« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

聴いてない 第179回 ストーン・ローゼズ

なんだかそんなに気温が高いとも思えないのに桜の開花だけがムダに早い今年の春。
あたしが子供の頃、首都圏では桜といえば入学式の風景だったんですけど、最近はお彼岸の頃に咲く花として定着しそうな気配。
困るなぁ、断りもなしにそんな季節感無視の展開をされては。
あと100年くらいすると東京では桜なんてもうお正月の花になってんじゃないでしょうかね?

そんな投げやりなマクラとは一切関係ない今日のお題であるストーン・ローゼズだが、いつものことだけど全く聴いていない。
ガンズ&ローゼズとかL.A.ガンズとか黒木真由美とか似たような名前のバンドもあっていつも混乱するんだが、ストーン・ローゼズに関してはバンド名以外に一切の情報を持っていない状態である。
いや、ガンズ&ローゼズ以外は名前も似てもいませんけど・・・

ということで聴いてない度1。
1曲も知らないしメンバーの名前もアルバムも全く知らない。
しかたがないのでカサブタをはがす程度に薄ーくストーン・ローゼズを調査。

ストーン・ローゼズは1983年にイギリスのマンチェスターで結成。
あ、そうなの?
いちいち驚いていると先に進まないんだけど、アメリカのバンドかと思ってました・・・
ボーカルのイアン・ブラウン、ギターのジョン・スクワイアが中心となり、リズムギターのアンディ・カズンズとベースのピート・ガーナー、ドラムのサイモン・ウォルステンクロフトを加えてスタート。
後にサイモンに代わってアラン・レン(愛称レニ)がドラマーとなった。
名前の由来は諸説あるそうだが、石とバラという硬軟対照的なものの組み合わせは、レッド・ツェッペリンやアイアン・バタフライと同じノリだろう。

85年にシングル「So Young」でデビュー。
86年にはアンディ・カズンズが脱退し、翌87年にセカンド・シングル「Sally Cinnamon」を発表。
その後ゲイリー・マンフィールド(愛称マニ)が加入し、89年にバンド名と同じアルバムをリリース。
インディーズ出身ということもあるのかもしれないが、結成からシングルデビューに2年、アルバム発表まで4年てのはなんかけっこう長くかかっている気がするが・・
初めから大ヒット連発という展開ではなかったようだ。
しかしながらアルバム発表から人気は急上昇し、日本にも来てライブも行っている。

ここからの展開が少しわかりにくい。
90年代に入ってしばらくは沈黙の期間が続き、セカンドアルバム「Second Coming」が出たのが5年後の94年。
このアルバムはレッド・ツェッペリンの影響を強く受けたとされるが、全英4位・全米47位を記録。
売り上げとしては素晴らしいはずだけど、かなりの方向転換があったためメディアからはけっこう叩かれ、95年にはアラン・レン脱退、96年ジョン・スクワイア脱退。
残ったメンバーは同年解散を表明。
あれ・・・?

つーことはアルバム2枚で解散したバンドなの?
いやーいろいろバンドのモメごとを調べてきたけど、期間はともかく解散までの作品の少なさはかなりの驚きである。
こんな自分でもバンド名だけは知っているほど知名度は高いはずだが、そういう人たちだったんスか・・・
メンバーはそれぞれソロや他のバンドに加入したり旗揚げしたり、思い思いの活動を継続。
2011年にやっと再結成し、地元マンチェスターでライブも行ったとのこと。

これだけだとただのこらえ性の足りないよくあるロックバンドなんだけど、調べていてさらに驚くのは他のミュージシャンからの評価がやたら高いことだ。
「人生を変えたアルバム」として、キース・リチャーズやカート・コバーンやレッチリオアシスのメンバーが、ストーン・ローゼズのアルバムをあげているのだ。
また再結成にあたっては、リアム・ギャラガーは「こんなに幸せなのは子供が生まれたとき以来だ」と喜びをツイッターで発信し、マーク・ロンソンは「ツェッペリン再結成よりも大きなニュースだ」とコメントしている。

