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行ってみた 第13回 京都 実相院・大徳寺・鷹ヶ峰

最近さりげなくBLOG更新をさぼっているSYUNJIといいます。
以前は更新停止を宣言しようものなら、西表島の果てまで捜索メールが追ってきたものですが、近頃は更新が止まっていてもどなたからも反応がありません。
静寂のBLOGを前に、舞い散る落ち葉を眺めながら、諸行無常・盛者必衰・栄枯盛衰・売上激減・千里中央・岸里玉出・天神橋筋六丁目・・・といった四字熟語を噛みしめる晩秋です。

そんな停滞中年のあたしですが、紅葉の美しい季節、懲りずに先週末再び京都に出かけてみました。
実はこの季節は京都に一番「行ってはいけない」時期でもあります。
当然ですが非常に混雑するからです。
年中混雑してるのが京都であり、桜の季節や葵祭りや大文字といったイベントの時もこれまた果てしなく混雑しますが、紅葉の季節は1年で最も京都が混雑すると言われています。
それはわかってはいるのですが、紅葉の京都はもう4年も行ってないし(行ってるやんけ)、今年は11月21日から23日が3連休。
これは行かねばなりません。

とは言うもののさすがにこの時期、京都の宿はどこも満室で全然とれません。
しかたがないので大阪に泊まることにしました。
しかも梅田ではなく江坂。
大阪宿泊で京都に毎朝通勤して観光というスタイルは実は2回目です。
前回はなんとか梅田に泊まれたのですが、今回はそれもかなわず江坂。
ただ江坂は以前仕事で泊まったことがあり、梅田まで地下鉄ですぐ行けるので、江坂の東急インに予約しました。

今さら金閣寺とか清水寺とか永観堂とか東福寺など、いわゆる紅葉の名所と呼ばれる場所はもはや近寄る気にもなりません。
必然的にややはずした渋めのコースを選択することになります。

今回まず選んだのが実相院
東山よりさらに北寄りの岩倉というところにある寺で、磨き抜かれた床に映るもみじがたいそう美しいことで有名。
もちろん行くのは初めてです。

Jissouin1

京都駅からはかなり遠く、電車とバスを乗り継いで1時間半くらいかかりました。
こんな遠いところにもけっこう観光客は来ていて、団体がバスで乗り付けたりしています。
メインの床もみじですが、残念ながら紅葉にはやや早かったようで、鮮やかな赤ではありませんでした。

Jissouin2

また人が多くてうろうろしてるので、落ち着いて床をながめたり写真を撮ることも全然できません。
この日は気温も低く、朝の寺の床は力いっぱい冷え込んでいます。
かなりがっかりしたあたしは、早々に退却。
実相院の前にはなんてことのない公園がありますが、そこのもみじのほうが寺の中よりもずっと赤かったのは皮肉としか言いようがありません。

序盤から落胆な展開ですが、気を取り直して次なるポイント、大徳寺に移動しました。
大徳寺は妙心寺と並ぶ寺の集合体で、非常に広い境内を持っています。
その中の大仙院に行ってみましたが、ここは修学旅行以来30年ぶり。

Daisenin1

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Daisenin3

風景は全然覚えていませんが、坊さんの説教を聞いた後で、坊さんが生徒に次々に本を配るのでタダでくれるのかとガキどもが坊さんに群がったら、本を受け取ったヤツはやっぱりカネも取られたという思い出だけは鮮明に残っています。

Daisenin4

Daitokuji1

Daitokuji2

大徳寺の中は紅葉はそれほど多くありませんでしたが、庭はやはりどこも見事です。
京都には白砂の庭が数多くありますが、自分は意外にこうした庭をながめるのが好きです。
特に人の少ない時にのんびりながめる庭はいいもんです。
この季節はなかなかそういう条件になりませんが・・・

Daitokuji3

Daitokuji4_2

大徳寺の中をうろうろしていたら昼になりました。
門前の「いちま」という寿司屋で昼飯を食うことにしました。
京都といえば蒸し寿司が有名だそうですが、今回は半月弁当をいただきました。

Itima1

うまい・・・
京都ではまずい食べ物に出会ったことがほとんどありません。
まあもともと大した舌を持ってないので、何食ってもうまいんですけど。
カネのない観光客なんて冷たくあしらわれるんじゃないかとつい猫背になってしまいましたが、そんなことは全然ありませんでした。

午後は光悦寺・源光庵・常照寺に行ってみました。
このエリアは鷹ヶ峰と呼ばれ、人気スポットの北山からはやや離れていて、それほど観光客もおるまい・・とタカをくくってましたが、どこも思いの外混雑しています。

Kouetuji2

Kouetuji1

Kouetuji3

紅葉はやはりいまいち赤くなく、ちょっと早かったようです。
光悦寺は小高い丘にあり、庭から「鷹ヶ峰三山」という山が見える開放的な風景が望めます。

Genkouan2

Genkouan1

源光庵は丸い窓から眺める紅葉が有名のようですが、人が多くて丸窓に近づけません。
なんとか写真を撮ろうと思いましたが、どの角度でも人のアタマが入ってしまいます。
お寺なのに「どけよこいつら!」といった邪悪な心がわきあがってしまい、己の未熟さを痛感する場所でもありました。(なんだよそれ)
ちなみにここにも鳥居元忠の血天井があります。

Genkouan3

帰りのバス停もクリスピークリームドーナツ並みに異様に混雑していたので、手前のバス停まで歩くことにしました。
この作戦はこの旅行中何度か試しましたが、けっこううまくいきます。
混雑するバスも、ひとつ手前のバス停から乗れば簡単に座れることが多いのです。

Rainbow

バス停からはうすい虹が見えました。
夕方虹が出ると翌日は晴れることが多いですが、この時は残念ながらそうなりませんでした。
色鮮やかな夕方の虹ほど、翌日は晴れるようです。

というわけで、旅はまだ続きます。

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観てみた アンヴィル!

自分はめったに映画を観ないのですが、久しぶりに観たいと思った映画があったので、吉祥寺まで出かけました。
観たのは「アンヴィル!夢を諦めきれない男たち」。
メタルバンドのアンヴィルを追ったドキュメンタリー映画です。

Anvil

この映画のことはテレビCMで知ったのですが、バンドとしてのアンヴィルは全く知りませんでした。
メタル全般にうといので当然かもしれませんが、もしアンヴィルを知っていたら、映画の感想もかなり違っていたはずです。

アンヴィルはカナダ人のリップス(G・Vo)とロブ(D)が73年に結成したバンドで、82年に「メタル・オン・メタル」という曲がヒットし、メタリカやスレイヤーなどのメタル・バンドに大きな影響を与え、84年に日本で行われた「スーパーロック84」というメタル系イベントにも出演したそうです。
・・・すいません、全く知りませんでした。
なので「聴いてないシリーズ」でも当然採り上げてません。

さて吉祥寺。
バウスシアター」という映画館ですが、ここで映画を観るのは初めてです。
日曜日の初回上映を観たのですが、客の入りは100人以下でした。
年齢層としては30代から40代で、あまり若い人はいないようです。
こういう「洋楽」「メタル」といったテーマに反応するのは、やはり80年代に10代だった世代だよなぁと、元10代のおっさんは痛感。
ポスターには「マイケル・ムーアやダスティン・ホフマンが絶賛」などといったアオリが書いてあります。

以下、映画の内容にふれる記述がありますので、未鑑賞の方はご注意下さい。

・・・・・観てみた。

80年代の栄光の後、全く売れなくなってしまったアンヴィル。
映画はその売れない彼らの、音楽ではない仕事をしているところから始まります。

ボーカルのリップスはカナダで給食の配達の仕事をしながら、いつか再びスターになることを夢見て音楽活動も続けています。
ドラムのロブは建築現場などで働いています。
地元では根強いファンもいて、ライブでは客は少ないながら盛り上がったりもするのですが、過去の栄光とは比較にならないほどの売れなさぶり。

ある日、昔アンヴィルのファンだったという女性からのメールがきっかけで、彼女をマネージャーとしてなんとかヨーロッパにツアーに出ます。
しかしこのマネージャーはやはりド素人で、列車に乗り遅れたりギャラが支払われなかったりで、報われない日が続きます。

またあるロックフェスの会場で、かつて競演したマイケル・シェンカーやカーマイン・アピスを見つけ、親しげに話しかけるリップス。
しかしほとんど相手にされません。

それでもアンヴィルは活動を続け、売れていた時のプロデューサーであるクリスにデモテープを送ります。
ここから事態は少しずつ動き始め、クリスの提案で新しいアルバム制作が始まります。

アルバム制作にはカネがかかるため、工面に困ったリップス、地元のファンのつてで電話でのやや強引な商品売り込みの仕事などもしてみますが、実は生来の生真面目さが災いして全然うまくいきません。

リップスの姉が出資してくれることが決まり、アンヴィル13枚目(!)のアルバム制作にとりかかるのですが、リップスとロブが衝突したり、大手レコード会社からは発売を断られたり、まだまだ苦難は続きます。

そして2006年、日本でのロックフェス「ラウドパーク06」出演が決まります。
ステージにあがるまでの緊張と不安、それを見事に吹き飛ばす満員の幕張メッセ。
日本でのライブが成功し、リップスとロブが渋谷の街を見渡すシーンで映画は終わります。

強く感じたのは、リップスもロブも非常に実直だということです。
二人とも家族をとても大切にしていますし、まじめで誠実な人たちです。
メタルバンドのメンバーとしてはかえって弱点なんじゃないかとも思うのですが、彼らの表情や発言から、そんな人柄がにじみ出ていました。

実直な二人ですが、対照的でもあります。
リップスは直情型で感情をさらけだしまくり、50歳をすぎてなおロブと大ゲンカをし、その後泣いて謝るという、わりとわかりやすいタイプに見えます。
一方ロブは冷静沈着で、様々な苦難にも動じず、普段は絵を描くことが好きという物静かな性格。
彼らの際だった性格の違いも、またそれが故の固い絆も、見所のひとつです。

映画の見方としては決定的に間違っているとは思いますが、一番感じたのは「フィクション感」でした。
ドキュメンタリーなのですが、リップスもロブも、その他の人たちも、役者が演じてるんじゃないかと思うような場面ばかりです。
まあ欧米人の会話は日本人よりもハデですし、なによりアンヴィルの二人はロック・ミュージシャンです。
ミュージシャンは一般人よりは多少演出がかった態度や発言が多いのでしょうけど、「これホントに台本もなく普段からこんなダイナミックな会話をしてるのか?」と思いました。

このフィクション感は初めから終わりまで変わりませんでしたが、理由のひとつにカメラワークがあることに気づきました。
とにかく映像が安定していて、ドキュメンタリーならではの見づらさというか、フレームの揺れとかブレとかピンぼけとか画面の暗さや汚れなどがあまりありません。
むしろそうした映像の「難」な部分こそが、臨場感に満ちたドキュメンタリー映画そのものなのですが、この映画はそれがないのです。
映画に関してはド素人なのでよくわかっていませんが、撮影技術が高いということなのでしょうか。
観ているうちについドキュメンタリーであることを忘れそうになります。

逆説的ですが、自分はフィクションよりもドキュメンタリーを圧倒的に好むタイプです。
小説は全く読みませんし、ルポルタージュやエッセイばかり読んでいます。
そういう意味では、役者ではないアンヴィルが、台本のない人生を驚くほど情熱的に演じている、このフィクション感に満ちたドキュメンタリーこそが、自分にとって理想のドキュメンタリー映画であると言えるでしょう。

監督はその昔アンヴィルのファンでローディ見習いだったサーシャ・ガバシという人ですが、スピルバーグ映画の脚本家だそうです。
2年に渡って彼らを追い続けた映像ですが、もちろん撮り始めの頃は20年以上売れてないままのアンヴィルだったわけで、ラストでのアンヴィルのライブ成功をわかっていて撮っていたはずもない。
スクリーンからはそうしたガバシ監督の「執念」も伝わってきます。
ガバシ監督もまた間違いなく「夢を諦めきれなかった男たち」の一人です。

リップスの発言は苦労を重ねただけあって重みのある言葉が多いのですが、終盤の言葉が印象に残りました。
「音楽は永遠に残るものだ。借金もそうかもしれないが・・」

アンヴィルの13枚目のアルバム、日本ではソニー・ミュージックよりCDが発売中だそうです。
劇中の彼らの曲そのものは自分の好みからはかなり遠い音でしたが、少しだけ聴いてみたくなりました。

映画を見終わって外に出た時、次の上映を待つ人がすでに50人くらいいました。
その光景を目にした瞬間、なぜかうれしくなったのが自分でも不思議でした。

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聴いてない 第139回 インエクセス

80年代にはそれなりに多くの洋楽にふれてきたつもりではあったが、人気はあったはずなのになぜか全く聴いてないというバンド、それがインエクセスである。

残念ながら1曲も聴いたことがない。
オーストラリアのバンドであること、リーダーであるマイケル・ハッチェンスのワンマン・バンドであることまでは知っているが、知識はそこまでである。

今回もあらためて彼らの経歴をネットで調査した。
概要をまとめるとこんなところだ。

インエクセスは80年デビュー。
メンバーはマイケル・ハッチェンス、アンドリューとジョンとティムのハリス兄弟、カーク・ペンギリー、ゲリー・ゲイリー・ビアーズ。
84年にナイル・ロジャースがプロデュースしたアルバム「オリジナル・シン」が大ヒットし、バンドは世界にその名を知られるようになる。
この時のプロモ・ビデオは日本の護国寺などで撮影された。
その後87年のアルバム「リッスン・ライク・シーヴス」からは全米1位のヒット曲も出て、バンドの人気も頂点に達した。
90年代はセールスも徐々に厳しくなり、97年マイケルが自殺し、活動停止の危機に陥るが、その後もボーカルを変えながらバンドは存続。
今年に入ってからもボーカリストが解雇されるなど、話題にはなっているバンドである。

・・・・最近まで活動は続いていたことにやや驚き。
マイケルが死んだ時点で解散消滅したのかと思っていました。

1曲も聴いてないから、聴いてない度は1。
聴いてない理由は特にない。
バンド名も当時から知っていて、チャートにも登場していたことも覚えているが、なぜかエアチェックの機会に恵まれず、そのまま80年代は経過してしまった。
少なくとも聴いていた範囲では「サンスイ・ベストリクエスト」でオンエアされた記憶は全くない。
当然だがプロモ・ビデオも全く記憶に残っていない。
(たぶん見たことがないと思う)

バンド名をいつ覚えたのかは不明だが、聴いてないことの自覚もはっきりとあり、後ろめたい気持ちといつか聴くことになるだろうという楽観的な気持ちが混ざった状態が何年か続いた。
「MTV世代にとって忘れられないバンド」だそうだが、忘れちゃいないんだけど聴いてないんだよなぁ。
それじゃ覚えていても意味ないじゃん・・

そのうちにマイケル・ハッチェンスが帰らぬ人となる。
死因は首つり自殺。
このニュースを知ったのはFROCKLである。
「マイケル・ハッチェンス死亡!」という書き込みに次々とコメントがついていって、かなり大きなツリーになっていったと思う。
もちろん全然聴いてなかったので、「日本でもこんなに人気があったんだ・・」と驚く一方、「しまった・・1曲も聴いてないうちに死んでしまった・・」と、なぜか反省めいた感情がわいたことも鮮明に覚えている。

ちなみに自分は90年にオーストラリアを旅行したことがある。
よく考えたら当時はインエクセスも人気絶頂の頃ではなかっただろうか。
この時もシドニーのロックスあたりのCD店に行ったりしたが、探していたのはエア・サプライやミッドナイト・オイルだった・・
結局買ってきたミッドナイト・オイルのCDも手放しましたけど・・
メン・アット・ワークのCD買えばよかったなぁ。

インエクセスの経歴を調べてみると、スタッフにも有名人が多い。
前述のナイル・ロジャースをはじめ、クリス・トーマス、ボブ・クリアマウンテンなど、当時の人気プロデューサーの名前が続々登場。
またアルバムのゲストにもレイ・チャールズ、ダリル・ホールクリッシー・ハインドなどのビッグネームが見られる。
マイケル・ハッチェンス自身はカイリー・ミノーグと一時期恋仲だったり、やっぱりカメラマンを殴っちゃったり、ボブ・ゲルドフの元妻である女性との間に子供がいたなど、相当ハデな経歴だったようだ。
こういう話だけ並べてみても、古くさい表現だけど、トップスターのものだよね。
そんなにスゴイ人だったのか・・

というわけで、驚きと追憶のインエクセス。(意味不明)
肝心のサウンドは、ネットでは「ニューウェーブ」「ダンサブル・ロック」などいまいちピンとこない表現で形容されてるのだが、どんな音なんだろう?
日本での評判や評価がどうなのかも全然想像がつきませんが、「これだけは聴かないと」というアルバムや曲があれば、教えていただけるとありがたいです。

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