« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »

聴いてみた 第148回 ポール・マッカートニー その2

中高年ポール・マッカートニー手遅れ補講シリーズ、今回は「Ram」を聴いてみました。

「Ram」は1971年5月発表で、名義としてはソロではなくポール&リンダ・マッカートニーで、プロデュースもこの二人。
主な参加ミュージシャンはデビッド・スピノザ(G)、ヒュー・マクラッケン(G)、デニー・シーウェル(D)。
また「Uncle Albert/Admiral Halsey」「The Back Seat of My Car」の2曲でニューヨーク・フィルハーモニー楽団を起用するなど、前作に比べ力の入った造りのアルバムとのこと。
セールスとしても全英1位・全米2位を記録。
曲の大半をスコットランドの農場に引きこもった時に作ったので、その農場の丘にたくさんいた羊をタイトルやジャケットに使ったらしい。
自分が聴いたのは1993年発売のリマスター盤で、ボーナストラック2曲が追加収録されている。

Ram

このアルバムこそがポールの作品で最も「ジョン・レノンの存在」を意識して作られているそうだ。
果たしてどんなアルバムなのだろうか。

・・・・・聴いてみた。 

1. Too Many People
いちおう以前から聴いてはいた曲でスタート。
ジョン・レノンに対する批判と、ビートルズへの決別を表現した曲とされる。
そういう情報をふまえて聴くと、ポールのボーカルもなんとなく不機嫌でキレ気味に思えるから不思議だ。
メロディは楽しそうでいいけど。

2. 3 Legs(3本足)
この曲は初めて聴いた。
アコースティックなブルースだが、これもまたジョンに対する失望を歌っているそうだ。
終盤リズムが変わるところはやはりポールらしいと思う。

3. Ram On
ウクレレで始まる意外なイントロ。
楽曲自体は後世に歌い継がれる名曲・・ではなく、感動もあまりない。
むしろリンダのコーラスがいい味わいであることに気づく。

4. Dear Boy
ここからようやくポール・マッカートニー本領発揮。
美しいメロディや構成、コーラスとの調和はやはり秀逸である。

5. Uncle Albert/Admiral Halsey(アンクル・アルバート~ハルセイ提督)
LPではA面最後のこの曲はベスト盤で聴いていた。
個人的には「Yellow Submarine」に似ていると思う。
雷雨効果音や不思議なメドレーが物語を感じさせる。
アルバムではエンディングも次の曲とつながっている感じ。
ポールのシングル(厳密にはポール&リンダ名義だけど)としての最初の全米1位を記録。
アンクル・アルバートとはポールの叔父の名前で、父親の仕事仲間だった人物とのこと。

6. Smile Away
重低音が腹に響くロック。
これは面白い。
ジョンや評論家からの批判を「笑い飛ばせ」と押し返した曲とのこと。

7. Heart Of The Country(故郷のこころ)
これもベスト盤で聴いていた。
田舎暮らしを歌った曲だそうだが、ただのカントリーにならないのがポールらしいところ。

8. Monkberry Moon Delight
「Smile Away」をさらに野蛮にしたような雰囲気。
これもキレ気味なボーカルだが、メロディ自体は悪くない。
ポールがもっと普通に歌ったらヒットしたんじゃないだろうか。
ところどころで入るリンダの合いの手?も多少雑な感じだが、二人の声や調子は意外にマッチしている。
コーラスには娘のヘザーも参加してるそうだ。

9. Eat At Home(出ておいでよ、お嬢さん)
軽快で楽しいナンバー。
リンダは合いの手ではなくきっちりバックボーカルを務めている。

10. Long Haired Lady
曲の雰囲気は「Heart Of The Country」に似ているが、結構いろいろな楽器の音がする。
リンダがバックでなく前に出て歌ったり一人で歌うパートがあるが、やはりポールと合わせたほうがいいなぁ。
リードシンガーとしてはやはり不安だ。

11. Ram On
LPではA面にあった曲のリプライズ。
この辺の作りはやはりビートルズを思わせる。

12. The Back Seat Of My Car
ネットではこの曲を一押しする意見がたくさんあるが、個人的にはそれほど印象には残らない。

以下はボーナストラック。
13. Another Day
ビートルズの曲と同じように何度も聴いてきた曲である。
ボーナストラックではあるが、これが一番ポールらしい名曲。
なぜ発売当時にアルバム収録されなかったのか不思議だ。

