« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

読んでみた 第37回 東京人

出身地の定義や解釈は人によって多少違うだろうけど、以下のいずれかだろう。
・生まれた時に家があった場所
・生まれた場所
・主に幼少の頃育った場所

自分の場合、「出身はどこですか?」と問われると、実はけっこう微妙だったりする。
生まれた時に家があったのは杉並区である。
しかし実際に生まれた土地(産院のあった場所)は札幌市だ。
母親が幼い姉を連れて故郷である札幌市の実家に帰り、自分を産んだのだ。
育ったのはほぼ神奈川県で、幼い頃の都内での生活の記憶は一切ない。
今も神奈川県在住なので「出身地は神奈川県」で問題ないんだが、基本的には北海道とか札幌市などと答えている、ニセ道産子だ。
道系二世と言ったらいいのかな?

高校までは神奈川県内で学び、その後都内の大学に通い、都内の会社に勤めている。
東京以外で働いたことは一度もない。
そんな生粋?の東京サラリーマンが今回読んでみたのは「東京人」。
東京の歴史・文化・風俗・建築物・文学・風景などを紹介する月刊誌である。
存在は知っていたが、買うのは初めてだ。

Tokyojin_2

「東京人」、版元は都市出版
公式サイトによれば、「『都市を味わい、都市を批評し、都市を創る』をキャッチフレーズに新機軸の都会派総合誌として誕生した」とある。
1986年(昭和61年)の創刊、ということは25周年だ。
創刊当初は季刊、その後隔月刊、現在は月刊と進化している。

果たしてあたしのようなニセ東京人も共感できるような内容なのでしょうか。

・・・・・読んでみた。

今回読んでみたのは4月号、900円、146ページ。
目次はこんな感じ。

特集
●潜入!土木工事の現場。
 巨大プロジェクトの「立入禁止」を一挙公開
 ・首都高速中央環状品川線
 ・京急電鉄本線・空港線連続立体交差
 ・東京スカイツリー
 ・東京ゲートブリッジ
 ・東急東横線地下化、渋谷ヒカリエ
 ・小田急下北沢駅周辺地下化
 ・環状第2号線
 
●あの巨大施設が工事中だったころ
 レインボーブリッジ/東京湾アクアライン/羽田空港D滑走路/大橋ジャンクション/都営大江戸線飯田橋駅
 
●大手町・丸の内・有楽町再開発
 東京駅丸の内駅舎保存・復原工事
 
●京橋エリア再開発
 待ってろ!大丸有。「日八京」が動き出す
 清水建設新本社ビル/京橋3-1プロジェクト
 
●土木系女子が行く、現場の最前線
 
●町はこうして生まれた 土木工事は江戸の華
 
●槌音コラム
 ダム、トンネル、地下放水路……土木見学会に行ってみよう!
 
●東京の近代土木遺産16選
 地下鉄銀座線/東京市街高架鉄道/六郷水門、川崎河港水門/
 愛宕隧道/日本橋/旧三河島汚水処分場喞筒場施設/ドックヤードガーデン ほか
 
●新幹線からリニアまで 思い出と夢のミュージアム
 JR東海「リニア・鉄道館」オープン 
 
●ちょいとごめんなさいよ、四時からの悦楽(9)
 人形町「イベリコバル 人形町」の巻
 バルでカヴァ、イベリコでタパス
 文・林家正蔵 写真・川上尚見

特集にあるとおり、今月号は東京の巨大な土木工事現場探訪や建築物紹介がテーマのようだ。
毎回土木がテーマというわけではなく、文学だったりグルメだったりするらしい。
たまたま今回は土木工事や再開発事業といったガテンな内容なのだが、これが相当におもしろい。

バブル崩壊以降、都内の開発事業なんてしばらく停滞するんじゃないかと思ったりした時期もあったが、今も都内の至るところで、しかも東京駅や渋谷駅といったターミナルで大工事中なのである。
ここ10年でも赤坂や丸の内や秋葉原などむやみに人の集まる場所ででかいビルがどんぱん建ったりしているのだ。
基本的にミーハーなので、この手の話は好きなのである。
東京スカイツリーが完成したら、間違いなく自分は第2展望台にも上ることになるだろう。

ちなみに京橋エリア再開発の記事にある「大丸有」とは、大手町・丸の内・有楽町を指し、「日八京」とは日本橋・八重洲・京橋のことだそうだ。
初めて聞く言葉だが、土木関係業界では常識なんだろうか。

「町はこうして生まれた 土木工事は江戸の華」というページもなかなか興味深い。
東京や横浜は、京都や大阪や神戸に比べて道がわかりにくい、という話をよく聞く。
実際そのとおりである。

関西の3都市はいずれも「通り」「筋」と呼ばれる道が原則として方位に整合して整備されている。
(この規格を近代になってやっと応用して造られた都市が札幌。)
東京や横浜は通りと方位が全然整合しておらず、東に進んでいたはずがゆるやかにカーブしていて気づいたら南に進んでいた、なんてのは今も当たり前に出会う事態である。

都内の都市構造は主に江戸時代に原点があるのだが、道路を整然と交差させて造った箇所もあるにはある。
が、その規模がいずれもそれほど広くなく、また方位に整合させることに重きを置くと、かえって造成に負担がかかり、住みやすい街にならないことを江戸の為政者や都市計画の役人は知っていた、という話。

たしかにその通りだと思う。
東京や横浜を出歩くとわかるが、京都や大阪と比べて平たい土地が思ったほど広くないのだ。
坂が多いことも、東京や横浜が起伏の多い土地であることの現れである。
京都にも坂はあるが、それは基本的に東山や北山などの裾に面している部分であり、洛中そのものには坂はほとんどないはずである。

こうした基盤情報だけ考えても、東京や横浜はいわゆる碁盤のような計画や開発がしづらい土地なのだ。
だから結果として道は方位に整合せず、わかりにくくなっている。
まあ東京の場合、大田道灌の江戸城築城の際の防衛的発想が道をわかりにくくさせているという説もあり、一概に言えないようだが。

ということでひととおり読んでみたが、記事の論調や文体は堅実である。
くだけた表現やチャラい印象のページがなく、後半は若干退屈なイメージもあるが、これはこの雑誌の持ち味だと思うので、変える必要はないだろう。

雑誌の体裁として特に気になるところはない。
紙はそれほど厚くないので重くなく、それでいて写真がきれいに印刷されている。
書体・級数や、構成・レイアウトも普通だ。
読んでいてそうしたことが気にならないのは秀逸な編集だと確信している。

ボリュームのわりに価格が少し高い。
その分、広告も少ないので致し方ないというところだ。
ターゲットがどのあたりなのか不明だが、あまり若い人向けではなさそうである。

というわけで、「東京人」。
今回の特集が興味のある分野だったこともありますが、実直ではあるけどなかなかおもしろい雑誌だと感じました。
いつまで東京で働き続けられるかわかりませんが、またおもしろそうな特集の時に「東京人」で情報の裏打ちをしていこうと思います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

地震とネット

東日本大地震が起きてから一週間が経過し、日々拡大する被害の大きさに言葉もありません。
被災された方々には心からお見舞い申し上げます。

地震があった時、自分は普段働いている日本橋の職場とは別の、千代田区内の本社で会議中でした。
ビルの5階だったのでかなり揺れましたが、自分はどちらかというと大きさより長さに異常なものを感じていました。
いったん会議は中断しましたが、ビル自体に目立った損壊はなく、その後1時間半ほど会議を続けました。
余震で揺れている最中にも取引先と電話で話している社員もいたくらいなので、この時は緊迫感はあまりなかったのが正直なところです。

会議後に隣の部屋のテレビを見て、やっと重大な状況であることがわかりました。
夜になって携帯で家に通話できたので、家族も家も無事であることが確認できました。
電車もすでにストップしてしまい、普段仕事をしている日本橋にも、家にも帰れなくなり、仕方なく本社に泊まることになりました。
幸い会社は電気も水道も止まらなかったので、泊まる社員もけっこうのんびりした雰囲気でした。
ちなみに気持ち悪い話ではありますが、自分は3月6日の朝、大地震が来たを見ています。

実は自分は、日本橋の職場のロッカーに乾パンや水を入れた非常用袋を置いていました。
しかし地震の時は本社にいて、取りに戻ることもできず全く役に立ちませんでした。
週明けに出勤したら床に非常用袋が無造作に置いてあり、見事に食料と水だけがなくなっていました。
聞けば日本橋の社屋は地盤がゆるいせいかかなり揺れ、壁にもひび割れが生じてしまい、危険ということで近所の公園に避難を余儀なくされたそうです。
で、その避難時に職場の連中は自分の非常袋を見つけ、「誰のか知らんけど」と言いながら皆で驚喜して中身を分け合ったとのこと。
乾パンなんかその場で開けて食っちまったらしい。
油断もスキもないとはこのことです。
が、役に立ったならまあいいか・・・

さて本社ビルも自分自身も家族も無事だったので、それだけでホントに充分なのですが、会社にいる間も停電せずにネット接続が制限されなかったことは大きな安心になりました。
携帯で家族と連絡を取り合う、停電や電車の運行状況をネットで確認する、ネットの友人達と連絡を取り合う・・・
少なくとも阪神大震災の時にはできなかったり苦労したことが、今はもっと便利になっていて、そのありがたさを感じることができました。

「何でもあり」がネットの世界であることは否定しません。
「ネットとリアル」という構図で語られることは多いですが、いずれも人間が活動・運用していることに違いはありません。
むしろ「非常時におけるネット」のほうが、使う人の人間性や品格がむき出しになるくらいで、便利なものとなるか危険なものになるかは、使う我々にかかっているのは当たり前の理論です。
今回の震災以降においても、いわゆる「不謹慎な発言」やデマ風評の流布や特定の企業団体に対する過剰なまでの批判など、ネットならではの「負の部分」が取りざたされています。
が、一方でツイッターやSNSなどのネット上の仕組みを最大限に利用して、救済や支援活動を行っている志の高い方々も大勢います。

「先人の労苦に思いが至るかどうか」で、ネットに対するアプローチが決定的に変わってきます。
今でこそ小学生まで携帯でネット参加も当たり前ですけど、もちろん20年前にはなかった世界なわけですよね。
これまで世界中の多くの方々が「こうなったら便利かも!」と思いながら技術革新を追求して作ってきた仕組みがネットである、ということをわかって使っているか、だと思います。

今回の震災復興支援に関しては、自分はまだ節電程度しか実践できていませんが、ネットについては先人の労苦に感謝しつつ、便利な道具として利用していきたい、と思いました。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

聴いてない 第152回 ジェームス・テイラー

今さらですが7年間も「聴いてない著名なアーチスト」をBLOGで延々と採り上げてる行為自体がヒトとしていかがなものか、という葛藤の中で、おそらく「ああ・・たぶんそうだろうなとは思っていたけど、コイツやっぱり聴いてないのか・・」と世の中を悲しい気持ちにさせる「聴いてない」告白、それがジェームス・テイラーではないでしょうか。(結局意味不明)

くどくど書いてますけど、やっぱり聴いてません。
ちなみに表記ですが、ネットでは「ジェームス・テイラー」「ジェイムズ・テイラー」「ジェイムス・テーラー」などかなりバラバラです。
一番多いように思う「ジェームス・テイラー」に今回は統一します。

ジェームス・テイラー、聴いてない度は微妙だが2。
81年頃の「Her Town Too」(憶い出の町)、91年の「(I've Got To) Stop Thinkin' 'Bout That」(想い溢れて)の2曲が全てである。
「Her Town Too」はJ.D.サウザーとのデュエットだが、ジェームスのアルバムに入っている。
「(I've Got To) Stop Thinkin' 'Bout That」はMTVから拾ってテープに録音したものだ。
どちらも一応リアルタイムではある。

当時から基礎的な情報はほとんど持っておらず、J.D.サウザーはおろかジャクソン・ブラウンとの区別もおぼつかない状態だった。(馬鹿)
なんとなくフォーク系のミュージシャンというイメージなのだが、当たっているのか今も不明。
ということで一夜漬けですがジェームス・テイラーについてYahoo!知恵袋を駆使して基礎学習を開始。
しかし入試問題をライブで携帯経由でネットで質問して解答を得ようって、いろんなこと考えるよなぁ。(←ジェームス・テイラーとは何の関係もない感想)

ジェームス・テイラーは1948年ボストンに生まれ、ノースカロライナ州で育つ。
兄弟全員が音楽活動をしており、レコードやCDを発表している。
ただ音楽活動の始まりの頃は決して順調ではなく、そもそも父親は大学の医学部長を務める名士。
父親の意志でお堅い学校に通わされたりして、繊細なジェームス君は一時期精神を病んだり麻薬中毒になったりしていたそうだ。

彼の転機はまずイギリスで起こる。
69年イギリスに渡ったジェームスは、ビートルズが設立した音楽会社「アップル」の契約第1号ミュージシャンとなる。
デビューアルバム「心の旅」ではポールがベースで参加したりという恵まれた環境でのスタートだったが、まもなくジェームスは交通事故にあい、アルバムは全然売れず、あげくアップル倒産という踏まれたり蹴られたりの状態でアメリカに戻る。

失意の療養中に創作活動を再開し、今度はアメリカで70年にアルバム「Sweet Baby James」を発表。
これが大ヒットとなりシンガー・ソングライターとしての地位を確立する。
続く71年にはカーリー・サイモンと結婚、また友人であるキャロル・キング作の「You've Got a Friend(君の友だち)」が全米1位を獲得。

以来ニール・ヤングやジャクソン・ブラウンらとともにアメリカを代表するシンガー・ソングライターとして活躍している。
2010年にはキャロル・キングとともに日本武道館で公演を行い、それなりに歳を重ねた日本のファンをあらためて感動させた・・・とのこと。

・・・みなさん知ってました?
すいません、全然知りませんでした。
そもそもアップル契約ミュージシャン第1号がジェームス・テイラーって、クイズみたいな情報ですけど、これってビートルズ周辺においては鉄板な話ですかね?

ビートルズがアップルを設立したり失敗したりという話は、こんな自分でも知ってはいる。
会社運営に一番熱心だったのはポールで、事務所を借りた当初はトイレのペーパーがきちんと補充されているか楽しそうにチェックまでしていた、なんて話を本で読んだことがある。
そんなトイレとポールとペーパーというどうでもいい話はよく覚えてるんだが、ジェームス・テイラーの名前もその手の本にはきっと書いてあったはずだ。
なのに全然知らなかった・・・

しかしジェームス・テイラー、経歴を見るとけっこう若い頃はハードな生き方をしている。
イメージ的には繊細上品で実直誠実な印象だったんだが、麻薬中毒まで経験してるとは・・
窓から女の子を投げたりスタッフのかばんにうんこしたりとかはないと思いますけど・・(誰?)

あとカーリー・サイモンが元奥さんだとか、キャロル・キングの曲で大ヒットとか、みんな初めて知る話ばかり。
まあカーリー・サイモンもキャロル・キングも聴いてないんで、当然ではあるんだが。
ちなみにワタクシは「キャロル・キングを聴いてない」と三軒茶屋のCD店内でぷく先輩に告白したら、悲しい表情で「アナタこのままでは何も聴かないうちに人生が終わります」とダメ出しを食らった実績があります。(実話)

ちなみにジェームス・テイラー、「遠ざけた」という意識は特にない。
80年代のFMで流れる確率が低かっただけの話だと思う。
聴いてる2曲だけで好みかどうかも語れないが、「(I've Got To) Stop Thinkin' 'Bout That」はトランペット?の音が記憶に残る楽しそうな曲である。
「Her Town Too」は少し曇った感じの物憂いメロディだ。
自分にはジェームス・テイラーとJ.D.サウザーの声は聞き分けられない。
J.D.サウザーも「You're Only Lonely」しか知らないので、ムリもないんだけど。

というわけで、ジェームス・テイラー。
アルバム以前にまず有名な「Fire And Rain」や「君の友だち」を学習すべきだとは思いますが、それらも含めて模範解答を教えていただけたらと思います。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »