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聴いてない 第186回 ウォレント

今日ご紹介するバンドはウォレント。
80年代後半に登場した、いわゆるLAメタルバンドである。
メタルなんで自分は当然聴いてないのだが、調べていくと当時のアメリカの音楽シーンの移り変わりをそのまま体現するような経歴を持っていることがわかるという、文化人類学的に非常に重要なバンドだ。

聴いたことがあるのは大ヒットしたバラード「Heaven」だけ。
従って聴いてない度は2。
MTVを録画して音声だけをカセットテープに残したので、映像の記憶もかすかにある。
メタルとしての本質的な曲を一切知らず、甘いバラードな人たちという印象のままだ。

ウォレントは84年にギタリストのエリック・ターナーを中心に結成された。
初期のメンバーはエリックとジェリー・ディクソン(b)、ジェイニー・レイン(vo)、スティ-ヴン・スウィート(ds)。
少し遅れてジョーイ・アレン(g)が加入。
バンド名の由来は諸説あるようだが、メンバーがウォーレン・デ・マルティーニ(ラットのギタリスト)のファンだったから、という理由らしい。本当か?

89年2月にデビュー・アルバム「Dirty Rotten Filthy Stinking Rich」(邦題:マネー・ゲーム)をリリース。
シングル「Heaven」も全米チャート2位を記録する大ヒットとなる。
翌90年に2枚目のアルバム「Cherry Pie」を発表。
邦題は歴史に残る名タイトル「いけないチェリーパイ」である。
今やタカアンドトシでも言わないようなダサい邦題だが、これも300万枚・全米7位のセールスを記録した。

これですっかり気分が良くなったウォレントは、ドッケンスキッド・ロウなどの作品プロデュースで知られるマイケル・ワグナーを起用し、デス・メタルやヘヴィな面を強調した「Dog Eat Dog」を発表。
ところがこの時すでに西海岸を中心にグランジが台頭し始めており、メタルは音楽的にもファッションセンスとしても急速にイケてないものとされていく。

ウォレントもこれ以降グランジな音も採り入れることを試みたものの、セールスも落ち込んでしまい、93年2月にはジェイニーが脱退。
この時はわりとすぐにジェイニーは復帰したが、94年にはジョーイとスティーヴンが相次いでバンドを離れてしまう。
この後デイヴ・ホワイト(key)、リック・スタイアー(g)、ジェイムズ・コタック(ds) が加入。
バンドは4枚目のアルバム「Ultraphobic」を発表し、ツアーでは来日公演も行われた。

しかしグランジ台頭によるダメージは簡単には回復せず、バンドはメンバーチェンジをしつつ厳しい時代をさまようことになる。
2004年に再びジェイニーが脱退。
ジョーイ・アレンとスティーヴン・スウィートが復帰し、元ブラック・アンド・ブルーのジェイミー・セント・ジェイムズがボーカルとして加入、バンドは再始動する。
2008年にジェイニー・レインが再びバンドに復帰したがうまくいかず、ジェイニーはわずか数ヶ月でクビとなり、ロバート・メイソンが加入した。

2011年6月にはアルバム「Rockaholic」を発表。
プロデューサーはフォリナーやホワイトスネイクを手がけたキース・オルセンである。
この後ポイズンやホワイトスネイク、ドッケンやスキッド・ロウなどとともにアメリカやヨーロッパツアーに出る。

だが。
彼らの再起に覆い被さるかのように、ジェイニー・レインは2011年8月11日にサンタモニカ近くのホテルで死亡する。
すでに脱退していたとはいえ、ボーカルだったジェイニーの死は、ウォレントのメンバーやファンにとっても衝撃だったに違いない。
47歳という若さで、ジェイニーだけバンドを抜けて先にHeavenに旅立ってしまったのだった。
死因はアルコールやドラッグの過剰摂取と見られており、2000年以降のジェイニーのステージ上でのパフォーマンスの低下にも、アルコール依存が強く影響していたのではないかとされている。

ということで、ジェイニーが亡くなっていたことも含めて、ウォレント情報についてはほぼ全てが初めて知る話である。
ウォレントについての知識はジェイニーのヘアバンド姿とか背が高いメンバーばかりとか、ビジュアルな特徴くらいしかない。