14. Oh Woman, Oh Why
終始「Oh! Darling」のようなヤケクソなシャウト。
終盤で銃声のような音が聞こえるのが不気味。

聴き終えた。

まず率直な感想として、前作よりもレベルが上がっているという評価は当たっていると感じた。
曲を作った時期は前作各曲と同じく田舎に引きこもった頃のものが多いらしいが、「Ram」のほうが歌い方にも力がこもっているし、楽曲としての完成度が高いと思う。
そう感じる明確な理由はもうひとつあって、リンダの存在感が飛躍的に向上している点。
どの曲でもポールのボーカルをしっかりサポートする見事なコーラスを当てている。

ただし。
ポールのロックンロールやブルース趣味が全面的に好みに合致するかというとそうでもない。
自分の場合、ビートルズでのポールのロックでも好みはわりとはっきりしており、「のっぽのサリー」なんかは大好きだが、「Why Don't We Do It In The Road?」「Oh! Darling」のシャウトや「Hey Jude」のアウトロなどはそれほどいいとも思わない。
なのでこのアルバムでも、もう少し落ち着いて歌ってほしい曲がいくつかある、という感想になる。

さてウィングスも含めて70年代のポールの作品は、どれもジョン・レノンとの関係をふまえて鑑賞するというのが世界標準の規定になっている。
前述の通りこの「Ram」もそうした情報抜きには語れず、A面の4曲はいずれもジョン・レノンに対する批判皮肉が歌詞に込められた曲とされている。
これらに対するジョンの反撃・返答が「How Do You Sleep?」で、あえてジョージ・ハリスンを参加させてポールの気持ちを逆なでようとするえげつない意図が強烈に表れている。
この曲を作っている場面にはリンゴも立ち会っていたが、元の歌詞のあまりのひどさに次第に不愉快になり、ジョンに「いい加減にしろよ」と忠告したため、ジョンは渋々?婉曲な表現に歌詞を変えたそうだ。

さらに「How Do You Sleep?」が収録されたアルバム「Imagine」には、ジョンが豚を捕まえている写真がおまけで付いていた。
ジョンが「Ram」のジャケットをからかって作ったのは明らかで、ここまで露骨な構図を見れば、やっぱり当時の二人の関係は険悪だったというのが一般的な解釈だろう。
「How Do You Sleep?」についてのジョンのコメントをどこかで読んだが、「当時の心の中の怒りやフラストレーションをぶつけた曲で、結果としてポールを利用させてもらった」「結局は自分のことを書いていたのかもしれない」というようなことを言っていた。
後付けの言い訳のようにも思えるが、やや後悔の心境が表れたジョンの本音だと感じた。
いずれにしてもポールもジョンも、互いを攻撃する曲を作って歌っても、話題にはなるけど歌い継がれる名曲にはやっぱりならなかったようだ。

というわけで、「Ram」。
トータルでは決して悪くないが、やはりウィングスのアルバムに比べるとやや物足りない印象でした。
もう少し聴きこんでいけば、評価は変わってくるかもしれません。
ウィングス作品では「Wings Wild Life」「Back to the Egg」が未聴で残っているので、早いうちに聴いておきたいと思います。

| | | コメント (6) | トラックバック (0)

読んでみた 第55回 文藝別冊 マイケル・シェンカー

今回読んでみたのは「文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
前回のジェフ・ベック以上に聴いてないマイケル・シェンカーだが、文藝別冊シリーズで昨年8月に出版されたので図書館で借りてみました。

Michael_schenker

マイケル・シェンカー・グループのアルバムを聴いたのは10年以上前になる。
その時はさほど拒絶感はなかったはずなのだが、その後全く定着せずUFOも含めた他のアルバムにも一切手を出すことなく今に至る。
中古で買ったMSGのファーストアルバムCDも手元に残っているかどうかすら不明。
「ストーンズやパープルなどの学習に忙しかった」という中学生みたいな言い訳しか出てこないが、実態はこんな有様である。

そんなつれない扱いしかしてこなかった自分が、マイケル本を読んで理解できるわけもないのだが、河出書房新社の寛容な社風に感謝しながら読むことにした。(買ってないけど)

・・・・・読んでみた。

正式な書名は「KAWADE夢ムック 文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
サブタイトルには「永久保存版 総特集」とか「神、降臨――永遠のフライング・アロウ」などといった勇ましいアオリが並ぶ。
版元は信頼の企画と安心の編集で名高い河出書房新社。
176ページ、本体価格1,300円。
他の文藝別冊シリーズに比べると若干ページ数が少ない。

目次はこんな感じ。 

【ロング・インタビュー】
伊藤政則
「伊藤政則が語るフライングV伝説」(聞き手:武田砂鉄)
 
【スペシャル・インタビュー】
松本孝弘(B'z)
「神には感謝しかない――もはや血肉となっているその音と技」(聞き手:伊藤政則)
 
【特別寄稿/エッセイ】
堂場瞬一「この神はどちらの神か」
 
【特別寄稿/マンガ】
喜国雅彦「Vの神様」
 
【インタビュー】
マーティ・フリードマン
「HR/HMのクオリティを押し上げたメロディアス・ギタリストの元祖」
 
【ヒストリー】
舩曳将仁「神の軌跡」
 
【論考】
大鷹俊一「マイケル・シェンカーは来なかった!――UFO襲来の衝撃」
増田勇一「彼のギターが歌うのだから」
山﨑智之「マイケル・シェンカーとギタリストたち」
 
【エッセイ】
五十嵐太郎「アイコン楽器としてのフライングV」
武田砂鉄「その不機嫌を観たい」
本郷和人「滝廉太郎とマイケル・シェンカーの遠くて近い関係」
吉川浩満「部屋に到来する神について」
鈴木輝久「「ゲイリー・バーデン版ダンサー」の始末」
 
【アルバム・セレクト】
マイケル・シェンカーと響き合う10枚(舩曳将仁)
マイケル・シェンカーの遺伝子を受け継ぐ10枚(武田砂鉄)
 
【徹底解題ディスク・レビュー 1972~2018】

構成自体はいつも通りの文藝別冊シリーズである。
インタビューも書き手も「なぜこんな人が?」という例はおそらくなく、王道の企画と鉄板の編集。
巻頭には信頼と実績の伊藤政則インタビュー。
さらに他のインタビュー記事はB'zの松本孝弘、そしてマーティー・フリードマン。
この人選はマイケルのファンとしても良かったんじゃないでしょうか?
ジェフ・ベックを語るのにヨッチャン呼んじゃうよりは全然いいのでは・・・

ただし。
インタビューも書き手も、現業こそ違えど大半は「リスナーとしてマイケル・シェンカーにふれてきた日本人」という立場の方々である。
マイケルご本人のインタビューはなく、バンドメイトやプロデューサーといった関係者の話もない。
関係者の談話が絶対必要なのかと言われるとそうでもないが、やはり新たな発見を読者としては求めたいはずである。
今はネットで海外ミュージシャンの最近の動向や関係者の裏話も簡単に得られるので、編集側としてもあえてそういう企画は起こさなかったということだろうか。

そういう意味ではかつて70・80年代にあった洋楽雑誌のような「懐かしい」編集である。
巻頭インタビューで政則氏が「当時はネットなんてないから、みんな想像も膨らませつつ書いてたんだ。その分書き手の思いが入ってくる」と話しているが、この本はまさにそういうノリである。
その「書き手の思い」が心にスイングするかどうかは読者側の問題なので、当然だが評価は割れると思う。
まあこれはマイケル・シェンカーだけでなく、この「文藝別冊シリーズ」に共通することかもしれないが。

ちなみに他のシリーズにはあったカラーグラビアページも、この本にはない。
意図は不明。
フライングVを手にするマイケル・シェンカーなんて文字通り「絵になる男」ではあると思うのだが・・
権利関係とか予算の問題だろうか?

また全体としてはわりと平易でわかりやすい文章が多い。
これは「文章がわかりやすい」という意味であり、「そんな話はオレでも知っている」ということではもちろんない。
マイケル・シェンカーを全然聴いてない自分でも、「ちょっと何を言ってるのかわからない」といった富澤状態になるような難解な内容や文体はあまり出てこない。
マイケル神を崇拝するあまり延々と知識自慢を繰り広げたり他のアーチストを見下したりというクセのすごい文章は見当たらなかった。

なのでマイケル・シェンカー入門書としての体裁は問題ないと思う。
逆に言えば大笑いや大発見といった尖った話も思ったほど書かれていない(と思う)。
前述のとおり現場関係者の談話がないので、日本のファンでも「えっ知らなかった」という類のエピソードは載っていないんじゃないかと思われる。
Amazonレビューにはかなり厳しい評価が並んでいるが、詳しいファンや長くマイケル・シェンカーを聴いてきたリスナーから言わせると「物足りない」ということになるのかもしれない。

自分はやはり山﨑智之の「マイケル・シェンカーとギタリストたち」が一番面白かった。
業界に居並ぶ名ギタリストに対するマイケルの評価は非常に興味深い。
まずマイケルは「レッド・ツェッペリンディープ・パープルブラック・サバスのディストーション・サウンドを愛している」という。
その前提?で、ジミー・ペイジについては「ギタリストとしては過大評価されている」と辛辣な意見。
一方でトニー・アイオミを「最高のリード・プレイヤーではないが、魂とスペシャルな個性がある」と評価している。
さらにリッチー・ブラックモアに対しては「ロック界で彼だけの個性を確立している」と絶賛。
ただし「リッチーに影響を受けた」とは言っていないそうだが。

このギタリスト評をまとめると、なんとなく言ってることはイングウェイ・マルムスティーンに近い気がする。
さらに興味深いのが、そのインギーとエドワード・ヴァン・ヘイレンについて「無視できない存在だった」としている点。
神と呼ばれたマイケルも、後輩二人の突出した才能は認めていたということのようだ。

あちこちに書いてあるのがマイケル・シェンカーの「不安定」な部分。
ハードロック業界には他にもそんなアーチストはたっくさんいるはずだけど、とにかくマイケルは体調不良やドラッグやアルコールなどで精神も就業に対しても不安定になることが多発しており、バンド脱退や解散、コンサート中止・中断なんかしょっちゅうというステキな人物で通ってきている。
一時期は「今回はちゃんと日本に来た」ってのがファンの間で話題になるくらいだったそうですが・・

単純に言えば社会人としてちょっと一緒には仕事したくはないと思うレベルなんだけど、コアなファンはそういう不安定なところも含めてマイケル・シェンカーを追っているフシがある。
無事に来日してくれて無事にコンサートやってくれてという普通の展開に安堵しながらも、どこかで「ああああやっぱ今回もダメだったマイケル・シェンカー」を期待している・・という、一般人には理解しがたい感覚を持って臨んでいる人が必ずいるのだ。
まあ故障だらけの外車の話を楽しそうにしてるオヤジってのもいますけど、あれに近いのかな?

そんなわけでどのページも比較的おだやかに楽しめるこの本だが、自分でもわかる残念な点はやはりある。
それは読者全員が共感するであろう、喜国雅彦のマンガ「Vの神様」。
喜国雅彦と言えばメタルファン(確かモトリーの大ファン)で有名な漫画家であり、編集側としても間違いのない人選だったはず。
しかし。
非常に残念なことに、この「Vの神様」は文字にすることすら億劫なほどレベルが低く、マイケル・シェンカーにはほとんどふれず、ダジャレとダ落ちに終始するという大学生の同人誌以下な内容。
これはダメでしょう。
「特別寄稿」として発注した以上掲載しないわけにはいかなかった版元側の都合もあっただろうけど、この内容で掲載を決断しちゃったのは編集の落ち度でもある。
それにしてもどうした喜国雅彦?
もしかしてあんましマイケル・シェンカーには興味なかったのか?

というわけで、「文藝別冊 マイケル・シェンカー」。
初心者の自分からするととてもためになる内容だと思います。
本文はもとより巻末のディスク・レビューなど今後の学習(するのか不明だけど)には大変役立つ資料になると感じました。
一方でファンからの厳しい感想も、なんとなくわかる気はしました。
今後もし増補版が出るようなら、もう少しマイケル本人や近い人の談話を掲載してもらえたらと思います。

| | | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »