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聴いてない 第168回 モット・ザ・フープル

「ホムペ」「カキコ」(いずれも死語)といった略称が昔から全く好きになれなかった三流ブロガー(死語)のSYUNJIといいます。
あーあ今日もマクラが投げやり。
あれだけムダに来ていたエロトラックバック(死語)も、いざ全く来ないとなるとどこか寂しいものですね。

そんな寂しさを胸に三つ叉の槍をたずさえて洋楽の大海原をさまよっていると、そこかしこに「ほうじゃのう、まだ聴いてなかったのう」と思わず広島なまりで口走ってしまうアーチストが累々と漂っている。
今日たまたま出くわしたモット・ザ・フープルも、やはり「私は知らない」冤罪の叫び系バンドだ。
バンド名をなんとなーく知っている程度で、音楽にふれたことは一度もなし。
聴いてない度も破格の1。(終始意味不明)
たぶん同窓会で会っても二次会終了まで名前を思い出せないような存在である。(失礼)

モット・ザ・フープルの履歴書をひもとくとこんな感じだ。
1968年イギリスでイアン・ハンター、ミック・ラルフス、ヴァーデン・アレンを中心に結成され、初めは「サイレンス」と名乗る。
翌年小説からとった名前をバンド名にしてデビュー。
・・・それはわかったけど、モット・ザ・フープルってどういう意味?

4枚ほどアルバムを作るが全然売れず、メンバー全員がぐったりして解散を決めた時に、それを思いとどまらせたのがデビッド・ボウイである。
ボウイから曲の提供とプロデュースを受けて作成された「All the Young Dudes(すべての若き野郎ども)」が大ヒットとなり、バンドは商業的に大成功する。
しかしメンバー間の対立が浮上し、脱退者が相次いだ。

イアン・ハンターがバンド運営の実権をにぎり、ボウイのサポート経験もあったミック・ロンソンを加入させようとしたが、他のメンバーと意見が合わず、モット・ザ・フープルとしてはこの時点で崩壊。
イアンとミック・ロンソンはモットという名前でバンドを結成するが、音楽性もモット・ザ・フープルとは異なり、ファンの間でも別のものという扱いのようである。
なおミック・ロンソンは93年に亡くなっている。

ミック・ラルフスは脱退後にポール・ロジャースと組んでバッド・カンパニーを結成。
モット・ザ・フープルの「Ready For Love」という曲は、バッド・カンパニーのファーストアルバムにも収録されており、ラルフス自身が歌っているそうだ。
2009年に結成40周年を記念しモット・ザ・フープル再結成ライブがロンドンで行われた。

・・・以上がネットで調べたモット・ザ・フープルの略歴なのだが、もちろん全て初めて知る話である。
メンバーの名前もかすかに聞いたことがある程度で、顔は全然わからない。

「すべての若き野郎ども」は名盤と評するサイトがあちこちにあった。
今回モット・ザ・フープルに少しだけ興味がわいたのも、このアルバムがなんかいろいろ豪華そうな感じだったからだ。
タイトル曲の「All The Young Duedes」はデビッド・ボウイの作品。
ルー・リードのカバー曲「Sweet Jane」、後にバッド・カンパニーでも演奏することになる「Ready For Love」などが収録され、中身はわからないけど話題性に富んでいる内容らしい。
しかしこの邦題はいかにも70年代だなぁ。

なおモット・ザ・フープルはグラム・ロックに分類されることが多いようだが、それはボウイ色が注入された「すべての若き野郎ども」以降のことで、それ以前のバンドはどっちかっつうとキンクスストーンズに近い音楽性を持っていたようである。
実際ファーストアルバムではキンクスの「You Really Got Me」をインストでカバーしているそうだ。
この初期のことはレコード会社名で「アイランド時代」と呼ばれるらしい。
(グラム化したのはCBS移籍後だそうだ)
ただしイアン・ハンターはアイランド時代のセカンドアルバムは全然気に入っていないとのこと。

なので時代が違うと音楽性もかなり変わるのがモット・ザ・フープルということのようだ。
ただし「時代」とは呼ぶけどバンドの実働期間は5年間くらいだってね。
まあどうせ自分はボウイもキンクスも聴いてないので、その「時代」の特徴をイメージできたりはしないのだけど。
学習順序としてはボウイを聴いてからモット・ザ・フープルに移る、というのが正しいのかもしれない。

