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行ってみた 第7回 高松・小豆島

四国遍路の旅、最終回です。
今日は松山から高松に戻ります。

まずは松山から高速で善通寺を目指します。
目的は金刀比羅宮
「こんぴらさん」と親しまれる神社ですが、ご存じのとおり、まーとにかく階段です。
中腹の本殿までだけでも785段もあり、一番奥の社までは1300段以上あるそうです。
20年前にも来たことがありますが、その時はちょうどゴールデンウィークだったのですごい人出だったことを覚えています。

Konpira

暑いので休み休みだらだら登りますが、だらだらはかえって疲れるもんですね。
キビキビ登ったほうが乳酸もたまらないようです。

途中に旭社という社があるのですが、この少し手前にものすごくオサレで場違いなカフェのような店が出来ていました。
神椿という名のこの店、なんと昨年オープンしたばかりの資生堂パーラーです。
なぜこんぴらさんに資生堂パーラー?
雰囲気はとてもいいのですが、お参りに来て階段でぜえぜえ言ってる人が集う場所としてはどうもミスマッチなのでは・・・
休憩場所としてはこれ以上ないベストな立地にあります。
おすすめはやはり帰りに立ち寄ることですね。
本殿に行く前にこんなところでお休みしてしまうと根が生えてしまい、立ち上がって階段を登る気がどんどん失われるように思います。(あたしだけ?)

Konpira2

Konpira3

20年ぶりのこんぴらさん、確かにハードでしたが、眺めもすばらしく、いいところです。
一生のうちに2回も来られるとは思いませんでした。
また20年後に来てみたいと思います。

帰りは785段をユラユラグルグルしながら降り、高松に向かいます。
高松もまた20年ぶりです。
栗林公園に行ってみました。

Riturin

Riturin2

稲荷山・紫雲山という大きな山を借景にした、緑豊かな庭園です。
桜や紅葉の季節ならさぞかし美しいことでしょう。
山は庭園のすぐ横で、かなりの高さです。
20年前にも来ているのですが、全然記憶が残っていませんでした。

さてこの日の夜はココログ同期生のgetsmart0086さんと食事の約束です。

Marugamemati

丸亀町商店街のドーム下で待ち合わせ。
事前のメールには「サラリーマンにしては黒いです」と書かれていましたが、そのお話のとおり、さわやかに日焼けしたパワフルで精悍な方でした。
ちなみにゲッツさん、ネットで知り合った人と実際に会うのはあたしが初めてだそうです。
すいません、最初がこんなヤツで・・・

実際にお会いしてお話ししたgetsmart0086さんの印象は、BLOGの文面から香る知的な雰囲気そのままでした。
音楽だけでなくいろいろな話をしましたが、とても楽しかったです。
あの一大アドベンチャーストーリー「ハリケーンフロイドを突破せよ」も生で語っていただきました。
あたしと違ってスケールの大きな方です。
またゲッツさんは携帯やPDAなどのモバイルギアにも詳しく、あの懐かしのソニーのクリエを今でもお使いだそうです。

食事は瀬戸内海の魚を中心としたお料理で、これがまたうまかったですねぇ。
写真では味が伝わらないのが残念ですが、このような品々が次々に登場しました。

Dinner

Dinner2

Dinner3

Dinner4

Dinner5

我々夫婦は二人とも飲めないので、ゲッツさん的にはつまんなかったと思いますが・・
よく出張で東京にも来られるとのことなので、次回は銀座で再会を約束しました。
なのでぷく先輩、次回の銀座、参加義務です。早く来い。ガチャ。

店を出たとたん、なぜか大雨。
でも滞在中まともに雨が降ったのはこの時だけでした。

翌日はまず高松の屋島というところにある水族館へ。

Aqua

小さな水族館なので1時間もあればだいたい見て回れます。
が、朝9時から入園可能なので開場直後に入ったのですが、アシカやイルカのショーは11時が最初です。
これは困りましたね。
ショーが見たければ11時までは中にいなくてはなりません。
午後の予定もあり、そこまで待っていられなかったので、残念ながらショーを見ずに出てしまいました。
9時開場であれば、せめて10時からショーを見せてほしかったなぁ。

午後はフェリーで小豆島へ。

Ferry

乗船時間は1時間ほどです。
船には弱いといわれるあたしですが、瀬戸内の海はあたしを船酔いにさせないほどおだやかでした。
まあフェリーってもともとそんなに揺れないですけど。

上陸後、まずはオリーブ公園に行ってみました。
ここの公園は小高い丘になっていて風車などもあり、イタリアの田舎を思い出させるところです。
(イタリアの田舎は行ったことないですけど)
目の前に広がる瀬戸内海は冗談みたいにおだやかで、海面は今日もぺったんこでした。

Olive

売店は道の駅になっていて、オリーブ製品がたくさんあります。
日本で最初にオリーブの栽培に成功したのが小豆島だそうですが、その最初の木が園内にありました。

Olive2

さてこの日の宿は小豆島の一番北東にある「AQUA」という滞在型リゾートマンションです。

Aquahotel

この手の宿に泊まったのは初めてでしたが、部屋の広さが45.59平米(←言い方がオヤジ)というゴージャスさ。
都会のちょっとしたホテルにあるスイートルームといった感じの広さですが、窓の外が山と海しかなく、しかも泊まったのが8階でしたので、よけいに広く感じました。
部屋のタイプとしては館内では最小なのですが、我々にはこれでも充分すぎる広さでした。

Aquahotel2

Aquahotel3

しかも。
このリゾートマンション、料金もリーズナブルです。
周囲に商店街などがないため、食事を2回付けましたが、それでも1泊2万円弱でした。
料金はもちろんシーズンや部屋タイプによって違いますが、ネットで予約したためポイント割引などもあって、最終的には1万5千円を割りました。
リゾートマンションなどといった宿泊施設は、ゴルフ焼けにボタンを2つはずしたポロシャツ姿のおっさんが金のブレスレットとプラチナのリングをムダにキラつかせながらグリーン車の中で携帯で大声でナゾの先物取引かなんかをしてる・・ような人しか泊まってないんじゃないかと思っていましたが、この日泊まっていたのはまだ夫婦ではないカップルや、定年間近のお父さんとその妻と娘、などといったふつうの人たちばかりでした。

小豆島なんて自分にとってはものすごく遠い観光地という認識だったのですが、島の北東にある福田港は姫路とのフェリー航路もあり、関西圏からも近いところだと知りました。
この「AQUA」は福田港から車で5分程度ですので、関西にお住まいの方々にはぜひおすすめしたいと思います。

翌日は「醤の郷」と呼ばれる醤油工場の集まる一帯を散策。

Hisio

昔ながらの醤油を造る建物が残っていて、あたりに醤油の香りが漂っています。
マルキン醤油記念館という工場隣接の博物館では、見学すると醤油の小瓶がもらえます。

小豆島はかなり広い島です。
のんきに醤油工場見学してるうちにあっという間に昼近くになってしまい、寒霞渓二十四の瞳映画村など、他の観光ポイントに行く時間もなくなってしまいました。
滞在時間はちょうど丸1日でしたが、島全体をゆっくり回るには2日は必要です。
特に今回の旅は小豆島を最後の宿泊地にしてしまい、フェリーや飛行機の時間を考えて移動しなければならなかったので、ちょっと残念でした。
次回は関西方面から「姫路・小豆島の旅」などを企画したいと思います。

というわけで四国遍路の旅も終了。
久しぶりの四国観光でしたが、毎日天気もおだやかで、また見所が多いと感じました。
また長い間ネット上で交流させていただいていたgetsmart0086さんと初めてお会いすることもでき、楽しい時間が過ごせました。
次回また香川に行った時には、ぜひゲッツさん一押しのさぬきうどん屋に連れていっていただきたいと思います。

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行ってみた 第6回 今治・松山

四国漫遊シリーズ2回目。
今日は祖谷を離れて今治と松山を目指します。

祖谷の「秘境の湯」は朝食も大量でした。

Breakfast

普段は絶対食わないような量を朝からこなし、もたれ気味でよろよろ出発。
今治までは100km程度でしょうか。
祖谷や大歩危は高速のインターから意外に距離があったため、今治まで全て一般道で行くことにしました。
ところが伊予三島に入ったあたりで渋滞です。
借りたレンタカーのカーナビが「この先渋滞です」とか教えてくれるのですが、他に抜け道もなく、やはり渋滞にはまってしまいました。
しかたがないので来た道を5kmほど戻り、やはり高速へ。
普段東名の大和バス停付近や中央道の小仏トンネルではまる渋滞に比べれば、大したことはないはずなんですが・・・

四国の高速道路はやはりすいていました。
貸し切り状態ですっ飛ばし、1時間程度で今治市内です。

まずはタオル美術館

Towel

来てみて初めて知りましたが、今治は「タオルと造船の町」だそうです。
タオルメーカーが運営する大きなショップがいくつかあり、それらを巡るのが今回の妻の企画です。
あたしはタオルには詳しくないので、今治でないと入手できないものなのかはわかりませんでしたが、この美術館はタオル綿の種類や歴史を表す展示があったり、綿で作ったでかいケーキやアイスクリームが置いてあったり、不思議なところです。

Towelcake

写真はタオルの原料である綿で作られたケーキで、高さが1mくらいあります。
見たかんじ食えそうですけど、綿です。

美術館という名の施設ですが、大半はタオルショップです。
デパートのタオル売場が館内にたくさんある、といった感じです。
ショップにはタオル製のぬいぐるみなども置いてありました。

Towelshop

今治城にも行ってみました。

Imabarijou

Imabarijou2

周囲に高い建物が少ないので、天守閣からの眺めはかなりいいです。
敷地内にある吹揚神社で妻がおみくじを引いたら大吉でした。
実は妻はおみくじ運がかなり悪く、鎌倉の鶴岡八幡宮や愛知県の豊川稲荷で大凶を引いた実績があるため、今回の大吉に非常に喜んでいました。
あたしはおみくじってあまり引かないですけど、大凶なんて生涯で一度も出たことがありません。
若い頃からあちこちで大凶をぼんぼん引く妻を見て、「この女はヤバイかもしれない」と思ったこともあります・・

しまなみ海道の一部、来島大橋が見える展望台に登ってみました。

Bridge

この道は自動車だけでなく、自転車でも徒歩でも渡れるようになっています。
尾道まで52kmだそうです。
実際歩いている人が見えました。
尾道から歩いて来たんでしょうか・・・

Bridge2

展望台から海や島がよく見えるのですが、瀬戸内海を見てつくづく思うのは風がないことです。
展望台は海面からかなり高さがありますが、例えば伊豆でも千葉でもこういう場所だったらけっこう強風が吹いてるもんです。
それが今治では全く風がありません。
5年前に尾道から瀬戸内海を見たことがありますが、その時も風がなく海がホントにぺったんこだったことに驚きました。
瀬戸内ってのはホントに風がなくておだやかな土地なんだなと感じます。

さて今治を後にし、海岸線沿いに国道を通って松山に向かいます。
今日の宿は道後温泉本館のすぐ横のパティオ・ドウゴという横文字のホテルです。
夕食の後、その道後温泉本館に行ってみました。

Dougoonsen_2

温泉に入るためのコースがいくつかあり、料金も違います。
入浴だけでなく、休憩すると料金は上がりますが、お茶とお菓子が付きます。

Dougoonsen3

おすすめは一番高い「霊の湯三階個室」です。
広間休憩コース「神の湯二階席」「霊の湯二階席」もありますが、他のお客も出入りして落ち着きませんし、料金にそれほど差はありません。
今回は「神の湯二階席」が満席で、「霊の湯二階席」となりました。

Dougoonsen2

ちなみに休憩コースを選択すると、もれなく「皇室の方が使用した風呂桶やトイレ」の説明がつきます。
あたしに説明してくれたのは「腰の低い陽気な鈴木宗男センセイ」のような人でした・・・

明日はいよいよ高松でgetsmart0086氏との会見です。
というわけで、旅はまだ続きます。(引っ張るなぁ・・)

タオル美術館

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行ってみた 第5回 大歩危・祖谷渓

唐突な旅行で全国のブロガーさんを動揺させるシリーズ、今回より四国巡礼の旅日記がしばらく続きますので、おつきあいのほどよろしくお願いいたします。

いきなりですが、大歩危・祖谷。
大歩危・祖谷と聞いてどこの県に属するか、即答することはけっこう難しいと思います。
そもそも読めません。
いずれも徳島県に所属し、「大歩危」は「おおぼけ」、「祖谷」は「いや」と読むそうです。
祖谷は旅の計画を立てるまでどこにあるかも全然知りませんでしたので、当然読めませんでした。
そんな難読な地名の響きに誘われ、旅立つことにしました。(意味不明)
今回は高松や小豆島も巡る旅でしたので、高松空港から祖谷を目指します。

やたら早い時間の便を選んでしまったので、朝9時半には高松空港に着いてしまいました。
まずはレンタカーを借りに行きました。
ところがいきなり「喫煙車ですね?」と言われ、カウンター越しに店員を殴る蹴るの大暴れ。(大ウソ)
わざわざ喫煙車なんぞ誰が借りますかいな。
禁煙車が手配できておらず、しばらく待たされるはめに。

ようやく車を借り、空港から吉野川に向かって山越えすると、川沿いに脇町という小さな町(現在は美馬市)があります。
ここには「うだつの町並み」が保存されています。

Wakimati1

あたしのようなサエない男を「うだつの上がらないヤツ」と言いますが(拍手:byぷくルドルフ)、そのうだつ(卯建・宇立)です。
「うだつ」そのものを知らずに「うだつの上がらない」という慣用句だけをよく使っていましたが、「うだつ」とは何でしょうか。

「うだつ」とは昔の家屋で一階と二階の間に作られた防火用の白壁のことで、それが豪華な装飾によって富や権力を象徴するものになったそうです。

Wakimati2

つまり「うだつ」がいつまでも上がらない、カネも権力もない男のことを言う言葉として残った、ということになります。
当たってるあたしとしては非常に迷惑な言葉ですが・・
さてうだつの町並みは白壁できれいですが、町並みの規模はそれほど大きくはなく、観光客向けの商店などもあまりありません。
俗っぽくないとも言えますが、感覚的には少し物足りないと思いました。
まあ「うだつ塩キャラメル」などをムリして売ったり、「うだつコースター」などといった痛い遊園地の乗り物があったりするよりはマシかもしれませんけど。

未来永劫うだつの上がる見込みもないあたしは、そのまま吉野川に沿って国道を遡り、大歩危に到着。
大歩危・小歩危は吉野川の両岸に見られる砂質変岩の峡谷景勝で、大歩危は遊覧船で川を上下して見ることができます。

Ooboke

遊覧船の船頭さんの案内によれば、「大股で歩くと危険なので大歩危、小股で歩くと危険なので小歩危と呼ばれる」そうです。
地名としては知ってましたが、そういう場所だったんですね。

Ooboke2

水面から見る岩壁は確かに迫力がありますが、遊覧船は流れの穏やかな場所しか通らないので、アドベンチャーな雰囲気は全然ありません。
ラフティングができる場所はもう少し上流のようです。

大歩危から東に山を入ったところに祖谷渓はあります。
ここにある有名な観光ポイントが、本日最大のアトラクション「かずら橋」。
その昔平家の落人がこの土地に身をひそめ、追っ手が迫っても橋をぶった切って身を守ることができるように作ったと言われています。

Kazurabasi

文字どおり「かずら(葛)」で作られた橋で、今では観光用にワイヤー補強もされているようですが、見た目は木のツル類で釣られた極めて脆弱でヤバ系のグラグラユルユルなロックンロール橋です。
しかも踏み板がスキマだらけのファンキーグッジョブな状態で、下は水面まで14mもある恐怖のアトラクションです。
それほど強い高所恐怖はありませんが、普段から歩くと地面が揺れているような耳の異常を持っていますので、いったいどうなることやら不安でしたが、一方でなぜかとても楽しみな気持ちもありました。

Kazurabasi2

通行料500円を払っていよいよ橋を渡ります。
すでに橋のあちこちには恐怖のため凝固している善男善女が点在しています。
妻は直前まで「もうダメかもしれない」「今日はやめとくかなぁ」などと思考がムダに動揺していましたが、意を決したようです。

しかし。
いざ歩を踏み出してみると、驚くほど何ともありません。
確かに踏み板はスキマだらけで、はるか14m下には川の流れがよーく見えますが、不思議と高さはそれほど感じません。
中間地点まではかずらの手すりをつかみながら進んでみました。
川から写真も撮りましたが、普通の橋の上から撮るのとあまり違いがありません。

そこで踏み板も撮ってみました。

Kazurabasi3

水面は確かに見えますが、この写真でも立体感が全然ないと思いませんか?
この写真を見ても、真下に人や物も見えませんし、足の14m下に水面があるとは感じられませんよね。

この時点で自分にはもうほとんど恐怖感はありませんでした。
手すりにつかまらず真ん中をすたすたと歩いて、20秒ほどであっさり渡り終えてしまいました。
振り向くと年齢や男女を問わずみんなおそるおそる歩を進めています。
あんなにゆっくり歩いたらかえって怖いだろうが。
数分たってようやく妻が渡り終えましたが、マジに泣いています。
橋の高さの恐怖と、置いていかれた恐怖が重なったようでした。
妻はあたしのことを「サルのようにひょいひょい行ってしまった」と表現しました。

ちなみに自分のことを「身軽」「高いところも平気」と思ったことは生涯で一度もありません。
子供の頃はこの手の遊びでは正直「お荷物」でしたし、ジャングルジムなんかは相当苦手でした。
が、なぜかこのかずら橋については、不思議なほど恐怖感はありませんでした。
普段から地面がグラグラユルユルしてるせいでしょうか・・

この日はもうひとつの観光ポイント?である「祖谷の小便小僧」も見てきました。
かずら橋から祖谷街道の細い道を20分くらい行ったところに、渓谷に向かって小便を放つポーズのブロンズ小僧があります。

Kozou

こっちのほうが水面からの高さはかずら橋よりもはるかに高いです。
テレビでも何度か紹介されているようですので、ご存じの方もおられると思います。
現場はホントにこの小僧以外何もありません。
道が狭いので夜間の鑑賞はやめたほうが良さそうです。
つーか夜間だと川も見えませんので、ただの小僧ですけど・・

この日は「秘境の湯」というサスペンスドラマのような名前の宿に泊まりました。
確かに祖谷は秘境ではありますが、宿の施設そのものや設備は新しくしっかりしており、不便なことは全くありませんでした。
食事も豪華かつ大量で、小食のあたしには多少キツかったですが、この宿はおすすめです。
残念なことに食事の間ずっと妻はかずら橋でのあたしの振る舞いへの不満を延々口にしていましたが・・

Hitou_2

というわけで、旅はまだ続きます。

かずら橋

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聴いてない 第125回 ヴァン・モリソン

あたしがBLOGを始めたのは2003年の末でした。
まだ日本ではそれほどBLOGというメディアが知られておらず、丁寧に「ウェブログ」と呼ばれていた頃です。
たまたま自分自身のホームページを持とうかと考えていた頃で、ニフティがウェブログのサービス「ココログ」を開始したのも同じ時期でした。
あたしは長くニフティ会員だったので、ニフティから盛んに「あなたもココログでウェブログ始めませんか?!」といったムダに熱いメールが日々やってきていました。
調べてみるとどうやらユーザーとしてはテキストを準備するだけで、ページ構成やデザインなどもテンプレートが用意されててお手軽そう。
しかも掲示板を設置せずともコメントがページ単位でもらうことができ、トラックバックという不思議な機能もついている。
ニフティ会員なら無料のコースもあるし、始めることにしました。

最初はネタもなくて音楽に関係ない適当な文書や、昔友人のサイト向けに作った連載ものを転載したりしましたが、反応も少なくあまり楽しくありません。
もっと多くの人と交流するにはどうしたらよいのだろうか?
自分の身の振り方を真剣に悩んだあたしは(脚色)、「聴いてない音楽を紹介してアドバイスを受ける」という、非常に依存的なもたれかかりBLOGを始めることにしました。

当時はまだ同じココログユーザーの中でも音楽ジャンルのBLOGはあまり多くなかったのですが、その中で自分とほぼ同時期に音楽BLOGを始めた方からコメントをいただきました。
それがhello nicoさんとgetsmart0086さんでした。
以来お二方とは今でも交流を続けさせていただいており、あたしはお二人のことを勝手に「ココログ同期生」と呼んでいます。(レベルはあたしとは全然違いますが・・)

そんな同期生のひとりであるgetsmart0086氏と、今週実際にお会いする機会に恵まれました。
あたしが四国を旅行することになり、その途中でお時間をとっていただいたのです。
いつも文面から匂う知的な雰囲気に、あたしもぷく先輩も「ヤツはただ者ではない・・」と低い声でうなっていました。
実際お会いしたご本人は予想どおりただ者ではなく、あたしのような脆弱でおポンチなただの町人とは対極にあるような、知性と品格とパワーを兼ね備えた精悍な方でした。
この時の模様は、いずれあらためて「行ってみた」シリーズでご紹介いたします。
ゲッツさんすいません、このネタもかなり引っ張るつもりですんで、よろしくお願いします。

さて今日の話題。
今さらですが、こんな自分でも聴いてないアーチストについて書くことはけっこう心苦しさを覚えるものです。
4~5人で会話していて、自分だけが知らないことについて盛り上がってしまった時は、愛想笑いを浮かべながらも胸中は決しておだやかでなく、「この話題早く終わらないかな」と思うことがありますよね。
あーいう感覚です。
自分だけが知らない専門用語について、会議中に議論が白熱してしまったような・・・
終電近くの南三局で気がついたら自分だけヤキトリで一人マイナスな状態だったような・・・
東海道線のボックス席に全然知らない3人組の騒々しい女性たちと一緒に座ってしまったような・・・
(いまいち伝わらない)

聴いてないアーチストはまだまだたくさんいるのですが、今日採り上げるのはヴァン・モリソン。
非常に居心地が悪いです。
申し訳ありませんがまっっっっっったく聴いてません。
1曲も知らないので、聴いてない度1。
もしヴァン・モリソン検定受けたらマジメに0点です。
ジム・モリソンとは遠い親戚関係にある・・・わけないか。
全然別の世界の人でしょう。

ヴァン・モリソン。
とりあえずものすごく有名だということは知っているが、それ以外何も知らない。
顔もわからないので手の施しようがないのだが、聴いてないことがバレたらと思うと、夜も眠れない・・・
バレるもなにも「聴いてないシリーズ」なんだから聴いてなくて当然なのだが、「いちおう名前は知ってはいるけどね。ちょっと聴いてないだけなんだ」と遠くに見える山々を見つめながらつぶやかなくてはならないのである。
なのでちょっとネットで調べてみました。

ヴァン・モリソンはアイルランドのソウル・シンガーであり、1965年にゼムというグループでデビュー。
アイドル化を嫌ってソロに転向したあとに名作アルバムを次々と発表。
ただしセールス的には浮き沈みも激しく、また離婚や麻薬中毒といった挫折も経験。
80年代以降もコンスタントにアルバム作成を続けており、2000年にはロックの殿堂入りも果たしている。
「ブルーアイド・ソウル」とは、この人のためにあるような言葉である。
・・・といったところが概論のようだ。
ううむ・・・しつこいようだが全く知らなかった話ばかりである。
21世紀に入っても毎年のようにアルバムが出ているそうで、これにもかなり驚いた。

ヴァン・モリソンはザ・バンドのラストコンサート「ラスト・ワルツ」にも出演している。
かなり前だが、この映画をほんの少しだけ見たことがある。
社内で忘年会をやった時に、会社の上司がBGVとして流していたのを見たのだ。
なのできちんと全部見たわけではなく、クラプトンやジョニ・ミッチェルが出てきた場面をかすかに覚えている程度だ。
ヴァン・モリソンが出てきた場面はもちろん覚えていない。
ちなみにこのビデオを持ってきた上司は元ミュージシャンで、名前を出せばほとんどの人が知っている人気バンドの、元メンバーである。

ネットでヴァン・モリソンを調べていて驚くのは、採り上げている文章の絶賛度が非常に高いことだ。
リンク先のみなさんもそうだし、音楽評論家からレコード会社サイトから一般人と思われる人まで、とにかく評価が高いのである。
まあふつうアーチストをネットで採り上げる時は絶賛したいがゆえに書くんだろうから、そうなるのも必然だろう。
かなりの数のサイトやBLOGを見させてもらったが、「いまいち」とか「自分には少し合わなかった」などの表現は見つからなかった。
ということは本当にすばらしいアーチストだということなんでしょうね。
これだけ絶賛されているアーチストなのに、全く聴いてないのはまずいのではないか?
・・・といった感じで、ぼんやりとネットで検索するうちに不安がどんどん拡大していったわけです。(毎度のこと)

ヴァン・モリソンは実は一度も来日していないそうである。
日本国内で生モリソンの歌や演奏を聴いた人は誰もいない、ということになる。
もともとマスコミ嫌いで、さらに飛行機も嫌いなため外国にあまり出たことがないらしい。
これでは日本まで来るのは難しいだろう。
来日もしてないのに、この人気ぶり・絶賛ぶりはやはり驚くばかりだ。
ザ・フーも来日してしまった今、「日本の土を踏んでいない最後の大物アーチスト」と言われているらしい。
本人は日本のことは嫌いじゃないんですかね?
あまり興味がないのだろうか・・・

ということでヴァン・モリソン。
グダグダ言ってないで聴いてみりゃいいじゃん、ということなんでしょうけど、「ソウル」「アイリッシュ」「ケルト」などのキーワードを出されても、悲しいかなイメージがほとんどわきません。
こんなシロウトが聴いても平気なんでしょうか?
おそらく各方面から絶賛コメントをいただけるものと思われますので、参考にさせていただくつもりであります。

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