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聴いてみた 第167回 ジョン・レノン その2

中高年ジョン・レノン周回遅れ補習シリーズ、名盤「Imagine」を発売50年後にようやく聴いてみました。(遅すぎ)

「Imagine」は71年発表で、ジョンとヨーコ、フィル・スペクターの共同プロデュース。
チャートでも全米・全英、さらには日本のオリコンやオーストラリア・西ドイツ・ノルウェーなど世界中で1位を獲得した、名実ともに輝く不滅の金字塔アルバムである。

前作「ジョンの魂」はジョンの私小説的な雰囲気が充満していたが、「Imagine」では楽曲も比較的一般受けしやすいものが収録され、プロデューサーに音壁王子ことフィル・スペクターを起用するなど、商業ベースを多少意識した音作りになっているとされる。

Imagine

参加メンバーもさらに豪華な顔ぶれ。
ジョージ・ハリスン、ニッキー・ホプキンス、クラウス・フォアマン、アラン・ホワイト、さらにはキング・カーティスやジョン・バーハムも登場という贅沢なサポートを受けて完成したアルバム。
よく見るとドラマーが3人もいる。
(アラン・ホワイト、ジム・ケルトナー、ジム・ゴードン)
制作中のスタジオにはリンゴ・スターもいたはずだが、リンゴの名前はない。
ジョンがリンゴに「今回はもうええわ」と言ったのか、リンゴが自ら「今回はもうええわ」と断ったのかはわからない。
ただジョージやクラウスやニッキー・ホプキンスらが賑やかに集まるスタジオで、ビートルズ時代のような活動的なジョンの姿を見たリンゴは「もうジョンは大丈夫やな」と安心したのではないかと思う。
互いの曲作りへの協力体制は時期により違っていたらしいが、この頃までは引き続きポール以外の3人はそれぞれ仲良くやっていたようだ。

タイトル曲だけ突出してワールドクラスの名曲になっているので、アルバムとしての評価は今ひとつよくわかっていない。
チャート実績だけ見れば歴史的名盤なのは明白なのだが、果たして自分の耳にはどう聞こえるのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Imagine
タイトル曲でスタート。
すでに何度も聴いてきた名曲だが、初めて聴いたのはジョンが亡くなった直後である。
自主的に録音したことはないが、ジョンの死後にテレビやラジオで盛んに流れるようになったので、いつの間にか覚えてしまった。
この曲のドラムはアラン・ホワイト。

2. Crippled Inside
カントリー調のがちゃがちゃした楽しいメロディ。
コメディ映画のテーマソングのようだ。
あまりジョンらしくないサウンドで、少し意外な感じがする。
ジョージ・ハリスンの弾く印象的なギターはドブロ・ギターという楽器で、ボディに丸い金属の共鳴板がついているそうだ。

3. Jealous Guy
これもベスト盤で聴いていた名曲。
ブライアン・フェリーがステージでこの曲を歌う映像を見たことがあるが、やはり本家には及ばない。
バックに流れる壮大なストリングスには賛否両論あるようだが、これもフィル・スペクターの仕業なのだろう。
今まで聴いてきて全く気にならなかった。

4. It's So Hard
一転辛口でブルージーな楽曲。
ジョンのボーカルもワイルドで、本領発揮といったところ。
サクソフォーンでキング・カーティスが参加。

5. I Don't Wanna Be A Soldier Mama(兵隊にはなりたくない)
これも重くのしかかるブルース調のサウンド。
「兵隊にはなりたくない、死にたくない」というフレーズを繰り返す、これ以上ないストレートな反戦ソングである。
一度終わりかけてまた音が続く、どこかポールっぽいエンディング。

6. Gimme Some Truth(真実が欲しい)
LPではここからB面。
やや騒々しいジョージのギター、ジョンの絞り出す濁ったボーカル、詰め込まれた歌詞。
決して楽しい曲ではないが、悪くない音だ。

7. Oh My Love
再び静かなピアノのバラード。
雰囲気は「Love」の延長上にある。
このあたりの対比や緩急の付け方が見事である。

8. How Do You Sleep?(眠れるかい?)
ポールを徹底的にこきおろしたとされる問題作。
邦題は「眠れるかい?」となっているが、ビートルズ時代から目のでかいポールをからかってジョンが言っていたのが「How Do You Sleep?」という言葉で、「ヤツは寝てる時も目が開いてるんじゃねーのか?どうやって寝てるんだよ?」ということらしい。
初めて聴くが、サウンドはジョンの皮肉っぽい音そのものだ。
実際レコーディングの時にジョンはジョージや他のメンバーにも「もっと悪意を込めて演奏しろよ」と指示している。
この音にこの歌詞じゃ、さぞポールもイヤな思いをしたはずだろうけど、ポールは「この曲でジョンはひどいヤツだとは思わないでほしい」と大人な発言をしたそうだ。
おそらくこれがジョンにも伝わり、後にジョンは「結果的にポールを利用させてもらった」といった後悔のコメントにつながったのだと思う。

9. How?
おだやかな調べに乗せて歌うジョン。
むしろこの曲が一番ジョンらしい気がする。
あまりいい表現ではないが、ジョン版「The Long And Winding Road」のようだ。

10. Oh Yoko!
ラストも少しカントリーテイストなリズムとフォーク調メロディ。
終盤のハーモニカも効果的で、教科書の課題曲のような名曲である。
ジョンにしてはヒネリのないエンディングだが、安心して最後まで聴ける。
ラストでこんなストレートで純粋な曲を持ってくるのは素晴らしい。

聴き終えた。
「ジョンの魂」で感じた難しさはほとんどなく、初心者の自分にも聴きやすいアルバムだと思う。
フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドに自分の耳が毒されていると言えなくもないが、結果的に世界中でチャート1位を獲得し、自分のような極東の貧困中年リスナーにもきちんと届くサウンドになっている。
ジョンの狙いもまさにその点にあり、「政治的なメッセージに、少し砂糖をまぶしてやればいいとわかったんだ」と発言している。

大雑把に言うと、ピアノやギター基調のシンプルな曲と、重くヘビーなブルース調の曲に分かれる。
ただビートルズにおけるホワイトアルバム以降のジョンの曲とそう遠くはないので、意外な展開や困惑する楽曲はなかった。

好みで言えば「Crippled Inside」「Gimme Some Truth」「Oh My Love」「Oh Yoko!」あたりがいいと感じる。
「Imagine」と「Jealous Guy」があまりにも偉大すぎるので、評価の中心もこの2曲になるのはやむを得ないが、他にもいい曲がたくさんあるじゃんというのが率直な感想である。

やはり最も異色なのが「How Do You Sleep?」である。
サウンド的にはヘビーなブルース調に属するが、そもそもA面のトップで世界平和を誠実に訴えていながら、B面では一番の友人を徹底的に攻撃してる時点でヤバいだろという状態。
世界平和の前にまずポールと仲良くやれよ、そんな話ならレコードに入れずに電話でポールに直接言えよという内容だが、まあこういうことを平気でやってしまうのがジョン・レノンという人なのだろう。
本当はもっと下品で辛辣な歌詞だったのを、あまりのひどさに不愉快になったリンゴが「いい加減にしろよ」と忠告したため、ジョンは渋々歌詞を修正したそうだが、修正前の歌詞も聴いてみたい気はする。
ポールのアルバム「Ram」もそうだが、こんな互いを攻撃するような極めてプライベートな内容の曲を、お金を出して聴かされていた当時の世界中のナウいヤングはどう感じていたのだろうか?

雲がかかったような印象的なジャケット写真は、以前はアンディ・ウォーホルが撮影したと言われていたが、実はヨーコがポラロイドカメラで撮影したものだそうだ。
ジョンには常に芸術家ヨーコがついていたからという理由だけでもないとは思うが、ジョンのソロアルバムのジャケットは、ポールの作品よりもアートな雰囲気がにじみ出ていて、どれもレベルが少し違うと感じる。

というわけで、「Imagine」。
これはよかったです。
特に初めて聴いた曲がどれも素晴らしく、あらためてジョンの才能やセンスに驚かされました。
発表から50年も経って今さらこんな陳腐な感想を発信してるのもどうかとは思いますが・・
次は「Mind Games」「心の壁、愛の橋」のどちらかを聴いてみようと思います。

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聴いてない 第275回 M

タイプミスではありません。
今日のお題は懐かしのM。
70年代末期に「Pop Muzik」を大ヒットさせたあのMです。

聴いたのはその「Pop Muzik」と、80年のシングル「Official Secrets」だけ。
いずれも柏村武昭の紹介により地味にエアチェック。
本名や国籍や家族構成や貯蓄額などは一切知らない。
聴いてない度は3。

「Pop Muzik」が大ヒットしていた当時、Mにハマった友人がいて、アルバム「New York-London-Paris-Munich」の輸入盤を入手していた。
そいつはよほどうれしかったのか、買った輸入盤をわざわざ学校に持ってきて自慢していたのだが、当時の輸入盤レコードは独特の黄色っぽいニオイがして、自分はどうにもあの香りになじめず、友人からの「貸してやる」のお誘いも丁重にお断り。
結局アルバムは聴かずじまい。
そんなわけで自分にとってMといえば楽曲とともにあの強烈なニオイが強く印象に残っている。

「Pop Muzik」は聴いたものの、世界中を席巻していたテクノポップにも実はそれほど興味はわかなかった。
日本でもYMOをはじめヒカシューやランドセルやPモデルやプラスチックスといったテクノな人たちが続々登場したが、どれもまともに聴いたことはない。

大ヒット40周年を記念してMについて今夜調べてみました。(適当)

本名はロビン・エドモンド・スコット。
とりあえずイニシャルMではないようです。
1947年イギリスのサリー州クロイドン生まれ。
ロビン少年はクロイドンで育ち、地元の美術大学に通う。

60年代後半にセックス・ピストルズのマネージャーとして知られるマルコム・マクラーレンと、マルコムのパートナーでありファッションデザイナーのヴィヴィアン・ウェストウッドに出会う。
ロビンはマクラーレンとウェストウッドから、彼らが立ち上げたチェルシーのブティック「SEX」に参加しないかというお誘いを断り、音楽でのキャリアを築くことを選ぶ。
あのマクラーレンとウェストウッドに出会った・誘われたという経歴はジョン・ライドンと同じだが、その後の展開は全く違ったようだ。
そのまま二人の誘いに乗っかってたら、パンクで有名になっていたかもしれない。

ロビン・スコットは大学在学中からラジオやテレビ用に曲を書く仕事を始め、1969年にアルバム「Woman From The Warm Glass」でデビューする。
中身はアシッド・フォーク・ロックで、マイティ・ベイビーというバンドのメンバーが参加。

その後はブルースバンドに参加したり、デビッド・ボウイキャメルなど様々なミュージシャンと交流し曲を作ったりしたが、メジャーリリースには至らず。
他にもミュージカル用の曲を書いたり、プロデュース業をやってみたりと地味に音楽活動を継続。

78年頃、ルーガレーターというR&Bバンドのデビューアルバムをプロデュースするため、「Do It Records」という名のレーベルを知人とともに設立。
このレーベルから初期のアダム&ジ・アンツの作品をリリースしたり、ロビン自身も「Comic Romance」という名義でシングル「Cry Myself to Sleep」を発表している。

そしてロビンが当時「M」と呼んでいたセッションミュージシャンのグループとともに、名曲「Pop Muzik」、アルバム「New York-London-Paris-Munich」をプロデュースして録音する。
参加した他のミュージシャンには、ロビンの弟であるジュリアン・スコット、キーボード奏者ワリー・バダロウ、ジョン・ルイス、ブリジット・ノヴィク、後にレベル42に加入するフィリップ・グールドがいた。
録音はスイスのモントルーで行われ、当時モントルーに住んでいたデビッド・ボウイも手拍子で参加している。
え、手拍子だけ?
せっかくボウイさん来てくれはったならワンフレーズでもいいから歌も録音したらよかったのに・・

手拍子の甲斐もあって「Pop Muzik」は各国の週間チャートで軒並み上位を記録し、全米1位・全英2位、オーストラリアやカナダや西ドイツでも1位を獲得する大ヒットとなった。

今回調べてみて初めて知ったのだが、Mとは公式にはロビン・スコットの個人ユニットではあるが、そもそもはロビンも含めたセッションミュージシャングループのことだった。
大ヒットした後、ギャラや印税の配分でモメたりしなかったのだろうか。
ボウイは手拍子だけでいくらもらえたのだろうか。(発想が貧乏人)
なおMという名前は、当時パリでジャケットのデザインを考えていたロビンが、地下鉄(メトロ)のでかいMの字看板を見て思いついたとのこと。

Mは80年シングル「Official Secrets」「Keep It to Yourself」とアルバム「The Official Secrets Act」をリリース。
イギリスとアイルランドで録音され、レベル42からフィル・グールドとマーク・キングも参加。
「Pop Muzik」の国際的大ヒットの勢いそのままに、事務所もレコード会社も期待を込めての発表だったが、なんと結果は惨敗。
「Official Secrets」は全英64位どまり、アルバムも全米全英はおろかどこの国でも200位にも入らず。
この落差は今見ても驚くほど厳しい。
イギリスの芸能界も怖いスね。
日本じゃ一発屋の称号が似合うMだが、そう言われても仕方がない実績である。
なお惨敗をよそにロビン・スコットは、坂本龍一に誘われて81年のアルバム「左うでの夢」を共同プロデュースしている。

懲りないロビン・スコット、82年にはMとしての3枚目のアルバム「Famous Last Words」を発表。
再びレベル42からはフィル・グールドとマーク・キングが参加。
また高橋幸宏やトーマス・ドルビーも協力した話題性がっちりの作品だったが、セールスとしてはまたも失敗で、本国イギリスでは発売もされず、他国のチャートをにぎわすようなこともなかった。

これでレコード会社MCAとの対立も決定的なものとなり、以降二度とMCAから作品をリリースすることはなかった。
ロビンは新たな方向性としてアフリカ民族音楽に傾倒するようになる。
83年から84年にかけて多くのアフリカのミュージシャンたちと共演。
南アフリカの女性ボーカルトリオ、シキシャとの共作アルバムも発表した。

その後はしばらく表舞台に立つこともなく、当然ヒット曲もロケ弁もギャラも出ない状態が続く。
ただアルバム「New York-London-Paris-Munich」は歴史的名盤として評価は高く、97年再発時にはボーナストラックが13曲も追加された。
また2002年にもボートラ5曲を含む全13曲収録で再発売されている。

2007年8月頃オーストラリアで開催されたコンサートに出演し、初めて「Pop Muzik」をライブ演奏した。
現時点での最新作は2017年リリースの「Emotional DNA」。

・・・今回も全っ然知らない話だらけ。
失礼ながら今も現役で活動中というのも知らなかったし、マクラーレンとウェストウッドに誘われたという経歴も初めて知った。

聴いた2曲はどちらもテクノサウンド満載で、当時の音楽情勢を雄弁に語る楽曲である。
「Official Secrets」のほうがやや英国エレポップの神経質な要素を取り込んでいる気がする。
「Pop Muzik」はイントロは印象的だが、リズムやメロディは思ったよりも単調に思える。
どちらも好みの音かと言われるとやはり微妙で、当時流行っていて録音できたから消さずに聴いていただけ。

でも「Pop Muzik」はU2がツアーでこの曲をリミックスして使ったり、カバーした人たちも複数おり、イギリスではテクノブーム時代を象徴する名曲ではあるらしい。
本国ではMことロビン・スコットは一発屋扱いではないのだろうか?

「Pop Muzik」の歌詞も今回初めて調べてみたが、つぶやきや口語の部分も多いので、紹介してるサイトごとに細かい部分で微妙に言葉やスペルが違う。
少なくとも恋する心情を歌ったり愛の情景を綴ったりといったものではなく、韻を踏んで言葉をつないでみたり、思いつくままフレーズを並べているだけで、日本語に訳すること自体無理があるようだ。

アルバムのタイトルのとおりニューヨーク・ロンドン・パリ・ミュンヘンが出てきたり、「ラジオにビデオ、スーツケースを持ってブギーしよう、ディスコ三昧の生活をしよう」と呼びかけたりしている。
「I can't get jumping jack、I wanna hold get back」という部分は、ストーンズの「Jumpin' Jack Flash」とビートルズの「Get Back」を指しているとのこと。

なんとなく意味がありそうなセンテンスはそれくらいで、他はディズニーアニメ「ミッキーのジャックと豆の木」で巨人が口ずさむ鼻歌部分「Fe, fi, foe, fum(ふんふんふん♪といった感じ?)」を歌詞に入れてみたり、子供が使う古典的な言い回し「Eenie, meenie, mienie, mo(日本語で言うと「どーれーにーしーよーうーかな」)」を採り入れたり、かなり自由で好き勝手な歌詞だ。

さてロビン・スコットから「Pop Muzik」のパクリだと訴えられた、とあちこちのサイトに書いてあるのが以下の2曲だ。
・ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース「I Want A New Drug」
・レイ・パーカー・ジュニア「Ghostbusters」

ただしこれもサイトによって記述はけっこうバラバラ。
結果は「ロビンの勝訴」と書いてあったり、「ほとんど話題にならず」で終わってたり。
さらには訴えられたのはレイ・パーカーだけになってるサイトもあって、真相はよくわからない。
なおヒューイ・ルイスが「Ghostbusters」は「I Want A New Drug」のパクリだとレイ・パーカー・ジュニアを訴えた、というのは各サイトとも共通していた。
とりあえず3曲とも知ってるが、まあ確かにリズムは似てるけど・・これがパクリだったらもっと似てる組み合わせはあるよなという感想。
そういえば「うっせえわ」って、ストーンズの「Neighbours」に似てません?

というわけで、M。
そもそも日本のリスナーからはどんな評価を受けてるのか全くわかりません。
M名義のスタジオ盤は3枚とのことなので、気合いを持って臨めば全盤制覇も不可能ではないとは思うが、当然名盤「New York-London-Paris-Munich」ははずせないでしょうね。
皆さまの鑑賞履歴や評価について教えていただけたらと思います。

 

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