観てみた ジョン・レノン 失われた週末
滅多に映画を観ない自分ですが、久しぶりに映画館に行ってきました。
「ジョン・レノン 失われた週末」。
ジョンの元恋人であるメイ・パンが語るドキュメンタリーで、公式サイトのアオリには「ヨーコとの『別離』が生んだ奇跡の日々」とあります。
ジョンがヨーコと離れ、私設秘書である中国系アメリカ人メイ・パンと恋仲になり、二人は西海岸などで1年半暮らしていました。
その間に起こった出来事について、メイが「真実」を語る、という映画です。
今回は横浜市内の小さな映画館「シネマ・ジャック&ベティ」で観ました。
ここで観るのは初めてでしたが、日曜午前中の回だったためか、客は10人程度。
ジョン・レノンの映画なので観客は当然高齢者ばかりですが、一人だけ妙齢の女性もいました。
アメリカでは2022年に製作・公開されており、原題は「The Lost Weekend:A Love Story」。
92年に出版されたメイ・パンによる「The Lost Weekend」という本が下地になっており、ジョンの生前の映像や写真を見ながらメイがナレーションで語る形で進行し、メイ自身やジュリアン・レノンのインタビュー映像も何度も流れます。
映像が残っていなかったり、おそらく権利関係で使えないようなシーンでは、簡素なモノクロの線画アニメで表現されます。
なおジョンの曲はほとんど流れず、ビートルズ時代の曲は全く使われていません。
ジョン・レノン関連の書籍や雑誌記事でメイ・パンの一般教養的な情報は知っていたつもりでしたが、ジョンと付き合うよう指示したのがヨーコだったことは初めて知りました。
夫婦仲がおかしくなった時点で別居・・はよくある話ですが、妻が離婚せず夫に愛人を用意するという発想はやはり普通ではありません。
しかも夫は世界一有名なスターであるジョン・レノン。
何が起きても知らないからね的な決断ですが、そんな大胆な方法でもヨーコには勝算があったのでしょう。
ただし期間的な読み違いはあったようで、ヨーコはジョンがメイ・パンに飽きるまでを2週間程度と考えていたそうですが、実際には1年半かかっています。
若いメイは雇い主でもあるヨーコの指令に混乱しますが、やがてジョンのほうから接近し二人は恋仲になる・・という、ヨーコのシナリオ通りだけど安っぽい恋愛映画でも描かないような展開。
それだけでもスゴイ話ですが、メイが言いたかったのは「ジョンとは本当に恋仲にあった。それにその間にいろいろとジョンの人間関係(対ヨーコ以外)についてサポートしたのは私よ」という点。
メイによれば「ジョンと会ったこともないような人たちが、この時期のジョンと周辺について適当なことばかり言ったり書いたりしてきた」ので、「真実を自分が語ります」という決意表明の映画ということになります。
ジョンが前妻との息子ジュリアンに会えるよう取り計らったのがメイであり、実際海で楽しく過ごす親子の映像が流れ、現在もジュリアンはメイに感謝していると述べています。
ジュリアンの母親であるシンシアも、メイのジュリアンへのサポートに感謝していて、亡くなるまでずっとメイと仲良くしていたようです。
ジョンの音楽活動にもメイは献身的に尽くします。
ミュージシャンではないのでそれほど出しゃばったサポートではなかったようですが、コーラスに参加したりクレジットに名前が載ったりしたそうです。
そもそもジョンとヨーコという地球上で一番ハジけたアーティスト夫婦に雇われて信頼されていたメイですから、おそらくは頭の回転が速く、役割を理解し立場をわきまえて行動する、謙虚で有能で仕事のできる女性だったことは間違いありません。
ジョンはこの時期エルトン・ジョンやデビッド・ボウイやアリス・クーパーなど様々なミュージシャンとの交流競演をしており、ジョンはそういう場にもメイを連れていっていました。
若いメイはジョンの友人たちからも評判がよく、みんなのマスコットのようにかわいがられていたようです。
たぶんジョンの友人や周辺の人からすると、年上で眼光鋭いヨーコよりも、若くて愛敬のあるメイのほうが「今度のジョンの彼女、いいじゃん」と感じていたんじゃないかと思います。
映画にはポール・マッカートニーも登場します。
単独のインタビュー映像が少しですがあり、またジョンの西海岸の家にポールとリンダが来た時の状況もアニメとナレーションで紹介しています。
世間では決裂したとされていたジョンとポールが、ジョンの家で違和感なく楽しそうに話したりセッションする姿に感動したメイ。
メイのインタビューや、メイが撮影した二人の写真からも、メイの興奮が伝わってきます。
