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やってない 第1回 葬式を出す

初回からいきなり葬式。
話題が暗くって申し訳ないが、要するに葬式において葬儀委員長とか喪主とか、責任者・代表者の立場で立ち振る舞うことである。
これは今まで経験がない。
父親が死んだ時、自分は未成年だったので喪主はつとめていない。
ちょっとコドモにはできないことである。

これまで身内や知人の親族の葬儀に参列したことは何度かある。
宗派や家のしきたりにもよるだろうが、葬式は全般的に忙しいものだ。
悲しみを多少でもまぎらす意味で、次から次へと忙しく進行するのが葬式である、という説もある。
葬儀だけでなく、香典返しや坊さんへのお布施、墓の手配などまで、とにかくやることだらけである。
考えただけで面倒だ。

葬儀屋が全部やってくれて喪主は座ってアタマ下げてりゃいい、という場合もあるだろう。
それでも会葬者に挨拶くらいはせんといかんし、坊さんにお布施渡す時のふくさの色は決まってんのかとか、入れるお札の向きはどっちだっけとか、ビール券じゃやっぱまずいよなぁ母さんとか、香典返しのタイミングはいつ頃がいいのかしらねえお父さんとか、わかってる人から見れば「バッカじゃないの?」ということばかりだろうけど、いやー考えただけでもう混乱してきました。
実際葬式出す立場になったら、そんな細かいことは全部すっとんでしまいますよ。

近しい人の死は残った者にとってはハードだ。
自分の都合で予定はできないし、葬式が趣味の人もいないだろうから、だいたいは準備も不十分な状態で始まることになる。
悲しみにくれるのは誰でも同じで当然のことだが、葬儀の責任者となれば話は別だ。
不測の事態にどれだけ冷静に円滑に対応できるか、オトナの器量が問われるという一面もあるだろう。

この先自分自身が死なない限り、いつかは葬式を出す機会があると思うが、どれだけ気丈に立ち振る舞うことができるのか、実は全く自信はない。
まあ葬儀屋でもないのに「オレはいつでも葬式を出せる自信がある」と言うヤツもおかしいですけど。
オトナでいる以上はいつかは経験せねばならないし、またいつそうした事態になろうともきちんと対処できる、それが大人に求められるお題目だと思いますが、みなさんはお葬式、出した経験をお持ちでしょうか?

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読んでみた 『たぬきちの「リストラなう」日記』

今日の「読んでみた」シリーズ、書籍・雑誌ではない。
BLOGを始めて6年半近くになるが、仕事の話はあまり書いてこなかった。
理由は簡単で「つまらない」からである。
出版社に勤めていることは明らかにしているが、仕事の話なんて書いてもどうせ文句や愚痴や妬みや版ズレやひがみや謝罪や葛藤や苦痛や戯言にしかならず(あああ)、ますます根性が腐っていくことを確信しているので、あえて書かないことにしているのだ。
「売れない出版社の三流中年社員の愚痴BLOGです」なんて誰が読む?

しかし。
昨日「やじうまWatch」により、あるBLOGを知ることになり、その内容に衝撃を受けた。

たぬきちの「リストラなう」日記

出版社に勤めるたぬきち氏が、会社からの早期退職措置に応じて退職を決意した以降の、氏自身と社内の動向を進行形で綴るBLOGである。
ひととおり読ませていただいたが、文章は実に軽快で、この手の内容にありがちな「会社との我が闘争の記録」「不当な要求を私は断じて許さない」のような文体ではなく、非常に読みやすい表現である。

文章を読んでいくと、頻繁に固まる。
パソコンではなく自分の思考が、である。
それほどにリアルで自分にも投影される内容だからだ。
勝手に思ったが、たぬきち氏とは共通点が多い。
年齢・業界・社歴・会社のとっている措置。
違うのは氏が公開している収入、あとは間違いなく「能力」である。
いずれもこちらがはるかに下。

出版不況と言われて久しいが、氏の収入を見てやはり驚いてしまった。
自分の倍くらいの数字だ。
げぇーあの会社はそんなにもらっとるのか・・
「出版社は給料が高い」という話は、自分に関しては確実に幻想(変な表現だ)だし、同業の友人のほうが多いだろうことも知ってはいるが、「なぁ、いくらもらってるんだよ?」なんて話はしないので、実はあまりよくわからない。
BLOGはコメントもそのまま受け付けているようなので、やはり氏の「高給」について辛辣な意見がいくつか投稿されている。

しかしだ。
この数字だけで「高給とりが何を言ってるんだ」と批判するのはあまり意味がない、と思い直した。
同年齢・同業ではあるが職種は全く違うし、会社だって違うのだから給料が違うのは当然である。
一番違うのは価値観のはずだ。
額面100万円を高いとか安いとか感じるのはそれぞれで全然違うのが当たり前である。
月収1000万円でフェラーリちょっとこすったんで買い換えました、なんて書いてあったらそりゃあムカつくでしょうけど、そんなことは書いてないのだった。

たまたま先月自分の給料明細なんか整理していたのだが、10年前に比べて額面自体がどんどん減っていることを改めて認識した。
10年働いて給料が増えもしない!むしろ減っとるやんけ!きぃー!!・・と2秒くらい暴れてみたが、ここも冷静に考えると10年の間のデフレで「円」の価値も下がってるので、単純に比較してはいけないのだった。
まあ最大に考えなくてはいけないのは10年間の自分の業績というか貢献度なんだが、あたし自身が経営者だったらコイツなんか給料半分でも多いやんけボケと思う程度のハタラキしかしてないので、まあ妥当なのかも・・

BLOGにはたぬきち氏自身のリストラの話以外にも、業界の抱える問題や書店さんとのつながりの話など、自分にとっても非常に共感できる内容が綴られている。
ここだけ読んでも氏が版元の営業マンとして優れた人であることが、同業である自分には直感的にわかる。(と勝手に言わせてもらう。)
無粋で辛辣なコメントには思わずこっちまでムカついてしまうような状態だが、さほど「荒れて」きていないのは、同業者・関係業界からの共感コメントが多いこともあるが、やはり氏の置かれた厳しい実状が、軽妙な文章ではあるが(むしろそれが故に)充分読み手にも伝わっているからではないだろうか。
氏の境遇や考えについて「認識が甘い」と断罪することは簡単だが、それを直球で匿名コメントとして残すのかどうかは、ネットを使う上でのセンスの問題だと常に思う。

いずれにしても、明日自分に起きても全くおかしくない内容のBLOGに、これからも注目していきたい。
よそのBLOG追っかけてる場合じゃないんだけどね。

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やってない 第0回

一週間ネットから遠ざかっていた三流ブロガーのSYUNJIといいます。
新年度も始まったので、唐突ですが新しいシリーズを始めたいと思います。
ネタ枯れを巧妙に隠しつつ三流BLOGは続く・・・

今さらだが「大人」の定義とは何だろう?
年齢や社会制度における定義はあるだろうが、思考や力量といったあいまいなものでも「大人」という基準は使われることも多い。
年齢的には「大人」というよりすっかり中年の自分だが、いわゆるオトナの持ち合わせているべき知識とか体験とか経験といったものが、極めて貧弱であると認識している。

もともと生活パターンを大きく変えるタイプではないし、新しいことにどんどんチャレンジするような行動力もない。
これはたまたまなのだが、自分は学生だった時に転校を一度も経験していない。
またこれもなりゆきなのだが、転職も転勤も経験がない。
関係ないけど離婚も経験していない。
あと不倫とか浮気とか浮気とか不倫とか浮気とか若い女の子にプレゼント買うのにデパートで一人異様にテンション高くなったりとかもない。ない。ないことにしている。

オトナの特権とは違うが、入院や手術も一度も経験がない。
(虚弱体質なのに・・奇跡だ!そうでもないか・・)
まあムリにする必要はないが、体験のある人に比べてやはり思考や人間性に厚みが乏しくなるんじゃないかとも思っている。

世の中にはいろいろな人がいて、いろいろな場面があり、どのようにそのシーンに巡り会うか、人それぞれではある。
必要のないことはしていなくて当然だし、経験があるからと言って無条件にエライわけでは決してない。
だが、経験や体験がものを言う場面は、社会人やってれば必ずあるのだ。
以前新聞でいわゆる金券屋(チケットショップ)を扱った記事の最後に、記者(デスク?)のコメントがついていたのだが、「恥ずかしながら金券屋を一度も利用したことがない」と書いてあった。
この時は心の底から「この記者はバカだ」と思ったものだ。
記事書くなら行きゃいいじゃん。
別に偉くもなんともないのだが、自分は金券屋をしょっちゅう利用するので、よけいにそう思ったのかもしれない。

大人になったらできること、大人でないとできないこと、コドモはあまりしないこと、大人になるとしてしまうこと。
逆にコドモの頃しておけばよかったこと、今さらできないこと。
中にはしたくもないのに経験してしまうこともあるだろうが、そうした儀礼的・不可効力的なものも含め、自分が体験していないことを改めて見直してみようと思う。
今からでも間に合うものもあるだろうし、今さら手遅れなこともあるだろう。
共感してくれた人からはメッセージがあるかもしれないし、あきれてしまった方からはお叱りの言葉もあるかもしれない。
いったいどういう展開になるのか、目的もあまりはっきりしていないが、未体験なオトナのお題目をひとつずつあげて検証していこうと思う。

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