« 2018年5月 | トップページ

聴いてない 第237回 グラス・タイガー

今日のお題は唐突に思い出したグラス・タイガー。
日本でヒットしてた時期がわりと短い期間だったため、その当時洋楽を聴いていた人でなければ知らないバンドだと思う。

グラス・タイガーはカナダのバンドである。
ヒットした「Don't forget me(When I'm Gone)」にブライアン・アダムスが参加しており、当時の雑誌には「ブライアンの弟分」「ブライアンが発掘」などといったアオリで紹介されていた。
この情報も聴いていた人ならおおむね知っているのではないだろうか。

で、自分も一応そこまでの知識は仕入れていたが、エアチェックできたのはその「Don't forget me(When I'm Gone)」と、「Someday」の2曲だけ。
どちらもいい曲だったが、アルバム鑑賞にまでは発展せず、それっきり。
聴いてない度は微妙の3。

さてグラス・タイガーを採り上げるにあたり、まずはネットで検索・・と思ったら、やはりウィキペディア日本語版がない。
いくつかのサイトやBLOGを巡回しかき集めた情報が以下になります。

グラスタイガーは83年頃カナダのオンタリオ州で結成。
カナダの5人組だがアラン・フルーだけがスコットランド出身。
メンバーは以下のみなさんである。
・アラン・フルー(Vo)
・アル・コンリー(G)
・サム・リード(K)
・ウェイン・パーカー(B)
・マイケル・ハンソン(D)

グラス・タイガーの原型はアル・コンリーを除く4人が結成した「Tokyo」というバンド。
(アル・コンリーは後から加入)
カルチャー・クラブのツアー前座が評価され、85年頃にキャピトルレコードと契約し、グラス・タイガーとしてデビュー。
ブライアン・アダムスのバックバンドなどを務めた後、ジム・ヴァランスのプロデュースでアルバム「Thin Red Line(傷だらけの勲章)」を発表。
ブライアンも参加した「Don't forget me(When I'm Gone)」や、「Someday」を含むシングル5曲が全てチャートインし、アルバムもカナダやアメリカで大ヒット。

その後88年にアルバム「Diamond Sun」を発表し、カナダではダブルプラチナを獲得したが、ドラムのマイケル・ハンソンが脱退。
4人となった後もバンドは91年にアルバム「Simple Mission」をリリース。
シングル「My Town」にはロッド・スチュワートが参加し、カナダでは8位、イギリスで33位、ドイツでは1位を記録した。
しかしアメリカや日本ではあまり売れず、バンドは93年に解散する。

2000年にクリス・マクニールをドラマーに迎え、5人組で再結成。
2005年に新曲を含むベスト盤を発表。
2012年にはデビューアルバム「Thin Red Line」のアニバーサリー・エディション盤が発売された。
DISC1がオリジナル・アルバムのリマスター盤、DISC2はヒット曲のロング・バージョンやライブ音源、未発表デモなどが収録されているそうだ。
本国カナダでは現在も活動中で、昨年もイベントやフェスで演奏したとのこと。
ただスタジオ盤は93年以降リリースはない。

ということでどれも全然知らない話であった。
アマチュア時代のバンド名が「Tokyo」だったのも今回初めて知った。
なんでTokyoだったんだろう?

同じような時期に同じくカナダ出身として活躍したラヴァーボーイコリー・ハートよりも印象は薄く、ミュージックライフで彼らの記事を見た記憶もない。
申し訳ないがアルバムジャケットも全く見覚えはなく、メンバーの名前も顔も知らなかった。
洋楽新人バンドってのはボーカルやリーダーによほど強烈なキャラクターやビジュアルや奇行が備わっていないと、日本のリスナーにメンバーまで記憶してもらうのは難しいとは思う。
デビューアルバムの邦題「傷だらけの勲章」も、当時のレコード会社の人は一生懸命考えたんだろうけど、なんか70年代青春ドラマっぽくてバンドのイメージやサウンドには全然合っておらず、戦略的に成功したとは思えませんけど・・

聴いてる2曲はたぶん柏村武昭プレゼンツだが、どちらもおだやかで聴きやすくいい曲だ。
「Someday」のほうがメロディがきれいだが、サビまでが少し短いように思う。
「Don't forget me(When I'm Gone)」のブライアン・アダムスのバックボーカルは、聴けばすぐにブライアンだとわかる。
曲調を大幅に飛び越えてブライアンの声が出ているので、冷静に聴くと少しやりすぎというかあまり合っていない気はする。
ただ「ブライアンも参加してる!」というのは当時の日本のヤングにとっては重要な付加情報だったので、やはり参加していただいて正解であったと思われる。

88年の「My Song」はアラン・フルーが故郷スコットランドに思いをはせて作った歌だそうだ。
前述のとおりロッド・スチュワートが参加してるそうだが、これもブライアン同様ある意味リスキーな演出ではある。
ロッドなんてブライアン以上に聴いてすぐわかるシンガーなので、話題にはなるけどヘタすると全部持っていかれる・・という葛藤はなかったのだろうか?
いずれにせよこの曲は聴いてみたいと思う。

というわけで、グラス・タイガー。
そもそも皆様はこのバンド、覚えておられるでしょうか?
アルバムを聴くとしたら当然「「Thin Red Line」からだとは思いますが、鑑賞履歴などお知らせいただけたらと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

聴いてみた 第145回 デュラン・デュラン

今日聴いてみたのは驚愕のデュラン・デュラン
92年発表の「Duran Duran」、通称「ザ・ウェディング・アルバム」を聴いてみました。

その昔デュランはカルチャー・クラブ、ワム!とともに3大英国バンドとして日本のナウい若者を狂喜させていた・・と勝手に思う。
勝手に思ってるだけなので「バカモノオマエ3大英国バンドと言ったらなぁ」というご意見は当然あろうが、柏村チルドレンであるあたしは当時も今もこう思ってます。
その3大バンドで自分がよく聴いていたのはカルチャー・クラブだけだが、デュランの曲もFMで簡単にエアチェックできたので、知ってるヒット曲はそれなりにある。
アルバム「Rio」「Seven And The Ragged Tiger」は貸しレコード屋でLPを借りたが、思ったほど定着せず録音したテープは残っていない。
90年以降アルバムは聴いておらず、シングルも「Ordinary World」しか知らない。
自分のデュランに対する扱いはおおむねこんな程度だった。

1985年にバンドは分裂し、パワー・ステーションとアーケィデイアそれぞれで活動。
その後デュランとして再始動するがメンバーは3人となった。
アルバム「Notorious」は大ヒットするが、88年の「Big Thing」、90年「Liberty」で段階的に人気が下降。
3年ほどの停滞期間を経て発表されたのがこの「ウェディング・アルバム」である。

Duran

メンバーはニック、サイモン、ジョンに加え、ウォーレン・ククルロ。
ただしジョン・テイラーは2曲だけの参加。
ククルロさんのことはよく知らなかったので少し調べました。
元はフランク・ザッパ・バンドのメンバーで、脱退後はテリー・ボジオ夫妻らとともにミッシング・パーソンズを結成。
解散後86年頃デュランにサポートとして参加し、ツアーにも同行するようになる。
アルバム「Liberty」では正式なメンバーとなり、2001年までバンドに在籍した。
ザッパ・バンド出身ミュージシャンは変な人ばっかだそうだが、ククルロさんもギターテクは鋭いけどやっぱ変人らしい。

ということでレコード会社も当初発売には難色を示したと言われるデュラン復活の名盤「ウェディング・アルバム」。
果たしてどんな音がするのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

Too Much Information
Ordinary World
Love Voodoo
Drowning Man
Shotgun
Come Undone
Breath After Breath
UMF
Femme Fatale
None of the Above
Shelter
To Whom It May Concern
Sin of the City

ボーナストラック
Time for Temptation
Stop Dead

うーん・・・
80年代の軽薄と神経質が同居するあのデュランとは少し違う。
このアルバムでは軽薄も神経質もやや抑えられた印象。
全体的には落ち着きをたたえ、神経質は幽寂に姿を変えた・・ような感じ。

