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行ってみた 第46回 京都・大阪

桜と紅葉の季節にはムダに関西に行きたがるクスリっぽい中年のSYUNJIです。
今年も11月に三連休となりましたので、関西方面への遠征を画策。

京都も毎年のように行くことを続けていると、行動の善し悪しがだいたい判断できるようになります。
まずこの季節は極力バスで移動しない。
東福寺・清水寺・金閣寺といった直球な観光名所にも近づかない。
帰り際にJR伊勢丹で土産を買おうとしない。
理由は簡単でいずれも混雑しているからです。
これまでも混雑を極力避けて様々な観光スポットを巡りましたが、今年は洛北をターゲットにすることにしました。

もちろん洛北とて紅葉の季節は無人ではありませんが、東福寺や金閣寺のような混雑ではないでしょう。
ということで、多少地味ですが曼殊院・圓光寺・詩仙堂といった紅葉の名所をターゲットにしました。

この地区は出町柳で叡山電鉄に乗り換えて一乗寺あたりからアプローチするのが一般的ですが、今回は自転車を利用しました。
実は京都で自転車に乗るのは初めてです。

結論を先に書きますが、自転車は正解でした。
この洛北地区は以前にも訪れたことがあり、多少土地勘はあったので、おそらく自転車で問題ないだろうと予想していましたが、その通りでした。
各寺社は山沿いにあり、近づくにつれて自転車はきつくなります。
でも上り坂は自転車を押して歩けばいいだけで、帰りは坂を下りますので、非常にラクです。
徒歩に比べて短い時間で各スポット間を移動でき、とても便利でした。

出町柳で自転車を借り、最初に曼殊院を目指します。

Mansyuin1

Mansyuin2

Mansyuin3

10年近く前に一度来たことがありますが、その時は平日だったので混雑はそれほどでもありませんでした。
今回は土曜日だったのでやはり人はそれなりに多いです。
紅葉はピークに若干早い感じでしたが、見応えは充分でした。

Enkouji1

続いて圓光寺。
ここも人はかなり多かったです。

Enkouji2

Enkouji3

少し驚いたのは、寺までの道はかなり狭いにもかかわらず車で乗り付けようとする人がたくさんいたことでした。
タクシーはまだわかりますが、他にも自家用のでかいワンボックスなんかがぐいぐい入ってくるので、人も車も大渋滞。
駅から歩いて来るのが大変なため車を使うんでしょうけど、道も駐車場もそうした状況を受け入れるようにはできていないので、混雑が起こるのは当然ではあります。
その混雑の間をぬって素早く自転車で移動できたのは良かったです。

寺の周辺には飲食店もあまりありません。
そこでいったん一乗寺駅前まで戻ることにしました。
この判断も自転車だったからこそできた話です。
徒歩ではとてもそこまでする気は起きません。

Inkyo1

一乗寺駅のそばの「インキョカフェ」という変わった名前の店に入ってみました。
店内はブルースのレコードやギターが飾られた、こだわりのありそうな雰囲気。
後で調べたら、テレビや雑誌でも採り上げられたことがある店のようです。
BGMもブルース中心のようでしたが、ホール&オーツやイーグルスなんかもかかっていました。

Inkyo2

ランチのポークソテーを注文しましたが、これがうまかったです。
自転車で疲れたところにありがたいボリュームでした。

Sisendou1

再び山に向かって自転車を走らせ、詩仙堂へ。
詩仙堂は3回目で、数ある京都の寺社の中でも好きな場所です。

Sisendou2

Sisendou3

ここもたくさんの人がいました。
以前来た時は10月で紅葉には早い時期だったので、ほとんど人がおらず庭をゆっくり眺めましたが、さすがにこの日は立ち止まって写真を撮るのにも苦労するくらいでした。

Konpukuji1

詩仙堂に近い金福寺にも行ってみました。
この寺は初めてです。
今回自転車で移動が楽だったこともあり、寄ってみました。

Konpukuji2

Konpukuji3

曼殊院や詩仙堂に比べてこぢんまりしていて人もあまりいません。
紅葉もハデではありませんが、ほっとするスポットです。

今回自転車を利用したことで、以前から行きたかった場所に行くことができました。
ガケ書房です。

Gake

京都では有名な個性派書店で、行ってみたいとは思っていたのですが、駅や観光スポットからやや離れており、行程に組み入れることはしてこなかった場所でした。
店内は確かに独特な世界観の充満する棚で、自分と同様に遠方からここを目指してやってくる客も多いようです。
ただしそこは京都市左京区北白川という立地のせいでしょうか、外壁にクルマが刺さっているという刺激的構えの割には、どこか品の良い雰囲気が漂う書店です。
中野や下北沢にありそうな、サブカルやアングラといった香りは思ったほどありません。
今回は残念ながら自分の趣味に合致するような本はありませんでしたが、来ることができてよかったです。

Illumi1

Illumi2

夕方大阪に移動。
今年も大阪駅ホームの上にある広場にはイルミネーションが輝いていました。
毎年デザインは変わっているようです。

夕飯は大丸梅田店の「トラットリア アルレッキーノ」。
ここは昨年飛び込みで入った店ですが、パスタがあまりにもうまかったので、今年はピンポイントで照準を合わせて来てみました。

Arlecchino1

Arlecchino2

サーモンのクリームソースリングイネ、気まぐれピッツァを食べましたが、やはりうまいです。
基本小食なんでいわゆるなじみの店を持つなどといったグルメなことをあまりしない人間ですが、この店は今後もひいきにしたいと思います。

この日の夜、1年ぶりにモンスリー師匠と面会しました。
師匠とのおつきあいも10年になりましたが、この夜はかなりコアな?音楽談義となりました。
ブライアン・アダムスの最高傑作はどれか?ジョン・マット・ランジはブライアンのサウンドにどんな影響をもたらしたのか?パープルの歴代ジャケットはなぜあれほどにイケてないのか?など、隣の席の若い女性二人組が完全に引くような熱い音楽論が、梅田の夜にこだましたのでした。(表現ダサすぎ)

Hotel1

Hotel2

今回の宿はUSJ前にあるホテル近鉄ユニバーサル・シティです。
でもこの旅ではUSJに行く予定はなし。
目の前のホテルに泊まりながらUSJには行かない・・・
おそらくこの日の宿泊客でUSJに行かなかった非国民なヤツは我々夫婦だけだと思います。
計画に出遅れて結局ここしか予約が取れなかった、というだけの話なんですが・・・

Hotel3

Hotel4

当たり前ですけど、フロントから客室まで完全にUSJ仕様。
アメニティやハンドソープにまでウッドペッカーがあしらわれています。
我々はふつう?のカジュアルルームという部屋でしたが、ウッドペッカーが散りばめられたキャラクタールームという部屋もあるようです。
いずれにしても、USJの目の前というロケーション。
こんなところに泊まって大人しく寝る子供もいないでしょう。
隣の部屋からは深夜までテンションの上がりまくった子供達の叫び声が聞こえていました。

そんなポール・スタンレーばりの狂気の叫びのおかげですっかり寝不足のまま、翌朝は奈良方面へ向かいました。
旅はまだ続きます。

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読んでみた 第45回 文藝別冊「ディープ・パープル」

「日本人はすぐにパープルツェッペリンを比較しすぎだ!」という批判はごもっともだと感じているSYUNJIといいます。
そうだよなぁ、どっちも素晴らしいバンドであり音楽性も違うし比較にムリがあるよなぁ。
でもやっぱ比較するのが楽しいんだよ、このふたつのバンド。
そんな濁った感性で読んでみたのが、文藝別冊「ディープ・パープル」。
昨年出版した「レッド・ツェッペリン」に味をしめた版元が、自分のような比較したがりリスナーをターゲットに出版したとしか思えない一冊です。

Purple

そんな比較大好き中年の自分だが、こうして音楽以外の情報にふれる場合、個人的には両者の総合エンターテイメント性には大きな差があると確信している。
端的に言って、パープル(とそのファミリー)はやたらモメるけど、ツェッペリンはあんましモメない。
モメ話が大好きなあたしとしては、どうしてもパープルに肩入れしたくなるのである。

なので元祖モメバンドのパープルについて、こうして良質なテキストにたどり着けるというのはありがたい話だ。
ディアゴスティーニで「月刊パープル」なんてパートワークが出版されたら毎号揃えるよ。

正式な書名は「KAWADE夢ムック[永久保存版 総特集]文藝別冊『ディープ・パープル~ハードロックの伝道者、紫煙の旅路』」。(長い)
版元は河出書房新社、発行は2014年3月30日、226ページ。
定価は1200円だが、東京国際ブックフェアに出展していた河出書房のブースで割引購入。
果たして全編モメ事だらけの幸せな福音書なのでしょうか。

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じ。

【独占インタヴュー】
・イアン・ギラン
「ジョンはディープ・パープルの父親だったんだ」  
・キース・エマーソン
「ディープ・パープルはクラシックとロックを融合し、ロックを〝洗練〟させたんだ」
 
【ロング・インタヴュー】伊藤政則が語る、ディープ・パープル受容史  
 
【エッセイ】 奥田英朗 リッチーが「ガラクタ」と言った『嵐の使者』を聴き直す 
 
【テーマ論考】
・独裁者 「白い羊の群れ」を去った「一匹の黒い羊」 増田勇一 
・多様性 本質的に持っていたデパート的な体質 大鷹俊一
・初期作品 SHADES OF DEEP PURPLE ―紫の世界― 大貫憲章
・武道館 紫の伝説の〝暗部の生き証人〟として  和久井光司 
・歌詞 ギランの下ネタは何を“掘った”のか 山崎智之 
・オーケストラ ブリティッシュ・ロックとオーケストラの関係について 
          ―対極にありながらも最も相性のいい2つの音楽的形態― 岩本晃市郎 
・鍵盤 キーボード・ロック ―ジョン・ロードの場合― 巽孝之 
・プロデューサー 「専制政治」と「共和制」 御法川裕三 
・ブラック企業 ディープ・パープルはブラック企業か? 常見陽平 
 
【人物論】
ジョン・ロード論 クラシック的なものとロック的なもの 小沼純一 
リッチー・ブラックモア論 ガールフレンドから読み解くブラックモア史 御法川裕三
 
【インタヴュー】
・熊谷達也 あの熱視線を浴びていたら、小説を書こうと思わなかったかもしれない 
・適菜収 D層の研究?   
 
【論考・歴史と現在】
・現メンバーは〝選ばれし人材〟か 御法川裕三
・THE HISTORY OF DEEP PURPLE 舩曳将仁 
 
【関連アルバムセレクト30】
・メンバー絡みで特に聴いておくべき10枚
・〝パープル的〟を語るために欠かせない70年・80年代の10枚 
・時代を貫通するパープルの遺伝子、90年代以降の10枚 
  
【徹底解題レビュー】

内外の関係者インタビューや有識者の評論があり、メンバー考察、アルバムレビューと続くスキのない構成である。
当たり前だが全編モメ事話ではない。
ツェッペリンもそうだったが、わりとマジメにパープルという音楽集団を語る王道な編集だ。
アルバムレビューにも相当チカラが入っているし、ギランのインタビューも読み応えがある。
アオリが「独占インタビュー」ってのがダサすぎなんだが、編集側もわかっていてそう書いているのだろう。(本当か?)
さらにもうひとつのインタビュー記事はキース・エマーソンという意外な人選。
内容はキース独自のパープル論やジョン・ロード考察なのだが、実直な音楽論に終始している。

読んでいくとやっぱりあちこちにパープルとツェッペリンを対比させたり比較したりする表現が見つかる。
日本ではもう書き手も読者もリスナーも、ツェッペリンなしではパープルを分析できないのだ。
前回読んだツェッペリン本には、パープルの名前はそれほどには出てこなかったことからも、「パープルなしでも企画できるツェッペリン本」「ツェッペリンなしでは企画が通らないパープル本」という図式が版元側にほぼできあがっていることがわかる。

作家であり音楽活動も行う熊谷達也は、日本のCMで使われるのはツェッペリンよりもパープルのほうが圧倒的に多い点について、「どこか15秒を抜き出しても魅力が伝わるのがパープル、一曲通して聴いてこそ魅力が伝わるのがツェッペリン」と説いている。
実際にはCMにツェッペリンが使われにくいのはペイジが権利関係にうるさいなど他の理由もあるとは思うが、この解説は秀逸だと思う。
言われてみればその通り、の典型。

パープル特集本なので、音楽以外の話題で文章を建てているページも多い。
これはやはりツェッペリンよりもその傾向は強くなる。
良い悪いは別として、パープルってのはそういう見方もされる宿命のバンドだし、それが楽しくてこういう本を作ったり読んだりするんだよね。

しかしだ。
じゃあそういう音楽外ページはどの文章も爆笑なのかと言えば、正直そうでもない。
自分の趣味が極端にトラブルバトル因縁恩讐系に傾いているのがいけないのは承知の上で言うと、思ったより物足りない文章が多い。

「ディープ・パープルはブラック企業か?」なんてタイトルだけで大笑いしそうな感じだが、全体の1/3くらいはブラック企業の定義みたいなことが書いてあって、肝心のパープルにおけるブラック企業的考察は、これまで様々なメディアで語られてきた内容からはみ出すものではないと思った。

適菜収のインタビュー「D層の研究?」も、聞き手との話がいまひとつかみ合っておらず、さらに適菜収も「何も上から目線で『パープルなんてくだらない』と言いたいわけではない」などと言ってしまっていて、まさに語るに落ちた感じ。
しかも「パープルの本に載るなら少しはほめておかないと」などなぜか上からの発言もあり、この人やっぱりホントはあんましパープル好きじゃないんだろうな・・と思う。

「ロックを語る」という行為は、プロアマ問わず楽しいものだ。
そもそも自分自身が10年以上もBLOGでロックを(聴いてないけど)延々語るという馬鹿な行為を続けているくらいなので、プロのライターからすればそれはそれはチカラの入る仕事だろう。
中でもパープルは突出して「語りやすい」バンドである。
音楽や楽曲以外に、メンバーのキャラクターや伝説、バンドの抗争歴史などに「語りたくなる」エピソードが多いからだ。
なのでこの本もそれぞれの書き手がそれぞれの視点でやはり「語って」いる。

ただし、その語りが三流読み手である自分の感覚にスイングするかどうかは、読んでみないとわからない。
内容的にはとても興味深いものでも、「語り」のスタンスや切り口や文体や誤字など、いまいちのめりこめない要素があると、評価としては厳しいものになる。
自分はパープルも大して聴いてなかったくせにそういう点に過剰反応する面倒な読者なのである。

それでもこの本には今まで知らなかったパープル知識がそこかしこに登場していて、ためになる。
詳細はぜひ本書をお読みいただきたいのだが、たとえばキンクスの「You Really Got Me」の録音にはジョン・ロードも参加していたなど、オールドなパープルファンにとっては鉄板な話かもしれないが、自分は初めて知ったのだった。
なお「You Really Got Me」の録音にはペイジも参加したという話もあるらしいが、ペイジは否定してるそうです。

表紙は「In Rock」のジャケ絵を持ってきていて、これもパープル本の必須条件である「特有のダサさ」をがっちり備えたやっぱりな装丁。
表2(表紙の裏側)は現在のメンバー写真、表3(裏表紙の裏側)はステージに立つリッチーのシルエットである。
で、ここもやっぱり紫の1色刷りという避けようのない直球定型。
さらに目次までもが紫1色刷りでステキ。
編集側も読者も何も考えなくてもいい世界だと思います。

今さらだが、ツェッペリンはもうないが、パープルはまだある。
しかも現ギタリストのスティーブ・モーズが加入して20年以上経っており、在籍期間はリッチーよりもずっと長くなっている。
当然スティーブ加入後のパープルは全く別のバンドになっているのだろうが、この本でもネットでも、スティーブ・モーズの評価はかなり高い。
もちろんリッチーやジョンあってのパープルではあろうが、スティーブのパープルでのプレイも一度聴いておく必要がありそうだ。

ということで、文藝別冊「ディープ・パープル」。
失礼ながら期待が大きすぎてやや物足りなかったという感想になりました。
まあいい加減プロレス雑誌と同じ感覚でパープル本を読もうとする姿勢は改めたほうがいいのかもしれません。
と言いながらおそらく今後も、パープルのモメ事を求めてさまよい歩く自分の根性は治らないと思います。

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やってない 第29回 スキー

戦慄のやってないシリーズ、久しぶりにまっとうな趣味を題材に持ってきました。
シーズンを前に、多くの方が自慢の板にワックスかけたりビンディングの調整に余念がないことと思います。
当然自分はやってません。

生涯でゲレンデに参上したのは一度だけである。
若い頃に姉夫婦とともに山梨県にある小さなスキー場に出かけ、その場でいきなり滑らされた。
姉も義兄も初心者の自分に対する配慮がとても雑で、その日に初めてスキー板に乗った自分をむりやりリフトに乗せ、頂上に着いたら「じゃあ滑ってみようか」って、できるわけねえだろ!

スキー板はいて立つのに小一時間、5m滑って止まれるようになるまで半日。
その間何度もハデに転倒滑落し、左の板の先端が右スネに刺さるという事態も発生。
肉眼でスネが腫れてるのがわかるくらいな状態になり、心身共にダメージを追い、逃げるように下山。
以来一度もゲレンデに立つことなく今に至る。
さすがに姉夫婦もこんな足手まといと一緒だと相当楽しくなかったのか、以来二度と自分を誘うことはなかった。

まあ初心者にはありがちな展開だと思うが、前に滑るならともかく、ようやく立てたと思ったら後ろに滑り出すという自由のきかなさが一番参りましたよ。
そもそもふつうの地面の上でもいつもめまいでユラユラグルグルして不安定な体質なので、スキーなどのバランス系スポーツは最も向いてない感じ。

幼少の頃から雪の降らない地域で育ったため、学校の授業や行事でスキーが実施されたこともなかった。
両親は北海道出身だが、息子に「スキーを教えてやる」といった行動に出たことは全くない。
思うに、両親とも道産子のわりにスキー自体はさほど得意でもなかったと思われる。
ちなみに道産子の両親にスキーを教わったことがないのは、妻も同じである。
北海道の人が内地に長く住むと、やっぱり雪が降らないことがとてもラクなので、わざわざ雪の降る中に出かけていく気が起きない、ということらしい。

しかし。
自分が青春時代を過ごした80年代はまさにスキー全盛で、誰もが原田知世や三上博史にあこがれ、スキーやらないヤツなんてのは(たぶん)非国民だった。
高校でも大学でも、友人はみんな(たぶん)ふつうにスキー場にでかけ、(たぶん)スキー以外の下品な目的も含めてエンジョイしていたのだが、カネも根性も平衡感覚もない自分は冬の間はじっと大人しくしていたのです。
特に大学生の時は休日は基本的に夜中雀荘で働くというカタギとは思えない潜伏生活をしていたので、バブル前夜のスキーブームとは無縁のイケてない人生を送っていた。

会社でもスキーをやる社員はそれなりにいるが、普段からつきあいも素行も目つきも良くない自分を誘う物好きももちろんいない。
社員旅行で一部の社員がスキーに行ったことはあったが、全員強制参加といったスパルタな企画ではなかったので、スキー組と観光組に分かれて行程を組んだようだ。
しかしながらスキーに参加したある社員が運悪く転倒して骨折し、以来危険で業務に支障が出るという理由でスキー企画は中止になった。

バブルとスキーで思い浮かぶ地名と言えば越後湯沢である。
地元の方には申し訳ないが・・・
バブルが腫れてくると世の中には恐ろしい話が飛び交うようになった。
一山当てたサラリーマンが突然競馬馬のオーナーになったり、東京から会社帰りに「ラーメン食いにいこうか」と言って飛行機で博多まで行っちゃったり。
そして同僚と共同で越後湯沢にリゾートマンションを買う人も登場。
年に数回行くかどうかのスキーのために、マンションまで買うという事態に発展したのである。
スキー場でテンション高く「みんなでマンション買っちゃいました」とインタビューに答えるバブリンな若い会社員の映像が記憶に残っている。

バブル崩壊後はみんなローンの支払いが厳しくなり、財産分割?をめぐって同僚ともめたなどというロックバンドみたいな話もあちこちで聞いた。
まあスキーそのものが悪いわけではなく、バブルに踊らされたヤツらが悪いんだけど。
越後湯沢に林立したリゾートマンションはその後どうなっているんだろうか・・・

今若い人ってスキーやるんですかね?
純粋にスポーツとして一定の競技人口はもちろんあるだろうけど、レジャーとしてのスキーはどういう状況なんだろう?
道具やリフト券といったインフラな部分はともかく、移動や宿泊まで含めるとかなりおカネのかかる趣味だと思うんだが、若い人もやはりやる・やらないの二極化が進んでいるのだろうか?
NHKの昼前のニュースでは「シーズン到来を待ちわびたスキーヤー達が、色とりどりのスキーウエアに身を包み、思い思いのシュプールを描いていました。」と毎年同じセリフなのはなぜだろう?(どうでもいい)

というわけで、スキー。
さすがにこのトシになると命の危険もつきまとうため、若い愛人に誘われでもしない限りはゲレンデに立つことなくシケた生涯を閉じるものと思われる。(うるせえよ)
みなさまのスキー歴、輝かしい栄光の戦績・ゲレンデでの武勇伝など語っていただけたらと思います。

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