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やってない 第16回 宝くじを買う

これも世間からどう評価されるのか皆目見当がつきませんが、宝くじを買ったことが一度もありません。
購入に年齢制限があるのかどうかよく知らないけど、コドモはあまり買わないものですよね。
年末ジャンボとかサマージャンボなどといった宝くじのほか、ナンバーズやロト6やtotoなんてのも一切買ったことがない。
良識ある大人として宝くじも買わないというこの姿勢はいかがなものであろうか・・・などと江戸川区在住の団体職員54歳男性に読売新聞に投書されたら黙るしかない状態。(意味不明)

買わない理由は考えたこともないが、「当たらない」からだろう。
買わなきゃ当たらなくて当然なのだが、「買ったって当たらないだろ」という先入観に満ち満ちた人生を送っているので、買ったことがないし買う気にもならないのだ。
「夢を買う」という表現があるが、夢のわりには買った後のプロセスがなんかインパクトに欠けるように思うんだけど、間違ってますかね?
結局はカネを失って手元には紙くずが残るだけのような気がして、全然興味がわかないんですけど・・・

バクチの範疇で考えたら、競馬や競艇も同じかもしれない。
一山当てるつもりで買う馬券や舟券と宝くじには大した違いはないのだが、レース観戦や予想などの過程は宝くじにはない。
もちろん宝くじも様々な研究を重ねて狙いすまして売り場に並ぶというプロセスはあるかもしれないけど、その後は当選番号発表まで「待つ」以外に具体的にすることは特にないよね。
そこはやはり公営やパチンコのほうが、楽しいイベント時間を肌で感じる分、バクチの仕組みとしては優れているんじゃないかなぁ。
すいません、比較自体にムリがあるとは思いますが・・

人の志向や趣味や興味対象はそれぞれなので、世間の方々が宝くじを買うことを否定しているわけではない。
ただ単に自分は興味がわかないだけである。
なので日本舞踊もロッククライミングも競馬もワインもパクチーも、自分の興味対象として宝くじと全く同じ位置に属している。

まあ宝くじは買ってないので話にならないが、福引きとかお年玉つき年賀ハガキとかでも人に話せるほどの当たり体験は全然ないのだった。
基本的にくじや懸賞のたぐいには昔からあまり食指が動かないのである。

文字どおり夢のない話で申し訳ないが、年末ジャンボみたいなマスがでかい宝くじは、1等が当たる確率は交通事故に遭う確率よりもずうっと低い、なんて話も聞いたことがある。
自分の周りにも高額当選者はとりあえずいないみたいだし。
秘密にしてるだけか?

家族や職場や近所の人同士でグループ買いをして、意外にも結構な額が当たってしまい、その後の人間関係に大きな亀裂と遺恨が残った、などという悲しい話もよく聞く。
実態はもちろん不明だけど、ありえる話ではある。
やはりカネがもらえるとなれば、そいつの黒い人間性がムキ出しになり、普段は温厚な紳士が「オレのカネだ!きぃぃいー!」と豹変するという図式は、そこらじゅうにころがっているものだろう。
当たらないうちは互いにおだやかな幸せを享受できていたのが、いざ当たってしまうと不幸に転換では、何のための宝くじなのかわからないような・・

宝くじの収益金は主に公共事業に使われるとのことだが、今発売されている「東日本大震災復興支援グリーンジャンボ宝くじ」は文字どおり震災復興に使われるもので、「たとえ当選しなくても、出したお金が震災復興支援につながるなら・・」という理由から購入する人も増えているそうだ。
増税には反対だけど、復興支援に使われる宝くじなら自らの意志で買う、というのは国民の心理としては自然なものだろう。

安っぽいアタマで少し考えたのだが、紙片としてのくじにももっと工夫を凝らせばいいのではないだろうか?
たとえばくじにアイドルのレアな写真がついてるとか、100枚使ってジグソーパズルができるとか、SNSを通じて他人同士で組み合わせると当選番号が作れるとか、QRコードで専用サイトから敗者復活クーポンを入手できるとか、はずれであっても楽しめるような企画があったらおもしろいのでは?(←貧困な企画)
それともすでに実現したりしてるんでしょうか?