うーん・・・
日本での人気は正直全くわからないんだが、当時FMで聴いた記憶は全くないし、周囲にストーン・ローゼズのファンだった人がいたこともないと思う。
玄人ウケするというか、プロ向きなバンドなんですかね?
ライブではイアンのボーカルが相当よれよれなことも多かったそうですが・・・

聴いてみないと音楽性はもちろん理解できないのだが、ストーン・ローゼズはいわゆるブリット・ポップのムーブメント「前夜」に位置し、ブラーやオアシスにも大きな影響を与えたバンド、というのがイギリスでの評価だそうだ。
ただしブラーやオアシスはストーン・ローゼズに影響は受けているものの、イメージやサウンドが似ているというわけではないらしい。

というわけで、依然としてナゾのストーン・ローゼズ。
オリジナルのスタジオ盤は2枚なので、これを聴くしかないのですが、みなさまの鑑賞履歴や評価はいかがでしょうか?

| | コメント (4) | トラックバック (0)

読んでみた 第42回 ウィッチンケア

今日読んでみたのは「ウィッチンケア」。
失礼ながら自分は手にとるまで存在を全く知りませんでした。
みなさまはご存じでしょうか?

「ウィッチンケア」はいわゆるリトルプレスのインディーズ文芸創作誌である。
自分が購入したのはvol.3、2012年4月1日発行、A5判190ページ、定価980円。
版元は「yoichijerry (よいちじぇりー)」という出版社。
ISBNもとっているので、流通にちゃんと乗っている書籍であり、ABC本店や蔦屋代官山店など指定の書店に行くと置いてあるそうだ。

Witchenkare_2

自分と「ウィッチンケア」の出会いは偶然の連続である。
昨年11月に奈良に紅葉を見に行き、宿がある梅田に戻る手前で中崎町というところに立ち寄った。
梅田のとなりなのだが、最近は小さな雑貨店やカフェなどが増えて若い人に人気の街である。
個人的な印象では、東京では根津や谷中が近い雰囲気だと感じる。

で、中崎町のリトルプレス専門書店「Books DANTARION」をたずね、そこでたまたま「ウィッチンケア」を手に取ったのである。
特に表紙や見出しにひかれたわけでもなく、目の前にあったから取っただけだった。
パラパラめくっていくと、書き手の中に見覚えのある名前を発見した。
自分ではなく妻の知り合いなのだが、ライターとして名の知られた人であり、自分も名前を覚えていたのだ。

妻に確認したらやはりその人だった。
「へぇーこんなところにも書いてるんだ。偶然だね」と言うので、じゃあ買っていこうかということになった。
ところがオカネを払っていると店の人から「この店は明後日で終わりなんですよ」と言われた。
えっそうなの?
じゃあもし自分が大阪に来るのが一週間遅かったら、ここでこの本を手に取ることはなかったんだ・・
せっかく来たのに明後日で終わりとは残念な話だったが、店に来て本が買えたのはよかったと思った。

家に帰ってから、実は「ウィッチンケア」のことは放置していた。
忘れたわけではなかったのだが、まあそのうちゆっくり読めばいいやと思っていたのだ。
ところが2月になって妻があのライターさんも含めた昔の知り合い達と会うと言う。
そうかい、じゃあその人の書いた文章だけでも読んでみるかな。
別に自分の直接の知り合いではないんで、自分が読んでも何か話がつながるというわけでもないんだが、読むきっかけになったのは確かだ。

妻はそのライターさんと会った時に、「ウチのだんなが大阪のリトルプレス書店で偶然あんたの名前を見つけて本買ってたよ」みたいな報告をしたそうだ。
ライターさん本人はたくさんの著書や寄稿がある人なのだが、その中から偶然手にした「ウィッチンケア」で自分に名前を見つけられたことはかなり驚きだったらしい。

ということで前置きが異常に長くて恐縮だけど、このような経緯で読むことになった「ウィッチンケア」。
ちなみに「ウィッチンケア」というタイトルは、「キッチンウェア」のKとWを入れ替えた造語とのこと。
果たしてどんな本なのでしょうか。

・・・・・読んでみた。

目次は以下のとおり。

006……中野 純/美しく暗い未来のために 
014……仲俣暁生/父という謎
020……久保憲司/僕と川崎さん
030……かとうちあき/台所まわりのこと
036……池本良介/Bearpark ?Prefab Sprout と私
044……小田島久恵/スピリチュアル元年
050……武田 徹/お茶ノ水と前衛
054……栗原裕一郎/あるイベントに引っ張り出されたがためにだいたい三日間で付け焼き刃した成果としての「BGMの歴史」
064……浅生ハルミン/あの子
074……多田洋一/きれいごとで語るのは
080……藤森陽子/4つあったら。
084……吉永嘉明/ブルー・ヘヴン
098……大西寿男/棟梁のこころ ─日本で木造住宅を建てる、ということ
108……我妻俊樹/たたずんだり
114……木村カナ/パンダはおそろしい
120……稲葉なおと/段ボール
128……澤 水月/怪談問わず語り
134……友田 聡/手前味噌にてございます
140……やまきひろみ/小さな亡骸
148……高橋宏文/ブルー・ナイルと出逢った人生
154……木村重樹/更新期の〝オルタナ〟
164……多田遠志/電話のお姉さん
186……参加者のプロフィール

感想。
・・・・・非常におもしろい!
文芸誌なんて全然読まない自分にとって、こんなことは滅多にないのだが、どの文章も作品も、非常に読みやすく楽しく、感動する。
もちろん中にはテーマが自分とは無縁の内容だったり難解な話だったりもあるにはあるが、トータルで考えた時に、この物量でさほど拒絶感を覚えなかったのは非常に珍しいことである。

20人くらいの書き手が、エッセイや小説や対談など思い思いの文章を寄せているのだが、自分が詳しくない分野(ほとんどそうだけど)でも、あまり「置いていかれた」感がない。
インディーズ文芸誌などと書いてあるから全然期待してなかったんだが、これはものすごい収穫である。
エッセイやインタビュー形式の記事はどれもおもしろいが、いくつか小説(ショートショート)もあり、これがまたどれも味わい深くいい作品だ。

ひとつ気づいたのだが、どうやら書き手に自分と同世代の人がわりといるようだ。
文章の中に年齢や世代の情報がはっきりとは書いていなくても、少し読んでいくとなぜか感覚的に「この人はたぶん歳が近いのでは?」と思えることが多く、実際プロフィールを見るとその通りだったりする。
このあたりの世代観の勝手な共有が、文章や書き手に対する親近感にもつながり、ストレスなく読み進むことができたんじゃないかとも思う。

200弱のページ数なのでどの文章もコンパクトで、この点も読みやすさにつながっている。
判型もA5で小さく、書籍や雑誌というよりブックレットな体裁なので、物理的に軽いというのもありがたい。

さてこの記事を書いている最中、さらに後日談があった。
くだんのライターさんにまた妻が会う機会があり、妻はご本人からvol.2をいただいてきた。
今回読んだVol.3は昨年発行で、vol.4は来月発行されるそうだ。
まだ読んでいないが、前後の号も楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やってない 第22回 相撲観戦

今日から春場所が始まった大相撲。
格闘技はわりと好きなあたしですが、実は相撲を国技館で見る、というのは一度もしたことがありません。
まあ相撲そのものにはもともとそんなに興味があるわけでもなく、どっちかっつうと力士の取組よりも周りで起きてるトバクとか八百長とか協会の体質改善とか元おかみさんと熟女芸人とか、そうした黒っぽい話題のほうに興味がわく下世話なタイプではありますけど。