オープニングの「Too Much Information」はノリのいいロックだが、かつてのヒット曲のようなキャッチーさはない。
かっこいいサウンドではあるが、思ったほど印象に残らないのはなぜだろうか。

大ヒットとなった「Ordinary World」「Come Undone」だが、どちらも確かに名曲だと思う。
特に「Ordinary World」はオープニングの乾いたギターの音、曇ったモノクロなメロディ、広がりのわりにはかなげなボーカルという不思議な聴き所が随所にある。
歌詞を見ながら聴くとわかるが、詞のセンテンスとメロディの小節が微妙に合っておらず、けっこう凝った造りだ。
全然覚えてないが、ソニーのMDウォークマンとトヨタのレジアスのCMにも使われていたそうです。

「Come Undone」は「Ordinary World」と同じく物悲しいバラードだが、もう少しリズミカルで女性ボーカルと掛け合いがあるなど、わりとオールドでシンプルな構成。
ほぼウォーレン・ククルロの作品とのこと。

「Breath After Breath」はイントロは壮大で感動的だが、本編はジェネシスがフラメンコを歌ってるような妙な雰囲気。
「Femme Fatale」は「宿命の女」という邦題がついているようだが、シングルとしてはフランスでのみ発売されたそうだ。
この曲のメロディはどこかジョン・レノンの「Imagine」に似ている。

「UMF」「None of the Above」はどちらも80年代っぽいサウンド。
かすかに聴き覚えがある気がするが、「None of the Above」はホンダのインテグラのCMに使われたそうなので、たぶんそれが記憶の隅に残っていたものと思われる。
なお「None of the Above」は日本でのみシングル発売されている。

「To Whom It May Concern」はイントロでプッシュホン(という呼び方が当時のイギリスでも通用したかは知らないけど)のボタン音や呼び出し音が、また「Sin of the City」では都会の喧騒やパトカーのサイレンが効果として使われているが、どちらもさすがに21世紀の今聴くと古臭い。
90年代でもデュランはまだこういうアレンジをしてたのか・・・
曲調もお得意の神経質エレポで、このあたりはやはり(しかも自分は苦手な)デュランである。

聴き終えた。
テクノやダンスなどあちこちに80年代の音の破片やリズムの残り香はあるが、チャラいイメージや尖った雰囲気はやや薄まり、どこかプログレっぽく難しい雰囲気だと思う。
「オルタナにシフトした」という評価があるようだが、オルタナ自体よく知らないので、あまりこの評価はわからない。
少なくともミラーボールやレーザービームが飛び交うダンスフロアやフルーツ盛り合わせや席取られてるといったオールドなディスコイメージはもうない。(当たり前)

「Ordinary World」「Come Undone」の大ヒット曲は、評判どおりの高品質な作品である。
このヒットで新しいファン層を獲得したそうだが、わかる気はする。
逆に言うとこの2曲が突出して素晴らしく、他の曲とは明らかに色が違うのだ。
全曲この路線で行ってほしかった気もするが、それだとたぶんデュランじゃなくなるのかもしれない。

ジャケットはメンバーの両親の結婚写真とのこと。
どの写真が誰の両親なのか不明だけど、絵としてはもちろん幸せそうで悪くない。
ただなぜこのアルバムはウェディングなのかもよくわからない。
シングルカットされた曲はいずれも結婚とはあんまし関係なさそうだと思いますが・・

デュランのアルバム鑑賞はこれで3枚目なのだが、いずれも曲ごとの好みや評価が大きく分かれてしまい、アルバムとしてのお買い得感はやはり得られなかった。
結局失礼な話になるが、自分にとってデュラン・デュランはやはりベスト盤で満足してしまうバンドなのだ。

ということで、デュラン・デュラン「ウェディング・アルバム」。
「Ordinary World」「Come Undone」が名曲であることは理解できましたが、アルバム全体では好みから遠く難しく厳しい感覚が残りました。
無意味な判定ですが、リアルタイムで聴いていても感想はおそらく同じだったように思います。
残念ながらもう学習意欲はほとんどありませんので、デュランのアルバム鑑賞はこれで終わりになる可能性が高いです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2018年5月 | トップページ