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聴いてない 第190回 キャメル

10年もBLOGをやってて多くの方からいろいろ教えていただいたにもかかわらず、結局プログレという分野について定着をみていないあたくし。
5大バンドは言うに及ばず、イングランドU.K.ムーディー・ブルースなんかも聴いてはみたものの、安い自分の耳には心地よく響くというものではありませんでした。
そんな失われた10年の間、ついぞ採り上げることのなかった叙情派プログレ・バンド、キャメル。
もちろん聴いてません。
バンドの名前しか知らない。

昔から中古レコード・CD店に行くとプログレのコーナーというのがたいがいあって、そこには難解で偏差値の高そうなアルバムがたくさん並んでいた。
で、そこでクリムゾンイエスELPなどに混じって名前を見かけるのがキャメルである。
いえ、それだけです。
メンバーも作品名も一切知らない。

今さらオマエみたいな永久ド素人がキャメルなんか聴いてどうすんだよ的な話だとは思うが、人生何があるかわからないので、かつお節を削る程度に薄ーく調査。
そういえばもう長いことかつお節を手で削るということをしていないなぁ。(どうでもいい)

キャメルは1972年イギリスで結成された。
当時のメンバーは以下の人たちである。
アンドリュー・ラティマー(G)
ダグ・ファーガソン(B)
アンディ・ウォード(D)
ピーター・バーデンス(K)

73年、デビューアルバム「Camel」を発表。
75年のコンセプトアルバム「Music Inspired by The Snow Goose」は、全曲インストではあるが彼らの代表作となる。
しかしキャメルもプログレバンドの血の掟から逃れることはできず、76年にダグ・ファーガソンを解雇。
代わって元キャラバンのリチャード・シンクレアが加入。
78年にはピーター・バーデンスが脱退。
後任にはまたも元キャラバンのヤン・シェルハースとデイブ・シンクレアが参加。

79年には初の来日公演を実施。
しかし直後にキャラバン再結成のため元キャラバン組がどんどん離脱し、メンバーチェンジが続く。
81年にあのルバング島で発見された元日本兵の小野田さんにインスパイアされたコンセプトアルバム「Nude」を発表。
ちなみにこのアルバムには前田日明の入場テーマ曲である「Captured」が収録されている。

81年にはオリジナルメンバーがアンドリューだけとなり、翌年にはいったん活動休止となる。
91年にスタインベックの小説「怒りの葡萄」を題材にしたコンセプトアルバム「Dust And Dreams」をリリースし、ツアーも再開し日本でも公演が行われた。

その後もコンスタントにアルバム発表とツアーを続けており、会場はハウスレベルではあるが日本でも2000年までライブを行っている。
近年アンドリューの病気のため活動は停滞気味ではあるが、解散はしていないようである。

・・・・どれも一切知らなかった話だ。
そもそも花の80年代にプログレなどという分野には全然タッチして来なかったので、当然の結果ではある。
イエスやジェネシスのように80年代のチャラい金満サウンドにシフトするといったこともしなかったのだろう。
そういうことから考えると「硬派」なプログレバンドと思われる。
FMで柏村武昭や石田豊からキャメルについて教わったという経験も全くないし、アルバムジャケットに見覚えのあるものもほとんどない。

キャメルを調べると「叙情派」「アンサンブル」「エモーショナルなギター」「シンフォニック・ロック」「オリジナリティあふれるサウンド」といったキーワードがあちこちに出てくる。
いまいちイメージがつかめないが、緻密で多層で感情豊かな演奏ということだろうか。

サウンドの中心はアンドリュー・ラティマーのギターとピーター・バーデンスのキーボードで、初期の作品は二人が手がけた曲が多いそうだ。
アンドリュー・ラティマーは技巧というより表現にこだわるギタリストで、フルートを使うことでも知られ、キャメルは同じくフルートを扱うジェスロ・タルともよく比較されるとのこと。
音楽性は全然違うらしいが、どっちも全然聴いてないのでよくわからない・・・
で、主にヨーロッパ各国にキャメルのフォロワーとも言うべきプログレバンドが存在していて、影響力の高さは相当なものがあるらしい。

まあキャメルに限らない話だろうが、キャメルを語るサイトやBLOGでは非常に評価が高く、「プログレを聴くならば必ず押さえておかねばならない」などと学研の受験参考書みたいに言い切る人もいる。
当然プログレなので「そう簡単に良さがわかる音楽ではない」というハードルの高さはたぶんあるはずだ。
クリムゾンやイエスなんかは聴いてて当たり前で、キャメルを聴いておけばさらにステージが上がるよ、という感じなのかな?
「どんなの聴きます?」と問われて「ええ、キャメルなんかわりと好きですけど・・」と答えると相手の表情が変わる、というクラスのバンドでしょうか。(知ったかぶり)

それにしても、前田の「キャプチュード」はキャメルの曲だったのね・・・
技の名前にもなってる有名なテーマ曲だけど、そういう部分からキャメル情報に到達するということも全然なかったなぁ。
というか、前田がキャメルのファンだったのか?