さて相撲。
かつての若貴時代やもっと昔の輪湖時代なんかと比べれば、残念なことに人気は著しく低下してしまっているのは明らかだ。
今職場でも昨日の取組が話題になることは全くない。
横綱が白鵬と日馬富士だということくらいはわかるが、大関は全部で何人いるかとか、関脇が誰かなどと問われるともう答えられない。
自分のレベルが低すぎるとも言えるけど、この程度の知識しかないおっさんも結構いるんじゃないだろうか。

本場所になると毎日テレビで中継やってるけど、15日間で一度も一番も取組を生放送で見ないまま本場所が終わっている、ということがかなりある。
自主的に相撲中継を見ることすら最近はやっていないのだ。

アスリートとしての実力や技能はよくわからないが、若貴の兄弟横綱という話題性や、技のデパートと言われた舞の海、教師から力士に転職した智の花、小錦・曙・武蔵丸のハワイ勢など、以前は力士の個性がまだ明確だったと思う。
今の力士もきちんと見ていけばそれぞれ個性的な技や話題を持っているのだろうが、残念なことにマスコミへの露出は確実に減っている。
ロボコップ高見盛も引退しちゃったしなぁ。

最近ようやく落ち着いた感じだが、少し前はそれこそ不祥事の度に苦渋に満ちた親方衆の顔ばかりがテレビや新聞に頻繁に登場していたものだ。
この冬の時代に相撲を取らなければいけない若い力士は気の毒である。
人気凋落状況はプロレスも似たようなものかもしれないが・・・

で、相撲観戦。
実はあまりよくわかっていないのだが、値段やチケット確保の独特な部分に敷居の高さを感じる、というのもある。
相撲の場合は桝席という飲食や土産付きの観戦スタイル自体が突出して独特であり、興行とか古典芸能鑑賞に近い気がする。
付いてくる食い物や土産が自分の好みに合うのかどうかもわからないし・・・
桝席が接待の手段として使われ、案内してくれる茶屋の人に心付けを渡すなど、オトナの社交としての意味合いも強く、「ヒマだから相撲でも行くか」みたいなノリでは受け付けてくれそうもない感じ。
相撲茶屋は正式には相撲案内所というそうだが、この独特な仕組みや慣習にもいろいろ批判は多いようだ。

子供の頃父親が「知り合いのツテで相撲を見に行けるかもしれない」みたいなことを話していた記憶がある。
その時はそれなりに楽しみに待っていたと思うが、残念ながらいっこうに実現せず、結局ともに相撲観戦することはかなわずに父親は他界。
どんなツテだったんだろう?

とにかく行ったことがないので体感的にもわからないのだが、国技館の桝席は思った以上に狭く、成人男子4人が長時間座るにはかなり窮屈な場所らしい。
あと国技館の桝席って禁煙じゃないんですよね?
同じ桝席にいるおっさんが取組中延々タバコを吸いながら酒飲んでヤジ飛ばしている・・・という状況には、たぶん自分は20分くらいしか耐えられない。
二階の椅子席ならWEBでもチケットぴあでも買えるそうだが、国技館にはビジョン(巨大スクリーン)がないので、二階席では遠くで右四つに組み合う力士の様子がどれだけわかるのか不安だ。
だったらテレビでいいや、ということになる。

K-1を東京ドームの二階席で見たことが何度かあるが、あそこでは基本的にビジョンしか見ない。
どうせリングは遠くてパンチやキックがどこに当たったのかもわからんし。
でもマーク・ハントがジェロム・レ・バンナを倒した時の、ドームの天井が破けるんじゃないかと思うくらいすごかった歓声は、今も鮮明に記憶に残っている。

・・・いや、相撲の話だった。
実は自分の場合、会社が両国に近く、周りには相撲部屋もいくつかあるので、力士や部屋の関係者の姿を見るのは結構日常だったりする。
もちろん東京で本場所がある時は、夕方総武線の車内にものすごい量の土産を下げた相撲帰りの人々を見ることもしょっちゅうである。
そのわりには「いいなぁ相撲観戦なんて・・」といった感情がわき上がることもほとんどなく、場所中は電車が混雑して面倒といった程度のどうでもいい感想しか出てこない。

というわけで、相撲。
まあ一度くらいは日本の国技を、桝席という文化も堪能しながら観戦する、という経験も悪くはないかもしれない。
みなさんは国技館で相撲観戦されたことはありますでしょうか?
なにしろ見たことがないので、大きく勘違いしているところがあるかもしれません。
桝席の状況や相撲茶屋の実態、取組や力士の思い出など、教えていただけたらと思います。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

聴いてみた 第104回 ローリング・ストーンズ その10

中高年ストーンズ自動車教習所検定落ちまくりで自分より若い教官から「才能なし免許とるなんぞやめてまえやボケ」とののしられて縁石にタイヤこすってまた教官から舌打ちされている・・・ような感じのあたし。(長い)
知らない間にストーンズのアルバム学科教習も10枚目となってしまった。
ふつう世間では「同じアーチストのアルバムを10枚も聴いている」のは、「ファンやマニアと呼ばれる人間のする行為」となるはずだが、自分の場合ストーンズに対するアプローチは未だに初心者感覚でしかない。
「聴いてきた」つもりのポリスやボストンなんてアルバムは5枚しか出していないのに、倍の枚数を聴いてみたストーンズについてはまだ路上教習にすら出ていないのが実情である。

そんなわけで一日も早くストーンズ修了検定を受けて路上に出たいと画策したあたしが今回選択したのは、1968年発表の「Beggars Banquet」。
昨年末に近所のレコファンで購入しておいたものだ。

Beggars

このアルバムはブライアン・ジョーンズが参加した最後の作品でもある。
厳密にはその後の「Let It Bleed」にも参加はしてるそうだが、ギターを弾くブライアンはこのアルバムまでとなっている。
麻薬で相当弱っていてメンバーとも音楽的な対立があらわになってきたブライアン。
ミックとキースにとっても鬱陶しい存在となっており、レコーディングのためスタジオ入りして「さてオレは何をしたらいいかな?」とたずねるブライアンに、ミックは「オレにはわからない」と答えたそうだ。

発表の翌年6月にブライアンはバンドを脱退。
そして7月には自宅のプールの底に沈んでいる。
うーん・・・かわいそうなブライアン。
真実は当然ひとつなはずだが、ブライアンの死についてはその100倍くらい真実ではない話が出回っているんじゃないかと思う。

さて音楽性としては、前作「Their Satanic Majesties Request(サタニック・マジェスティーズ)」でサイケ方面に傾きすぎた方向性を、本来目指していたリズム&ブルースなほうへ戻したものとされている。
プロデューサーにジミー・ミラーを起用したのも、その決意の表れだそうだ。
「Their Satanic Majesties Request」はまだ聴いていないのだが、今回の「Beggars Banquet」のほうが聴きやすいということだろうか。
果たしてあたしはこのアルバムでは無事に縁石にも乗り上げず坂道発進も半クラッチ(死語?)で切り抜けることができるでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)
民族音楽っぽいパーカッションにピアノで始まる不思議な調べ。
同じサウンドが延々続き、そういやギターが出てこないなと思ったところで切り裂くようなギターの音が登場。
終盤は甲高いボーカルと鋭いギターの掛け合い。
どこかツェッペリンの「You Shook Me」を思い起こす。
歌詞は誇大妄想のカタマリのような内容で、ミックがオルタモントでこの曲の前に「この曲をやるといつも何かが起こる」と発言し、そのあと悲劇が実際に起こった・・という、良くない伝説がついてまわることになった。

2. No Expectations
一転してアコースティックなバラード。
ここでにゅいーんという音を出しているのはブライアンのスライドギターだそうだ。
これがストーンズにおけるブライアンのまともな最後の仕事というのが一般的な評価らしい。
ゆったり流れるベース、時々聞こえるピアノとの一体感が非常にいい。

