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聴いてない 第247回 ルパート・ホルムズ

これまで繰り返し述べてきたとおり、自分が主に柏村武昭の指導で洋楽を幅広く聴き始めたのは79年からなのだが、その79年に全米1位の大ヒットを飛ばしたのがルパート・ホルムズである。
大ヒット曲とは言わずと知れた「Escape(The Pina Colada Song)」。
40年(!)経過した今でもたまにFMでかかることがある、名曲である。
でも、たぶん曲のほうが知名度が高く、世間では一発屋とされてることも多いのではないかと思われる。

ルパート・ホルムズ、全米1位以外のキャリアについてはほとんど知らず、実は顔もよく知らない。
そもそもルパート・ホルムズという当時の表記も発音に忠実ではなく、途中からルパート・ホームズに変わったことも覚えている。
たぶんHolmesの綴りに釣られたんでしょうね。
ホルメスにしなかっただけでもよかったとは思うけど。
適切でないことは承知の上で、やはりホルムズのほうがしっくりくるので、今回の表記もホルムズとします。

そのルパート・ホルムズ、一応「Him」「Morning Man」も聴いている。
アルバムは聴いてないので、聴いてない度は異例の3。
「Morning Man」は80年の作品だが、発売当時AMラジオの深夜放送でもコマーシャルが流れていた。
全米1位という快挙の翌年だったので、レコード会社もまだ気合を込めてプロモーションしていたのだろう。
残念ながらこの曲は最高68位に終わったそうだが・・・

全米1位から記念すべき40周年をむかえ、あらためてルパート・ホルムズについて調査。

ルパート・ホルムズは1947年イギリスに生まれ、ニューヨークで育つ。
60年代後半に作曲家となり、アレンジやプロデュース業でも活動。
「71年に初のヒットを飛ばす」・・っていくつかのサイトに書いてあるが、ソロデビューは74年。
あれ・・?
じゃあ71年の初ヒット曲って何?バンド?提供曲?

謎の初ヒット曲はよくわからないまま、取り急ぎアルバム「Widescreen」でソロデビュー。
その後バーブラ・ストライサンドに気に入られ、バーブラの75年発表のアルバム「Lazy Afternoon」をプロデュース。
またバリー・マニロウへの楽曲提供やプロデュースなども手がける。

自身のブレイクは79年に発表したアルバム「Partners In Crime(邦題:共犯者)」。
このアルバムからシングルカットされた「「Escape(The Pina Colada Song)」が全米1位を記録。
「Him」も全米6位と大ヒットし、一躍スターの座とありあまるおこづかい(たぶん)を獲得した。
ちなみにシングルはもう1曲「Answering Machine」があり、全米32位。

勢いに乗ったルパートは翌80年にアルバム「Adventure」をリリース、返す刀で世界歌謡祭で歌うため来日も果たす。
「Adventure」は自分の聴いた「Morning Man」も収録された渾身の作品だったが、前述のとおりセールスとしては振るわず前作よりも大幅に後退した形となった。
81年に「Full Circle」を発表するが、その後歌手としての活動はほぼ停止。
ミュージカルの音楽担当など裏方の仕事を主軸に活動し、トニー賞も受賞。

シンガーとしての作品発表は10年以上経過してからとなる。
94年にアルバム「Scenario(シナリオ)」を発表するが、オリジナルアルバムはこれ以降出ておらず、企画盤やベスト盤のみが発売されている。
ということでアルバムは10枚くらい発表しているようだが、今日本で全て手に入れることは難しいのかな?

やはりどれも知らない話ばかりであった。
世界歌謡祭にも来てたんスね。
本人に聞いてみないことには何もわからないけど、実は華やかな表舞台で喝采浴びるよりも、大スターを支える裏方のほうが性に合ってる人なのかもしれない。
思いがけない大ヒットに一番困惑してしまったのがルパート・ホルムズ自身だったりするのだろうか。

さて「Escape」がヒットした理由は、サウンドよりも歌詞の内容にある、と言っていいと思う。
今ネットで検索しても歌詞の内容にふれた文章が多く見つかるし、独自に和訳している人も多い。
当時日本語だけはまあまあ話せる極東の低偏差値学生だった自分でも、この曲の歌詞の大意情報を仕入れることはできていた。
雑誌に和訳が書いてあったり、ラジオ番組でも意味を説明したりしていたからだ。
日本でも歌詞の意味を理解して聴いてほしいとレコード会社側が思ったのだろうか?
いずれにしても「ザッパ&マザースのライブに行ったらどっかのバカが火を放ち、湖上の煙~火の粉がパチパチ~」とか「ママが教えた動き方だよ!汗をかいて気持ちいい!ああ僕の赤ちゃん!」とか、「実は大したことを歌っていない」という数ある洋楽の名曲とは一線を画す名作なのだ。(適当かつ乱暴)

副題でもあり歌詞にも出てくる「ピニャ・コラーダ」とは、ラムとココナッツミルクとパイナップルジュースを合わせたカクテルの名前とのこと。
ともあれアダルトな雰囲気の充満する、しっかりオチまでついた物語は、日本のアホウな子供であった自分にとっても興味深いものだった。
学校でも洋楽好きな先輩(女子)と「いい曲だね」「でも出来すぎだね」などと語り合った記憶がある。

ただしそこまで盛り上がっていながら、ほぼその時だけの流行で終わってしまい、アルバムを聴いたりしたことはなかった。
録音できた3曲はいずれも嫌いではなかったので、その後も柏村武昭が紹介さえしてくれたらきっとアルバムも聴いていたと思う。(毎回人のせい)

