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聴いてない 第137回 ダリル・ホール&ジョン・オーツ

ブルーアイド・ソウルの大物コンビ芸人、ホール&オーツ。
聴いてない自覚は全然なかったのだが、あらためて振り返るとやはりそうまじめには聴いてなかったのである。

80年代にはばんばんチャートに登場したので、かなりのヒット曲を知っている。
しかしながらきちんと聴いたスタジオ盤は「Private Eyes」だけだ。
70年代のアルバムは全く聴いていない。

鑑賞履歴は以下のとおりである。
・70年代のアルバムは全く聴いていない
・「Voices(邦題:モダン・ヴォイス)」は姉が借りたが自分は聴かなかった
・「Private Eyes」はレコードを借りたが、録音したテープは10年以上再生していない
・「H2O」も姉が借りたが自分は聴かなかった
・「Rock'n Soul Part1(邦題:フロム・A・トゥ・ONE)」はレコードを借りたが、これはベスト盤である
・「Big Bam Boom」はFM番組から全曲録音。実はこれが今でも聴いている唯一のアルバム
・以降のアルバムは全く聴いていない
・FM番組で放送したライブを2回ほど録音している(東京とピッツバーグだったかな?)

基本的なヒット曲はだいたい押さえており、自分にしてはよく聴けてるほうなんだが、特にファンというわけでもなく、流行っていたから聴いていました状態である。
80年代後半からは聴かなくなっているが、それも日本での人気も落ちてきたからという、極めて明解なミーハーリスナーだということだ。

「Kiss On My List」「Private Eyes」「Did It In A Minute」「One On One」「Say It Isn't So」あたりの明るめの曲が好きだが、「Posession Obsession」というちょっと地味なナンバーも意外に気に入っている。
これはジョン・オーツのボーカルで、エンディングに街の音が聞こえるところがオシャレである。
「Adult Education」「I Can't Go For That」「Maneater」などは好みからは少し離れている感じだ。
「Maneater」は歌い出しが「あ、オレこまーらなーい(困らない)」と聞こえることで有名ですね。

ちなみにイーグルスの「New Kid In Town」はホール&オーツのことを歌ったものだそうだ。
またデビューアルバムは「Whole Oats」というタイトルだが、名前とはスペルが違う。
「Whole Oats」とは精白していない麦のことで、グループ名をしゃれで表しているということらしい。

ファンでもないのに当時の雑誌記事はけっこう覚えている。
「Every Time You Go Away」はポール・ヤングがカバーして大ヒットしたのだが、ダリル・ホールは「あれは僕たちの曲。僕たちのほうがずっといいので聴いてほしい」ようなことをかなり強固に主張していた。

またダリルはUSAフォーアフリカに参加した後のインタビューでも「最初にマイケルとクインシーから曲を聞かされた時は、これはちょっと・・・と感じた」と答えている。
イベントの意義は認めるが、「We Are The World」の曲としての評価はかなり厳しい、ということのようだった。
意外な意見にインタビュアーもとまどったのか、「変なことを質問してすみません」と言ったところ、ダリルは実はかなりこの意見を言いたかったようで「いや、話せてよかった。聞いてくれてありがとう」と礼を言ったりしていた。

確か「Private Eyes」の頃だったと思うが、雑誌のインタビューで話題は過去のアルバムのジャケットになり、二人は用意されたアルバムの実物をながめながら「モダン・ヴォイス」のジャケットはひどい、という評価をし始めた。
聞き手や読者にはどこがひどいのかあまりよくわからないのだが、二人は自分たちの写真が使われているジャケットを見て「いやあこれはひどいね」といいながら手で顔をおおってしまった。
恥ずかしかった、ということだろうか?
すでに世界中に発売されちゃってるアルバムなのに、今さら恥ずかしがっても遅いんだが・・・
個人的には「サラ・スマイル」のジャケットをもっと恥ずかしがったほうがいいような気もしますけど・・

ホール&オーツは年齢も身長もダリル・ホールのほうが上である。
全身立ち姿のツーショットだと、オール阪神巨人のようである。
ある雑誌にはダリル・ホールが地面に立ち、隣のジョン・オーツは階段で3段くらい上に立っている写真が載っていた。
二人の顔の高さをそろえたかったんだろうが、足までフレームに入っていたので、よけいに身長差が目立ってしまっていた。

そんなわけで、ホール&オーツ。
苦手意識は全くないし、ヒット曲はそれなりに知っているが、アルバムをじっくり聴くようなことはほとんどしていない。
特に70年代のアルバムは全然聴いてないので、もし聴くとしたらそのあたりからにしてみようかと考えています。

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聴いてみた 第68回 レインボー その5

ロニーとグラハム時代のアルバムはすでに制覇したレインボーですが、いよいよジョー・リン・ターナーの時代に突入です。
先日はパープルとしてのジョーのヘタリ声に愕然としましたが、あれは「なかったこと」にして何くわぬ顔でレインボーのジョーを聴くことにしました。

聴いたのはジョーが登場した最初のアルバム「Difficult To Cure」。
邦題は大ヒット曲と同じ「アイ・サレンダー」である。

Difficulttocure

このアルバムは前作「Down To Earth」でのアメリカ市場向け路線をさらに拡大したもので、非常にポップな仕上がりとなっているらしい。
悪く言えばミーハーな路線ということだが、まあミーハー路線が好きな自分としては全然心配していない。
果たしてあたしのミーハー路線好きも治療不可なのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. I Surrender
この曲はレインボーとして初めてリアルタイムで聴いたもので、思い入れがそれなりにある。
ジョーの哀れな声はロニーやグラハムとは全然違い、線も細くキャラとしても希薄なのだが、この声は嫌いではないのだ。
サウンドとしてもわかりやすくポップなアメリカン・ロックであるが、この路線も好きである。

2. Spotlight Kid
ここまでのレインボーによくある疾走系ロックなのだが、重厚感は全然ない。
とにかくジョーの声が軽いし、間奏のキーボードも当時の流行を意識してかテクノっぽいサウンドでどこかズレている印象。
でもこういうのが80年代なんだよなあ。
グラハムが歌っていたらかなり雰囲気は違っていたはずである。

3. No Release
少し辛口なメタルっぽいナンバー。
御大のギターソロもそれなりによいが、ジョーのシャウトがやっぱし軽く威厳も何もなし。
途中で楽器が静まり宴会調の手拍子にジョーがささやくような部分があるが、これも仕掛けとしてはその後のハードロックにはよくある展開。
この軽さがこの時期のレインボーの魅力でもあると勝手に思う。
実はこの曲、やっさんが歌うのをいやがったので、収録がこのアルバムになったそうだ。

4. Magic
初めて聴く曲だが、もうホントにふつうのアメリカのロックバンドのようだ。
リッチーもこの曲ではかなりおとなしい感じである。

5. Vielleicht Das Nachster Zeit
リッチーによるギターインスト。
聴いていて思い浮かんだのはライオットの「Rain」である。

6. Can't Happen Here
これも全米チャートにはよくありがちなスピード感に満ちたロック。
ロニーやグラハムだったら絶対にない「ワーオ!」とか「フー!」といったファルセットなかけ声?がジョーにはある。
なんとなくホワイトスネイクを思わせるサウンド。
あまり根拠はないが・・・

7. Freedom Fighter
曲の途中で聞こえるぴろぴろしたキーボードがポイント。
この曲もあまりリッチーのギターは目立っていない。

8. Midtown Tunnel Vision
再びメタル系の重い旋律。
少し粘りのあるサウンドに合わせ、ジョーがコブシをきかせたりしている。
こういう曲だとリッチーのギターもマッチするようだ。

9. Difficult To Cure(治療不可)
重厚なイントロから一転、ベートーベンの第九がリッチーによって奏でられる。
全編が第九ではなく、一部をアレンジしている状態。
後半はELPのようなキーボードのソロがあるが、再びリッチーが登場し第九をかき鳴らす。
ゲーム・サウンドを思わせるナイスな一曲だ。

あらためて思うが、このアルバムでレインボーはさらに変貌している。
ボーカルが違うのが決定的だが、サウンドそのものもより大衆的に変えてきているので、評価は分かれるところだろう。
少なくともロニー時代のレインボーとは大きく違う。

重厚感・様式美といった初期レインボーの鎧はほとんど取りはずしているが、セールスとしては成功してるので、事務所的にはやれやれ良かったということになるんだろうか。
好みから言うと全然OKなんだが、リッチーのギターに印象的なものがあまり残らないという点は惜しい気はする。
あと「虹をつかもう」調のバラードなんかが1曲あっても良かったかもしれない。

先日のパープルの巻でも書いたが、ジョー・リン・ターナーという人はパープル・ファミリーの中でもやや印象が薄い。
(他の人たちが濃すぎるという話でもあるが)
雑誌やネットでもロニーやグラハムのようなエピソードはあまり語られていない。
ただ、実際ブラックモアズ・ナイト以降のリッチーと公に音楽活動をしたことがあるのはジョーだけらしいので、リッチーとの仲はいいのだろう。
リッチーにしてみれば、ジョーは使いやすい子分なのかもしれない。

ジャケットは手術着姿の医師団の写真。
手術着が緑色っぽいところがリアルで、メタルな雰囲気である。
このセンスも過去のレインボーにはなく、好みなわけでもないがアートとしては優れていると思う。
というか、レインボーのジャケットでセンスを感じるのはこのアルバムくらいだ。
調べたらヒプノシスがデザインを担当してるそうです。

というわけで、やっとジョー時代まで聴いてみたレインボー。
印象やパワーでは前の4作にはさすがに及ばないが、自分としてはこの路線でも問題はありませんでした。
ジョー時代のアルバムはあと2枚残っているので、これも早く聴いてみたいと思っています。

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聴いてみた 第67回 スティーリー・ダン

やっぱふつう聴いてるもんだろ名盤シリーズ、今回はスティーリー・ダンの「Gaucho」。
スティーリー・ダンはかなり昔に「Aja」を聴いたことがあるのだが、はっきり言って惨敗だった。
録音したテープもどこかに行ってしまい、手元には残っていない。
あれからかなりの歳月が流れ、おそらく二度と手を出すこともあるまい・・・と思っていたスティーリー・ダン。
すっかり中年となった耳にいったいスティーリー・ダンはどのように響くのだろうか。
そんな三流紙へのじじいの投稿みたいな稚拙な感情にとらわれ、モンスリー師匠のおすすめで無謀にも名盤「Gaucho」を聴いてみることにした。

Gaucho

「Gaucho」は「Aja」の次に制作されたアルバムで、ゲストミュージシャンがものすごいことになっている。
マーク・ノップラーマイケル・マクドナルド、ラリー・カールトン、デビッド・サンボーン、リック・デリンジャー、ジェフ・ポーカロ・・・
あたしが名前知ってるだけでもこれだけのミュージシャンが参加しており、総勢では50人近くにもなるという、極めて贅沢なレコードである。
果たしてあたしはこの贅沢さを堪能することができるでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Babylon Sisters
ミドル・テンポでわりとはっきりしたリズムに品のいいいろいろな楽器の音。
乏しいながらもこれまで思い描いていたスティーリー・ダンのイメージそのもののサウンドである。
サビの部分は女性コーラスとともに「Babylon Sisters,Shake It!」と叫ぶのだが、このあたりもう少しおだやかに運んでもいいような気がする。

2. Hey Nineteen
大ヒットしたそうだが、全く聴いたことがなかった。
この曲のほうがややブルースっぽい流れだ。
この曲もコーラスが厚く当てられているのだが、音量レベルがちょっと違和感。
コーラスなのに音がでかすぎな感じがする。

3. Glamour Profession
前の曲と似たような雰囲気。
ただしコーラスとボーカルのフィット感はこの曲のほうが上である。
ふつうはコーラスがこのくらい後ろに下がってボーカルを支えるもんだと思うんだが・・
土曜昼過ぎのFM番組のメインテーマソング・・・という感じ。
終盤のギターを中心とした演奏が同じ旋律の繰り返しで、ちょっと長いので途中からやや飽きが来る。

4. Gaucho
アルバムタイトルのこの曲、どこかで聴いたような気がする・・・が、はっきりとはわからない。
壮大なイメージのサウンドが多いが、好みかと言われるとかなり微妙。
後半のギターはなかなかいい感じだ。
ドラムはジェフ・ポーカロであることが、多くのサイトに書いてある。

5. Time out Of Mind
ギターでマーク・ノップラーが参加している。
どれがマークのギターだ?と思ってうろうろ聴いていたが、中盤のセンターやや左でぺこぺこ弾いているのがたぶんそうだろう。
マーク参加を知って聴いたからなんとなくわかっただけで、知らずに聴いたらたぶん全然わからない。

6. My Rival
思ったよりいろいろな楽器の音がするが、右側やや下方面から聞こえるキーボードに特徴がある。
アルバムは80年の作品だが、キーボードはもう少し古くさい音がする。
ギターの音色は悪くないのだが、ホーン・セクション?の音はあまり他の楽器と合っておらず、騒々しい印象だ。

7. Third World Man
この曲は「Aja」に似ている。
ただし「Aja」よりもバラードで盛り上がりもなく、いつの間にか終わる。

うーん・・・
やはりこれはロックとは違うジャンルだと思う。
すごく有名な名盤であることはわかるのだが、聴きどころが少なく物足りない、というのが正直な感想。
ボーカルとコーラス、楽器同士に調和をあまり感じない点も低評価な理由になってしまう。
「これがこの世界ではこの上ない調和なんだよ」と言われるとどうしようもないけど、やはり自分の求めている楽曲とは別の次元で運営されているようだ。
聴き慣れていないとはまさにこのことである。

ドナルド・フェイゲンのボーカルも自分の好みからはかなり距離がある。
このヒトは世間では歌がうまいという評価なんでしょうか・・・?
ずっとサウンドを支配するサックスやトランペットのサウンドもどちらかというと苦手な印象である。
ドライブとか掃除とか漫画読むとか、何かしながらのBGMとしてなら悪くはないかもしれないのだが、律儀にオーディオセットの前に正座してじっくり聴く、なんてことをやったらたぶん寝てしまうと思う。

このアルバムはカネも時間もやたらかけたことで有名。
制作期間は2年とのことだが、この間にウォルター・ベッカーが事故で入院したりもあってこれだけ時間がかかったそうだ。
多くの一流ミュージシャンを使ったことで、スケジュール調整からギャラのお支払いからとても大変だったんだろう。
ラリー・カールトンやデビッド・サンボーンをわざわざ呼んだのに、お弁当はコンビニの海苔巻きで・・というわけにはやはりいかんのでしょうね。(当たり前や)
ゲストのお食事代にいくら使ったのか知りたいところですが・・・
お食事代の高さに懲りたのかどうかわからないけど、この後スティーリー・ダンとしては20年もの沈黙期間に入ることになったとか。

そんなわけで聴いてみたスティーリー・ダン。
やはりアウェーな感覚は全然ぬぐい去ることができませんでした。
社内で評判の美人と偶然帰り道が一緒だったんでいろいろ話しかけてみたけど、共通の話題がなにひとつ見つからず「じゃあ、お疲れさま・・・」と伏し目がちに言いながら先に電車を降りた彼女を窓越しに追いながら徐々に遠くなっていく青砥駅・・・といった心境。(全然伝わらない)
このジャンルにはどうも自分の居場所はないような気がします。
あらためて今後の身の振り方を検討すべき時期に来ているようです。

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読んでみた 第31回 ダ・ヴィンチ

世の中に自分の守備範囲外な分野はうんざりするくらいあるが、その中でも非常に居心地の悪い分野が文芸である。
文芸には小説の他に詩や戯曲なんかも含まれるが、部数や話題から言っても小説が文芸の中心にあることは間違いない。

だが。
自分には小説を読むという習慣が全くない。
全然いばって言える話じゃないんだが、これは子供の頃から変わっていない。
いちおう版元に長いこと勤めていて編集っぽい仕事もしてたりするんだが、小説は公私ともに守備範囲外なのである。
村上春樹の「1Q84」が200万部突破したらしいが、これを聞いて考えるのは利益率とか印税とか編集のボーナスとか返品とか配本とか、生臭くて夢のないことばかりだ。

そんなアンチ文芸な自分が今回何を勘違いしたのか、総合文芸誌「ダ・ヴィンチ」なんかを買ってしまった。
特に強くひかれた特集などがあったわけではない。
書店で雑誌を物色中、なぜか「ダ・ヴィンチ買わないと・・」という電波を受信したのである。(大丈夫?)
藤子・F・不二雄特集に多少興味があったことは確かだが・・・

Davinci

「ダ・ヴィンチ」は94年創刊の月刊総合文芸誌である。
小説が中心だが漫画も詩も短歌も映画も採り上げている。
表紙に若いタレントを使うことが多いので、比較的若い世代をターゲットにしていると思われる。
版元はメディアファクトリー
この会社は元のリクルート出版である。

小説に興味のないキモイ中年から一番距離のある総合文芸誌「ダ・ヴィンチ」。
果たしてあたしは今回その距離を縮めることは可能なのでしょうか。

・・・・・読んでみた。

今回読んだのは8月号、490円。
判型はA4、236ページ。
目次はこんな感じ。

●特集1
 ようこそSF(すこしふしぎ)な世界へ
 ぼくらの藤子・F・不二雄~ドラえもんという扉を抜けて

●特集2
 求ム、本当に怖い怪談実話

●あの人と本の話
 ベッキー/松田龍平/北乃きい

●Colum Blocks

●百人書評

●連載漫画「舞姫 テレプシコーラ」 山岸涼子

第一の特集が漫画という点で、この雑誌のスタンスが見てとれる。
漫画という分野だって立派な文芸の一ジャンルであり、序列優劣を付けるものではない、という意志表示である。
出版業界ってのは予想以上に石頭な輩も多く、漫画を明らかに小説よりも低く見る人間はまだたくさんいるのだが、この雑誌の編集サイドはそういう姿勢とは違うようだ。

藤子・F・不二雄特集では東直子・あさのあつこ・辻村深月などの作家が寄稿している。
「誰もそこまで聞いてない」ようなオタク論評を載せず、女性作家からの意見も意図的に掲載している時点で、藤子作品が普遍的なものだという主張が伝わってくる。
特集に限らずどのページでもこの調子であり、マニア臭はあまり感じない。

で、その藤子・F・不二雄特集を読んで気づいたのだが、自分も思ったほどこの人の作品を読んではいないようだ。
「ドラえもん」は最初の発表当時からリアルタイムで読んでいたが、「エスパー魔美」「21エモン」「キテレツ大百科」などはほとんど読んでいない。
これは当時定期購読していた小学館の学習雑誌によるところが大きい。
要するにリアルタイムに「小学○年生」で連載されていた作品ならば読んでいて、そうでない作品はそれほど読んでいない、ということだ。
藤子作品はAもFも決して嫌いではなかったが、単行本を買ったりはしていない。

「Colum Blocks」は文字通り1ページ4分割のコラムページだ。
執筆は結構多彩で、川上未映子・三崎亜記・多部未華子などの著名人もいるが、何者なのかよく知らない人もいる。
だがこれがどれもかなり秀逸な内容だ。
短いコラムなのだが切り口が鋭かったり笑えたり新鮮だったりでどれもいい話なのである。
川上未映子のコラムはただの日記のような内容だが、作家にしては表現が無防備でけっこう新鮮な印象だ。
多部未華子のコラムには「男と寝たり」なんてフレーズがさらりと出てきて、「未華子ちゃんが・・・もうそんなことを・・・」などと極めておっさんな感想を抱いてしまったが。

「百人書評」は読者と思われる100人が短い言葉でひとつの作品について評するページだ。
今回の対象は三崎亜記の「となり町戦争」。
(実はこの本はめずらしく読んでいる)
百人の書評は様々だが、思ったより想定内のコメントが多かった。
その中で一人だけ非常にいい書評を書いている人がいた。

「本当は少し悲しい恋愛小説」

この作品を読んだ人であれば、おそらく「言われてみればその通り」と思うんじゃないだろうか。
「となり町戦争」、やや不可解なところはあったがまあおもしろい小説だと思った。

自分の場合、小説を読んだ時の「置きざりにされた」感がダメなのである。
結末が淡白だったり不可解だったりつまんなかったりした時に、「置きざりにされた」ような気分になるのだ。
「損した気分」とも言えるのだが、小説を読み慣れていないせいか、書き手に「置いていかれた」感覚という言い方のほうが正確だ。

さてこの雑誌、真ん中あたりに判型の小さいページが挟まっていて、そこに山岸涼子の連載漫画「舞姫:テレプシコーラ 第2部」が掲載されている。
しかし。
この漫画が残念ながらかなり雑な絵に見える。
山岸涼子と言えば「日出処の天子」くらいしか読んだことがないが、こんな絵だったっけ?
でもネットで調べたら人気はかなり高いようで、扉のページには「大反響!」なんてアオリが書いてある。
意外だ・・・

体裁面では紙の薄さ粗さがやや気になるが、軽いことはメリットでもある。
紙が薄いので中年のあたしにはページがめくりにくい・・・
あと文字の級数(大きさ)が小さいページが多いので、これもやっぱ若いヒト向けなんだろうなあと少なからず疎外感を覚えた。(じじい)

というわけで、買った直後はかなりムリめな展開かと危惧したが、実際はそうでもなかった「ダ・ヴィンチ」。
これでこの先ばんばんと小説を読むようになるとも思えませんが、この雑誌がもしかしたらハードルを下げてくれるのかもしれない・・・と勝手な淡い期待を抱くような、そんな雑誌でした。

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聴いてみた 第66回 ディープ・パープル その3

パープルのアルバムと言えば?」という設問に対し、シャレでもなければ回答としてはありえないのではないかと思われる、90年発表で第6期唯一の非常に微妙な「Slaves And Masters」。
おそらく往年のパープル・ファンの間ではほとんど評価されてなさそうなこのアルバム。
メンバーはいちおうバンマスのジョン・ロード、世界の御大リッチー・ブラックモア、お金大好きドラマーのイアン・ペイス、爺さんことロジャー・グローバー、そしてジョー・リン・ターナーである。

実はレインボー歴代ボーカルの中で一番好きなのはジョー・リン・ターナーだったりする。
そのジョーがイアン・ギランに代わってパープルのボーカルをつとめたのが「Slaves And Masters」だ。
このアルバムのことは発売当時から知っていたが、全然聴く気にならなかった。(ジョーのファンじゃないのかよ)

Slaves

ところがつい先日新宿のレコファンで780円で売られているのを発見。
これは聴かねばなるまい・・・
そう思って買ったらさらに200円引きでした・・・
果たしてあたしはジョー・リン・ターナー選挙事務所でダルマに目を入れるジョーにむかって万歳三唱できるのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. King of Dreams
パープルの楽曲としては思ったより地味なスタート。
ジョンのキーボードもリッチーのギターもさほど前に出て来ないので、「これはパープルの曲なんですよ」とコンパニオンのお姉さんに説明されても「え、そうなの?」という反応をしてしまいそうである。

2. Cut Runs Deep
サウンドとしてはレインボーよりもホワイトスネイク寄りな曲。
なんでかっつうとジョーのボーカルがちょっとカバを思わせるからだ。
あまり共通点がない二人だと思っていたが、この曲ではかなり近い雰囲気がある。
サビのところのタイトルコールのコーラスがちょっとおっさんくさいが、テンポはそれなりに良く、リッチーのギターもかなりの振り回しがある。
またギター中心のパートとキーボード中心のパートが民主的に分かれて構成されている。

3. Fire in the Basement
かなりノリの軽いアメリカンなナンバー。
この曲はキーボードのパートが強い。
ジョーってこんな歌い方もするのか・・・

4. Truth Hurts
どちらかというと地味めなリズム、控えめなサウンド。
ジョンのキーボードはこの曲ではほとんど聞こえない。

5. Breakfast in Bed
これはパープルらしさを全然感じない曲だ。
スピード感はあまりなく、80年代のアメリカン・ロックという感じ。
たとえばサバイバーとかフォリナーとかナイト・レンジャーあたりがやっても違和感はたぶんない。

6. Love Conquers All
これもあまりパープルっぽくない、悲しげなバラード。
ヨーロッパとかシンデレラとかモトリーとか、メタル系ハードロック・バンドが奏でるバラードの典型のような感じで、やはり予想どおりに進行する。
リズムは終始ゆっくりで、突然ハードに展開するようなこともなく静かに終了。

7. Fortuneteller
路線は前の曲の続きである。
これもそれほどの盛り上がりがなく、ある意味理性的なサウンドだ。
いちおう御大のギターソロも用意されてるんだが、もはやハジケたところはほとんどない。
この後のリッチーの身の振り方を思うと、そんな予兆も感じられるような(気のせい)曲。

8. Too Much Is Not Enough
ペイスの「こっこっこっ」というウッドブロックの音が軽い・・・
この曲もホワイトスネイク調である。
ジョーのシャウトがカバそっくりなのだ。

9. Wicked Ways
アップテンポで軽快なリズムだが、中盤御大のソロになるとスピードはぐっと落ちて初期のレインボーな雰囲気に。
中世とか中近東とか、そんなイメージを想起させるあのパターンです。
この曲もキーボードはあまり聞こえてこない。

さて聴き終わったのだが、個人的には不満の残るアルバムであった。
なぜか?
ジョー・リン・ターナーの声がダメなのである。
がっかり・・・
全然ツヤもハリもなく、レインボーの頃の哀れな声(ホメ言葉)ではなくなっているのだ。
カバを思わせるところもあちこちにあるのだが、これでは変声したカバよりも聴き応えがない・・・
あえて曲単位の感想部分には書かなかったんだが、正直1曲目から「ええ~?全然声出てないじゃん・・・」と思ってしまった。

パープルでもレインボーでもボーカル(だけじゃないけど・・)をとっかえひっかえだったリッチー御大だが、声の出てないジョーのボーカルで不満はなかったのか?
結局ジョーはこのアルバム1枚だけでパープルを去るのだが、理由は他のメンバーとの仲が悪くなったから、とのこと。
しかもリッチー自身はこのアルバムは意外に気に入ってるらしい・・・
ジミー・ペイジもロバート・プラントの変声をさほど気にもとめてなかったようだが、ギタリストってやっぱ自分のギターが一番重要で、ボーカルがどうであろうとあんまし気にしていないのだろうか・・・

さらに。
リッチーとジョンのバトルなメロディの応酬がない。
ジョン・ロードのキーボードもきれいすぎて物足りず、曲によっては出てこないのもある。
楽曲としては高いレベルにあることはわかるが、この感じであれば他のバンドでいくらでも聴けそうなのだ。
パープルならではというアタマに刻まれるような音がない。

うーん・・・
これだけのメンバーなのに、これだけ?という感じである。
個人的にはパープル・ファミリーとしてのベストメンバーに近いんだが、聴いた後の達成感充足感がいまいちだ。
期待しすぎということもあるんだろうけど・・・
じゃあもしボーカルがカバだったら?ロニーだったら?やっさんだったら?などと考えたが、やっぱ「あー・・なんでジョーの声が出てないんだ?」と思ってしまう。

このアルバムについて語るサイトやBLOGをいくつか見たが、「レインボーが好きな人にはおすすめ」と書いてある。
あたしはロニーもやっさんもジョーも好きなのだが、このアルバムはどのレインボーとも違うと思う。
ジョーの声のヘタリについて採り上げている人はあまりいないようだ。
うーん・・・みなさん気にならないんスかね?

そもそもパープル・ファミリーは音よりも人、という愚かな捉え方をしてるあたしですが、ジョー・リン・ターナーという人については、純粋にミュージシャンとして評価しておるつもりでした。
というか、ジョーについてはあんましエピソード知らないんだよなぁ。
あのリッチー御大の教典にも、ジョー・リン・ターナーの話は全然出てこない。
「クソ野郎」「死ね」とののしり合ってリッチーともみあって床に倒れたり、ファッションセンスが気に入らないという理由でリッチーにギターでアタマをかち割られたり・・・といった香ばしく楽しいお話が、ジョーに関しては全く語られていないのである。
何かご存じの方おられますかね?
いずれにしても「I Surrender」「Stone Cold」などレインボーの曲は大好きだし、自分としてはこれらはロニーややっさんには歌ってほしくない曲なのだ。
で、そのままジョーの歌声がパープルでも聞ける・・という期待に満ちていたんだが、結果はとても残念なものになってしまった。

ということで、「Slaves And Masters」。
残念ながら期待が大きかった分、難しい結末となってしまいました。
素人のくせにマニアックなものをあさったりするからでしょうかね。
やはりパープルは70年代の名盤をしっかり聴いたほうがいいのかもしれません。
つーかふつうはそうだよなぁ。
次回こそは「Machinehead」「In Rock」「Burn」といった紫の王道を素直に学習したいと思います。

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