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聴いてない 第222回 アズテック・カメラ

人並みはずれて聴いてないものが多い自分だが、名前しか知らず聴いてない理由すら判然としない人たちがまだまだ大勢いる。
そこでしばらくはこの「なぜわたくしは聴いていないのだろうか」シリーズを続けてみようと思います。
結局ここまでのシリーズとなんら変わりませんが・・・

さて記念すべき222回は80年代洋楽好きなら誰でも知ってるアズテック・カメラ。
名前しか知らず、1曲も聴いてない。
どんなジャンルなのか、メンバーは何人いるのか、どこの国の人たちなのか、どれくらい借金があるのか、一切の情報を持っていない。
むしろどうして名前を知っているのか不思議だ。

80年代に活躍した人たちだと思うが、おそらくはそれほどチャートに登場してはいないのではないかと思う。
東郷かおる子や柏村武昭から教わった記憶もない。
ファンの間では「アズカメ」って呼ばれてるんですよね。
それほど親しくもなかった同級生が当時「アズカメは・・」と口にしてたような記憶はおぼろげにあるが、話はおそらくそれ以上広がらなかったと思う。
名前から勝手にテクノっぽい音楽をやるバンドなのかと思っていたが、どうも大はずれらしい。

そこで人生で初めて「アズテック・カメラ」をGoogleで検索してみた。
つくづく便利な世の中。
20年前だったら例によってFROCKLで「すいません、アズテック・カメラってどんなバンドですか?」と臆面もなく質問してしまっていたはずである。
Googleで得られた親切なアズカメ情報を羅列すると以下のとおり。

アズテック・カメラは80年にスコットランドで結成された。
初期のメンバーはロディ・フレイム(Vo・G)、キャンベル・オウエンズ(B)、デイブ・マルホランド(D)、クレイグ・ギャノン(G)。
しかしデビュー前にメンバーチェンジが相次ぎ、デビュー時にはロディとキャンベルの二人組となった。
・・・申し訳ないが、一人も名前を知らない。

バンド名の由来については特に意味はなく、古代的なもの(アズテック=アステカ文明)と近代的なもの(カメラ)を組み合わせただけとのこと。
このあたり、全くかみ合わないような2つの言葉を組み合わせた例として、レッド・ツェッペリンやアイアン・バタフライと同じようなノリなのだろうか?

81年にインディーズレーベルでシングルを2枚発表。
83年にデビューアルバム「High Land、Hard Rain」をリリース。
内容は当時のチャラい流行に逆らうかのような、アコースティックなサウンドに美しく青き若者の苦悩を歌う歌詞というものだった。
・・・すいません、テクノでもなんでもないんですね。

翌84年にダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーがプロデュースした2作目「Knife」を発表。
ここまではネオアコと呼ばれるサウンドだったが、次の「Love」では黒っぽいソウルフル路線に転換。
さらに90年の「Stray」では曲ごとに音が拡散しており、バラエティに富んだ仕上がりの一方で散漫という評価もあるそうだ。
転換以降の「Love」「Stray」はチャートでは地味な扱いだったが、この頃は日本では女性ファンにウケがよく、来日公演も何度か行なわれていた。

90年発表のシングル「Good Morning Britain」ではミック・ジョーンズが参加。
この名前で自分が先に思いつくのはフォリナーのリーダーだが、このミックさんは元クラッシュのギタリストでした。

デビュー10周年の93年に坂本龍一プロデュースの「Dreamland」をリリースし、全英チャート21位を記録。
同年にカバー曲と未収録曲の企画盤「Covers & Rare」を日本でのみ発表。
なおアズテック・カメラはカバーがわりと好きなようで、ヴァン・ヘイレンの「Jump」もカバーしてるとのこと。
全然知らなかった・・
雰囲気は元曲とは程遠いそうだが・・・

今のところ95年の「Frestonia」を最後に、アズテック・カメラとしてのオリジナルアルバムは作成されておらず、ロディ・フレイムはソロやユニットでの活動を続けている。
アズテック・カメラのベスト盤は99年と2011年に出ているようだ。
ロディのソロアルバムは2014年に最新盤が発表されている。

アズテック・カメラ、ウィキペディアではジャンルが「ギターポップ」「オルタナティヴ・ロック」「インディー・ロック」「ポストパンク」となっており、アルバムごとに音楽性がかなり異なるらしいので、一言でくくれるような人々ではないようだ。
少なくともテクノっぽいというのは自分の大幅な勘違いだった。
単純に名前の持つ響きだけでテクノかな?と勝手に思ってただけである。
ロック検定でアズテック・カメラについての問題が出なくてよかったよ。

また同じくウィキペディアでは「日本においては、ペイル・ファウンテンズや、オレンジ・ジュース、ブルー・ベルズ、エブリシング・バット・ザ・ガール等と共にネオ・アコースティック・サウンド(ネオアコ)の中心的核をなすグループと位置付けられており、ギターポップ的な指針を示した最も大切なグループの一つである。」と説明されている。
ここに挙がってるグループで自分が聴いてるのはエブリシング・バット・ザ・ガールだけだ。
(というか他は名前すら知らない)
が、なんとなくテクノよりは抵抗なく聴けそうな気がしてきた。
ネオアコという分野を意欲的に学習した実績は全くないが、サウンドが美しく調和がとれたものであれば、好みに合致する可能性もあると思う。(本当か?)

というわけで、アズテック・カメラ。
ネットで調べた範囲ではデビューアルバム「High Land、Hard Rain」と次の「Knife」の評価が高いようだ。
パンクやテクノの潮流に寄り添うことなくネオアコのブームを牽引した、という点で絶賛されているらしい。
一方で坂本龍一プロデュースの「Dreamland」が最高傑作との意見もある。
自分が聴くとすればネオアコ時代の2枚が比較的安心なのではと思われますが、皆様の評価はいかがでしょうか?

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聴いてない 第221回 モンキーズ

「長いこと勘違いしていた」というものは誰にでもあると思う。
それは人に言えないほどひどい勘違いだったり、他の人とも共通していて「オマエも?」といった連帯感を覚えたり、様々だろう。
で、自分の場合は「茶色い牛からコーヒー牛乳が出ると思っていた」「狂犬病の犬は電線を伝って歩くと思っていた」というのがある。(赤面)
いずれも小学生の半ばで勘違いに気づいたのだが、勘違いしたままオトナになっていたら・・と思うと寒気がする。
なお狂犬病については「伝染病」という言葉をよく理解せず「デンセン病=電線を歩く病気」だと解釈しておったのだろう。
子供ってメルヘンですね。(違うと思う)

さてさらにひどい勘違いが今日のお題。
実は「ビートルズに対抗すべくアメリカで作られたアイドルグループ」を、わりと長いことビーチ・ボーイズだと思っていたのだった。
いつ頃真実に気づいたのかは定かでないが、少なくとも80年代半ばまではそう思っていた。
柏村武昭も教えてくれなかったし。
ビーチ・ボーイズを聴いたのはこのBLOGを始めてからである。(遅すぎ)

そんな青春の誤解バンド、モンキーズ。
そもそもバンドじゃないと言い切る人もいるらしいが、聴いたことがあるのは「Last Train to Clarksville(恋の終列車)」と「Daydream Believer」だけ。
「モンキーズのテーマ」ってのもあったような気がするが、フルコーラス聴いたことはない。
聴いてない度は3。

作られたグループなので人気と活動が続いた期間は短いようだが、優れた作曲者と演奏者により名曲を残しているという不思議な人たちである。
洋楽における必修科目とされる存在でもないだろうが、自分より少し上の世代の方が親しんでいたと思われる。

誤解はいちおう解いたつもりでいるが、あらためてモンキーズについてサルのように補習。

ビートルズをはじめとするイギリスのバンド人気に触発されたアメリカのテレビ番組制作スタッフが、ビートルズっぽいグループ主体の音楽番組シリーズを企画。
ロサンゼルスでメンバーがオーディションによって集められ、1966年モンキーズが結成される。
メンバーはデイビー・ジョーンズ、ミッキー・ドレンツ、マイク・ネスミス、ピーター・トークの4人。
この人数もおそらくはビートルズを強く意識してのものだろう。
なおスペルは猿の複数形「Monkeys」ではなく「Monkees」だそうだ。
これもビートルズを意識しての命名ですかね?

こうして「テレビ番組で4人のグループを人気者にする」という企画ありきの音楽活動がスタート。
NBCテレビで放送された「ザ・モンキーズ・ショー」が狙い通り爆発的な人気を呼び、モンキーズは一躍スターとなる。
実際に楽器ができたのはマイクとピーターの二人だけで、作曲も演奏もプロの手を借りてのものであったが、それが功を奏したのだろう。
デビュー曲「Last Train to Clarksville(恋の終列車)」は全米1位を記録し、ニール・ダイヤモンド作の「I'm a Believer」は7週連続1位という記録を残している。

