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行ってみた 第36回 二条城・京都御苑・平安神宮

京都遅咲き桜鑑賞の旅二日目。
ホテルが二条城前という地の利を活かし、朝一で二条城に行ってみました。
今までソメイヨシノに早すぎた時・満開の時にそれぞれ来ていますが、ソメイヨシノが散った後は初めてです。

Nijojo1

Nijojo4

しだれ桜はかろうじて残っていましたが、ソメイヨシノはやはり散っていました。
しかしながら八重桜は思ったよりもずっと多いです。
タンポポやツツジも咲いており、非常にメルヘンな世界遺産です。
桜の種類が多いことはなんとなくわかっていましたが、ここまで豊富だとは思いませんでした。

Nijojo2

Nijojo3

さて二条城には出口付近に土産を売る露店のテントが並ぶ一角があるのですが、そこに売られていたお菓子に目が止まりました。
これです。
その名も「鴨サブレ」。

Kamosable1

Kamosable2

どう見ても鎌倉の「鳩サブレー」のパクリとしか思えません。
箱のデザインから中身や味まで似ています。
店の人は必死に「今まで京都には鴨をイメージしたお菓子がなかったので作りましたのですよ」みたいなことをしゃべってましたが、大丈夫か?これ。
権利関係をめぐって係争中なのかどうかは知りませんけど、プライドの高い千年のミヤコ京都のお店が、よりによってミヤコよりも歴史の浅い武士の町鎌倉のお菓子をマネするとは・・・
「こないだの戦争」と言えばそれは応仁の乱を指すとまで言われる京都ですが、京都の人はこの「鴨サブレ」をどう評価してるんですかね?
神奈川県民としてはどこか釈然としない思いで「鴨サブレ」を買い(←結局買ってる)、二条城を後にしました。

「鴨サブレ」をつまみながら(味はうまい)、続いて京都御苑に向かいます。
御苑と言っても広うござんすが、「出水の小川」という南西に位置する場所に八重桜が咲いていたのでした。

Gyoen1

ここの桜はかなり大胆で、枝の先が地面に届きそうなくらい、地を這うように咲いています。
なので近くで花を見ることができて、しかも入場無料という非常に贅沢な場所ですが、そのわりに円山公園みたいに酔客が渦巻くようなこともなく、まさに隠れた八重桜の名所です。

Gyoen2

Gyoen4

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地下鉄の丸太町駅からもそれほど遠くなく、烏丸通りにも近いのでアクセスもラクです。
難点としてはここも周囲に観光ポイントがほとんどないことでしょうか。

御苑の桜を堪能し、平安神宮へ。
何度か来てみて思うのは、大きな観光スポットでありながら意外に近くに食べるところが少ないということです。
自分が知らないだけなのかもしれませんが、三条通りからの参道以外にはそれほど飲食店が多くない気がします。

そんな中で今回よい場所を見つけました。
神宮西側の細見美術館の中にある「CAFE CUBE」という半地下のお店です。

Cube1

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それほど混雑しておらず、正午でも待たずに入れました。
ここのパスタは非常にうまいです。
パスタの写真の左手前が暗いのは、お店が半地下だからです。(←言い訳)

満腹になったところで平安神宮入り。

Heian1

Heian2

さすがにしだれ桜は盛りを大幅に過ぎており、観光客もピーク時の半分もいない感じでした。
しかしここにも八重桜はふんだんに咲いており、見応えは申し分ありません。

Heian3

Heian4

泰平閣という池を渡る橋の屋根に、サギのような鳥が優雅に止まっていました。
この橋にも観光客があまりいません。
橋の途中で腰掛けて池をのんびりながめる、なんてことができるんですね。

Heian5

平安神宮はたぶん4回目くらいですが、ここまですいているのは初めてです。
観光客なんて現金なもんだよなぁ。(オマエもや)

Adonis

大丸の中の「茶房アドニス」で一休み。
ここは「伊右衛門」でおなじみの福寿園のカフェです。
水代わりに無料で出てくる冷茶も福寿園のお茶なのでやたらおいしいです。

最後に六角堂に行ってみました。

Rokkakudo1

Rokkakudo2

Rokkakudo3

ここは聖徳太子創建の寺で、また生け花発祥の地だそうで、池坊会館が隣接していて、境内にも生け花が展示されています。
ビルの谷間というちょっと変わった場所にある寺です。

Rokkaku

今回の旅も下鴨茶寮の六角弁当で締めることにしました。
最近は京都の旅の締めくくりは基本的にこれです。
とにかく本当にうまいんです。
いろいろなおかず?が入ってますが、まずいもの・変な味のするものが全くありません。
絶対にはずさないという頼れるお弁当、ベスト・オブ・デパ地下弁当in京都(いや全国かも)だと確信しています。

ということで今回の旅も終了。
ソメイヨシノや紅しだれ桜には遅すぎた春となりましたが、八重桜や里桜など遅咲きの花々もそれはそれは素晴らしいものでした。
むしろ桜の最盛期をはずしたがために、隠れた名所を見つけることができて良かったと思っています。
特に梅宮大社や京都御苑の出水の小川はおすすめです。
次は宇治や北山など、郊外の遅咲き桜の名所も発掘してみたいと思います。

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行ってみた 第35回 仁和寺・梅宮大社・平野神社

この冬はムダに寒かったイメージから桜の開花も全国的に遅れるやろと読んで、4月も半ばの京都旅行を計画したのですが、チカラいっぱい予想をはずしてしまいました。
都内では彼岸も明けないうちからソメイヨシノが咲き始めやがり、京都も同じようにデタラメに早い開花となりました。
こんな事態を誰が予想したでしょうか?
断りもなしにムダに早い開花など迷惑でしかありません。
この冬の気温から判断した予想にはけっこう自信があったんだけどなぁ・・・

・・・などと未練がましくわめいたところで、すでに新幹線や宿の予約を4月の13・14日ですませてしまったので取り返しがつきません。
ということで今回の京都の旅はソメイヨシノや紅しだれ桜をあきらめ、八重桜や里桜など遅咲きの桜をキレ気味に追いかけるヤケクソなツアーのつもりで覚悟して出かけました。

結論から言うと、このテーマでも旅は非常に良かったです。
さすがは京都。
ソメイヨシノや紅しだれ桜は確かに散ってしまっていましたが、八重桜や里桜などはちゃんと咲いていて、千年の都のフトコロの深さを思い知るのでした。(単純)
またこれは結果論ですけど、その前の週末は全国的に爆弾低気圧のせいで大荒れな天気だったので、やはり選択としては良かったんだと思います。

今年もデタラメに早い時刻の新幹線で京都入り。
午前9時には京都駅に着き、オーバースローで市バス一日乗車券を買い、前のめりで仁和寺行きバスに乗り込みました。

Ninnaji1

仁和寺は3回目です。
すでに御室桜は「散りぞめ」となっており、確かに盛りは超えていましたが、まだ充分花見に耐えられる状態です。
人出も相当多く、木々の間の通路は朝の常磐線の車内みたいな混みようでした。

Ninnaji2

Ninnaji3

満開のクスリっぽい雰囲気はさすがに薄まっており、満開であればやたら飛んでいたであろうクマバチも、この日はあまりいませんでした。
のんびり花見をしている分には刺されることはあまりないと思われますが、クマバチはガタイがでかいので勢いよく飛んでくるとさすがに怖いです。

Randen

仁和寺の桜を堪能し、京福電車(嵐電)で嵐山に向かいます。
嵐山界隈もそこかしこに桜がありますが、ソメイヨシノは散ってしまったせいか、正午でも人出は劇的に混雑というレベルではなかったように思います。

Ranzan1

Ranzan2

渡月橋を渡り、阪急嵐山駅前の「Cafe RANZAN」という店でオムライスを食べました。
これはうまかったです。
正統派の昭和なオムライス。
カレーもいい味でした。

Umemiya1

さて次に向かったのは梅宮大社。
阪急嵐山からひと駅の松尾駅で下り、歩いて15分程度のところにあります。
ここの庭には遅咲きの桜がたくさんあるという情報をつかんだので、行ってみました。

