聴いてみた 第168回 ポール・マッカートニー その5
ポール・マッカートニーの70年代作品をようやく聴き終えて、ジョン・レノン学習に移行するほど安心慢心していたのだが、ほんならポールの80年代作品は全部聴いたんかワレと言われると、やはりそうでもない。
80年代のアルバム6作品のうち、聴いたのは実は半分だけ。
「Tug of War」「Press to Play」「Flowers in the Dirt」は聴いていない。
もっと言うと90年代以降は全く聴いてないので、本来はもう少し深刻に考えねばならない状況である。
そこで衆議院選挙開票前に少しでも前進しようと思い立ち、まずは「Tug of War」を聴くことを決意。(遅い)
「Tug of War」は82年発表で、ジョン・レノンの死後初めてリリースされたポールのアルバムでもある。
シングル「Take It Away」「Ebony and Ivory」は柏村武昭の指導により誠実にエアチェックしており、なぜアルバムを聴かなかったのか明確な理由は不明。
たぶんレコードを借りるカネがなかったんだろう。
聴く前に発表の経緯を調べてみた。
まず最初に軽い衝撃。
あまりよく知らなかったのだが、前作「McCartney II」発表時点でウィングスは解散していた・・わけではないようだ。
ふーん・・・
なんとなくウィングスが解散したからソロアルバム「McCartney II」が出たんやろなと勝手に思っていたが、そうでもなかったのね。
「II」はソロとしてリリースされたが、次のアルバムを作るにあたり、ポールはまず80年8月頃までは一人で曲を作って録音し、その後リンダとデニー・レインを招集している。
この段階ではウィングスとしてのリハーサルだったので、このまま進行すればウィングス名義のアルバムができた可能性もあったはずだ。
さらに初めて知ったのだが、この頃録音した曲が「Tug of War」と「Pipes of Peace」に収録されたという話。
2枚のアルバムはほぼ同時に制作されていたことになる。
80年12月にはジョージ・マーティンのスタジオで「Ballroom Dancing」「Keep Under Cover」などの録音を開始した。
ところが80年12月8日、ジョン・レノンがニューヨークで死亡。
ロンドンにいたポールのもとに訃報が届いたのは翌日朝だった。
ポールはなんとか「Tug of War」「Ballroom Dancing」「Take It Away」「Wanderlust」などのデモ制作・録音を続けるが、動揺するポールを見ておそらくジョージ・マーティンも「これはムリだ」と感じたのだろう、いったんレコーディング作業は中断する。
レコーディングを再開したのは翌年2月になってからであった。
ロンドンを離れ、カリブ海のイギリス領モントセラト島にあるAIRスタジオでセッションを再開。
1か月の間にスタンリー・クラーク、スティーヴ・ガッド、リンゴ・スター、カール・パーキンス、スティービー・ワンダーといった大物芸人が入れ替わりで参加した。
ロカビリー界の大御所カール・パーキンスはポールやビートルズのメンバーにとって憧れの存在で、ビートルズの「Matchbox」「Honey Don't」はカールの作品のカバー。
しかも当時ビートルズが「Matchbox」を録音中のスタジオに、カール本人が激励に訪れたという話もあるそうだ。
「Tug of War」制作にあたり、ポールがカール・パーキンスに参加を依頼。
カールは快諾し、すぐに一人で飛行機に乗ってモントセラト島入りした。
カールが作った曲をポールとリンダに聴かせたところ、歌詞の中に偶然ジョンが最後にポールに向けた「Think of me every now and then, my old friend」という言葉が入っていて、ポールは激しく動揺。(動揺ではなく「感動」と書いているサイトもあり)
ポールは震えながら部屋を出て行ってしまい、リンダがカールに事情を説明したという話が残っている。
スティービー・ワンダーもポールからのアプローチにより参加が実現。
スティービーがモントセラト島に滞在したのは1週間程度だったが、録音はスムーズに進行。
「ポールはギターに頼らない曲作りをするのが特徴」とスティービーは発言している。
キーボードで作曲・演奏するスティービーにとって、ポールはおそらくいっしょに仕事がやりやすいミュージシャンなのだろう。
3月にはロンドンに戻ってレコーディングを続けたが、デニーがポールとの口論をきっかけにスタジオに来なくなり、入れ替わりでエリック・スチュワートが参加するようになる。
結局デニーは戻ってこないまま4月末でウィングスを脱退。
「Tug of War」がポールのソロアルバムになるという点について、デニーは不満だったらしい。
デニーは「Tug Of War」もてっきりウィングス名義で発表するんやろ印税入るしツアーも行くしと喜んでレコーディングしてたのに、ポールのソロ作品として出すと決まったので相当がっかりしたそうだ。
ソロ作品とするのを強く推したのはジョージ・マーティンだそうだが・・・
デニー・レインという人は実は金遣いがかなり荒く、当時ウィングス停滞によりおカネに少し困っていたという話もある。
ちなみにデニーさん、ウィングス脱退後に一度破産してるそうです。
デニー脱退直後の5月にはマイケル・ジャクソンが登場し、「Say Say Say」「The Man」を録音している。
このとおり「Tug of War」と「Pipes of Peace」の各曲録音はほぼ同時進行だったが、ポールがどちらのアルバムにどの曲を収録すべきか悩んだり録音し直したりしたため、「Tug of War」は当初の予定よりも大幅に遅れて82年4月にようやくリリースとなる。
こうしてジョンの死やデニーの脱退という厳しい出来事を乗り越え、多くの大物ミュージシャンの協力も得て完成した「Tug of War」。
果たして極東の引きこもり中高年の自分にはどう響くのでしょうか。
・・・・・聴いてみた。
1.Tug of War
イントロに綱引きをする人々の掛け声や実況が入り、おだやかに曲がスタート。
中盤は様々な楽器やコーラスが加わり、ポールらしい構成。
やや騒々しい感じだが、壮大に終わる。
ベスト盤「夢の翼」に収録されていたはずだが、全然覚えていなかった。
2.Take It Away
この曲はリアルタイムでエアチェックしている。
軽快でコーラスも厚く、ウィングスの雰囲気を再現したサウンド。
リンダやエリック・スチュワートがコーラスで参加し、ドラムはリンゴとスティーブ・ガッド。
3.Somebody Who Cares
アコースティックギターで始まる静かな曲。
マラカスやケーナ?のような中南米風の音が聞こえる。
4.What's That You're Doing?
スティービー・ワンダーとのデュエットだが、これは初めて聴く。
ファンクでソウルフルな曲調はスティービー・ワンダー色が濃く、むしろポールがボーカルで参加といった感じ。
スティービーはシンセサイザーも弾いている。
5.Here Today
ジョンへ語りかける追悼歌。
アコギとストリングスは「Yesterday」に似ているという評価だが、確かにその通りだ。
ジョンの死後初めて出すアルバムにあって追悼歌となれば、もっと話題になってもよさそうだが、シングル化もされずベスト盤にも収録されていない。
ただ21世紀になってからポールはコンサートでこの曲を歌い始め、今もほぼセットリスト入りする扱いになっているそうだ。
6.Ballroom Dancing
LPではここからB面。
ポールらしいシャウトとしゃべりが聴ける。
どこかで聴いたことがあると思ったら、「ヤァ!ブロード・ストリート(Give My Regards to Broad Street)」でセルフカバーされていた。
7.The Pound Is Sinking
少し辛口なサウンド。
イントロとエンディングにコインの音が流れる通り、ポンドの下落や他の国の通貨との対比を歌っているとのこと。
8.Wanderlust
スローだが力強く壮大なメロディで、ドラムはリンゴ。
ホーンが効果的に使われている。
この曲も「Ballroom Dancing」と同様に「ヤァ!ブロード・ストリート」でセルフカバーされているので、ポールは気に入っているのだろう。
タイトルはなじみのない英単語だが、かつてポールがレコーディングで訪れたヴァージン諸島で宿泊用に使ったヨットの名前で、旅・放浪・航海といった意味らしい。
9.Get It
はじけるギターが印象的な、カール・パーキンスとのデュエット。
エンディングはカールの意外に長い笑い声が入っており、終わらないうちに次の曲に続く。
10.Be What You See (Link)
30秒ほどの短い曲で、前後の曲とつながっている。
11.Dress Me Up as a Robber
リズムはディスコっぽいが、ところどころフラメンコギターが入る、思ったより複雑な展開。
ラストもフェードアウトせずに終わる。
12.Ebony and Ivory
ピアノの鍵盤色を人種の違いに見立てて大ヒットした、スティービー・ワンダーとのデュエット。
人種問題という重いテーマを楽しいメロディでほがらかに歌うことには批判も生じたらしいが、そこはポールのセンスであり、当然だがジョン・レノンのアプローチとは異なる。
ポールが初めて全米と全英で1位を獲得した曲でもあるそうだ。
何度も聴いてきた曲だが、あらためて聴くとやはりスティービー・ワンダーの歌唱力が圧倒的である。
クレジットではドラムもスティービーが担当となっている。
聴き終えた。
全体として安定しており落ち着いた印象である。
尖ったロックもそれほどなく、難解でとっつきにくい曲もなし。
他のアルバムではたいてい1曲はあった、独善的な「ファン置き去り曲」「ヘンな曲」がない。
安い表現をすれば「より大衆的」なサウンドと楽曲である。
前作「McCartney II」と比べると、その差は非常にはっきりしている。
今さらだが、リアルタイムで聴いていれば間違いなく先発ローテーション入りしていたはずである。
リンダとデニーがいて、さらにリンゴやスティービー・ワンダーが参加し、ジョージ・マーティンがプロデュースとなれば、サウンドの質は申し分なくて当然だろう。
個人的にはポールの声が非常にいい状態だと感じた。
「Here Today」「Wanderlust」など落ち着いた曲でよくわかるが、少なくとも「McCartney II」や「Back to the Egg」の時の声よりも、伸びや張りがよい。
盟友ジョン・レノンの死という非常事態は、当然ポールの精神や活動に大きな影響を及ぼしたとは思うが、このアルバムについては、追悼歌「Here Today」はあるものの、作風や曲調に大幅な変化をもたらした・・といった状態ではないと感じた。
タイトルにある通り、このアルバムは二つの事象・事項の対立や対比といったテーマで作られた曲が多い。
また経済や人種などの問題を採り上げた社会派な曲も目立つ。
ジョンの死が影響しているという見方もあるそうだが、発表してももう批評してくれるジョンはいない中、どんな想いでポールは歌っていたのだろうか。
ジャケットも、ヘッドホンを両手で押さえるポールの左右に赤と青のカラーを配置し、タイトルとともに対比や対立を表現している。
ヒプノシスのデザインだそうだが、ポールのアルバムの中では好きなほうである。
そんなわけでようやく聴いてみました「Tug of War」。
これは予想どおり良かったです。
やはりリアルタイムで聴いておけばよかったと後悔させられたアルバムでした。
残る80年代未聴作品「Press to Play」「Flowers in the Dirt」は知ってる曲が少なく、作風もかなり違うようで不安が大きいですが、早めに学習したいと思います。
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コメント
こんにちは、JTです。
>1か月の間にスタンリー・クラーク、スティーヴ・ガッド、リンゴ・スター、カール・パーキンス、スティービー・ワンダーといった大物芸人
多分、ジョージ・マーティンの進言があったのかと思われます。ポールに「君はなぜ自分より下手なメンバーと組むのかい」と言っていたので。
ビートルズ最初期にピート・ベストにもリンゴにもダメ出しチェンジを言っていた人ですから。
>デニーがポールとの口論をきっかけにスタジオに来なくなり
>デニー・レインという人は実は金遣いがかなり荒く、
これは知りませんでした。ウィングスのギャラは安かったようですが。
>独善的な「ファン置き去り曲」「ヘンな曲」がない。
これもジョージ・マーティンのよるものかと。事前にポールのデモ音源を聴いた後、「4曲はOK、6曲は手直し必要、残りの4曲はゴミ箱行きだ。」と言ったらしいです。
晩年までホワイトアルバムは曲を絞って1枚にすべきだった、と言っていた人ですから。
>ジョンの死が影響しているという見方もあるそうだが、
ひょっとして、ジョージ・マーティンの起用もレノン&マッカートニーの復活を計画していたのかもしれません。ジョンも活動再開していましたし。
また生前ジョンは「カミング・アップ」を評価していたとの話もありました。
>尖ったロックもそれほどなく、難解でとっつきにくい曲もなし。
私はここが気になるところで、世間の評価と違い本作の評価は普通、という印象です。むしろ「Pipes of Peace」の方が好みですね。
>ヒプノシスのデザインだそうだが、ポールのアルバムの中では好きなほうである。
私も同意見です。なんかジョンの死を知った時の表情にも思えますし。
>残る80年代未聴作品「Press to Play」「Flowers in the Dirt」
この2作の私の評価は、世間と同じとなっております(笑)。
投稿: JT | 2021.11.06 16:23
JTさん、コメントありがとうございます。
>ポールに「君はなぜ自分より下手なメンバーと組むのかい」と言っていたので。
>ビートルズ最初期にピート・ベストにもリンゴにもダメ出しチェンジを言っていた人ですから。
なるほど、そういうことですか。
しかしマーティン先生、やはり厳しいですね。
でも先生がいなかったらこのアルバムのクオリティもどうだったかわかりませんね。
>晩年までホワイトアルバムは曲を絞って1枚にすべきだった、と言っていた人ですから。
この発言も含め、やはりジョージ・マーティンはアーティストではなくプロデューサーですね。
まあ当然ですが、ビートルズのメンバーよりもマーケット重視の傾向が強いと感じます。
>ひょっとして、ジョージ・マーティンの起用もレノン&マッカートニーの復活を計画していたのかもしれません。ジョンも活動再開していましたし。
これはわかる気がします。
ジョンも活動再開にあたり「またポールと曲作りをしようと思うけど、どうかな?」とヨーコに聞いてますし。
ヨーコは「必要ない」と一蹴したそうですが・・
もしヨーコがOKしてジョンが存命だったら、80年代で一度は共演が実現していたのではないかと思います。
>むしろ「Pipes of Peace」の方が好みですね。
あ、そうだったんですね。
まだ順位を付けられるほど「Tug of War」を聴いてませんが、自分も「Pipes of Peace」のほうがいいとは思います。
>この2作の私の評価は、世間と同じとなっております(笑)。
自分の場合、世間の評価とズレてることが多いんでそこはあまり気になりませんが・・
いずれにしても早く聴いてみようと思います。
投稿: SYUNJI | 2021.11.07 17:34