聴いてない 第247回 ルパート・ホルムズ

これまで繰り返し述べてきたとおり、自分が主に柏村武昭の指導で洋楽を幅広く聴き始めたのは79年からなのだが、その79年に全米1位の大ヒットを飛ばしたのがルパート・ホルムズである。
大ヒット曲とは言わずと知れた「Escape(The Pina Colada Song)」。
40年(!)経過した今でもたまにFMでかかることがある、名曲である。
でも、たぶん曲のほうが知名度が高く、世間では一発屋とされてることも多いのではないかと思われる。

ルパート・ホルムズ、全米1位以外のキャリアについてはほとんど知らず、実は顔もよく知らない。
そもそもルパート・ホルムズという当時の表記も発音に忠実ではなく、途中からルパート・ホームズに変わったことも覚えている。
たぶんHolmesの綴りに釣られたんでしょうね。
ホルメスにしなかっただけでもよかったとは思うけど。
適切でないことは承知の上で、やはりホルムズのほうがしっくりくるので、今回の表記もホルムズとします。

そのルパート・ホルムズ、一応「Him」「Morning Man」も聴いている。
アルバムは聴いてないので、聴いてない度は異例の3。
「Morning Man」は80年の作品だが、発売当時AMラジオの深夜放送でもコマーシャルが流れていた。
全米1位という快挙の翌年だったので、レコード会社もまだ気合を込めてプロモーションしていたのだろう。
残念ながらこの曲は最高68位に終わったそうだが・・・

全米1位から記念すべき40周年をむかえ、あらためてルパート・ホルムズについて調査。

ルパート・ホルムズは1947年イギリスに生まれ、ニューヨークで育つ。
60年代後半に作曲家となり、アレンジやプロデュース業でも活動。
「71年に初のヒットを飛ばす」・・っていくつかのサイトに書いてあるが、ソロデビューは74年。
あれ・・?
じゃあ71年の初ヒット曲って何?バンド?提供曲?

謎の初ヒット曲はよくわからないまま、取り急ぎアルバム「Widescreen」でソロデビュー。
その後バーブラ・ストライサンドに気に入られ、バーブラの75年発表のアルバム「Lazy Afternoon」をプロデュース。
またバリー・マニロウへの楽曲提供やプロデュースなども手がける。

自身のブレイクは79年に発表したアルバム「Partners In Crime(邦題:共犯者)」。
このアルバムからシングルカットされた「「Escape(The Pina Colada Song)」が全米1位を記録。
「Him」も全米6位と大ヒットし、一躍スターの座とありあまるおこづかい(たぶん)を獲得した。
ちなみにシングルはもう1曲「Answering Machine」があり、全米32位。

勢いに乗ったルパートは翌80年にアルバム「Adventure」をリリース、返す刀で世界歌謡祭で歌うため来日も果たす。
「Adventure」は自分の聴いた「Morning Man」も収録された渾身の作品だったが、前述のとおりセールスとしては振るわず前作よりも大幅に後退した形となった。
81年に「Full Circle」を発表するが、その後歌手としての活動はほぼ停止。
ミュージカルの音楽担当など裏方の仕事を主軸に活動し、トニー賞も受賞。

シンガーとしての作品発表は10年以上経過してからとなる。
94年にアルバム「Scenario(シナリオ)」を発表するが、オリジナルアルバムはこれ以降出ておらず、企画盤やベスト盤のみが発売されている。
ということでアルバムは10枚くらい発表しているようだが、今日本で全て手に入れることは難しいのかな?

やはりどれも知らない話ばかりであった。
世界歌謡祭にも来てたんスね。
本人に聞いてみないことには何もわからないけど、実は華やかな表舞台で喝采浴びるよりも、大スターを支える裏方のほうが性に合ってる人なのかもしれない。
思いがけない大ヒットに一番困惑してしまったのがルパート・ホルムズ自身だったりするのだろうか。

さて「Escape」がヒットした理由は、サウンドよりも歌詞の内容にある、と言っていいと思う。
今ネットで検索しても歌詞の内容にふれた文章が多く見つかるし、独自に和訳している人も多い。
当時日本語だけはまあまあ話せる極東の低偏差値学生だった自分でも、この曲の歌詞の大意情報を仕入れることはできていた。
雑誌に和訳が書いてあったり、ラジオ番組でも意味を説明したりしていたからだ。
日本でも歌詞の意味を理解して聴いてほしいとレコード会社側が思ったのだろうか?
いずれにしても「ザッパ&マザースのライブに行ったらどっかのバカが火を放ち、湖上の煙~火の粉がパチパチ~」とか「ママが教えた動き方だよ!汗をかいて気持ちいい!ああ僕の赤ちゃん!」とか、「実は大したことを歌っていない」という数ある洋楽の名曲とは一線を画す名作なのだ。(適当かつ乱暴)

副題でもあり歌詞にも出てくる「ピニャ・コラーダ」とは、ラムとココナッツミルクとパイナップルジュースを合わせたカクテルの名前とのこと。
ともあれアダルトな雰囲気の充満する、しっかりオチまでついた物語は、日本のアホウな子供であった自分にとっても興味深いものだった。
学校でも洋楽好きな先輩(女子)と「いい曲だね」「でも出来すぎだね」などと語り合った記憶がある。

ただしそこまで盛り上がっていながら、ほぼその時だけの流行で終わってしまい、アルバムを聴いたりしたことはなかった。
録音できた3曲はいずれも嫌いではなかったので、その後も柏村武昭が紹介さえしてくれたらきっとアルバムも聴いていたと思う。(毎回人のせい)

というわけで、ルパート・ホルムズ。
チャラい産業ロックとは少し違う、AORを中心に聴いてきた方々に支持されるアーチストだという予感はありますけど、果たしてどうなのでしょうか?
入手可能なおすすめのアルバムがあれば教えていただけたらと思います。

 

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聴いてない 第246回 ボニー・レイット

聴いてない女性ボーカリストシリーズ、メイヤに続きボニー・レイット。
意外すぎるチョイスですが、ご安心ください、全然聴いておりません。
聴いているのは89年の「You Got It」だけ。
従って聴いてない度は2。

そもそもこの曲を聴くまでは、名前もぼんやり知っていた程度。
聴いた後も知識は全く増えてないのでぼんやり度も何ら変わりませんが。
80年代にこの人の曲をエアチェックしたり雑誌で記事を読んだりしたことはない。
キャリアは非常に長いようだが、我が国での知名度はどれくらいなのか見当もつかない。

というわけでスマートスピーカーに向かって「ボニー・レイットとは?」と話しかけたら、以下のような答えが返ってきた。
・・・というのは嘘だけど、たぶんこのくらいのことはもう実現してるんだろうね。

ボニー・レイットは1949年11月8日、カリフォルニア州バーバンクに生まれた。
1971年、ワーナー・ブラザーズと契約しデビューアルバム「Bonnie Raitt」を発表する。
ゲストにブルース・プレーヤーのジュニア・ウェルズ、サックスのA.C. リードが参加し、ロバート・ジョンソンやトミー・ジョンソンなどのデルタ・ブルースの名曲をカバーするという大胆なデビュー。
事務所やレコード会社の期待の大きさがうかがえるが、セールスとしてはそれほどには伸びなかったらしい。

続く72年にセカンドアルバム「Give It Up」をリリース。
ジョン・ホール、ポール・バターフィールド、エリック・カズなどが参加しており、このアルバムをボニー・レイットの代表作と評する人も多いようだ。

以降ほぼ毎年のようにアルバムを出し続け、86年の「Nine Lives」までワーナーから9枚アルバムをリリース。
しかしながらどれも残念ながら大ヒットには及ばなかった。
この70年代後半から80年代半ばまでは、セールスや作品の方向性をめぐってレコード会社との摩擦や対立が続き、徐々に活動は停滞していったようだ。
9枚もアルバム出せてたんだから順調だったのかと思ったら、いろいろ苦労もあったらしい。

ウィキペディア日本語版では日本公演は78年しか書いていない。
他のミュージシャンとの競演で日本に来たりしたこともないのだろうか?
レコード会社も事務所もあまり日本をマーケットとして重視していないということか?