というわけで、宝くじ。
一度も買ったことのないド素人ですが、みなさんは普段どれくらい宝くじに投資しておられるのでしょうか?
これまでの当選金額も教えていただけたらと思います。(言うわけないか・・)

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聴いてない 第166回 スパンダー・バレエ

前回ポール・ヤングを採り上げた時に、バンド・エイドのメンバーとして名前があったのに「誰これ?」と思ったのが、スパンダー・バレエのトニー・ハドリーだ。
80年代洋楽にまみれたミーハーなあたしだが、スパンダー・バレエは実は全然聴いてないしメンバーも知らない。
聴いたことがあるのはご存じ「True」だけだ。
しかもヒットしていた当時ではなく、90年になってからやっと聴いた状態。
よって聴いてない度は2。
実は妻がCDを2枚も持っており、その気になればいつでも聴ける安心な状態。
(じゃ聴けよ)
ちなみにその2枚とは「Heart Like A Sky」という89年ものと、あとは「The Collection」というベスト盤。

ロマンティックが止まらない彼らの華麗なる経歴は以下のとおり。
79年にゲイリーとマーティンのケンプ兄弟を中心に結成。
メンバーは他にスティーヴ・ノーマン、ジョン・キーブル、トニー・ハドリー。
80年デビュー。
翌年アルバム「Journeys To Glory」を発表、イギリスで5位を記録。

83年「True」が大ヒット。同名のアルバムも全英1位・全米19位を獲得。
続く84年の「Parade」も全英2位を記録したが、アメリカでは今ひとつふるわず、この頃から方向性も怪しくなり、89年「Heart Like A Sky」発表後に解散。
解散後も印税をめぐるメンバー間の訴訟騒ぎが起こるなど楽しそうなモメ事が続く。

その後メンバー間の確執も徐々に氷解し、2005年に一時的に再結成しライブ盤を発表。
2009年には本格的に再結成となったが、作ったアルバムの大半は昔の作品のリメイクだったそうだ。
ティアーズ・フォー・フィアーズとのジョイントコンサートなんかも行ったらしい。
なおゲイリー・ケンプは映画「ボディガード」にホイットニー・ヒューストンのマネージャー役で出演していたそうだ。
先日の訃報にさぞやショックであっただろう・・・

スパンダー・バレエを調べると「ニューロマンティック」という修飾語が必ず出てくる。
自分の認識も一応その通りで、デュランやABCヒューマン・リーグなどと同じカテゴリーだと思っていた。
ただ「デュラン・デュランと人気を二分」「画期的だったのはスティーヴというサックス奏者がバンド内にいたこと」などといった評価は、あんましよくわからない。
そんなに人気あったんだっけ?

当時のミュージックライフやFM雑誌での露出は圧倒的にデュランのほうが多かったと思う。
デュランもそれほどマジメには聴いてなかったけど、メンバーは全員覚えてしまったし。
あとボーイ・ジョージとサイモン・ル・ボンの不仲を当時のマスコミがムダにあおるという構造もあったので、マジメ?に歌で勝負していたスパンダー・バレエはワリを食ったのかもしれない。
関係ないがトニー・ハドリーは身長2mの大男だそうです。

「True」は今でもたまにFMなどでかかったりする名曲だ。
「はぁははぁはぁははー」という、文字にするとなんだか危ない歌い出しは誰でも一度は耳にしているだろう。
好みかと問われると即答できるほどのものはないが、デュランやABCのような神経質で粘着っぽいサウンドではないので、楽しく聴いていられる曲だとは思う。
スパンダー・バレエでうっすら覚えているのが、当時「シュウェップス」という炭酸飲料のテレビCMに使われていた曲があった、という話。
記憶は定かではないのだが、どうやら「Communication」という曲だったらしい。

さてそれほど作品数の多くないスパンダー・バレエだが、アルバムごとにかなり印象は異なるらしい。
単なるニューロマ路線だけでなく、アルバム「True」はソウルフル路線、その次にパリの城で録音された「Parade」はロックに傾いた仕上がりになっているとのこと。
となると自分にとってはむしろ「Parade」のほうが好みに近いかもしれない。
もし聴いていた方がおられましたら、感想など教えていただければと思います。

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聴いてみた 第88回 ヤードバーズ

若い頃なんとも思わなかったことが、加齢とともにものすごくこたえる・・といった経験、みなさまもおありだと思います。
昨日は青葉台でとてもうまいラーメンを食ったのですが、ここ数年で豚骨スープ系はなぜか下痢する傾向にあり、鶏系を選択しておだやかな午後を過ごすはずでした。
しかし。
その鶏系ラーメンに乗っていたチャーシュー(非常にうまかった)がどうもダメだったようで、数時間後にはバリウム検査後にもらう下剤の数倍はあろうかという効果を発揮しやがってあっさり大ゲリ。
たった1枚のチャーシューでこのザマ・・
若い頃は新宿東口の熊本ラーメンをひいきにしていた自分。
もちろん豚骨ラーメンでゲリなんてしたことなかったんですけど・・
いったい何が自分のカラダに起きているのか不明ですが、余生は「豚脂」を徹底的に避けて過ごさねばならないようです。
長い間お世話になりました・・
ぷく先輩、中華街であたしに「SYUNJI、豚の角煮もっと食えよ!」と紹興酒片手にカラまないよう切にお願い申し上げます。

さてそんな豚脂OPP芸人のあたしですが、同時にここ数年はジェフ・ベックの作品を意外に聴いてきました。
だからというわけでもなかったのですが、さらにさかのぼってヤードバーズなんか聴いてみようかと思い、吉祥寺のユニオンでズサンに購入したのが、「GREATEST HITS」。

結局ド素人なんでまたベスト盤から入ってしまいました。
さてヤードバーズというバンドは、「3大ギタリスト輩出」だけが取りざたされてしまい、バンド自体の楽曲や歌詞について正当な評価を受けていないことが多いようだ。
なぜかというと、バンドの中だけでなく外側のマネージャーやレコード会社との間でもモメ事が絶えず、オリジナル・アルバムを思うように残せていない、というのが大きな要因とのこと。
公式アルバムとしては、クラプトン時代のライブ盤、ベック時代のスタジオ盤、ペイジ時代のスタジオ盤の3枚しかないそうだ。
おまけにそれぞれの時代ごとに版権も異なり、未だに3大ギタリスト各時代の曲をまとめたベスト盤というものも存在しない。
なのでビートルズやストーンズキンクスといった同時期のバンドに比べて評価材料が少ない、ということらしい。
そうだったのか・・

で、今回買ってみたのは1989年発売のCDだが、似たようなベスト盤は他にもあるようだ。
ジャケットの右端はベックだが、次長課長の井上みたいな顔をしている。

Yardbirds

1.For Your Love(C)
2.Heartful Of Soul
3.You're Better Man Than I
4.Shapes Of Things
5.Still I'm Sad
6.I'm A Man
7.The Train Kept A-Rollin'
8.Evil Hearted You
9.Good Morning Little School Girl(C)
10.A Certain Girl(C)
11.Jeff's Blues
12.I Wish You Would(C)
13.Putty
14.Got To Hurry(C)
15.I'm Not Talking
16.I Ain't Got You(C)
17.Sweet Music(C)
18.Heartful Of Soul (Sitar Version)

(C)と付けたのがクラプトン時代、それ以外はベック時代のテイクである。
と言われてもギターサウンドを聴いただけでは「おおこの音はベック、こっちは間違いなくクラプトン!」などといった判定は自分にはもちろんつかない。
なおペイジ時代の曲はない。
うーん・・事情はわかったけど「2大ギタリスト」になってしまっているのはやはり残念だ。
ペイジのギターが聴きたければ別の盤を聴くしかない。
どうせ聴いても「おおお、これぞペイジのギター!」なんてわかるわけがないけどね。

・・・・・聴いてみた。

「For Your Love」がバンドとしての最初のヒット曲であることは知っていたので、これはクラプトンのギターだとわかる。
この曲は途中でメロディが変わり、また元に戻るという3部構成になっている。
最初に聴いた時はなんだか変な曲だなぁと思ったが、今回あらためて聴いてみると意外に味わい深くていい感じだ。
ただしクラプトン自身はこの曲は気に入っておらず、ヒットしたのにバンド脱退となったそうだ。

「Still I'm Sad」はレインボーのカバーを先に聴いていたのだが、元の曲のほうがテンポも遅く哀れな感じがする。
というかレインボーのほうは完全にリッチーのギタープレイによってロックのインストになっちゃってるので、全然違う曲だと思う。

