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従来から「おくつした」

今年も文化庁による「国語に関する世論調査」の結果が発表されました。
毎年恒例なので楽しみにしてる方も多いと思います。
文化庁の調査目的は「国語施策を進める上での参考とする」とのことですが、毎年ほとんどのマスコミは調査結果を「日本語の乱れの現れ」として報道してしまっています。
調査目的と結果の運用がズレてる気もしますが、この結果を見て「普段使っている言葉が実は誤用だったことに初めて気づく」ケースも多いでしょう。
あたしも商売柄日本語の誤用や乱れには多少気を配ってきているつもりですが、毎年「げっ・・・これって誤用だったんだ・・」と気づくことが続いています。

さて言葉の問題は自分が思っている以上に国民のみなさんの関心は高く、「やはり使うからには正しく美しい日本語を」と考えている人が多いのでしょう。
自分もたま~に言葉についてBLOGで採り上げたりしますが、以前とても驚いたのは自分の意見に賛成しかねる方からのコメントでした。
具体的には、自分は「1万円からお預かりします」にはかなり寛容なのですが、これが相当お気に召さなかったらしく「恥知らずの言語無知」「何様のつもりか」などといったお叱りを受けました。
驚いたのは、言葉遣いの問題を採り上げているのにも関わらず、全く唐突に挨拶もなしに(←ここ重要)「オマエの考えは間違っている」旨のコメントを、あまり美しくない表現で寄せてきたからでした。
こういうバランスの乱れた人はネットの中に意外に多く見かけます。
言葉遣い以前にアンタのネット遣いが全然お子さまじゃねえかよ!と、こっちも言いたくなりますが。
あ、「全然お子さま」は誤用ですかね。(もうええやんけ)

話を文化庁の調査結果に戻しますが、今年の調査結果の中に少し脱力した言葉がありました。
「どんな語に「お」を付けるか」という設問なのですが、用意された言葉は以下の15語でした。

 ・お弁当
 ・お天気
 ・お皿
 ・おビール
 ・おソース
 ・お紅茶
 ・お酢
 ・お薬
 ・お手紙
 ・おくつした
 ・おかばん
 ・お酒
 ・お米
 ・お茶わん
 ・お菓子

もちろん自分も全部「お」をつけてるわけではないのですが、ひとつ変な言葉が混じっていると感じました。
「おくつした」。
調査結果で「くつした」に「お」をつけると答えた人がいたことも驚きですけど(セレブ?)、「くつした」を選んだ文化庁のほうがおかしくないか?と思います。
「おくつした」なんて幼稚園児でもあんまし言わないような言葉だと思うけど、なんでこんなの答えさせたかなぁ。
くだらない文句かもしれないけど、税金使って調査するんなら、もう少し国民のタメになる事例を持って来ないといかんですね。

さて自分が「誤用だと初めて知った」今年の言葉。
それは「従来から」。
4人に3人は「気にならない」と回答したそうですが、あたしゃ気になる以前に「どこがおかしいんだ?」と一瞬考えてしまいました。
「従来」には「以前から」「従前より」という「から」も含めた意味があるので、「従来から」は「あとで後悔」「馬から落馬」のように二重表現となるそうです。
よく考えればその通りですが、これはもうゴキブリと同じで元に(正しく)戻らないんじゃないかなぁ。
自分もたぶんこのBLOGのどこかで使ってるかもしれませんし、「まだ未完成」「今朝の朝刊」などとともに、普段からまったく気にせず発している言葉だと思います。

新聞各紙ともこの調査結果を報道したようですが、東京新聞なんか「二重表現ですが・・」と見出しをつけておきながら、「4人に3人は違和感を感じないといった実態が浮き彫りになった」などとスルっと書いてあります。
「二重表現」って言ってるそばから「違和感を感じない」ってのも、どうかと思いますね。
「違和感を覚えない」にしておくとか、少しは考えなかったんでしょうか。
あ、「違和感を感じる」ってもしかして間違いとは言えない表現でしょうか?
「臨場感を感じる」とはあまり言わんぞ。「臨場感」は「ある」だ。
「危機感」はどうだろう?
「違和感を感じる」を言い換えるなら「違和を感じる」だけど、「危機を感じる」って言うと少しニュアンス変わりますね。
「危機感を覚える」よりもヤバそうな感じだ。
難しいなぁ。

で、「従来から」って、ホントに間違った表現なのか?
いまひとつ納得できなかったあたしは意地悪くネットであちこち調べてみました。
そして非常に痛快(←失礼)な事例を発見したのです。

なんと国語学会(現:日本語学会)のサイトに、「従来から」の記述を見つけてしまいました。
国語そのものや誤用に関するページではなく、組織運営の説明のような内容ですが、「従来からある外部査読委員の制度は存続し・・」と書いてあります。

いや、別に国語学会の方々をあげつらうつもりはありません。(本当か?)
自分も人様の言葉遣いを指摘できるほど日本語に堪能ではありませんし。
でもマスコミにしても国語学会にしても、このあたりの二重表現については、従来から違和感は感じていないようです。

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読んでみた 第6回 ビッグ・トゥモロウ

今回読んでみたのは「ビッグ・トゥモロウ」。
20代30代のナウいヤングなビジネスマンをターゲットにした月刊誌である。
版元は青春出版社
発行部数は15万部。

すでに年齢でこの雑誌のターゲットからしっかりはずれてるあたしですが、20代30代の頃ももちろん読んでませんでした。
耳鼻科の待合室でめくったことがあったような気がするが、病院での待ち時間なんて精神状態がふつうじゃないので、どんな雑誌を見てもアタマに入らないですね。

この雑誌、最近電車の中吊り広告をあまり見かけないが、以前はとにかく字数の多い広告で有名だった。
見出しというより要約をずらずらと並べた広告で、もう本文を読んだような錯覚を起こすような感じ。
戦略としてむしろ逆効果じゃないのかよ?と通学電車の中でいつも思っていました。

で、「有名なわりに読んでない」典型な雑誌だったので、今回ビッグなトゥモロウをゲットすべく定価で購入。
買ったのは8月号、550円。

Bigtomorrow

今月の見出しはこんな感じ。

★ 総力特集
 岐路に立ったときの決断思考から、ピンチのときの逆転思考まで人生が劇的に変わる「考える技術」
 頭のいい人、悪い人の考え方。その意外な差とは?
 すぐに正解が見えてくる「頭のいい人の考え方」全テクニック!

★ この“殺し文句”で相手はあなたの意のまま
 他人をたったひと言で動かす魔法の言葉64
 白潟敏朗、内藤誼人、高城幸司ら言葉のプロが明かす裏テクニック

★ 一攫千金の投資法から、確実に2倍の貯蓄法まで
 小泉首相退任、アメリカ中間選挙…激動の世界経済を読んで安定して勝つ投資法
 ボーナスを殖やすなら、ズバリ、ココに預けよう!

★ 信用度、小遣い…そして5年後の出世、疾病率にこれだけの違いが!
 30代・独身者と既婚者の“意外な格差”研究

★ 都会のサラリーマンと地方のサラリーマン、本当に幸せなのはどっちだ?
 サラリーマンの夢「もっとも給料が高くて休みが多い所」はズバリ…

だから見出しが長いよ・・・
月刊誌でありながら週刊誌のような妙に高いテンションを持つ、鼻息の荒い雑誌である。
この他、ボビー・バレンタインや石井琢朗のインタビュー、落合信彦・テリー伊藤・猪瀬直樹・井筒和幸といったややコワモテ系文化人の人生訓連載がある。

・・・・・読んでみた。

基本的なコンセプトは、「ビジネスや株式や起業やライフスタイルといったキーワードで、成功をめざす若者を応援するよマガジン」である。
文字どおりビッグなトゥモロウをつかむためのガイドラインが並んでいる。
インタビューや連載や成功者談話などは、思ったよりもまともでそれほど突飛な内容ではない。
他の雑誌でもこれくらいのことは書いてあってもおかしくなさそうだ。
テリー伊藤や井筒和幸は、結構ためになりそうなことを、それほど説教くさくない論調で展開している。

気になるのは編集記事である。
インタビューや連載や談話は、言ってみれば文化人や起業家たちの言葉であって、編集者が創造した文章ではない。
そうでない特集記事や編集記事は、編集部の力量がモロに現れる部分だが、ここはちょっと・・・という内容のものが多い。

例えば。
「他人をたったひと言で動かす魔法の言葉64」。
これがどうにも脱力な内容である。
だいたい「魔法」って言葉にもうそれほどチカラがないだろうに。

権威ある人をほめる時に使う言葉として「同じようなことをビル・ゲイツも言ってました」というセリフが紹介されている。
誰もが知っている成功者を引き合いに出すことで、気難しい権威者のココロをくすぐる作戦・・・だと思うんだけど、こんなんで喜ぶおっさんが本当にいるのか?

あと先輩をほめる時には「どこで髪切ってるんですか?」だそうです。
・・・これのどこが魔法の言葉なのかよくわかりませんが、「カッコイイですね。ボクもそこで切ってみたいので教えて下さい」と続けるんだそうだ。
・・・これもムリだと思うよ、たぶん。

「30代・独身者と既婚者の“意外な格差”研究 」。
独身か既婚かによって起こる様々な格差、例えば小遣いや持ち家率なんて現実的な面から、死亡率・自殺率といったハードな統計、また「癒やされたい率」なんて根拠が不明な数値までが紹介されている。
企画としてはまあおもしろいとは思うが、書いてあることはいまいち説得力もなく、目新しい理論でもない。
論調はなんとなく既婚者優勢のような感じだ。
そりゃ確かにそういう部分もあろうが、既婚か未婚かだけがそいつの人格を決める要素ではない。(と正論で反論)
あのね、常々思うんだけど、男の価値でどこかにラインがあると言うなら、それは「既恋愛か未恋愛か」である。
この場合成就したかどうかは問題じゃないのです。
未婚であっても自分で納得できる恋愛経験があれば、何ら恥じることもないんじゃないだろうか。

あとエキサイト日本法人社長の山村幸弘氏のインタビューがあるのだが、本文脇のアオリがどうにもなれなれしい。
読んでもらえばわかるのだが、本人のインタビュー口調は至極ふつうなのに、アオリの語尾が「決めてたんだ」とか「思おうよ」なんて語りかけ口調になっている。
なんか昔のJUNONの見出しっぽいのだ。
「ぼくが愛した女性について語ろうか」なんてヤツ。
覚えてる人いるかなぁ?
ウッチャンナンチャンもネタで使ってたことがあるのですが。
ウンナンの「雑誌たちの会話」ってコント、大好きだったなぁ。

で。
この本を読んで成功につなげた人がどれだけいるのかわからないけど、自分のような投げっぱなしジャーマンな人生を送ってる自堕落な人間からすると、どうもいまいち胡散臭いなぁ・・というのが正直な感想。
目次でも「注目!インタビュー」とか「快調!強力連載陣 」「好評連載 」なんて表現が使われてますが、このあたりいまひとつのめり込める感じがしない・・・
「快調!強力連載陣」かぁ・・・こういう表現でまだいける雑誌なんだよなぁ・・・
「ムダに元気のいい、それでいてどこか口調が古くさい昭和のサラリーマン」というイメージ。
元気がよくて何よりなのですが、屈折しているあたしには、あまり共感できるものがないというところ。
こういう雑誌を全部額面どおり受け取る純朴な若者もあまりいないと思うが、それでも創刊25年以上らしいし、部数を見てもかなり売れてるので、支持する人たちは多いってことでしょうね。

ネットでビッグ・トゥモロウを検索して目立ったのが、「このサイトがビッグ・トゥモロウに掲載されました」という報告。
株や起業などに関するサイトが多かったけど、この雑誌に載ることが結構なステイタスになっているらしい。
出版不況と言われて久しい業界ですが、BLOGやサイトが雑誌で紹介されることがまだまだ力を持ってるんだなぁと感じました。
確かにこんな自分でも、ネットで書いた文章がビッグ・トゥモロウに掲載されたら、きっと喜んで報告しちまうだろうけど。(軟弱)

というわけで、ハスに構えて読んでみたあたしは、当然ながらビッグなトゥモロウはゲットできませんでした。
申し訳ないけど、よほど楽しそうな特集でも組まれない限り、今後自分で買って読むことはないと思います。