67年のシングル「Daydream Believer」も全米1位・全英5位の名曲である。
日本では80年にコダックのCMで使われ、現在も忌野清志郎(正確にはザ・タイマーズ名義)のカバーがセブンイレブンのCMで流れている。
今の若者の中には「Daydream Believer」がセブンイレブンのテーマソングだと思っている人もいるんじゃないだろうか。

その後メンバーは人気とは裏腹に次第に「やらされ感」に悩むようになる。
が、残念ながらビートルズみたいに音楽で自立できるほどの実力はなく、レコード会社や事務所側の意向に沿ってアルバム制作・映画撮影・世界各国での公演といった詰め込み活動を強いられ続ける。

3作目のアルバム「Headquarters」でオリジナル曲を7曲にまで増やしたものの、次の「Pisces,Aquarius,Capricorn & Jones Ltd(スター・コレクターズ)」ではオリジナル曲は3曲だけとなるなど、自立困難な状況が続く。

68年にはテレビ番組「ザ・モンキーズ・ショー」が終了する。
人気が落ちたからという理由ではなかったらしいが、当時テレビ番組はレコードセールスにおいてものすごい影響力を持っていたため、ここから売上は下り坂となっていく。

同年東京や京都で来日公演が行われるが、直後にピーターがグループを脱退。
69年に「Instant Replay」「Present」と2枚のアルバムを発表するがヒットには至らず、特に「Present」は全米100位までしか上がらなかった。
翌年マイク・ネスミスも脱退し、デイビーとミッキーの2人でアルバム「Changes」をリリースするが、全く売れないという悲しい結果に終わる。

モンキーズとしてのオリジナルアルバムはここまでとされているようだ。
86年にデイビー、ミッキー、ピーターによるデビュー20周年を記念しての再結成が行われ、新曲「That Was Then, This Is Now」も発表された。
全米20位まで上昇したそうだが、全然知らなかった・・
86年だとまだわりとマジメにチャートを追っていたはずなのだが・・

以降もベスト盤や企画盤は発売されており、結成30周年や45周年の節目に再結成ツアーを行なっている。
2010年には来日して「SMAP×SMAP」にも出演。
2012年にデイビー・ジョーンズが心臓発作で死去。
その後も残った3人(またはミッキーとピーターの2人で)時々ステージに立つことを続けている。

昨年モンキーズは20年ぶりの新作アルバム「Good Times!」を発表。
ノエル・ギャラガーやリヴァース・クオモが曲を提供し、亡くなったデイビーのボーカルも聴けるという。
マイクは不参加だが、アルバム発表を記念したツアーも行われたとのこと。

作られたバンドではあるが、デビューから50年経ってもオリジナルメンバーがステージに立てるというのはすごいことだ。
世の中に息の長いバンドはけっこうあるし、その肺活量も様々だとは思うが、こんな経歴と実績のグループだとは全然知らなかった。

初めて聴いた曲はおそらく前述のCMソングとしての「Daydream Believer」だったと思う。
その後FMの「オールディーズ特集」みたいな番組で「Last Train to Clarksville(恋の終列車)」を録音した。
これデビュー曲だったんスね。
初めて知りました・・

で、「Daydream Believer」である。
これもメンバーの作ではなく、作ったのはジョン・スチュアートという人。
親しみやすいメロディは清志郎の声でもいい曲だなぁと思うが、原曲の歌詞の意味はどうもわかりにくい。

タイトルの「Daydream Believer」自体がそもそもピンと来ないんだが、ネットで調べると「夢想家」「夢見る人」「夢見がちなヤツ」などとある。
さらにセットとなっている「homecoming queen」もなじみのない言葉だが、地域で学生によって選ばれる「ミス・キャンパス」みたいな意味とのこと。

サビの始まりの「Cheer up」は「元気出せよ」という訳が一般的のようだけど、言い方によっては「オマエ何言ってんだよ」というたしなめる時のセリフでもあるそうだ。
なので「いつも寝ぼけて夢みたいなことばかり言ってるジーン君、ミス・キャンパスだった彼女との現実の暮らしにはカネもいるし、そこんとこわかってるのか?」というおっさんくさい心配の歌、と解釈したんですけど、合ってます?
ジーン君本人が自らを奮い立たせる歌、という解釈もあるそうですが・・・

というわけで、モンキーズ。
ロクに聴いてない上に何一つ理解できていないという定番な有様ですが、正直それほどの危機感も持ってはおりません。
ただなんとなく「Daydream Believer」以外の曲も少し聴いてみたいとは思っています。
オリジナルアルバムが現在CDで入手可能なのかもわかってませんが、皆様の鑑賞履歴はいかがでしょうか?

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