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聴いてない 第173回 ジョー・ジャクソン

最近テレビで「町中にクマ出没!」のニュースが流れるたびに、「クマ」の発音に違和感を覚えるSYUNJIといいます。
今は全てのテレビ局が「クマ」をケツ上げで発音します。
標準語アクセントでは「ウシ」「ウマ」と同じですね。
これっていつ頃からでしょうね?
自分は関東の人間ですけど、熊は「ク」にアクセントだと思ってましたけど・・・
「リス」「サル」と同じ。
今風?のアクセントだと、熊と「目の下のクマ」は同じになるような気がしますが、それでいいんですかね?

そんな熊問題のさなか、強引に思い出したのがジョー・ジャクソン。
全然聴いてません。
「Steppin' Out」しか知らないので、聴いてない度は2。

「Steppin' Out」はたぶん「サンスイ・ベストリクエスト」でエアチェックしたのだが、この頃録音した曲には同じように「聴いたのはその1曲のみ」というパターンが多い。
ザ・ロード・オブ・ニュー・チャーチとかモーテルズとかアルドノバとかキャシー&カレンとかブルーズーとかオクソとか、そんなのばっかり。
しかしジョー・ジャクソンはそんな中でも比較的ヒットのレベルが高く、顔も雑誌に多少露出していたほうだと記憶している。

ということでジョー・ジャクソンについて身元確認調査を開始したら、いきなり勘違いが判明。
この人イギリス人だったんスね。
曲がニューヨークっぽい雰囲気だったんで今までずうっとアメリカ人だと思ってました。

ジョー・ジャクソンは1954年イギリスはポーツマス郊外の街に生まれた。
本名はデヴィッド・イアン・ジャクソンという、カバとギランが混ざったような名前。
喘息持ちで病弱だったためインドアな子供として育ち、音楽学校に進学。
クラシックを学んだが卒業後はロックに傾倒し、クラブの音楽監督やピアニストなどの職を経て79年にデビュー。
ニューウェーブのアーチストとして当時流行のレゲエを採り入れた作品を発表した後、アメリカに拠点を移す。
82年にアルバム「Night and Day」をリリース。
ここからシングル「Steppin' Out(夜の街へ)」が大ヒット。

86年にはニューヨークの劇場ライブを一発録りした「Big World」というアルバムを発表。
これはアナログ盤1枚半という珍しい構成で、2枚目の片面(D面)には何も録音されていないそうだ。
さらに87年にはフル・オーケストラによる全曲インストというアルバム「Will Power」を作っている。
2000年には「Night and Day」の続編アルバム「Night and Day II」も発表した。
その後もライブやベスト盤を含めてコンスタントにアルバムを出し続けており、今も活動中とのこと。

本人はもともといろいろな音楽をやりたかった人のようなので、レゲエからクラシックからジャズやインストまで手がけても何ら不思議ではないのだろうが、「Steppin' Out」以降の活動については全く知らなかった。
失礼ながら一発屋の部類なのかと勝手に思ってました・・・

ジョー・ジャクソンを調べると「不健康」というキーワードがあちこちのサイトやBLOGで見つかる。
ハードな喫煙者なので、ニューヨーク・ロンドン・ベルリンなどの各都市の禁煙条例に反対しつつ転々としているらしい。
また90年代には精神を病んで音楽家として引退を決意したが、やがて病気を克服して音楽界にも復帰したそうだ。

ちなみに自分が80年代当時から知っていた唯一のジョー・ジャクソン情報は「背が高い」というものだ。
2mくらいあるデカイおっさんだという話が、当時の雑誌に書いてあった記憶がある。
顔もギョロ目で髪が薄く、キラー・カール・クラップとかアレックス・スミルノフを思わせる風貌だったような・・・(かえって伝わらない)
関係ないけどボストンのトム・ショルツも2mの大男である。

そんなわけでジョー・ジャクソン。
なにしろ「Steppin' Out」しか聴いてないので音楽性については何もわからないのだが、イメージとしては都会的で洗練された印象である。
決して好みとは言えないのだが、中年となった今なら多少はハードルが下がっているような気がしなくもない。
日本では中古でもCDを探すのも難しそうな感じですけど、もしおすすめのアルバムがありましたら、ご紹介いただけたらと思います。

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聴いてない 第172回 グロリア・エステファン

前回のノラ・ジョーンズ同様、ロックとは少しジャンルの異なるグロリア・エステファン。
当然ですけど全然聴いてません。
聴いたのは大ヒット曲「Conga」と、あとは「Coming Out Of The Dark」という曲を聴いているだけ。
よって聴いてない度は3。
ラテン系ミュージシャンという程度の知識しかなかったのだが、調べてみるとかなり苦労している人のようだ。

グロリアはキューバで生まれ、幼い頃にアメリカのマイアミに家族で移住。
マイアミ大学在学中にエミリオ・エステファンと出会い、彼のバンドにボーカリストとして参加する。
卒業後グロリアはエミリオと結婚し、マイアミ・サウンド・マシーンが音楽活動の中心となる。

84年アルバム「Eyes Of Innocence(ドクター・ビート)」、85年には「Conga」収録の「Primitive Love」が世界中で大ヒット。
86年には日本各地で公演も行い、87年のアルバム「Let It Loose」は全米1位を獲得、600万枚のセールスを記録した。
グロリアは89年からソロとして活動を開始し、90年のソロアルバム「Cuts Both Ways」も大ヒット。
名実ともに全米を代表するスターとなった。

しかし、その90年に人生最大の危機がおとずれる。
ツアーのためトレーラーに乗っていたグロリアは、ペンシルバニア州で停車中にトラックに追突され、脊椎骨折の重傷を負ってしまう。
ここから1年に渡る闘病とリハビリの日々が続くのだが、彼女が当時どれほどのスターだったかを示すエピソードがたくさんあるようだ。
事故の前日、グロリアはホワイトハウスでブッシュ大統領(オヤジのほう)と会見していた。
事故を知ったブッシュ大統領は直接グロリアの病室に電話で見舞いのメッセージを入れている。
またエルトン・ジョンやマドンナからも花やメッセージが届き、ファンからの手紙は2週間で3万通にものぼったとのこと。

再起不能かとまで言われたグロリアだが、91年2月にステージに立ち、奇跡の復活を果たす。
年末には来日もしており、翌92年にはベスト・アルバムも発表した。

93年にはアメリカン・ポップスのカバー集「Hold Me,Thrill Me,Kiss Me」を発表する。
これはキューバ出身のミュージシャンとしては非常に政治的な意志表示となる行為にあたるそうで、反カストロ・親米のスタンスを明確にすることの表れとのこと。
96年のアトランタ・オリンピックでは閉会式で歌い、2003年のメジャーリーグのワールドシリーズでも国歌を熱唱。
こうした場面で歌うにふさわしい国民的な歌手であるということだろう。

その後も映画出演や全曲スペイン語のアルバムを出すなど活動を続け、2011年には4年ぶりの新作アルバム「Miss Little Havana」を発表。
親日家としても知られ、新婚旅行は熱海温泉・・・って本当なの?

ということで、事故で重傷を負った話だけしか知らなかったのだが、想像以上に偉大な、そして非常に政治的宿命を背負った大スターである。

グロリアの父親はキューバで政治犯として2年以上投獄された経験を持ち、その後アメリカでは陸軍へ入隊するが、ベトナム戦争で枯葉剤を浴びてしまい、帰還後に長く闘病することとなる、というすさまじい経歴を持っている。
またマイアミという土地は、キューバを脱出してきた人が多く暮らすところであり、カストロ政権には反対するが、一方で帰ることのできない祖国を思う気持ちも強く、それが故に独自の文化を生み出してきたという背景もある。

キューバは今もアメリカと正式な国交はないし、キューバでアメリカのミュージシャンが自由に歌える状況にはない。
グロリア・エステファンは95年にキューバにあるグアンタナモ米軍基地で兵士のためのコンサートを行っている。
このこと自体が二つの国の極めて複雑な事情を物語っていると思う。
そもそも国交のないキューバになんで米軍基地があるのか、という不可解な状況の中で、その基地内でしか歌えない元キューバ人のグロリア・エステファン。
グロリアの歌や曲が支持される理由には、歌や曲そのものの良さの他に、彼女の生き方や思想に共感する人たちも多いことがきっとあるはずだ。
このあたりは表層的にアメリカとキューバの歴史をなぞる程度の、極東の平和ボケ小国民の自分には到底理解できないものだろう。

というわけで、グロリア・エステファン。
音楽性としては陽気で楽しいラテンのリズム・・といったステレオタイプなイメージしか持っていないのだが、おすすめのアルバムがあれば教えていただきたいと思います。

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聴いてみた 第96回 U2

いちおう聴いていることにはなっているものの、実のところそれほどマジメに鑑賞してきたわけでもない微妙なバンド、それはU2である。
全てのアルバムを追ってきたわけではないが、聴いてないほうが少ないという、自分にしては非常に珍しい履歴だ。

しかしだ。
じゃあファンなのか?と問われると自信を持ってYESとも言えない。
これまで聴いてみたアルバムは以下である。
(★はCDを持っている)

★October(アイリッシュ・オクトーバー)
・War(闘)
・The Unforgettable Fire(焔)
★The Joshua Tree
★Rattle and Hum(魂の叫び)
・Achtung Baby
・Zooropa
・Pop
★All That You Can't Leave Behind

だがこの中で気に入って繰り返し聴いているのは「The Joshua Tree」「Rattle and Hum」だけだ。
他のアルバムは、好きな曲はあるが全体を通して聴くという意欲が今ひとつわかないのである。
「こんな名盤に対してなんて言いぐさだ!」と思われる方もいるであろうが、U2に対する自分の感覚はこのようなものなのだ。
どうやら自分は曲単位でこのバンドを評価しているらしい。
自前のベスト盤をMDで作ったこともある。

さてそんなU2だが、2000年以降は鑑賞から遠ざかっていた。
今回聴いた「How to Dismantle an Atomic Bomb」も、気まぐれに吉祥寺のユニオンで購入したもので、それほど強い思い入れはなかったのが正直なところである。

U2

「How to Dismantle an Atomic Bomb」は2004年の作品。
プロデューサーにはスティーブ・リリーホワイト、クリス・トーマス、ダニエル・ラノワ、ブライアン・イーノの名前があり、なんだかU2メンバー以上に豪華なスタッフ陣。(失礼)
スティーブ・リリーホワイトはU2作品では「War」以来のプロデュース。
タイトルは「原子爆弾解体新書」と訳され、原点回帰のロックテイストに仕上がっているとのこと。
果たしてあたしは今度こそアルバムまるごと高く評価できるのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Vertigo
この曲はiPodのCMに使われていたので、耳にはしていた。
太いベースとエッジのキンコン系ギター、ボノの投げやりなボーカル。
80年代と90年代のU2のいいところだけを組み合わせたような、素晴らしい音がする。
「Vertigo」とはラテン語で「めまい」のことだそうだ。
で、訳詞を見たが、何を言っているのかほとんどわからない。
聖書にある「悪魔の誘惑に負けず神の愛を信じる」というようなことが題材になっているらしいのだが、サウンドと歌詞が合っているのかもよくわからない・・
ちなみに作詞・作曲者にはボノもエッジも名前はない。

2. Miracle Drug
U2独特のもの悲しく曇った、奥行きのあるサウンド。
こういう雰囲気は21世紀になってもあまり変わっていない。
血管の切れそうな怒髪系サウンドも好きだが、こういうモノクロなU2も好きなのである。

3. Sometimes You Can't Make It on Your Own
前の曲の続きのような、どこか憂いのあるメロディ。
ボノが亡くなった父親への思いを綴った曲で、2005年のグラミー賞でソング・オブ・ジ・イヤーを受賞している。

4. Love and Peace or Else
一転して重いリズムと暗いサウンド。
聴いていてあまり楽しくない。
キーボードをブライアン・イーノが担当しているらしい。

5. City of Blinding Lights
ボノがニューヨークについて歌った曲。
エッジのギターは80年代の頃のような音がするが、少し角がとれたような印象を受ける。

6. All Because of You
シンプルなリズムで、ノリは「Vertigo」に近い。
エンディングも「Vertigo」同様、ギターをぎゅんと絞り上げて終わる。
「焔」の頃のサウンドにも似ている。

7. Man and a Woman
これも少しもの悲しい旋律。
気のせいかストーンズのようにも聞こえる。

8. Crumbs from Your Table
哀愁に満ちた旋律を、やや騒々しいオアシスのような音で奏でる。
ボノの途上国救済活動に対する思いが込められた曲だそうだ。

9. One Step Closer
タイトルは「物知りに一歩近づいたってことさ」という意味らしいが、これはノエル・ギャラガーの言葉がもとになっているそうで、歌詞カードにもノエルへの謝辞が書いてある。

10. Original of the Species
これもiPodのCMで使われたそうだが、聴いたことはなかった。
壮大なバラードだが、中盤以降は少し音がやかましく感じる。

11. Yahweh
ラストはやや明るめの曲。
タイトルは旧約聖書中の唯一の神の名で、「みだりに唱えてはならない」とされるそうだ。
あえてボノはこの名を連呼しているので、大丈夫か?とも思うが、特に挑戦的な意味ではなく祈りである、というようなことをボノ自身が語っているらしい。

聴き終えて思ったのは、「Vertigo」のサウンドだけがやや変わっている、という点。
「Vertigo」のノリは嫌いではなく、むしろ好きなほうだが、ポップ三部作にあったようなはじけた曲である。
アルバムの中でこんなノリは「Vertigo」「All Because of You」くらいで、他の曲は大半がもの悲しい落ち着いたイメージだ。
なのでU2のポップな面をアルバム全体に求めると、物足りないと感じるかもしれない。

それなりに聴いてきたU2だが、冒頭にも書いたとおり不思議なことにアルバム単位での評価になると、それほど高い点数を付けたくなる作品は少ない。
自分はこのバンドを曲単位で聴いてきた、ということを再度認識させられた。
「Vertigo」はいい曲だが、アルバム全体にこのノリを求めようとも思わないし、かと言ってこのアルバムを総合的に高く評価できるかというと、それもまた微妙だ。
なぜかはまだよくわからない。

ジャケットはメンバーが並んで座っている、公演告知宣伝用のような写真。
ポーズもなんだか若手パンクバンドのようでひねりもなく、彼らのアルバムの中では地味なほうだ。
歴代のジャケットを並べて見てみると、ポップ三部作はジャケットも派手なことがよくわかる。(全然好みじゃないが・・・)
21世紀のU2はあまりジャケットのデザインに凝らなくなっているようだ。

というわけで、「How to Dismantle an Atomic Bomb」。
決して悪くはないのですが、どこか腕組みをして考え込んでしまうような、そんな感覚が残りました。
自分は今後も自分の好みに合うU2を求めて、名もない通りをうろつきながら終わりなき旅を続けることになりそうです。

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やってない 第18回 テレビに出る

夏バテ引きこもり予備軍人見知り中年芸人のSYUNJIです。
唐突ですが、みなさんはテレビに出たことがあるでしょうか?
あたしはないです。

もちろんタダの町人なんで、そうそうテレビに出る機会なんかなくて当然なのだが、視聴者参加番組に参加とか公開放送で客席にいたりとか、そういう経験も一切ない。
出たところでトークもビジュアルもダメだし、テレビ的にも全くメリットのないタイプの人間である。
街頭インタビューなんてのがあるが、実はインタビューされる人は仕込みで役者のタマゴみたいな人を使っている・・なんて話もよく聞くのだが、ああいうのにも出会ったためしがない。
スポーツ観戦中にビジョンに客席が映って隣の人と「おい、オレたち映ってるよ!」とムダに興奮するような、ああいったお約束なシーンにも遭遇したことはありません。

テレビに出たいと思ったこともあまりない。
若い頃はクイズ番組に出たらおもしろいかなぁとぼんやり考えたことはある。
高校の非常勤教師にウルトラクイズ出場者がいて、実際にアメリカにも行ってけっこう勝ち残ったりしたので、たまに授業中ウルトラクイズの裏話をしていた。
ただしクイズに出るにはそれなりに教養が必要だし、ウルトラクイズくらいになると体力やバイタリティも求められるので、まあ自分には到底ムリだったろう。

出版社に勤めているので、会社にもたま~にテレビ取材が入ったりするのだが、映ったことは一度もない。
かなり前だが、勤務中のシーンを撮影されたことが一度だけある。
特に局側の人との対話もなく、「ふつうに仕事しててください」と言われて机に向かっていただけだった。
で、後日放送を見たら、上司の広げた書類で自分の顔は見事に全部隠れていた・・・

そんなテレビ出演経験のない自分だが、驚くなかれ出演経験がないのは家族では自分だけである。
全然詳しく知らないのだが、父親と故・林家三平師匠との間に交流があったらしく、テレビ局で三平師匠と父親が並んでいる写真が残っている。
この時父親は三平師匠が出演する何かのテレビ番組に出たらしいのだ。
また母親は姉が生まれた直後、主婦向け子育て番組(日本テレビ)に、赤ん坊だった姉とともに出演した経験がある。
(これも写真が残っている)
さらにその姉は高校生の時に、県の野球大会中継(テレビ神奈川)で女子高生リポーターとして一塁側応援席の紹介をした経験も持っている。
まあどれも一般人がちょこっと出た程度の話なのだが、そうした経験もないのは家族で自分だけだ。

時代はすっかり様変わりし、視聴者参加番組はとても少なくなっている。
今一般人がテレビに出ることは「リスク」であるという認識がほぼ定着してしまったと思う。
芸能人が町中で歩きながら飲食店の紹介をするような番組があるが、通行人の顔に全てモザイクがかかっていることがよくある。
うっかりテレビに映ろうもんなら、どこで誰がその人の素性を調べてネットでぶちまけるかわからない・・という恐ろしい時代になってしまった。
以前は大きな事件が起こると、現場でリポートする局側の人の後ろでピースサインしたり携帯で「オレ今テレビに映ってるぜ」と友人に実況報告する痛い輩がいたもんだが、こういう行為は今極めて危険であることは周知のとおりだ。
その昔昭和のプロレス中継では、会場でテレビに映ろうと必死にピースサインしたり自分の名前を大書きした紙を頭の上で広げたり、という少年たちがたくさんいたもんだけどね。
いずれにしても、今の日本では一般人がテレビに出る、というのは別の意味で勇気がいることになってしまったのだ。

とりあえず出たいと思う番組もないし、出た後のいろいろなめんどくせえ問題を考えたら、このまま一生テレビに出ずに死んでいく人生を選択することになるんだろう。
よく言われることだが、一般人がマスコミに登場する最も簡単な方法は犯罪者になることだ。
さすがにそれだけはやりたくないし・・

というわけで、テレビ出演。
みなさんはテレビに出た経験、ありますでしょうか?
どんな番組だったのか、どんな有名人が出ていたのか、教えていただけたらと思います。

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