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聴いてない 第339回 ザ・ジェッツ

ナイン・インチ・ネイルズの回でも告白したが、今日採り上げるザ・ジェッツも「聴いてない上に勝手に方向性やイメージを勘違いしていたアーチスト」に該当する。
なぜ間違えたのか定かではないが、グループの概要からヒット曲に至るまで不正確な情報で記憶してしまっていた。
以下はその勝手で不正確なジェッツ情報である。
(誤)黒人の男女混声グループ
(正)トンガ系アメリカ人のファミリーグループ
(誤)70年代にはすでにデビューしていた
(正)デビューは1985年
(誤)ヒット曲「You Got It All」はオールディーズのカバー
(正)ヒット曲「You Got It All」はルパート・ホルムズの作品で85年リリース

自分の場合勘違いはよくあるが(言い訳)、ジェッツに関してはなんか非常にタチの悪い具体的な勘違いである。
知ったかぶりしてFROCKLとかでジェッツ誤情報をまき散らさないでホントよかったと思う。
「You Got It All」しか聴いてないので聴いてない度は2。
この曲がルパート・ホルムズの作品だと今回初めて知ったという有様である。

贖罪の意味も込めてザ・ジェッツの正確な情報を綿密に調査。
ザ・ジェッツはミネソタ州出身のトンガ系アメリカ人のファミリーバンド。
ウルフグラム家の兄弟姉妹8人(リロイ、エディ、ユージン、ハイニ、ルディ、キャシー、エリザベス、モアナ)で構成され、77年にファミリーバンドとして活動を開始した。
兄弟全員でグループ結成・・かと思ったら、17人兄弟の中で8人が参加だそうだ。
残りの兄弟であともう1グループできそう・・
ちなみにイギリスのロカビリーバンドにもザ・ジェッツというグループが存在するそうです。

で、兄弟グループのザ・ジェッツ。
父親はポリネシアンダンサー、母は俳優や音楽活動をしており、家族でファミリーバンドを結成した。
当初はハワイアンやポリネシア文化的なパフォーマンスをやっていたが、興行場所のホテルからいわゆるヒットチャート的な流行歌をやるよう指示され、方向転換。
子供たちだけでバンドを組み、名前はテレビのブランド名にちなんでクエーサーとした。

その後マネージャーの発案でエルトン・ジョンの曲「Bennie And The Jets」からザ・ジェッツに改名。
ジェッツはミネアポリスのナイトクラブやバーで2年ほど活動し、少しずつ知名度が上がってきた頃、たまたまモータウンで働いていた人に発見され、レコードデビューのチャンスをつかむことになる。

85年10月14日にMCAレコードからデビューアルバム「The Jets」がリリースされた。
ファーストシングル「Curiosity」は、ビルボードR&Bシングルチャートで8位に達するヒットとなった。
セカンドシングル「Crush on You」はビルボードホット100で最高3位、R&Bシングルチャートで4位まで上昇。
続く「Private Number」は、ホット100で47位、R&Bチャートで28位だったが、最後のシングル「You Got It All」が、ホット100で3位、R&Bチャートで2位、アダルトコンテンポラリーチャートで1位という快挙を記録した。
要するにデビューアルバムからいきなり4曲がチャートの50位以内にランクインするというびっくり仰天(表現が昭和)な人たちだったのだ。
アルバム「The Jets」も全米チャート21位を記録し、プラチナ認定を受けている。

なおデビュー当時、兄弟はまだ曲制作には参加しておらず、アルバム収録曲の大半はプロデューサーであるジェリー・ナイトとアーロン・ジグマンの作品だった。
冒頭述べたとおり(知らなかったけど)、「You Got It All」がルパート・ホルムズの作品で、また「La-La (Means I Love You)」はフィラデルフィア・ソウルのボーカルグループ「デルフォニックス」のカバーである。

87年に2枚目のスタジオ盤「Magic」を発表。
シングル「Cross My Broken Heart」は全米7位を記録し、エディ・マーフィー主演の映画「ビバリーヒルズ・コップ2」のサウンドトラックにも収録された。
他にも「Make It Real」「Rocket 2 U」がトップ10入りするヒットとなった。
またチャートインはしなかったが、「Anytime」という曲はルパート・ホルムズの作品である。
なおユージンはこのアルバムには参加しておらず、メンバーは7人となっている。

