« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »

聴いてみた 第141回 XTC その3

聴いてない音楽を世界中に公表しアドバイスをいただいては生返事というろくでなしBLOGを13年半も続けているが、結局ちっとも定着せず放置してるアーチストを量産するはめになった。(愚)
図らずもその放置バンド代表格となったのがXTCである。

White Music」で粉々になり、「Nonsuch」で多少回復したものの、以降8年以上他のアルバムにトライしていないという、ダメOLのダイエットみたいな続かなさ。
そこで今回は生まれ変わったわたくしを見ていただくため、ボストンの新作並みに時間を空けて三度XTCに挑戦することを決意しました。(誰も視線を合わさない)
聴いたのはあのトッド・ラングレンがプロデュースした名盤「Skylarking」である。
あ、トッドも同じくらい長期間放置しています・・・すいません・・・

Skylarking

「Skylarking」は1986年の作品で、バンド8枚目のアルバム。
全英最高90位・全米では最高70位を記録。
世界中で大ヒットというわけではないが、トッド登場で話題性は充分にあったと思われる。
タイトルはひばりではなく「バカ騒ぎ」の意味だそうだ。

86年といえば自分は日々産業ロックに汚染され続け、FMステーションを買ってラテカセの前で息を殺して待機したり11PM秘湯の旅に出てくるうさぎちゃんを凝視していた頃だ。
XTCの存在は知っていたような気もするが、エアチェックの機会もなくアルバムジャケットも一切記憶に残っていない。

XTCの卓越した音楽センスと宅録職人トッドの微妙絶妙な融合に生まれた傑作「Skylarking」。(全部受け売り)
バンドのキャリア上の頂点と評価するファンも多いらしい。
正直そう言われても不安はぬぐえないが、果たしてどんな音楽なのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

1.Summer's Cauldron
2.Grass
3.The Meeting Place
4.That's Really Super, Supergirl
5.Ballet for a Rainy Day
6.1000 Umbrellas
7.Season Cycle
8.Earn Enough for Us
9.Big Day
10.Another Satellite
11.Mermaid Smiled
12.The Man Who Sailed Around His Soul
13.Dying
14.Sacrificial Bonfire

「Season Cycle」や「Earn Enough for Us」は楽しそうでよい。
「Another Satellite」はどこか曇っためまい系サウンドだが、エコーやアレンジで80年代っぽい広がりになっており、これも意外にいい感じだ。

このアルバムもやはりあちこちポール・マッカートニー色が濃い。
特に1曲目から8曲目までは頻繁にポール。
メロディやリズムもそうだが、アンディ・パートリッジのボーカルはキーも声質も発声のしかたもポールに似ていると思う。
一方コリン・モールディングの曲や歌はアンディほどポール色は濃くはない。
声もやや濁りがあるし、サウンドも少しひねったものが多い気がする。

後半は曲ごとの雰囲気の違いが目立ち、なんとなく散漫な印象。
終盤「Man Who Sailed Around His Soul」「Dying」「Sacrificial Bonfire」など抑えた曲が続き、少し重い。

なお今回聴いた盤は「Dear God」という曲は未収録だった。
この曲はシングルのみのリリースだったが、思いがけずヒットし、後からアルバムに追加されたそうだ。

「ビートルズを思わせる」と多くのサイトには書いてあるが、個人的にはやはりポール寄りであって、ジョン・レノンを思わせる音は少ないように思う。
なのでむしろ「ウィングスを思わせる」というほうが自分としてはしっくりくる。

ただしウィングス(のヒット曲)ほどのゴージャスさは見当たらない。
86年の音楽にしてはシンプルで、産業ロック的な分厚いサウンド重ねやチャラいアレンジといった要素もない。
これがアンディの意向なのかトッドの趣味なのかはよくわからない。
「Nonsuch」のほうがもう少し大衆的な音だったように思う。

まず「White Music」のような拒絶感・絶望感はない。
どの曲も比較的おだやかで、ムダに絶叫したり不協和音の連続だったり両者リングアウトだったりといった不快感も置き去り感も特にない。
一方でどの曲も音の厚みはあまりなく、ハーモニーや一体感もそれほど重視されていない。
「壮大」「疾走感」「調和」というキーワードを想起させる曲がないのだ。