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聴いてない 第93回 ヨーロッパ

ここんとこジャクソン・ブラウンやザッパやトッド・ラングレンなんて通っぽいアーチストばかり採り上げてたんで、今回はちょっと違った系統に行ってみます。
北欧メタルと言われて最初に思い浮かぶのがヨーロッパである。
というか他に知りませんが。
21世紀の現在、こんなカテゴリー自体成立してないと思うが、このバンドを語る際には必ず出てくる言葉である。
全然聴いてません。
ちなみに南欧メタルという言葉はない(と思う)。

聴いた曲は「ファイナル・カウントダウン」「ケリー」「スーパースティシャス」の3曲。
チャートだけ追ってると結果としてはこんなところじゃないだろうか。
「ファイナル・カウントダウン」は川口浩探検隊のBGMに使われてたそうですが・・
どこかプロレスチックでもある曲だけど、実際誰かレスラーがテーマソングで使ってませんでしたっけ?
いずれにしてもこの3曲、特に気に入ったということもなく、自分の中では数あるエアチェック曲の中に埋もれていった、という扱いである。
アルバムを聴いてみようと思ったこともなかった。

全然聴いてないわりに、メンバーを少し知っていたのは自分でも意外だった。
ジョーイ・テンペスト、ジョン・ノーラム、キー・マルセロ。
いったいどこで覚えたのかナゾなのだが。

今回もウィキペディアで調べてみたのだが、やはり書いてあることに不明な点が多い。
不明なのはもちろん自分の知識が浅薄なせいで、こんなことはヨーロッパに限りませんが。
「現在では過去のどの時期にもない、ダウンチューニングをフィーチャしたモダンなへヴィロック路線で活動している。」
・・・って書いてあるのだが、全然わからない・・・
「ダウンチューニングをフィーチャー」ってどういう意味?
「モダンなヘヴィロック」ってどっちも今風の言葉じゃないんですけど・・
あと「"Seven Doors Hotel"はあまりにも有名な曲。」って書いてあるけど、これ知らないしなぁ。
疑うわけではないが、ホントに「あまりにも有名」なの?
日本でもヒットしてたのだろうか。(←疑ってる)

このバンド、人気はそれなりにあったように思うが、やはりボン・ジョビデフ・レパードに比べるとどうしてもランクは下になっている気がする。
この3曲しかエアチェックできなかったし、日本でのセールスもおそらくボン・ジョビやデフ・レパードには全く及ばないだろう。
ただイメージとしてはアメリカやイギリスのメタルに比べ非常に清潔な感じだ。
キラキラ輝く金髪と瞳、美しい歌声、豊かな国で育まれる誠実な人間性・・・なぁんて感じ。(チープだなぁ)
実際のところどうなのかわかりませんけど、ドラッグやりすぎたり街金でカネ借りすぎたりホテルの窓を叩き割ったりルームサービスのワゴンからパンを盗んであとは階段から突き落としたり・・という武勇伝はないんじゃないの?
ロックな人につい暴力沙汰や諍いネタを求めてしまう自分からすると、少し物足りない・・と勝手に思ってしまいました。
いや、そういうバイオレンスな話題があったら教えてほしいです。
本当はいろいろあったりするんでしょうか?

ヨーロッパのファンの人からすると「こいつ何言ってんの」だろうけど、自分の中でいつもイメージがダブるバンドがストライパーだ。
ストライパーは確かアメリカのバンドだが、メタルと呼ぶには清廉潔白すぎる人たちである。
敬虔なクリスチャンバンドで、ステージが終わったあと会場の出口でメンバーがお客に聖書を配ることで有名。
こっちのバンドも1曲しか聴いてないが、悪くはなかったです。

ヨーロッパは2004年に再結成し、昨年日本公演も行われたそうだ。
80年代の彼らと変わらぬ美しいサウンドを展開しているらしい。
BLOGを始めていろいろと「聴いてない音楽を聴いてみた」りしたけど、なかなか「これはいい・・」と思うものに出会えていないのが正直なところである。
だからといって今更ヨーロッパかよ、という気もするが、少し疲れた中年の耳には、むしろ清廉な彼らのサウンドのほうが良いのではないか?などと思ったりしている。
「あまりにも有名」とまで書いてあるのに聴いてないのも少しショックだったので、どこかでこっそり挽回しておかんといけないような気がしています。

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聴いてみた 第30回 レッド・ツェッペリン 「プレゼンス」

これまで多くの方々のご指導に支えられながら続けてきました、「聴いてみた」シリーズ、今回30回目の節目にふさわしい名盤を聴くことにしました。
そう、レッド・ツェッペリンの「プレゼンス」。
発表から30年もたってんのに未だ聴いてないという、未来永劫前人未踏空前絶後な初心者ぶり。
しかしながら「プレゼンス」、相変わらず図書館には見あたらず、ついに購入を決心し近所のレコファンに出向く。
結局中古屋なんだけど。

Presence

・・・・・買ってみた。
しかも紙ジャケである。
紙だよ、紙!ねえ!(うるさい)
ド素人のくせに実に大胆なお買い物ですが、値段は1620円と非常にお手頃なものでした。
中古のようですが、状態は非常によくほぼ新品同様。
意味不明なプレミアもなく安心して購入。
プログレの紙ジャケってのはむやみに高い印象があったのだが、ツェッペリンは人気ないんスかね?

いやあ初めて買っちまったよ、紙ジャケ。
CDなのにスリーブに入ってるし、ホントにLPを縮小して作ってるんですね。
あたしゃCDをダイソーで買ったボール紙製の箱に入れてるんですけど、紙ジャケ、でかくて入らねえじゃんかよ!
・・・まあダイソー箱にCD入れてる時点で、もはや救いようのない三流リスナーですけど。

さて「プレゼンス」。
常連コメンテーターのみなさんがあたしのBLOGで寝食を忘れて白熱した議論を展開するくらい(してないけど)、歴史に残る名盤。
「これを聴かずしてZEPを語るなかれ」とは、まさにこのアルバムのためにある言葉。
果たしてどんなアルバムなのでしょうか。

・・・・・聴いてみた。

1. Achilles Last Stand
1曲目から後期ツェッペリン最高傑作との評価の高い「アキレス最後の戦い」。
疾走感と緊張感に満ちあふれるペイジのギター、ボンゾのドラム。
特に時々はさまるボンゾのヤケクソに早いドラミングは、この曲の聴きどころのひとつであろう。
これがウワサのアキレスか・・・

ペイジのギターは思ったよりシンプルで、あまり音の種類は多くない。
「純粋に楽器を極めるとこうなるんだよ」と主張しているような感じだ。
この曲からその後のハードロック・ヘヴィメタルの様々な音につながっていることが、こんな自分にもよくわかる。
ネットでこのアルバムレビューを読むと、どのサイトでも必ず「長さを感じさせない」と書いてあるが、本当にそのとおりだ。

2. For Your Life
少しテンポの落ちたブルース調のサウンド。
当たり前だがペイジのギターとボンゾのドラム、進行がきっちり揃っている。
しかし。
2曲目にして早くもがっかりなのがプラントのボーカル。
声に全くツヤがなく、別人のように聞こえる。
まあプラントについては後で詳しく述べよう。

3. Royal Orleans
ファンキーなリズム、なんとなく下世話な印象の歌詞。
以前から知っている曲なのだが、改めて聴くとペイジがけっこうしっかりしてるよなぁ。
時々サイレンスなポイントがあるのだが、後期の彼らにこの手口が少し増えている気がする。
一瞬の静寂で「タメ」を作るというか、そういう技法。
これは悪くない。
以前何かの雑誌で「ペイジのギターの魅力はリフとタメ」という記事を読んだことを思い出した。

