの登場回数はかなり少ない。

キンクスの「You Really Got Me」でペイジがギターを弾いてる疑惑、は自分も本やネットでも何度も目にしている。
ペイジ本人の否定発言も読んだことがあり、大半は「噂にはなったが事実ではない」という論調だ。
この本にもその疑惑について、「ペイジはたしかにキンクスのファーストLPでリズムギターを弾いているが、「You Really Got Me」のリードを弾いた事実はない」という関係者の証言を掲載している。
他の曲でもリズムギターは弾いたが、リードギターを弾いたのは1曲もないそうだ。
あの印象的なイントロと、その後スーパースターとなったペイジのギターが勝手に結びつけられて「ペイジの弾いた印象的なイントロ」になってしまったと思われる。

本業のツェッペリンの活動履歴については、時期にもよるがおおむね時系列に沿って、ペイジ本人のインタビューや、関係者の証言などをベースにかなり詳細に記されている。
著者は特にアルバム「IV」を高く評価しているようで、ほぼ全曲について制作経緯や周辺情報を紹介している。
一方で後期ツェッペリンはバンド内外においてトラブルだらけであったこと、パンク台頭による「時代遅れ」的評価や、ペイジのヘロイン中毒、メンバー3人との間にできた溝なども忖度なく記載してある。

ペイジのヘロイン中毒は相当深刻で、あまりの体調の悪さに車椅子や担架でライブ会場入りしたり(本人やマネージャーは否定)、ヘロインから足を洗うためにコカインと酒だけに集中しようと画策したり(結局失敗・・そりゃそうでしょうよ)、意識朦朧のままステージに立ち、勝手に曲順を変えて演奏を始めたため、他のメンバーが合わせるのに苦労したり・・といった不細工な話が何度も書かれている。
クラプトンやキース・リチャーズもそうだけど、当時のロッカーたちはみーんなドラッグ中毒でトラブルだらけだったろうが、ペイジのヤバさはかなりのレベル。
ヘロインやめるためにコカインと酒にしますって・・キースもやらなかったジャンキーの典型的なデタラメ屁理屈。
よく復活(してないという見方はあるが)したもんだと思う。

こうしたペイジのパフォーマンス低下に、徐々にバンド主導権を取るようになっていったのがロバート・プラントだった。
結成当時はすでに一流ギタリストだったペイジに、無名のプラントとボンゾはついて行くしかなかったが、プラントは次第にバンドのフロントマンとしてその立ち位置を確立していく。
「In Through the Out Door」制作過程においては、ペイジのあまりのポンコツぶりにプラントが奮起し、ジョーンジーとともにバンドを牽引していった。
また偶発的ではあったが、プラントの息子の葬儀にペイジとジョーンジーは参列しなかった(理由は書いてない)という出来事が、4人の絆とパワーバランスに変化をもたらしたのは間違いなさそうである。

結局プラントの主導権は解散を経て再結成ライブとそのDVD発売に至るまでずうっと続いたようで、2007年のライブのDVDが発売されるまで5年もかかったのは、プラントが映像編集においてペイジに対して我を通したためだった。
そうだったのか・・
なんかいろいろモメてそうな話は聞いたような気がしてたけど、そんな経緯があったんですね。

なおボンゾの死とバンドの解散については、思ったほどの量でもなかったが、それなりに詳しく書かれてはいた。
ボンゾの死後もツェッペリンを続けるという選択肢は、少なくともペイジとプラントには全くなかったようだ。
ボンゾの死因はよく知られているとおり吐瀉物の誤飲だが、この本を読んでもそれが突然訪れた不慮の事故ではなく、そうなっても仕方がないような生活をしてきたんだなぁと思う。
とにかく日々酒を飲んでは行く先々でトラブルの繰り返しで、もし今の時代だったら炎上間違いなしの荒れっぷり。
ボンゾ自身の談話は全然ないので真相はわからないが、ボンゾはアルバムを出した後のツアーで長く家族と離れるのがイヤだった、というようなことが書いてあった。

ちなみにボンゾの死後、イエスのクリス・スクワイアとアラン・ホワイトが、マネージャーを通じてペイジとプラントに「スーパーグループ」を組んでみないかと持ちかけてきたそうだ。
しかもバンド名も決まっていたようで「XYZ」。
Xは「元」という意味で、Yがイエス、Zはツェッペリン・・
プラントは話を聞くなり「あり得ない」と一蹴して、スーパーグループXYZは幻となったとのこと。
これは知らなかった。
まあXYZが実現したとしても長続きはしなかっただろうという気はするが・・

結局ペイジ&プラントや再結成などで解散後も何度も競演した二人だが、「ペイジは結局パーシーが忘れられないんだ」という関係者の発言が真理だったと思う。

さてペイジと言えばオカルト。
この本でもそのオカルト趣味についてふれているが、それを語る上で最も重要なのがアレイスター・クロウリーなる人物である。
イギリスの魔術師でオカルト団体を主宰し、魔術に関する著書も多い。
で、確かにペイジはクロウリーの著書やアイテムをコレクションしたり、ネス湖のほとりにあったクロウリーの屋敷を買ったりという行動はしていた。

クロウリーについては、60~70年代当時のミュージシャンにも支持者が多く、ポール・マッカートニーリンゴ・スターも「ぼくらのヒーロー」「尊敬していた」などといった発言をしており、「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のジャケットにはクロウリーの写真がある。(最後列左から二人目)
またデビッド・ボウイは71年の「Quicksand(流砂)」という曲で「クロウリーの制服に夢中だ」と歌っている。
この本には他にもドアーズのアルバム「13」の裏ジャケットでクロウリーの胸像写真が使われたり、オジー・オズボーンやアイアン・メイデンがクロウリーをモチーフに曲を作ったことも書いてある。
ファッション的な要素も含め心酔の度合いはそれぞれだが、当時も今も、一部のミュージシャンから支持されるオカルトの教祖的存在なのだろう。

ただペイジが実際に黒魔術を使って誰かに呪いをかけたりヤバイ儀式をおこなったり・・ということまでは、この本にも書いていない。
書いてはいないんだけど、周囲からは「ヤツはそういうこともしてるんじゃないのか」と恐ろしいイメージでとらえられていたこともあったようだ。

そのペイジのオカルト趣味について、同じくクロウリー愛好家として強い興味を示したのは他でもない、リッチー・ブラックモアだった。(拍手)
72年にペイジがそのネス湖のクロウリー屋敷にこもっていた時、リッチーがパープルの照明監督ディック・オーデルを伴って訪問。
オーデル氏によれば「たぶんリッチーはあの屋敷を見たかったんだと思う。きっと嫉妬していたんだろう」とのこと。
このエピソードでは残念ながらリッチー本人の談話はない。
その場で二人は殴り合いの騒動に発展・・という胸おどる昭和プロレス的展開は全くなく、午後の半日だけで二大巨頭対面はおだやかに終了。
ここにもし東郷かおる子が立ち会っていたら・・となぜか思わずにはいられない。
オーデル氏は「ふたりのギタリストは明らかにライバル意識を燃やしていた」「なごやかだったけれど、闘牛士が2人いるような感じ」という臨場感に満ちた発言をしている。
しかしながらこのエピソードはそこまで。
以降この本にはリッチーは二度と登場せず、ペイジがリッチーについて語るシーンもやっぱり一切なし。
がっかり・・わかってはいたけど、やはりそういうことなのだね。
記者がペイジに「リッチーについてどう思うか」と質問するのは、ダウンタウンに「とんねるずをどう思うか」と聞くのと同じくらいヤバイ質問なんだろうね。(たぶん違う)

というわけで、「ジミー・ペイジの真実」。
さすがに長かったし、リッチー本のような爆笑話はあまり出てこなかったけど、読めてよかったです。
総合すると、様々な浮き沈みはあれど世界中を驚喜させた偉大な音楽家である、という主張。
もちろん間違いではないし、批判やダメ歴史についてもけっこう載せてるので、日本人評論家によるツェッペリン礼賛本なんかよりはバランスが取れていてよほどマトモではないかと感じました。
あらためてツェッペリン解散後の作品を学習してみようと思います。

 

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読んでみた 第55回 文藝別冊 マイケル・シェンカー

今回読んでみたのは「文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
前回のジェフ・ベック以上に聴いてないマイケル・シェンカーだが、文藝別冊シリーズで昨年8月に出版されたので図書館で借りてみました。

Michael_schenker

マイケル・シェンカー・グループのアルバムを聴いたのは10年以上前になる。
その時はさほど拒絶感はなかったはずなのだが、その後全く定着せずUFOも含めた他のアルバムにも一切手を出すことなく今に至る。
中古で買ったMSGのファーストアルバムCDも手元に残っているかどうかすら不明。
「ストーンズやパープルなどの学習に忙しかった」という中学生みたいな言い訳しか出てこないが、実態はこんな有様である。

そんなつれない扱いしかしてこなかった自分が、マイケル本を読んで理解できるわけもないのだが、河出書房新社の寛容な社風に感謝しながら読むことにした。(買ってないけど)

・・・・・読んでみた。

正式な書名は「KAWADE夢ムック 文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
サブタイトルには「永久保存版 総特集」とか「神、降臨――永遠のフライング・アロウ」などといった勇ましいアオリが並ぶ。
版元は信頼の企画と安心の編集で名高い河出書房新社。
176ページ、本体価格1,300円。
他の文藝別冊シリーズに比べると若干ページ数が少ない。

目次はこんな感じ。 

【ロング・インタビュー】
伊藤政則
「伊藤政則が語るフライングV伝説」(聞き手:武田砂鉄)
 
【スペシャル・インタビュー】
松本孝弘(B'z)
「神には感謝しかない――もはや血肉となっているその音と技」(聞き手:伊藤政則)
 
【特別寄稿/エッセイ】
堂場瞬一「この神はどちらの神か」
 
【特別寄稿/マンガ】
喜国雅彦「Vの神様」
 
【インタビュー】
マーティ・フリードマン
「HR/HMのクオリティを押し上げたメロディアス・ギタリストの元祖」
 
【ヒストリー】
舩曳将仁「神の軌跡」
 
【論考】
大鷹俊一「マイケル・シェンカーは来なかった!――UFO襲来の衝撃」
増田勇一「彼のギターが歌うのだから」
山﨑智之「マイケル・シェンカーとギタリストたち」
 
【エッセイ】
五十嵐太郎「アイコン楽器としてのフライングV」
武田砂鉄「その不機嫌を観たい」
本郷和人「滝廉太郎とマイケル・シェンカーの遠くて近い関係」
吉川浩満「部屋に到来する神について」
鈴木輝久「「ゲイリー・バーデン版ダンサー」の始末」
 
【アルバム・セレクト】
マイケル・シェンカーと響き合う10枚(舩曳将仁)
マイケル・シェンカーの遺伝子を受け継ぐ10枚(武田砂鉄)
 
【徹底解題ディスク・レビュー 1972~2018】

構成自体はいつも通りの文藝別冊シリーズである。
インタビューも書き手も「なぜこんな人が?」という例はおそらくなく、王道の企画と鉄板の編集。
巻頭には信頼と実績の伊藤政則インタビュー。
さらに他のインタビュー記事はB'zの松本孝弘、そしてマーティー・フリードマン。
この人選はマイケルのファンとしても良かったんじゃないでしょうか?
ジェフ・ベックを語るのにヨッチャン呼んじゃうよりは全然いいのでは・・・

ただし。
インタビューも書き手も、現業こそ違えど大半は「リスナーとしてマイケル・シェンカーにふれてきた日本人」という立場の方々である。
マイケルご本人のインタビューはなく、バンドメイトやプロデューサーといった関係者の話もない。
関係者の談話が絶対必要なのかと言われるとそうでもないが、やはり新たな発見を読者としては求めたいはずである。
今はネットで海外ミュージシャンの最近の動向や関係者の裏話も簡単に得られるので、編集側としてもあえてそういう企画は起こさなかったということだろうか。

そういう意味ではかつて70・80年代にあった洋楽雑誌のような「懐かしい」編集である。
巻頭インタビューで政則氏が「当時はネットなんてないから、みんな想像も膨らませつつ書いてたんだ。その分書き手の思いが入ってくる」と話しているが、この本はまさにそういうノリである。
その「書き手の思い」が心にスイングするかどうかは読者側の問題なので、当然だが評価は割れると思う。
まあこれはマイケル・シェンカーだけでなく、この「文藝別冊シリーズ」に共通することかもしれないが。

ちなみに他のシリーズにはあったカラーグラビアページも、この本にはない。
意図は不明。
フライングVを手にするマイケル・シェンカーなんて文字通り「絵になる男」ではあると思うのだが・・
権利関係とか予算の問題だろうか?

また全体としてはわりと平易でわかりやすい文章が多い。
これは「文章がわかりやすい」という意味であり、「そんな話はオレでも知っている」ということではもちろんない。
マイケル・シェンカーを全然聴いてない自分でも、「ちょっと何を言ってるのかわからない」といった富澤状態になるような難解な内容や文体はあまり出てこない。
マイケル神を崇拝するあまり延々と知識自慢を繰り広げたり他のアーチストを見下したりというクセのすごい文章は見当たらなかった。

なのでマイケル・シェンカー入門書としての体裁は問題ないと思う。
逆に言えば大笑いや大発見といった尖った話も思ったほど書かれていない(と思う)。
前述のとおり現場関係者の談話がないので、日本のファンでも「えっ知らなかった」という類のエピソードは載っていないんじゃないかと思われる。
Amazonレビューにはかなり厳しい評価が並んでいるが、詳しいファンや長くマイケル・シェンカーを聴いてきたリスナーから言わせると「物足りない」ということになるのかもしれない。

自分はやはり山﨑智之の「マイケル・シェンカーとギタリストたち」が一番面白かった。
業界に居並ぶ名ギタリストに対するマイケルの評価は非常に興味深い。
まずマイケルは「レッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバスのディストーション・サウンドを愛している」という。
その前提?で、ジミー・ペイジについては「ギタリストとしては過大評価されている」と辛辣な意見。
一方でトニー・アイオミを「最高のリード・プレイヤーではないが、魂とスペシャルな個性がある」と評価している。
さらにリッチー・ブラックモアに対しては「ロック界で彼だけの個性を確立している」と絶賛。
ただし「リッチーに影響を受けた」とは言っていないそうだが。

このギタリスト評をまとめると、なんとなく言ってることはイングウェイ・マルムスティーンに近い気がする。
さらに興味深いのが、そのインギーとエドワード・ヴァン・ヘイレンについて「無視できない存在だった」としている点。
神と呼ばれたマイケルも、後輩二人の突出した才能は認めていたということのようだ。

あちこちに書いてあるのがマイケル・シェンカーの「不安定」な部分。
ハードロック業界には他にもそんなアーチストはたっくさんいるはずだけど、とにかくマイケルは体調不良やドラッグやアルコールなどで精神も就業に対しても不安定になることが多発しており、バンド脱退や解散、コンサート中止・中断なんかしょっちゅうというステキな人物で通ってきている。
一時期は「今回はちゃんと日本に来た」ってのがファンの間で話題になるくらいだったそうですが・・

単純に言えば社会人としてちょっと一緒には仕事したくはないと思うレベルなんだけど、コアなファンはそういう不安定なところも含めてマイケル・シェンカーを追っているフシがある。
無事に来日してくれて無事にコンサートやってくれてという普通の展開に安堵しながらも、どこかで「ああああやっぱ今回もダメだったマイケル・シェンカー」を期待している・・という、一般人には理解しがたい感覚を持って臨んでいる人が必ずいるのだ。
まあ故障だらけの外車の話を楽しそうにしてるオヤジってのもいますけど、あれに近いのかな?

そんなわけでどのページも比較的おだやかに楽しめるこの本だが、自分でもわかる残念な点はやはりある。
それは読者全員が共感するであろう、喜国雅彦のマンガ「Vの神様」。
喜国雅彦と言えばメタルファン(確かモトリーの大ファン)で有名な漫画家であり、編集側としても間違いのない人選だったはず。
しかし。
非常に残念なことに、この「Vの神様」は文字にすることすら億劫なほどレベルが低く、マイケル・シェンカーにはほとんどふれず、ダジャレとダ落ちに終始するという大学生の同人誌以下な内容。
これはダメでしょう。
「特別寄稿」として発注した以上掲載しないわけにはいかなかった版元側の都合もあっただろうけど、この内容で掲載を決断しちゃったのは編集の落ち度でもある。
それにしてもどうした喜国雅彦?
もしかしてあんましマイケル・シェンカーには興味なかったのか?

というわけで、「文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
初心者の自分からするととてもためになる内容だと思います。
本文はもとより巻末のディスク・レビューなど今後の学習(するのか不明だけど)には大変役立つ資料になると感じました。
一方でファンからの厳しい感想も、なんとなくわかる気はしました。
今後もし増補版が出るようなら、もう少しマイケル本人や近い人の談話を掲載してもらえたらと思います。

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読んでみた 第54回 文藝別冊 ジェフ・ベック

三大ギタリストの中で、その人物像について一番情報量の少ないのがジェフ・ベックである。
作品はクラプトンよりは聴いてるはずだが、どんな人なのか、誰と仲良しなのか、誰と競演NGなのか、お金をいくら持っているのか、実はよく知らない。
そんなベック情弱を解消するため、今回読んでみたのが「文藝別冊 ジェフ・ベック」。
ジェフ・ベック個人について書かれた本を読むのは初めてということになる。

Jeff_beck

副題は「超人的ギタリストの伝説」、版元は河出書房新社、A5判224ページ、本体1,300円。
発売日は2017年11月28日。
版元のサイトでは「デビュー50年を過ぎて第一線で活躍する生ける伝説的ギタリストの軌跡と魅力をさぐる」とある。
この表現だとクラプトンでも当てはまりそうな気はするので、もう少しベックならではのアオリを工夫すべきでは・・と偉そうなことを感じました。

文藝別冊シリーズでベックなので、それほど尖った内容やヒネた編集ではないと予測したが、果たしてどんな本なのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

■対談
佐藤晃彦×大鷹俊一 ギターを弾くために生まれてきた男
■インタビュー
是方博邦 音楽と人生を学ばせてもらった人
野村義男 革命児ではなく唯一無二
Rei また新しい彼に出会ったという嬉しさ
■ジェフ・ベック入門
突っ走ってきた孤高のギタリスト 立川芳雄
ジェフ・ベック/ヒストリー 船曳将仁
ストラトキャスターを最も弾きこなしたギタリスト 佐藤晃彦 
■ディスコグラフィ
セッション・ワークス50選
JAPAN TOUR 1973-2017 ジェフが残した日本の足跡 佐藤晃彦
 
・音色戦慄と変調の平面 江川隆男
・ジェフ・ベックは誰の影響を受けたのか 大鷹俊一
・超人ベックはロックンローラー 川﨑大助
・ジェフ・ベックとギターヒーローの文化史、あるいはギターというメディア 長澤唯史
・保守と革新のフュージョン 或いはそのどりらからも自由なギタリスト 松井巧
・ギターの肉声 後藤幸浩
・若さが生む艶やかなギターサウンド 林浩平
・まだヘヴィ・メタルが嫌いなのか 武田砂鉄

これまで読んできた文藝別冊シリーズで最も正調音楽教本だと感じる。
ギタリストなんで当然だが、ほぼ全てがベックとギターで起こした文章や対談である。
当然音楽やギターに精通する人たちによる対談や寄稿ばかりなので、章によってはほとんど理解できないのもあった。

特にギターそのもの(メーカーやモデルなど)の解析やテクニック論を基盤として語る文章は、自分のようなド素人には全然わからない。
まあこれまでの文藝別冊シリーズでもおおむねそうだったので、ある程度は想定していたが、やはりジェフ・ベックというスーパー・ギタリストが素材の場合、書き手は当然として、読者側の教養ステージもそれなりのレベルが要求されるのである。

逆に言うとベックの私生活やオフステージや幼少期を採り上げた文章は皆無。
もちろん他のミュージシャンとのいさかいやお金や女にまつわるゴシップなんてのもナシ。
この出版不況のさなか、ベックに関する音楽以外の話題はやはり企画として通らないようだ。
そもそもベック本にそんな話を期待するほうが間違っている。
「ベックは本当に夜道でペイジを殴って逃げたのか?」なんて特集があっても、たぶんAmazonレビューが大荒れするだけで売り上げには全くつながらないだろう。

タイトルの通りジェフ・ベック入門としての「突っ走ってきた孤高のギタリスト」は、ベックの経歴をハードロック期・クロスオーヴァー時代・試行錯誤の時代・再充実期に分けて解説しているので、入門テキストとして非常にわかりやすく構成されている。

ベックを表す有名な言葉として「ギタリストは二種類しかいない。ジェフ・ベックか、ジェフ・ベック以外だ」というのがあるが、これはポール・ロジャース(またはジョン・ポール・ジョーンズ)の発言とされている。
ところが書き手の立川芳雄という人は「少し調べてみたが、二人ともそんなことは言っていない」と明かしている。
どうやら日本のメディアが作った伝説みたいなもののようだ。
あっそう・・なんかネタばらしされたみたいで少しがっかりだけど、この件については他の文章中にも「真偽は不明」とか書いてあるので、やっぱ日本発の創作なんでしょうね。
まあロックに関する伝説なんてプロレスと似たようなもんで、「全身の血を入れ替えた」とか「ジャック・ダニエルで入れ歯を洗っている」とか「ステージ上で生きたコウモリを食い散らかした」とか「グラハム・ボネットのリーゼントアタマをギターでかち割った」とか、どこまでホントの話なのかわかりませんよね・・

ちなみに日本では知ってて当然の「三大ギタリスト」というくくりも、そうとらえているのは日本のマスコミとファンで、本国イギリスでは全然そういう認識はされていないらしい。
(最近は逆輸入的に本国のメディアでも時折見られるとか・・)
日本人は「三大○○」とか「○○四天王」とか「三頭体制」とか大好きなので、70年代では音楽メディアが作るこうした楽しいセッティングや伝説に、ナウいヤングは相当引きずられたと思われる。

あと同じ立川芳雄の文章の中には、「ニール・ヤングの自伝の3分の1は鉄道模型の話」というのもあって笑ってしまった。
プラモデルや模型など男の子が夢中になる文化とロックの親和性を説く文だったのだが、ニール・ヤングにそんな趣味があったんスね・・という点につい食いついてしまった。

ベック本なので同業者であるギタリストを呼んで対談、という当然な企画がいくつかあるが、登場するのはヨッチャンこと野村義男。
Amazonレビューには「野村義男のインタビューはいらない。ほかにギタリストはいるだろうに」というキツイ意見もあったが、まあ気持ちはなんとなくわかる。
それこそ高中正義とかチャーとか布袋寅泰とかローリーとか、日本を代表するようなギタリストに語らせたらどうだ、ということだろう。
で、当のヨッチャンはベックを心底崇拝してるという感じではなく、他の誰とも違う謎のギタリストととらえているようだ。
ベックの出す音がどういうテクニックによるものなのか、プロのヨッチャンでもわからないらしい。
ライブも見に行ったけど、「『そうやって弾いてるんだ!』という衝撃がなかった。『全然わからないや!』でした。」とのこと。

もう一人のギタリスト対談は、93年生まれの女性ギタリスト、rei。
この人はもちろんベック後追い世代で、作品をどんどんさかのぼって聴いて吸収しているという至極まっとうな展開。
最近ベックが自身と同世代の若いミュージシャンと組んでアルバム作ったりステージに立ったりしてることはやはり気になるようで、「ジェフ・ベックのバンドに入ることは、夢のひとつ」という勇ましい発言もあった。

ただし。
reiさん、一番好きなアルバムを問われると「フラッシュ」と答えていたのには少々驚いた。
自分もあのアルバムは嫌いではないが、決して評判がいいと言えないことはもちろん知っているし、ベック自身も気にいっておらず「レコード会社が作ったアルバム」とまで言ってることもわかっている。
古参のファンからはド素人扱いされかねない大胆な意見だが、そういう人もいるんですね。
個人的には少しうれしいです。

三大ギタリストの中で現役感がもっとも強いのはベックである、という点についてはファン全員満場一致全会一致で可決するところだろう。
この本でも複数の書き手がベックの「若さ」について高く評価している。
林浩平は北京五輪閉会式に登場したペイジを「うわあ、すっかりお婆ちゃんだ(笑)」、クラプトンの近影については「ダンディ」としながらも「老けたなあ」、ベックに対しては「七十歳前後にはまるで見えない」という万人共感の感想を記している。
ベックがギタリストとして現役なのはもちろん事実だが、体つきが締まっていて腕の筋肉が落ちていない、それを誇示するかのようにノースリーブで演奏する、髪の毛が多いわりに白髪が少ない、若いミュージシャンとも積極的に競演しているなど、現役でいることを裏打ちする「若さ」がビジュアル的にわかりやすいのもベックの特徴である。
ファンにとってはステージや映像で力強く演奏するベックの若さも大きな魅力なのだろう。
ちなみにこの本の表紙も、まさにノースリーブで力強く演奏するベックの姿です。

というわけで、「文藝別冊 ジェフ・ベック」。
大半の話を理解できないくせに言うのもナンですけど、読んでみてよかったです。
まあどこかに少しでもベックのギター話じゃない人間くさいエピソードがあればなおよかったですけど・・
しばらくベック学習から遠ざかってましたが、これを機に未聴盤である「Blow by Blow」「There & Back」を聴いてみようかと思います。

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読んでみた 第53回 文藝別冊「イーグルス」

今日読んでみたのは「文藝別冊 イーグルス」。
毎度おなじみの河出書房新社の文藝別冊シリーズだが、副題がいまひとつ垢抜けない「アメリカン・ロックの神話」。
加えて表紙には「グレン・フライ追悼」と記載されている。
定価は1300円、178ページ。
業界の展示会で版元のブースに置いてあったのを見つけて15%OFFで購入した。

Eagles_2

「The Long Run」までのイーグルスについては、いちおう全アルバム鑑賞は終えている。
しかし全盤聴いたあとでもそれほど深い感動もなく、一番好きなのは「The Long Run」で変わらなかったという脱力なリスナーである。

イーグルスも活動中から解散後に至ってもメンバー間のいさかいが絶えず、ロックバンドのモメ事見本市のようなパープルっぽい人たちであったことはよく知られている。
・・・のだが、実はイーグルスに関するモメ事学習もそれほど熱心には行ってきていないのだった。
ロックバンドのモメ事マニアを名乗る者として非常にゆゆしき事態である。
なぜかイーグルスのモメ事についてはさほど学習意欲もなく、主体的にこの本を買ったわけでもない。
結局たまたま見つけて買ってみたという失礼な動機だが、果たしてどんなモメ事が書いてあるのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じである。

・対談 小林克也×萩原健太 イーグルスという変革者 
・中川五郎インタビュー ぶち壊される側になった、象徴的バンド 
・久保田麻琴インタビュー 音楽的ゴールドラッシュの果て 
・五十嵐正インタビュー イーグルス入門 
・「ならず者」にならず!? テヘッ。 綾戸智恵 
・墓探しにて 湯浅学 
・火照るカリフォルニア 佐藤良明 
・LA/アメリカを演じ続けること 長澤唯史 
・イーグルズ大阪公演 中村とうよう 
・サウンドをハードに変化させるにあたって 若月眞人 
・イーグルスに会ったあの日 松尾一正 
・ディスクガイド

まず巻頭にメンバーのステージ写真(ただしモノクロ)、続いて対談・インタビュー記事が4本あり、イーグルスに関する文章、イラスト集、曲の対訳などのページがあり、最後にディスクガイドといった標準的な構成である。
表紙は「Hotel California」、裏表紙は「ならず者」のアルバムジャケットを使用。
他の文藝別冊シリーズにあったカラー写真ページはなく、表紙と目次以外は全て単色。
しかもスミ100(黒)ではなく、セピアな古くさい色をしている。

先に書いてしまうが、グレン・フライ個人に特化して書いたり話したりしている文章・記事はない。
当然バンドの核であるグレンとドン・ヘンリーに関する記述の割合は多いが、あくまでバンドとしてのイーグルスを語る書物である。
インタビュー記事はいずれもグレン・フライの死についてふれてはいるが、どれもほぼ「ひとこと」程度にとどまっている。

グレン・フライは2016年1月16日に亡くなっている。
この本は同年9月30日出版だが、訃報を受けて急遽企画されたのか、企画進行中に訃報が飛び込んだのかはわからない。
追悼版と付けたのであれば、もう少しグレンの最期の詳細やメンバーのコメントなど、またグレン個人のヒストリーなんかもあってもよかったのではないかと感じた。

インタビューでも文章でも、イーグルスの活動を時代背景とともに分析・考察するものが多い。
陳腐な言い回しだが、70年代アメリカ文化を代表するスーパーグループとしてのイーグルスを語る場合、当時の世相や若者文化などを前提に考えるのは当然なのだろう。
このあたりは極東の中学生だった自分には理解も共感もしづらい部分なので、あまり頭には入ってこない感じがした。

またロサンゼルス・カリフォルニア・西海岸といった地理的要素からバンドを語る文章もいくつかある。
デビュー当時から「ロサンゼルスから来ましたイーグルスでーす」という自己紹介をしていたそうだが、実は結成時の4人にロサンゼルス出身者はいない、ということがあちこちに書いてあった。
真のロサンゼルス出身者は、解散直前になってようやく登場したティモシー・B・シュミットだけである。

小林克也と萩原健太の対談はやはり面白く、興味深いエピソードがいろいろ語られている。
小林克也はグレン・フライについて「最初に会った時、こいつ絶対喧嘩っ早いと思った」と明かしている。
萩原健太がその理由を問うと、「頭蓋骨を見ればわかる」「殴り合いの喧嘩をいっぱいしてる」とのこと。
・・・当たってるのかどうか不明だが、克也氏は自信満々である。

他にも「ホテル・カリフォルニア」の有名な一節である「1969年以降スピリットは切らしております」は、70年代ディスコ・ミュージックが化け物になったことに対する皮肉なんだとか、ドン・フェルダーとジョー・ウォルシュがギターをかき鳴らしてドヤ顔で決めたらドン・ヘンリーがダメ出ししたとか、初めて知る話がたくさん出てくる。

イーグルスを語る文献の多くに登場するスタッフの一人がビル・シムジクである。
この本でもビル・シムジクについて複数の人がインタビューで語る部分がいくつかあり、また若月眞人はビルをメインテーマに据えて文章を書いている。
これまでイーグルスの歴史学習はおろか鑑賞もやっと終えた程度だったので、正直ビル・シムジクの名前も知らなかった。
あらためて読んでみると、バンドにとって非常に重要な人物だったことがわかる。

デビューから「On The Border」までは、ツェッペリンストーンズを手がけたイギリス人のグリン・ジョンズがプロデューサーを担当。
ところが音楽の方向性についてメンバーと意見が対立し、グリンはクビとなる。

後任として登場したのが、ビル・シムジク。
若い頃から音感が優れていたビルは、アメリカ海軍で潜水艦をソナーで探知するオペレーター訓練を積み、除隊後は音楽エンジニアに転身。
B.B.キングのアルバム制作に関わり、J・ガイルズ・バンドのエンジニアを務め、ジョー・ウォルシュのソロアルバムをプロデュースした経歴を持つ。

ビルはイーグルスのサウンド面にロックやブルース色を反映させることを提案し、メンバーと意見が一致。
以降「呪われた夜」「Hotel California」「The Long Run」までプロデューサーを担当、というのがビルとバンドのヒストリーだ。

ものすごく簡単に言うと、グリン・ジョンズはカントリーフォークやコーラス、ビル・シムジクはロックやブルースでバンドを売ろうとした、ということらしい。
ロックやブルースもやりたかったドン・ヘンリーとグレン・フライは、ビルと意見が合ったのでグリンを解雇。
この方向性に反対だったバーニー・レドンは脱退・・という展開。

これはこの本ではなくネットで見つけたエピソードだが、ドン・ヘンリーはボンゾのようなドラム音が出せないかグリンに相談したこともあったそうだ。
ドンはツェッペリンやストーンズを手がけた経験を持つグリンの「ロック」な助言を期待していたのだろう。
ところがグリンはイーグルスを「バラードに強いカントリーフォークなバンド」と見ており、実際それで売ってきたんだからわざわざロックなんかやらんでもええやんけと思っていたらしい。
もしドンとグレンがロックをあきらめて引き続きグリンさんのお世話になっていたら、名盤「Hotel California」も生まれなかったであろう・・という話。

グリンは「On The Border」の録音途中でクビになったので、「You Never Cry Like A Lover」「Best Of My Love」以外に録ってあった曲は捨てられてしまい、あらためてアルバム用に足りない曲を録音することになった。
ここでビル・シムジクはドンとグレンが求めていたのがロック色の濃い楽曲だったことを理解し、希望に沿うようなサウンドを作るようにした。
メンバーはビルのことを親しみを込めて「先生」と呼ぶこともあり、ビルの作るサウンドに驚いたり感激したりすることも多かったそうだ。
モメ事の多いバンドだったけど、これはなんとなくイイ話ですね。

実は個人的に一番面白かったのは、松尾一正という人の文章。
若い頃に友人とあてもないアメリカ放浪の旅に出て、思いつきでエリック・クラプトンに会いに行こうとロサンゼルスのスタジオをアポなしで訪問。
ところがクラプトンはスタジオを引き上げた後ですでにおらず、中から出てきたのがイーグルスだった、という映画みたいな話から始まる。
他のインタビューや評論などとは明らかに調子の異なる読み物なのだが、個々のメンバーの人柄やバンドの内情がなんとなく伝わる、非常に臨場感にあふれた内容となっている。

さて。
この本はこれまで読んできた他の文藝別冊シリーズよりもページ数がやや少ないのだが、通して読むとやはりなんとなく急いだ編集を思わせるものがある。

「Songbook」というページは「Hotel California」「Take It Easy」「Desperado」「Take It To The Limit」「Life In The Fast Lane」「I Can't Tell You Why」の歌詞と対訳が掲載されている。
が、解説や考察は一切ない。
せっかく出版するのであれば、CDの歌詞カード以上の情報が少しでもあってほしかったと思う。

またイーグルスをテーマ?にしたイラストレーターの八木康夫氏の描くイラストがいくつか載っているが、残念なことに全てモノクロで、絵そのものも個人的には良さがよくわからない。
このあたりいろいろ編集側の事情があるとは思うが、申し訳ないけどこういうページを作るくらいなら、やはりもっとバンド内紛やグレン・フライ死亡に関する情報を掲載してほしいと感じた。

ということで、「文藝別冊 イーグルス」。
興味深い記事も多かったですが、それほど印象に残らない部分もかなりありました。
イーグルスというバンドに対する自分の興味というか熱量が、そのままこの本でも同じように再現された感じです。
特に「グレン・フライ追悼」というアオリに対しては少々物足りない内容だった、というのが正直な感想。
もし今後増補版が出版されるようなら、この点に期待したいと思います。

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読んでみた 第52回 文藝別冊「ボブ・ディラン マイ・バック・ページズ」

今回読んでみたのは、文藝別冊「ボブ・ディラン マイ・バック・ページズ」。
昨年のノーベル文学賞受賞を受けて急ぎ出版されたムックである。

ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞は日本でもビッグニュースにはなったが、報道のされ方にいろいろ問題があり、受賞そのものとは違うところでも騒動となった。
発端としてはノーベル賞委員会側が受賞の連絡をしても反応のないボブ・ディランに対して「ボブ・ディランは傲慢だ」と表明したことにあった。
これに対してプロアマ問わずディランのファンがネット上で一斉に反応。
「傲慢なのはお前らのほう」「ディランのことを何もわかっていない」「ノーベル賞などにディランが迎合するはずがない」といった論調で委員会側を批判した。

しかし実は委員会側の表明には続きがあり、「ボブ・ディランは傲慢だ。しかしそれが彼というものだ。我々は彼からの連絡を待つ」という内容だった。
「傲慢だ」と「傲慢だがそれがディランだ」では意味合いがかなり違う。
委員会側の「ノーベル賞くれてやる」姿勢にはやはり問題はあるが、ボブ・ディランをなんにもわかっていないトンチンカンな集団というわけでもなさそうな話であった。
こうなると「傲慢だ」の部分だけ切り取って記事にしたマスコミの責任が大きい。

その後ようやく出されたディランの返事が思いがけず「素直にうれしい」「授賞式には行けたら行く」など受賞をわりと喜んでいるものだったため、過剰に反応してしまった自称「ディランをわかっている」人たちはさらに混乱。
結局授賞式は都合がつかず欠席し、スピーチも代読を依頼。
ここでも「栄誉ある賞を受賞できることはとても光栄」「キップリング、トーマス・マン、パール・バックなど偉大な人々と共に私が名を連ねることは、言葉では言い表せないほど光栄」と表明。
少なくとも受賞を拒否したり無視したりはしておらず、ファンが期待していた?傲慢なディランではなかったようだ。
ファンであることにもそれなりの力量が問われるボブ・ディラン、ということだけは自分にもわかった。

上記の騒動は置いておくとしても、受賞をきっかけにマーケット的に様々な動きがあることは簡単に予想できた。
なんと言ってもボブ・ディラン+ノーベル文学賞である。
スタン・ハンセンがブロディをおんぶして花道に登場したようなものだ。(だいぶ違う)
当然音楽業界や出版業界にとっては大きなビジネスチャンスである。
なのでこの本の出版も企画や書き手の確保やページ構成やレイアウトや面付や出張校正やお弁当手配やカプセルホテルなど、とにかく大急ぎで進められたはずだ。
そんな版元の苦労にもらい泣きしながら読んでみることにした。(大ウソ)

Dylan

・・・・・読んでみた。

版元はおなじみ河出書房新社、192ページ、定価1404円。
書名の「マイ・バック・ページズ」は曲のタイトルから取られたもの。
目次は以下である。

<総論>菅野ヘッケル:だれもディランのように歌えない
<特別対談>保坂和志×湯浅学:ディラン談義
<インタビュー>
ピーター・バラカン:ボブ・ディランが開いた扉
中川五郎:正しく理解された受賞者
田中宗一郎:因果律を断ち切り、こんがらがった男
 
<エッセイ>
磯崎憲一郎:全ての芸術家の導き
坪内祐三:ボブ・ディランは『廃墟を見る人』だ、と片岡義男は言った
森達也:生きる反語としてのディラン
樋口泰人:巨大なモニターの前の小さな人
 
<論考>
四方田犬彦:道化が泥棒に
西崎憲:表徴としてのディラン
近藤康太郎:歌う人類史
マニュエル・ヤン:ラディカル・サイド・オブ・ボブ・ディラン
石川忠司:ディランのプロソディ
 
<アメリカ文学史の中で>
小澤英実:ホイットマン、ギンズバーグ、ディラン
波戸岡景太:ディランの声と文学の距離
長澤唯史:不幸な変り者の系譜
 
アルバムガイド 1962→2016

予想どおり全般的に誠実にディランを語る文章が大半で、論評とインタビューとアルバムガイドという普通の構成である。
テーマは特に歌詞に寄ったものだけではなく、書き手全員がそれぞれの得意分野である様々な主題でディランを評している。
対象がディランだからなのか、ノーベル賞という付加情報がそうさせるのかは不明だが、堅実でまじめな文章が多い。
ノーベル文学賞という栄誉やイベントの方から掘り下げた文章はあまりなく、ニュース性に引っ張られずに落ち着いて語っている印象。
時間的制約が多い中での編集だったであろうからムリだとは思うが、もう少し騒動の顛末や委員会側の主張の詳細なども書いてあったらよかったのにと感じた。

自分はディランを全然聴いていないので評価はできないが、少なくとも情報の品質としてはおそらくは非常にレベルの高い内容であると思う。
なにしろディランなので、うっかりぬるい評論や間違った情報を載せてしまうと炎上は必至である。
編集側も緊張しながら進行したであろう。
歌詞に言及する部分も多いので、正直ほとんど理解できないような文章が多い。
今回はディラン本だが、たぶん村上春樹本でも同じ状況が起こるはずである。

当然ディラン(とその曲)を愛する基本姿勢はどの著者にも共通しており、ニルヴァーナ本にあったような批判的な文章や発言はあまりない。
またディラン愛が過ぎるあまり他のアーチストを小バカにしたり独善的な論調を延々展開したりといった「ハナにつく」文章もなかった。(ツェッペリン本だとよくある)

読む前から予想できて、やっぱり書いてあったのが「受賞を伝えるマスコミのレベルの低さ」である。
磯崎憲一郎は「受賞を報じる新聞や雑誌に掲載された小説家や評論家のコメントは酷かった、読むに堪えなかった。」と嘆き、「現代の吟遊詩人」「ロックを芸術にまで高めた」という新聞におどるダサい表現を批判している。
また湯浅学は対談の中で「代表曲が「風に吹かれて」となったらテレビ全体がそうなっちゃって」と嘆き、聞き手の「象徴派やビートとの関わりも報道では見かけないですよね」という問いに「常識ないのかお前ら、と思う」とテレビの平易で浅すぎる報道を切り捨てている。

ボブ・ディランをある程度学習していれば、「現代の吟遊詩人」「フォークの神様」「アメリカを代表するシンガーソングライター」といったアオリは恥ずかしすぎて使えないはずだが、大新聞でもこうした表現は堂々と掲載されていて、そうした程度の低い記事に辟易する、ということだろう。
気持ちはわかるが、日本のマスコミ(特に大新聞)なんてそんなもんだと思う。(偉そう)

比較的わかりやすいと感じたのが田中宗一郎のインタビュー記事である。
ディランの音楽性の変遷と自らのディラン鑑賞歴とをうまく対比させながら、ディランの変化ぶりを的確?に説明している。

「ある種の身体的な反射神経みたいなものですり抜けながらやってきた唯一のアーティスト」
「ボブ・ディランのキャリアというのは、常に自分が築き上げてきたものをぶち壊しにする」
「デヴィッド・ボウイのように常に変化していくというよりは、ひとつ前のキャリアを台無しにする」

・・的確とか書きましたが、ディラン聴いてないので当たってるのかどうかは自分にはわかんないんスけど、説明は非常にわかりやすいです。
この解説を頼りにディラン学習を進めてみたい気持ちになった。

アルバムガイドも特にこきおろしたり駄作と決めつけたりといった陽一風の尖った評論はなく、懇切丁寧な解説で初心者にはありがたい内容である。

本を読んでこの記事を書いている間に、ディランの受賞記念講演をノーベル財団がWEB上に公開した。
映像はなく、ロサンゼルスで録音されたという27分間の音声のみ。
作曲を始めるきっかけとして、子供の頃学校で学んだホメロスの叙事詩「オデュッセイア」やレマルクの「西部戦線異状なし」などの文学作品がある、ということを説明しているそうだ。
このニュースは「報道ステーション」で知ったのだが、小川アナは「話し言葉の中でも韻を踏んでいるように聞こえるところがあった」と言っていた。

ディランは文学賞を受賞してから、果たして自分の曲は文学なのか?と自問自答したそうだが、「歌は読まれるのではなく、歌われることを意図してつくられている」と語っており、本の上で読まれる文学とは異なる、という結論に至ったようである。
ボブ・ディランがノーベル文学賞受賞を27分も語った貴重な記録なので、近いうちにこの音声を全文和訳掲載した本が出版される予感がする。
なお今回の音声でも、受賞拒否とか返上といった傲慢な反応はしていない。

初めて知ったのだが、受賞の賞金を手にするには、期限内に受賞に関する講演を行うことが条件とのこと。
まあ受賞を無視するようなヤツにはお金やらないからな、という理屈なんだろうけど、こういう点はやはり財団・委員会側が傲慢な感じはするよなぁ。

本の中では、上述の田中宗一郎は「もらうものはもらうが、だからといって何も変わらない」と判断している。
一方ジャーナリストの森達也は、受賞のニュースを聞いた時、ディランは拒否するのではないかとも思っていたようで、「言葉を失っていた?嘘つけ。絶対にそんなタマじゃない。」と、受賞を素直に喜ぶディランを想像できなかったらしい。
同じように思ったファンもきっと多いはずだが、今のところ田中宗一郎の推測が当たっているようだ。
今後もおそらく受賞の喜びを歌にしたりノーベル賞を皮肉った曲を作ったりはしないと思われる。

というわけで、「ボブ・ディラン マイ・バック・ページズ」。
正直内容面ではレベルが高すぎてついていけませんでしたが、今後ディラン鑑賞の教科書としては確実に役に立つ本だと感じました。
いつになるかはわかりませんが、アルバムを選ぶ時には参考にしたいと思います。

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読んでみた 第51回 ブライアン・ジョーンズ 孤独な反逆者の肖像

ローリング・ストーンズと言えばミック・ジャガーであり、次いでキース・リチャーズである。
雑誌や書籍への露出も当然この二人が中心であり、他のメンバーは単独で採り上げられることも極端に少ない、という状況であろう。
従ってブライアン・ジョーンズも名前と早逝したことくらいは知っているが、実際にどういう略歴でバンドに何をもたらしたのかは全然知らない。
まあそれはチャーリー・ワッツもビル・ワイマンも同じなのだが、ストーンズ結成における最大のキーマンがブライアンであった、という点について、今回学習する機会を得た。
読んでみたのは「ブライアン・ジョーンズ 孤独な反逆者の肖像」という本である。

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著者はマンディ・アフテル、編集は鳥井賀句、翻訳が玉置悟。
版元はシンコーミュージック、初版発売は1983年となっている。
自分が読んだのは1991年改訂第3版である。
意欲的に探していたわけではなく、たまたま図書館に置いてあったのを借りてみたのだが、古い本なので現在古書店でも見つけるのは相当難しいのではないかと思う。

ミックとキースの出会いについては、ご存じの方も多いであろう。
二人は小学校の頃からの知り合いではあったが、ずっと継続して仲良しというわけでもなく、17歳に成長したある日駅で偶然再会し、その時ミックが持っていたレコードにキースが反応したことがきっかけで意気投合・・という例のストーリーである。

だが。
この出会いがそのままストーンズ結成に直結したわけではない、というところまではうっすら知っていたが、じゃあストーンズはどういう経緯で誕生したのかは知らずにいた。
今回ブライアンの伝記を読んで、ストーンズ結成の秘密(表現ダサすぎ)をようやく知ることができた。
いちおうこの本は事実に基づいて書かれているという前提での話だが。

まず超ざっくり言うと、バンド結成の経緯は以下の通り。
ブライアン・ジョーンズが1962年にイアン・スチュワートと出会い、さらにアレクシス・コーナーのブルース・バンドにギタリストとして参加。
その後ブライアンがジャズクラブで演奏中に、観客として来ていたミック・ジャガーとキース・リチャーズと意気投合。
バンドを組むため共同生活も始める。
ブライアンの提案でバンド名を「ローリング・ストーンズ」とし、その後ビル・ワイマンとチャーリー・ワッツが相次いで加入、レコード・デビュー。

なのでミックとキースの駅での再会がストーンズ誕生の瞬間みたいに伝わってる部分もあるが、少なくともブライアンがいなければ「ローリング・ストーンズ」は始まらなかったのは間違いない。
そんな重要な人物ブライアン・ジョーンズの伝記本。
果たしてどんな内容なのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次は以下である。

第一章 理由なき反抗者 
第二章 ブルースに魅せられて 
第三章 愛と触れあいを求めて 
第四章 孤立したストーン 
第五章 ドラッグ中毒 
第六章 モロッコ旅行 
第七章 麻薬裁判 
第八章 ジャジュカの儀式 
第九章 この世のプールを泳ぎ疲れて

著者マンディ・アフテルはアメリカ人女性で、アーチストやライターを対象とした精神科治療の専門家である。
この本はマンディがストーンズのメンバーを含む周囲の人々にブライアンのことを聞いて書き上げたものだ。
メンバーの中で最も多くの証言をしているのはキース・リチャーズで、ミックの話は思ったよりも少ない。
あとはイアン・スチュワートが取材に応じており、チャーリー・ワッツやビル・ワイマンの談話はほとんどない。

ブライアン・ジョーンズはイギリス南部、ロンドンから西に約200kmのチェルトナムというのどかな田園都市の中流階級の家に生まれた。
父親は航空技術者で、幼少の頃から頭の良かった息子ブライアンに寄せる期待は大きかったようだ。

しかし。
礼儀正しく聡明だったはずのブライアン少年、やはり音楽と女に夢中になるというありがちな踏み外し方で両親を悩ませ、16歳の時に14歳の少女を妊娠させ、学校を退学となる。
退学後、家出して職を転々とした後ストーンズとしてデビューを果たすのだが、ブライアンはわりとまめに実家に顔を出していたようだ。
ただしストーンズのリーダーとして売れるようになっても、親や妹の反応は厳しいものだった。

息子と父親の対立構造は世界共通なものだとは思うんだが、ブライアンの場合も父親が「息子がロックという野蛮な音楽で有名になる」ことはあまり良く思っていなかった、という図式だった。
ブライアンはカタギの仕事には就けなかったが、父親には認めてもらいたかったことを周囲には漏らし続けていた。
もしかしたら父親自身は息子の成功を内心うれしく思っていたのかもしれないが、デビュー当時のストーンズは野蛮で攻撃的なパフォーマンスを売りにしていたので、のどかな街チェルトナムでの周囲の目、いわゆる世間体を気にして手放しでは喜べなかったのではないだろうか。

ブライアンには判明してるだけで5人の私生児がいるそうなので、若い頃から女グセは全然良くなかった人のようだ。(まあミックもキースもそうなんだろうけど)
若い頃に交流のあった人物によれば「女の数を数えたら1か月で合計64人にもなった」などの証言もある。
酒やクスリのせいもあろうが、付き合っていた女性に暴力をふるうこともしょっちゅうだったようで、この本にもそんな話は繰り返し出てくる。
一時期恋仲にあった女優アニタ・パレンバーグは、激高したブライアンに鼻を殴られ血だらけになった、などということも書いてある。

全般的にどの章でもブライアンのダメっぷりが満載であり、読んでいてあまり明るい気持ちにはならない。
ただしストーンズ結成当時バンドを牽引していたのはブライアンである、ということはキースやイアンも含めて登場するほとんどの人物が認めている。

ではなぜブライアンのリーダーシップは続かなかったのか?
理由は複合的に存在するようだが、ひとつには曲作りに積極的でなかった、という点はあると思われる。
自ら作った曲を自ら演奏して歌う、というスタイルは、当時ビートルズやストーンズを含む多くのバンドがとっていたものだったので、ストーンズに所属しながら曲は作らないとなると、やはり発言力や統率力に大きく影響してくるはずだ。
イアンやチャーリーは「ブライアンに作曲の才能はなかった」と証言している。
しかしキースは「作曲なんてその気になれば誰でもできる。ヤツはまじめに取り組まなかっただけだ」と主張する。
これはキース自身の体験や経緯から来る発言だろう。

ちなみにキースによれば、ミックとキースに曲を作るよう強く勧めたのはマネージャーのアンドリュー・オールダムだった。
ただしアンドリューは二人のクリエイティブな才能をいち早く見抜いていた・・といった感動ストーリーでは全然なく、全てはカネのためだった。
自ら曲を作って演奏して歌ったほうがカネになる、ということだ。
当時ビートルズというあまりにもわかりやすい成功例がすぐ近くにいたため、アンドリューさんも短絡的にそう思ったのだろう。

結果的にこのアンドリューの戦略(と成功)が、ミック&キースとブライアンを分断することになる。
もともとブライアンはボーカルを楽器演奏より下に見ており、バンド結成当初はミックをはずして別のボーカルを加入させるかどうかを考えたこともあったようだ。
ところがミックとキースが曲を作って売れてくると立場は逆転する。
ブライアンは徐々に二人が作った曲に音を添える演奏係に成り下がってしまう。

それでも楽器演奏の才能は突出して優れていたので、しばらくはバンドの音に厚みや変革をもたらす重要な役割を担っていた。
ブライアンの楽器に関する才能は多くの人が高く評価しており、初めてさわる楽器でも短い時間で聴かせる音を出すことができたそうだ。
なのでミックやキースからも楽器に関しては信頼されていたはずなのだが、どうもミックがブライアンの音やリズムも含めて、音楽性や発案などもあまり快く思っていなかったようだ。

ビートルズの大成功に触発されたブライアンは、ボーカルにコーラスを当てることを提案し、実際にビル・ワイマンとともにコーラスをやってみたそうだが、キースに言わせれば全然使えるものではなかったらしい。
Beggars Banquet」の頃になるといよいよブライアンはバンドの中でやることがなくなる恐怖感に襲われ、録音前からスタッフに「あんまし貢献できないかもしれない」みたいなことを口にしたそうだ。
この有様ではリーダーとしてバンド牽引なんてそりゃムリだろう。

またライ・クーダーらとセッションする際、ブライアンがミックにギターをどう弾いたらいいかたずねると、ミックは「好きなように弾いてくれたらいい」と返事したにも関わらず、実際にブライアンがギターを鳴らすとすぐに「そうじゃない、それじゃダメだ」「それもよくないよ、ブライアン」とダメ出し。
コンガをたたいてみてもビートはぎくしゃくしてしまい、またダメ出し。
さらにはハーモニカを懸命に吹いてみたものの、ミックはあきれて無言で上着を引っかけて出て行ってしまう。
ブライアンはこうしたミックの度重なるつれない対応に疲弊し、不信感や不健康が加速していく。

決定的だったのはモロッコ旅行での出来事であった。
恋人のアニタ・パレンバーグ、デボラ・ディクソン、キースとその運転手とともにモロッコ旅行に出かけたブライアン。
ところがその途中、キースとアニタはブライアンを置いて二人でどこかに行ってしまった。
しかもこの後二人は付き合い始めてしまう。
著者はどうやらこの脱走?はアニタが仕組んだことと推察しているが、アニタは認めていない。
いずれにしろブライアンは同じバンドの仲間に自分の女を取られた形になってしまった。

ブライアンも女に対する態度は果てしなくデタラメではあったので、因果応報というか文句も言えない話ではあるのだが、こういう事件が起きれば、その後キースのいるスタジオや事務所に平常心で出かけることはできなくなって当然だと思う。
こうしてブライアン・ジョーンズはミックとキースの様々な言動や行動による圧力に追い込まれ、以前にも増して酒やクスリに逃避する。

で、酒やクスリをやりすぎてスタジオやステージにも来ないといった状態が頻発し、ミックはキースとともにブライアンの家に行き、バンドを抜けるか、戻ってツアーに出るかを決断するよう言った。
ブライアンの返事は「バンドをやめる、でいい。戻る気になった時には戻る」だったが、ミックはそれも許さず、「ダメだ。やめるか残るかはっきりしろ」とせまったそうだ。キツいなぁ。

ロック・ミュージシャンと酒とクスリと女はどうしても切り離せない構造なんだろうけど、結局は音楽産業上の活動である以上、やはり野蛮なロッカーとしての生き様よりもビジネスとしての成立が優先する。
ミック・ジャガーはローリング・ストーンズをビジネスとして継続する上で、ブライアンの状態が障害になっていると判断したのだろう。
ミック自身やキースにしたってクスリや女で無茶ばっかしてたはずだけどね。
さすがのミックも見切りを付けるほどブライアンの状態がヤバかったということだろう。
結成当初からいっしょにやってきた仲間ではあるが、バンドのためには切らざるを得ないという苦渋の決断だったと思う。

チャーリーやイアンはブライアンについて「もともとリーダーの素質はなかった」と言い切っている。
特にイアンが不満に感じていたのは、ブライアンのメンバーに対する不公平さだったようだ。
一方でキースは、ブライアンについて「オレと二人でいる時は、パラノイアさえなければ実に気持ちのいいヤツだった」と証言する。
ブライアンのリーダーシップに関するミックの明確な証言はこの本にはないが、総合するとやはりブライアンはミックとはうまくいかなかった、というのが脱退の大きな要因であると推測できる。

ブライアンが亡くなった時の様子も、この本で初めて詳しく知った。
自宅で当時の恋人アンナ・ウォーリン、看護婦であるジャネット・ローソン、また家に出入りしていた建築業者フランク・サログッドと酒を飲んでいる最中に、酔ったブライアンは「ちょっと泳いでくる」と言って自らプールに向かった。
ブライアンは泳ぎが得意だったそうだ。

フランクもいっしょに泳いでいたが、先にプールから上がり、ブライアンの様子もおかしくはなかったという。
しかし、誰かが気づいた時にはすでにプールの底に沈んでおり、人工呼吸などを行ったが助からなかった。
死因は溺死だが酒や薬物の過剰摂取による心臓麻痺・臓器不全との説もあり、また最近になってあらためてブライアンの死因を調査しなおすという動きもあるようだ。
50年近く経っている話なのに、どうやって調べるんだろう?

ネットでブライアンの死因を検索すると、日本語でも多くのサイトにヒットする。
で、どの話も少しずつ状況や内容が違っており、どれが真実なのかはやはりわからない。
多いのは建築業者フランクがブライアンを殺害したという説だが、この本にはそうした記述はない。
またフランク犯人説にしても、フランクが自白した・いっしょにいたジャネットがそう証言した・ミックがフランクに依頼したなど様々な設定になっている。
(2005年にはフランク犯人設定で映画化もされたそうだ)

死因は今も謎に包まれているが、とにかくブライアンは27歳でこの世を去ってしまった。
メンバーの中では葬儀に参列したのはビル・ワイマンとチャーリー・ワッツで、ミックもキースも姿を現さなかった。
それがまた様々な憶測を呼ぶことになったのだろう。
「キースがプール脇の藪から出てきてブライアンを突き落とした」などといったデマも飛び交ったらしい。
本はブライアンの死を伝えたところで終わっている。
チェルトナムの街にはブライアンの生家や墓があり、地元の人にとってはやはり(悲劇の)ヒーローだそうだ。

さて読み終えた。
訳本なので多少日本語表現が冗長だったり平易だったり、という部分はたまにあったが、全般的には特に引っかかることもなく読めた。
キースのセリフもイメージどおりの粗野な言葉使いになっている。

これは個人的な感覚だが、この本も巻末に注釈がまとめられているのだが、やはりページを行ったり来たりで少し使いにくいと感じる。
注釈の数はかなりの量になるので、脚注というスタイルをとってほしいと思った。

詳細な情報を知り得たことは有意義だったが、読後感として気分がいいとか明るくなるといった性質のものでは全くなく、ひたすら気の毒なブライアン・・という感想しかない。
普段からロックバンドのモメ事大好きを自認する自分でも、ここまで悲惨だと笑えもしないスね。
でもこれでさらにストーンズ情報について学習意欲は高まりました。
ブライアン・ジョーンズに関する他の本も読んでみたいと思います。

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読んでみた 第50回 文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」

今回読んでみたのは文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」。
「読んでみた」シリーズではすっかりおなじみとなった河出書房新社のKAWADE夢ムック・文藝別冊のクラプトン本である。
初版は2002年発行だが、増補新版として2014年1月に再発行された。
定価は本体価格1200円だが、神田古本まつりで河出書房新社のブースに600円で置いてあったのを購入。
なので古本ではなく、おそらく版元に返品されたものと思われる。

Clapton

日本人が大好きな三大ギタリストというくくり。
この中で一番鑑賞学習に遅れをとっているのがクラプトンである。
実は3人とも好みにそれほど大きな差はないと感じているのだが、なぜか一番聴いてないのがクラプトンになってしまっている。
別に鑑賞履歴に差があってもどうだっていい話ではあるが、昨年末くらいからなんとなく義務感みたいなものがわいてきて、少しずつクラプトン学習し始めている状態。

さて、クラプトンについてはかなり前に「エリック・クラプトン・ストーリー」という伝記本を読んだことがあるが、リッチー・ブラックモアやジミー・ペイジの本に比べて印象は薄い。
自分の興味や期待が音楽活動よりも諍いや争いやいたずらやゴシップといった方面に強くあるからだ。
クラプトンもそれなりに香ばしい経歴をたくさん持っているはずだが、周囲との衝突の伝説はそれほど知りえていない。
ヤードバーズやクリームにおいておそらく様々な衝突や小競り合いはあったであろうが、あんましそういうことを書いてある本には出会っていないのだ。
本国でも日本でも、あまりそのあたりをイジられることがない人のように感じるのだが、果たしてこの本ではどうなのだろうか。(読み方が誤っている)

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

・エリック・クラプトン・ロングインタビュー2003
 ブルースに捧げた人生を語る
・エリック・クラプトンの魅力
 インタビュー/ギターから歌へ、歌からギターへ:斎藤誠
 魅力/アナザー・サイド・オブ・エリック・クラプトン:大友博
 魅力/放っておけないオトコ:東郷かおる子
 魅力/ジョージ・ハリスンとの友情:広田寛治
 インタビュー/来日公演で魅せた色気と進化:面谷誠二
・エリック・クラプトンの音楽活動
・エリック・クラプトン・ディスコグラフィ
・エリック・クラプトンのセッション
 B.B.キングとブルースマン:小出斉
 ボブ・マーリーとレゲエ・アーティスト:和田玄
 ビートルズ:淡路和子
 フィル・コリンズ:吉野慎一郎
 マーク・ノップラーとエルトン・ジョン:吉野慎一郎
 ローリング・ストーンズ:越谷政義
・エリック・クラプトンの足跡と名曲20
・エリック・クラプトンの年譜
・エリック・クラプトン・ブック・ガイド

目次を見ただけでだいたい想像がつきそうな内容だが、全くその通りでほぼ全編クラプトンの正調音楽教本である。
幼少の頃の話やプロになる前のエピソードなどもわずかにあるが、基本はミュージシャンとしてのクラプトン伝記本で間違いない。
母親が16歳で産んだ私生児であることや、アルコールや薬物におぼれてまともにステージにも立てない日々があったことは有名だが、この経緯や詳細を記述したページはほとんどない。
やはり日本ではオフステージのクラプトンを追っかけまわして悪意の混じった文章にする、という企画は通りにくいらしい。
これはジェフ・ベックでも同じような気がする。

インタビュー記事は本人以外はほぼ日本人であり、当然音楽家クラプトンについて、またクラプトンの楽曲や歌について純朴に語っている。
一通り読んだ感じでは、突出して上から目線とか誰もそこまで聞いてないようなコアすぎるウンチク垂れ流しみたいな鼻につく文章やインタビューはなかった。
全員無条件で持ち上げというわけでもないが、みなおおむね温かい論調である。
このあたりは以前読んだ同じ文藝別冊シリーズのツェッペリン本やパープル本とは少し違う。

なので読んでいて引っかかるような文章や表現にはあまり出会わない。
強いて言えば面谷誠二という人がインタビューで「エリック・プランクトン(笑)」といった脱力なことを言っていたくらいである。
まあこの呼び方は「ニック・ジャガー」と並んで年配のファンが21世紀の今も居酒屋で使い続けているものなので、もはや止めようもないんだが。
時々自分より年下のヤツが「これは年寄りにはウケるやろ」と確信して使うのを聞くと殴ったろかと思いますけど。(どうでもいい)

ちなみに面谷氏はクラプトンについてこんなことも言っている。

「悪い言い方をすれば、人のテクニックもとるし、人のアレンジもとるし、人のバンドメンバーもとるし、人の女もとる(笑)」

表現はともかく、人間クラプトンの魅力的なところはこの辺にある、という意見。
あまりクラプトンを聴いてない自分でも、なんとなくわかる気がする。
いずれにしろ、面谷氏はとにかくクラプトンを語るのが楽しくて仕方がないようだ。
紙面からもそれは十二分に伝わってくる。

さてクラプトン本人の2003年のインタビューだが、これはなかなか面白い。
もちろん音楽の話題が大半なのだが、こんなことを答えている。

「アメリカ人だと思われることが多いのは、アメリカン・アクセントで歌っているからだ」

えっそうなの?
自分みたいな英語のわからない極東の小市民には全く判別不能だが、そういうことだそうです。
そもそもエリック・クラプトンをアメリカ人だと思って聴いてる人がアメリカには多いというのも意外だった。
日本でクラプトンを自主的に聴いているリスナーなら、こんな勘違いをしている人はまずいないと思うんだが、本当のところはどうなんだろうか?

またこれだけのキャリアを持つギタリストでありながら、指先はそのままではなかなか弾くのに適した硬さではないらしく、「ツアーの前には指先を硬くするために、傷薬のウィッチヘーゼルに指を浸す」とのこと。
こんな準備をしてもギター弾くと指は痛いそうで、好きでなければ耐えられないことのようだ。
クラプトンほどの名手であっても毎回こんな苦労があるんですね。

他のアーチストとのセッション活動についてのページはかなり読み応えがある。
各メンバーを含むビートルズとストーンズ、ボブ・ディラン、B.B.キング、ボブ・マーリー、フィル・コリンズ、マーク・ノップラーエルトン・ジョンなどとの競演やセッションを紹介している。

中でもキース・リチャーズについては「血を分けた兄弟」同然の深い絆があるという話は印象に残った。
二人は歳も同じで昔から仲がいいそうである。
もっともキースはクラプトンの実力については認めていたものの、ストーンズのメンバーはつとまらないとみていたらしく、2003年のインタビューで「エリックは俺より怠け者でバンド・メンバーには向いていない」と的確?な評価を発言している。
なおクラプトンは「Brown Sugar」の録音に参加したことがあり、この本では「非公表」と書いてあった。
調べたら昨年リイシューされた「Sticky Fingers」にクラプトン参加の「Brown Sugar」が収録されているそうだ。

さてクラプトンと言えば誰でも知っているあだ名が「ギターの神様」、そして「スローハンド」。
当然この本にもその由来や本人の考えなどについて書かれているが、それがまさに「諸説ある」といった状態になっている。

たとえば大友博という人は「ギターの神様」についてはこう論じている。

「それは西洋的な宗教観とも密接な関係を持つ表現なのだ。そのことときわめて日本的な「ギターの神様」という概念は全くべつのものなのではないだろうか。」 
「ギターの奏法だけに関して言うなら、クラプトンよりうまい人はいくらもいる」

大友氏は決してクラプトンや神様という称号を非難しているわけではない。
ただ日本語としての「神様」という表現や感覚と、本国での「God」という称号には違いがあるのではないか、という主張だと解釈した。

一方で東郷かおる子はこの件について、クラプトン本人からこんな回答を引き出してみせている。

「最近は、そう呼ばれるのは僕に対するほめ言葉なんだとすなおに思えるようになった」

英語の概念はよくわからないが、クラプトンも神様と呼ばれることには困惑していたようだ。
長いキャリアを経てようやくほめ言葉だと受け入れられるようになったのだろう。
さすがは東郷女史、いい話だ。(知り合いかよ)
本人が了承してんだからもう周りが騒ぐことも不要ではないかと思う。

「神様」よりももっと由来や意味や解釈が割れていそうなのが「スローハンド」である。
まず坪田稔という人は以下のとおり断言している。

「スペアのギターを持たなかったクラプトンが、演奏途中で弦を切って交換するのに、モタモタしたのがそのネーミングの由来だ」 
「スローハンド・クラップ(ゆっくりと手拍子をする)というのがある。それは早くしろと催促するブーイング表現なのだが、そのクラップとクラプトンをひっかけた言葉遊びだ」

実際にライブでもクラプトンを紹介する際に「エリック・スローハンド・クラップトンでーす」と皮肉っぽく言われたりしていたそうなので、由来としてはこの説が正しいのではないかと思う。

しかし。
前述の大友博氏は別章で異なる由来を展開している。

「遠くから見るとあまり手を動かしていないような状態でソロを弾いていた。のちにアルバムのタイトルともなるそのニックネームはそういったところからつけられたものなのだそうだ」

この説も本やネットなどあちこちで見かけるのだが、先の「スローハンド・クラップ」説に比べて説得力はかなり落ちる気がする。
大友氏も「だそうだ」と伝聞として書いており、こっちは後から加わったこじつけみたいなものではないかと感じた。
編集サイドでは「スローハンド」の由来については諸説ありOKとして出版したのか、校正でも気がつかなかったのかは不明だが・・・

名曲を採り上げたコラムがいくつかあるが、その中では「Wonderful Tonight」の歌詞解釈が面白い。
ご存じのとおりパティとパーティーに行く様子を歌った極上のバラード・・だと思っていたのだが、実はそれだけでもないらしく、こんなことが書いてある。

歌詞に出てくる「You are wonderful tonight」を「今夜のキミはキレイだよ」と訳してはいけない。 
「ハイハイ、今夜のキミはキレイだよっ」と、待たされたことを皮肉たっぷりに言っているのだそうだ。

このあたりは英国人特有の皮肉とかヒネリみたいなもので、我々日本人にはわかりにくい感覚だが、そういう意味にもとれる歌詞であるらしい。

表紙は陶酔の表情でギターを奏でるステージ上のクラプトン。
これはよくある絵なので違和感はないが、裏表紙は長髪でギターも持たずに立つポートレイトなのだが、冒険映画のポスターみたいで少し雰囲気が違う。
ギターを持たせるなどもう少し演出があってもよかったのでは・・とも思う。

ということで、文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」。
ゴシップ系の文章が全然なかった点は多少残念でしたが、安く買えてよかったです。(貧乏人のまとめ)
今後の未聴アルバム鑑賞のガイドとしても大いに利用していきたいと思います。

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読んでみた 第49回 解読 レッド・ツェッペリン

今日読んでみたのは「解読 レッド・ツェッペリン」。
版元は河出書房新社だが、いつもの文藝別冊シリーズではない単行本である。

いちおうオリジナルスタジオ盤は全部聴いてるツェッペリン。
ロックバンドとプロレス団体にありがちな再結成も当分なさそうだし、新曲新譜なんかもう出ないと思うので、今はこうして書物や文献に目を通しながら知識を蓄積するという余生を送っている。
・・・などと書いてますけど、こと資料を用いた学習については、ツェッペリンはパープルよりも遅れをとっていて、この歳でまだ知らないことがたくさんあるのだった。

「解読 レッド・ツェッペリン」、著者は「ユリシーズ 編」となっている。
ユリシーズって誰・・?と思ったら、十数人からなるロック書籍編集集団だそうだ。
A5判228ページ、発売日は2014年6月27日、定価2,160円。
神田の古本まつりで購入。
発売開始後1年でもう古本になったようだ。

Kaidoku

表紙は普通にメンバー4人のモノクロ顔写真を使用。
このシンプルでやや堅めの装丁から、なんとなく論調や雰囲気は感じるような気がする。
おそらくは「文藝別冊」よりもコアで深堀りした先鋭的内容だろう。(適当)
またおそらくは文中にディープ・パープルやリッチー・ブラックモアが登場することはないだろう。
ツェッペリンを語る人々はそもそもパープルは「眼中にない」のだ。
表紙をめくる前からそんなニオイが漂うような、そんな本である。

パープルはさておき、「解読」と歌っているからにはツェッペリンを様々な角度から解読するという学術書であろう。
全盤制覇したとはいえ、ただ聴いただけでペイジのギターワークの技術的考察やプラントの作詞の志向性について解析したわけではない三流リスナーなので、全くついていけない可能性も高いのだが、次回ぷく先輩の前で薄っぺらく相槌を打つためにもともかく読んでみることにした。

版元が作ったアオリ文句には「一歩踏み込んだ野心的な論考を中心に構成。バンドのパブリック・イメージを解体・更新する刺激に満ちた一冊」などといった表現が踊る。
そういうからにはあまり知られていなかった裏話や、独自性の高い興味深い考察などがさぞかしたくさん出てくるのだろう。
果たしてツェッペリンをどう解読してくれているのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