というわけで、ルパート・ホルムズ。
チャラい産業ロックとは少し違う、AORを中心に聴いてきた方々に支持されるアーチストだという予感はありますけど、果たしてどうなのでしょうか?
入手可能なおすすめのアルバムがあれば教えていただけたらと思います。

 

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やってない 第43回 ファッション

少し日本語ヘンですけど、意味は伝わるでしょうか。
「おしゃれ」と言い換えてもいいですけど、簡単に言うと「ファッション全般にうとい」です。
具体的には、着るものについて積極的に流行を採り入れたり、バーゲン会場の行列に並んだり、こだわりのブランドアイテムをそろえたり、ファッション雑誌で最新トレンドを仕入れたり・・といった行動を全然していない、となる。
これは子供の頃から今に至るまで変わらないので、たぶん生涯うといままだろう。

着るものなんてどうでもいいや、といった尖った主義があるわけではないので、あたりさわりのない範囲で身につけてるだけ。
カネもないので当然ブランド物に身を包みプラチナのネックレスで決める、なんてのは全く世界が違うし、かと言って全身ファストファッションでもないし、日々しまむらをパトロールといった方向にも倒れてもいない。
要するに何もわかっていないし、中途半端で主体性もない、という状態。

昔の昭和の子供は多くがそうだったと思うが、親の買ってきた服や靴をそれほど抵抗もなく使用していた。
金持ちの家の友達もいたかもしれないが、少なくとも花輪君みたいなあからさまにステージの違う子は周りにはいなかった。

成長して高校生や大学生になれば、多くの男もそれなりに色気づいて突然モデルチェンジしたり(しかも大半は変なカッコウ)するもんだが、自分の場合はやや特殊な事情があった。
それは毎度おなじみ姉の存在である。

今はただのおばはんだが、若い頃は服飾の専門学校で洋裁を学んでおり、少なくともふつうの女子学生よりはファッションに関心が高い女だった。
で、歳だけはせっかくナウいヤングになってきたのにいつまでもクソダサい服しか着ない弟をたぶん恥ずかしく思ったのだろう、ファッション指定が始まったのである。
指導ではなく指定。
つまり「今日はこれを着ていけ」「これを買ってきたので着てみろ」という指定。
今風に言うと弟のスタイリストになったのだ。(少し違う)

その弟は、当時から己のファッションセンスになんか全く自信もなかったので、姉の指定に対して抵抗もなく従順に着て学校に行ったりデートに出かけたりしていた。
大学生の頃は、姉が時間割のように毎日のチョイスとコーディネートを表に書き、壁に貼ったりしていた。
毎朝何を着ていこうか迷うこともなかったので、この制度は実はかなりありがたかったのである。
当時あまり男子大学生が来てなかったような、ピンクハウスやパーソンズといったブランドを着せられていました。(女子かよ)

姉にとっても弟をコーディネートすることが自身のファッションの勉強に通じるところもあり、一方で弟の自分も「服飾専門学生の姉が最新のコーディネートをしてくれる」という特殊な環境を友人にうらやましがられたりしてたので、姉弟ともこの状況を案外楽しんでいたと思う。
この「姉の着せ替え人形時代」は学生である間中続いた。

結婚した後も服装は結局妻任せ。
妻は姉ほどの強固なファッションポリシーは持っていないが、「ダサいおっさん」になるかどうかの判断力は標準的に備わっており、今も服を買う時は妻のチェックを受けるようにしている。
当然だがこうして全てスタイリストに任せっぱなしだったために、センスや知識は一切向上せず、主体性のない典型的な昭和のダメおっさんが完成したのである。

なので今世の中でどんなファッションが流行っているのか、どれとどれを組み合わせたらいいのか、全然自信がない。
自力で全身コーディネートしてみたら、たぶんドン小西やアンミカから真っ先にダメ出しをくらうと思う。

生涯で一度もやったことのないファッションや身に着けたことがないアイテム、というのがかなりある。
・裸足に革靴
・タンクトップ
・和装
・ネックレス
・指輪
・ミリタリー
・ニット帽
・革ジャン
・ダメージジーンズ
・ループタイ

思いつくままあげてもこんなにある。
「どれも全部やってるよ」という男もあまりいないとは思うが、やはりバリエーションは貧弱なほうだと思う。
もう若くもないので、今さらできないものも相当あるはずだ。

体格が貧相なので裸足とかタンクトップなんて露出の多いカッコウはムリだ。
和装はせいぜい旅館の浴衣を着るくらいで、それも基本的に入院患者にしか見えない。
革ジャンは若い頃父親のものを勝手に着て出かけたことが一度だけあったが、サイズが微妙に合っておらず、革のニオイにも慣れなかったため、すぐにやめてしまった。

もともと雑誌はあまり読まないが、ファッション雑誌なんて買ったこともないし、病院の待合室でLEONとアサヒ芸能が置いてあったらまずアサ芸しか手に取らない。
従ってファッションの一般教養すらも身についていないのだ。
今メンズファッション雑誌ってどれくらいあるんだろう?

ファッション用語も意味をわかっていないものばかり。
デニムとジーンズって何が違うの?
ブルゾンとジャンパーの違いは?
チョッキとベストとジレって全部同じ?
・・・といった素朴な疑問から、「こなれ感」「抜け感」「ノームコア」「アースカラー」「ギーシック」なんて全然わからない謎の言葉もたくさんある。
みんなこれわかって使ってるんですかね?
「ぷく先輩、今日のブルゾン、アースカラーでこなれ感がイカしてますね!」とか言うんでしょうか?(適当)

というわけで、終始デタラメですがファッション。
みなさんはどれくらいファッションに関心をお持ちでしょうか?
こだわりのポリシーや自慢のアイテムなど、ご自身のファッションについて教えていただけたらと思います。

 

 

 

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