4. Nobody's Fault But Mine
イントロのギターリフは「胸いっぱいの愛を」の応用編ではないか?と思う。
この曲も時々「タメ」がある。
進行は「Black Dog」にも似ているし、前期を思わせる野蛮でイイ感じの一曲だ。

5. Candy Store Rock
この曲はスピード感はあるのだが、リズムもメロディも歌詞も他の曲に比べるともっと単純。
絶叫もしないプラント。
その分やや退屈な感じもする。

6. Hots On For Nowhere
この曲もリズム感はたっぷりで、古き良きロックンロールをツェッペリンがやるとこうなる、という見本のような曲である。
ペイジのギターも実に楽しそうだ。

7. Tea For One
最後の1曲、イントロだけリズミカルであとはどっぷりのブルースである。
雰囲気は「Since I've Been Loving You」とほぼ同じ。
ちょいと長いが、その割に意外にあっさりと終わる。

全体を通して感じるのは、構成が非常にシンプルなことである。
前期に見られたフォークや民族音楽やバラードやブルーザー・ブロディといった展開は全くない。
ジョン・ポール・ジョーンズのキーボードのハーモニーも聞こえない。
全編ロック&リズム&ブルース。
原点回帰と言えるかもしれない。
これで彼らのアルバムは6枚聴いたことになるが、シンプルでストレートなロックバンドとしてのツェッペリンを楽しむなら、このアルバムは向いている。

だが。
ホントにくどくて申し訳ないが、いずれにしてもプラントの変声は残念ながら自分にとってはダメージでしかない。
「アキレス」も全盛期のプラントの声で歌ってもらえたら、評価はぐわっと上がるに違いない。
プラントの声だけでツェッペリンを評価したらいかんのだが、正直な感想としては「あああ惜しい・・」といったものになる。
これまで聴いたアルバムについて、自分の評価順位はさらに明確になった。
「IV」→「II」→「I」→「III」→「プレゼンス」→「聖なる館」である。
やはりどう聴いても最高なのは「IV」であることに変わりはない。

自分はツェッペリンのどこに惹かれるのだろう?と考えてみた。
たぶん自分がいいと感じるのは、ワイルドで案外バラバラで危なげな、それでいて不思議に調和のとれた4人のバランスだと思う。
シンプルでストレートなナンバーもいいが、なんとなく怪しくゆがんだ感じのオカルティックなサウンドが好きなのだろう。
そしてそこにはプラントの絶叫が欠かせないのである。

「Heartbreaker」「Communication Breakdown」「Whole Lotta Love」「Black Dog」「Misty Mountain Hop」「When The Levee Breaks」・・・
このあたりが好きな曲なんだが、どこかヤバイ雰囲気があり、楽曲としてはかなりヒネリがあって変な構成のものが多い。
「Black Dog」なんて途中リズムがやや乱れる箇所があるが、最初聴いた時はレコード針が飛んだのかと思ったくらいである。
どれも初めから気に入ったわけではなく、「なんじゃこの曲は?」と思いながら繰り返し聴いていた。
また「Thank You」とか「Going To California」のようなしみじみ系も嫌いではない。

プラントの声が好きでツェッペリンを聴いていたつもりは全然なかったのだが、「プレゼンス」を聴いてみて、あらためてプラントのボーカルが彼らの強力な飛び道具だったことを再認識してしまった。
80年代にプラントのソロを2曲くらい聴いたことがあるが、今聴きなおしてみると、それほど気にならない。
むしろ後期ツェッペリンの頃のほうが声質が良くないような気がする。
ソロになってから多少声帯が回復したのだろうか。
90年代のペープラの時は「もはやこれまで・・」感いっぱいだったが。
でもペープラの「Thank You」はけっこう良かったですけど。

というわけで紙ジャケまで買ってかなり気合いを入れて聴いてみた「プレゼンス」、残念ながら前期ツェッペリンを超えるような感動はありませんでした。
しかしながらプラントの声を除けば確かに力強いツェッペリンが楽しめる名盤だと感じました。
ツェッペリン、未聴盤も残り少なくなってきたので、近いうちに全部制覇してみたいと思います。

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ココログ重すぎる

あまりにもひどいのでちょっとテスト。
2006.7.8 22:06 保存ボタンON。

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聴いてない 第92回 トッド・ラングレン

宅録職人、トッド・ラングレン。
聴いてないシリーズ、90回を過ぎてもまだこんな人が登場することに自分でも驚きますが、まあホントにチカラいっぱい聴いてません。やれやれ。
本人名義のアルバムがどれだけあるのか知らないけど、もちろん1枚も聴いてない。

さてトッド・ラングレンですが、こんなあたしでも顔も名前も一応は知っています。
少し変わった顔してるし。
多作・多ジャンルのプロデューサー兼業ミュージシャンだそうだが、チャートをにぎわすタイプではないので、知名度は曲より本人のほうが高いのだろう。
実際全米トップ40にチャートインした曲は数える程度らしい。
あまりヒットチャートに興味はないのだろうか?