第1章 レッド・ツェッペリンとその磁場
 ・「自伝」に抗い続ける燐光性の肖像群―『Jimmy Page The Photographic Autobiography』を読む
 ・コミュニケイション断絶―ツェッペリン・バッシングの真実
 ・私たちは「幻惑されて」いた?―歌詞の世界に近づくツールとしての対訳を考える
 ・仰角構図と縦空間―ペニー・スミスが捉えたレッド・ツェッペリン
 ・光と影の完璧なバランス―エントランス・バンド、レッド・ツェッペリンを語る
第2章 レッド・ツェッペリンの作品
 ・レッド・ツェッペリン
 ・レッド・ツェッペリン2
 ・レッド・ツェッペリン3
 ・レッド・ツェッペリン4
 ・聖なる館 ほか
第3章 レッド・ツェッペリンと300枚のアルバム

構成は意外にスタンダードで、第1章で各著者がそれぞれ語り、第2章でアルバムレビュー、第3章はメンバーの参加作品を含む、相互に影響されたとされる他のアーチストの代表作300枚をレビューする、という段取りである。
ページ数は少ないが巻頭・巻末にカラーグラビアもあり、若き彼らの姿を見ることができるという、中高年が喜びそうな編集がなされている。

まず感じたのは、文章がどれもやや難解であることだ。
そもそも音楽的知識が不足していて単語の意味がわからないということもあるが、そうではなく日本語の文章として難しい語句や修飾語を用いて語る傾向が強く、ストレートに言うと「ちょっと何言ってるかわかんない」という富澤状態にさせられることが頻発する。
音楽評論にはありがちな傾向ではあるが、それはこの本も相当に顕著だ。
「わかる人にはわかる」という素人放置のプロ仕様である。

第2章のアルバムレビューも、全スタジオ盤とBBCライブ盤などほぼもれなく解説はしてくれるのだが、どのレビューもあまり共感や納得というところまでたどりつかず、いまひとつアタマに入らない。
「聖なる館」を「最盛期の傑作」と評したり、「Physical Graffiti」は「原点回帰的なサウンドの成熟」と表現したりなのだが、個人的にはそうかなぁ?とも思う。
どのレビューも残念ながら自分のような素人リスナーにはスイングしないのだった。

第3章にある300枚のアルバムも、聴いたことがあるものはもちろんごくわずかで、名前すら知らないアーチストも多い。
巻末にはバンドの歴史年表が付いているのだが、むしろここをもっと掘り下げて書いてほしかったなぁ。
ボンゾの死からバンド解散まで、ドキュメンタリーとして詳細に追ってくれてたら夢中で読むんだが・・・
なお毎度しつこくて申し訳ないけど、この本でも後期のロバート・プラントの声の劣化について述べている人は誰もいない。

さて。
気になったのは河添剛という人の文章だ。
美術・音楽評論家、画家、グラフィック・デザイナー、アート・コンサルタントといった肩書きで通る人物だそうだが、文章でも対談でもどこか引っかかる箇所がある。
平治という人との対談では、こんなことを言っている。
「1971年の初来日時にツェッペリンは大阪ではノン・ストップで3時間半も演奏しやがったの。」
そうかぁ・・と一瞬受け入れそうになったが、巻末の著者紹介を見ると1960年生まれとある。
てことは71年の初来日の時は小学生で、おそらくは自身は大阪のコンサートには行っておらず、「演奏しやがったの」は伝聞ではないだろうか。(ホントに行ってたらすいません)

またあまりに鉄板すぎて笑ってしまうが、やはりこの人もパープル(とファミリー)は完全に下に見ているようで、特に「カヴァーデイル・ペイジはないよね。いくらなんでもあんまりだろう」とカバペーのことは全く認めていない。
盛り上がりついでに「カヴァーデイルなんてただのホストだよ。安っぽいホスト。実際あいつはホスト面をしている。(笑)」などと発言。
河添氏としてはペイジと組んだのがよりによってパープル出身のカバだったことが、音楽性以前に許せなかったのだと思われる。

また第3章の「レッド・ツェッペリンと300枚のアルバム」ではパープルの「Machine Head」をあえて紹介するという悪意に満ちた?編集なのだが、ここでも河添氏がレビューを書いている。
「ディープ・パープルは寝そべったレッド・ツェッペリンである。骨の髄まで世俗的なディープ・パープルは、後のヘヴィ・メタル・ファンの劣情のみに訴えることとなる。」
様々な語句を並べてはいるけど、ツェッペリン信奉者が書くパープル評論の典型のように思う。

まだある。
同じく第3章、フォリナーのファーストアルバムのレビューにも「ジミー・ペイジはロバート・プラントを連れて彼らのライヴに出向くが、もちろんどんな教訓も得ることがない時間を過ごす。」とある。
まさに見てきたような書きっぷりがステキ。
まあ確かにペイジがフォリナーを評価してたとも思えないけど、結局この人自身がフォリナー嫌いなんだろうね。

それでも文章は難解ではあるが勉強になる記述はあった。
近藤哲史という人の「私たちは『幻惑されて』いた?」というタイトルで書かれた文章は、ツェッペリンのアルバムにある訳詞のおかしな部分を丁寧な解説で正している。
もちろん英語のわからない自分にはすぐに理解できるものではないのだが、より正確な翻訳によってツェッペリンの詞の世界の理解を深めようという提案であり、なるほどと思う内容である。

また意外だったのは、第3章のジミ・ヘンドリックスのアルバムレビューにあった話である。
ペイジはジミ・ヘンドリックスのライブを見ることも会話したことも全くなかったそうだ。
へぇー・・そうだったんだ・・
なんかけっこう仲良しで情報交換でもしてそうな気が勝手にしてましたけど、そういうことらしいです。
以前読んだ本では、ペイジはジョン・レノンに会えなかったことを非常に悔やんでいたと書いてあったが、ジミヘンに対してはそういう感情はなかったんスかね?

ということで、「解読 レッド・ツェッペリン」。
高尚で知的な書物であることに異論はありませんが、正直、知り合いの少ない飲み会に参加させられたような、居心地の良くない印象が終始消えませんでした。
予想どおり上級者編であり、自分のような偏差値の低いリスナーにとってはレベルが高すぎたようです。
やはり骨の髄まで世俗的な自分には、東スポっぽい下世話で品のないゴシップ本が合っていると確信した次第です。

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読んでみた 第48回 文藝別冊「ポール・マッカートニー」

今回読んでみたのは「文藝別冊 ポール・マッカートニー」。
これまで読んできた文藝別冊の洋楽シリーズでも古いもので、2001年発行。
先月神保町の古本まつりで購入した。
2011年に増補新版が出版されている。

正式書名は「KAWADE夢ムック 文藝別冊 総特集 ポール・マッカートニー ~世紀を越えた音楽家~」。
版元はおなじみ河出書房新社、判型はA5判、200ページ。
本体価格は1,143円。
自分が購入した古本は800円だった。

Paul

同じシリーズにジョン・レノンやジョージ・ハリスンもあって図書館で読んだような気もするが、このポール本は読むのは初めてである。
ビートルズ関連の書籍は世の中にたくさんあるが、たいていはポールの情報に最も多くページを割いている。
理由は簡単で作品もメディアの露出もポールが一番多いからだ。
しかもジョンやジョージは故人なので情報は全て過去の掘り起こしだが、ポールは今なお現役であり、版元にとって話題に事欠かないありがたいスターである。

この本は偶然古本まつりで見つけたのだが、最近ポール未聴作品の学習を始めたこともあり、教材としても使えそうなので買ってみた。
果たして中高年再履修の指針となる内容なのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

【巻頭カラー・グラビア】
ポール・マッカートニー ライブ・ヒストリー
 
【独占掲載 ロング・インタビュー】
LISTEN TO WHAT THE MAN SAID
ポール・マッカートニーが語る
昨日(イエスタデイ)、今日(ヒア・トゥデイ)、明日(トゥモロウ)
 
PART 1 音楽家ポール・マッカートニー その魅力を語る
【インタビュー】
財津和夫・林哲司・奥田俊作(ザ・ブリリアントグリーン) 
 
【対談】
杉真理×松尾清憲
ポールと同じ時代に生まれて、みなさんラッキーですよ
 
評論
あらゆる要素を包み込むポールの音楽性 藤本国彦
リトル・ボーイのビッグな体験 ジム・オルーク
ポールのベース革命 鈴木佳昌
リンダ・マッカートニー 淡路和子
ポールのクラシック音楽作品 山川真理
 
PART 2
音楽家ポール・マッカートニー その足跡と音楽活動の記録
・音楽家ポール・マッカートニーの誕生 / 藤本国彦
・ビートルズ、ライブ活動の時代 / 広田寛治
・ビートルズ、新たな挑戦の時代 / 広田寛治
・産声をあげたウイングス / 山川真理
・はばたきはじめたウイングス / 山川真理
・ウイングスで世界制覇 / 淡路和子
・ウイングス最後の夢 / 淡路和子
・本格的なソロ活動時代 / 吉野由樹
・20世紀の総括と新たな挑戦 / 及川和恵
 
PART 3
音楽家ポール・マッカートニー 全作品
・音楽作品 音楽作品の全体像とベスト盤紹介
・映像作品 映像作品の全体像と公式ヒストリー
・本、インターネット
 ポールを「正しく」知るためのブック・ガイド
 インターネット・ガイド

全体は三部構成で、ポール本人や日本のミュージシャンのインタビュー、ポールの音楽家としての履歴紹介、作品紹介、となっている。
まさに偉大な音楽家ポール・マッカートニーを知るための正調な企画である。

判型はA5だが、ムックなので中身は雑誌としての編集になっている。
特にコアなポールのファンではない自分には気楽に読める内容である。
上級者には少し物足りないというところだろうか。
ジョン・レノンとの対比はこの手の本での常套手段だが、その点もそれほど鋭く切り込んではいない。
結果論だが、ビートルズ解散後の二人の決定的な違いは、「ビートルズではないバンドを組んだかどうか」である。
二人とも解散は後悔していたが、リンダやデニーとウィングスを結成したポールに対し、ジョンは残りの生涯でついにバンドを組むことはなかった。(ヨーコとバンドを組んだ、という見方もあるが)
どっちがいい悪いという話ではなく、ポールというミュージシャンはバンド志向・ライブ重視だった、ということが書いてある。

当たり前だが2001年の本なので情報もそこまでで止まっている。
日本人ミュージシャンのことは全然詳しくないのでわからないのだが、インタビューや対談に登場する奥田俊作(ザ・ブリリアントグリーン)、杉真理や松尾清憲といった人たちは最近も活躍しているのだろうか?(大きなお世話)
あ、CMでおなじみの「ウイスキーが、お好きでしょ」という歌は杉真理作曲だそうです。

ちなみに2011年に出版された増補新版では、2000年以降の10年間の活動や作品紹介が追加されているらしい。
増補なので基本は変わっておらず、インタビュー記事もそのままだそうだ。

その「独占掲載 ロング・インタビュー」で、「あなたの影響を受けていると思われるアーティストは?」という問いに、ポールは「スティングやビリー・ジョエルには同じような色を感じる」と答えている。
なんとなく意外な回答。
2015年の今でも、この質問には同じ回答をするんだろうか。
スティングやビリー・ジョエルを聴いて、ポール・マッカートニーを感じたことは全然なかったんですけど。
一方で「オアシスの曲の中にはビートルズの影響が色濃く表れたものがある」という、世界中が納得するふつうの回答もある。

記事内容そのものではないが、気になった点。
履歴紹介の部分は見開きごとの章になっているのだが、このタイトルが今ひとつゆるい。
特にウィングス時代の章は「シングル・ヒット曲あれこれ」「俺たちはバンドだ!」「ラブ・ソングで何が悪い!」「ロックショー!」といった昭和の雑誌みたいなノリでタイトルが付けられている。
またこの履歴紹介のあちこちに、見開きでコラムが挟まっているのだが、コラムで紹介される曲が履歴紹介の流れの時系列に合っておらず、これも今ひとつリズムのよくない編集だと感じた。