Umemiya2

京都の中心や嵐山からも少し離れたところにあり、近くに他の観光ポイントもないというやや不利なロケーションですが、この時期に来て正解でした。
とにかく八重桜や里桜などが非常にゴージャスでグラマラスに咲いています。
しかも人が全然いません。

Umemiya3

Umemiya4

今回初めて来ましたが、ソメイヨシノが散った後だからこそ、来てみる価値のある神社です。
池もあって庭はかなり広く、なにより遅咲きの桜はボリュームがあって見応え充分です。

ここからバスで20分ほど市中心部に戻り、雨宝院という小さな寺を目指します。
雨宝院も遅咲きの桜がある場所としてチェックしていたのでした。

Uhouin1

しかし。
なぜかかなりの人がいます。
しかも大砲のようなレンズがついたカメラを構えた人ばかり。
参拝ではなく明らかに桜の花目当てで来てる人たちです。

Uhouin2

Uhouin3

どうやら桜を撮影しに来ている団体のようでした。
花はきれいでしたが、あちこちで撮影の演出や講師?による技術説明などが行われており、自分のようなカメラに疎い観光客としてはやや圧倒されてしまい、早々に撤退。

Hirano1

Hirano2

上七軒を通って定番の平野神社へ。
ここは桜の種類が多く、順番に咲くので長い期間楽しめる神社です。
ソメイヨシノが散ったため、満開の時に大挙して押し寄せて紅白の幕席で騒ぐ花見客もほとんどおらず、この日は静かな雰囲気です。

Hirano3

Hirano4

Hirano5

ヒラノイモセやギョイコウといった品種が咲いており、ソメイヨシノに比べ迫力には欠けるものの鑑賞には充分です。
こういう時にも見ておかないともったいないと思います。

Hotel1

Hotel2

この日の宿は二条城前の京都国際ホテル。
以前にも泊まったことがあり、場所や眺めがいいので気に入っています。

Hotel3

Hotel4

ホテル前の道路沿いに八重桜が植えられていてちょっとした並木になっていました。
今まで咲いた時に来たことがなかったので、こんな並木になっていることも気づきませんでした。

Hotel5

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一日遅咲きの桜をながめてみてつくづく思いましたが、ソメイヨシノや紅しだれだけが桜ではないんですね。
ソメイヨシノの散った後のお花見スポットはどこも驚くほど閑散としてましたが、八重桜や里桜も満開であれば非常にきれいで豪華です。
こういう京都の桜も見ることができて非常によかったと思いました。
まあ負け惜しみのように聞こえるとは思いますけど・・

というわけで、旅はあと1日続きます。

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聴いてない 第181回 シンプル・マインズ

年代としては超打ちごろのストライクなのになぜか全く聴いてないという例は、自分の場合けっこうある。
しかもメタルとかプログレとかジャズとかキャンディポップみたいにカテゴリーまるごと避けていた、というのにも当てはまらず、聴いてない理由もはっきりしないというタチの悪いパターンもある。
今日のお題であるシンプル・マインズもまさにそんな感じ。
シンプリー・レッドとの区別も自信がないという救いようのないド素人状態である。

まあウスラ9年もこんなポンコシBLOGを続けているので、シンプル・マインズについても今さら取り繕ったところでどうにもならない。
どうでもいい話だけど、いい歳して「ツ」と「シ」の書き分けができない人というのはどうにかならないもんだろうか。
ということで中年なのに新入社員みたいに表層的シンプル・マインズ研修をやるべくネットで調査を開始。

シンプル・マインズは1977年、スコットランドで結成。
結成時のメンバーはジム・カー、チャーリー・バーチル、デレク・フォーブス、ブライアン・マクギー、マイケル・マクニールの5人。
1979年デビューし、80年のアルバム「Empires and Dance」はディスコブームに乗ってアメリカで大ヒット。
84年のアルバム「Sparkle in the Rain」で全英1位を獲得。
85年にはシングル「Don't You (Forget About Me)」が全英・全米で1位となり、ライブ・エイドにも出演。
しかし89年までにジムとチャーリー以外のメンバーは脱退し、90年代からはセールス的にもふるわなくなった。
21世紀に入ってからは3枚のスタジオ盤を発表している。
日本公演は84年と86年に行われた。

・・・・・調べてみてつくづく思うけど、シンプル・マインズに関する自分の知識レベルはホントにひどい有様である。
知っているのは85年のシングル「Don't You (Forget About Me)」のタイトルだけだ。
当時FMステーションなどに掲載されていたチャートを追っていた時に見た記憶がある、というだけで、曲は全く聴いていない。
シンプリー・レッドのほうがまだ聴いてるよなぁ。(無意味な比較)

その「Don't You」だが、「ブレックファスト・クラブ」という映画のサントラに使われた曲だそうだ。
音楽担当プロデューサーがブライアン・フェリーとビリー・アイドルにこの曲を歌うことを打診したが、どっちもスケジュールの都合がつかず、結局シンプル・マインズが歌うことになったらしい。
バンド最大のヒット曲のはずだが、オリジナルアルバムには収録されていないという変なことになっている。

メンバーの名前もジム・カーだけが「確かそんな名前だったような・・」程度のレベルでしか覚えていないし、顔については全然わからない。
1曲もエアチェックできていないので、おそらく全英全米でのヒットも日本にはそれほど波及して来なかったんじゃないだろうか。
アルバムジャケットにも全然見覚えがない。
ライブ・エイドにも出たというけど、日本の放送では登場したのかな?

80年代を中心に活躍したバンドとしてはわりと定番な経歴のようだが、少し驚くのはバンドの周囲にビッグネームがやたら多いことだ。
まずディスコグラフィーを見ていくと、スティーブ・リリーホワイト、ボブ・クリアマウンテン、ピーター・ウォルシュ、トレバー・ホーンといった80年代の名プロデューサーの名前がたくさん出てくる。
またボーカルのジム・カーはボノの友人だったりクリッシー・ハインドやパッツィ・ケンジットと結婚して離婚もしたりといったハデめな人間関係を持つ人とのこと。
そうだったんスか・・・こういう話題なら少しは知っていて良さそうなもんだけど、残念ながら全く知らなかった。
他にもハービー・ハンコックがゲスト参加してる曲もあるなど、想像以上にビッグなバンドだったようだ。

音楽的にはわりと変遷してきたバンドらしく、初期はパンクっぽいニューウェーブ、その後ロックに行ったりジャズも採り入れたりオルタナにくくられたりといった多面的な実績のようだ。
メンバーが変わってきたこともサウンド変化の要因かもしれない。
まあ聴いてみないことには何もわかりませんが・・・

ということで、みなさんはシンプル・マインズ聴いてました?
ワタクシは柏村武昭からはシンプル・マインズのことは何一つ教わりませんでした。(なんだよそれ)
みなさまの評価やお勧めのアルバムなど教えていただければと思います。

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聴いてない 第180回 エイジア(90年代以降)

これまで「すいません70年代は聴いてないんです」というのはジャーニースティクスホール&オーツなどいくつかあったが、エイジアはその「70年代聴いてない芸人でーす」というくくりにはあてはまらない。
結成が82年だから当然ではある。
で、エイジアの場合「90年代以降を聴いてない」というパターンである。

そもそもエイジア自体が、60年代70年代のコアなプログレファンからは全く無視されてもおかしくないとはわかってるつもりなんだけど、さらにそのエイジアの90年代以降なんて渋谷陽一的には全然いらん情報だったりするんだろうなぁ。
相変わらずプログレに対して大いに引け目を感じているのだが、洋楽の裂け目のような90年代エイジアについて記事にしてみようと思う。

さてエイジア。
やってる音楽は評判悪かろうが、プログレ好きな人々にとってはイヤでも知っておかねばならないユニットではある。
なんたってメンバーは元イエスと元クリムゾンと元ELP
今さら紹介するまでもないが、ジョン・ウェットン、ジェフリー・ダウンズ、スティーブ・ハウ、カール・パーマーが結成時の顔ぶれである。
しかし実態はご存じのとおり80年代特有の大衆迎合全米重視的オカネもうけ好きよキラキラサウンド。
花の80年代にまみれた自分の耳には笑ってしまうほど適合し、ウェットン期の3枚のアルバムはとても気に入ってよく聴いた。
特にセカンドの「Alpha」は好きで、CDも持っている。

自分はエイジア結成を当時の雑誌などで知ったのだが、実はその母校たる3大バンドの音楽を一切聴いてなかったので、どんだけすんごい集団なのか具体的には理解しておらず、わりと純粋にあのミーハー楽曲を楽しんでいたクチである。
「キューピー3分間プログレ」「産業プログレ」などと呼ばれていたことも、FMで渋谷陽一がものすごくイヤそうに「Go」「After The War」を紹介していたこともよく覚えている。
3枚目の「Astra」でスティーブ・ハウが脱退してしまい、マンディ・メイヤーというギタリストが加入したこと、このアルバム名は最初「Arcadia」の予定だったが例のデュラン分裂時にできたバンド名とかぶってしまい「Astra」に変えたことなど、まつわる情報もムダに覚えたものだ。

メンバーとしてはまさにプログレ界のドリームチーム。
しかしドリームチームがゆえの宿命のため、結成直後から内紛が絶えず、83年の日本公演直前にジョン・ウェットンが脱退。
代役をグレッグ・レイクが務めたが当時の大ヒット曲「Don't Cry」を演奏せず、ファンをがっかりさせた。

85年頃ジョン・ウェットンが本格的に脱退し、その後ジョン・ペインが加入してジェフリー・ダウンズとともにバンドを牽引していくのだが、自分の鑑賞履歴はここから全く切れてしまっている。
ジョン・ペインが何者なのか今もよく知らないし、90年代以降のエイジアは1曲も聴いていない。
まあペイン期(と呼ばれてもいないんだろうけど)エイジアにそんなに人気があったとも思えないし、自分と同じように90年代以降は聴かなくなった人も結構いるんじゃないかと思っている。

ジョン・ウェットン脱退の大きな理由として、3枚目のアルバム「Astra」がセールス的に伸び悩んだこともあるらしい。
路線として特に転換したわけでもないが、なぜか1枚目2枚目ほどには売れず、ウェットンは創作意欲を失ってしまったという話。

ジョン・ペインについてネットで調べてもあまり情報が集まらない。
元ELOという肩書きはわかったが、エイジアに加入した後は基本的にジェフリー・ダウンズのいいなりだったそうで、実権はほぼジェフリーが握っていたようだ。
2000年に入ってジェフリー・ダウンズとジョン・ウェットンが再接近し、ジェフはジョン・ペインとの協業解消を宣言。
このあたりの展開は80年代後半のパープルによく似ている。

21世紀になってもエイジアは活動してはいるが、基本的には懐メロ同窓会バンドと化していて70年代のイエスやクリムゾンやELPの曲もいい感じに披露して、オールドファンからの熱い拍手を受けるのが商売の姿勢のようだ。
まあこんなのはシカゴホワイトスネイクデフ・レパードなどにも共通する傾向らしいが。
2012年にはオリジナルメンバー4人で来日し、東京・大阪・名古屋でライブを行っている。
2013年現在のエイジアにはスティーブ・ハウがおらず、サム・クールソンという人が加入しているそうだ。

ジェフとペインのエイジアは「Aqua」「Aria」「Arena」の3枚の作品を残している。
日本ではたぶん全然売れていなかったと思うが、サイモン・フィリップスやスコット・ゴーハム、布袋寅泰などの豪華なゲストが参加したりしており、質の高い仕上がりだそうだ。
ジョン・ウェットンよりはペインのほうが歌がうまいらしく、「音楽性の幅は狭いが高品質な楽曲をやれる人」というのが大まかなペイン評のようだ。
この頃のエイジアってのはもしかするとプログレファンからの評価はむしろ80年代よりも高いのかもしれない。

というわけで、90年代エイジア。
果たして日本で聴いてる方がどれだけいたのか全然わかりませんが、みなさまの鑑賞実績や評価のほどはいかがでしょうか?

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