「Jeff's Blues」はどこかウキウキ調のベックのブルース。
なんかベックって自分の名前がついた曲多いスね。
BBAの時には「Jeff's Boogie」、JBGの時にも「Beck's Bolero」ってのがあったし。
ちなみにこのCD全18曲の中で、作者にベックの名前があるのはこの曲だけである。
(クラプトンは1曲もない)

「Sweet Music」はクラプトン時代らしいが、クラプトンもベックもギターを弾いていないという噂もあるらしく、よくわからない。

ラストの「Heartful Of Soul」はシタール・バージョン。
このテイクはビートルズの「ノルウェイの森」よりも早い時期に録音されており、厳密にはヤードバーズのほうがビートルズ(ジョージ・ハリスン)よりも早くロックにシタールを導入していたということになるらしい。
ただし実際には当時はシタール・バージョンは発売されず、ベックのギターによる別バージョンでヒットしたという因縁の一曲だそうだ。
聴き比べるとシタール・バージョンのほうがいいように感じるなぁ。

全般的にはシンプルで当時の英国ロック黎明期のいい音がする。
もっとのったりしたどろどろブルースを想像していたんだが、思ったよりもポップな路線だ。
クラプトンだから・ベックだからということではなく、純粋に古き良き時代の音楽として楽しめる内容だ。
あちこちに後のクリームやジェフ・ベック・グループにつながる音のカケラを感じることもできる。

ヤードバーズが他のバンドとは少し違ったのは、ギタリスト重視のスタイルを早くから確立していた、という点にあるようだ。
当時のバンドの多くは「ボーカル+バックバンド」的な形態をとっていた中で、クラプトンに人気が集中したヤードバーズはかなり特殊な存在だったらしい。
しかもそれがバンドの伝統として受け継がれている。
ここから3人のギタリストがそれぞれの方向性を目指して活動の幅を広げていったというのは興味深い話である。

最終的にはペイジがヤードバーズを乗っ取り?オリジナルメンバーのキース・レルフとジム・マッカーティが脱退するのを見届けてニュー・ヤードバーズを結成、その後レッド・ツェッペリンとなるのはご存じのとおり。
まあ運とかいろいろ要因はあろうが、クラプトンやベックにはうまくできなくてペイジにできたことは「バンド運営・経営」だろう。
バンド自体の掌握にリーダーシップを発揮し、ビジネスとしてバンドを成功に導くという商才。
この2つの才能を同時に持っていたのがペイジだった、ということのようだ。

というわけで、ヤードバーズ。
今回は入門編としてベスト盤から聴いてみましたが、やはりペイジ時代の音も聴いてみる必要がありそうです。
アルバム「Little Games」はあまり評判が良くないらしいですが、次に聴くとしたらおそらくこれであろうと思います。

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聴いていた 第4回 滝良子のミュージックスカイホリデー

久しぶりの「聴いていたシリーズ」。
過去3回はいずれもFM放送の番組を採り上げたが、今回はAM放送番組を語ることにします。
ソラマメさんこと滝良子の「ミュージックスカイホリデー」。
みなさんは覚えておられるでしょうか?

「ミュージックスカイホリデー」はニッポン放送の深夜番組である。
1時間の生放送で、放送されていたのは1976年10月10日から1984年4月8日だそうだが、自分が聴いていたのはたぶん79年から83年くらいではないかと思う。
初めの半年間は毎週日曜日21時放送開始だったが、後に毎週日曜日23時に変更。
自分が聴いていたのは23時開始になってからである。
なお今回調べて初めて知ったのだが、2009年版・2010年版として復活したことがあったそうだ。

番組は全日空がスポンサーだったので、飛行機のフライトをイメージした構成になっていた。
曲をかけてトークがあってゲストを呼んで・・という定番な音楽番組構成ではあるのだが、最初の曲紹介の時は「テイクオフ(離陸)」、最後の曲の時は「ナイスランディング(すばらしい着陸?)」という言葉を使っていたのだ。
また特集コーナーは「スペシャルフライト」。
ここも「スペシャルフライト・・フライト・・フライト・・」とエコーをかけ、その後飛行機が飛び去るきぃいいいーんという音を流すという演出があった。
番組からのプレゼントにはもちろん全日空の航空券が使われていた。