「インターネット・ガイド」とわざわざ紹介ページが設けられているのも時代(というほど前の話じゃないが)を感じさせる。
2000年当時はまだインターネットが特殊なメディアであり、今のように動画や音楽が誰でもスマホでふつうに楽しめるなどといった状況ではなかったので、先端を行く情報公開の場として掲載されているのだった。
ここでも章のタイトルが「ポール流『電脳空間』の楽しみ方」という、今口にしたら赤面しそうな表現になっている。

全体を通して言えるのは、どの評論も当たりが柔らかい点だ。
人気者ポールを語るのに皮肉や揶揄や罵詈雑言は不要。
いいじゃんみんな好きなんだから。
ねえ?
そういう感じの文章ばかりである。

巻頭から巻末まで終始ポール礼賛。
しかも表4(裏表紙)は当時発売されたばかりのウィングスのベスト盤「WINGSPAN」の広告である。
なので「アンチ」な人や「ジョン派」な人にとっては、当然退屈な本かもしれない。
作品紹介の中でも厳しい批判などは一切なし。
セールス的には不調だったアルバム「Press To Play」についても「チャートでは低迷したが、再評価の待たれるアルバム」という表現。
そこまで気を使わんでも的な書きっぷりである。

この当時の編集ポリシーはこうだったのだろうし、ポールの本だから2015年の今出版しても同じようなテイストになるのかもしれない。
これがのちのパープルツェッペリンニルヴァーナといった企画になると、辛辣な批評やしょうもないゴシップという話も混ぜての内容になっている。
ポール・マッカートニーだって掘り起こせばもっと人間くさいネタもいっぱいあるはずだし、書こうと思えばポールをこきおろしてジョン・レノンを称賛することもできるわけで、事実そういうテイストの書籍はいくつも出ていると思う。
でもこの本はやはり日本のファンに向けておだやかに読まれるべき本なのだ。

ということで、「文藝別冊 ポール・マッカートニー」。
古本だったので増補新版でなかった点は残念でしたが、読めてよかったです。
まあもう少し辛口な意見やダークな話題があってもバランスがとれてよかったんじゃないかとも思いましたが、あらためてポール・マッカートニーの未聴盤学習に取り組みたいという気にさせてくれました。
今後も学習参考書として利用したいと思います。

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読んでみた 第47回 文藝別冊「ニルヴァーナ」

今日読んでみたのは、昨年出版された文藝別冊「ニルヴァーナ」。
カート・コバーン没後20年の節目に出版された本である。
書店に並んでいたのはなんとなく知っていたが、没後20年も経過していたことに今さらながら驚く。

Nirvana

正式な書籍名は「KAWADE夢ムック ニルヴァーナ カート没後20年/最後のロック魂」。
版元は河出書房新社、224ページ、定価1,404円。
構成は文藝別冊ロック本シリーズの基本フォーマットのとおり、複数の書き手がそれぞれのニルヴァーナ論・カート論を展開している。
執筆者は音楽評論家だけでなく作家や写真家や文芸評論家などもいる。
メンバーを含む本国関係者へのインタビュー記事はない。
日本人による少し堅めのニルヴァーナ評論集である。

自分はもちろんニルヴァーナを聴いていない。
大ヒットアルバム「Nevermind」はいちおう聴いてみたが、80年代の産業ロックとのあまりの乖離に全くついていけず、録音したテープも消してしまった。
そんなニルヴァーナ挫折組の自分が、こんな本を読んでもなおさらよくわからないとは思うが、カート・コバーンとは果たして何者だったのか?ニルヴァーナはなぜ支持されたのか?そもそもグランジとは何だったのか?といった挫折じじいの疑問に多少でも答えてくれそうな気がして、なんとなく図書館で借りてみました。
果たして20年ぶりのニルヴァーナ予備校の補講は功を奏するでしょうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

・ニルヴァーナ・ストーリー 一色こうき 
・I'm not the not only one よしもとばなな 
・ニルヴァーナという発明 津原泰水 
・寒いロック 清野栄一 
・恐竜の息子の排泄物 海猫沢めろん 
・私とカート・コバーン ミユキ(ハルカトミユキ) 
・午後の最後の恐竜 川﨑大助 
・「ティーン・スピリット」の匂い 佐々木敦 
・ニルヴァーナ原理の手前で 上野俊哉 
・野良犬のような存在感 石田昌隆 
・カートの「パンク魂」 行川和彦 
・ニルヴァーナ論 -グランジとはなにか 林浩平

執筆者全員がニルヴァーナの大ファンでしたというわけではなさそうで、ニルヴァーナではない他のミュージシャンを延々語るヘンな文章があったり、聴いてはいたがそれほど共感してなかったりという人もいて、なんとなく賛否愛憎入り乱れるネットの掲示板みたいな雰囲気も感じる。

読んでみて気づいたのが、ニルヴァーナ及びカート・コバーンを語る際にかなり重要なファクターとされるのが「年齢」及び「世代」であることだ。
これまで文藝別冊シリーズでストーンズやツェッペリンパープルを読んできたが、それらと違ってこのニルヴァーナ本の場合、書き手自らが文中で生まれ年を明らかにしているケースが多い気がする。
カートは1967年生まれで94年没だが、カートとの年齢差を提示した上で、バンドやグランジというカテゴリーについて述べているのである。
端的に言えば「年が近いから共感できる」「世代が違うから理解しづらい」ということなのだろうが、他のミュージシャンを語るのにそこまで年齢や世代の差が重要なことってあっただろうか?と思うのだ。

「オレはジミヘンと同い年」「アタシはマドンナの1コ下」なんてのは飲み屋で一瞬盛り上がるためのどうでもいい情報のはずだけど、どうもカート・コバーンの場合は意味合いが少し違うらしい。
日本ではカートよりも少し年下の世代、「Nevermind」が流行ったころに20歳前後だった人々を中心に支持されているようだ。
80年代のクソキラキラ商業主義まみれの産業ロック大好き世代(ワタシです)にとって、グランジの台頭は未だによく理解できない・・と思うし、90年代グランジにどっぷり浸かった世代においてカートはヒーローであり、80年代の音楽なんぞダサすぎて聴くのも恥ずかしい・・という、深い断絶が全体を覆っているようにも感じる。

この本にも書かれているが、映画「レスラー」の中に80年代メタルの栄華と90年代グランジ台頭を表す象徴的なセリフがある。
ミッキー・ローク演じるロートルレスラーのランディが、想いを寄せるトウの立った女キャシディと酒場で盛り上がる場面でのやりとり。
ランディが「ガンズ&ローゼズ!」と叫ぶと、キャシディも「モトリー・クルー!デフ・レパード!」と応じ、ランディが「でもあの女々しいカート・コバーンが出てきて全部台無しだ!」。
そして2人が「90年代なんぞクソくらえだ!」と言う。
このやりとりに対する共感の度合いは、80年代支持者と90年代支持者では当然正反対なのだそうだ。
やっぱそういう感じなのね。

しかし。
時代の寵児となったカートだが、決して裕福ではなかった子供の頃に聴いていたのは、サバスやツェッペリンやエアロスミスのほか、ナックチープ・トリッククイーン、ELO、ボストンといった、それこそグランジな世代からは真っ先にダメ出しをくらいそうなダサい産業ロックもたくさん含まれていたのだった。
カートの父親がLPレコード通販を利用していて、機嫌のいい時はカートにも選択権が与えられたりしたそうだ。
いやーそうだったんだ・・・ニルヴァーナ挫折組の自分としては、こういう情報を見るとなんとなくほっとするよ。

また世代論も度が過ぎれば見苦しいのはご承知の通り。
詩人の林浩平(1954年生まれ)という人は、冒頭から「我が家のCD収納ラックにはニルヴァーナのものは1枚もない」と切り捨てている。
さらにグランジを聴いていたような世代に対し、「電車の中で足を投げ出して座る」「ドアの前に尻を落とす」「他者の錯誤や失策に対して寛容になれない」などといろいろお気に召さないようで、実際に「グランジ嫌悪」という言葉も使ってこの世代について否定的な意見を書いている。
気持ちはわからんでもないけど、「寛容でない」と言ってるアナタがグランジ世代に全然寛容でないのでは?と突っ込みたくもなる。

グランジは音楽ジャンルだけでなくファッションとしても大きなムーブメントになっていったが、当のカートはファッションのつもりはなくて本当に貧乏で薄汚い格好をしていただけで、あんまし深く考えてなかったようである。
コートニー・ラブとの結婚式でも終始パジャマ姿だったのは有名な話だが、カートによれば「いつ睡魔に襲われてもいいようにパジャマ姿でいる」という理由だったそうだ。
確かにヘンな人だけど、おそらくカート自身も「オレってイケてるだろ?」と思って汚いカッコウをしていたわけではないのだろう。
いわゆる「イタい人」とは少し違う。
「着るものなんてなんでもいいや」と思ってたら周りが勝手に「これぞグランジ!時代の反逆児!きぃー!」なんて持ち上げてしまって、本人も困惑してたんじゃないかと思う。

なお日本では書籍でも雑誌でもほとんどカート・コバーンと表記されるが、作家の川﨑大助は「コバーンと書くのは完全に間違っている」と一喝している。
カートの姓はCobainなのでコベインと書くしかないそうだ。
こうなったのは俳優のジェームズ・コバーン(James Coburn)に引きずられての表記と川﨑大助は推理しており、日本のレコード会社か雑誌で最初にコバーンでええやろと勝手に書いてしまったのが定着してしまったらしい。
アドリアン・アドニスもそうだけど、外国人の名前を母国発音どおりカタカナで忠実に表記してない典型ですね。
で、この本でも多くはコバーンだが、執筆者によっては全てコベイン表記に徹底している人もいる。
ただし「ニルヴァーナ」も発音に則して書くと実は「ナーヴァナ」と表記するのが適切、とは誰も指摘していない。

ちなみに、仲が悪いという噂のアクセル・ローズとカートだが、この本には残念ながらそういう話は書いていない。
ネットでいろいろ調べてみると、どっちかっつうとアクセルのほうがやや分が悪いというか残念な結果になっているらしい。
アクセルは初めはカートをそれほど嫌っておらず、むしろニルヴァーナの音楽は気に入っていることも公言していた。
で、アクセルが人づてにカートに会いたいと伝えたがカートは無視。
カートはガンズモトリーみたいな商業主義まみれのチャラいバンドが大キライだったそうだ。
その後アクセルがコートニーの悪口を言い出してガチな不仲に発展。
ある日偶然バックステージで出くわした二人は台本どおり乱闘になったが、意外にもカートがアクセルをボコボコにしたそうだ。
アクセルはこの件に関しては全く口を閉ざしており、カートはライブで多少脚色もあれど「アクセルをぶん殴ってやったよ」などと楽しそうに話したことがあったらしい。

本とは関係ない話だが、今回この記事を書くにあたりネットでいろいろニルヴァーナを調べてみたが、その過程で見覚えのあるダサい文章に遭遇した。
自分が「聴いてないシリーズ」でニルヴァーナを採り上げたのはもう11年前なのだが、その時の記事の一部分が無断で2ちゃんねるのあるスレッド立てに使われていたのだった。
しかもスレッドが立ったのは2007年だが、コメントは2014年まで延々と続いていたのだ。
さらに。
このスレッドが先月別のサイトでまた無断で採り上げられており、そこにもまたコメントがいくつか付いているという状態。
全然知らなかった・・・誰だよ勝手に2ちゃんねるに転載したのは?まあいいですけど。
でもニルヴァーナを採り上げると、今なおこれだけ反応があるのはやはりすごいことだと思ったよ。

というわけで、「文藝別冊 ニルヴァーナ」。
やはり知らない話が多く、勉強になりました。
没後20年経ってもこういう書籍が出ること自体が、やはりカート・コバーンの非凡さ、ニルヴァーナの偉大さの表れである。
自分は「Nevermind」挫折以降ニルヴァーナは遠ざけていたので、他の2枚のアルバムについては全く聴いていないのだが、それぞれ内容も雰囲気もかなり異なり、評価も様々のようだ。
こんな本ばかり読んでいないで、やはり他の2枚もさっさと聴いてみないといかんのかなぁ・・とぼんやり思った次第です。

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