ついでに言うとキャメル・クラッチというプロレス技があるが、昔何度教えても必ず「キャラメル・クラッチ」と言ってしまう友人がいた。
木戸修が使うのは「キド・クラッチ」である。
なお木戸修の娘はプロゴルファー木戸愛である。
あ、いりませんかね、この情報は・・・

というわけで、キャメル。
プログレな上にさらにマニア向けなバンドっぽいので、自分みたいな三流が聴けるものではないだろうとは思いますが、ご参考までにどんな感じの音楽なのか教えていただけたらと思います。

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聴いてみた 第116回 イーグルス

イーグルスは不思議なバンドである。
いや、別にイーグルスのみなさんとは親戚でも知り合いでもありませんけど、自分にとってこのバンドはとても不思議な位置づけなのだ。

イーグルスは「聴いてないシリーズ」では採り上げていない。
じゃあアナタ聴いていたのね?とデヴィ夫人や加賀まりこに聞かれても、「はい」と言える自信もあまりない。
10年頑固に守り続けた「聴いてないことの定義」は「最大でもアルバム1枚しか聴いてない」なのだが、イーグルスについてはCDを4枚も持っている。
・・・全然自慢になりませんけど。

持っているのは以下の4枚である。
・The Eagles(ファースト)
・Hotel California
・The Long Run
・Hell Freezes Over

で、これ以外にも昔レンタルで聴いたアルバムがあるはずなのだが、これがどうもはっきりしないのだ。
テープが残っていないので今となってはわからないのだが、「Desparado(ならず者)」「On The Border」「One Of These Nights(呪われた夜)」のどれかは聴いている・・・はずな・・・わけで・・・という北の国から状態。
この3枚については収録曲名を見ても「ああこれは聴いたな」と判断できないのだ。
天下の有名バンドに対してあまりにも雑な扱いなんだが、世界中で一番か二番目に売れたと言われるベスト盤もレンタルで聴いているので、おそらく聴いた回数はベスト盤に著しく傾いてしまったものと思われる。

もちろんイーグルスに対してキライとか苦手といった感覚は全くないのだが、全盤制覇とか非公式盤収集などの野望は持っておらず、聴き方が適当なことに対する危機感も特になかった。
リアルタイムが「The Long Run」という最初の解散直前の時期だったこともあるかもしれない。
リスナーとして完全に出遅れたのは事実だが、取り戻さねばといった使命感もあまりなかったのだ。

そんなある日、宿敵イアン・ギラン・・じゃなかった、お友達のルドルフ氏が「イーグルスの6枚組ボックスセット購入したよ」宣言を世界に向けて発信。
その記事を見て自分のイーグルスに対するガサツな鑑賞履歴に気づいたのである。(遅い)
上記3枚のどれを聴いていたのか解明に乗り出すことにした。

今回買ったのは「On The Border」。
先日の渋谷中古CD店の閉店セールで購入。
ジャケットに一番見覚えがないのがこのアルバムだったので、聴いてない確率は高いと思われる。

On_the_border

「On The Border」は74年の作品。
ドン・フェルダーというギターの名手が加わり、サウンドにさらなる多様性をもたらしたことで知られる名盤である。

ムダに前置きが長くなったが、取り急ぎ確認することにした。
果たして自分はかつてこのアルバムを聴いたことがあったのでしょうか。(知らねーよ)

・・・・・聴いてみた。

1. Already Gone(過ぎた事)
トップは気合いの入るロック。
この曲はベスト盤で聴いている。
グレン・フライの好きそうなリズム・サウンドだが、作ったのはジャック・テンプチンという人で、グレンやJ.D.サウザーの音楽仲間だそうだ。
歌詞の内容は女と別れた強がり男の話。
「オレは勝利の歌を歌うよ」とか大げさな表現がかえってハードな心情を物語る。
ときどきグレンが「ゥオホオ~」とはじけるところがあるけど、意味合いとしては別れてヤケクソな男の心の叫びを表しているそうです。