ジョンに「またポールと曲を作ったりするのはどうかな?」と聞かれたメイは「最高じゃない!」と賛同します。
このエピソードは以前テレビで見たメイのインタビュー映像にもありました。
映画では結末は紹介されませんでしたが、ジョンはヨーコのもとに戻った後も同じ相談をヨーコにしたそうです。
しかしヨーコの回答は「必要ない」。
メイの話が事実であれば、レノン=マッカートニー復活を却下したのはやはりヨーコであったということになります。
楽しかったジョンとメイの生活も1年半で終了します。
二人の仲は大きな衝突があって崩壊したわけでもなく、ジョンが「ちょっと行ってくる」といった感じで出かけていった先が実はヨーコのいる家だったそうです。
ジョンとメイは西海岸に家を買う相談までしてたそうなので、メイにしてみれば「なんで?」という話です。
ヨーコのもとに戻ったあとも、ジョンとメイとは何度か会っていたそうですが、結局は都合のいい女に格下げされてしまった状態。
ジョンはその後主夫生活を経て凶弾に倒れますが、デビッド・ボウイなど多くのジョンの友人たちがメイ・パンを心配して支えたそうです。
こういう話からも、メイの愛される人柄がわかる気がします。
エンディングはビジュアルも(たぶん)性格もかなり丸くなった現在のメイの映像。
メイがインタビューに答えていると横からジュリアンも登場し、二人は仲良く寄り添いながら街を歩いて去っていくところで映画は終わります。
当たり前かもしれませんが、メイ・パンは時代や年齢ごとに顔つきや雰囲気が全然違います。
今の姿をキャプションなしで見せられたらメイ・パンだとはわからないくらい変化していました。
大きなお世話ですが・・・
メイ・パンが語る映画なので、やはりヨーコが悪役の扱いで描かれます。
愛人になれとメイにムチャな命令したのも、勝手?にジョンを取り戻したのもヨーコ。
ジョンとジュリアンを会わせないようにしたのも、ジョンがポールと曲作りするのを潰したのもヨーコ。
少なくとも映画の中でメイが「ジョンとの素敵な時間を与えてくれてありがとう」みたいな感謝をヨーコに向ける発言は全くありません。
映画にはヨーコの昔のインタビュー映像もありましたが、こんな悪役扱いの映画にヨーコ側がよく映像使用を許諾したなと不思議でした。
ヨーコの映像の権利を誰が持ってるのかはわかりませんけど・・・
ヨーコが公開前にこの映画のチェックをしたのかどうかも不明ですし、最近のヨーコは認知症が進んでまともな判断ができていないのではないかとも思いましたが、ヨーコにだって当然言い分はあるわけで、この映画だけで判断されても不本意だと思われます。
単純にメイに感情移入すれば、悪役ヨーコと認定することは簡単ですが、自分が感じたのはヨーコの持つ壮大な構想でした。
音楽の才能は世界一、だけど人間関係においてはデタラメで穴だらけのしょーもない夫ジョン。
でもこのままこの男を潰すのはヨーコ自身も含めて人類にとって損失だとわかっていたのでしょう。
ダサい表現をすれば、ジョンの行動全てはヨーコの「手のひらの中」だったわけですが、自分が思い浮かべた言葉は「治療」でした。
愛人指令も主夫生活もポールとの活動却下も、全てはヨーコによる壮大なジョン・レノンの「治療」だったと思います。
ファンや周囲の評価など全く気にせず、「こうしないとあの人はダメになる」と信じてジョンを動かしてきた、これこそが誰もやらなかったヨーコ流の「治療」であり、ジョンはヨーコの「治療」によって更生できた・・はずでした。
たださすがのヨーコも、更生したジョンが目の前で命を落とすことになるとは予想していなかったはずです。
「治療」は成功したのにジョンは亡くなってしまった。
ヨーコの心中を思うと、やはり悪役として片づけることもできないという感覚になります。
というわけで、「ジョン・レノン 失われた週末」。
初めて知るメイ・パンの「真実」告白という意味では勉強になりました。
ただ制作過程を考えると仕方のない話ですが、ジョンの歌もあまりなく、過去の映像や写真の切り貼りの連続なので、「もう少し長くこのシーンが見たい・・」という場面ばかりで、その点は若干フラストレーションがたまる映画です。
日本では現在芸能人や著名人の行動について、世間の目が必要以上に厳しい傾向にあり、過去の不適切な行為が仕事を断絶するほどの事態に発展する事例が相次いでいる状況です。
今の日本なら炎上間違いなしのジョン・レノン(とメイ・パン)ですが、いろいろな意味で複雑な感覚を覚えた映画でした。
![]() |
![]() |
John Lennon: "The Lost Weekend" |
![]() |
ジョン・レノン 失われた週末 |
最近のコメント