そんなわけで、結局相変わらず何一つ役に立つような記事になってないモット・ザ・フープル。
80年代ミーハー貧弱エアチェックリスナー出身の自分としては、やや古い時代のバンドなんでハードルも高そうな気はしている。
日本のリスナーの間ではどういう位置づけなのか見当もつかないのですが、聴くとしたらやはり「すべての若き野郎ども」ははずせないんでしょうね。
勝手にまとめてしまいましたが、他にもお勧めのアルバムがあればご指導ください。

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聴いてみた 第89回 ローリング・ストーンズ その4

新しいiPadにも新幹線のぞみラストランにも興味がない三流中年のSYUNJIといいます。
のぞみが走り始めて20年。
もうそんなに経ってるんですね。
当時のぞみは料金が高いので役員以外は使用禁止なんてことがあったなぁ。どうでもいい話ですけど。
そんな世の中全般について無関心な中年のあたしは、やや唐突だが最近少しマジメにストーンズを聴いてみようと思うようになった。(遅い・・)
昨年から今年にかけてストーンズの本をいくつか読んだりしたことも動機のひとつだが、やはりトシのわりには鑑賞履歴があまりにも貧弱だ。
そんなのストーンズだけでなくクリムゾンキンクスクラプトンジェスロ・タルもG.I.オレンジもそうなんだけど、聴いてないので本に書いてあることにいまいち共感できないのがどうも惜しい気がしてきたのだ。

これまで聴いたアルバムは「刺青の男」「Let It Bleed」の2枚とベスト盤「Made Of The Shade」だけだ。
決して得意ではない方面の人たちであることは容易に想像が付くが、このままでは世界の財産であるストーンズの音楽をロクに聴かないまま人生が終わってしまう。
よくわからない心理状態のまま三軒茶屋に久々に遠征し、3枚ほどストーンズをわしづかみにして大股で帰宅。
とりあえず発表年代順に聴くことにした。

まずは60年代ものから、「12×5」の紙ジャケ盤を選択。
12曲を5人のメンバーで、という意味だそうだ。
64年発表のアメリカにおけるセカンド・アルバムである。

12x5_2

7曲がカバー、5曲がオリジナルという構成。
録音は6曲ずつシカゴとロンドンで行われた。
若きストーンズの黒い音楽への強い憧れが投影された名盤だそうだが、初心者の自分にはどのように聞こえるのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Around And Around アラウンド・アンド・アラウンド
スタートは正調ロックンロールナンバー、チャック・ベリーのカバー。
ミック・ジャガーのボーカルにはそれほどのハジケぶりはなく、思ったよりもストレートに進行。
リマスター技術のせいなのか、古い曲のわりには音がクリアで広がりのあるサウンドだ。
出だしからなかなか快調でわくわくする。

2. Confessin' The Blues コンフェッシン・ザ・ブルース
2曲目はもったりしたブルース。
曲調はあまり好みではないが、ボーカルにエコーが少しかかっており、立体的なサウンドである。
奥のほうから聞こえるブルースハープが味わい深い。
この曲ではミックが少しワルな声を出している。

3. Empty Heart エンプティー・ハート
怪しい感じのややテンポの上がったブルース。
右側にギター、左側にキーボードだが、ボーカルとコーラスはそれほど合わせておらず、全体的にけっこう散漫な感じがする。
作詞作曲はNanker Phelgeという名前になっているが、これは当時のメンバー5人による共作の時の名前だそうだ。

4. Time Is On My Side タイム・イズ・オン・マイ・サイド
かなり昔だが、この曲のライブ映像をテレビで見たことがある。
このCDにはオルガン・イントロ・バージョンが収録されている。
ドラムやタンバリン?の音が少しジャリっとした感じで若干耳障りだが、いい曲だ。

5. Good Times, Bad Times グッド・タイムズ・バッド・タイムズ
ミックとキースによるオリジナルで、キースのアコースティックギターとブライアンのブルースハープが非常に特徴的な一曲。
ミックのけだるいボーカルとマッチしていて、まとまりのある楽曲。
ツェッペリンに同名の曲があるが全く別の曲。

6. It's All Over Now イッツ・オール・オーヴァー・ナウ
ツイスト調のロックだが、どこかカントリーのような雰囲気もある。
ボーカルとコーラスの調和はそれほどとれていないが、そういうことに頓着しないのがストーンズなのだろう。
ミックらしくややぶっきらぼうで投げやりな歌い方。