あちこちのサイトに書いてあるが、ボニー・レイットの最大の転機はそのレコード会社の移籍とともにやって来たそうだ。
ワーナーとの契約を解除し(され?)、ボニーはアルコール中毒になり活動は休止。
3年ほどのリハビリ期間を経てキャピトルに移籍したら状況が一変。
プロデューサーにドン・ウォズを迎え、ゲストとしてデビッド・クロスビーやグラハム・ナッシュ、ハービー・ハンコックらが参加した89年のアルバム「Nick of Time」で初めて全米1位を記録し、グラミー賞も3部門で獲得。

・・・そうなの?全然知らなかった・・・
89年というと個人的にはかなり微妙な時期で、FM雑誌を買ったりエアチェックしたりはもうやめていて、全米チャートも真剣に追ったりはしていなかった。
なのでボニー・レイットがこの年に本国ではむやみに売れていた、という情報は仕入れることができなかったと思われる。
ちなみにこの「Nick of Time」は、シングルは特に売れたわけでもないけどアルバムとしてがっちり売れた、とのこと。
タイトルは「間一髪」という意味だそうだ。

この後は91年「Luck of the Draw」で全米2位、94年「Longing in Their Hearts(心の絆)」が全米1位と、キャピトルの偉い人を喜ばせる好調な売り上げが続く。
95年にはブライアン・アダムスジャクソン・ブラウン、ルース・ブラウン、ブルース・ホーンスビーなどが参加した初の2枚組ライブ盤「Road Tested」を発表。

2000年にはロックの殿堂入りを果たす。
キャピトルとの契約は2006年のライブ盤「Bonnie Raitt and Friends」まで続いた。
このライブではノラ・ジョーンズ、ベン・ハーパー、アリソン・クラウスなどとの競演が見られるそうだ。

今年で70歳となるが、現在も精力的に活動中。
昨年もジェイムス・テイラー&ヒズ・オールスター・バンドとともに北米やイギリスなどでコンサートを行い、今年もロサンゼルスやタルサなどアメリカ各都市をツアーで巡っている。

ということで毎度ながら全て初めて知る話ばかりであった。
少しずつわかってきたが、この人を表現するキーワードとして「ブルース」「スライドギター」「カバー」があるようだ。

音楽基盤はブルースにあり、少なくとも産業ロックの住人ではないだろう。
柏村武昭からは教わらなかったし、小林克也が紹介してた記憶もない。
またスライドギターについても子供の頃に自宅の庭で、ローウェル・ジョージとライ・クーダーの3人でスライドギターを弾いたりしていたそうなので、「弾ける歌手」ではなく「歌えるギタリスト」で全然いいくらいのキャリアと腕前とのこと。
自作曲も歌うが、他の人の作品をカバーしたり、曲を提供してもらうのも好きなようで、全曲自作のアルバムはないそうだ。
(逆に全曲他作アルバムはある)

自分が聴いた「You Got It」、調べて初めて知ったが、ロイ・オービソンの曲だそうだ。
しかも発表された直後にロイは亡くなったので、彼の遺作である。
(厳密にはロイとトム・ペティ、ジェフ・リンの共作)
この曲をボニー・レイットが歌い、それが95年の映画「ボーイズ・オン・ザ・サイド」で使われ、全米第33位を記録したとのこと。
自分はMTVの音声をテープに録音しており、ギターを抱えて楽しそうに弾き語るボニー・レイットの姿をかすかに記憶している。
サウンドは合いの手のようにどんどん!と鳴るドラムが印象的で、言われてみると確かにジェフ・リンが好きそうな音のような気がする。(知ったかぶり)

というわけで、ボニー・レイット。
そもそもブルースも得意ではないような素人の自分に聴けるような感じがあまりしないのですが、日本ではどれくらい売れてたんでしょうか?
皆様の鑑賞履歴について教えていただけたらと思います。

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聴いてみた 第149回 キッス

前回ポール・マッカートニー「Ram」を聴いてみたが、実は同時に購入したのがキッスである。
我ながら毎度脈絡のないズサンな購入と鑑賞にめまいがするが、ポールつながりでなんとなく気が向いたので買ってみました。(適当)
買ったのは2004年発売の「The Very Best Of KISS」。
来日記念ベスト盤である。

Kiss_2

キッスは「聴いてない」シリーズでかなり早めに採り上げているが、その時書いたとおり「能動的に聴いたことはないが相当数聴かされた」バンドだ。
おそらく姉のコレクションが最も多く鑑賞期間も長かったのがキッスだと思う。
デビュー当時から5年ほどは日々強制鑑賞が行われたため、記憶に残っている曲も多い。
あれから40年(!)ほど経過し、自分もようやく自主的にキッスを聴いてみることになったのだ。
ただしさほど強固な決意でもなく、目に止まって安かったから買っちゃったんですけど。
しかもベスト盤。

邦題は「地獄の宝石」という彦摩呂っぽいタイトル。
ジャケットは結成当時メンバー4人の顔写真で、集合写真ではなく、構図としてはビートルズ「Let It Be」形式。
途中参加のエリック・カーやヴィニー・ヴィンセントの顔はない。

ベスト盤なので知っている曲の確認作業が主眼となりそうだ。
果たしてどれだけ知っている曲があるのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Strutter
2. Deuce
3. Got To Choose
4. Hotter Than Hell
5. C'Mon And Love Me(激しい愛を)
6. Rock And Roll All Nite (live)
7. Detroit Rock City
8. Shout It Out Loud(狂気の叫び)
9. Beth
10. I Want You(いかすぜあの娘)
11. Calling Dr. Love(悪魔のドクター・ラヴ)
12. Hard Luck Woman
13. I Stole Your Love(愛の謀略)
14. Christine Sixteen
15. Love Gun
16. New York Groove
17. I Was Made For Loving You(ラヴィン・ユー・ベイビー)
18. I Love It Loud(勇士の叫び)
19. Lick It Up
20. Forever
21. God Gave Rock 'N' Roll To You II

各アルバムからの収録曲内訳は以下のとおり。
・Kiss(キッス・ファースト 地獄からの使者):2曲
・Hotter Than Hell(地獄のさけび):2曲
・Dressed to Kill(地獄への接吻):1曲
・Alive!(地獄の狂獣 キッス・ライヴ):1曲
・Destroyer(地獄の軍団):3曲
・Rock and Roll Over(地獄のロックファイアー):3曲
・Love Gun:3曲
・Dynasty(地獄からの脱出):1曲
・Creatures of the Night(暗黒の神話):1曲
・Lick It Up(地獄の回想):1曲
・Hot in the Shade:1曲
・Revenge:1曲
曲は年代順になっており、彼らのヒット曲が一通り押さえられている。

思ったよりも知らない曲が多い。
「Rock And Roll All Nite」「Detroit Rock City」「狂気の叫び」「いかすぜあの娘」「悪魔のドクター・ラヴ」「Hard Luck Woman」などはもちろん覚えていたが、初期の名曲とされる「Deuce」「Got To Choose」「Hotter Than Hell」「Beth」はメロディに全く記憶がない。
かなり意外な展開。
悩む必要は全然ないが、少し考え込んでしまった。
もう少し聴いてた(聴かされてた)と思っていたが・・

「Beth」はタイトルだけは知ってたが、こんなバラードだったとは知らなかった。
この曲はピーター・クリスのボーカルだが、クリスとボブ・エズリン、スタン・ペンリッジという人の共作だそうだ。
ピーターが歌う曲はいずれもバラードだが、個人的には「うまいボーカル」ではなく、「味わい深い歌声」だと思う。

「New York Groove」という曲だけ少し違った印象だが、これはエースのソロヒット曲とのこと。
83年の「Lick It Up」はメイクをせず素顔で登場したキッスの最初のヒット曲で、これはよく覚えている。
「Forever」はポールとマイケル・ボルトンの共作で、全米8位の大ヒットを記録している。

一通り聴いた中ではやはり「Detroit Rock City」「狂気の叫び」「Beth」「いかすぜあの娘」「Hard Luck Woman」「Lick It Up」あたりが好みだ。
(邦題はダサいのが多いが・・)

知っていた曲も、子供の頃に聴いた印象とは少し違うものが多い。
もっとギトギトでドスの効いた重低音なサウンドだったと思ったら、あらためて聴いてみるとそうでもない。
加齢により耳が退化したのかもしれないが、メイクやステージスタイルから受ける地獄の恐怖イメージに、幼い感性は支配されていたのだろう。
世の中にはもっと粗暴で野蛮な音楽がたくさんあることを、40年かけて学習してきたしね。

なので当時は姉への反発もあって「クソやかましい音楽」だと思っていた部分もあったが、今聴くと全体的には非常にキャッチーでよくできた造りの曲ばかりだと感じる。
凝ったアレンジや怪しいサウンドや変な構成楽曲はなく、その後の80年代アメリカ音楽の源流のような音がたくさんある。
メイクとパフォーマンスのイメージが先行するが、やってる音楽はわりとマジメでタイトなサウンドが多い。
キッスの成功の理由もここにあったと思われる。

ネット上ではファンの「この曲がない・あの曲がない」といった収録への不満がいくつか見つかる。
まあ他のアーチストでも企画盤についてはたいていこの現象は起こるもので、キッスみたいな人気バンドであればファンの好みも割れてくるはずだ。
いわゆる隠れた名曲といったナンバーは、このベスト盤には入っていないのだろう。
大して聴いてない自分でも、似たような感覚は不思議とあり、個人的には80年代のヒット曲「Shandi」「エルダーの戦士」も入れといてほしかったなぁ・・と感じた。
単にこの2曲がリアルタイムでエアチェックできたから、というだけですけど。

キッスは現在最後のツアー中で、メンバーはポールとジーン、トミー・セイヤー、エリック・シンガー。
ポール・スタンレーはツアー終了後引退することを表明している。
脱退組のエースとピーターは残念なことにツアー不参加とのことだが、ここに来てジーンとエースの仲が今さらだけどかなり悪いというナイスな情報もある。
元々ポール&ジーンとピーター&エースで年中対立してて、結局それが発展して脱退になったという話ですけど。
相変わらず楽しそうな人たち。

というわけで、キッス「地獄の宝石」。
小学校時代の教科書を実家で発見したような感覚でしたが、単純に良かったです。
このベスト盤を聴くまでは、オリジナルアルバム学習の意欲は全然ありませんでしたが、機会があれば聴いてみてもいいかなと思い始めております。

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聴いてみた 第148回 ポール・マッカートニー その2

中高年ポール・マッカートニー手遅れ補講シリーズ、今回は「Ram」を聴いてみました。

「Ram」は1971年5月発表で、名義としてはソロではなくポール&リンダ・マッカートニーで、プロデュースもこの二人。
主な参加ミュージシャンはデビッド・スピノザ(G)、ヒュー・マクラッケン(G)、デニー・シーウェル(D)。
また「Uncle Albert/Admiral Halsey」「The Back Seat of My Car」の2曲でニューヨーク・フィルハーモニー楽団を起用するなど、前作に比べ力の入った造りのアルバムとのこと。
セールスとしても全英1位・全米2位を記録。
曲の大半をスコットランドの農場に引きこもった時に作ったので、その農場の丘にたくさんいた羊をタイトルやジャケットに使ったらしい。
自分が聴いたのは1993年発売のリマスター盤で、ボーナストラック2曲が追加収録されている。

Ram

このアルバムこそがポールの作品で最も「ジョン・レノンの存在」を意識して作られているそうだ。
果たしてどんなアルバムなのだろうか。

・・・・・聴いてみた。 

1. Too Many People
いちおう以前から聴いてはいた曲でスタート。
ジョン・レノンに対する批判と、ビートルズへの決別を表現した曲とされる。
そういう情報をふまえて聴くと、ポールのボーカルもなんとなく不機嫌でキレ気味に思えるから不思議だ。
メロディは楽しそうでいいけど。

2. 3 Legs(3本足)
この曲は初めて聴いた。
アコースティックなブルースだが、これもまたジョンに対する失望を歌っているそうだ。
終盤リズムが変わるところはやはりポールらしいと思う。

3. Ram On
ウクレレで始まる意外なイントロ。
楽曲自体は後世に歌い継がれる名曲・・ではなく、感動もあまりない。
むしろリンダのコーラスがいい味わいであることに気づく。

4. Dear Boy
ここからようやくポール・マッカートニー本領発揮。
美しいメロディや構成、コーラスとの調和はやはり秀逸である。

5. Uncle Albert/Admiral Halsey(アンクル・アルバート~ハルセイ提督)
LPではA面最後のこの曲はベスト盤で聴いていた。
個人的には「Yellow Submarine」に似ていると思う。
雷雨効果音や不思議なメドレーが物語を感じさせる。
アルバムではエンディングも次の曲とつながっている感じ。
ポールのシングル(厳密にはポール&リンダ名義だけど)としての最初の全米1位を記録。
アンクル・アルバートとはポールの叔父の名前で、父親の仕事仲間だった人物とのこと。

6. Smile Away
重低音が腹に響くロック。
これは面白い。
ジョンや評論家からの批判を「笑い飛ばせ」と押し返した曲とのこと。

7. Heart Of The Country(故郷のこころ)
これもベスト盤で聴いていた。
田舎暮らしを歌った曲だそうだが、ただのカントリーにならないのがポールらしいところ。

8. Monkberry Moon Delight
「Smile Away」をさらに野蛮にしたような雰囲気。
これもキレ気味なボーカルだが、メロディ自体は悪くない。
ポールがもっと普通に歌ったらヒットしたんじゃないだろうか。
ところどころで入るリンダの合いの手?も多少雑な感じだが、二人の声や調子は意外にマッチしている。
コーラスには娘のヘザーも参加してるそうだ。

9. Eat At Home(出ておいでよ、お嬢さん)
軽快で楽しいナンバー。
リンダは合いの手ではなくきっちりバックボーカルを務めている。

10. Long Haired Lady
曲の雰囲気は「Heart Of The Country」に似ているが、結構いろいろな楽器の音がする。
リンダがバックでなく前に出て歌ったり一人で歌うパートがあるが、やはりポールと合わせたほうがいいなぁ。
リードシンガーとしてはやはり不安だ。

11. Ram On
LPではA面にあった曲のリプライズ。
この辺の作りはやはりビートルズを思わせる。

12. The Back Seat Of My Car
ネットではこの曲を一押しする意見がたくさんあるが、個人的にはそれほど印象には残らない。

以下はボーナストラック。
13. Another Day
ビートルズの曲と同じように何度も聴いてきた曲である。
ボーナストラックではあるが、これが一番ポールらしい名曲。
なぜ発売当時にアルバム収録されなかったのか不思議だ。

14. Oh Woman, Oh Why
終始「Oh! Darling」のようなヤケクソなシャウト。
終盤で銃声のような音が聞こえるのが不気味。

聴き終えた。

まず率直な感想として、前作よりもレベルが上がっているという評価は当たっていると感じた。
曲を作った時期は前作各曲と同じく田舎に引きこもった頃のものが多いらしいが、「Ram」のほうが歌い方にも力がこもっているし、楽曲としての完成度が高いと思う。
そう感じる明確な理由はもうひとつあって、リンダの存在感が飛躍的に向上している点。
どの曲でもポールのボーカルをしっかりサポートする見事なコーラスを当てている。

