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行ってみた 第20回 信楽・大津・彦根

ポンコツ三流ブロガー正調滋賀県漫遊の旅の続きです。
雄琴温泉宿泊の翌日は信楽に行くことにしました。
妻の友人が信楽のそばに住んでいて、その人に信楽を案内してもらう予定です。
ちょうどこの日に台風が北陸に上陸したのですが、夜のうちに雨のピークは過ぎたようです。

雄琴から信楽方面に向かう途中、守山でまたも「クラブハリエ」の店を発見しました。

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カフェではケーキバイキング目当ての客が開店前から行列しています。
若い人がほとんどですが、たまにおっさんもいました。
平日の10時前ですけど、おっさん仕事は大丈夫なんでしょうか。
約束の時間があったため、カフェには入らず土産の菓子を買って店を後にしました。

さて信楽。
焼き物については全然詳しくないので信楽焼の特徴もよくわかってませんが、街の雰囲気としてはかなり広範囲にお店が点在しているような気がしました。

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これまで伊万里・瀬戸・常滑・笠間・益子などに行ったことがありますが、これらの街は店がわりと固まっているので、中心部を歩けば焼き物の街であることがわかりやすく伝わります。
信楽はそこまでの集中はないようで、焼き物店巡りもクルマがないと少し不便ではないかと感じました。
妻は「大小屋」という店でカレーやシチューを入れる白くていい感じの皿を買いました。

信楽で「cafe awa-isa」という店に入りました。

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かなり年数の経った家の中を改造して、お茶や軽食を出しているのですが、ものすごく雰囲気のあるたたずまい。
外観は古い民家にしか見えません。

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喫茶だけでなく、陶器はもちろん雑貨や本も売っており、店内にはたまに行われるらしい映画の上映会の案内も貼ってありました。
下北沢とか吉祥寺あたりにありそうな、アートな香りのするお店です。

妻の友人の話では、最近高速道路が開通して、京都・大津方面から信楽へのアクセスが良くなったため、陶器市開催の時期は非常に混雑するようになったそうです。
この日は大津に泊まるため、信楽から高速(新名神)を使ってみましたが、確かに30分くらいで大津に着いてしまいました。

泊まったのは大津の駅前のホテルコムズ大津
最近リニューアルしたばかりのようで館内や部屋が非常にきれいで、またミネラルウォーターや入浴剤などのサービスも充実しています。
調べてみたら以前は三井アーバンホテルでした。
全国のアーバンホテルがホテルコムズに名称を変更しているようです。

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夜は京都駅でおばんざい定食を食べました。
大津駅から京都駅は10分です。
東京で言うと池袋から新宿くらいの感覚ですね。
今までの京都観光で宿にはかなり苦労してきました。
特に紅葉の頃は京都市内では宿がとれず、梅田や江坂から通勤?したりしましたが、今後は大津も視野に入れて考えようと思います。
でもやはり紅葉の頃は大津でも予約は取りにくいんでしょうけど・・

翌日は大津市内の二大名刹、三井寺石山寺に行ってみました。

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三井寺は琵琶湖を望む丘の中腹にある天台寺門宗のお寺で、正式には長等山園城寺というそうです。

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この日は観光客がほとんどおらず、思ったよりも素朴な印象でした。
このあたりがどんな寺でも観光客がやたらいる京都とは違うところです。

石山寺は琵琶湖の南端にあり、文字どおり石山のある広い境内を持つ東寺真言宗のお寺です。
三井寺よりも観光客がいます。

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この寺は紫式部ゆかりの寺で、ここで「源氏物語」のあるストーリーを思いついたと言われています。
敷地内には「源氏物語博物館」もあり、物語のあらすじや紫式部の世界観まで学習することができます。

大津から彦根まで、高速を使って移動しました。
あえて急いだのは、彦根でランチを食べるためです。
実はこの日もまたハリエ系の店に行ってしまったのでした。

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7月にオープンしたばかりのパン専門店「クラブハリエ・ジュブリルタン」です。
彦根城のそばの「たねや」とは別で、もう少し北寄りの琵琶湖のほとりにあります。
この店はスペイン風の白い壁と屋根が特徴。
他の「ハリエ」とはかなりイメージが違います。

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平日でしたがやはり結構混雑していて、しばらく待たされました。
鶏肉のココットやクラブハウス・サンドイッチを食べました。

彦根もお城のそばの古い街並みを「キャッスルロード」と呼んで整備したり、付近の一角を「四番町スクエア」と名付けて建物のデザインを統一したりしています。
経済効果のほどはわかりませんが、滋賀県はわりとこういうことが好きな自治体が多いように感じました。

で、お城のそばにもやはり「たねや」「ハリエ」があります。
この日は「たねや」のほうで休憩。

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出てくるお菓子はうまいし、店は古民家調で落ち着いた雰囲気。
すっかり「たねらー」になってしまいました。

夕飯は彦根駅前で「近江ちゃんぽん」なるものを食しました。
かつおだし醤油ベースのスープで、長崎とは味や具が少し違うようです。

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人の少ない駅前でしたが、店は地元の客で結構混雑していました。
「近江ちゃんぽん」はこの「をかべ」という店が元祖で、今では滋賀県や静岡・岐阜・大阪などにも店舗展開しているようです。

翌日は彦根城を見学。
全国で天守閣が築城当時のままほぼ現存しているのは12城だそうですが、彦根城もそのひとつ。
敷地は広く、博物館や庭園もあり、まじめに見学すると結構な時間が必要です。
庭園から見ると城はそれほど大きく見えませんが、天守閣に上がると結構な高さです。

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さて彦根と言えば全国にその名を知られる「ひこにゃん」。
公式サイトによると仕事は「彦根市と井伊直弼と開国150年祭のPR」、趣味は「散歩」。
「彦根城の周辺を散歩するのが好き。」などと書いてあります。
ところがこの日ひこにゃんは城にはいませんでした。
観光協会の案内によると、ひこにゃんは週に4日くらいしか城に来ないようで、なんとこの日はオフだったのです。
なんだよ・・・
どーせ中身は人間なんだから毎日交代で営業しろよ!と下品に毒づきたくなりましたが、まあひこにゃんなりにいろいろ労働規約とか出張とか組合とか定期昇給とか団交とかあるんだろうなぁ・・とオトナの対応で受け入れることにしました。
ちなみに10月には全国の「ゆるキャラ」が集結する大会がここ彦根で開催されるそうです。

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我ながらしつこいとは思いましたが、この日も「ハリエ」のカフェに行きました。
前の日に行った「たねや」の隣です。
この日はケーキを堪能。

帰る前に彦根の龍潭寺に行ってみました。
城や街の中心部からは離れており、観光客は全くいません。
立地や外観はわりと地味ですが、見事な庭園があります。

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調べたら全国有数の禅寺で、また「庭の寺」「だるまの寺」としても知られているそうです。
特に「ふだらくの庭」という白砂の石庭は見事です。
もし京都にあったらかなりの観光客が見込めるのでは・・と下世話なことを考えました。
せっかく各地の名刹を見せてもらっているのに、俗世に汚染された思想は簡単には改まらないようです。
この庭にもカエルがいました。

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というわけで、滋賀県の旅も終了。
やってることはちょっとお寺や城を見て、あとは「たねや」「ハリエ」巡りばっかでしたが・・
琵琶湖の周りを半周したような形ですが、一応これで滋賀県も「行ったことがある」と言えるのではないかと思います。
次回は桜の季節にぜひ彦根に行きたいと思いました。

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行ってみた 第19回 長浜・近江八幡・比叡山

全県制覇を目標に諸国漫遊を続ける三流OPP旅芸人のSYUNJIといいます。
無芸小食のあたしですが、それなりに全国を旅しているらしく、全く行ったことのない県も残り少なくなってきました。

しかし。
「行ったことがある」ことになっているが、実は滞在時間は数時間というインチキくさい扱いをしていた県があります。
それは滋賀県です。

高校の修学旅行で京都駅からバスで比叡山延暦寺に行き、坊さんの説教を聞いただけで滋賀を脱出。
そのままバスで大阪南港へと移動し、南港から船で九州に行くというムチャな行程でしたが、おそらく延暦寺にいたのは1時間くらい。
どんなところだったのか、坊さんの話が何だったのか、おこづかいをいくら持っていったのか、バナナはお菓子に入らなかったのか、一切記憶にありません。

これではとても滋賀県制覇とは言えません。
というわけで長年の粉飾決算を反省し、心を入れ替えて真人間になるべく滋賀県入りすることにしました。
実は福井県も未踏の地で、いっぺんに制圧したろと画策しかけたのですが、おとなしく滋賀県一本に絞ることにしました。
まあここ数年サルのように京都ばっか行ってて滋賀はいつも通過だったんで、いつか行ってみたいとは思っていたのでした。

今回は新幹線で滋賀入りです。
いつもは通過したりじっと待つだけの米原駅。
初めて下りてみました。
いきなり地元のスーパーチェーンの平和堂が迎えてくれます。
平和堂の向かいのレンタカー店でクルマを借り、まず長浜に行ってみました。

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長浜は米原からクルマで10分ほどのところにある町です。
古い家並みが残っている一帯を「黒壁スクエア」と名付けて町おこしをしているようです。
しかしこの日は平日で観光客はあまりいませんでした。
いつがハイシーズンなのかわかりませんが、どれくらいの人出があるのでしょうか。

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古い建物の中には洋館や「長浜タワー」と書かれた妙な物件もありました。

「吉野」という店でうどんを食べました。

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「のっぺいうどん」はこの土地の名物のようですが、あんかけうどんのもっとハードなヤツです。
あんかけというより、汁全てが「あん」です。
猫舌のあたしには多少苦労する食べ物ですが、味はとてもうまいです。

続いて近江八幡に移動。
ここには「近江八幡日牟禮ヴィレッジ」というバームクーヘンで有名な「クラブハリエ」のカフェがあります。
最近は首都圏でも「ハリエ」のバームクーヘンは買えるのですが、経営は滋賀県が本拠地の「たねや」という老舗の和菓子店です。

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できたてのバームクーヘンはやはり持ち帰って食べるそれとは全然違います。
これまで長い間「うまいバームクーヘン」てのは年輪がわりと締まっていてしっとりしたタイプのお菓子だったように思いますが、ここで食べられるのはむしろスポンジケーキの食感です。

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最近バームクーヘンで有名な店に行列ができるような話は聞いてましたが、「ハリエ」もそのようです。
都内だと「ねんりん家」、大阪では「マダムシンコ」などが有名ですね。
「たねや」や「ハリエ」に特別な思い入れはなかったのですが、この日から滞在中ほぼ毎日滋賀県内各地の「たねや」関連の店に行くという展開になりました。

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近江八幡には八幡山という山があり、小さなロープウェイもあります。
頂上からは街と琵琶湖がよく見えます。

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翌日は近江八幡から京都の大原に行くことにしました。
最近むやみに京都に行ってますが、大原には行ったことがありません。
大原は京都駅からかなり距離があり、バスを利用して観光して帰ってくると半日がかりになるため、今までずっと避けてきたところなのでした。
近江八幡からはクルマなら1時間程度です。
こういう時はやはりレンタカーが非常に便利です。

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「♪京都~大原三千院」と歌われた三千院。
ちなみにこの歌は「女ひとり」というデューク・エイセスの曲で、歌詞には三千院の他に高山寺と大覚寺が出てくるそうです。
作詞は永六輔センセイ。
歌詞の通り恋に疲れた女性がひとりでウロウロしておるのかというと全然そんなことはありません。
というか観光客はほとんどいませんでした。

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三千院は最澄が延暦寺を開いた時に、同時に開創した「円融房」がその起源といわれる天台宗のお寺です。
三千院と呼ばれるようになったのは明治時代だそうです。
木々の間の苔が鮮やかで美しいところです。
ここも紅葉のシーズンはやはり混雑するんでしょうか。
葉の上になんか乗ってると思ったらカエルでした。

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しかし。
気まぐれにおみくじを引いてみたら、あたしは小吉だったのですが、妻は凶。
くどいようですが、あたしは生涯で一度も凶や大凶を引いたことがありません。
久しぶりとはいえはるばる三千院まで来てまたしても凶を引き当てる妻、本領発揮です。

道中の無事をやや大盛りで祈願し、大原から比叡山に移動。
いったん大原から京都市街に下り、山越えの道路から比叡山ドライブウェイで延暦寺を目指します。

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延暦寺は総称で、大まかに東塔・西塔・横川の3カ所で構成されています。
中心は根本中堂や延暦寺会館のある東塔。
根本中堂は修学旅行で来ているはずなのですが、全然記憶になく、また思い出すようなこともありませんでした。
何を見ていたのだろうか・・

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延暦寺会館で昼飯を食べました。
眼下には琵琶湖がよく見えます。

比叡山を下りて琵琶湖のほとりに戻ってきました。
少し時間があったので、宿の近くの日吉大社に行ってみました。

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Hiyosi2

何の知識も持たずに行ってしまいましたが、この日吉大社は全国にある日吉神社・日枝神社・山王神社の総本宮だそうで、境内には少なくとも20以上の社があり、重要文化財にも指定されているものが多いそうです。
夕暮れで台風が近づいていたため、境内は薄暗くうっそうとしていました。

この日の宿は雄琴温泉の「木もれび」という旅館です。
大通りから狭い急坂を登ったところにあるので、入り口も駐車場も少しわかりづらいです。

せっかく滋賀県に行くのだから近江牛が食いたいと思い、近江牛の付いた宿泊コースで予約しました。
しゃぶしゃぶとステーキの2コースありましたが、ステーキを選択しました。
これはうまかったです。

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ただ肉自体は小さかったので、ふつうの成人男性では物足りないかもしれません。
小食のあたしには充分でしたが・・

というわけで旅はまだ続きます。

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読んでいた 第1回 アストロ球団

唐突ですが、「読んでいた」シリーズを始めようと思います。
子供の頃、読んでいた漫画はそれなりにあったが、どちらかというとひとつの作品をじっくり読んでいくタイプの少年であり、持っていた単行本の数はそれほど多くなかったと思う。
貧乏だったので漫画雑誌は近所の外科のゴミ捨て場に捨ててあったやつをしょっちゅう拾っていたし、全巻貸本屋で借りたものも多かった。
そんな中で全巻揃えて繰り返し何度も読んでいた漫画作品について書いておこうと思う。
書く前から、自分の趣味が当時の少年たちとはかなりズレている予感は大いにするのだが・・・

第1回は「アストロ球団」。(やっぱズレてる?)
原作は遠崎史朗、作画は中島徳博。
70年代に少年ジャンプに連載された荒唐無稽野球漫画の代表的な作品である。
ボール型のアザを持つ9人の超人が、様々な紆余曲折を超えて米大リーグ打倒の旗印のもとチームを結成するという、野球版八犬伝みたいなストーリー。

75年頃からリアルタイムで連載を追っかけて読んでおり、のちに文庫版で全20巻を買いそろえ繰り返し読んだ。
今はもう手元にはないが、だいたいのセリフや絵はアタマに入ってしまい、ほぼどの場面でも脳内再生が可能である。
多くの長編漫画がそうだろうが、漫画家の画力向上によって作風が初期と末期ではかなり変わってきている。
また川上・長嶋・王・金田といった実在の人物が登場するが、いまいち似ていないのがご愛敬である。

さてその内容だが、野球という枠をあまりにも超える展開が多く、当時の少年の評価は二分されていたんじゃないかと想像する。
同じようにムチャな野球漫画として「侍ジャイアンツ」もあるが、「侍ジャイアンツ」はムチャが番場や数人のライバルに限られていたのに比べ、「アストロ球団」はチーム全員はおろか相手もそろってどいつもこいつもムリめなことばっかしたがるスゴイ漫画なので、まともな感性で受け止めるとちょっと疲れる作品である。

不朽の名作「巨人の星」を始め、野球を題材にした少年漫画には「魔球」とか「超人技」はつきものなんだけど、「アストロ球団」にはもはや野球というスポーツの枠内で小学生が実戦向けに学べるようなものはほとんどない。
米大リーグ(という言い方も昭和だけど)打倒という目標は素晴らしいが、実際にはロッテ相手に大苦戦する。
ビクトリー球団に至っては元力士とか元プロレスラーとか元ボクサーとか全員が野球選手じゃないチームだが、これまたアストロ超人たちは素人集団相手に何度となく劣勢に立たされて大苦戦。
最後は肋骨を折った後で試合に復帰した球五が、球四郎から押しだしフォアボールを選んでサヨナラ勝ち・・って、超人の勝ち方にしてはなんとも地味。
まーとにかくケガ人は多いし(相手チームには死人も出た)点はやたら取られるし、マジメに考えたらプロでは全然通用しないレベルとも言えるんだが・・

でもそうしたSF以上の荒唐無稽さを受け入れて楽しめば、これほどステキなファンタジー・コミックもないのだった。
「殺人L字ボール」とか「殺人X打法」などそもそも名前ですでに目的がスポーツでないワザもあれば、「九星剣円陣」「人間ナイアガラ」とか、WWEでもやらない演出が続々登場し、流血の好きな少年たちを歓喜させていた。

八犬伝をベースとしたコンセプトは悪くなかったし、いつ9人全員がそろうのか待ちこがれたのも確かだ。
しかしながら自分がこの漫画に読む意義を最も感じたのはセリフ回しである。
ことわざとか難しい熟語とか故事成語が効果的に使われ、小学生はまず学校で教わらない言葉をこの漫画でたくさん覚えた。
「前門の虎、後門の狼」
「阿鼻叫喚の地獄絵図」
「敗走する者の思考」
「卓越した逸材」
「知らぬ顔の半兵衛」
「虎は死して皮を残す」
「人間至る所青山あり」

とにかくどこか時代劇調の大げさなセリフが多かったのだが、小学生にとっては説得力のあるテキストだったのだ。
こんなセリフを普通に語るアストロ超人たちだが、劇中の設定では全員18歳。
ライバルとして登場したリョウ坂本なんて、アストロ超人と同い年なのに謡曲「敦盛」を好む、という設定だ。
もちろん当時も今もこんな18歳はあまりいないだろう。

連載中は夢中になって少年ジャンプを読んでいたのだが、連載終了と同時にジャンプを続けて読む意欲は急速に無くなっていった。
「アストロ球団」の後、同じ中島徳博の作品で「コンドルの翼」「朝太郎伝」などが連載されたが、どれも読み応えがなく最後まで追うこともしなかった。
しばらくしてサンデーやマガジンを読むようになったので、それだけ自分は「アストロ球団」に入れ込んでいたということだろう。

というわけで、「アストロ球団」。
いささか年代が古い漫画で恐縮ですが、みなさまの評価を教えていただけたら幸いです。

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聴いてない 第146回 ベック

かつてポール・ロジャースは「世の中には2種類のギタリストがいる。ベックとベック以外だ」と名言を残し、謙虚なブライアン・メイは「ボクはベック以外でいいです」と言ったとか・・
いえ、ブライアンの発言は捏造ですけど、長いこと芸能界においてベックと言ったらそれはジェフ・ベックを指すのが常識だったと思うのだ。
しかし90年代に入り別のベックがベックという名でミュージックシーンに登場する。
それがベックである。どっちだよ。
「ジェフじゃないほう芸人」のベックだ。
今後クラプトンとかペイジとかブラックモアとかヘンドリクスとかマルムスティーンとかブロディとかホーガンとかドン荒川とか、そういう名前の芸人が単品で登場してきたらとまどうだろうなぁ。
ベック登場にそんなことを思った次第。

さてベック。
全く聴いてません。
1曲も知らない。
だいたいジェフ・ベックだってそれほど聴いてなかったのに、ジェフじゃないほうのベックまでとても手が回らない。
全然理由になってませんが、とにかく聴いていないのである。

いつものように幕が開き、恋の歌歌うあたしはネットでベックを調べてみました。
Googleでも「ベック」で検索するとジェフも結構引っかかるが、今は映画のサイトもかなりヒットするようだ。

ベックは1970年生まれ、ロサンゼルス出身。
メジャーデビューしたのは94年頃。
アコースティックギターにブルースハープというフォークスタイルながら、カントリーやヒップホップ・パンク・メタルといった要素も巧みに採り入れる独自の音楽性で人気を確立。
90年代以降の人気アーチストにはこうした多様性ミュージシャンが多い気がするが、ベックもそうなのだろうか?
「オルタナ」というくくりで表されることが多いらしいが、「グランジ」とは違うようだ。
どっちもよくわかってませんけど。

日本でも人気があり、コンスタントに来日してライブを行っている。
昨年も春に来日して仙台・名古屋・大阪・東京と回ったようである。
ちなみにベックは腰痛い芸人でもあるらしい。

本名はベック・デビッド・キャンベルだが、ベック・ハンセンと書いてあるサイトもある。
ハンセンとは母方のファミリーネームとのことなので、北欧にルーツがあるのだろう。
祖父は前衛芸術家、母は女優のようなことをしていた人らしい。
もし「ハンセン」という芸名だったら、これまた格好のツッコミ材料にされたに違いない・・こともないか。

その昔スタン・ハンセンが(やっぱそっちかよ)全盛期の頃、新日本にスエード・ハンセンという全く印象の薄いレスラーが登場したことがある。
新聞のテレビ欄に「ワールドプロレスリング A.ジャイアント×S.ハンセン」という一瞬誰もが田園コロシアム以来のドリームマッチ実現か?きぃー!!と思うような記述があり、相当多くのファンが期待してテレビ見たんじゃないかなぁ。
もちろん実際にこの時アンドレと対戦したのはスエードさんでした・・

さてスエードじゃないほうのハンセン・・じゃなくてベック。
相変わらず全く知らない話ばかりである。
ショップにCDがたくさん並んでいたのは知っていたが、視聴すらしなかった。
シングルでは「ルーザー」、アルバムでは「オディレイ」が人気が高いようだ。
アルバムジャケットもいくつか見覚えのあるものがあるが、なんかヘンな絵だ・・

しつこいようだが、ベックとしてデビューする際、ジェフ・ベックの存在は一切意識しなかったのだろうか?
まあ全く同じ名前ならともかくただのベックさんなんだからええやんけではあるが、レコード会社とか事務所的にジェフ側から問い合わせとか圧力とかが来たりはなかったんですかね?
今後なんかの拍子にジョイントとかに発展すると楽しそうですけど。

90年代に人気が出たアーチストはいろいろだが、やはり80年代までに一通りのジャンルは出尽くした感があり、その中からいかにうまく採り入れて自分の音楽として確立させるかがポイントだったのだろう。
ベックもアルバムごとに巧みにサウンドを変えていくスタイルのようだが、それがベックにしかできないものだった、ということのようだ。
2000年以降は病気などもあってか活動も90年代ほど華やかなものではなくなっているらしいが、日本ではライブも行っているので、人気は堅調といったところだろうか。

というわけで、結局何もわかっていないベック。
変幻自在のアーチストらしいのでアルバム1枚程度では理解できないのかもしれませんが、その中でもこれならば・・というアルバムがあったら、教えていただければと思います。

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