従って好みかと言われるとまたしても非常に微妙。
「Nonsuch」もそうだが、サウンドや雰囲気は悪くないとは感じたものの、繰り返し聴きたくなるという感情の煮立ちがまだない。
音楽性は全然違うが、感覚的にはイーグルスを聴いた時の状況に似ている。
86年当時リアルタイムで聴いていたら、もう少し違った展開になっていたとは思うが・・
ビートルズのフォロワーは世界中にたくさんいるが、おそらく自分はそういう中でももっとあからさまでダサいオアシスみたいなサウンドのほうが好きなのだろう。

さて。
トッド・ラングレンがプロデューサーを務めた経緯には諸説あるようだが、まずギターのデイブがトッドのファンだった、というのがあったらしい。
当時トッドも自身のバンドであるユートピアの活動は停止中で、意外にヒマだったとかお金がちょっと必要だったとかの背景もあったようだ。

ただ所属レコード会社ヴァージンはこの頃カルチャー・クラブのような稼げるチャラいバンドに注力していて、アンディの意向も深く確認しないままトッド起用を決めてしまったそうだ。
さらにデモテープを聴いたトッドが、曲の選択から曲順まで決めて仕切ろうとしてきたとのこと。
それだとやはりメンバーとしてはトッドを「ウザい教師」みたいに感じてあんましおもしろくはなかったんじゃないかなぁ。

XTCの作った原音に対して、それなりに時間をかけてトッドが調整を施したのに、メンバーは音の仕上がりにもいろいろ不満だったようだ。
発表直後にはアンディとトッドがメディアで互いを非難し合うという楽しい状況にもなったそうだが、まあ今風に言えば多少「釣り」「炎上商法」みたいなものだったのかもしれないスね。

なのでトッドがいなければこのサウンドはなかっただろうけど、XTCの長いキャリアの中で、結局トッドのプロデュースはこの「Skylarking」だけとなっている。
リスナー側にも様々な意見はあるようだが、ネットでいろいろ見てみた範囲ではトッドのプロデュースについてはわりと評価する人が多いように感じた。

というわけで、久しぶりにトライしてみたXTC。
やはりそう甘くはなかったというのが正直な感想です。
ただアルバムごとに作風が大きく違うのがXTCだそうなので、もう少し他のアルバムも学習してみようかと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

聴いてない 第227回 イギー・ポップ

孤高の淫力魔人イギー・ポップ。
なんか昭和のエロい映画みたいなキャッチですけど、みなさんの期待を裏切ることなく、全く聴いておりません。
というか名前しか知らず、人物像や資格や懲罰などの情報も全然仕入れてこなかった。
1曲も知らず、アルバムのタイトルもジャケットも一切思い浮かばない。
聴いてない度は孤高の1。
超難関大学というより、全国でそこしかない独特な研究をやってる謎の学部という感じ。
自分みたいな万年ド素人がたしなむようなアーチストではないのだった。

イギー・ポップと聞いてうっすら前頭葉に浮上するのは「たぶん変わってる人」「なんかいつも上半身裸」といったイメージである。
これだけだと天龍でも飯伏でも真壁でも当てはまってしまうので、イギー・ポップについてマジメに経歴調査。

イギー・ポップは1947年アメリカのミシガン州に生まれる。
・・・出だしからつまづいてるけど、イギリスの人じゃないんですね。
イギーリスのポップな歌手だからイギー・ポップなのかと思ってました・・

本名はジェームズ・ニューエル・オスターバーグ・ジュニアという長い名前。
どこにもイギーもポップもない。
ウィキペディアには「ハイスクール時代にザ・イグアナズなるバンドを結成する」と書いてあるけど、もしかしてこれが芸名の由来なの?
あとバンド名は正確には「ジ・イグアナズ」じゃないの?

その後パイン・ムーヴァーズというバンドを結成(加入?)。
ドラマーとしてスタートするが、ジム・モリソンに憧れてボーカリストに転向。
67年には伝説の破天荒バンド、ザ・ストゥージズを結成する。
69年に元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルのプロデュースによりアルバム「The Stooges」でデビュー。
当時の流行音楽を全て否定したサウンドや、ステージでの暴力的なパフォーマンスで元祖パンクとして若者の支持を集める。

70年にはアルバム「Fun House」を発表。
ここでバンドはいったん解散し、73年に再結成。
「Raw Power(淫力魔人)」はデビッド・ボウイがミキシングで協力したアルバムとして知られる。
しかしイギーの奇行やメンバーの薬物中毒が問題となり、再び活動停止となる。
イギー・ポップ本人はストゥージズを「独創的だっただけ」ととらえていて、メンバー間でもめたりすることもない平和なバンドだったそうだ。

その後ドイツ・ベルリンでボウイとの共作活動を開始する。
77年ボウイのプロデュースでソロアルバム「Idiot(愚者)」「Lust For Life(欲情)」をリリース。
79年にはボウイの力を借りずに「New Values」を発表。
80年以降も毎年アルバムを出したものの、セールスとしては低迷する。

86年に再度ボウイの協力を得てアルバム「Blah-Blah-Blah」をリリース。
収録されていたシングル「Real Wild Child」とともにイギー史上最大のヒットとなる。
・・・86年だと自分も毎晩サルのようにエアチェックしてた頃なのだが、申し訳ないけどイギー・ポップがヒットを飛ばしていたことは全く知らなかった。
たぶん柏村武昭の趣味ではなかったのだろう。

めでたく大ヒットでがっちりお金も儲けたはずだったが、イギー本人は世間に迎合しすぎたと感じていたらしく、このアルバムもシングルも気に入らなかったようだ。
続く88年の「Instinct」で自らの望む方向性に戻したが、売り上げは当然前作に比べて落ちてしまい、レコード会社を移籍することになる。

移籍後第1弾として、90年にドン・ウォズがプロデュースした「Brick By Brick」を発表。
このアルバムにはガンズ&ローゼスのスラッシュとダフ・マッケイガンも参加し、新境地を開拓したと評価されたそうだ。

98年には日本で開催されたフジ・ロック・フェスティバルに登場。
2003年に29年ぶりにストゥージズを再結成し、2007年にはストゥージズとしてアルバムも発表。
イギー本人はストゥージズのピークをこの再結成後の頃だと認識しているらしい。
なおその後も2007年までフジ・ロックなど日本のロック・フェスに度々出演している。

だが2014年ストゥージズのドラマー、スコット・アシュトンが亡くなり、バンドとしては活動停止となった。
イギーは今もステージには上がり続けているが、ストゥージズ時代の曲はもう歌っていないとのこと。

毎度のことながら端から端まで全く知らない話であった。
逆になぜイギー・ポップの名前だけは知っているのかが不明。
FMステーションやミュージックライフでイギーの記事を見た記憶も一切ない。

「なんか変わってる人」というのはたぶん当たっているだろう。
まあロックやパンクの人はだいたい変わってるとは思うが、ライブでのセットリストを事前に決めずステージに上がってから決めたとか、マイクを放り投げて探しもしないとか、客席にダイブしてそのまま帰ってこないとか、いろいろ周りは大変だった人のようだ。
ちなみに江頭2:50はイギーのステージに強い影響を受けてあの芸風になった、という話もあるようです。

イギー・ポップを調べていくと、デビッド・ボウイの名前が頻繁に出てくる。
ボウイが亡くなった後、イギーはボウイについて「人生の光」だと表現したそうだ。
あまりパンクロッカーらしくないけど、いい話だなぁ。
イギーはボウイの協力で何度かアルバムを発表しており、またボウイの作品にもイギーが協力したりという間柄だったそうだが、おそらくはイギーの鋭すぎる個性・音楽性と一般大衆をつなぐ役割をボウイが果たしたのではないかと思う。
ボウイとの共作活動をしていた「ベルリン時代」に作った曲を、今でもイギーは一番気に入っているらしい。

というわけで、イギー・ポップ。
アルバムをじっくり聴いて味わうタイプのミュージシャンではなく、むしろ映像から入ったほうがよさそうな気もしますが、80年代産業ロックに汚染された自分がもし学習を始めるのなら「Blah-Blah-Blah」「Brick By Brick」あたりになるのでしょうか。
みなさんの鑑賞履歴やおすすめのアルバムをご紹介いただけたらと思います。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2017年7月 | トップページ | 2017年9月 »