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読んでみた 第50回 文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」

今回読んでみたのは文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」。
「読んでみた」シリーズではすっかりおなじみとなった河出書房新社のKAWADE夢ムック・文藝別冊のクラプトン本である。
初版は2002年発行だが、増補新版として2014年1月に再発行された。
定価は本体価格1200円だが、神田古本まつりで河出書房新社のブースに600円で置いてあったのを購入。
なので古本ではなく、おそらく版元に返品されたものと思われる。

Clapton

日本人が大好きな三大ギタリストというくくり。
この中で一番鑑賞学習に遅れをとっているのがクラプトンである。
実は3人とも好みにそれほど大きな差はないと感じているのだが、なぜか一番聴いてないのがクラプトンになってしまっている。
別に鑑賞履歴に差があってもどうだっていい話ではあるが、昨年末くらいからなんとなく義務感みたいなものがわいてきて、少しずつクラプトン学習し始めている状態。

さて、クラプトンについてはかなり前に「エリック・クラプトン・ストーリー」という伝記本を読んだことがあるが、リッチー・ブラックモアやジミー・ペイジの本に比べて印象は薄い。
自分の興味や期待が音楽活動よりも諍いや争いやいたずらやゴシップといった方面に強くあるからだ。
クラプトンもそれなりに香ばしい経歴をたくさん持っているはずだが、周囲との衝突の伝説はそれほど知りえていない。
ヤードバーズやクリームにおいておそらく様々な衝突や小競り合いはあったであろうが、あんましそういうことを書いてある本には出会っていないのだ。
本国でも日本でも、あまりそのあたりをイジられることがない人のように感じるのだが、果たしてこの本ではどうなのだろうか。(読み方が誤っている)

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

・エリック・クラプトン・ロングインタビュー2003
 ブルースに捧げた人生を語る
・エリック・クラプトンの魅力
 インタビュー/ギターから歌へ、歌からギターへ:斎藤誠
 魅力/アナザー・サイド・オブ・エリック・クラプトン:大友博
 魅力/放っておけないオトコ:東郷かおる子
 魅力/ジョージ・ハリスンとの友情:広田寛治
 インタビュー/来日公演で魅せた色気と進化:面谷誠二
・エリック・クラプトンの音楽活動
・エリック・クラプトン・ディスコグラフィ
・エリック・クラプトンのセッション
 B.B.キングとブルースマン:小出斉
 ボブ・マーリーとレゲエ・アーティスト:和田玄
 ビートルズ:淡路和子
 フィル・コリンズ:吉野慎一郎
 マーク・ノップラーとエルトン・ジョン:吉野慎一郎
 ローリング・ストーンズ:越谷政義
・エリック・クラプトンの足跡と名曲20
・エリック・クラプトンの年譜
・エリック・クラプトン・ブック・ガイド

目次を見ただけでだいたい想像がつきそうな内容だが、全くその通りでほぼ全編クラプトンの正調音楽教本である。
幼少の頃の話やプロになる前のエピソードなどもわずかにあるが、基本はミュージシャンとしてのクラプトン伝記本で間違いない。
母親が16歳で産んだ私生児であることや、アルコールや薬物におぼれてまともにステージにも立てない日々があったことは有名だが、この経緯や詳細を記述したページはほとんどない。
やはり日本ではオフステージのクラプトンを追っかけまわして悪意の混じった文章にする、という企画は通りにくいらしい。
これはジェフ・ベックでも同じような気がする。

インタビュー記事は本人以外はほぼ日本人であり、当然音楽家クラプトンについて、またクラプトンの楽曲や歌について純朴に語っている。
一通り読んだ感じでは、突出して上から目線とか誰もそこまで聞いてないようなコアすぎるウンチク垂れ流しみたいな鼻につく文章やインタビューはなかった。
全員無条件で持ち上げというわけでもないが、みなおおむね温かい論調である。
このあたりは以前読んだ同じ文藝別冊シリーズのツェッペリン本やパープル本とは少し違う。

なので読んでいて引っかかるような文章や表現にはあまり出会わない。
強いて言えば面谷誠二という人がインタビューで「エリック・プランクトン(笑)」といった脱力なことを言っていたくらいである。
まあこの呼び方は「ニック・ジャガー」と並んで年配のファンが21世紀の今も居酒屋で使い続けているものなので、もはや止めようもないんだが。
時々自分より年下のヤツが「これは年寄りにはウケるやろ」と確信して使うのを聞くと殴ったろかと思いますけど。(どうでもいい)

ちなみに面谷氏はクラプトンについてこんなことも言っている。

「悪い言い方をすれば、人のテクニックもとるし、人のアレンジもとるし、人のバンドメンバーもとるし、人の女もとる(笑)」

表現はともかく、人間クラプトンの魅力的なところはこの辺にある、という意見。
あまりクラプトンを聴いてない自分でも、なんとなくわかる気がする。
いずれにしろ、面谷氏はとにかくクラプトンを語るのが楽しくて仕方がないようだ。
紙面からもそれは十二分に伝わってくる。

さてクラプトン本人の2003年のインタビューだが、これはなかなか面白い。
もちろん音楽の話題が大半なのだが、こんなことを答えている。

「アメリカ人だと思われることが多いのは、アメリカン・アクセントで歌っているからだ」

えっそうなの?
自分みたいな英語のわからない極東の小市民には全く判別不能だが、そういうことだそうです。
そもそもエリック・クラプトンをアメリカ人だと思って聴いてる人がアメリカには多いというのも意外だった。
日本でクラプトンを自主的に聴いているリスナーなら、こんな勘違いをしている人はまずいないと思うんだが、本当のところはどうなんだろうか?

またこれだけのキャリアを持つギタリストでありながら、指先はそのままではなかなか弾くのに適した硬さではないらしく、「ツアーの前には指先を硬くするために、傷薬のウィッチヘーゼルに指を浸す」とのこと。
こんな準備をしてもギター弾くと指は痛いそうで、好きでなければ耐えられないことのようだ。
クラプトンほどの名手であっても毎回こんな苦労があるんですね。

他のアーチストとのセッション活動についてのページはかなり読み応えがある。
各メンバーを含むビートルズとストーンズ、ボブ・ディラン、B.B.キング、ボブ・マーリー、フィル・コリンズ、マーク・ノップラーエルトン・ジョンなどとの競演やセッションを紹介している。

中でもキース・リチャーズについては「血を分けた兄弟」同然の深い絆があるという話は印象に残った。
二人は歳も同じで昔から仲がいいそうである。
もっともキースはクラプトンの実力については認めていたものの、ストーンズのメンバーはつとまらないとみていたらしく、2003年のインタビューで「エリックは俺より怠け者でバンド・メンバーには向いていない」と的確?な評価を発言している。
なおクラプトンは「Brown Sugar」の録音に参加したことがあり、この本では「非公表」と書いてあった。
調べたら昨年リイシューされた「Sticky Fingers」にクラプトン参加の「Brown Sugar」が収録されているそうだ。

さてクラプトンと言えば誰でも知っているあだ名が「ギターの神様」、そして「スローハンド」。
当然この本にもその由来や本人の考えなどについて書かれているが、それがまさに「諸説ある」といった状態になっている。

たとえば大友博という人は「ギターの神様」についてはこう論じている。

「それは西洋的な宗教観とも密接な関係を持つ表現なのだ。そのことときわめて日本的な「ギターの神様」という概念は全くべつのものなのではないだろうか。」 
「ギターの奏法だけに関して言うなら、クラプトンよりうまい人はいくらもいる」

大友氏は決してクラプトンや神様という称号を非難しているわけではない。
ただ日本語としての「神様」という表現や感覚と、本国での「God」という称号には違いがあるのではないか、という主張だと解釈した。

一方で東郷かおる子はこの件について、クラプトン本人からこんな回答を引き出してみせている。

「最近は、そう呼ばれるのは僕に対するほめ言葉なんだとすなおに思えるようになった」

英語の概念はよくわからないが、クラプトンも神様と呼ばれることには困惑していたようだ。
長いキャリアを経てようやくほめ言葉だと受け入れられるようになったのだろう。
さすがは東郷女史、いい話だ。(知り合いかよ)
本人が了承してんだからもう周りが騒ぐことも不要ではないかと思う。

「神様」よりももっと由来や意味や解釈が割れていそうなのが「スローハンド」である。
まず坪田稔という人は以下のとおり断言している。

「スペアのギターを持たなかったクラプトンが、演奏途中で弦を切って交換するのに、モタモタしたのがそのネーミングの由来だ」 
「スローハンド・クラップ(ゆっくりと手拍子をする)というのがある。それは早くしろと催促するブーイング表現なのだが、そのクラップとクラプトンをひっかけた言葉遊びだ」

実際にライブでもクラプトンを紹介する際に「エリック・スローハンド・クラップトンでーす」と皮肉っぽく言われたりしていたそうなので、由来としてはこの説が正しいのではないかと思う。

しかし。
前述の大友博氏は別章で異なる由来を展開している。

「遠くから見るとあまり手を動かしていないような状態でソロを弾いていた。のちにアルバムのタイトルともなるそのニックネームはそういったところからつけられたものなのだそうだ」

この説も本やネットなどあちこちで見かけるのだが、先の「スローハンド・クラップ」説に比べて説得力はかなり落ちる気がする。
大友氏も「だそうだ」と伝聞として書いており、こっちは後から加わったこじつけみたいなものではないかと感じた。
編集サイドでは「スローハンド」の由来については諸説ありOKとして出版したのか、校正でも気がつかなかったのかは不明だが・・・

名曲を採り上げたコラムがいくつかあるが、その中では「Wonderful Tonight」の歌詞解釈が面白い。
ご存じのとおりパティとパーティーに行く様子を歌った極上のバラード・・だと思っていたのだが、実はそれだけでもないらしく、こんなことが書いてある。

歌詞に出てくる「You are wonderful tonight」を「今夜のキミはキレイだよ」と訳してはいけない。 
「ハイハイ、今夜のキミはキレイだよっ」と、待たされたことを皮肉たっぷりに言っているのだそうだ。

このあたりは英国人特有の皮肉とかヒネリみたいなもので、我々日本人にはわかりにくい感覚だが、そういう意味にもとれる歌詞であるらしい。

表紙は陶酔の表情でギターを奏でるステージ上のクラプトン。
これはよくある絵なので違和感はないが、裏表紙は長髪でギターも持たずに立つポートレイトなのだが、冒険映画のポスターみたいで少し雰囲気が違う。
ギターを持たせるなどもう少し演出があってもよかったのでは・・とも思う。

ということで、文藝別冊「増補新版 エリック・クラプトン」。
ゴシップ系の文章が全然なかった点は多少残念でしたが、安く買えてよかったです。(貧乏人のまとめ)
今後の未聴アルバム鑑賞のガイドとしても大いに利用していきたいと思います。

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聴いてない 第220回 ハンブル・パイ

先日のボブ・ディランのノーベル文学賞受賞騒動、いったい何だったんでしょうか。
マスコミが「ディランは傲慢」で見出しも本文も止めちゃったもんだから日本中のディランのファンが委員会に対して「お前らのほうが傲慢」と総ツッコミ。
中には「お前らはディランを全然わかっていない」と親戚みたいに突っ込んじゃった人までいたのに、実は委員会側も「傲慢だがそれが彼というものだ」と理解した上での授与であったことが後から発覚。
発覚というかマスコミが委員会の見解を正しく報じなかっただけのようですけど。

さらにその後ディランが委員会側に対して「授賞式には行けたら行く」と大阪のおっさんみたいな返事をしており、自称「ディランをわかっているファン」の人をさらにあわてさせる展開に。
結局はマスコミもファンもディランのことをあんましよくわかっていないということですかね。
「行けたら行く」「考えとくわ」は大阪人ならNOの返事だそうですけど、果たして授賞式にディランは現れるのか?
ディランのことを何もわかっていない自分も固唾を飲んで見守りたいと思います。

さて今日のお題はハンブル・パイ。
ディランともアンナミラーズともあまり関係はなさそうですが、とりあえず名前を知ってるだけで1曲も聴いたことはなし。
特にぷく先輩に「聴けたら聴く」とか生返事していたわけではないけど、触れる機会もなくこの歳まで生きてきた状態。
こんな珍奇BLOGを始めて13年近くになりますけど、13年経ってもまだこういった案件が出てくるってのも救いようのない話ですが。

仕方なくハンブル・パイについてパイ生地をめくるようにうっすらと調査。
ハンブル・パイは1968年にスモール・フェイセズのリーダーであったスティーヴ・マリオットとハードのピーター・フランプトンを中心にイギリスで結成。
フランプトンの誘いでグレッグ・リドリーとジェリー・シャーリーが加入し、ハンブル・パイとして活動を開始。
メンバーそれぞれが別のバンドで成功体験を持つというスーパーグループの誕生であった。
なおハンブル・パイとは直訳すると「粗末なパイ」「面白くないパイ」という意味だが、「鹿の内臓で作ったパイ」の意味もあるらしい。
鹿の内臓ってのはなんだ?と思ったら、その昔イギリスでは鹿狩りに出かけた主人が、狩りの成果として仕留めた鹿の内臓を使ってパイを作り、使用人たちに分け与えたという習慣?みたいなものがあり、このパイがハンブル・パイと呼ばれた、ということだそうです。
鹿の内臓パイ、うまいんだろうか・・・

そんな鹿の内臓バンドは69年にアルバム「As Safe As Yesterday Is」をリリース。
70年にA&Mレコードへ移籍し、バンドと同名アルバム「Humble Pie(大地と海の歌)」を発表。
ここから音楽性も変化し、プログレやブギーといった志向を採り入れていく。
しかし71年の「Performance Rockin' The Fillmore」を最後にフランプトンはバンドを脱退。
後任にデイヴ・クレムソンが加入し、バンドはマリオットを中心とするブルース・ソウル路線に傾倒していく。

新生ハンブル・パイは72年に不朽の名作と言われる「Smokin'」を発表し、全米6位を記録。
翌年の2枚組アルバム「Eat It」は、一瞬アル・ヤンコビックの顔が浮かんでしまうようなタイトルだが、AからC面がR&Bのスタジオ録音、D面だけライブという変則構成で、これも大ヒット。
このアルバムでストーンズの「Honky Tonk Women」やレイ・チャールズの「I Believe to My Soul」をカバーしている。
だがこの頃からバンド内は摩擦が生じ始め、75年には解散してしまう。

1980年にマリオットとシャーリー、さらに元ジェフ・ベック・グループのボブ・テンチ、アンソニー・ジョーンズを加えた4人でハンブル・パイを再結成。
「On To Victory」「Go For The Throat」の2枚を出すものの、セールス的には振るわずチャート100位にも入ることなくやはり解散。
解散後もジェリー・シャーリーが時々ハンブル・パイを名乗って活動していたらしいが、ほとんど話題になることはなかったようだ。

90年代になってようやくマリオットとフランプトンが歩み寄りを始め、ハンブル・パイ再結成も近いと思われた。
しかしスティーヴ・マリオットは91年に寝タバコで火事を起こしてしまい44歳の若さで亡くなった。
このマリオットの死によって、純正ハンブル・パイ再結成は永久に不可能となってしまう。

21世紀になってからは時々再結成を行うが、いずれも一時的なものに終わっている。
ハンブル・パイ名義の公式アルバムは2002年の「Back On Track」が今のところ最後である。
この時のメンバーはグレッグ・リドリー、ジェリー・シャーリー、ボブ・テンチ、テイブ・コルウェルで、ピーター・フランプトンは参加していない。
なおグレッグ・リドリーは2003年に亡くなっている。

以上がハンブル・パイの略歴だが、知ってた話はひとつもない。
80年代の再結成とか91年マリオット焼死なんてどこかで聞いていてもおかしくなさそうだが、残念ながら柏村武昭はこのあたりは教えてくれなかった。

スティーヴ・マリオットは元スモール・フェイセズという肩書きなので、そこにピーター・フランプトンも加わってのスーパーグループというのはなんとなくわかるんだけど、そもそもスモール・フェイセズもピーター・フランプトンも全然聴いてないので、スーパーグループとしてのハンブル・パイのありがたみは全くわかっていない。
実は未だにエイジアのありがたみがわかっていないのと似ている。(違うような気もするけど)

ハンブル・パイというふわふわしたイメージから、勝手におだやかで軽いサウンドを想像していたが、全く違うようだ。
ネットで調べると、デイヴ・クレムソンのギターとスティーヴ・マリオットのボーカルが見事な調和で素晴らしいロックを聞かせる、という評価が非常に多い。
中には「ツェッペリンに匹敵するポテンシャル」「ペイジ&プラントを思わせる」と書いてあるサイトもあった。
ただしスティーヴ・マリオットの声はロバート・プラントのように金属的ではなく、ハイトーンではあるがハスキーなしゃがれ声だそうだ。

フランプトン脱退の理由はよくある「音楽性の違い」とのことだが、スティーヴ・マリオットは黒っぽいブルースやハードな音楽を追求したがっており、対してフランプトンはポップでアコースティックな音を好んでいたらしい。
もちろん聴いてみないと何にもわからないのだが、そうだとすれば自分の好みに合うのはフランプトン脱退以降である可能性が高い。
どっちもダメな恐れもあるが・・・
いずれにしろフランプトンは脱退後にソロで大成功しており、お互いの道を歩んで正解だった、ということだろう。

ネットでの評価では「Smokin'」「Eat It」の人気が特に高いようだ。
これまで全く視野に入ってこなかったバンドであるが、スティーヴ・マリオットの声やサウンドにわずかに興味がわいている。
上記2枚も含め、おすすめのアルバムを教えていただけたらと思います。

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