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聴いてみた 第162回 デビッド・ボウイ その2

まん延防止等重点措置といういまいち伝わらない施策の最中、引きこもり中高年の私はデビッド・ボウイを聴くことにしました。
前回ボウイを聴いて「よおし次はLet's Danceにしよう!」と固く決意し(適当)、閉店間近の渋谷レコファンに最後の入店。
しかしこんな時に限って「Let's Dance」が見当たらない。
遅い時間だったので、もう他の店を探す根性もなく、その場でさんざん迷った末に購入したのが「Tonight」である。(決意粉砕)

Tonight

「Tonight」は84年発表のボウイ15枚目のアルバム。
前作「Let's Dance」の路線を継承した作品で、期待どおり全英1位・全米11位を記録。
・・・なのだが、評論家やファンの評価はそれほど高くもないらしい。
「Let's Dance」が良すぎたという背景もありそうだが、「Tonight」こそボウイの最高傑作と推すファンはほとんどいないとのこと。
本当?
少し気になったので、聴く前に制作の背景を調べてみました。

リスナーの評価には本来あまり関係ないことだが、この頃のボウイはひたすら多忙で準備不足だったという点は、結果的にやはりマイナスに作用してるらしい。
「Let's Dance」の発表&大成功の後、ツアーやら映画撮影やらでマヂカルラブリー並みの忙しさとなったボウイに、レコード会社や事務所からは「次のアルバムはよ出さんと」と無茶ぶりの要請。
誠実なボウイはすぐに次作アルバムの制作にとりかかる。
スターもラクじゃないよなぁ。

ボウイ自身は次のアルバムをR&Bやファンクやレゲエを採り入れた、「さらに進化した音楽の追求」としたいと考えていた。
さらにボウイは「ヒットメーカー」なしでもヒットが出せることを証明したいと考え、「Let's Dance」のプロデューサーを務めたナイル・ロジャースには声をかけなかったそうだ。
ナイル・ロジャースはてっきり次もボウイと仕事ができるものと思っていたので、かなり驚いたらしい。

ボウイはファンクバンド「ヒートウェイヴ」のデレク・ブランブルに声をかけ、プロデュースを依頼。
デモ録音の場所はスイス・モントルーのマウンテンスタジオが選ばれた。
しかしデレクさんはプロデュース業経験がまだ浅く、なんでボウイから依頼が来たのかもよくわからずにスタジオ入り。

そんなんで大丈夫なの?
・・・と思ったら、現場でもやっぱり不安に思ってた人はいたようです。
このままだとマズイ・・と思ったエンジニアのボブ・クリアマウンテンは、XTCポリスのプロデュース実績のあるヒュー・パジャムにも声をかけるようボウイに提案。
ボウイはボブの提案を受け入れてヒュー・パジャムもスイスに呼び、マウンテンスタジオでデモ録音を開始した。
ボウイの狙いどおりレゲエ色を強調し、現地のミュージシャンも加わってのファンキーな演奏でデモは成功したかに見えた。

しかし。
やはりプロデューサー経験不足のデレク・ブランブル、本番ではどうも働きがいまいちでボウイとの意志もかみ合わず、ボウイも納得がいかないまま繰り返しレコーディングさせられたりして、不満がたまり制作は一時中断。
一方でヒュー・パジャムもプロデュースのため来たつもりが、デレクの下でエンジニアとして働くよう言われたことに不満を覚えていた。
当時すでに売れっ子プロデューサーだったヒュー・パジャムは、ボウイに言われてポリスとの仕事を大急ぎで終わらせてスイス入りしていたのだ。
ヒュー・パジャムにしてみれば、「ワシも急いで駆けつけたのになんでこんな素人の下でエンジニアやらなあかんねん」と思うのも無理はないだろう。

しかもボウイがこのアルバム用に書いてきた新曲は「Loving The Alien」「Blue Jean」の2曲のみ。
ツアーや映画撮影で曲を書く時間もなく、ネタ不足のままスタジオ入りしてしまい、人選も人間関係も良くない状況のままレコーディングは再開されたが、結局デレク・ブランブルは戻ってこなかった。

このピンチを救ったのはイギー・ポップだった。
旧知の仲であるイギー・ポップは、悩めるボウイのために長い時間を共にスタジオで過ごし、二人はビールを飲みながらスタジオ内で激論を戦わせたこともあったそうだ。
ボウイにとって何でも互いに遠慮なく言い合える盟友、それがイギー・ポップだった。

めでたくイギーの様々なアイディアが作品に反映され、最終的にプロデュースを引き継いだヒュー・パジャムがアルバムを完成させた。
ヒュー・パジャムは「正味の話こんなん始めっからワシにやらしてもうたらもっとエエもんになっとったはずや」とこぼしたそうだ。
まあ気持ちはわかりますけど。
というわけで「Tonight」制作は5週間ほどかかって完成。
アルバム発表のプレスインタビューもほとんど行わず、新曲も少ないのでツアーもやらなかったとのこと。
なるほど・・・意外に複雑な事情の中で作られたアルバムではあったのね。

今回買ったCDは95年の再発輸入盤で、ボーナストラック3曲が収録されている。
自分にとって頼みの綱は、一番聴いたシングル「Blue Jean」が収録されていることだけだ。
初心者のくせに難しいアルバムを選択してしまった感は否めないが、渋谷レコファンは閉店してしまったので返すこともできない。(返しませんけど)
果たしてどんな音楽なのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

1.Loving the Alien
ボウイ作の新曲でスタート。
シングルカットもされたそうだが、これは初めて聴く。
80年代の物憂げなメロディとサウンドで、どこかデュランジャパンの音にも似ている。

2.Don't Look Down
イギー・ポップ、ジェームス・ウィリアムソンの共作。
けだるいレゲエのリズムにジャズっぽい音が乗る。
スティングが歌っても違和感のない曲。

3.God Only Knows(神のみぞ知る)
ビーチ・ボーイズのカバー。
と言っても元曲を覚えてないので比較のしようがないが、ボウイは意外に力強く歌う。

4.Tonight
タイトルナンバーはティナ・ターナーとのデュエット。
ボウイとイギー・ポップの共作で、ティナ・ターナーは1日でレコーディングを終えたそうだ。
全く聴いたことがないと思っていたが、南国調のゆったりしたリズムとメロディがかすかに記憶に残っている・・ような気がする。
せっかくティナ・ターナーを呼んだのだから、もっと激しいボーカルのぶつけ合いのロックな曲のほうがよかったのでは・・と思うが。

5.Neighborhood Threat
LPではここからB面。
これもボウイとイギーの共作で、アップテンポのロック。
アクションドラマのテーマソングのようだ。

6.Blue Jean
唯一聴いているナンバーで、ボウイの作品。
異なるバージョンのプロモ・ビデオ映像や、12インチシングルバージョンも含め、思い入れのある1曲。
自分にとってボウイと言えばやはりこの曲なのだ。
あらためて聴くと決して明るく楽しいサウンド・・でもなく、サビのボーカルもキレ気味だし、ブルー・ジーンという名の女に夢中になってる少しヤバい感じの男の歌なのだが、聴いていて高揚する不思議な曲である。

7.Tumble and Twirl
ノリのいいリズムにホーンが鳴り響くファンクな曲。

8.I Keep Forgettin'
さらに加速したリズムに80年代の様々な音が散りばめられている。
ボウイのボーカルは意外にワイルド。

9.Dancing with the Big Boys
ラストも80年代特有のきらびやかなサウンド。
ボウイ&イギーの他、カルロス・アロマーという人の名がクレジットにある。

以下はボーナストラック。
10.This Is Not America
ミドルテンポのおだやかな曲。
ボウイは少しムリして歌ってるように聞こえるが、雰囲気は悪くない。
85年公開の、ティモシー・ハットンとショーン・ペン主演のサスペンス映画「コードネームはファルコン」のメインテーマだそうだ。
パット・メセニー・グループとボウイの共演作品。

11.As the World Falls Down(世界が崩れる時)
この曲はどこかで聴いたことがある・・と思ったら、ボウイ出演の映画「ラビリンス」で使われたそうだ。
どのシーンで流れたのかは全く覚えていないけど。
映画のイメージに合ったファンタジックなサウンド。

12.Absolute Beginners
時々出てくる「んーぱっぱっぱうー」というコーラスにはかすかに聴き覚えがある。
これもボウイの映画に使われており、このトラックは8分を超えるFull Length Versionとなっている。
「Blue Jean」もそうだが、この曲もサックスが非常に効果的に使われており、いい曲だ。

聴き終えた。
なじみの「Blue Jean」に牽引される形ではあるが、全体として聴きやすいとまず感じた。
ボウイの戦略どおりR&Bやファンクやレゲエを採り入れてはいるが、サウンドのアレンジなどは80年代の基盤からはずれておらず、「なんだこの音・・」という部分が一切ない。
聴き慣れた80年代サウンドがもたらす安心感。
さすがはヒュー・パジャムである。(知ったかぶり)

ファンの間では「物足りない」と言われているそうだが、おそらくは前作「Let's Dance」に比べての評価とも思われる。
自分のように「Tonight」しか聴いてないという人は多分いないだろうし。
このCDで言えばボーナストラックが多少なりとも物足りなさを解消しているのではないだろうか。
まあ「Let's Dance」を聴いてしまえば、そんな感想も変わってしまう可能性もあるけど。

ボウイ自身、このアルバムの出来には満足していないそうだ。
「コンセプトがなく、ただの曲のコレクションで、ちょっとごちゃごちゃに聞こえてうまくまとめられなかった」とコメントしている。
そう言われればそんな気もするけど、初心者にはバラエティに富んでいて聴きやすいのではないかと思う。
少なくとも自分には「ごちゃごちゃに聞こえる」感覚は全くない。

前回聴いた「Ziggy Stardust」とは時代も音もかなり違うので、どちらがいいとか合うとかの比較もしづらい。
「どちらも聴きやすかったです」というポンコツな感想しか出てこないが、現状はそんなところです。
やはり「Let's Dance」を含む他の作品も聴かねばなりません。(当然)

ジャケットはステンドグラスのような花の背景に青い顔のボウイという絵。
あまり印象に残っていなかったが、アートとしては悪くない。
デザインしたのはミック・ハガティという人で、ボウイの「Let's Dance」「Never Let Me Down」の他、スーパートランプの「Breakfast in America」や、ポリスの「Ghost in the Machine」なども手がけたそうだ。
そう言われても各ジャケットにあまり共通点は見当たりませんけど。

というわけで、「Tonight」。
これもよかったです。
必修科目である「Let's Dance」をすっ飛ばして聴いてしまったので、次回こそは「Let's Dance」に挑戦しようと思います。

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コメント

マヂカルラブリー、以前はあんまり好きじゃなかったんですけど、最近は出てるとついつい見ちゃいます。
変わったから売れたのか、私(含世間)の見方が変わっただけなのか?
でも、前の方が尖ってましたよね。
ボウイも、売れる前の方が尖ってたし。
そして、どちらも丸くなってからの方が好きな私(^^;;;;;;;;;;)。

ボーナス・トラックが"This Is Not America"、"Absolute Beginners"(と"As the World Falls Down")ってすごいですね。
この2曲が入ってたら、「Tonight」はすごくいいアルバムです(笑)。
これだったら「物足りない」なんて言われる事なかったでしょうね。
ますます、まとまらないですけど。

"God Only Knows"はビーチ・ボーイズのオリジナルを聴いた時、あまりの違いに衝撃を受けました。
「ボウイってすごい」と思った……けれど、このカバー、あんまり評判良くないみたいですね。私は無茶苦茶好きなのに。

ボウイ大好きな私が知らない事、色々ありました(勉強不足)。
興味深い情報ありがとうございます。
楽しく読ませていただきました♪

投稿: YAGI節 | 2021.05.15 16:57

YAGI節さん、コメントありがとうございます。
すいません、「Let's Dance」をおすすめいただいたのにやっぱり「Tonight」になってしまいました・・

>マヂカルラブリー、以前はあんまり好きじゃなかったんですけど、最近は出てるとついつい見ちゃいます。

自分も以前は名前くらいしかわかりませんでしたけど、最近はよく目にしますね。
漫才は面白いけどバラエティはどうかな?と思ってましたが、二人とも意外と器用にこなしてますね。(何様?)

>ボーナス・トラックが"This Is Not America"、"Absolute Beginners"(と"As the World Falls Down")ってすごいですね。

そうですね、買ってから気づいたんですけど、ボーナストラック3曲とも本編収録曲の別バージョンとかではなく、独立した別の曲だったので文字通りお得な感じです。(貧乏性)
全12曲通して聴いても違和感は全くないですね。

>「ボウイってすごい」と思った……けれど、このカバー、あんまり評判良くないみたいですね。私は無茶苦茶好きなのに。

あ、そうなんですか?
オリジナルは聴いたはずが全く覚えてないので、聴き比べてみます。

>ボウイ大好きな私が知らない事、色々ありました(勉強不足)。

すみません、毎回ですが情報は全部受け売りと引き写しで・・
さすがにボウイなので好きな人が世界中にたくさんいて、詳しい情報があちこちに見つかって興味深かったです。

それにしてもイギー・ポップ大活躍ですね!
ボウイとの関係はイギー・ポップを採り上げた時にも教えていただきましたけど、このアルバムでこんなに貢献してたとは思いませんでした。
次回のボウイ鑑賞がいつになるやらわかりませんが、またよろしくお願いいたします。

投稿: SYUNJI | 2021.05.15 21:14

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