7. 2120 South Michigan Avenue 南ミシガン通り2120
ストーンズには珍しいとされるインスト。
歌詞はないが、ところどころ誰かのかけ声が聞こえる。
各パートがそれぞれきっちり主張しあっていていい感じだ。
タイトルは当時ストーンズが憧れていたチェス・レコードの住所だそうだ。

8. Under The Boardwalk なぎさのボードウォーク
どこかで聴いたことがある曲だと思ったら、これはドリフターズのカバー。
ストーンズもこんな曲を歌っていたのね。
粗野なところは少しもなく、あまりストーンズのイメージには合わない南国調のほのぼのユーモラスな曲だ。
アルバム全体の良いアクセントになっている。

9. Congratulations コングラチュレーション
これもミックとキースの共作。
この曲もノリは前の曲と同じようなゆったりな感じ。

10. Grown Up Wrong グロウン・アップ・ロング
やや辛口のロック。
ミックとキースによるオリジナル曲だが、リズムやサウンドはわりと単調。
とにかく彼らが黒い音楽に憧れていることがよくわかる。

11. If You Need Me イフ・ユー・ニード・ミー
スローバラードのブルースだが、この曲ではミックがかなり投げっぱなしでワイルドなボーカルを聴かせる。

12. Susie Q スージーQ
ストーンズらしいサウンドとボーカル。
繰り返されるベースの音がシブイ。
ギターソロは結構鋭いんだが、軽い拍手がずうっと鳴っていて、曲全体の印象をなんとなく安いものにしてる気がする。
短いので盛り上がる前に終わってしまい、少し物足りない。
日本ではクリーデンス・クリアウォーター・リバイバルのカバーのほうがヒットしたそうだ。

トータル32分なのであっという間に終わる。
率直な感想として、かなりイイ!(軽い)
いや、そもそもストーンズもブルースも聴き慣れていないので不安だらけではあったんだが、多少の凹凸はあれど拒絶感は全然ない。
シンプルなリズムとサウンドは聴きやすいし、おだやかな曲も激しい曲も適度に混在しててバラエティに富んでいると思う。

これは確信を持って言えるのだが、このアルバムをもっと若い頃(80年代)に聴いたとしたら、おそらくクソガキな自分はとても受け入れられずそれっきりだっただろう。
80年代の産業ロックに夢中だったミーハーなレベルの精神状態では、むしろこういった楽曲やボーカルにはついていけなかったと思うのだ。
よく音楽や文学など「もっと早くに出会っていれば・・」という定番な後悔のセリフがあるが、今回「12×5」はこのトシで聴いてみて良かったと思う。
結果論だが、この音楽が聴けるようになるまで、自分の場合はここまでの期間が必要だったのだ。
アホウな表現になるが、自分はこのトシでやっとストーンズを聴ける仮免許を取得したのである。

1964年というと、ビートルズは「A Hard Day's Night」「Beatles For Sale」を発表し、すでに英国ロック・ミュージックの頂点にいた。
ジョン・レノンから「ストーンズは俺たちよりいつも半年遅れている」と皮肉られたりしたそうだが、この時点では確かにそう評価されるのも無理ない話だ。
ビートルズもストーンズもアメリカの黒人音楽に強い影響を受けているのは同じだが、64年の時点ですでにビートルズはそれを自らのものに昇華させ、別の音楽芸術を形成し始めている。
少し後からストーンズも彼ら独自の世界を築きあげていくのだろうが、「12×5」ではそこまでのインパクトは感じられない。
ここからストーンズがどう変化していくのかを、自分なりにたどって学習していけばいいのである。

というわけで、「12×5」。
これは聴いてよかったと思います。
今頃ストーンズの初期アルバムを聴いて喜んでるのもどうかとは思いますが、次は70年代の彼らを試してみることにします。

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聴いてない 第167回 レディー・ガガ

比類なき無成長BLOGの本流「聴いてないシリーズ」、今回は久々に大物登場です。
日本でもその名はすっかり浸透し、高田純次の挨拶にも使われるほどのレディー・ガガ。
目的意識を持って聴いたことは全くありません。

自分と同じように、曲はあまり聴いたことがなくても、名前や顔は知ってる、という人も多いだろう。
震災直後に支援のために来日したり、紅白歌合戦にも録画ではあるが出演したり、すっかり日本人にもなじみの深いアーチストになっているレディー・ガガ。
運転中にFMで流れる曲をいくつか聴いた程度で、アルバムは1枚も聴いていないし、もちろんエアチェックもしていない。(してる人ももういないと思うけど)