2. You Never Cry Like A Lover(恋人みたいに泣かないで)
ドン・ヘンリーとJ.D.サウザーの共作。
どこか都会的でおしゃれなサウンドだ。

3. Midnight Flyer
バンジョーが鳴るカントリーソング。
ポール・クラフトという人の作品をカバーしたもので、ランディがボーカルをとっている。
イーグルスってのはもともとこういう路線のバンドだったと思っていたのだが、それは本当に彼らがやりたかったのか実は違っていたのか、今もよくわからない。
後半はグレンのガサっぽいギターが入ってきて、楽しいカントリー調からやや雰囲気が変わる。

4. My Man
若くして亡くなったカントリーのミュージシャンであるグラム・パーソンズという人を歌ったと言われるバラード。
作ったのはバーニー。
おだやかなリズム、優しい歌声、ぽよーんとしたギターは典型的なイーグルスのバラードサウンドだと思う。

5. On the Border
ドンとグレンの共作とのことだが、リードをドンがとっているので、ドン主導で作られた曲だろう。
これもドンらしいブルージーな音がする。
ドンとグレンの掛け合いもあって聞き所は多いと思うが、自分はドン・ヘンリーのこういうブルース志向の強い辛口な曲はいまいち苦手だ。

6. James Dean
陽気なアメリカンロックで、ボーカルはグレン。
メンバーの中ではグレンが一番ロック色が強いと思う。
歌詞はただ単純なジェームス・ディーン賛歌ではなく、けっこうヒネた見方をしている。
ドンとグレンの他、J.D.サウザー、ジャクソン・ブラウンも作者にクレジットされている。

7. Ol' 55(懐かしき'55年)
トム・ウェイツの曲をカバーし、ドンとグレンが交互に歌う。
これもコーラスや楽器を緻密に重ねたイーグルス王道の西海岸サウンドだ。

8. Is It True?
ランディの作品で、歌っているのもランディ。
ランディの曲は美しく壮大なメロディが多いが、これも味わい深くオトナの香りがするいい曲である。
きゅいーんと鳴るスライドギターはグレンが弾いているそうだ。

9. Good Day In Hell
テンポはゆっくりでコーラスも美しいが、びりびりとしたギターが重なりややハードな音がする。
この曲ではドン・フェルダーがスライドを担当。
少し重たく聴きづらい。

10. The Best Of My Love(我が愛の至上)
この曲はベスト盤でよく聴いた。
それもそのはずで全米1位にもなった名曲である。
おだやかな調べ、憂いに満ちたドン・ヘンリーの声、丁寧に当てられるコーラス。
聴いててほっとする、これ以上ないイーグルスの極上のバラード・・・なんだけど、好みとしてはイーグルスのベストワンではないんだよなぁ。
なんでだろう?
ちなみに邦題だが、さっきまでずうっと「我が至上の愛」だと思っていた。
すいません、つくづくポンコシで・・・

まず調査結果だが、このアルバムは聴いてなかったことが判明。
聴いたくせに記憶が飛んだ可能性はゼロではないのだが、初めて聴くと思われる曲が半分以上あったので、結論としては「聴いてなかった」となる。
続いて感想だが、バラエティに富んだ完成度の高い作品だと思う。
「ロック色が強くなった」という評価が多いらしいが、これはあまりよくわからない。
確かにロックなナンバーもあるが、そうでない曲のほうが多く、ひとくくりで表すには多様すぎるという印象である。
全てが好みに合致するというわけではなかったが、これまで聴いてきた他のアルバムに比べてレベルが大幅に違うといった明確なものは感じていない。

ただし。
自分の場合、イーグルスに対する評価は結局いつもこんな感じなのだ。
「ああいい曲だなぁ」「美しいメロディだなぁ」「素敵なコーラスだなぁ」といつも思うが、そこから先の感情はほとんど変わらない。
ツェッペリンストーンズみたいに「わからないなりに他の作品も聴いてみよう!きぃー!」という意欲がさほど湧かないままなのである。
理由は今もよくわからない。

そう言っておきながら「Hell Freezes Over」については、再結成のニュースに比較的早く反応して新譜を買っている。
この行動原理も説明はできない。
なんでそんなに急いで聴きたいと思ったのか、これもよくわからない。
それでも聴いてきたアルバム全てが「がっかりした」「難しかった」という評価には決してなっていないので、自分にとってはどこから聴いてもお得なバンドではある。(なんだそれ)

ジャケットは歴代のアルバムの中ではこの「On The Border」が一番脱力。
イーグルがスネイクをくわえている絵なんだけど、なんか描きかけのように背景が白いし、正直自分にも描けそうな感じ。
どんな理由でこのデザインになったのか知らないけど、もう少し描き込もうよ・・・と思う。

さて、文部科学省公認イーグルス学習指導要領の第4条2項に記載されているのが「内紛」である。
「On The Border」から参加したドン・フェルダー。
この人の最大の功績は後に「Hotel California」を作曲したことだ。
クレジットはヘンリー&フライ&フェルダーとなっているが、あの謎めいた歌詞をドン・ヘンリーが作り、メロディや楽器の技法などの企画はほとんどドン・フェルダーによる。
グレンは歌詞の一部にアイディアを出した程度だったらしい。
しかしドン・フェルダー本人もメンバーも想定していなかったほどの大ヒットとなり、その後様々な点でメンバー間に軋轢が生じることとなる。
お金まわりが良くなるとバンド運営上は良くないことが起こる、というロックのことわざの通り、バンドは次の「The Long Run」発表後に解散。

もともとグレン・フライとドン・ヘンリーが中心なのだが、メンバー全員曲も作れて歌って踊れるというバンドなので、役割や序列といった部分で摩擦が起こりやすい団体であった、という見方もあるようだ。
死ぬほど売れた「Hotel California」を作曲したドン・フェルダーとしては、やはりもう少しバンドの中で意見を言って行きたい、おこづかいも増やしたいと考えたのではないだろうか?

94年の再結成にはドン・フェルダーも参加したが、2000年にグレン・フライとドン・ヘンリーから「オマエはバンドに貢献してへん」という理由で解雇通告される。
ドン・フェルダーはこの解雇を不当としてイーグルス会社に対し「なんでやねん」と訴訟を起こす。
2006年フェルダー側の勝訴となったが、会社での権利は守ったものの、バンドのメンバーとしては復帰していない。

イーグルスもメンバー間の仲があんまし良くないパープルチックなバンドなので、この話はうっすらと知ってはいた。
再結成当時の雑誌では、ドン・フェルダーが「ホテル・カリフォルニア以降、メンバーの仲は最悪だった。ステージ上でもそれぞれギターを弾いてはいたものの、アンプに隠れてお互いの足やケツにケリを入れ合っていたような状態だった」などと発言していたことを覚えている。
その時は楽しい再結成の記事だったので、ドン・フェルダーも「ステージ上で昔を思い出してグレンとお互いのケツにケリを入れてふざけあってるよ」みたいなことを言っていたのだった。
その後ふざけたケリどころかガチな訴訟にまで発展してしまうところがロックだよなぁ。(楽しい・・)
さすがに訴訟までしかけてしまうと、勝ってもバンドに復帰して仲良くステージに立つということもしづらいだろうね。

というわけで、「On The Border」。
結局聴いてなかったことがわかりました。
昔から適当な扱いで全然マジメに取り組んでこなかったイーグルスですが、たぶん自分にとっては「たまに聴きたくなる音楽」であって、「好きな音楽」とは少し違うんだと思います。
近いうちに「ならず者」「呪われた夜」も鑑賞記録確認作業を行いたいと思います。

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聴いてみた 第115回 ローリング・ストーンズ その13

先日ミック・テイラーを伴って楽しい来日公演を果たしたストーンズ。(表現が安い)
わたしのストーンズ学習もすこぶる順調に進んでいます。
なあんて書いてはみたものの、実はウソばっかで順調という意識は相変わらずない。
今ストーンズ検定を受けたら間違いなく落ちるはずである。
そんな勉強不足のさなか、今回は60年代の作品にアプローチ。
1966年の作品「Aftermath」を聴いてみました。

Aftermath

「Aftermath」は全曲ジャガー&リチャードのオリジナルで、これはストーンズのアルバムとして初めてのことであった。
しかし。
このアルバム、本国イギリス盤とアメリカ盤があり、曲数や順序に違いがある。
イギリス盤は14曲あったが、アメリカでは多すぎると判断され、4曲削られて「黒くぬれ」を加えられた11曲で発売された。
で、今回自分が買ったCDの収録曲はアメリカ盤のものである。
中古CD店の閉店セールで何も知らずに買ったのだが、アメリカ盤なのに「ワタクシはAftermathを聴いたんですのよ」と町内に回覧板で伝えてしまってよいもんだろうか?
「イギリス盤聴いてから言えやボケどついたろかこのサル」と近所から苦情が来たらどうしよう・・・
そんな不安の渦巻く年度末、とにかく増税前に聴いてみることにした。

なお「Aftermath」とは「余波」と訳されるらしい。
実際発売当時は日本では「余波」という邦題がついていたそうだ。
果たしてあたしはストーンズ来日旋風の余波を受けて舟もろとも大破するのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Paint It Black(黒くぬれ)
誰もが知ってる有名すぎる曲のはずだが、実はあんましきちんと聴いたことがなかった。
こんな曲だったっけ?
「んばんばんばんば」というスカっぽいビートにブライアン・ジョーンズが奏でるシタールの不思議な音。
後半からは右奥から改造バイクのような音がぶんぶんとうなる。
正直ヘンな曲だが、この路線は嫌いではない。
聴いてて思いだしたのだが、昔観た映画「ヒポクラテスたち」で、主人公役の古尾谷雅人が、アタマがおかしくなって自分の白衣をマジックで真っ黒に塗りつぶすシーンがあったが、この時口ずさんでいたのが「黒くぬれ」だった。

2. Stupid Girl
はねるリズム、ゆがんだキーボード。
途中の乾いたドラムやかきむしるギターはどこかヤードバーズのような曲。

3. Lady Jane
美しいアコギの音色で始まる名曲。
なんだかサイモン&ガーファンクルみたいな雰囲気だが、ミックの微妙なボーカルも思ったよりアコギにマッチしている。
これはいい曲だ。

4. Under My Thumb
この曲もタイトルはよく目にしていたが、まともに聴くのは初めてだ。
ロックンロールでもバラードでもない、微妙なサウンドとリズムだが、これは悪くない。

5. Doncha Bother Me(邪魔をするなよ)
わかりやすいリズム&ブルース。
歌詞に「オレのアイラインの描き方には著作権がある」といった部分があり、読んでて笑ってしまった。

6. Think
これも比較的わかりやすいサウンド。
左側に乾いたギター、右側にブルージーなギターという配置で構成されている。

7. Flight 505
雰囲気は前の曲と似たような感じ。
ミックのダレた適当なボーカルはまだどこか抑えた印象。

8. High And Dry
カントリー調のテンポのいい曲。
ここでもミックはわりと大人しく歌うが、けっこう楽しく聴ける。

9. It’s Not Easy
少しチカラが入ってきたロックナンバー。
ようやく本領発揮といった感じのミックのボーカル。

10. I Am Waiting
ストーンズにしてはおだやかで不思議なメロディとコーラスのバラード。
どこかポール・マッカートニーが作りそうな曲だが、そこは決してビートルズのような緻密なサウンドに仕上げないのがストーンズ。
面白い曲だ。

11. Going Home
ラストは再びリズム&ブルース。
それほど盛り上がることもなく進行して終わるのかな・・?と思っていたら、中盤から少し様子が変わって来る。
ミックがどんどん粗野になり、同じようなリズムでそれぞれのパートが延々と続く。
この展開はちょっとドアーズを思わせるが、実験的でサイケやプログレのような感じにも思える。
11分もあってやや飽きが来る。

このアルバムも奥が深い。
単なる古き良きロックンロールではなく、様々な工夫や試みがあり、ストーンズがリズム&ブルースを基調に自分たちの世界や音楽観を作り上げる途上にあったことがうかがえるような気がする。
楽器の音は当然60年代のものだが、楽曲や歌はその枠からあちこちはみ出ており、不思議な完成度になっている。
未だにストーンズのなんたるかを全然わかってない自分としては、今さらだけど大きな発見である。
70年代の粗野で野蛮なストーンズの前には、こんな芸術的作品もあったんですね。
アルバムを聴く度に痛感するストーンズの多面性だが、この「Aftermath」にもそれは強く感じる。

作詞作曲はミックとキースだが、楽曲の仕上げにはブライアン・ジョーンズの様々な試みが加えられているそうだ。
この頃すでにメンバーの間では浮いた存在になりつつあったらしいが、高い演奏技術を持っていたブライアンは、このアルバムでもまだその才能を発揮している。