順調だったジェッツだが、89年のアルバム「Believe」から実績は下降し始め、全米107位と大幅に後退。
シングル「You Better Dance」「The Same Love」も残念ながら50位にも届かず、ルパート・ホルムズの作品「Leave It to Me」はシングルカットもされなかった。
低迷の理由はいろいろあっただろうけど、背景としてグランジの台頭は間違いなく影響したと思われる。
モアナはインタビューで「90年代初頭には、ジェッツを雇おうとする人はもういなかった。でもジェッツの音楽性を刷新し、次々と現れる新しいグループと競争するのは困難だった」と語っている。
で、ジェッツはこの後90年に出したベストアルバムを最後にMCAレーベルを離れることになる。

バンドは自身の独立レーベルであるリバティパークレコードを設立。
95年にアルバム「Love People」をリリースするが、あまり話題にならずチャートインもしなかった。
このアルバムではルディがバンドを離れ、アーロン・ワテネという兄弟以外のメンバーが初めて参加している。
以降ジェッツはアルバムをリリースする度にレーベルを変えていく。

97年にシャドウ・マウンテン・レコードからアルバム「Love Will Lead the Way」を発表。
「Love People」を再収録したり、ユートピアの「Love Is the Answer」のカバーも入れてみたが、やはりよい成績は残せなかった。
なおこの年にはブリトニー・スピアーズが「You Got It All」のカバーを録音している。

翌98年には過去の曲の再録+新曲3曲という企画盤「Then & Now」を発売。
メンバーはリロイ、ハイニ、エリザベス、モアナの4兄弟だったが、弟妹のドニー、マリ、ミカ、ナタリアがバックコーラスで参加。
だがせっかく過去の大ヒット曲を収録したにもかかわらず、5万枚しか売れなかった。

21世紀に入るとジェッツとしての活動は停滞気味となる。
2001年と2004年にベスト盤、2006年にアルバム「Versatility」、2007年にライブ盤をリリースするが、バンドはほぼ解散状態にあった。

モアナによれば、解散の原因は「家族よりも音楽業界とビジネスを優先していたこと」だそうだ。
ジェッツは自分たちが犠牲にされ使い捨てにされていると感じ、現実に戻らざるを得なくなり、解散に至ったとのこと。
ジェッツは兄弟の上半分の8人で、その下にまだ9人の幼い兄弟がいたので、弟妹たちのためにジェッツが働かなければならないというプレッシャーは相当なものだったらしい。
ロックバンドにありがちな意見の衝突とか楽屋で殴り合いとかマネージャーの持ち逃げとかとは少し次元が異なる、独特な家庭環境も大きく影響していたと思われる。

再結成は2009年10月。
ハワイのホノルルで行われたMCAレコードのフェスティバルで、ジェッツはオリジナルメンバー7人で登場。
レディ・フォー・ザ・ワールドやアン・ヴォーグらとともにステージに立った。
2014年には過去のヒット曲+新曲6曲のアルバム「Reunited」を発表。

再結成後は全米各地でライブを行うなど円満に見えた兄弟だが、人気が出てくるとやっぱりジェッツを昔の悪いやり方でコントロールしようとするスジの良くない人たちがいたらしい。
デビューから5年ほどの間に全米芸能界のダークな面もイヤというほど見てきたはずのジェッツだが、再結成後もそれを教訓とすることはできなかったようだ。
マネジメントを巡って兄弟の仲は二分され、ジェッツの権利や金銭について兄弟間の訴訟にまで発展。
ただ最終的には兄弟は和解し、互いの方向性や意志を尊重しあうようになった。

現在ジェッツは2つに分裂しており、エディ、キャシー、エリザベス、モアナがジェッツとして活動。
リロイ、ハイニ、ルディが「ザ・ジェッツ・オリジナル・ファミリーバンド」という名で活動しているそうだ。
深刻な決裂ではなさそうだが、元通り再集結も難しそうという状態とのこと。

以上がザ・ジェッツの正しい概要と歴史である。
そもそも知識が大幅に間違っていたので、全て初めて知る話だった。
「You Got It All」がルパート・ホルムズの作品だったことも知らなかった。
ルパート・ホルムズはジェッツのデビューから3枚連続でアルバムに曲を提供しているが、もしかしてこれも80年代洋楽ファンにとってはサービス問題なのだろうか・・?
全然知らなかった・・・

オリジナルメンバーの中で一番若かったモアナ・ウルフグラムは、デビュー当時まだ12歳。
最年長のリロイでも20歳だったので、大半が未成年の子供バンドだった。
稼げるジェッツに目を付けた悪いヤツらがたくさん登場したのだろうが、それでも子供だった兄弟はやはり周りのオトナの言うとおりにせざるを得なかったのだろう。
才能に満ちた仲良し兄弟だったはずが、衝突や訴訟や分裂といった悲しい事態にまで発展したのは気の毒な話である。

というわけで、誤解と反省のグループ、ザ・ジェッツ。
日本で当時どれだけの人たちが聴いていたのか見当もつきませんが、聴くなら当然デビューアルバムでしょうね。
後はルパート・ホルムズの作品も追ってみるのもアリかと思いますが、皆さんの鑑賞履歴も教えていただけたらと思います。

The_jets_album
ザ・ジェッツ Jets
Jets-magic
ザ・ジェッツ Magic
Jet
アースジェット 450mL

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聴いてみた 第187回 ハート

先日大成功に終わったオアシスの日本公演。
あたしは行きませんでしたが、ネットでもマスコミでも夢の再結成をこぞって絶賛するという幸せな展開でなによりです。

だけど。
自分が「Morning Glory?」「Be Here Now」などを喜んで聴いていた30年くらい前は、カート・コバーンの死後も引き続きグランジの暗さがまだしばらく支持されており、高名な音楽評論家ほど「オアシスなんか聴いてるヤツはダサい」「あんなのはビートルズのモノマネ」などといった論調で音楽雑誌などに批判めいた文章を寄せていたのだ(と思う)。
それが30年経って兄弟殴り合わずにホントに日本に来たら、まあこの盛り上がりよう。
ダサいとか言われてたけど、やっぱみんなオアシス好きだったんじゃねえかよ・・・
再結成のニュースをぼんやり眺めながら、そんな歪んだ感想を持ちました。

そんな曲がった自分が今日聴いてみたのはハートのデビューアルバム「Dreamboat Annie」。
相変わらずヒドいフリでオアシスとは何の関係もありませんが、ハートの70年代の作品を初めて聴いてみました。

Dreamboat-annie

鑑賞前に心の友ウィキペディアを中心にハート結成の経緯をおさらい。
ロジャー・フィッシャー(G)とスティーブ・フォッセン(B)が、ドン・ウィルヘルム(K・Vo)とレイ・シェーファー(D)と共に67年頃に作ったジ・アーミーがハートの源流である。
バンドはその後メンバー交代を機にホーカス・ポーカスと改名。
さらに70年から3年ほどホワイト・ハートを名乗り、この間にロジャーの弟マイクとアン・ウィルソンが出会う。
アンとブライアン・ジョンストン(D)、ジョン・ハンナ(K)がカナダでバンドに加入し、ハートとして活動開始。
74年にはアンの妹ナンシーも加わり、バンクーバーを拠点にライブなどを行うようになる。

75年に最初のシングル「How Deep It Goes」を発表するが、あまり注目されなかった。
続くシングル「Magic Man」「Crazy On You」がモントリオールのFM局で流れ始めると人気に火が着き、9月にアルバム「Dreamboat Annie」をリリースする。
直後の10月に行われたロッド・スチュワートのモントリオール公演で、ハートはオープニングアクトに抜擢される。
アルバムは発売後数か月でカナダ全土で3万枚を売り上げ、最終的には20万枚に達しダブル・プラチナに認定された。
売上はゆるやかに上昇したため、カナダのアルバム・チャートにランクインしたのは1年後の76年9月で、10月に最高20位を記録した。(全米は7位)

ハートになる前にはそれなりに下積みはあったものの、新人バンドとしては順調なスタートである。
ウィルソン姉妹はお飾り的存在なのかと思ったら、収録曲のほとんどを姉妹が作っていた。
リーダーはロジャーさんだったかもしれないが、初めから姉妹を中心に活動してきたのは間違いないようだ。

80年代復活後のハートとはおそらくかなり異なるであろう原点アルバム「Dreamboat Annie」。
果たして80年代にまみれた浅薄な自分のハートにはどう響くのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

 1. Magic Man
うなるギターでスタート。
この曲はライブ音源で聴いたことがあったはずだが、あまり覚えていない。
ギターが目立つサウンドは案外シンプル。
アンが当時つきあっていたマイクのことを想って書いた曲とのこと。

2. Dreamboat Annie (Fantasy Child)
アルバムの主題曲で邦題は「夢見るアニー」。
同じ曲が3パターンあるが、これは一番短いバージョン。

3. Crazy On You
これもライブバージョンで聴いている。
イントロはアコースティックギターだが全体はスピーディーなロックで、どこかフォークの香りもする。

4. Soul Of The Sea
波の音とともに始まる静かな曲で、どこかツェッペリンのような雰囲気。
中盤で曲調がプログレっぽく変わり、組曲風になっているが、やや難解な印象。

5. Dreamboat Annie
前の曲につながる形で始まる。
これが3パターンのうちの本編という感じで、バンジョーなどいろいろな楽器の音がする。

6. White Lighting & Wine
ブルース色の辛口なメロディ。
すでにアンのボーカルは確立されており、この曲で一番激しく叫んで歌っている。
どんな曲でもこなせる非凡なシンガーであることがよくわかる。

7. (Love Me Like Music) I'll Be Your Song
比較的おだやかなナンバーで、これもどこかフォークっぽい音がする。
姉妹のコーラスもこの曲が一番よく聞こえる。

8. Sing Child
再びヘビーで重いブルースロック。
途中フルートが混じったりジミー・ペイジ風のギターソロがあったりの構成。
フルートはアンが吹いているそうだ。

9. How Deep It Goes
ハートとしての最初のシングルで、静かに始まる抑えめの曲。
ストリングスやピアノ、フルートの音もするクラシカルなサウンド。

10. Dreamboat Annie (Reprise)
ラストは再び「夢見るアニー」。
このバージョンが一番壮大に聞こえ、エンディングにふさわしい仕上がりとなっている。

聴き終えた。
ロジャーのギターとアンのボーカルが中心であることが伝わる楽曲とサウンドである。
ブルース色の強いロックと、フォーク調のアコースティックなバラードが交互に流れ、多面的で緻密な構成となっている。
若いバンドにありがちな不安定さもなく、完成度の高いデビューアルバムだと思う。

ただし。
ハートを聴いてきた誰もが感じるところだろうが、80年代の復活後のハートとはかなり違う。
全体的に辛口で暗いメロディが多く、自分の好みからもやや遠い。
若い頃に聴いていたらおそらくローテーション入りは難しかっただろう・・というのが正直な感想になる。

元々姉妹がやりたかったのがこの路線で、そのまま80年代に突入してなかなか受けなかったので、プロデューサーにロン・ネヴィソンを起用し、外部のソングライターが作った歌で大ヒットしてバンドは復活・・というのが、よく知られているハートのサクセスストーリー。
復活後は自分みたいな極東の素人リスナーでも聴いたくらい売れたのでよかったじゃんとも思うが、売れる一方でロン・ネヴィソンが推進する産業ロック路線には納得できない面もあった、とアンは発言している。
スティクスジャーニーイエスなど、路線を変更して80年代にめでたく売れたバンドはおそらくどこも同じような話があったと思われる。

ジャケットはハートマークを真ん中に置いた姉妹の背中合わせの写真。
なんとなく昔の少女漫画の付録みたいなかわいらしい雰囲気だが、中身の楽曲やサウンドとはあまり合っていないような気はする。

というわけで、ハートの「Dreamboat Annie」。
秀逸で精緻な楽曲と歌唱・演奏ではありましたが、やはり自分が好きなハートのサウンドとは違ってやや難しい印象でした。
ジャーニーのデビューアルバムを聴いた時の感覚に近いです。
ただ70年代ハートの学習はもう少し必要と感じてはいますので、次の「Little Queen」も聴いてみようと思います。

Dreamboat-annie_s
ハート Dreamboat Annie
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ハート Little Queen
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猪木啓介 兄 私だけが知るアントニオ猪木

 

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