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見ていない 第17回 宇宙戦艦ヤマト

元祖SF超大作アニメ、「宇宙戦艦ヤマト」。
これだけ有名なアニメなのですっかり見ている気になっていましたが、それは単にあるシーンのワンカットを絵として見たり、雑誌でヤマトの記事を見たりしていただけでした。
全く見ていないと言って差し支えありません。
一話30分間を通しで見たことは一度もないし、もちろん映画も見ていません。

ただし。
さすがにヤマトなので、テレビを見ていなくても多少の情報は入ってきている。
古代進や森雪やデスラーといった登場人物から、イスカンダルやガミラス星や波動砲といった基礎用語は一応聞いたことはあるし、主題歌もとりあえずは歌えるというレベル。
見ていなくてもこのくらいのレベルにある人はけっこう多いのではないかと思われる。
最近は一部の民族団体が街宣車でなぜか軍歌でなくヤマトの歌を流していたりしますが・・・

テレビアニメとしての初回放送は1974年だそうだが、裏番組が「アルプスの少女ハイジ」だったため視聴率がとれず、打ち切りになったとのこと。
これだけでも驚きなのだが、もっと驚いたのは松本零士の漫画を原作として作られたアニメではない、ということ。
えっそうなの?
漫画も実は全然読んでいないのだが、今までずうっと漫画がアニメ化されたもんだと思っていました。

細かい真相はよくわからないのだが、ネットで大ざっぱに調べた範囲では、ヤマトはまずアニメが先に放送され、直後に松本零士による漫画が雑誌「冒険王」(懐かしい・・)に連載されたり、小説が出版されたりしたそうだ。
これは放送開始日より雑誌発売日が後だったというだけで、制作自体がどちらが先なのかはわからない。
で、漫画も実は松本先生のものだけでなく、ひおあきらや聖悠紀の「ヤマト」もあったそうだ。
いずれにしても全然知らない話である。
聖悠紀って「超人ロック」の人だよね。読んでませんけど。

さらに。
いちいち驚いてばっかで恐縮だが、ヤマトの著作者は誰なのか?という点について、アニメ作成プロデューサーと松本零士が争い、裁判にまでなったとのこと。
またヤマトのゲームソフトやパチンコ台(!)についても、著作権侵害で裁判沙汰になったという、何かと争いの目立つ作品になってしまっているらしい。

うーん・・・
名作として名高い宇宙戦艦ヤマト、実はこんなにモメ事があったんですね。
急速に興味がわいてきました。
そういや松本零士って、漫画のセリフをマッキーがパクったとかで騒ぎになってたなぁ・・・
その後あの問題はどうなったのだろうか。

松本零士と言えばやはり「銀河鉄道999」なのだろうが、これも当然見ていません。
こっちは漫画をほんの少しだけ読んだことがある。
松本零士の漫画では「男おいどん」という名作があるが、自分はこの路線を継承しつつSF展開もまぜた「大純情くん」という漫画が好きだった。
ちなみにこの漫画は少年マガジン連載である。

「銀河鉄道999」は、連載されてたのが少年キング。
残念ながらキングはジャンプやマガジンには人気において遠くおよばず、キングって名前だけでつい笑っちゃうくらい、当時の少年にとっては寒い存在だった。
中学生の頃、あえてキングを買って学校に持ってきて、「やっぱキングおもしれえよ」という手のこんだギャグをやるヤツが本当にいたくらいだった。
キングに連載されてた漫画って「999」以外にあまり思い浮かばないもんなぁ。
版元が少年画報社ってこと、どれくらいの人が知ってるんだろうか。
あ、キングと言えば「ワイルド7」ってのがあったけど、望月三起也の絵があまりなじめず、これもほとんど読んでいない。
「ワイルド7」は7人の男たちが主人公だが、飛葉と両国とオヤブンとヘボピーと八百と・・・あーあと2人わからないし。
ヘボピーとオヤブンと両国が相次いで死んだあたりは衝撃だったなあ・・・って、オレけっこう読んでるほう??

・・・・すいません、ヤマトでしたね。
どこでワイルド7になったんだろう。そのうち書こう。
さてヤマトだが、宇宙を舞台に様々な兵器を駆使して戦う勧善懲悪ものだと思うが、古代進をとりまく人間模様が見所のひとつでもあるのだろう。
単に敵の侵略から地球を守る、という話ではなく、まず地球が滅亡の危機に直面しているという設定も、強いメッセージが含まれているように思う。
地球の運命を背負い遠く離れた天体まで行って帰って来なければならない、という過酷な任務。
三流出版社社員ではとても務まりません。
今さらですが、少しはヤマトでも見て精神を鍛え直したほうがいいのではないか・・と不安な毎日です。
映画でも構いませんので、おすすめの作品などあればご紹介いただければと思います。
あ、あとヤマトの著作をめぐる争いのウラ話なんかも、ご存じでしたらぜひ・・・(ホントはこっちのほうを期待)

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クールビズについて

毎日暑い日が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
昨日は熊谷や多治見で観測史上最高気温の記録が塗り替えられたそうだ。
あああ暑い・・・
おまけに北極海の氷の面積は史上最小を記録。
このままだと2014年には氷がなくなる可能性もあるらしい。
日本の都市でも北極海でも、温暖化の影響は現れているということらしい。

・・・といった不安なニュースを、暑さにやられたアタマでぼんやりとながめていた。
が、映像が北極のシロクマからスタジオに切り替わったとたんものすごい違和感。
なぜだろう・・・と思ったがすぐにわかった。
番組はあの「報道ステーション」だったのだが、キャスターの古舘氏も加藤氏も、上着を着ているのだ。
見るからに高そうな上着を。
いや、値段は関係ないけど。

地球温暖化を少しでも止めるため、政府主導で始まったのがクールビズだ。
呼び方も閣僚のファッションセンスもかなり評判が悪いが、やらないよりはマシなのだろう。
このクールビズ、ひとつだけ確実に効果が上がると言えることがある。
それは上着を着ないことだ。
あ、当然それに加えて冷房の設定温度を上げるのが前提ですけど。

クールビズが始まった時、週刊誌などで「お父さんのためのクールビズ講座」といった脱力企画が一様に展開されたが、驚いたのはファッション評論家と称する人の中に「クールビズとはいえ上着は必要」と言うヤツが少なからずいたことである。
しかもなぜか先にネクタイがやり玉にあがってしまい、上着は着てるけどネクタイとボタンははずしている石田純一みたいなくずれたおっさんが官民問わずあふれかえったのだ。(しかも顔や髪は当然石田純一ではない。)
意味ないじゃん。

少し考えればわかると思うのだが、クソ暑いさなかに上着を着ているのと、上着は脱いでネクタイだけしめてるのと、どっちが暑く感じるのか?
上着を着てるほうが暑いに決まっている。
昨日は熊谷で40度を超えたそうだが、映像ではそれでも町中で上着を着て歩いている我慢大会みたいなおっさんが映ったりしていた。
我が国では、真夏晴天日中の野外でも上着姿のオトコを見つけるのは全然難しくないのである。

まあ本人が好きで炎天下でも上着を着てるのであれば、別に止めませんよ。
ただそういうカッコウで室内でも過ごしたり、出入りしたりすれば冷房だってあんまし効かないよね。
違和感の原因はここにあったのだ。
地球温暖化を報道するニュースキャスターが、夜のスタジオ内とはいえ二人ともがっちり上着を着込んでしゃべっている・・・
全然説得力がない。

「上着がないとカッコウが悪い」「失礼だ」という思想はわかるよ。
あたしも一応サラリーマンだし。
ただしだ。
クールビズって名前まで決めて実行しようとしているんなら、ハンパはやはりダメだろう。
上着を着ている彼らキャスターのために、スタジオには相当強い冷房がきいてるはずだ。
飛躍しすぎかもしれないけど、そういうことの積み重ねで地球が温暖化してるってことではないのでしょうか。
マスコミは「温暖化防止のため、できることから始めましょう」と呼びかけなければいけない立場のはずだ。
それを感じないまま上着を着てカメラに向かってしゃべるってのはセンスがなさすぎだと思う。

今までこっちもあまり気にしてなかったけど、ニュース番組に出てくる男性は基本的に上着着用だ。
この季節にはもうやめたほうがいいと思う。
「みなさまのNHK」という国営放送局。
「みなさまから頂戴した受信料は、職員の飲み食いとアナウンサーの上着とスタジオの冷房に使われています」
・・・ダメだろう、やっぱり。

そもそもそういう発想がないのか、誰かに遠慮してるのかわからないけど、もうそろそろ、上着を脱いで「夏の間はクールビズを実行します」という報道番組や放送局が出てきてもいいと思いますけど。(あります?)
評判あがりますぜ、きっと。
いいんです、動機は不純であっても。
それが地球温暖化防止に少しでもつながるなら。

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聴いてみた 第43回 イングランド

以前よりあたくしの音楽的嗜好の狭さ幼さにお嘆きの貴兄におかれましては、今回のエントリには目を疑われたことと存じます。
そう、相手はあのイングランド。
なぜこんなド素人がこんな音楽を・・?
ほとんどの方はそう思われたことでしょう。
そう、相手はあのイングランド。

England

実はこのバンドについては全く知識がありません。
というかバンド名すら知りませんでしたので、聴いてない度は言黙創設以来の最低得点、0です。
イングランドという大胆なバンド名なのに、本当に知りませんでした。
まあアメリカとかジャパンとかベルリンとかエイジアってのもありますから、イングランドくらいあってもおかしくはないよね。
(そういう問題ではない)
こんなバンド名を名乗るのに、イギリス政府に届け出とかいらないんですかね。
UKなんてバンドもあるが、印税が間違って国庫に入ってしまったりしないのだろうか。
ちなみにスコットランドとかウェールズってバンドもあるんでしょうか?

今回このバンドを聴くにあたっては、毎度お世話になっている方からの強力なご指示があっての鑑賞となりました。
そう、相手はあのぷく先輩。
あたしの音楽人生を根底から変えたと言って差し支えないぷく先輩直々のご指示とあっては、断るわけには参りません。
最近は英国フォークの深い森をさまようのがご趣味のようですが、イングランドはプログレだそうです。
果たしてあたしは先輩の期待に応えることができるのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Midnight Madness
サウンドの盛り上がり方や楽器の使われ方、ボーカルの雰囲気などはイエスに似ている。
転調はそれほど激しくないが、けっこういろいろな音がつまった曲だ。
曲の長さが7分近くあるが、長いとは感じない。
ただし曲調が明るいのか暗いのかがよくわからない。
今さらだけど素人な感想。
全然関係ないけど、子供のころテレビで西部劇を見ていて、いちいち父親に「こいつ、ワル者?イイ者?」と聞いていたことを思い出した・・
同名の曲がナイト・レンジャーにもあるが、当然ながら全く別の曲である。

2. All Alone (Introducing)
ピアノだけのバラード。
メロディはクラシックのようだが、ボーカルがちょいと不安定だ。
この先大丈夫なのだろうか。

3. Three Piece Suite
リズミカルなわりに短調でややもの悲しい調べ。
と思ったらやはり転調。
中盤のうねるギターはクラプトンのようでもある。
リズムやスピードはけっこう大胆に変わるので、ついていくのがやはり大変。
ボーカルはやはり不安定だが、ボーカル自体にはあまりアレンジはない。
後半のオルガンやメロトロンのふかふか音は意外にいい感じだ。
13分もの大作なのだが、聴き終えた達成感はそれほどでもなかった。

4. Paraffinalea
ワルツ調のリズム、ギターとキーボード。
どういう曲なのかつかみきれないままフェードアウト。
さすがプログレ、やはり簡単ではないようである。

5. Yellow
イントロで一定の間隔で行き来するギターの音は、波打ち際を想像させるサウンドだ。
このアルバムの中では最もおだやかでオーソドックスな進行である。
この曲は5分くらいだが、思ったより長く感じる。
同じ旋律が繰り返されるからだろう。
申し訳ないが、やや眠い・・・

6. Poisoned Youth
ドラムソロで始まるイントロ。
この曲も17分弱という大作だが、当然転調も多く、何部構成なのかわからない。
聴き終えた後も残念ながらさほど感動はなかった。

感想。
うーん・・・
やはり自分のような素人には少々難しいと感じる。
転調が多い曲だと慣れるのに時間がかかるのである。
実は最近ムリにイエスを繰り返し聴いていて、「好きになった」とはとても言えないのだが、「多少慣れてきた」というあたりまでは来たような気がするのだ。
なのでイングランドも慣れるまでは相当のリピートが必要なのだろう。

全く知らなかったイングランド。
ちらっと事前に予習したところでは、「イエスとジェネシスを足して割ったような音」とのことだったが、まあ確かにそんな感じだ。
・・・なあんて書いてみましたけど、実はジェネシスはフィル・コリンズ時代しか知らないんだけど。
イエスに似ているところは確かにあると思うが、音は少し柔らかいような気がする。
好みの問題になるが、このボーカルだったら、ジョン・アンダーソンのほうが聴きやすい。(本当か?)

聴いてきてずっと気になっていたのが、ドラムの音だ。
「てんてん」「こんこん」と聞こえるこの音、乾きすぎなのである。
バスやシンバルはふつうなのだが、タム(スネア?)だけ軽く反発がきついように思う。
他の楽器に比べて浮いてるように思えるのは気のせい?

このアルバムは77年に発表されたものだそうだが、時代背景としては当時のイギリスはパンク・ムーブメントのまっただ中にあり、セールス的にも厳しかったため、レコード会社から契約を打ち切られ、結果この1枚のみが公式盤ということらしい。
長いことCD化もされず、アナログ盤は希少価値がついて異常な高値だったようだ。
プログレってのはやはりスゴイ世界なのだね。

メンバー表を見たが、当然ひとりも知らない。
プログレに興味がなかったから知らなくて当然なのだが、もしプログレ検定が実施されたら、こういうバンドの問題でもすらすら答えられないといけないってことなんでしょうか。

リーダーはロバート・ウェブという人。
今さらだが、英語名で「ロバートの愛称はボブ」ってのはどうにも納得がいかない。
なぜ本名と愛称がこうも違うのだろうか。
じゃあロバート・プラントはペイジに「ボブ」とか呼ばれたりしてるのか?
ではボブ・ディランは本当はロバート・ディランなのか?
ボブ・マーリーはロバート・マーリーなのか?
ボブ・バックランドはロバート・バックランドなのか?
というと、そういうことではないらしいが・・・

ジャケットにも全く見覚えがない。
francofrehleyさんのBLOGによれば、イギリスでは有名なジャム「Golden Shred」のラベルをパロディ化したものだそうだ。
なおタイトルの「Garden Shed」は、枯れ葉が舞い散る庭という意味らしい。

というわけで、枯れ葉舞い散るイングランド。
イエスですら慣れるために未だに苦労してる素人にとっては、まだハードルはそれなりに高いようです。
プログレ検定受験の際には、ぜひぷく先輩とモンスリー師匠の集中講座を受講してから臨みたいと思います。

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聴いてみた 第42回 ブラックモアズ・ナイト

今回聴いてみたのは、ブラックモアズ・ナイト。
ご存じリッチー・ブラックモア御大が、パープルともレインボーとも決別してキャンディス・ナイトと結成した、クラシック回帰ユニットである。

ロック・ミュージシャンやバンドの路線変更は多々あるが、リッチーのように極端な転職はけっこうめずらしい。
かつてパープルのギタリストとして一時代を築き、レインボーのバンマスとして歴代のボーカルを世に出したリッチーだが、メンバーともロック・ミュージックとも完全に別れてキャンディスとともに生きることを決意している。

リッチーはユニット結成当時は過去のパープルの映像を見ることもイヤだったようで、日本に来てニュースステーションに出演した時も、モニターに映るパープル時代の自らの姿に、ずうっと目をそむけていた。
パープルやレインボーの何がそんなにイヤだったのだろう?
キャンディスのどこがリッチーにそこまでの決断をさせたのだろう?
こんな風に興味がわいたので、図書館で借りてみたのが「Under The Violet Moon」である。

Blackmores

パープルの音すら満足に聴いてない自分だが、リッチーの決断の表れはサウンドにどのような変化をもたらしたのだろうか。

・・・・・聴いてみた。

噂には聞いていたが、やはりパープルやレインボーとは全然違うし、もはやロックとは全く別のジャンルである。
まずサウンドは全般的に短調の曲であり、フラメンコ調やワルツやトルコの行進曲風の曲が多く、リッチーもアコースティック・ギターを弾いている曲が多い。
ただしエレキギターを全く使っていないわけではなく、「Gone With The Wind」という曲ではかつてのリッチーを思い起こさせるギターワークが聴ける。
リッチーだと思って聴くからそう思うだけで、全く予備知識がないまま聴いたら「どこの国の人たち?」という感じだろう。

さてキャンディス・ナイト。
アレンジや編集がどのくらい施されているのか不明だが、以前ニュースステーションで歌った時はクチパク疑惑もあり、実はあまり歌の上手な人ではないんじゃないかと想像していた。
が、今回このアルバムを聴いてみた範囲では、うまいかどうかは別として、かなり雰囲気のある声を出している。
曲調がロックではないので声量は必要ないが、あまり抑揚のない声でささやくように歌っている。

感覚的には「声の高いスティービー・ニックス」というところである。
スティービーほどのビブラートも情感もない代わりに、不安定なところもなく、どの曲も同じ調子なのだが、この声は嫌いではない。
またこの声がリッチーのギターと実によくマッチしている。
曲調がヨーロッパ風なのでなんとなく意外に思ったのだが、キャンディス・ナイトってアメリカ人なんですね。

感想。
あのリッチーがここまで路線変換したかと思うと、多少残念な気持ちにはなるが、サウンドは美しいしキャンディスのボーカルも意外にいいので、最後まで落ち着いて聴けることは確かである。
静かな部屋で夜中に聴くにはいいだろう。

ジャケットは完全に中世をイメージした絵であり、ギターを携えるリッチーや歌うキャンディスが、中世の街並みの中に、行き交う人々とともに描かれている。
が、絵の雰囲気や線の調子がどこか漫画チックで、ちょっと変である。
はた万次郎の漫画みたいな絵なのだ。
このあたりはもう少し叙情的または写実的に作ってみたほうがよかったんじゃないかと思う。

というわけで、初めて聴いてみましたブラックモアズ・ナイト。
かつてギターネックでテレビカメラを突き刺したりギターでグラハムの頭をぶん殴ったリッチー・ブラックモアの狂気はみじんも感じられません。
リッチーの理不尽で傲慢なクレイジーさが大好きな自分としては残念ながらもの足りませんが、音楽としては悪くありません。
オトコとしてのリッチーの身の振り方にはある種のあこがれも感じたことも確かです。
かつての同僚も自分で起こした会社も全て捨て去って、新しい女性とともに地方の小さな会場で静かにギターをつまびくリッチー。
これはこれでいいんじゃないかなと、なぜか寛容な気持ちにさせる不思議なサウンドでした。

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