で、作品にはブライアンの功績が大きく残ることになったが、制作過程においては一層分業が進み、「みんなで仲良く曲作り」といった状況からはほど遠く、ブライアンはミックとキースが作った曲にいろいろな楽器で音を重ねる作業を、一人で寂しく行っていたらしい。
こういう状態がこの後どんどん加速して、ブライアンは精神的に追い詰められ、薬物に依存しグループを脱退しプールの底に沈む、という展開だそうです。
うーん・・・なんか知れば知るほどかわいそうなブライアン。

「Aftermath」について調べていくと、あちこちのサイトやBLOGに書かれているのが「1966年の作品である」という点。
この年にはビートルズの「Revolver」、ディランの「Blonde On Blonde」、ビーチ・ボーイズの「Pet Sounds」といった後世に残る名盤が発表されている。
当時の英米気鋭のミュージシャン達が、それまでの音楽概念の枠を超えた作品を出し始めた象徴的な年であり、ストーンズもその波に乗った「Aftermath」という名作を世の中に送り出した、という説明。
なるほどなぁ。
これで自分もここにあげられた各作品とも聴いたことになるが、みんな「何かをやろうとしていた」感覚だけは感じ取ることができる気がする。

さて「Aftermath」のジャケットだが、これもイギリス盤とアメリカ盤では全然違う。
メンバー写真という点では共通しているが、イギリス盤は紫っぽい色と黒の二色刷り?だが、アメリカ盤はブレた感じのカラー写真である。
どちらかと言えばイギリス盤のほうが怪しい雰囲気で好みだ。

ということで、「Aftermath」。
これは非常によかったです。
個人的な感想としては、「Going Home」以外はどの曲も聴きやすくいいと思うし、これまで聴いてきたストーンズのアルバムの中でも、好みの点から言うとかなり上位に位置する感じ。
次回こそは70年代スタジオ盤で唯一聴いていない「Sticky Fingers」に挑戦しようと思います。

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やってない 第26回 転校

これまでは主にオトナのくせに経験に乏しいものの告白シリーズだったが、今回は基本的にコドモの時しか経験できない話。
すっかり昔のことではあるが、自分はコドモの頃転校の経験はいっさいない。
これから学校に通う予定もないので、転校を経験せず死を迎えることは確実である。

ここで言う転校の定義はいちおう「義務教育における所属校の転籍」とします。
高校や大学だと編入試験もあるので、あまり転校とは言わないし事例も小中学校に比べて少ないだろう。
子供の都合や意志がきかない形での転校がほとんどだと思うが、最近はいじめにあって転校といった子供側都合のケースも増えているのではないだろうか。

で、自分の場合は幼稚園から大学まで、学校を変わったことは一度もない。
たまたま親が転勤しなかっただけなのだが、自分がまだ幼稚園に入る前は何度か転居しており、たまたま入園前に父親が定住を決めたということのようだ。

転校は子供本人にとっては一大事だ。
なにしろ子供にとって宇宙の8割くらいは学校なので、その環境が強制的にリセットされるというのはものすごくインパクトのあるイベントだろう。
いじめにあったり無視されたりという恐怖とも闘いながら、子供なりの学校での過ごし方を身につけていくことになる。

転校生の場合、いかに早く学校やクラスになじむかという大きな課題があると思うが、先日ネットで読んだあるBLOGに転校経験から得た処世術みたいなことが書いてあって、なるほどと思った。

自分の立ち位置を確保し、居場所を作るのに最適な方法が、「そこにいないキャラ」「そこで求められるキャラ」を演じることだと僕は思う。

なるほど・・・
受け入れる側の問題も大きいとは思うが、子供なりにそうした苦労や工夫を重ねて衝突の少ない方向を探るのだろう。
日本っぽい話だとは思うが、海外では転校というものはどんな風にとらえるのだろうか?

自分の性格や志向を考えると、子供の時に転校を経験しなかったのは良かったのではないかと思う。
今でも人との距離の取り方がいまいちわかっていない人間なので、全く知らない学校やクラスに放り込まれたら、おそらくは相当面倒な展開になっていたであろうことは容易に想像できる。
ただし逆に考えれば、転校を経験してきたらもう少し人付き合いの面ではマシな人間になれていたかもしれない。

転校生を迎えることも、子供達にとっては一大イベントだ。
大げさだけど全くの異文化を持った同じ年の子供が、ある日突然教室にやってくるのだ。
口笛吹いて空き地へ行ったら知らない子がやってきて「遊ばないか?」と笑って言った、なんて出会いとは全然違うのである。
気にならないはずがないし、かわいい女の子だったりスポーツ万能な男の子だったら注目度はイヤでも高まる。

自分は迎える側にしかなったことがないが、確かに小学校の時に転校してきた子の顔や名前は今でも覚えている。
性格やビジュアルにそれほど衝撃的なものがあった子はいなかったが、印象や記憶には残ることのようだ。
小学校6年間で自分のクラスにやってきた子は確か3人くらいはいたと思う。

ただ、自分の場合通っていた小中学校がムダに人数の多い学校だったので、転校生じゃなくてもよそのクラスになると全然知らないヤツがたくさんいた。
ここ数年中学や高校の同窓会が頻発しているのだが、高校の同窓生の中に、「幼稚園から高校まで14年間同じ場所に通ったにもかかわらず一度も同じクラスになったことがない」という人の存在に気づいて愕然とした。
小学校は入学した時は学年11クラス、中学校は14クラス(600人)もあったので、同じ学年でも知らないヤツがいて当たり前だ。
もちろん公立校で、当時市内の学校はどこもこんなバカな有様だった。
転校とはあんまし関係ない話ですけど・・・

というわけで、転校。
幸か不幸か自分には経験がありませんが、みなさんは転校の経験はありますか?
またお子さんの転校も含め、経験談を教えていただけたらと思います。

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聴いてみた 第114回 ディープ・パープル その9

首都東京において、パープルを聴くといえばふつうは第2期の作品を鑑賞することを指し、広義では第3期も含まれる。
・・・などとエラそうに講釈たれてる自分も、最初に聴いたアルバムは実は第4期のものだったんだけど。
ということでツェッペリンよりもはるかに遅れているパープル学習講座なのだが、第2・3・4期をひととおり聴いたんでもういいかしらくらいに考えていた。

で、先日マルーン5なんか初めて買って聴いてみたのだが、その時同時に購入したのが実はパープルであった。
タイトルは「Shades Of Deep Purple」。
ディープ・パープルのデビューアルバムで、邦題は「ハッシュ」である。
(最初は「紫の世界」という邦題だったが、一度廃盤となっている)
値段は閉店セールでの値引きもあって倒錯の523円。

Hush

パープルの歴史がこの作品で始まったことくらいは知っていたが、曲は「Hush」しか知らない。
「Hush」も第2期以降のパープルの音楽とは違い、ハードロックの領域にはないものである。
なのでこれまで「ハードロックをやってない」第1期パープルにはあまり興味はわかなかった。
今回もたまたま閉店セールに行って安かったから買ったわよというウチの母親みたいな非常に失礼な動機である。

さてデビュー当時のメンバーは以下のみなさんである。
リッチー・ブラックモア(g)
ジョン・ロード(k)
イアン・ペイス(d)
ロッド・エヴァンス(Vo)
ニック・シンパー(b)

第1期のみ参加のロッド・エヴァンスとニック・シンパーについては、名前以外何も知らない。
パープル検定必勝のため、この二人について拙速に学習。
すると意外な経歴が浮かび上がってきたのである。(表現が安い)

ロッド・エヴァンスはパープル結成前はイアン・ペイスとともに「The Maze」というバンドを組んでいた。
ただしパープル参加順序はロッドのほうが先らしく、音楽雑誌にジョンとリッチーが出した「バンドやろうぜ」広告を見て応募してきたのがロッドであった。
オーディションでめでたくロッドは合格。
リッチーはイアン・ペイスのことを以前から知っており、ロッドにイアンを呼ぶように言い、すでに決まっていた別のドラマーがいないスキにイアンに採用通知を出したという、スタートから中二っぽい展開がやはりパープルである。

ロッド・エヴァンスは第1期の3作品制作に参加後、リッチーによってバンドを解雇される。
解雇後は元アイアン・バタフライのラリー・リノ・ラインハルトとリー・ドルマンと共に、キャプテン・ビヨンドというバンドを結成。
ここまではロッドの栄光の経歴として記される話だが、この後が非常に安っぽくも香ばしいあたし好みの展開。
本家パープルが分裂解散してるのをいいことに、80年になんとディープ・パープルを名乗り活動を開始したのである。
もちろんロッド以外のメンバーは全員別人(しかも見た目が似ている人を集めてみたという・・)。

このインチキパープル、ロッド自身が考えた企画ではなかったらしいんだが、結局ライブを見に来た客が怒って暴れたり本家パープル側から訴えられたりというコントみたいな騒動に発展。
敗訴したロッドは賠償に加えて印税の権利も剥奪され、芸能界から消えてしまったという、まさに一人でパープルというバンドを体現するかのような人生である。

ジョン・ロードはパープル結成以前にフラワーポット・メンというバンドを組んでおり、この時バックバンドを務めたメンバーにニック・シンパーがいた。
それ以前にもリッチーとも面識のあったニックのパープル加入はわりとすんなり決まったらしい。

しかしニックもロッドに続いてロジャー・グローヴァーと入れ替わる形でバンドを去る。
で、その後ウォーホースというバンドを結成するのだが、ネットで調べていくとこのウォーホースがなかなか評価が高いのである。
ウォーホースもパープル同様ハードロックに傾倒していったそうだが、このサウンドがかなりいいという話。
90年代にニックはミック・アンダーウッドやドン・エイリーとともに再結成クォーターマスに参加。
そして現在はウォーホースで一緒だったピート・パークスとともにグッド・オールド・ボーイズという5人組バンドでプレイしているそうだ。
やはりやってることはパープル血の掟のとおり離合集散なのだった。

ちなみにリッチーはニック・シンパーのベースはわりと高く評価していたが、その後の再結成パープルやレインボーでも呼ばれるのはロジャーばっかでニックを入れようよという話は全くなかったそうだ。
リッチーはロジャーのプレイについては長年苦楽をともにしてきたにもかかわらず全然気に入っておらず、いっつもダメ出しばかりしてたらしいが・・・

だいぶ前置きが長くなったが、とりあえずパープル夜明けのサウンドを聴いてみることにしよう。
果たしてどんな音楽なのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. And The Address
2. Hush
3. One More Rainy Day
4. Prelude: Happiness/I'm So Glad
5. Mandrake Root
6. Help
7. Love Help Me
8. Hey Joe
9. Shadows (Album Out Take)
10. Love Help Me (Instrumental Version)
11. Help (Alternate Take)
12. Hey Joe (BBC Top Gear Session)
13. Hush (Live US TV)
(9~13はボーナストラック)

うーん・・・
あちこちのサイトで見られる意見と同じになるが、感覚的にはヴァニラ・ファッジのような音だ。
しかもパープルもヴァニラ・ファッジ同様、ビートルズをカバーしている。
正直パープルの「Help!」はアレンジもいまひとつであまりいいとは思えないが・・
インストもカバーも多いし、サイケでキーボード中心のサウンドもヴァニラ・ファッジによく似ている。
年代的にもヴァニラ・ファッジとパープルの登場は1年くらいしか違わないようなので、当時英米ではこういう音がトレンドだったのだろう。
なお「Hush」もアメリカのジョー・サウスという人が作った曲のカバーである。

ジョンのキーボードがバンドを牽引しているのはよくわかる。
リッチーのギターはまだサウンドをサイドから支える状態であり、第2期以降の狂気はまだない。
ロッド・エヴァンスはギランのような尖ったボーカルではなく、わりと正統派な感じ。
あまり明るい声ではなく、どこか影のある渋い歌い手である。
「Hush」もなんとなく深夜にやってる古い映画みたいな雰囲気の曲で、第2期以降のパープルを思わせるところはほとんどない。
好みの点では第2期以降のハードロック路線には遠く及ばず、音楽性としては全く異なるが、ツェッペリン前夜としてのヤードバーズを聴いた時の感覚に近い。

当時の新人バンドのアルバム制作としてはよくあったことらしいが、録音にかかった時間はトータル24時間程度で、予算も全然なかったそうだ。
そのせいかどうか不明だが、なんとなく音もこもった感じであまりよくない気がする。

ジャケットはいくつか絵柄の異なるパターンがあるようだが、自分が買ったCDは紫を基調としたメンバーの写真と楽譜を上下にデザインしたものだ。
裏面ではリッチーがウルトラ警備隊のヘルメットみたいなヘアスタイルをしている。
パープルのイケてないジャケットはこの時からすでに始まっていたのですね・・・

ということで、「Shades Of Deep Purple」。
パープルの歴史学習教材としては必須の一般教養でしょうけど、感動はほとんどありませんでした。
やはり自分は第2期・第3期の狂気と軋轢と衝突に満ちた楽曲にこそパープルの価値を感じるようです。
第1期にはもう2枚アルバムがあるようですが、よほどの強い意欲がわかない限り、おそらく手を出すことはないものと思われます。

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