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読んでみた 第51回 ブライアン・ジョーンズ 孤独な反逆者の肖像

ローリング・ストーンズと言えばミック・ジャガーであり、次いでキース・リチャーズである。
雑誌や書籍への露出も当然この二人が中心であり、他のメンバーは単独で採り上げられることも極端に少ない、という状況であろう。
従ってブライアン・ジョーンズも名前と早逝したことくらいは知っているが、実際にどういう略歴でバンドに何をもたらしたのかは全然知らない。
まあそれはチャーリー・ワッツもビル・ワイマンも同じなのだが、ストーンズ結成における最大のキーマンがブライアンであった、という点について、今回学習する機会を得た。
読んでみたのは「ブライアン・ジョーンズ 孤独な反逆者の肖像」という本である。

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著者はマンディ・アフテル、編集は鳥井賀句、翻訳が玉置悟。
版元はシンコーミュージック、初版発売は1983年となっている。
自分が読んだのは1991年改訂第3版である。
意欲的に探していたわけではなく、たまたま図書館に置いてあったのを借りてみたのだが、古い本なので現在古書店でも見つけるのは相当難しいのではないかと思う。

ミックとキースの出会いについては、ご存じの方も多いであろう。
二人は小学校の頃からの知り合いではあったが、ずっと継続して仲良しというわけでもなく、17歳に成長したある日駅で偶然再会し、その時ミックが持っていたレコードにキースが反応したことがきっかけで意気投合・・という例のストーリーである。

だが。
この出会いがそのままストーンズ結成に直結したわけではない、というところまではうっすら知っていたが、じゃあストーンズはどういう経緯で誕生したのかは知らずにいた。
今回ブライアンの伝記を読んで、ストーンズ結成の秘密(表現ダサすぎ)をようやく知ることができた。
いちおうこの本は事実に基づいて書かれているという前提での話だが。

まず超ざっくり言うと、バンド結成の経緯は以下の通り。
ブライアン・ジョーンズが1962年にイアン・スチュワートと出会い、さらにアレクシス・コーナーのブルース・バンドにギタリストとして参加。
その後ブライアンがジャズクラブで演奏中に、観客として来ていたミック・ジャガーとキース・リチャーズと意気投合。
バンドを組むため共同生活も始める。
ブライアンの提案でバンド名を「ローリング・ストーンズ」とし、その後ビル・ワイマンとチャーリー・ワッツが相次いで加入、レコード・デビュー。

なのでミックとキースの駅での再会がストーンズ誕生の瞬間みたいに伝わってる部分もあるが、少なくともブライアンがいなければ「ローリング・ストーンズ」は始まらなかったのは間違いない。
そんな重要な人物ブライアン・ジョーンズの伝記本。
果たしてどんな内容なのだろうか。

・・・・・読んでみた。

目次は以下である。

第一章 理由なき反抗者 
第二章 ブルースに魅せられて 
第三章 愛と触れあいを求めて 
第四章 孤立したストーン 
第五章 ドラッグ中毒 
第六章 モロッコ旅行 
第七章 麻薬裁判 
第八章 ジャジュカの儀式 
第九章 この世のプールを泳ぎ疲れて

著者マンディ・アフテルはアメリカ人女性で、アーチストやライターを対象とした精神科治療の専門家である。
この本はマンディがストーンズのメンバーを含む周囲の人々にブライアンのことを聞いて書き上げたものだ。
メンバーの中で最も多くの証言をしているのはキース・リチャーズで、ミックの話は思ったよりも少ない。
あとはイアン・スチュワートが取材に応じており、チャーリー・ワッツやビル・ワイマンの談話はほとんどない。

ブライアン・ジョーンズはイギリス南部、ロンドンから西に約200kmのチェルトナムというのどかな田園都市の中流階級の家に生まれた。
父親は航空技術者で、幼少の頃から頭の良かった息子ブライアンに寄せる期待は大きかったようだ。

しかし。
礼儀正しく聡明だったはずのブライアン少年、やはり音楽と女に夢中になるというありがちな踏み外し方で両親を悩ませ、16歳の時に14歳の少女を妊娠させ、学校を退学となる。
退学後、家出して職を転々とした後ストーンズとしてデビューを果たすのだが、ブライアンはわりとまめに実家に顔を出していたようだ。
ただしストーンズのリーダーとして売れるようになっても、親や妹の反応は厳しいものだった。

息子と父親の対立構造は世界共通なものだとは思うんだが、ブライアンの場合も父親が「息子がロックという野蛮な音楽で有名になる」ことはあまり良く思っていなかった、という図式だった。
ブライアンはカタギの仕事には就けなかったが、父親には認めてもらいたかったことを周囲には漏らし続けていた。
もしかしたら父親自身は息子の成功を内心うれしく思っていたのかもしれないが、デビュー当時のストーンズは野蛮で攻撃的なパフォーマンスを売りにしていたので、のどかな街チェルトナムでの周囲の目、いわゆる世間体を気にして手放しでは喜べなかったのではないだろうか。

ブライアンには判明してるだけで5人の私生児がいるそうなので、若い頃から女グセは全然良くなかった人のようだ。(まあミックもキースもそうなんだろうけど)
若い頃に交流のあった人物によれば「女の数を数えたら1か月で合計64人にもなった」などの証言もある。
酒やクスリのせいもあろうが、付き合っていた女性に暴力をふるうこともしょっちゅうだったようで、この本にもそんな話は繰り返し出てくる。
一時期恋仲にあった女優アニタ・パレンバーグは、激高したブライアンに鼻を殴られ血だらけになった、などということも書いてある。

全般的にどの章でもブライアンのダメっぷりが満載であり、読んでいてあまり明るい気持ちにはならない。
ただしストーンズ結成当時バンドを牽引していたのはブライアンである、ということはキースやイアンも含めて登場するほとんどの人物が認めている。

ではなぜブライアンのリーダーシップは続かなかったのか?
理由は複合的に存在するようだが、ひとつには曲作りに積極的でなかった、という点はあると思われる。
自ら作った曲を自ら演奏して歌う、というスタイルは、当時ビートルズやストーンズを含む多くのバンドがとっていたものだったので、ストーンズに所属しながら曲は作らないとなると、やはり発言力や統率力に大きく影響してくるはずだ。
イアンやチャーリーは「ブライアンに作曲の才能はなかった」と証言している。
しかしキースは「作曲なんてその気になれば誰でもできる。ヤツはまじめに取り組まなかっただけだ」と主張する。
これはキース自身の体験や経緯から来る発言だろう。

ちなみにキースによれば、ミックとキースに曲を作るよう強く勧めたのはマネージャーのアンドリュー・オールダムだった。
ただしアンドリューは二人のクリエイティブな才能をいち早く見抜いていた・・といった感動ストーリーでは全然なく、全てはカネのためだった。
自ら曲を作って演奏して歌ったほうがカネになる、ということだ。
当時ビートルズというあまりにもわかりやすい成功例がすぐ近くにいたため、アンドリューさんも短絡的にそう思ったのだろう。

結果的にこのアンドリューの戦略(と成功)が、ミック&キースとブライアンを分断することになる。
もともとブライアンはボーカルを楽器演奏より下に見ており、バンド結成当初はミックをはずして別のボーカルを加入させるかどうかを考えたこともあったようだ。
ところがミックとキースが曲を作って売れてくると立場は逆転する。
ブライアンは徐々に二人が作った曲に音を添える演奏係に成り下がってしまう。

それでも楽器演奏の才能は突出して優れていたので、しばらくはバンドの音に厚みや変革をもたらす重要な役割を担っていた。
ブライアンの楽器に関する才能は多くの人が高く評価しており、初めてさわる楽器でも短い時間で聴かせる音を出すことができたそうだ。
なのでミックやキースからも楽器に関しては信頼されていたはずなのだが、どうもミックがブライアンの音やリズムも含めて、音楽性や発案などもあまり快く思っていなかったようだ。

ビートルズの大成功に触発されたブライアンは、ボーカルにコーラスを当てることを提案し、実際にビル・ワイマンとともにコーラスをやってみたそうだが、キースに言わせれば全然使えるものではなかったらしい。
Beggars Banquet」の頃になるといよいよブライアンはバンドの中でやることがなくなる恐怖感に襲われ、録音前からスタッフに「あんまし貢献できないかもしれない」みたいなことを口にしたそうだ。
この有様ではリーダーとしてバンド牽引なんてそりゃムリだろう。

またライ・クーダーらとセッションする際、ブライアンがミックにギターをどう弾いたらいいかたずねると、ミックは「好きなように弾いてくれたらいい」と返事したにも関わらず、実際にブライアンがギターを鳴らすとすぐに「そうじゃない、それじゃダメだ」「それもよくないよ、ブライアン」とダメ出し。
コンガをたたいてみてもビートはぎくしゃくしてしまい、またダメ出し。
さらにはハーモニカを懸命に吹いてみたものの、ミックはあきれて無言で上着を引っかけて出て行ってしまう。
ブライアンはこうしたミックの度重なるつれない対応に疲弊し、不信感や不健康が加速していく。

決定的だったのはモロッコ旅行での出来事であった。
恋人のアニタ・パレンバーグ、デボラ・ディクソン、キースとその運転手とともにモロッコ旅行に出かけたブライアン。
ところがその途中、キースとアニタはブライアンを置いて二人でどこかに行ってしまった。
しかもこの後二人は付き合い始めてしまう。
著者はどうやらこの脱走?はアニタが仕組んだことと推察しているが、アニタは認めていない。
いずれにしろブライアンは同じバンドの仲間に自分の女を取られた形になってしまった。

ブライアンも女に対する態度は果てしなくデタラメではあったので、因果応報というか文句も言えない話ではあるのだが、こういう事件が起きれば、その後キースのいるスタジオや事務所に平常心で出かけることはできなくなって当然だと思う。
こうしてブライアン・ジョーンズはミックとキースの様々な言動や行動による圧力に追い込まれ、以前にも増して酒やクスリに逃避する。

で、酒やクスリをやりすぎてスタジオやステージにも来ないといった状態が頻発し、ミックはキースとともにブライアンの家に行き、バンドを抜けるか、戻ってツアーに出るかを決断するよう言った。
ブライアンの返事は「バンドをやめる、でいい。戻る気になった時には戻る」だったが、ミックはそれも許さず、「ダメだ。やめるか残るかはっきりしろ」とせまったそうだ。キツいなぁ。

ロック・ミュージシャンと酒とクスリと女はどうしても切り離せない構造なんだろうけど、結局は音楽産業上の活動である以上、やはり野蛮なロッカーとしての生き様よりもビジネスとしての成立が優先する。
ミック・ジャガーはローリング・ストーンズをビジネスとして継続する上で、ブライアンの状態が障害になっていると判断したのだろう。
ミック自身やキースにしたってクスリや女で無茶ばっかしてたはずだけどね。
さすがのミックも見切りを付けるほどブライアンの状態がヤバかったということだろう。
結成当初からいっしょにやってきた仲間ではあるが、バンドのためには切らざるを得ないという苦渋の決断だったと思う。

チャーリーやイアンはブライアンについて「もともとリーダーの素質はなかった」と言い切っている。
特にイアンが不満に感じていたのは、ブライアンのメンバーに対する不公平さだったようだ。
一方でキースは、ブライアンについて「オレと二人でいる時は、パラノイアさえなければ実に気持ちのいいヤツだった」と証言する。
ブライアンのリーダーシップに関するミックの明確な証言はこの本にはないが、総合するとやはりブライアンはミックとはうまくいかなかった、というのが脱退の大きな要因であると推測できる。

ブライアンが亡くなった時の様子も、この本で初めて詳しく知った。
自宅で当時の恋人アンナ・ウォーリン、看護婦であるジャネット・ローソン、また家に出入りしていた建築業者フランク・サログッドと酒を飲んでいる最中に、酔ったブライアンは「ちょっと泳いでくる」と言って自らプールに向かった。
ブライアンは泳ぎが得意だったそうだ。

フランクもいっしょに泳いでいたが、先にプールから上がり、ブライアンの様子もおかしくはなかったという。
しかし、誰かが気づいた時にはすでにプールの底に沈んでおり、人工呼吸などを行ったが助からなかった。
死因は溺死だが酒や薬物の過剰摂取による心臓麻痺・臓器不全との説もあり、また最近になってあらためてブライアンの死因を調査しなおすという動きもあるようだ。
50年近く経っている話なのに、どうやって調べるんだろう?

ネットでブライアンの死因を検索すると、日本語でも多くのサイトにヒットする。
で、どの話も少しずつ状況や内容が違っており、どれが真実なのかはやはりわからない。
多いのは建築業者フランクがブライアンを殺害したという説だが、この本にはそうした記述はない。
またフランク犯人説にしても、フランクが自白した・いっしょにいたジャネットがそう証言した・ミックがフランクに依頼したなど様々な設定になっている。
(2005年にはフランク犯人設定で映画化もされたそうだ)

死因は今も謎に包まれているが、とにかくブライアンは27歳でこの世を去ってしまった。
メンバーの中では葬儀に参列したのはビル・ワイマンとチャーリー・ワッツで、ミックもキースも姿を現さなかった。
それがまた様々な憶測を呼ぶことになったのだろう。
「キースがプール脇の藪から出てきてブライアンを突き落とした」などといったデマも飛び交ったらしい。
本はブライアンの死を伝えたところで終わっている。
チェルトナムの街にはブライアンの生家や墓があり、地元の人にとってはやはり(悲劇の)ヒーローだそうだ。

さて読み終えた。
訳本なので多少日本語表現が冗長だったり平易だったり、という部分はたまにあったが、全般的には特に引っかかることもなく読めた。
キースのセリフもイメージどおりの粗野な言葉使いになっている。

これは個人的な感覚だが、この本も巻末に注釈がまとめられているのだが、やはりページを行ったり来たりで少し使いにくいと感じる。
注釈の数はかなりの量になるので、脚注というスタイルをとってほしいと思った。

詳細な情報を知り得たことは有意義だったが、読後感として気分がいいとか明るくなるといった性質のものでは全くなく、ひたすら気の毒なブライアン・・という感想しかない。
普段からロックバンドのモメ事大好きを自認する自分でも、ここまで悲惨だと笑えもしないスね。
でもこれでさらにストーンズ情報について学習意欲は高まりました。
ブライアン・ジョーンズに関する他の本も読んでみたいと思います。

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コメント

SYUNJIさん、こんばんは。
>>ひとつには曲作りに積極的でなかった、という点はある

たまに、曲作りには参加しないが君臨している、という
人がいますね。
私の知るところでは、フリートウッド・マックのミック・フリートウッド
とジョン・マクビーです。
曲作りやバンドの顔はフロントの3人に任せていますが、重鎮は
この2人です。思うに、フロントの3人は、この2人の演奏力の高さ
や長くバンドを牽引してきた面に経緯を表しているのかもしれません。
だいたい、Fマックが再結成するときは、「ミックの借金返済支援
のため」という噂が必ず流れます(笑)。

>>「ダメだ。やめるか残るかはっきりしろ」
>>ミック・ジャガーはローリング・ストーンズをビジネスとして継続

やはりジャガーは若いときから、本人は意識せずとも、経営者感覚に
優れていたようですね。

さて、主役のブライアン・ジョーンズですが、
SYUNJIさんも触れているように、シタールなどの新しい
楽器を演奏に取り入れていたようですね。健康面さえしっかりして
いれば、70年代以降のストーンズサウンドも、違ったものに
なっていたかもしれません。それがバンドに今日の成功をもたらして
いたかどうか、これまた興味深いところです。

投稿: モンスリー | 2016.12.21 21:35

モンスリーさん、こんばんは。

>私の知るところでは、フリートウッド・マックのミック・フリートウッドとジョン・マクビーです。

へぇー、そうなんですね。知りませんでした。
もともと二人が作ったバンドのはずですけど、曲作りは他のメンバーに任せてたんですね。
バンマスでも前に出たがる人と後ろで手綱を引きたがる人がいるようで・・
そういえばスティービー・ニックスが「ミック・フリートウッドは曲の権利関係にもうるさい」とこぼしていた記事を読んだことがあります。

>やはりジャガーは若いときから、本人は意識せずとも、経営者感覚に優れていたようですね。

この時のストーンズはツアーを予定していて、ブライアンが抜けるならミック・テイラーを入れるなどしてとにかくツアーをこなさないといけなかった事情があり、ミックも必死だったみたいです。
相手がブライアンだったからこそ、わざわざ家に行ってはっきりさせたかったんじゃないかと思いますね。

>健康面さえしっかりしていれば、70年代以降のストーンズサウンドも、違ったものになっていたかもしれません。

そうですねぇ・・仮定は無意味だとはわかってますが、ブライアンが自分の役割を受け入れてバンドを支える立場に収まっていたら、バンドの方向性も違っていたとは思います。
また脱退後に民族音楽に傾倒していった可能性もあったのではないでしょうかね。

投稿: SYUNJI | 2016.12.22 23:10

こんばんは、JTです。

ブライアンが曲を作らなかった(作れなかった)理由のひとつとしてひどいダミ声でコーラスさえままならなかった、という事もあったかもしれませんね。

>もともとブライアンはボーカルを楽器演奏より下に見ており

またビートルズ以前は自作自演が一般的でなくブライアンも、ソングライターというよりプレイヤー志向が強かったかも。

>ミックはキースとともにブライアンの家に行き、バンドを抜けるか、戻ってツアーに出るかを決断するよう言った。

そうだったんですね。私は、退職金と年金あげるから辞めて欲しい、と言いにいったと聞いていました。

>ブライアンには判明してるだけで5人の私生児がいる

彼は粗野なのか、繊細なのかよくわからない人ですね。

>ブライアンの楽器に関する才能は多くの人が高く評価

ビートルズの「You Know My Name」のサックスソロはすごくうまいというわけではありませんが、味があって好きです。

投稿: JT | 2016.12.23 02:01

JTさん、コメントありがとうございます。

>ブライアンが曲を作らなかった(作れなかった)理由のひとつとしてひどいダミ声でコーラスさえままならなかった、という事もあったかもしれませんね。

そうらしいですね。
声楽的にあまりいい声のメンバーがいなかったのがストーンズですが、ブライアンの声はキースも全く評価していなかったようです。

>退職金と年金あげるから辞めて欲しい、と言いにいったと聞いていました。

なんか日本の企業の退職勧告みたいですね・・
この本にはそういう内容の証言はなかったです。
最終的にブライアンに「お前クビだってよ」と告げ(させられ)たのはチャーリーだそうですが・・

>彼は粗野なのか、繊細なのかよくわからない人ですね。

おそらくどっちもブライアンなんでしょうね。
もともとは中流階級出身の誠実な人柄ではあったものの、喘息の持病もあったようで、様々な不安から逃れるために女や酒やクスリにはまっていった、ということのようです。

>ビートルズの「You Know My Name」のサックスソロはすごくうまいというわけではありませんが、味があって好きです。

これは知りませんでした。
曲自体は正直おふざけな即興っぽい作品ですが、あのサックスはブライアンだったんですね。

投稿: SYUNJI | 2016.12.24 21:42

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