ただし。
ポールのロックンロールやブルース趣味が全面的に好みに合致するかというとそうでもない。
自分の場合、ビートルズでのポールのロックでも好みはわりとはっきりしており、「のっぽのサリー」なんかは大好きだが、「Why Don't We Do It In The Road?」「Oh! Darling」のシャウトや「Hey Jude」のアウトロなどはそれほどいいとも思わない。
なのでこのアルバムでも、もう少し落ち着いて歌ってほしい曲がいくつかある、という感想になる。

さてウィングスも含めて70年代のポールの作品は、どれもジョン・レノンとの関係をふまえて鑑賞するというのが世界標準の規定になっている。
前述の通りこの「Ram」もそうした情報抜きには語れず、A面の4曲はいずれもジョン・レノンに対する批判皮肉が歌詞に込められた曲とされている。
これらに対するジョンの反撃・返答が「How Do You Sleep?」で、あえてジョージ・ハリスンを参加させてポールの気持ちを逆なでようとするえげつない意図が強烈に表れている。
この曲を作っている場面にはリンゴも立ち会っていたが、元の歌詞のあまりのひどさに次第に不愉快になり、ジョンに「いい加減にしろよ」と忠告したため、ジョンは渋々?婉曲な表現に歌詞を変えたそうだ。

さらに「How Do You Sleep?」が収録されたアルバム「Imagine」には、ジョンが豚を捕まえている写真がおまけで付いていた。
ジョンが「Ram」のジャケットをからかって作ったのは明らかで、ここまで露骨な構図を見れば、やっぱり当時の二人の関係は険悪だったというのが一般的な解釈だろう。
「How Do You Sleep?」についてのジョンのコメントをどこかで読んだが、「当時の心の中の怒りやフラストレーションをぶつけた曲で、結果としてポールを利用させてもらった」「結局は自分のことを書いていたのかもしれない」というようなことを言っていた。
後付けの言い訳のようにも思えるが、やや後悔の心境が表れたジョンの本音だと感じた。
いずれにしてもポールもジョンも、互いを攻撃する曲を作って歌っても、話題にはなるけど歌い継がれる名曲にはやっぱりならなかったようだ。

というわけで、「Ram」。
トータルでは決して悪くないが、やはりウィングスのアルバムに比べるとやや物足りない印象でした。
もう少し聴きこんでいけば、評価は変わってくるかもしれません。
ウィングス作品では「Wings Wild Life」「Back to the Egg」が未聴で残っているので、早いうちに聴いておきたいと思います。

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聴いてない 第245回 メイヤ

覚えてる人は覚えてると思うが、90年代半ばにいわゆるスウェディッシュ・ポップがブームになったことがあった。
当然自分はそれほどマジメに取り組んだりはしなかったが、「NOW」系の企画CDでスウェディッシュ・ポップを集めたものを少し聴いたりはした。
そのブームの中でも日本でも人気が高かったと思われるのがメイヤである。

聴いたのは誰でも知ってる「How Crazy Are You?」。
日本でも80万枚くらい売れたそうで、「ぱらっぱーんぱらっぱーん、ぱっぱらっぱぱぱーん」という文字にするとイマイチ偏差値の低そうなイントロは一度聴けば思い出す人も多いはずだ。
あともう1曲聴いてるはず・・と思って調べたら曲名が判明。
「All 'bout Money」で、「だんだんどぅどぅだんだん」とか言うサビが特徴。
ネットでは「ダンダンダラランラン」とか「ダンダンダダダンダン」とかいろいろな表記で書かれてますが、歌詞としては「dun dun do do do dumb」だそうです。
聴いてない度は2を少し超えるくらい。(どうでもいい)
デビューアルバムのジャケットも記憶にはあるが、聴いたことはない。

スウェディッシュ・ポップのブームは認識していたが、その中から特定のアーチストを深掘りはしなかった。
具体的にはメイヤの他、カーディガンズ、クラウドベリー・ジャム、ソフィー・セルマーニなどである。
それぞれに特徴はあるが、聴いた範囲では全般的に比較的おだやかで透明度の高いサウンドやボーカル(ほとんどが女性)だったと認識している。
ソフィー・セルマーニの「Always You」なんて今聴いてもいい曲だなぁと改めて思う。

本題のメイヤ。
スウェーデンの人だということ以外に特に知識は持っていない。
スウェディッシュ・ポップ・ブームの頃にFROCKLによく出入りしていたが、メイヤのファンの人も多く、「メイヤかわいーい!」と書かれたコメント(本当にこの文字列のままだった)も見たことがある。
何も知らない自分はただツリーをながめるだけだったが。
ということで20年以上出遅れたメイヤについて手遅れ上等で調べてみた。

メイヤは1969年ストックホルムで、クラシック作曲家の父親と画家の母親のもとに生まれた。

生まれた時の本名はアンナだったが、幼少の頃にすでに本人がメイヤを名乗り、その後正式にメイヤに改名。
80年代前半にスペイン留学を経てアメリカに渡り、ロサンゼルスでジャズや声楽を学ぶ。
その後「レガシー・オブ・サウンド」というグループに加入し、ボーカルを担当。
96年ソロデビュー、シングル「How Crazy Are You?」とアルバム「Meja」が欧米でも日本でも大ヒット。
翌年には早くも来日公演が行われ、中野サンプラザとNHKホールでのライブを収録したアルバムも発売された。

しかし結果的にはデビューシングルとアルバムが最初で最大のヒットとなっている。
98年のアルバム「Seven sisters」もシングル「All'bout money」もヒットはしたが、前作を超えることにはなっていない。

2000年にはリッキー・マーティンとのデュエット「Private Emotion」がヒット。
ただしこの年の自らのアルバム「Realitales」では方向性をヒッピーやロックに転換し、ファンを困惑させる結果となった。

この後メイヤ(の事務所?)は日本市場に目を向ける戦略に出たようだ。
2001年に来日し、東京・横浜・大阪公演を行う。
さらに翌年日本だけの限定ベスト盤をリリースし、矢井田瞳のカバー「I'm Here Say Nothing」も収録。

2004年にはカバー集「Mellow」を発表。
アントニオ・カルロス・ジョビンやキャロル・キングなどの名曲揃いとの評判だが、活動や実績は次第に地味になっていく。
2009年の「Urban Gypsy」は配信限定で発売開始。
でも検索するとCDも見つかるので、その後CDとしても発売はされたのかな?

もはやこれまで・・かと思われたが、そこは困った時の日本市場。
2010年にまたも日本限定でジブリ・ソングのカバーアルバムを発表。
邦題が「アニメイヤ」というレコード会社渾身のダジャレタイトル。
日本人なら誰でも知ってる「となりのトトロ」「もののけ姫」「ルージュの伝言」「崖の上のポニョ」「風の谷のナウシカ」なんかを詰め込んだお買い盤だそうですけど、売れたんでしょうか?
で、この年にもやっぱり来日して各地の会場を満員にしたそうです。

今も現役で活動中。
最新作品は2015年のアルバム「Stroboscope Sky」となっている。
・・・やっぱり全部知らない話だった。

デビュー当時のノリのいい楽曲しか知らないが、キャリアの過程ではかなり様々なジャンルにもトライしていたようだ。
聴いてる2曲とも悪くないし、歌声や容姿は特に好みや苦手といった感覚もないので、どの作品でもそんなに難易度は高くはないと勝手に思う。
ただ自分は特にジブリ作品のファンではないので、「アニメイヤ」という企画盤にはあまり興味がわかない。
ネットで見つかるメイヤの顔は年代や角度でかなり違った印象を受ける。
ジャケットの顔写真も作品によってずいぶん違うなぁと感じるんですが・・(大きなお世話)

というわけで普段にも増して雑な文章になってますが、メイヤ。
まあ聴くとしたら自分の場合「Meja」「Seven sisters」からになると思いますが、みなさまはメイヤ、聴いておられたでしょうか?
当時のスウェディッシュ・ポップのブームへの対応についても教えていただけたらと思います。

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聴いてない 第244回 ゴットハード

16年目に突入した比類なき惰性珍奇インチキBLOG、2019年初回はゴットハード。
当然聴いてないのだが、個人的にはひとつだけエピソードを持っているバンドである。
・・・いえ、例によって全然大した話じゃないですけど。

まずは聴いてない度、安定の2。
「All I Care For」という曲しか聴いてない。
92年頃にMTVの音声をテープに録音しており、調べたらデビューアルバム収録曲なのでデビュー当時リアルタイムで聴いたことになる。
ただしその他の曲は全く聴いていない。

一応MTV画面に表示されたバンド名・曲名を見ながらインデックスに書き写したのだが、いまいち自信がなかったので数年後にFROCKLでバンド名について質問してみた。
そう、「ゴットハードかゴッドハードかゴットハートかゴッドハートか?」という愚かな問い合わせである。
するとやはりありがたきFROCKL、親切な人から「ゴットハードでOKです」という回答をいただいたのだ。
ついでにその人からは「アンディ・フグのテーマソングも歌っています」という情報もいただいた。

持ってる話は以上です。
・・・まあいつものパターンですけど。
せっかく貴重な追加情報までもらっておきながら、その後一切の学習もして来なかったという失礼極まる展開。
パソコン通信には熱心だったが、肝心の音楽鑑賞(特にエアチェック)をしなくなっていた時期だったので、ゴットハードに限らず学習は停滞してしまったのである。(クソ言い訳)

ということでゴットハードについてあらためてハードな調査。
やはり意外な情報(常識?)がどんどん見つかる。

スイスのロックバンドだということはうっすら知っていたが、ウィキペディアには「バンド名はスイスのゴッタルド峠にちなむ」と書いてある。
えっそうだったの?
Got Hardとか英熟語だと思ってました・・
峠の名前バンドってことは、もし日本だったら「ヤビツ」とか「笹子」「小仏」みたいなバンドってことですかね。(微妙)
ちなみにゴッタルド峠はスイス連邦の起源となった歴史的な地点でもあり、スイス国民にとって象徴的な場所でもあるとのこと。
現在世界一長いトンネルがあるのもこの峠だそうだ。

低偏差値を痛感しながら先に進む。
1991年にスティーブ・リー(V)、レオ・レオーニ(G)、マーク・リン(B)、ヘナ・ハーベッガー(D)の4人で結成。
92年デビューアルバム「Gotthard」発表。
パープルもカバーした「Hush」が収録されており、ディオやデフ・レパードでギタリストを務めたビビアン・キャンベルも2曲参加している。

94年のセカンドアルバム「Dial Hard」ではビートルズの「Come Together」やツェッペリンの「Rock'n Roll」をカバー(日本盤ボーナストラックのみ)。
続く3作目「G」にはディランの「Mighty Quinn」もカバー収録。
なんかこのバンド、けっこうカバー好きみたいですね。

なおFROCKLで教わったアンディ・フグのテーマソングだが「Fight For Your Life(邦題:闘え!アンディ・フグ)」という曲で、97年の企画盤CDにはアンディ・フグの日本語による挨拶も収録されているそうです。
この曲の制作はボーカルのスティーブがアンディと親交があったため実現したらしい。
しかし発表後わずか3年ほどで、アンディは白血病のため日本で亡くなってしまう。

ここでさらに意外な人物の名前を発見。
98年にはすでにライブでバンドに帯同していたマンディ・メイヤーが正式に加入。
エイジアの3枚目のアルバム「Astra」でスティーブ・ハウの後任としてギターを弾いていた人である。
マンディ・メイヤーの名前はもちろん知っていたが、その後ゴットハードに加入してたとは知らなかった・・
ここからゴットハードはしばらくツインギターバンドとなる。

2001年アルバム「Homerun」をリリース。
シングル「Heaven」はスイスのチャート1位となりバンド最大のヒットを記録。
このアルバムではアンディ・テイラーの「Take It Easy」という意外なカバーを残している。
2003年の「Human Zoo」リリース後、やっぱりマンディ・メイヤーは脱退し、フレディ・シエラーが加入。
2009年のラウドパーク09に、あのアンヴィルやスレイヤーとともに参加している。

ところが。
2010年にバンド史上最大の悲劇が発生する。
ボーカルのスティーブ・リーが、アメリカ旅行中トレーラーに飛ばされたバイクの直撃で即死してしまう。
そうだったのか・・
バンドは分解することなくスティーブ追悼盤としてバラード集「Heaven - Best of Ballads Part 2」を発表し、バンドの継続を宣言。
新ボーカリストとしてニック・メーダーが加入し、2017年までに3枚のアルバムを発表している。

なお2018年にレオ・レオーニはゴットハード25周年を記念して自らのトリビュート盤を発表。
これはゴットハード名義ではなく「コアレオーニ」というプロジェクトで、ゴットハードからはドラムのヘナ・ハーベッガーが参加している。

ということで、いつものとおり知らない話だらけだが、ボーカルが既に亡くなっていたことも全く知らなかった。
サウンドとしてはハードロックを基調にバラードやメロディアスな楽曲も得意としており、前述のとおり様々なカバーもこなす器用な楽団らしい。

「All I Care For」はアコースティックな演奏にスティーブの朗々とした太いボーカルが乗る、やや重めの曲である。
80年代のクソチャラいキラキラサウンドとはちょっと違い、好みかどうかと言われれば微妙だが印象に残る曲だ。
あちこちのサイトに書いてあるが、スティーブ・リーの声はデビッド・カバーディル(の低音)にも似ている。
カバの声は嫌いではないので、ゴットハードもそんなにハードルは高くはないかもしれない・・と安易に考えていますが・・

というわけで、ゴットハード。
まずはデビューアルバムから順に聴いていけばいいはずですが、みなさんの鑑賞履歴やおすすめのアルバムについて教えていただけたらと思います。


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聴いてみた 第147回 グレン・フライ

今日聴いてみたのは前回のジェフ・ベックとは全く関係ないグレン・フライ。
たぶん競演したこともないと思います。(あったらすいません)
聴いたのは95年発売の「Solo Collection」というベスト盤である。

Glenn_frey

母校イーグルスの学習については、いちおう最初の解散までの全アルバムは履修済みで、最近は書籍などで少しずつ情報も仕入れたりもしている。
ただイーグルスのファンになったりライブに足を運んだり貴重な音源を西新宿で漁ったりといった発展成長にはつながっていない。
名曲をたくさん生み出した上に争い事も多いという極めて魅力的な団体のはずだが、何度聴いてもあまり向学向上心がわかないのだ。
理由は今もよくわからない。

そんな惰性で出席だけしてるバカ大学生みたいな自分だが、何を思ったかグレン・フライのソロまで聴くことになった。
イーグルスという名門バンド創設者のひとりであり、ソロでもヒットをたくさん飛ばしたことはもちろん知っているが、メンバーの中で特にひいきにしたりというわけでもない。
なおドン・ヘンリーについてもかなり前に「Boys Of Summer」を友人から借りて聴いたが、今も全然定着はしていない。
なんかよくわかりませんけど、自分はどうもイーグルス関連にはつれない感じなのだ。

そんな自分でもグレン・フライで知ってる曲もいくつかある。
「Sexy Girl」「Heat Is On」「You Belong To The City」「Love in the 21st Century」あたりがそうで、いずれもリアルタイムで聴いている。
テープに録音できたのは「Love in the 21st Century」だけだが、どれも覚えてしまうくらいFMやMTVでよくかかっていたのだろう。 

まあベスト盤なので初心者学習にはぴったりである。
知ってる曲もあるのでさほど不安なく聴けそうである。
果たして本当にグレン・フライの頭蓋骨はボコボコなのでしょうか。(意味不明)

・・・・・聴いてみた。

1.This Way To Happiness
2.Who's Been Sleeping in My Bed?
3.Common Ground
4.Call On Me
5.One You Love
6.Sexy Girl
7.Smuggler's Blues
8.Heat Is On
9.You Belong To The City
10.True Love
11.Soul Searchin'
12.Part Of Me, Part Of You
13.I've Got Mine
14.River Of Dreams
15.Rising Sun
16.Brave New World
17.Strange Weather

ベスト盤ではあるが、4曲目までは発売時点での新曲であり、またラストの「Strange Weather」は日本盤ボーナストラックのライブ曲。
「The Heat Is On」は映画「ビバリーヒルズ・コップ」の挿入歌、「You Belong To The City」はテレビドラマ「マイアミ・バイス」で使われた曲。
どちらも全米2位というグレンのキャリアの中で最高位を記録している大ヒット曲である。
なお「The Heat Is On」はグレンの作品ではなく、グレン自身も頼まれて歌った時はそこまでヒットするとは思っていなかったそうだ。

あらためて聴くと、イーグルス時代からのヒットメーカーとしての才覚がソロでも機能しているのがわかる。
AORとロックとポップスがバランスよく収録されており、飽きの来ない構成だ。
ベスト盤だから当然かもしれないが、どの曲も基本的に楽しくわかりやすく耳なじみの良い音で作られていて、変な旋律や不思議なアレンジといった演出がない。
加えてグレンのボーカルは、ゆったりAORでもスピーディーなロックでも不安定な箇所はなく、どの音域においてもツヤを失うことなく響いてくるので、引っかかる部分がどこにもない。
まさに信頼と実績のサウンドだ。

ただ、イーグルスのサウンドとはやはり違う。
当たり前だが、ドン・ヘンリーもジョー・ウォルシュもランディ・マイズナーもドン・フェルダーもいないからだ。
特にバックコーラスの作り込みは、やはりバンドとしてのイーグルスのほうが見事である。
バラエティに満ちたグレンのベスト盤なんだが、グレンが作ったり歌ったりしてるイーグルスの曲・・ではない。
ビッグなバンドの中では優れた才能同士が相互に作用して化学変化を起こし、1+1が3にも4にもなる、ということはよく言われる。
世界で一番有名な事例はもちろんレノン&マッカートニでありジャガー&リチャーズだが、この法則はフライ&ヘンリーにも当てはまるのだろう。

で、結局どう感じたのか?
サウンドが違うなどとエラそうに言っときながら、感想としてはイーグルスと同様なところになってしまう。
聴きやすくいい曲ばかりだが、繰り返し聴きたくなるかと言われると非常に微妙。
一軍登録から抹消するようなこともしないと思うが、先発ローテーション入りするのかどうか、現時点では断言できない・・といった低迷するダメ球団の監督みたいなコメントしか出てこない。

個人的には、この人はやはりしっとりバラードよりは軽快なロックで力を発揮するミュージシャンだと思っている。
なのでドン・ヘンリーとどちらが好きかは意見が割れると思う。
ドン・ヘンリーの神経質な世界観や哀愁に満ちたボーカルのほうが魅力を感じるという人もいるはずである。

グレン・フライは2016年1月に亡くなっている。
死因はリウマチ性関節炎と急性潰瘍性大腸炎、急性肺炎による合併症と発表されたそうだが、日本のニュースでの扱いはそれほど大きなものではなく、テレビで追悼番組が企画されることもなかったと思う。
本国アメリカや地元ロサンゼルスではどうだったんですかね?
なおその後今年になって、グレンに対して適切な治療を行わなかったとして、シンディ未亡人が病院と医師を訴えるという事態になっているらしい。

その後イーグルスとしては、ドン・ヘンリー、ジョー・ウォルシュ、ティモシー・B・シュミットの元メンバーに、カントリーミュージシャンのヴィンス・ギルとグレン・フライの息子ディーコンを加えた5人で全米ツアーを行い、来年はオーストラリアとニュージーランドでの公演も決定しているそうだ。

最近ヴァン・ヘイレンチープ・トリックなど、かつての名門バンドにメンバーの子供が加入してそれなりに活動してる例が増えているが、イーグルスも上記のツアーにドンの息子ウィル・ヘンリーも一時サポート参加するなど、このパターンになりつつある。
ライブでは息子側にも観客側にもやはり多少の緊張感はあるらしいが、名曲の演奏が進むにつれて相互の緊張も解けて大いに盛り上がる・・という共通した現象が起きるようだ。
息子の演奏技量や歌唱力が親父よりもポンコツだと、バンドまるごとダメージを負うため、息子もメンバーもそりゃあ緊張するでしょうね。
イーグルスもなんとかうまくやってもらいたいものだと思います。(上から目線)

というわけで、グレン・フライ「Solo Collection」。
もちろん決して悪い評価ではないのですが、ここからスタジオ盤学習へと発展するかどうかは自分でもわかりません。
イーグルスの作品含め、もうしばらく繰り返し聴いていこうと思います。

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聴いてみた 第146回 ジェフ・ベック その5

久しぶりの聴いてみたシリーズ、今回はこれまた久しぶりのジェフ・ベック
ロンドンにあるライブハウス「ロニー・スコッツ・ジャズ・クラブ」で2008年11月に行われたライブを収録したアルバムで、原題は「Performing This Week: Live at Ronnie Scott’s Jazz」。
モンスリー師匠のおすすめに従って聴くことにした。

Ronnie_scotts

ベックのライブ盤を聴くのは初めてである。
BBAや他のミュージシャンも参加したライブイベントでの演奏は聴いたことはあるが、ジェフ・ベック名義のライブ盤鑑賞はこれが最初となる。
そもそもスタジオ盤も大して聴いてないのにライブなど楽しめるのか不安は当然あるが、先日ベック本も読んだりして多少ベック学習に意欲がわいてきたところだったので、聴いてみることにした。

セットリストはベックの長年のキャリアのあちこちから集められており、新旧のファンを飽きさせない内容となっているそうだ。
果たして自分のような素人にも寛容なライブなのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

収録曲は以下のとおり。

1. Beck's Bolero
2. Eternity's Breath
3. Stratus
4. Cause We've Ended As Lovers
5. Behind The Veil
6. You Never Know
7. Nadia
8. Blast From The East
9. Led Boots
10. Angels (Footsteps)
11. Scatterbrain
12. Goodbye Pork Pie Hat / Bush With The Blues
13. Space Boogie
14. Big Block
15. A Day In The Life
16. Where Were You

基本的にはボーカル曲はなし。
この時のライブはゲストの歌うボーカル曲やクラプトンとの競演もあったそうだが、このCDには収録されておらず、インスト曲のみの構成となっている。
「Beck's Bolero」「Led Boots」といったスタジオ盤で聴き慣れた曲が登場するとやはり安心する。
このあたりはわりとスタジオ盤の音を丁寧に再現しているように聞こえた。

時代ごとの名曲をとりそろえたというセットリストだが、それぞれの曲の雰囲気はかなり違う。
ロックありレゲエありフュージョンありジャズありブルースあり。
ベックが長いキャリアの過程で様々なジャンルに傾倒していたことが、この16曲だけでもわかる気がする。
そもそもベックにそれほどなじんでもいないし、知ってる曲のほうが少ないが、退屈とか拒絶といったマイナスな感情は全くなかった。
バラエティに富んだ名演であることは間違いない。

この時のバンドメンバーは以下のみなさんである。
・タル・ウィルケンフェルド(B)
・ヴィニー・カリウタ(D)
・ジェイソン・リベロ(K)

いずれも自分は全然知らない人たちだが、ベックのバンドメンバーとしてはおなじみの面々だそうだ。
ベースのタルさんは当時21歳という超若い(言い方がおっさん)オーストラリア出身の女性ベーシスト。
ヴィニー・カリウタは様々なミュージシャンのサポートを務めており、ビリー・ジョエルの「ザ・ブリッジ」やデュランの「ザ・ウェディング・アルバム」などの参加実績を持ち、松任谷由実や中島みゆきなど日本人アーチストの曲でも演奏したことがあるとのこと。
「Blast From The East」の後半でそのカリウタさんのドラムソロがあるが、メンバー個人の目立ったソロパートはここくらいだったと思う。

期待して聴いたのはやはり「A Day In The Life」である。
この曲は本家ビートルズはもちろんライブで披露していないし、BBCでは放送禁止にもなったりしており、歌い継がれる名曲という趣きではない。
あまりカバーもされていないと思うので、ライブでこの曲を演奏したことがあるのは世界中でもベックくらいなんじゃないだろうか。
なんでこの曲を選んだんですかね?

で、ベックはこの曲をどう表現するのだろう・・と思って聴いてみたが、ボーカルの旋律をわりと丁寧にギターでたどっている。
ただしジョンの部分はボーカルのけだるい雰囲気をおおむね忠実にギターで再現していたが、ポールの部分は結構ベックの好きな音に引っ張っていたように聞こえた。
ポールのボーカル部分の独特な行き急ぐリズムにもあまり合わせておらず、そこだけ切り取って聞かされたら1回では「A Day In The Life」だと気づかないかもしれない。
大幅なアレンジもないが、単なる譜面どおりの演奏でもない、ベックならではの絶妙なカバーだと思う。

なおこのライブ盤は2014年にCD2枚組+DVD2枚組限定盤が再発され、音源も映像も追加されているようだ。
ゲストの歌うボーカル曲やクラプトンとの競演の他、映像には客席にいたロバート・プラントやジミー・ペイジの姿も収録されており、さらに充実した内容となっているらしい。

そんなわけであちこちのサイトに「やはりこのライブは映像で楽しむべきだ」という意見が書いてあったので、You Tubeでいくつか探して見てみた。
音だけ聴いていてもそれほど大きな会場ではないんだろうなと思っていたが、やはり客席とステージの距離はビルボード東京並みに近い。
サングラス姿のベックはこの時63歳だが、やはり若く見える。
何よりバックの3人との演奏を心から楽しんでいるのがわかるような表情だ。

さて男子注目のタル・ウィルケンフェルド。
このライブ以外の競演も含めて映像を見たが、ジェフ・ベックという大スターの横でベースを奏でるという、貧血起こしそうなプレッシャー・・なんか全っ然感じていないようなゆるやかな雰囲気。
多くの男性が「ベースのボディに片胸乗せて弦を弾く姿がたまらない」といったコメントを残してますけど、まあ同感ですわね。
ご指摘どおり見た目は確かに若くてセクシーな女性だが、演奏はもちろん体の中心でリズムをとる様子とか、ベックやメンバーに時々向ける視線など、存在感は完全にベテランの領域であると思う。
個人的には映像から受ける印象は大坂なおみに似てるように感じた。
ほわっとした力の抜けた表情でワールドクラスのすごいことをやってのける・・といったあたりが大坂なおみのようだ・・と思ったんですけどね。
まあこの時のタルさんの髪形も大坂なおみに似てたというのもあるが。

すでにこのライブから10年経過したことになるが、ベックの活動は今も変わらず積極的に続いている。
クラプトンはベックと競演しペイジは客席で見物という当時の状況は、3大スーパーギタリストの未来をそのまま投影していたようだ。

そんなわけでジェフ・ベックのライブ盤「Performing This Week: Live at Ronnie Scott’s Jazz」。
これはかなり良かったです。
もともとライブ音源をそれほど好まないほうで、しかもスタジオ盤ですら聴き慣れていないベックの作品でしたが、ベックの躍動感やバックバンドとの調和など、聴かせるポイントは随所にありました。
機会があれば追加音源や映像も鑑賞してみたいと思います。
その前にスタジオ盤の学習もしなければいけませんが・・・

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聴いてない 第243回 クリス・デ・バー

長くこんな珍奇BLOGをやってると、時々発覚するのが「本国(主に英米)と日本での人気に差があり過ぎる人」である。
今日採り上げるクリス・デ・バーもおそらくはそんな人ではないかと思われる。

クリス・デ・バー、聴いてない度は2。
1986年の「The Lady in Red」が唯一聴いている曲である。
この曲は全英1位・全米3位を記録し、映画「ワーキング・ガール」や日本のテレビドラマ「HOTEL」などに使われたそうだが、その話は全然知らなかった。
というかクリス・デ・バーについてはこの曲以外の情報は一切ない。
クリス・レアとの区別も全く自信がない状態である。

「The Lady in Red」は「サンスイ・ベストリクエスト」ではなく、たぶん「クロスオーバー・イレブン」で録音したと思う。
アルバムは聴いておらず、雑誌で記事を見かけたこともないため、顔もよく知らない。
自分にとっての洋楽三大講師である柏村武昭・小林克也・東郷かおる子のいずれからも、クリス・デ・バーに関する情報を一切教えてもらえなかった。
自分の場合、80年代当時にこの三講師から情報が得られていないと、結局今に至るまで情報量はほぼゼロなのである。
生涯初のクリス・デ・バー検索で得られた情報アジェンダをレジュメにしてお配りします。

・・・ところが出だしから衝撃の情報に遭遇。
調査のため真っ先にウィキペディア日本語版を見たら、「ジャンル:プログレッシブ・ロック アート・ロック ソフトロック ポップ・ロック」とあるけど、本当?
今までプログレについて様々な情報にふれてきたが、クリス・デ・バーがプログレの人だと書いている文章には出会ったことがない・・
あとプログレの他にアートやソフトやポップといったジャンル横断してるみたいですけど、そうなの?

謎は深まる一方の中、血を吐きながら続ける悲しいマラソン検索を進める。
クリス・デ・バーはアイルランドの人気歌手だが、国籍はイギリス。
税金はどっちに納めてるんですかね?
1948年アルゼンチン生まれ(ブラジル生まれと書いてあるサイトもあり)、本名はクリストファー・ジョン・デイヴィソン。
外交官の父の仕事により幼少期をマルタ・ザイール・ナイジェリアなどで過ごす。
アイルランドの首都ダブリンにあるトリニティ大学で学位を取得。
卒業後はイギリスに渡り、ミュージシャンとしての活動を開始。
「デ・バー」は英国王室の家系である母方の姓で、これを芸名に使用。

デビューは74年頃で、スーパートランプのツアーにサポート参加などもしたが、個人としてはなかなかヒット曲が出ず、長く下積み生活を送る。
82年のアルバム「The Getaway」でようやく全英30位を記録し、続く84年「Man on the Line」で全英11位を獲得した。
なお「The Getaway」は日本で初めて発売されたクリス・デ・バーのアルバムでもある。

86年シングル「The Lady in Red」が英米で大ヒット(イギリスで1位、アメリカ3位)し、アルバム「Into the Light」も全英2位を記録。
「The Lady in Red」は「ワーキング・ガール」の他、「ドッジボール」「ベイビーママ」という映画にも使われた。
このアルバムの9曲目「For Rosanna」で歌われた長女ロザンナは、後の2003年ミス・ワールドで優勝するという親孝行娘である。

88年にアルバム「Flying Colours」を発表。
しかし前作ほどの成績は残せず、結果的にここからセールスとしては下降に向かう。
89年には初めてにして今のところ唯一の日本公演が渋谷公会堂で行われた。
90年に初のライブアルバムを発表。
音源は地元ダブリンのコンサートで、日本公演の音は使われていない。

この後アルバムはベスト盤やライブやコンピレーションといった企画ものが増えていく。
全英トップ100位入りシングルは、今のところ99年の「When I Think Of You」が最後で、以降は出ていない。
94年のアルバム「This Way Up」にはアルバート・ハモンドが作曲した2曲が収録された。

2000年以降もコンスタントにアルバムをリリースしており、活動は継続中。
今年の夏もハイデルベルクやドルトムントなどドイツの各都市を巡るツアーが行われている。

例によってことごとく知らない話だった。
イギリス国籍でアイルランド中心に活動というのも初めて知りました。
なんか勝手にイタリアとかスペインとか南欧系の人なのかと思ってましたけど、違うようです。

日本公演は一度きりで、日本盤アルバムもほとんど廃盤らしいので、レコード会社も事務所も日本をマーケットとすることに関しては全然チカラが入らなかったと思われる。
なんでだろう?
「The Lady in Red」はおだやかで美しい曲だけど、当時のナウいジャパンのヤングが好んで聴いてたチャラい洋楽とは雰囲気がだいぶ異なるし、その後のクリスの曲がグランジ台頭にも合致したとも思えないので、戦略としては正解だったのかもしれないが。
アルバムはコンピ盤も含めると20枚以上あるようだが、この中のどれがプログレなんだろうか?

それでも「The Lady in Red」は名曲ではあると思う。
ゆるやかな旋律に愛情あふれる歌詞は、妻のダイアナが赤い服を着ていたのを見て作ったという話。
この曲はやはり夜が似合う。

もちろんクリス・デ・バーは全部こんな感じの曲だということではなく、ハードなロック・ナンバーからAORまでいろいろあるようだ。
アップテンポでシャウトする曲はあんまし評判よくないみたいですけど。

というわけで、クリス・デ・バー。
相変わらず失礼な問いかけで申し訳ないですが、聴いてた人っています?
アルバムを全部聴いてるよなんていう人は相当深いファンではないかと思いますが・・
日本盤は大半が廃盤らしいので、中古も含めてCDが店頭で売ってるのかもわかりませんけど、おすすめのアルバムがあれば教えていただけたらと思います。

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聴いてない 第242回 バーブラ・ストライサンド

女性シンガーシリーズ、キム・ワイルドの次はバーブラ・ストライサンド。
自分のような万年初心者にしては極めて高尚なチョイスですけど。
女優としても有名だが、キャリアは歌手が先でアルバムも60枚以上発表してるそうなので、歌手として採り上げてみました。
バーブラなのかバーバラなのか、はたまたストライザンドなのかサンドなのか、ずうっと適当に覚えてましたけど、バーブラ・ストライサンドでいいそうです。

バーブラ・ストライサンド、聴いてない度は意外にも3。
80年の「Woman in Love」、81年の「Comin' In and Out of Your Life(愛のラストシーン)」の2曲を柏村武昭の案内により録音している。
バリー・ギブとのデュエット「Guilty」も大ヒットしたらしいが、これは聴いていない。
また当然ながら出演映画も全然見ていない。

実は女優でもあることを知ったのはこの2曲を録音した後である。
ロックやポップスというジャンルで長年活躍してきた人ではないとは思うが、録音した当時はFMでもよくかかっており、FMステーションに音楽記事が掲載されたこともあった。
本人の意向は不明だが、当時の日本ではレコード会社や音楽メディアもわりとバーブラ・ストライサンドを抵抗なく若者向けに発信していた気がする。
なので同世代の方であれば、映画は見ていないけど歌は知ってる、という人も多いのではないかと思う。

自分の実績は上記2曲という毎度のことながら頼りない状態である。
女優で歌手、大物、ユダヤ人という超基礎情報しか知らず、アルバムはもちろん聴いてない。
ネットで略歴を調べてみたが、ウィキペディア日本語版はかなり詳しい一方、他に詳しく書いてあるサイトはあまり見つからなかった。
今回はだらだら書かず、箇条書きでまとめてみました。

・本名はバーバラ・ジョアン・ストライサンド
・1942年4月24日ニューヨーク生まれ
・ユダヤ系ロシア人家系に育つ
・10代で歌手デビュー、女優としても活動
・下積み時代に芸名としてバーブラ・ストライサンドを名乗る
・1963年のファーストアルバム「The Barbra Streisand Album」でグラミー賞受賞
・1973年公開の映画「追憶」に出演、主題歌も歌いアカデミー賞受賞
・エミー賞、トニー賞も受賞経験あり
・ヒット曲は以下のとおり
 「People」(1964年)
「Stoney End」(1971年)
「The Way We Were(追憶)」(1974年)
「Love Theme from 'A Star is Born'(Evergreen)(スター誕生 愛のテーマ)」(1977年)
「Woman in Love」(1980年)
・ヒットしたデュエット曲
「You Don't Bring Me Flowers(愛のたそがれ)」 (ニール・ダイアモンドとのデュエット、1978年)
「No More Tears (Enough is Enough)」 (ドナ・サマーとのデュエット、1979年)
「Guilty」 (バリー・ギブとのデュエット、1981年)
・映画監督、プロデューサー、作曲家、脚本家の顔も持つ
・民主党支持者
・日本公演はまだ一度も行われていない

結局箇条書きでもだらだら書いてしまったが、やっぱり歌手・女優として長年活動してきたすごい人であることは間違いない。
しかもこの人の場合ただ活動するだけでなく、輝かしい実績が伴う豊かな活躍である。
1960年代から70年代・80年代・90年代・2000年代・2010年代でそれぞれアルバム全米1位を獲得しており、この記録はバーブラ・ストライサンドだけのものだそうだ。
また1位となったアルバムは10枚もあり、この記録も女性歌手としてトップだそうだ。

ロック・ミュージシャンとの競演や楽曲参加も多く、79年のアルバム「Wet」ではドナ・サマーとのデュエット「No More Tears (Enough is Enough)」を収録し、TOTOのメンバー(ジェフ・ポーカロ、デビッド・ハンゲイト、スティーブ・ルカサー、ボビー・キンボール)、デビッド・フォスターやラリー・カールトンらも参加。
84年の「Emotion」にもジョン・メレンキャンプの作品があり、ドン・フェルダーやスティーブ・ルカサーがギターで参加している。

すでに76歳を超えているが、今なお現役で活動中であり、年内に「Walls」というアルバムも発売予定。
ジョン・レノンの「Imagine」をカバーし、トランプ大統領に向けたメッセージソング「Don't Lie To Me」も収録されているとのこと。

実力は今さら自分みたいな素人が評価する必要もないだろう。
2曲しか聴いてないけど、歌唱力は確かなものだと極東の偏差値の低い学生でもはっきりわかったのだった。
ちなみに「Woman In Love」はバリー&ロビンのギブ兄弟の作品だそうだ。

個人的には顔もわりと好きなほうである。
本国では大きな鼻をイジられることも多いらしいが、実は目元や口元が高校の同級生のすみれちゃんに似ていて、すみれちゃんは顔も性格もすごくよくて好きだったので、つられてバーブラ・ストライサンド(の顔)も気に入ってたのだ。
天下の大女優に対して非常に失礼な話ですけど。

たぶん80年代後半だったと思うが、深夜のテレビでバーブラ・ストライサンドが出ていた映画を見た記憶がある。
全編通して見ていなかったので映画のタイトルもストーリーも不明だが、バーブラは確かストリッパーとかダンサーみたいな役で、シェリー・カーリーみたいな下着姿で、部屋で男と話し込むシーンだった。
この時もテレビ画面に映るバーブラの顔を見て「かわいいな」と感じたことを覚えている。(場内騒然)

なおネットで検索してて引っかかった情報だが、バラの品種に「バーブラ・ストライサンド」というのがあるらしい。
「多彩な才能で活躍したオスカー女優の名をもつ香り高く美しい魅力種」なんてアオリが書いてあります。

というわけで、バーブラ・ストライサンド。
やはり「Guilty」はアルバム・シングルとも聴いておかねばならない名盤なんでしょうね。
無難にベスト盤という選択肢もあるとは思いますが、TOTOの4人が参加してる「Wet」や、新作「Walls」も少し気になるところです。
日本での人気がどうなのか全然見当もつきませんが、おすすめのアルバムがあれば教えていただけたらと思います。

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