読んでみた 第46回 ミック・ジャガーの成功哲学
ローリング・ストーンズが今なお現役のロックバンドとして君臨し続けられる理由として、ミック・ジャガーの非凡なビジネス手腕をあげる人は多い。
バンドの音楽性やグルーヴ感やメンバーの技量やキャラクターが人気の秘密であることは言うまでもないが、タダの音楽集団ではこれだけ長い期間活動できるわけではない。
音楽産業の中での確固たるバンド経営理念というものがあり、それに裏打ちされた方針・戦略・戦術を打ち出してはPDCAサイクルを回してきたのがミック・ジャガーである。
今回読んでみたのはそのミック・ジャガーを語る本だ。
「ミック・ジャガーの成功哲学」、原題は名前そのまま「Mick Jagger」。
著者は音楽評論家のアラン・クレイソン、訳者は大田黒奉之。
初版発行2008年11月、2,381円、320ページ。
版元はブルース・インターアクションズだが、この会社は現在解散しており、事業はスペースシャワーネットワークに譲渡されている。
ロック・ミュージック関連の書籍は、基本的にはミュージシャン伝記ものが大半であると思われる。
まあ中には著者の勝手な解釈や妄想を延々綴ったり、純粋に音楽性を説く本もあったりするだろうが、アーチストの生い立ちからデビュー、バンドの変遷、栄光と挫折、絶頂と没落、対立と葛藤、離合と集散、女と暴力、おカネとトラブル、聖地後楽園ホール、海賊男、馳浩と山田邦子、なんて構成で進んでいくものが多いはずである。(後半適当)
ところがこの本は「成功哲学」という、ロック本ではあまり例のない角度からのタイトルが付いている。
ミックのような有名なミュージシャンに付帯するのであれば違和感のない言葉ではあるが、「ありそうでなかった」典型のような気がする。
経済書や自己啓発本にもありがちな題名だけど、版元側にもそれなりの計算はあったのだろう。
ミック・ジャガーなので当然主たるターゲットは自分のような中年男性である。
日々金策やノルマや納期や刷り直しやシール貼りや乱丁や返品に追われるサラリーマン諸兄に響く文字列として、「成功哲学」が見事企画会議で通ったのだ。(知ったかぶり)
果たしてあたしもミック・ジャガーの成功哲学を見習ってピケティ理論を撃破することができるでしょうか。(意味不明)
・・・・・読んでみた。
本書の目次は以下のとおり。
プロローグ:ビッグ・ボス・マン
第1章:スクール・デイズ
第2章:ブルースに焦がれて
第3章:ロンドンの外れで
第4章:クロウ・ダディ
第5章:デビュー
第6章:ブリティッシュ・インヴェイジョン
第7章:スウィンギング・ロンドン
第8章:サイケデリックの時代
第9章:悪魔を憐れむ歌
第10章:70年代の幕開け
第11章:結婚
第12章:スタジアム・バンド
第13章:再びツアーへ
第14章:パンク・ロックの時代
第15章:スタート・ミー・アップ
第16章:ソロ活動
第17章:ストーンズ再始動
第18章:サー・マイケル・フィリップ・ジャガー
エピローグ:最後に笑う者
目次を見ると、構成はやはり伝記ものの定型である。
当然ミック・ジャガーの立身出世物語ではあるが、ストーンズという粗野で野蛮なバンドを、粗野で野蛮で女にだらしないミック・ジャガーが、しっかり管理運営して業績を残している、という対比に重きを置いている。
若きミックとストーンズならではのやんちゃ話がある一方、業界関係者の「ミックは交渉において手強い相手だった」という談話もいくつか書かれている。
「野蛮な女たらしだけど商才に長けている。ミック・ジャガーはやっぱりすごいよ」というのが著者の主張のようだ。
文章中にはミックの家族、メンバーを含む音楽仲間、業界人など様々な人物が登場するが、キース以外のメンバーは思ったほど出てこない。
またブライアンの死やオルタモントの悲劇についても、それほどページをさいているわけではなかった。
このあたりは個人的には多少物足りないと思う。
むしろ多いのはマリアンヌ・フェイスフルやビアンカといったミックの恋人たちの話である。
特にマリアンヌについては、ミックと縁が切れて心身ともにぼろぼろになった以降も追い続けて書いており、「成功哲学」の裏側にはこうした影の話もあると強調しているようだ。
自分はストーンズのファンとはとても言えないし、ミック信者でもないので、ミック・ジャガーのすごさは表層的にしかわからない。
エピソードの大半は知らなかった話だが、コアなファンであれば知っている・聞いたことがあるというものが多いのかもしれない。
純粋にロック本としては充分に面白いのだが、経済書や啓発本の類とは違うし、著者も経済学者ではなくロック評論家という肩書きであり、内容も特に経済学やマーケティングの視点からミックの活動を分析するようなものではない。
もちろんあちこちにミックの非凡な商才を示す発言やエピソードは出てくるのだが、まずはふつうのロック本と思って間違いない。
結局テーマとしての「成功哲学」は文章の根幹をなすものではなく、ところどころで匂わす程度。
ある意味秀逸な編集であり、自分のような中年サラリーマンの手にとらせた時点で「タイトル勝ち」である。
ロンドンのスクールで経済学を学んだミックの経歴が、その後のバンド運営において大いに役立った、という見方もありだとは思うが、あんまし関係ないような気もする。
ミックの商才はもっと本質的なもので、学歴はたまたまそうだっただけ、というところではないだろうか。
一方で編集の観点から気になった点はいくつかあった。
訳本にはよくある構成だが、注釈がかなり多い。
しかも説明は巻末に集約されているので、丁寧に読もうとすると本文と巻末を行き来しなければならず、使い勝手はいまいちよくない。
巻末に行ってみると注釈は出典資料を英文で紹介しているだけのものも多く、日本の読者にはあまり必要のなさそうな内容だったりで、少し疲れる構成である。
注釈を付けたければ、ページの下にスペースを作るとか、レイアウト上の工夫はもう少しできそうだが・・・
ちなみにその巻末にある注釈の記述で、「皮肉屋のミックは、好きなシンガーとしてジミー・ペイジの名前を挙げていた」という話に一番笑った。
こういうことはぜひ本文中にもっとふくらませて書いてほしいものだ。
またこれは個人の感覚的な話だが、書体がやけに古くさい。
最近の書籍ではあまり見られない明朝で、80年代発行の古本を読んでいるような感覚になるのだ。
ハードカバーだし、確かに50年以上前のエピソードもたくさんあるので、編集サイドはあえてこの書体を使っているのかもしれないが、2008年発行の書籍としてはどうなんだろう・・と思う。
というわけで、「ミック・ジャガーの成功哲学」。
タイトルに過剰に反応せずふつうに読めば非常に面白い本ですが、モメ事の好きな自分としては、もう少し事件事故の話があるとよかったのに・・と感じたりもしました。
同じ著者・版元による「キース・リチャーズの不良哲学」という本もあるそうなので、近いうちにこちらも読んでみようと思います。
| 固定リンク | 0
コメント
SYUNJIさん、こんにちは。
ミック・ジャガーの「成功哲学」。実はこの人こそ、日本企業が
変革を迫られている「コーポレート・ガバナンス」を実践してい
ると思います。
たとえば、80年代まではツアーは荒れ、バンドには違法薬物や
アルコールが常につきまといましたが、
80年代後半からは、契約には真摯な態度で臨み、公演中止や蛮行は
なくなりました。
これをコーポレート・ガバナンス的にみると、契約の誠実な履行や
違法薬物との決別は、まさに「コンプライアンス」です。
加えてファン、所属事務所、レコード会社、興行主など「多様なステーク
ホルダーへのコミットメント」ともいえます。
これはメンバー全員のロックへの熱い思いはもちろん、バンドの活動を仕切る
ジャガーの優れた経営者感覚によって、ストーンズは今なお第一線で活躍する
「創業50年の優良企業」として不動の地位を築いたと思います。
>>内容も特に経済学やマーケティングの視点からミックの活動を
>>分析するようなものではない。
できれば、こちらの内容を読んでみたいですね(^^;)
どこかの大企業が、ジャガーを独立社外取締役として選任してくれないか
と日々考えております。
投稿: モンスリー | 2015.03.15 15:07
モンスリーさん、コメントありがとうございます。
>実はこの人こそ、日本企業が変革を迫られている「コーポレート・ガバナンス」を実践していると思います。
>バンドの活動を仕切るジャガーの優れた経営者感覚によって、ストーンズは今なお第一線で活躍する「創業50年の優良企業」として不動の地位を築いたと思います。
いやー確かにそうですね。
ミック本人は「好きなことをやってきただけさ」などと言いそうですけど、まずは健全な経営のもとに、自分たちの音楽を追求、という理念が確立されたのだと思います。
>できれば、こちらの内容を読んでみたいですね(^^;)
いや、すでにモンスリー師匠のコメントがほぼ経済学やマーケティングの視点からミックの活動を分析できてますよ!
渋谷陽一に気づかれる前に、本出しませんか?(無責任なたき付け)
投稿: SYUNJI | 2015.03.15 21:11