調べてみるとけっこう意外な情報が多い。
アメリカ東部(ニューヨーク州)の金持ちのイタリア系の家に生まれたお嬢様、という経歴はよく知られている話だが、学生時代はいじめにあったりクスリにおぼれたり、学校をやめてストリッパーとして生計を立てたりというハードな経歴も持っている。
世間知らずのお嬢様がなぜか突然はじけて大ブレイク、という単純な展開ではなく、それなりに下積みで苦労もしてる人のようだ。

本名はステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタという長い名前。
一番驚いたのは身長が155cmという点。
そんな小柄な人だったのか・・・知らなかった。
歌ったり踊ったりしてる姿からは小柄というイメージは全然なく、むしろ背の高いでかい女性だと勝手に思っていた。

レディー・ガガ、名前の由来はもちろんクイーンの「Radio Ga Ga」である。
ウィキペディアによると、「楽曲に携わった音楽プロデューサーのロブ・フサーリはガガの声のスタイルをフレディー・マーキュリーのそれと比較し、クイーンの楽曲「Radio Ga Ga」をもじり、現在の芸名"Lady Gaga"を彼女に与えた」とある。
「フレディ・マーキュリーの声と比較し」ってのがいまいちよくわからないが、フレディの声に似てると感じたので思いついた芸名がレディー・ガガ、ということでいいんでしょうか?

本名よりもずうっと短い芸名は日本人にも覚えやすくていいんだけど、小うるさいツッコミをさせてもらえば、「Radio Ga Ga」は歌ってるのはフレディだけど、作ったのはロジャーなんだけどね。
フレディに似てるなら芸名が「ムスターファ」とか「ヘッドロング」とか「ファット・ボトムド・レディー」なんてのになっていた可能性もある。(ねえよ)
レディー・ガガの人気にあやかって、そのうちパチもんの「レディー・ググ」とか「レディー・ブラーブラー」なんてのが登場しそうな予感がする。

日本ではレディー・ガガだけど、発音に忠実に書くとレイディ・ガガだろうね。
いずれにしても覚えやすい名前なので日本でも知名度が上がったのだろう。
来日した時の写真撮影時間で日本のマスコミ連中が彼女にポーズをとらせたり顔をむけさせるために競って「ガガ!ガガ!こっち向いて!ガガ!」と連呼していたのには笑ってしまった。
なお前述の、レディー・ガガの名付け親でもある音楽プロデューサーのロブ・フサーリは、2010年にアルバム制作の報酬が不十分だとしてガガを訴えたそうだ。
その後和解したらしいが、プロデューサーもガガがここまで儲けるとは予想していなかったんだろう。
カネ回りが良くなると変なことが起こる典型である。

奇抜なファッションや派手なパフォーマンスやエロいジャケットなどで話題が先行することが多いようだが、実はものすごくマジメな人でスタッフ受けも非常にいいという話を聞いたことがある。
キムタクが日本のテレビ番組で共演した時の印象について、仕事に対して非常に熱心で妥協しない人、というようなことを語っていた。
ちなみにツイッターのフォロワーは世界中で2000万人を突破しており、これは最速の記録だそうだ。

音楽性についてはあまりよくわからないのだが、見た感じマドンナの影響を強く受けていることはわかるし、本人もマドンナの一番のファンであることを公言している。
クイーン、デビッド・ボウイエルトン・ジョンマイケル・ジャクソンのほか、ブルース・スプリングスティーンやスティービー・ワンダーなどのビッグネーム、また比較的年齢が近いブリトニー・スピアーズやビヨンセ、エイミー・ワインハウスなどにも影響を受けているそうだ。

聴いてる範囲だけで言うと、サウンドやリズムは比較的シンプルで、歌い方も特に女性性を強調したりコケティッシュに媚びてみたりということをせず、むしろ中性的に太い声でどーんどーんと歌う、という印象である。
この声や顔は特に好みではないので、これまで聴いてこなかったのが正直なところである。
たぶん日本のメディアに登場し始めた時も、どこかイロモノっぽいと勝手に判断してたんだろう。

というわけで、レディー・ガガ。
今では世界で最も影響のあるアーチストには違いないので、一度きちんと聴くことが国民の義務であろう。
まだそれほど多くの作品があるわけではないと思いますが、入門編としておすすめなアルバムがあればご指示いただきたいと思います。