3. Dear Doctor
これもカントリーな雰囲気のアコースティックナンバー。
この曲ではブライアンはハーモニカを吹いているとのこと。
楽器の音はいい感じだが、コーラスはいまいち調和がとれておらずガヤ系な曲。

4. Parachute Woman
ここに来て少し苦手なブルース調の曲が登場。
「パラシュートみたいにオレの上に降ってこいよ」と女性に訴えるストーンズならではのワイセツな歌らしい。

5. Jigsaw Puzzle
序盤はわりとおとなしいサウンドながら、中盤から徐々に盛り上がる力強いロック。
再びブライアンのスライドが聴けるのだが、キモはむしろベースラインにあるように思う。
気のせいかミックの声が他の曲と少し違って聞こえるなぁ。

6. Street Fighting Man
全体としてはストーンズといったらこれでしょう的な曲なのだが、よく聴くとところどころシタールみたいな音もするし、奥の深いサウンドだ。
これは聴いていて楽しい。

7. Prodigal Son(放蕩むすこ)
この曲だけロバート・ウィルキンスという牧師をしていた人の作品。
低い単調なボーカルにカントリー風かきならしギター。
ライ・クーダーが参加している。

8. Stray Cat Blues
騒々しいギターにどばどばドラム、ぼんぼんベースにねばねばボーカル。
どっちかっつうとこれのほうがストーンズそのものな楽曲だと思う。
メンバー全員が役目を最大限に果たすとこうなる、という見本のような音だ。
好みかと言われると微妙だが、悪くはない。

9. Factory Girl
どこか南米の民族音楽みたいな不思議な曲。
それぞれの楽器とボーカルに主張がありすぎて調和がとれていないが、これがストーンズの持ち味でもあると思って聴くといい音に聞こえるから不思議だ。
ようやく少しストーンズのサウンドに慣れたということだろうか?
歌詞は工場勤めの女を待つチンピラ風な男の心情を歌っていて、楽曲の雰囲気とはややズレているように思う。

10. Salt Of The Earth(地の塩)
アコースティックギターから始まり、ピアノやドラム、女性コーラス隊も加わってどんどん壮大に広がっていくドラマチックなラストナンバー。
ストーンズのアルバムの最後には意外にこのパターンが多いような気がする。

聴いてみて感じるのは、アコースティックで臨場感のある「近い」音が多いことだ。
「Let It Bleed」にも雰囲気は似ている気がするが、「Beggars Banquet」はカントリー色よりもブルース色のほうが濃い。
あまり広くもないライブハウスで、それほど上品でもない客を前に、シンプルだが力強く演奏し歌い、迫力ある楽曲で客を黙らせ、最後に大喝采を受ける・・というようなドラマのようなアルバムである。
今まで聴いてきたどのアルバムとも違うが、聴きやすさの順位としては最上位にあると言っていいと思う。

このアルバムを聴くまでは、ミックの野蛮で猥雑な叫びとキースのヤケクソなカッティングに黒っぽいリズムこそが彼らの本質であって、それを受け入れることがストーンズ鑑賞者の義務みたいに思っていた。
今もその点はそれほど変わっていないのだが、自分が思っていたよりもずうっと多面的なバンド、それもストーンズなのだ。
なんだかゴタクを並べてしまったが、このアルバムは繰り返し聴きたくなると素直に思う。
ネットで調べてみても、このアルバムを高く評価する人は多いように感じた。
ブライアン・ジョーンズのチカラの衰えは、少なくともこのアルバム制作においてマイナスに作用することはなかったようだ。

ジャケットはトイレの落書きというお下品なもので、メンバーの姿はどこにもないのだが、アートとしてはわりといいと思う。
ジャケットとサウンドが全然マッチしていないのも投げやりでいいよね。

というわけで、「Beggars Banquet」。
かなり良かったです。
時系列としては相変わらずバラバラな聴き方ですが、10枚目にこれを選んで良かったのかもしれません。
今度はもう少しブライアン・ジョーンズの活躍していた時代の作品を勉強してみようと考えています。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »