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2019年の終わりに

BLOGを始めてとうとう丸16年が過ぎてしまった。
16年といえば日本では小学校に入学して大学卒業までできる期間である。
小学1年生から洋楽聴き始めて大学まで出たら、相当洋楽に詳しい人間ができあがる気がする。(適当)
果たして自分はそれに匹敵する知識や教養が身に着いたのかと言われると全然自信がない。

ここまでの記事数は755。
コメントは、自分のものも含めて5685。
トラックバックは今年も1件も来なかったが、ココログでは3月でこの機能は終了となったようなので、おそらくもう来ることはない。
今考えると、トラックバックって機能は便利だったかもしれないけど、勝手に相手のBLOGに自分のBLOGのリンクを貼れるってところがやはりずうずうしい印象だよなぁ。
廃れた理由もこのあたりにあるんだろうか。

さて16年経とうともいっこうに聴いてない音楽は減らないが、今年白状した聴いてないシリーズは以下である。

聴いてない 第244回 ゴットハード
聴いてない 第245回 メイヤ
聴いてない 第246回 ボニー・レイット
聴いてない 第247回 ルパート・ホルムズ
聴いてない 第248回 ブラック
聴いてない 第249回 キム・カーンズ
聴いてない 第250回 ゲイリー・ニューマン
聴いてない 第251回 ジーザス・ジョーンズ
聴いてない 第252回 ロビー・デュプリー
聴いてない 第253回 ニュー・オーダー
聴いてない 第254回 ザ・キュアー
聴いてない 第255回 ビリー・レイ・サイラス
聴いてない 第256回 ヴァネッサ・パラディ

顔ぶれはかなり薄い(失礼)が、恐ろしいことに昨年の11本よりも多い。
ムリヤリひり出したネタも多いが、16年目でもまだこれだけ出てくるという救いようのない事態である。

政府の働き方改革並みに形骸化しているが、当BLOGの目的は「聴いてなかった音楽を聴いてみる」である。
今年その目的にそって聴いてみた音楽は以下のとおり。

聴いてみた 第148回 ポール・マッカートニー その2
聴いてみた 第149回 キッス
聴いてみた 第150回 フェイセズ その2
聴いてみた 第151回 ブルース・スプリングスティーン
聴いてみた 第152回 ドゥービー・ブラザーズ その2
聴いてみた 第153回 ピンク・フロイド その2

3年連続で年間6本。
しかも今年はこれ以上ないほどの大物だらけで「こいつまだこれも聴いてなかったのかよ」シリーズとして世間の皆様をあきれさせている。
16年とかエラそうに言ってるが、そもそも未だにそれだけ基礎ができてないということなのだが。

また「その2」が4本もあるのも昨年とは少し違う。(比較的どうでもいい)
本当はどれも「その3」「その4」と聴いていかねばならないはずなのだが・・
今年聴いたこの6作品では、キッスやフェイセズやフロイドにかすかな定着の予感がある。
ホントにかすかですけど・・
ただしストーンズクラプトンも学習は止まったままだ。
こちらも官僚の答弁のごとく前向きに善処せねばならない。

16年も音楽BLOGをやってるとどうしても遭遇するのがミュージシャンの訃報だ。
かつて記事で採り上げたミュージシャンで、2019年に亡くなった人は以下である。

リック・オケイセク(聴いてない 第99回 カーズ
ジンジャー・ベイカー(聴いてみた 第33回 ブラインド・フェイス
マリー・フレデリクソン(聴いてない 第209回 ロクセット

聴いてないうちに故人となってしまうパターンは増える一方だ。
この事態は自分が死なない限り来年もおそらく避けられないとは思うが、訃報を機に聴いてみるというのも動機としてどうなのかという気もするので、とにかくさっさと聴くことが重要であろう。

今年は「読んでみた」シリーズはマイケル・シェンカーしか書けなかった。
しかもマイケル・シェンカー全然聴いてないし。
我々中高年だけの文化だと思うが、古き良き洋楽の文献をあさって楽しむ・共有するということは続けていきたいと考えている。
音楽産業も出版界も見通しは果てしなく暗いが、今後も良質なテキストに巡り合えることを期待したい。

というわけで、コメントくださったみなさま、16年間ありがとうございました。
果たしていつまで続けられるのかわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
みなさまよいお年を。

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聴いてない 第256回 ヴァネッサ・パラディ

北半球一唐突なヤケクソデタラメ洋楽シリーズ、今日はこんな人を採り上げてみました。
歌手・・でいいのかもよくわかってませんが、ヴァネッサ・パラディ。
聴いてない度は意外性の3。
大ヒット曲「Be My Baby」と、同じアルバムの「Sunday Mondays」を無事に聴いております。

フランスの歌手で女優なのだが、ワールドワイドな肩書き?としては「ジョニー・デップの元奥さん」と思われる。
厳密には結婚していなかったそうだが、ジョニーとの間に子供も二人いるので、まあ元奥さんでいいと思う。
若い人は知らないかもしれないけど、元奥さんは昔歌も歌っていたのよ。

芸能人の意外な過去を得意げに忘年会で語る古参の使えないサラリーマンみたいですけど、実は素性人格懲罰も含めてあまりよく知らないのだった。(古参の使えないサラリーマンは事実だけど)
ということでヴァネッサ・パラディを忘年会に間に合うよう内密に調査。

ヴァネッサ・パラディは1972年フランス生まれ。
親は装飾品会社経営というリッチな家庭に育ち、子供の頃にテレビ出演の経験あり。
1987年に「Joe Le Taxi(夢見るジョー)」で歌手としてデビュー。
さらに89年にはフランス映画「白い婚礼」で女優としてもデビュー。
なので15歳くらいですでに歌手、17歳で女優になっていたことになる。
「Joe Le Taxi」はフランスで大ヒットしたそうなので、金持ちのお嬢ちゃんがお遊びで歌ってみましたみたいなヤワな話ではなさそうだ。

1993年にアルバム「Vanessa Paradis(ビー・マイ・ベイビー)」を発表。
レニー・クラヴィッツのプロデュースで、レニー自身も楽器や歌で参加し、レニーの仲間のミュージシャンも多数参加という安心のバックアップ体制。
ヴァネッサは全曲を英語で歌い、シングル「Be My Baby」はフランスのチャートで5位を記録し、全英も6位と大ヒット。
自分は聴いた2曲をいずれもMTVで知ったので、ほぼリアルタイムで聴いていたことになるが、そんなにヒットしていたとは知らなかった。
その後歌手としてはライブも含めて10枚くらいアルバムを発表しているらしい。

またシャネルの広告モデルにも起用されており、香水やバッグなどの広告に登場。
香水「ココ・シャネル」のCMではカゴの中の鳥を演じて話題になったそうだが、これ日本でも放送されてたんですかね?
全然記憶にない・・

映画女優としての経歴がどのくらいのレベルなのか見当もつかないが、1998年に「ハーフ・ア・チャンス」でアラン・ドロンやジャン・ポール・ベルモンドと共演した実績あり。
以降も「橋の上の娘」「ロスト・イン・ラ・マンチャ」「天使の宿り木」「ハートブレイカー」「ジゴロ・イン・ニューヨーク」といった作品に出演。
中には「エイリアンVSヴァネッサ・パラディ」「コンビニ・ウォーズ」といったタイトルの映画もあるが、どんな内容なのだろうか・・

さて彼女の世界最大の肩書きである「ジョニー・デップの元奥さん」。
二人の関係は98年頃から14年間にもおよび、正式に結婚はしなかったものの、二人の間には娘のリリー・ローズ・デップ(現在は女優)と息子ジャックが生まれている。
なかよしカップルとして有名だったそうだが、原因は不明ながら2012年には公式?に破局。
ジョニーと別れた後は歌手のバンジャマン・ビオレという人と交際し、2015年にまた破局。
その後映画監督のサミュエル・ベンシェトリと2018年6月に結婚。
ヴァネッサにとってはこれが初めての結婚とのこと。

今回も知ってた話は何一つなし。
ジョニー・デップとの関係も「そうだったっけ・・」くらいの感覚しかなかった。
歌手としてアルバム10枚出してることも知らなかったし、映画ももちろん全く見たことがない。

最大のヒット曲とアルバムにレニー・クラヴィッツが関わっていたことも知らなかった。
アルバムの中で自分が聴いてた「Be My Baby」「Sunday Mondays」を含む4曲がレニーの作品だそうだ。
(厳密にはレニーと他の人との共作)
なおアルバムには「I'm Waiting for the Man」というヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコのカバーも収録されている。

「Be My Baby」はどこか60年代っぽいリズムやメロディで、ありふれたタイトルでもあったので、誰かのカバーなのかと思っていた。
プロモ・ビデオは全然凝った造りではなかったが、ヴァネッサのあどけなさと色っぽさが全開で、彼女の胸元ばかり見ていた記憶がある。

「Sunday Mondays」はゆったりしたリズムにのんびりしたサウンドとヴァネッサの舌足らずなボーカルが乗るほのぼのソング。
ラブコメアニメのエンディングテーマみたいな曲で、これも結構好きだ。
ただ当時我が家のテレビの受信状況がいまいち良くなく、残念ながらノイズ混じりで録音されてしまったことを覚えている。

あらためて彼女のプロモ・ビデオや画像をいろいろ見てみたが、顔の印象は思っていたのと少し違っていた。
若い頃のヴァネッサはもっとあどけないイメージだった気がしてたんだが、今見直すとそうでもなく、意外とゴツイ顔立ちである。
お母さんの若い頃よりは娘のリリーのほうがロリータ顔だと思う。

というわけで、ヴァネッサ・パラディ。
聴くなら当然「Vanessa Paradis(ビー・マイ・ベイビー)」からであろうことは明白でしょう。
とはいえ日本での知名度や人気は見当がつきませんし、聴いてないことを世界中に公表すべき存在なのかすらよくわかりませんけど、みなさまの鑑賞履歴はいかがでしょうか?

 

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聴いてない 第255回 ビリー・レイ・サイラス

ネットの普及で昔のヒット曲やアーチストの情報が簡単に得られる昨今、当時は全くわからなかった話に驚愕することもしょっちゅうである。
今日のお題ビリー・レイ・サイラスも、「調べて仰天」シリーズに該当。
仰天してるのは本州でも自分だけかもしれないけど。

ビリー・レイ・サイラス、聴いてない度は2。
92年の大ヒット曲「Achy Breaky Heart」だけ知っている。
FMのエアチェックではなく、MTVの番組まるごとを録画して、音声をテープに録ったものだ。
なお同時に録音したのがガンズの「November Rain」やヴァネッサ・ウィリアムズの「Save The Best For Last」だった。
「Achy Breaky Heart」の感じからロックとは少し違うような気がしていたが、調べたらビリー・レイ・サイラス、やはりカントリーの歌手だそうだ。

ただし今回仰天したのはそこではない。
(正体がカントリー歌手と知って仰天したのはテイラー・スウィフトだ)
「実は本人も娘も大スター」に仰天したのだ。
こういう話は極東の引きこもりリスナーには当時なかなか伝わってこなかった。
あらためてビリー・レイ・サイラスの身元調査をしたらこんな感じだった。

ビリー・レイ・サイラスはアメリカのカントリー歌手。
1961年ケンタッキー州に生まれ、1980年にはデビューって書いてあるので、二十歳前にはすでに歌手になっていたことになる。

92年の「Achy Breaky Heart」が大ヒット。
全豪1位、全米4位、同カントリーチャートで5週連続1位、さらにデビューアルバム「Some Gave All」はビルボードカントリー部門で17週連続1位など、輝かしい成績を記録。
ということは、いちおう自分も「Achy Breaky Heart」をほぼリアルタイムで聴いたことになる。

その後の活動については、ウィキペディア日本語版にはアルバム発表履歴くらいしか書いておらず、チャート順位や売上枚数は不明。
2012年までに13枚のアルバムをリリースしているようだが、目立ったヒット曲はなかったのだろうか。

今年に入ってからの情報に再仰天。
ラッパーのLil Nas Xが発表した「Old Town Road」という曲が、ビルボード1位を獲得。
この曲のリミックスにビリー・レイ・サイラスが参加しており、ビリーとしては初の全米1位・・という話。
カントリー歌手がなぜラッパーの曲に参加してるのか、どっちが誘ったのかはよくわからないが、この異業種交流名刺交換大会みたいな作品はやっぱし論争を呼び、ビルボードはこの曲をカントリーチャートから除すことにしたそうだ。
カントリーはアメリカでもっとも多くの人が聴いている音楽だそうだが、ラップとはリスナー層が全然違うんだろうね。

仰天情報はまだある。
全米で大人気のディズニーチャンネルの「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」というドラマ番組で主人公役を務めたマイリー・サイラスが、ビリーの娘なんだそうだ。
この番組でビリー・レイ・サイラスもマイリーの父親役で登場。
実の親子が劇中も親子役で共演という話。
番組は2006年から5年間続き、2010年のマイリーの年収は30億円以上にもなったらしい。

さらにこの親子を含む家族みんなでカラオケ映像にて共演の実績も持つ。
2017年Apple Music配信のカープール・カラオケで、ビリーとマイリーに加え、妻やマイリーの兄弟も出演し、家族全員で「Achy Breaky Heart」を合唱したとのこと。
マイリーの兄トレイス、姉ブランディー、弟ブレイズン、妹ノアも全員芸能人だそうです。
高島一家も仰天の芸能家族。
いずれにしても親父を超える大スターとなったマイリー。
歌手や女優として活動し、様々なゴシップで全米を賑わせており、ウィキペディア日本語版は父親よりも情報量が多い。

もちろん何もかもが初めて知る話。
ビリー本人はともかく、子供たちの活躍も全然知らなかった。
ディズニー・チャンネルやカラオケ映像は日本でも観ることは可能なんだろうけど、番組や親子の大ファンでしたよなんて人は日本にどれくらいいるのかな?

お父ちゃんビリーの代名詞「Achy Breaky Heart」だが、本人のオリジナルではなく、作ったのはドン・ヴォン・トレスというカントリーの作曲家だそうだ。
またこの曲をビリーよりも前にマーシー・ブラザーズというバンドが「Don't Tell My Heart」というタイトルで曲名で発表しており、その翌年ビリー・レイ・サイラスがタイトルを「Achy Breaky Heart」に変えて大ヒット・・という経緯。

この曲、感覚的にはのどかな田舎の風景が思い浮かぶおだやかなカントリーのイメージとはかなり違う。
リズムやテンポはそれほど激しくはないが、なんとなくブルースの香りもする太い曲だ。
歌詞も別れた女に対するヤケクソな捨てゼリフのようであんまし明るくはない。
自分が聴いた・・というか見たMTVはライブ映像で、客の歓声も入っている。
好みかどうかは正直微妙だが、メロディや構成がわりと単調なので印象に残る曲ではある。

そんなわけで、ビリー・レイ・サイラス。
ジャンルがロックとは違うようなんで、日本では聴いてきた方もちょっと少ないのかもしれません。
聴くとしたらもちろん最初で最大のヒットアルバム「Some Gave All」は外せないでしょうけど、他によい作品があれば教えていただけたらと思います。

 

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