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読んでみた 第40回 デザインノート

今回読んでみたのは「デザインノート」。
誰もが一度は手に取るような大衆雑誌ではなく、デザイン関連の仕事や勉強をしている人たち向けのムックである。
これまで読んだことはおろか手に取ったことは一度もない。
自分を知る人からすれば「どうしちゃったんだよ」「なにスカしてんだオマエ」的な雑誌である。

「デザインノート」、コンセプトは「デザインのメイキングマガジン」。
要するに各種デザインの現場における企画発想から仕上がり・完成までのプロセスを、デザイン視点で紹介する感性充満芸術爆発な雑誌である。(違うかも)
版元は誠文堂新光社
この「読んでみたシリーズ」においては、「天文ガイド」に次いで2回目の登場となる、子供のころからなじみの深い出版社である。
就職しようとは思いませんでしたけど・・

読もうと思った理由は、今回のテーマが「雑誌のデザイン」だったからだ。
「トップアートディレクターの雑誌デザインの世界」というアオリがついているが、ふだん書店で目にする雑誌の「デザイン」がどのように行われているのか、興味がわいたのである。

デザインも含めて、雑誌編集は基本的には未知の世界だ。
ムダに長く出版社に勤めているが、雑誌編集の経験は全くない。
クソ不況のさなか雑誌デザインなんて業務自体がもしかするとクライシスな局面に来てるのかもしれないが、どんな人がどんな仕事をした結果どんなデザインの雑誌が生まれているのか、少しでもわかればありがたい。
そんなぬるい発想のまま値段もよく確認せず購入。
書店の店員に「1680円になります」と言われてたじろいだが、つとめて冷静を装いシレっと精算。
高いよ・・・

Designnote

買ったのはNo.41、128ページ、判型はA4変型。
調べたところ発行部数は50000部だそうだ。
思ったより多いが、デザイン会社や学校など法人単位でかなりの部数が買われているのだろうか。
果たしてあたしはこの雑誌で自分の余生をデザインできるでしょうか。(迷惑)

・・・・・読んでみた。

目次はこんな感じだ。

■TOPICS
佐藤可士和×ユニクロ
 
トップクリエイターが魅せる!エディトリアルデザインの世界
■特集1
野口孝仁
平林奈緒美
森本千絵
細山田光宣
川村哲司
佐々木香
峯崎ノリテル
アマナインタラクティブ
原史和
 
■特集2
人気雑誌の編集長&アートディレクターに聞く「売れる雑誌の作り方」
「GQ JAPAN」
「WIRED」
「Hanzo」
「Tarzan」
「SWITCH」
「COURRiER Japon」
「Meets Regional」
「リンネル」
 
■特集3
「WHAT'S ZINE?」
トップクリエイターの「ZINE」を一挙公開!

特集1がクリエイター単位、特集2が雑誌単位でデザインの詳細を紹介している。
ムックなので辛口快調連載コラムや読者お便り欄やお友達募集コーナーなどといったムダなページはなく、特集が誌面の全てを占めている。

で、特集1のトップクリエイターのお仕事紹介なんだが、失礼ながら内容よりも彼らのビジュアルのほうが気になって仕方がなかった。
人を見た目で判断してはいけないとは思うが、21世紀もすでに10年以上経っている今、机の前でタバコをくゆらせたり、いまいち清潔そうには見えない長髪だったり、わりとオールドな雰囲気の一流クリエイターが多いように感じた。
少なくとも人物紹介の小道具にタバコを持たせるという演出は、正直もう古いと思う。
クリエイター本人がたとえヘビースモーカーだったとしても、写真撮る時はタバコが写らないようにしたらいいんじゃないかなぁ。
自分の偏見かもしれないが、どうもこうした写真からは「雑誌や書籍の出版なんてものはタバコや徹夜や出張校正や脂肪肝が当たり前」という昭和な発想や感覚が透けて見えるような気がするのだ。

自分はデザインに関しても素人だが、「spectator」という雑誌の表紙デザイン過程の説明ページにはなぜか非常に共感した。
峯崎ノリテル氏による、虹色ハートをデザインした表紙なのだが、検討段階ではいくつかの案を作り、その中からベストなものを選択する。
案を作って検討する過程では相当苦労があったようだが、最終的に選択されたものは、示された案の中で確かにベストなものだと感じた。
もちろん感覚的なものでしかないのだが、最終決定には自分も「納得」できたのだ。
確かにこの中から表紙に選ぶとしたらこれだよなぁ、という納得。
うまく説明できないのだが、詳細はぜひ誌面を見ていただきたいと思う。

特集2の雑誌単位でのデザイン紹介は、なじみのない雑誌ばかりだったせいもあり、それほど共感するものはなかった。
表紙や見開きページ全体のデザインを伝えるため、誌面を縮小して掲載しているのだが、それがちょっと小さすぎる。
もう少し大きく載せてもらうと、インパクトもあってデザインの重要なポイントもうまく伝わるんじゃないかなと感じた。
老眼が進んだせいもあるかもしれませんけど・・

特集3はトップクリエイターの「ZINE」を紹介。
ZINEて何?と思ったら、主にアート系な有志で作る、営利目的ではない少部数の出版物のことだそうだ。
誌面では昨年開催された東日本大震災の被災者支援チャリティ・イベント「NIPPON ZINE(ニッポンジーン)」を紹介している。
それぞれの作品の表紙や作者コメントが掲載されているが、特集3なのでそれほど多くのページを割いていない。
これはもう少しページの量があってほしかったと感じた。

通して読んでみたが、掲載された絵や写真やレイアウトなどデザインそのものは直感的にとらえることができても、その仕事のプロセスは素人の自分には全然わからない。
雑誌にもよるが、編集工程においてクリエイターやデザイナーの登場する場面がどんなところで、どんなタスクとスケジュールで動いているのか、編集サイドとどんな調整や交渉が行われるのかなど、ビジネスのプロセスを理解するのは誌面からだけでは当然不可能だ。
今さらだが、これは上級者向けのハイレベル雑誌なのであり、大げさに言うと「免許をとってから読む」くらいの覚悟がいるものだと痛感した。

書体や級数やレイアウトについては、気になった点はあまりない。
ただ特集1で各クリエイター紹介のトップページほぼ全面に濃いめの黄色を使っており、ここに文字が乗ると少しきつい印象だ。
デザイン誌なので光沢のないマットな少し厚い紙を使っているが、これは当然だとも言える。
従って本自体は少し重い。
今回電車の中で立って読んでみたが、片手で読む雑誌ではないと痛感。
こういうのはサロンでソファに座って紅茶を飲みながら足を組んで読む雑誌だよね。(イメージが貧困)
むしろこれからはiPadなどタブレットで華麗に読むべきものなのかも・・・

表紙は今回のテーマに合わせた「書棚」をイメージしたデザインである。
センスは今風な感じだが、思ったよりも無機的で色のパターンも整然としていて、雑誌というワイルドな分野を想起させるには少々おとなしい感じがする。

「デザインノート」は広告が少ない。
デザイン学校や美術大学、デザイン会社の広告が少しあるだけ。
ブランド品やサラ金や風水ネックレスや警察無線傍受機器や強い男になるクスリなどの広告は一切ない。
そういう雑誌とは資本形成が根本的に違うようである。(当然か)

バックナンバーを見ると、書籍・雑誌のデザインや、文字組やロゴやタイポグラフィーなどの特集号もあったようだ。
このあたりには少し興味があるので、機会があれば読んでみたいと思う・・・のだが、値段はさすがに高い。
業界においては標準なレベルなのだろうか?

この「デザインノート」は今回たまたま雑誌デザインを特集しただけで、雑誌そのものをとりまく出版不況問題については特にふれていない。
雑誌は販売収入よりも広告収入で成り立っている特殊な商品なのだが、その特殊さがゆえに、意地悪く言えば版元は今もクライアントのほうばかりを見ていて、読者のほうに顔を向けていない。
広告ページの隙間に記事があるような雑誌が全然珍しくないのが実情である。
非常に困った問題だが、どこの版元も確かな方向性や対策を打ち出せていない。
「デザインノート」はそういう問題とは無縁の雑誌なんだろうか?
50000部というが、それで採算はとれているのだろうか?
自分自身も本当はのんきに雑誌のデザインなんか眺めて感心している場合じゃないのだが・・・

というわけで、読んでみた「デザインノート」。
いろいろ勉強にはなりましたが、そもそもとてもこんなジャンルに手を出せるガラではありません。
気まぐれに立ち寄った展示会のセミナーの内容があまりに高度で、講師が専門用語にからめたジョークを言ったとたん会場がドッとわいたのに、自分だけ意味がわからず周りに合わせてヘラヘラと作り笑いをしてしまった・・・ような心境。
とにかくレベルが高かったことは確かです。
次回はもう少し身の丈に合った雑誌をチョイスしようと思います。

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