テーマソングはTinnaというデュオグループが歌う「シャイニングスカイ」。
今回ネットで歌詞を見つけて読んでいるうちに、あの懐かしいメロディを鮮やかに思い出した。
ラジオなんだけど目の前に真っ青な空が広がっていくのを感じるような曲だった。
当時全日空の機内でもかかっていたらしい。
なおTinnaは惣領智子と高橋真理子の女性デュオだそうだ。
初めて知った・・・そうだったのか。
惣領智子は「終わりのない歌」しか知らないけど、いい歌だなぁとずうっと思っていた。

音楽ジャンルは特に洋楽限定ではなく、むしろフォークやニューミュージック(死語)が多かったように思う。
残念ながらエアチェックに使える構成や音質ではなかったので、番組を録音したことは一度もない。
どんな曲がかかっていたかほとんど覚えていないが、ビートルズやオフコースや金子ゆかりの特集が何度かあった記憶はある。
オフコースについては「さよなら」がヒットしていた頃、小田和正本人をゲストに呼んで特集を組んでいた。
ここでも小田氏はテンションがやたら低く、つくづく生放送のトークに向いてない人だなぁと感じたものだ。
金子ゆかりはシャンソン歌手だが、自分はこの番組でしか聴いたことがない。
名前を覚えているのは、少なくとも2回は特集があったからだ。
ソラマメさん自身がオフコースや金子ゆかりのファンだったのだろう。

この番組の魅力はいろいろあると思うが、やはりソラマメさんのあたたかいトークに惹かれて聴いていた人は多いはずである。
当時の関東での深夜放送と言えば「オールナイト・ニッポン」「セイ・ヤング」「パックイン・ミュージック」の3大番組が毎晩シノギを削る状態であり、「ミスDJリクエストパレード」などといった若者向きの騒々しい番組全盛の時代であった。
友人の間では「千倉真理は特にうるさい」という評判だったなぁ。

そんな中で日曜深夜というあんまし楽しくもない時間帯に、幅広い年齢層をターゲットにした「ミュージックスカイホリデー」は放送されていた。
ソラマメさん自身は当時30代だったと思うが、ミスDJなど流行の若いパーソナリティを意識してか、自ら「姥桜の会」なる妙齢の女子会を立ち上げ、やや自虐的に会長を名乗るようなことをしていた。
そんな落ち着いたやさしい声のソラマメさんの番組は、明日からまた学校や仕事でテンションが下がっている状態のリスナーにとって、こころなごむ1時間だったのだ。

あとは飛行機をイメージした演出が気に入っていたことも確かだ。
昔から飛行機は最も好きな乗り物であり、番組のセンスも都会的で良かったと思う。
ソラマメさん時代でこの番組を聴いていて、退屈でスイッチを切ってしまったり不快感を覚えたりしたことは全くなかった。(小田和正にはややイラっとしたけど)
他の深夜放送だと、聴いているうちにいつの間にか寝てしまったことはしょっちゅうあったが、この番組ではそういうことも一度もなく、午前0時まできっちり聴いてから寝たものである。
一時期彼女が産休に入り、代わって森山良子が「アノマメさん」と称してパーソナリティを務めた期間があったが、申し訳ないが森山良子の声は何度聴いてもどうもなじむことができず、結局それがきっかけで番組を聴くことをやめてしまった。

ネットで「ミュージックスカイホリデー」を検索すると、みんな同じような感覚で聴いていたことがよくわかる。
ただひとつ気になったのは、滝良子さんのソラマメという愛称の由来について、自分が知っている説?を見つけられなかったことだ。
ウィキペディアには「作家中村真一郎に『ソラマメみたいだね』といわれたのきっかけ」と書いてあるが、この話は知らなかった。
自分が知っているのは、「よく飛行機に乗る=マメにソラを飛ぶからソラマメ」というものだ。
ややスポンサーを意識してのことかもしれないが、これは放送中にソラマメさん本人が何度か明かしていた話なので、もっと知れ渡っているものだと思っていた。

というわけで、「滝良子のミュージックスカイホリデー」。
もし聴いていた方がおられましたら、番組情報や思い出など教えていただけたらと思います。

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