ちなみにウォレントが初めて来日した時、東京でスタンディングのライブが1回だけ行われたが、スタンディングなので客がステージ前に殺到してしまい、会場は混乱しライブはなんと一曲目で中止。
しかも客の一人が亡くなるという悲劇も起きたそうだ。

それにしても見事なくらい時代の波に飲み込まれたバンドだと思う。
グランジやオルタナの台頭ってのは「なんでこんな音楽が大ウケしていたんだろう?」という感じで自分は未だによく理解できないのだが、そのグランジはウォレントやガンズを始めとするL.A.メタルをチカラいっぱい粉砕して90年代のアメリカ音楽シーンを通り過ぎていったのだった。
まあ少なくともジェイニーのキラキラなヘアバンド姿は、グランジの退廃的なセンスとは対極・・というか全くの異文化で「ねじれの位置」くらいにあったような気もする。

ただ、グランジのブームは確かにすごかったんだろうけど、21世紀の現在も継続してグランジしてるような人たちはほとんどいないらしい。
カート・コバーンの死によって、ニルヴァーナどころかグランジというジャンルごと縮小していった、というのが多くの人に共通する見解のようだ。
そう考えるとまだメタルのほうが(最盛期には遠く及ばないものの)ジャンルとしても存続していて一定のファンもついていると思われるので、長い目で見るとこの対決もメタルが勝利した、ということになるんだろうか。

ウォレントを聴いてない理由は特にないのだが、もう5年ほど早く登場していたら、多少は違っていたかもしれない。
自分がFMでエアチェックをしなくなった後の人たちなので、結果として彼らの音楽にふれて来なかった、ということになる。
それでもアルバムジャケットにはいくつか見覚えはあるので、当時はやっぱり相当売れていたんだろう。
「Heaven」しか聴いてないけど、これは完成度も高くいい曲だと思う。
今さらだが、彼ら本来のメタルな曲も少し聴いてみたい気はする。

そんなわけで唐突に思い出したウォレント。
聴くとしたらやはり「マネー・ゲーム」と「いけないチェリーパイ」ははずせないと思いますが、みなさまおすすめのアルバムやウォレントについての思い出など教えていただけたらと思います。

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コメント

SYUNJIさん、こんばんは。
さすがに186回ともなりますと、多少のヒット曲が
あっても全く知らないバンドが多くなってきました。

>>邦題は歴史に残る名タイトル「いけないチェリーパイ」
>>これも300万枚・全米7位のセールスを記録した。

ものすごい大ヒットバンドですが、名前すら聞いたことが
ありません。メタル系は全部スルーしていたのも原因
かもしれません。

>>ところがこの時すでに西海岸を中心にグランジが台頭

西海岸はそうだったかもしれませんが、極東の島国では
伝統的なメタルがずっと人気ですので、日本ではカルトな
人気を誇っていて日本にだけ来日公演を継続していた、
ということもないのですね。
それにしても、ショービジネス界のマネージメントが確立
し、ストーンズでさえ健康的な生活を心がけるという2011年に
フロントマンがドラッグ禍で亡くなったというのは、
メンバーチェンジの多さも含めて70年代的ですねえ(-_-;

投稿: モンスリー | 2013.08.17 17:43

モンスリーさん、コメントありがとうございます。

>さすがに186回ともなりますと、多少のヒット曲が
あっても全く知らないバンドが多くなってきました。

そうですか・・まあ自分ももしあの時MTVを見なかったら、名前すら知らずに来た可能性は高いですが。

>日本ではカルトな人気を誇っていて日本にだけ来日公演を継続していた、ということもないのですね。

そこまでの人気ではなかったようですね。
日本公演は何度か行われたようですが・・

>フロントマンがドラッグ禍で亡くなったというのは、メンバーチェンジの多さも含めて70年代的ですねえ(-_-;

確かにそうですねぇ。
ウォレントは80年代登場のバンドですが、やってることは70年代のオールドなロックバンドの行動様式ですね。
ウォレントやガンズあたりがそうした伝統的?ロックバンドとしては最後のグループに所属するのかもしれないですね。

投稿: SYUNJI | 2013.08.17 22:08

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