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聴いてない 第317回 ソニック・ユース

暗黒の90年代、自分にとっての音楽情報ソースは主にMTVと「NOW」系オムニバスCDだった。(ダサい)
80年代に頼りにしていたFM番組(サンスイ・ベストリクエストなど)や音楽雑誌(ミュージックライフ・FMステーションなど)から離れ、仕入れる新曲も極端に減少した時代である。
なのでMTVやNOWにあまり登場しなかったインディーズ系バンドなどは、その音源や実態に一切触れることなく過ごしてきた。
ソニック・ユースもそんな暗黒バンドのひとつ。

ソニック・ユース、1曲も聴いておらず、知ってるのは名前だけ。
メンバーの名前も顔もわからないし、そもそも何人組なのかも知らない。
聴いてない度は破竹の1。
ただなぜかアルバムジャケットのいくつかには見覚えがある。
バンド名しか知らないので、今から学習する基礎知識は全て初耳で伸びしろしかないが、取り急ぎソニック・ユースについて調査開始。

ソニック・ユースは1981年に結成されたニューヨーク出身のバンド。
ジャンルとしてはノイズパンク・オルタナ・グランジといった形容をされることが多いらしい。
70年代末にサーストン・ムーア(G・Vo)とキム・ゴードン(B・G・Vo)、アン・デマリニス(K)がニューヨークで結成。
いくつかの名前を経て81年半ばにソニック・ユースに落ち着いた。
その後リー・ラナルド(G・Vo)を誘い、リチャード・エドソン(D)が加入した。(アンはすぐ脱退)

ソニック・ユースはインディーズレーベルのニュートラル・レコードと契約。
81年12月、バンドは5曲をレコーディングし、EP「Sonic Youth」としてリリースされた。
この頃は後の作品とは対照的に、比較的伝統的なポストパンクのスタイルを特徴としていた。
その後リチャード・エドソンは俳優業を志すために脱退。
リチャードは後に俳優として「ストレンジャー・ザン・パラダイス」「プラトーン」などに出演したそうだ。

後任ドラマーとしてボブ・バートが加入したが、82年11月に他のバンドのサポートとしてツアーに同行中、サーストン・ムーアがボブのドラム演奏を批判し続け、結局解雇される。
その後ジム・スクラヴノスがボブの代わりを務め、83年にバンド初のスタジオアルバム「Confusion Is Sex」を発表。
EPよりもさらに音量が大きく不協和音の多いサウンドが特徴的だった。
ソニック・ユースは83年の夏にヨーロッパツアーを組んだが、ジム・スクラヴノスはツアー中に脱退。
仕方なく?バンドはボブ・バートに再加入を要請し、ボブは「ツアー終了後に再びオレを解雇しないように」という条件で同意した。

ソニック・ユースはヨーロッパでは好評だったが、ニューヨークのマスコミは地元のノイズロックシーンをほとんど無視していた。
ニューヨークの新聞社ヴィレッジ・ヴォイスは、ソニック・ユースとビッグ・ブラック、プッシー・ガロアなどのバンドをまとめて「ブタ野郎」というレッテルを貼り、ソニック・ユースのライブを酷評した。
そんな言い方ある?と親戚でもない自分でもそう思うけど、やっぱりアタマに来たキム・ゴードンは新聞社宛てに「地元の音楽シーンを支援していない」と抗議の手紙も送ったが、新聞社は「支援する義務はない」と返答。
サーストン・ムーアも報復として「I Killed Christgau with My Big Fucking Dick」という曲を発表。(Christgauは新聞社の編集者の名前)
数年後には新聞社と和解したそうだけど、80年代初めのニューヨークにはまだソニック・ユースが理解される土壌がなかったらしい。

2度のヨーロッパツアーを終えたソニック・ユースは、ニューヨークでもようやく人気が出始め、地元でのライブを定期的に組めるようになった。
84年にはサーストン・ムーアとキム・ゴードンが結婚。
バンドはアルバム「Bad Moon Rising」をレコーディングした。
強迫観念、狂気、チャールズ・マンソン、ヘヴィメタル、悪魔崇拝など、当時のアメリカのダークな状態をテーマにしており、タイトルはクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの1969年の楽曲「Bad Moon Rising」にちなんで付けられた。
サーストンとリー・ラナルドがステージ上でチューニングの休憩中に時間をつぶすために考え出したつなぎの曲が中心で、曲間にはほとんど隙間がないという妙な構成。
ニューヨークのマスコミはこのアルバムをほとんど無視したが、イギリスでは批評家の称賛を受け、5,000枚を売り上げた。
もっともまだこの時点ではインディーズの領域を出ておらず、アングラな尖ったバンドのひとつに過ぎなかった。

「Bad Moon Rising」リリース後、ボブ・バートは「1年中同じ曲を毎回演奏するのに飽きた」という、ミュージシャンってそもそもそういうもんでしょ的理由で脱退。
ソニック・ユースはドラマーを探し、ライブ演奏を見て演奏に感銘を受けたスティーブ・シェリーを発掘。
オーディションなしでスティーブを雇うことにした。

86年初頭にSSTレーベルと契約し、アルバム「EVOL」を発表する。
大手の音楽メディアもようやくソニック・ユースに注目し始め、「ジミ・ヘンドリックス以来の独創的なギターベースの音楽」などと評され、ニール・ヤングも「EVOL」を名作と評価している。
・・・ニール・ヤングって時々こうしたオルタナやグランジに理解あるレジェンドとして登場するけど、そういう人なの?

この頃ソニック・ユースは当時のメジャーな音楽にもアプローチしている。
バンドはチコーネ・ユースという名でマイク・ワットとコラボレーションした。
チコーネとはあのマドンナの本名(姓)である。
ソニック・ユースがマドンナのファンだったのかノリだったのかは不明だが、チコーネ・ユース名義でマドンナの「Into the Groove 」や「Burning Up」、またロバート・パーマーの「Addicted to Love 」のカバーもしている。

しかしその後ソニック・ユースはレーベルについてさまようことになる。
87年のアルバム「Sister」は6万枚を売り上げ、音楽評論家からは好評だったものの、バンドは金の支払いや管理業務についてSSTに不満を抱くようになった。
そこで次のアルバムをエニグマ・レコードからリリースすることを決め、SSTと決裂。
88年に2枚組LP「Daydream Nation」をエニグマから発表した。

「Daydream Nation」は好評を博し、シングル「Teen Age Riot」は、カレッジロックのラジオ局で何度もオンエアされた最初の曲となり、ビルボードのモダンロックトラックチャートでも20位に達した。
ローリングストーン誌を含む多くのメジャーな音楽雑誌も、「Daydream Nation」を称賛。
だがここでもレーベルによる流通の問題が発生。
エニグマ・レコードはマーケティングやプロモーションについてやはり力が不足していたようで、「Daydream Nation」は店頭で見つけるのが難しいことが多発した。
バンドのエニグマに対する不満は他にもあり、チコーネ・ユース名義でリリースされた実験的アルバム「The Whitey Album」の扱いであった。
エニグマは「The Whitey Album」と「Daydream Nation」を同時にリリースしたいというバンドの提案を拒否しただけでなく、「The Whitey Album」のジャケットにマドンナの顔の拡大写真を使うこと(マドンナ側が許可していたにもかかわらず)も却下したそうだ。
こういうエピソードからすると、ソニック・ユースはホントにマドンナのファンで楽曲も好きだったんだろうなと思う。

インディーズレーベルに限界を感じたサーストン・ムーアはエニグマとも決裂し、ついにメジャーレーベルとの契約を模索し始めることになる。
90年、ソニック・ユースはゲフィンと契約し、アルバム「Goo」をリリースした。
(厳密にはゲフィンの子会社レーベルであるDGCレコードからリリースされており、バンドは多少不満だったらしい)
パブリック・エネミーのチャック・Dがゲスト出演したシングル「Kool Thing」が収録され、音楽雑誌でも「以前の作品よりもはるかに聴きやすい」と高評価を得る。
90年12月までに20万枚以上を売り上げ、最終的にはビルボード200で96位まで上昇した。
96位がそんなにすごい評価なの?とは思うが、当時のバンド史上最高位ではあり、後に90年代初頭のオルタナティブ・ミュージックの商業的躍進に貢献したアルバムとされることになる。
ジャケットはカリフォルニアの芸術家レイモンド・ペティボーンによるイラスト。
描かれているのはイギリスで60年代に起こった連続猟奇殺人事件の共犯者の妹モリーン・ヒンドレーと夫のデヴィッド・スミス。
お笑い芸人永野がパロディTシャツを売っているが、聴いてない自分でも「あれ確かソニック・ユースのジャケットだな」とわかるほど有名なアートだ。

なお翌91年には同じくDGCレーベルからニルヴァーナの「Nevermind」がリリースされ、オルタナティブ・ロックやグランジが全米を席巻していく。
実績で言えばソニック・ユースのほうが少しだけ先に有名になっており、ソニック・ユースは91年にブレイク前夜のニルヴァーナとツアーしたこともあるそうだ。
後輩芸人とされていたニルヴァーナが鬼のような売れ方であっという間にソニック・ユースを追い越していった・・・ということだろうか?

92年、ソニック・ユースは再びDGCレーベルからアルバム「Dirty」をリリース。
94年には「Dirty」の続編にあたる「Experimental Jet Set, Trash and No Star」という長い名のアルバムを発表。
「Dirty」は大音量で濃密なノイズの爆発的なサウンドが特徴だが、続編はより暖かくリラックスした「静かなノイズ」となっているそうだ。
CDの最後の曲「Sweet Shine」が終わってから1分後に、「ボーナスノイズ」として1分半ほど日本人のガソリンスタンド店員の声が収録されているとのこと。
アメリカではビルボード200で34位となり、「Goo」を上回るセールスを記録した。
なお同じく94年にはカーペンターズのトリビュートアルバム「If I Were a Carpenter」で「Superstar」をカバーしている。

95年にはパンクロックから長いジャムベースのアレンジメントへと変化したサウンドのアルバム「Washing Machine」をリリース。
ここからソニック・ユースの活動や作品はさらに実験的要素を帯びていく。
97年から「SYR(Sonic Youth Recordings)」というタイトルでシリーズ化された即興アルバムをリリースし、曲名とライナーノーツはエスペラント語を含む様々な言語で表記された。
SYRシリーズは2011年までに9枚リリースされ、98年の「SYR3:Invito al cielo」には、後に正式なメンバーとなるジム・オルークが参加している。

一方で正規?の活動も並行して継続。
2000年にアルバム「NYC Ghosts & Flowers」をリリースし、パール・ジャムの2000年ツアーの東海岸公演で前座を務めた。
2002年にはジム・オルーク(G・B・K)が正式メンバーとして加入し、アルバム「Murray Street」を発表。
この時期にニューヨークのパンクロックの歴史を扱ったドキュメンタリー映画「Kill Your Idols」の制作にも参加した。(映画は2004年公開)

2004年に通常スタジオ盤「Sonic Nurse」を発表。
ジム・オルークは2006年に日本語と映画の勉強に専念するため脱退し、ツアーのためにベーシストのマーク・アイボールドが代わりに参加。
マークは後に正式なメンバーになった。

2006年にリリースされた「Rather Ripped」は、ジム・オルークの脱退の影響もあり初期のサウンドへの回帰として注目された。
同年12月にはコンピレーションアルバム「The Destroyed Room: B-Sides and Rarities」をリリース。
このアルバムには、以前はレコードでしか入手できなかったトラック、限定リリースのコンピレーションからのトラック、海外シングルのB面、未発表曲などが収録されている。
だがこれがバンドの最後のゲフィンからのリリースとなった。

ソニックユースは過去のアルバムのプロモーション方法に不満を抱き、2008年にゲフィンとの契約を解消する。
その後独立系レーベルのマタドール・レコードと契約し、2009年にアルバム「The Eternal」をリリースした。
これがソニック・ユースのラストアルバムとなる。

2011年10月、キム・ゴードンとサーストン・ムーアは27年間の結婚生活に終止符を打ったと発表。
ソニック・ユースの活動も停滞し、11月14日のブラジルのサンパウロ州で開催されたSWUミュージック&アーツフェスティバルで最後のコンサートを行った。
リー・ラナルドはインタビューで「ソニック・ユースは解散する」と述べ、サーストン・ムーアも解散を表明。
結局キムとサーストンの夫婦仲がバンドの生命線だったことになる。
昨年サーストンのバンド回想録も出版されたが、今のところ再結成はなさそうだ。

そもそも全然知らないバンドなので、知っていた話も全くなし。
90年代になってからのバンドだと思っていたが、81年にはすでに結成されてたことも知らなかった。
オルタナ・パンク・ノイズといったジャンルのようなので、聴けそうな気はほとんどしない。
ただポップスや産業ロック全般を否定してきたわけでもないようで、マドンナやカーペンターズをカバーしていた話にはやや安心。
インディーズからメジャーまでレーベルを変えてきたのも、自分たちのやりたい音楽追求の表れであり、実は頑固で実直な集団なのではないかと思う。

サーストン・ムーアは日本が好きで、日本のアングラな音楽をまめにチェックし、ボアダムスや少年ナイフのメンバーとも交流がある。
来日した際には各地の中古レコード店で大量のレコードやCDを買って帰るそうだ。
偏屈だけど実はいいやつ、という感じだろうか?

というわけで、ソニック・ユース。
どのアルバムも大衆受けを狙っていない楽曲やサウンドだそうなので、80年代産業ロックにまみれた自分はニルヴァーナ同様に玉砕する可能性が非常に高いのですが、そんな高齢初心者でも聴きやすそうなアルバムがあったら教えてください。

Goo

ソニック・ユース GOO

Daydream-nation
ソニック・ユース Daydream Nation
Goo_tshurt

[オソマロ] ソニックユース

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