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聴いてない 第138回 スティクス(70年代)

先日「タモリ倶楽部」を見ていて、ビートルズのリマスター盤を聴くという企画に近田春夫と萩原健太がゲスト出演してましたが、番組の中身よりもこの二人の体の大きさの違いに驚いてしまったSYUNJIといいます。
萩原健太ってあんなに大きな人だったんスね・・

インターネットが普及してから、昔の洋楽についていろんなことを知るようになった。
スティクスやジャーニーのことを「アメリカン・ハード・プログレ」などと紹介している文章をネットで見つけて、たいそう驚いたものだ。
どちらのバンドも70年代から存在していたが、80年代に彼らをプログレと紹介するような雑誌記事は読んだことがない。

さて、スティクスである。
そのプログレだったらしい70年代のアルバムは全然聴いてない。
いくつか曲は知っているが、それはライブで聴いたものだ。
79年の作品「Cornerstone」はCDを持っているが、ヒットしたのは80年になってからである。
80年代のアルバムも「Paradise Theater」しか聴いていない。
「Caught In The Act」も聴いたが、これはライブ盤である。
他に「烈風」というタイトルのベスト盤を聴いたが、これは日本の企画盤のようだ。

そんなわけで大して聴いてはいないが、80年代当時は人気もあり雑誌にもよく載っていたので、メンバーの名前も全員覚えている。
当時のメンバーはチャックとジョンのパノッゾ兄弟、デニス・デ・ヤング、ジェイムス・ヤング、トミー・ショウである。

80年代のスティクスは、リーダーはもちろんデニスだったが、バンドの命運を握っていたのは実はトミー・ショウだった。
トミーは他のメンバーよりも後でバンドに加入したため、引け目を感じていたことも多かったらしい。
なんだか小学校の転校生のような感じだが、実際トミーの引け目感覚は、バンド脱退直前にはデニスに対する不満に変わっていったようだ。

ソロアルバム発売後の雑誌記事では、トミーは「スティクスはデニスのバンド。自分の意見は通らない」といった不満をこぼしていた。
さらにライブアルバム「Caught In The Act」には1曲だけスタジオ録音の「Music Time」が収録されているが、トミーはこの曲の収録には大反対だった。
「自分はギターも弾いておらず、コーラスに参加しているだけ。これをバンドのシングルとして発売し、アルバムにも収録するのはイヤだった」というのがトミーの主張である。

結局ソロ活動の後、トミーはダム・ヤンキーズに参加し、スティクスはいったん解散してしまう。
解散後、トミーとデニスはアメリカのどこかの空港で偶然会うことがあったが、軽い挨拶程度で別れてしまったそうだ。
「もう全然いっしょに活動しようという気持ちも起こらなかった」らしい。
こういう情報はとても好きだったので(変?)、今でもよく覚えているのである。
ちなみにトミーはMSファンクというバンドを脱退してスティクスに加入したのだが、トミーの後にMSファンクに加入したのはファーギー・フレデリクセンだそうだ。

その後のスティクスはデニスが脱退したり再結成したり、ジョンが亡くなったりといった紆余曲折があり、2005年くらいまではメンバーが変わりつつシングルを発表している。
デニスは自分のいないスティクスなど存在しないという主張のもと、訴訟を起こしたりしたらしい。

80年代というのは様々な意味でミュージシャンが多様化していった時期だったと思う。
ポップなスティクスが実は70年代はプログレをやっていました、というのも自分のようなミーハーな素人リスナーからすると驚きではあるが、そんな話は80年代には他にもけっこうあったのだった。
ジャーニーはよくわからないが、少なくともイエスジェネシスもエイジアも、はたまたレインボーホワイトスネイクもみーんなチャートを意識した音作りに戦略をシフトしてきたのだ。

スティクスについても、象徴的な話がある。
これも「Paradise Theater」の頃のミュージックライフの記事での話だが、当時この雑誌で人気が高いのはクイーンであることを知り、「OK、打倒クイーン!」と宣言していた。
少なくとも彼らは日本での人気とギャラに気を良くしていて、喜んでポップな曲を作り、喜んでインタビューに応じていたのだ。

そんなポップな時代のアルバムでよく聴いたのが「Cornerstone」である。
デニスとトミーのバランスがほどよくとれていて、どちらの作品にも名曲がある。
「Babe」「Boat On The River」が有名だが、デニスの「First Time」やトミーの「Lights」が好きだ。
トミー自身もソロになってからのインタビューで、このアルバムの頃がもっとも充実していたと発言している。

70年代の曲はライブで歌われる「Crystal Ball」「Come Sail Away」「Blue Color Man」「The Grand Illusion」くらいしか知らないのだが、いずれもトミー加入後のものだ。
デビュー当時はいかにもプログレな長大曲もたくさん作っていたそうだが、あまり想像がつかない。
おそらく聴いてもなじめない可能性は非常に高いのだが、どこかで聴いておかねばならないような変な義務感にも似た感覚があったりもしているので、ご指導いただければと思います。

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食べてみた 第10回 ラーメン「ささやん」

まさか塩ラーメンを食べ歩いてBLOGに書くなどといったことをやるとは思わなかった三流麺類ブロガーのSYUNJIです。
幸せなことに最近は塩ラーメン専門のお店の情報がかなりつかまえられるようになった実感があります。
あたしの勘違いかもしれませんが、ようやく塩ラーメンも業界の重要なジャンルとして確立されてきているのではないでしょうか。

というわけで今日もネットで塩ラーメン情報を物色。
まあとにかくラーメンなので、超有名店について手放しで絶賛する方もいる一方、有名だろうが断固としてキツイ評価を下す方もいてなかなか厳しい世界です。
そんなカオスな情報の大海原で、比較的新しい店を発見しました。
それが今回食べてみた「ささやん」です。

オープンして1年半の塩ラーメン専門店。
しかも天然塩をブレンドしてタレを作り、鶏の手羽先でダシをとっているそうです。
あたしが最も好きなのはホタテのダシなのですが、鶏ダシも大好きで全然問題ありません。
これは行かねばなるまい。
今回は他の用事もあったのでクルマで行くことにしました。

Sasayan1

「ささやん」は相模鉄道相模大塚駅から徒歩5分くらいのところにあります。
1年半前のオープンとのことですが、店構えは全然新しくなく、昔からそこにあるようなたたずまい。
土曜の昼時でしたが、外から見たところ客が誰もおらず、店主は奥に座ってスポーツ新聞を読んでいます。
もしかして、やっちまったか?
一瞬脳みそがクールポコ状態になりましたが、駐車場(近所のタイムズ)にクルマ入れちゃったし、今さら引き返せないので中に入りました。

店主はタイの修行僧のような風貌ですが、注文はおだやかに聞いてくれました。
私語禁止とか撮影禁止とか恋愛禁止などの掟はないようです。
メニューは手書きで独特のデザインなのでちょっと読みにくいですが、しお・とり・ぶたがあり、妻はしお、あたしはとりを注文しました。
スープはどれも同じで、手羽先や焼豚のトッピングが違うようです。
餃子もうまそうだったので追加。

注文してるうちに家族連れが2組入ってきたので、店内がにぎやかになりました。
家族連れはどうやら近所の常連のようで、こちらもなんとなくほっとします。
行列する店は苦手ですが、客が全然いない店もやはり不安ですね。

Sasayan2

さてラーメンが目の前に登場。
とりラーメンは手羽先が4つも乗っていてゴージャスな様相。
果たしてどんな味なのでしょうか。

・・・・・食べてみた。

スープは予想どおりの鶏塩味です。
これはうまい・・
インパクトはそれほどありませんが、おだやかにダシが効いています。
ラーメンはもちろん、うどんでもそばでもごはんでも雑煮でも、このスープならなんでもうまいと思います。
バカなたとえで申し訳ないんですが、「体調の悪い時でも食える味」です。

麺はちょっとめずらしいくらいの白っぽい細麺です。
色目はラーメンというよりビーフンにも近い気がします。
コシやツヤはあまりありませんが、がっかり感はしませんでした。
やはり塩ラーメンは麺が太いと汁を吸ってのびやすいのかもしれません。

そして手羽先ですが、骨は取ってあるので食べやすく、非常にやわらかい状態。
これもうまいです。
ネットでは「4つも入っていて少しくどい」といった評価もありましたが、自分にはうれしい展開でした。
味玉もいい感じです。
濃すぎず薄すぎず、やや甘めの味付けです。

食べ進んでいくと麺の下に大根の千切りが入っていました。
ラーメンにこの食材は意外ですが、それほど煮ておらず食感は悪くありませんでした。

餃子ですが、これはかなり特徴的です。
いわゆるハネがついてるタイプなのですが、ハネの形が円形で餃子群を覆い尽くしています。
言葉で説明しても伝わりにくいですね。
こんな感じです。

Sasayan4

味はふつうですが、このハネが香ばしいし、何より形が強烈なので楽しめます。
今回も満足。
どちらも完食して店を出ました。

ネットで得た情報によると、以前は昼間が塩専門、夜は豚骨専門という二部制だったそうです。
これもけっこうめずらしい経営だとは思いますが、塩専門に絞ってくれたのは自分にとってはありがたい話です。
塩ラーメンは着実にその勢力を伸ばしつつあるようです。

というわけで食べてみました「ささやん」。
隠れた名店、と言うと表現が安っぽいですが、まさにそんな感じです。
行列もしてませんでしたし、店主もそれほど気負いがあるようにも見えず淡々としていますが、味は確かで期待を裏切りませんでした。
今度は冬にじっくりと食べてみたいと思わせる、そんな味でした。

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見ていない 第26回 ポッパーズMTV

80年代に開花した洋楽プロモーション・ビデオ。
PVそのものは70年代からあったらしいが、映像が芸術性を伴って評価されるようになったのは間違いなく80年代以降である。
そのPVを紹介するテレビ番組はいろいろあったが、その中で実は全然見ていないのが「ポッパーズMTV」である。

「ポッパーズMTV」は1984年4月から3年半の間、TBSで深夜に放送された洋楽紹介番組である。
正式には「ザ・ポッパーズMTV」。
洋楽紹介なんだが決してヒットチャート紹介ではなく、司会のピーター・バラカン氏の強力なポリシーと選曲によって成立していた番組だ。
見た記憶も見なかった理由もはっきりしないが、おそらく放送開始当時に少し見てみたが全然知らないアーチストと曲ばっかで、早々に引き上げてしまったものと思われる。
裏番組は何だったんだろう?

チャートに迎合しないバラカン氏のポリシーは評価されるべきだろうが、ミーハーな自分にとってはついていけない番組だったはずである。
バラカン氏はエルビス・コステロトーキング・ヘッズが好きで、この番組でもよく紹介していたそうだが、一方でライオネル・リッチーやヘビメタが嫌いといった人でもあったようだ。
なんとなく渋谷陽一に通じるものがあるような気がするけど、偏見?

「ポッパーズMTV」は洋楽プロモ・ビデオを映像アートとして鑑賞する、というコンセプトだ。
そんなこともちろん当時は知らなかった。
まあ見てなかったから当然だけど。
ポッパーズMTV大賞という企画も、アーチストの人気投票でなくアートとしてのビデオクリップを評価するという趣旨だったとのこと。

当時まだ若かったアシスタントの森川由加里が、年間ベスト10企画でボン・ジョビを選んでしまったりフランク・ザッパを知らなくて「新人ですか?」と言ってしまったりでバラカンさんをイラつかせていたらしい。
だったらアシスタントなど使わずに進行すりゃあいいのに・・と思うけど、そういうズレた掛け合いもこの番組のみどころだったんだろうか?

同時期に放送されていた洋楽番組の代表として「ベストヒットUSA」があるが、こっちは文字どおりヒットチャートに沿って紹介する構成だ。
よく見ていたほうだが、裏番組の「サタデーナイトショー」が始まるといつもチャンネルをそっちに変えてしまいました・・
モモンガー・ユミって今どうしてるんでしょうか?

プロモ・ビデオは80年代に大きく成長した文化であり、自分はその過程でまさにヒットチャートを追っていた世代なのだが、実は芸術作品としてのビデオ映像にはそれほど強く興味を持っていたわけではない。
マイケルの「スリラー」なんかは確かにすごい映像だが、あれはやはり特殊な事例だ。
あくまで主たる情報源はFM番組と音楽雑誌であり、ビデオ映像は自分にとってはそれに次ぐ付帯情報だったのだ。
「ベストヒットUSA」であっても、「このバンドはもめています」とかそういう情報はそれほど発信してなかっただろうし。
なので「ベストヒットUSA」であっても、見逃したことを歯ぎしりして悔やんだりはしなかった。
プロレスはよく見逃して歯ぎしりしたし、「11PM」を見ていてうっかり寝てしまい、気づいたらうさぎちゃんの秘湯の旅コーナーが終わっていて逆上したりもしてましたが・・

洋楽番組の録画も初めはあまりしていなかった。
80年代後半からMTVを録画するようになったが、それは映像を見るためではなく、音声をカセットテープに録音するためだった。
「ベストヒットUSA」の最終回だけはさすがに保存しておこうと思って録画したけど。

というわけで「ポッパーズMTV」。
この番組に限らず、実はあまり洋楽番組を見てなかった自分ですが、やはりみなさん毎回ご覧になっていたのでしょうか・・?
また記憶に残る名場面などあれば、ご紹介いただきたいと思います。

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聴いてみた 第69回 ピーター・ガブリエル

今回聴いてみたのは、85年の大ヒットアルバム、ピーター・ガブリエルの「So」。
実は2年くらい前に中古でCDを買ってあったのだが、なんとなく今まで聴く気にならず放置していたものだ。
ピーター・ガブリエルのアルバムを聴くのはもちろん初めてである。

ジェネシスだということくらいは知っているが、ジェネシス時代の顔のまわりに花びらをつけた西川のりおのフラワールームみたいな写真を見たくらいで、音は全く聴いていない。
今回調べてみてちょっと驚いたのは、75年にはすでにジェネシスを脱退していることだった。
あまりに個性的なファッション?が、他のメンバーからは支持されず浮いてしまったことが原因らしい。

So

「So」にはいくつかエアチェックした曲も入っているので、まあ素人が聴くならここからだろうと思って、三軒茶屋で買っておいたのだ。
なお発音に忠実な表記は「ゲイブリエル」らしいが、この記事では当時の呼称に統一します。
アドリアン・アドニスが本当はエイドリアン・アドーニスだというのと同じですね。(そうかなぁ)

大ヒットとはいえ、そこはプログレ出身のピーター・ガブリエル。
果たしてあたしはこのアルバムでもやはり置き去りにされてしまうのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Red Rain
この曲はエアチェックはできなかったが、聴いた記憶はかすかにある。
物憂げなサウンドに濁りのあるピーターのボーカル。
いい雰囲気でスタートである。
ドラムでスチュアート・コープランドが参加しているとのこと。
(さっき初めて知りました)

2. Sledgehammer
初の全米1位を獲得した大ヒットナンバーなのだが、これもエアチェックはしていない。
聴いた記憶というより、MTVで見たことをぼんやり覚えている程度。
映像の中身は全く覚えていない。
ノリはいいが楽しいという旋律ではなく、不思議な音楽だ。
スポーツ新聞っぽい表現になるが、古巣のジェネシスと1位を争った曲としても知られる。

3. Don't Give Up
これはエアチェックしており、ケイト・ブッシュとのデュエットだということも知っている。
もの悲しいピーターのパート、静かだがツヤのあるケイトのパートがうまく組み合わせてあり、秀逸な構成だ。
今までそれほど意識していなかったが、名曲である。

4. That Voice Again
リズムがソリッドで力強いが、今ひとつ手応えがない・・
こういう曲調は思ったよりも苦手だ。

5. In Your Eyes
この曲もエアチェックしている。
ピーターが思ったより多彩なボーカルを聴かせる。
リズムはなんとなくエスニックで民族音楽のような感じだ。

6. Mercy Street
ボーカルにコーラスが当てられており、賛美歌のようだ。
やや眠たげなピーターの声はどこかエルトン・ジョンポール・サイモンスティングを思わせる。
けっこう長い曲だが、エンディングはいつの間にか終わる感じ。

7. Big Time
この曲も聴いているはずだが、あまり覚えていない。
躍動感に満ちているが、サウンドはけっこう辛口な印象だ。
こういう展開だと、やはりと言うべきか、ジェネシスに通じるものがあると感じる。
ここまで聴いてだんだんわかってきたのだが、あまり楽しそうな曲がない。

8. We Do What We're Told (Milgram's 37)
無機的でプログレっぽい前半と、水に漂うようなピーターのボーカルの後半。
2つの曲をくっつけたような小作品。

9. This Is The Picture (Excellent Birds)
これもアジアの民族音楽のようなリズムとサウンド。
盛り上がりもなく湿った感じでエンディング。

やはりプログレの人なので、難解なところはあちこちにあるが、思ったよりも聴きやすいところは多い。
主にヒット曲に限られるが、「Red Rain」「Don't Give Up」「In Your Eyes」はどれも味わいのあるいい曲だと思う。
アップテンポな曲よりは、こうした物憂げで寂しげな曲のほうが好みにはあっているようだ。
「Mercy Street」を聴いて思い浮かべたのは、夜中に東岡崎の薄暗い宿の部屋から遠くに見える愛知環状鉄道・・である。(全然伝わらない)
かなり昔だが、仕事でひとり東岡崎の変な宿に泊まった時に、愛知環状鉄道の窓のあかりが遠くにゆっくり動いているのを見て、ものすごい寂しさ切なさに襲われたことがあったのだよ。

このアルバム、当時日本だけでなく世界中で売れていたことを実感している。
発売の翌年に初めてロンドンに行ったのだが、現地のタワーレコードの外に向けたガラス窓に、このアルバムの写真がでっかく貼ってあったことを強烈に覚えているのだ。
その店で買ったのはもちろんピーター・ガブリエルではなく、ビートルズだったけど。

結局80年代には多くのプログレミュージシャンがポピュラーなマーケットを意識して作品を残しており、セールス的にも成功している。
イエスしかり、ジェネシスしかり、エイジアしかり。
本人にどのくらい意識があったのか不明だが、ピーター・ガブリエルもこのビジネスモデルを踏襲して成功を収めたということになるのだろう。
古くからのピーターのファンにとって、このアルバムはどういう評価になるのか知りたいところだ。

というわけで、20年以上たってようやく聴いてみたピーター・ガブリエルの「So」。
気に入った曲は半分もありませんが、それでも予想よりもハードルはやや低かった、という感じです。
ヒットしていた当時の感性だったら、また違った感想になっていたかもしれません。
ただ、このあとどうするかは全く考えていない状態です。

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