トッドの音楽に唯一接したのがユートピアだ。
ただしユートピアがトッドのバンドだと知ったのはつい最近である。(ド素人・・)
80年頃、ユートピアの「抱きしめたい」という曲をエアチェックしたことがあるのだ。
タイトルのとおりビートルズのパロディのような曲で、てっきりラトルズのようなパロディ専門バンドだと思っていた。
その後ユートピアをFMで聴いたことはなく、録音したのもこの1曲のみである。

プロデューサーとしての実績は本業?のミュージシャンのそれをしのぐとも言われてるそうで、グランドファンク・レイルロード、ホール&オーツ、パティ・スミス、XTCなどビッグで様々なジャンルのアーチストの名前がたくさん出てくる。
・・・のだが、ホール&オーツ以外どれも聴いてないんですけど。
ホール&オーツにしても、聴いてるアルバムがトッドのプロデュースなのかはわからない。

トッドはアレンジやミキシングなど高度な技術をふつうに持ちながら、録音そのものにも非常に興味があるようで、スタジオやホールでの一発録りアルバムなんてのもやってるらしい。
なんだか妙な人だなぁ。

※7月9日追記:このワンテイクのスタジオライブ形式アルバム「Nearly Human」については、getsmart0086さんの「音楽四方山話」の7月8日のエントリにレビューがあります。

なじみの薄いトッド・ラングレンだが、先日読んだ「ストレンジ・デイズ」に書いてあった記事にちょいと驚いた。
なんとカーズ再結成に参加しているのだ。
とは言えトッド本人は元メンバーではもちろんない。
しかもカーズのリーダーのリック・オケイセクは、今回の再結成に全然興味がなくて不参加、もうひとりのボーカルのベンジャミン・オールは数年前に亡くなっている。
元メンバーではエリオット・イーストンとグレッグ・ホークスが参加してるだけなので、ニュー・カーズと名乗るらしい。

オールド・カーズのイメージからどれだけ変わっているのか、聴いてみないとわからないが、まあメンバーも違うので、別のバンドと思ったほうがいいかもしれない。
カーズはそんなにまじめに聴いてたわけではないけど、トッドのいるカーズってのも聴いてみてもいいかなと少し思ったりしている。

というわけでトッド・ラングレン。
最初に聴いてみたいのはやはりユートピアだ。
あとニュー・カーズにも少し興味はありますが、やはりトッド本人の代表作として「これは聴いとかないと・・」というアルバムがあれば、ご指導いただきたいと思います。

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ワールドカップの思い出

日本中のサッカーファンが中田英寿引退のニュースにショックを受けてることと思います。
あたしはサッカーは全然見ないのですが、彼の引退が日本の、また世界のサッカー界にとって非常に大きいニュースであることくらいはわかります。
天才がゆえの孤高と苦悩の末の引退決意。
中田選手はかなり前に引退後に備えて簿記の資格をとったという話もあるそうですが、これからの去就が注目されるところです。

ひとつだけ注文をつけるとすれば、引退表明はやはり決勝戦が終わってからで良かったんじゃないでしょうか。
日本はすでに敗退したとはいえ、まだワールドカップは終わっていません。
中田自身もサポーターも、自分の都合はいろいろあるかもしれないけれど、それは置いといて最終戦まで見届けるのが、参加している全ての国の選手や関係者に対する礼儀ではないかと思います。

で、結果として日本は今大会で1勝もできずに終わったわけですが、マスコミの「戦犯探し」報道にもあきれるばかり。
実際そんな見出しの記事は中身なんか見ませんけどね。どうせ大したこと書いてないし。
「イチローにあって中田になかったもの」なんて、中学生でも思いつきそうな視点でしかサッカーを語れないマスコミってのも、相変わらず三流だよなぁ。
競技自体全然違うんだから、比較するほうがムリでしょう。
「猪木にあって宮里藍にないもの」と同じくらい説得力のない内容ではないでしょうか。
繰り返しになりますが、決勝戦も終わっていないのに中田やオシムばかりを追いかける日本のマスコミ、やはり無礼だと思います。
あと、まだ試合が残ってるトッティに「中田が引退するんですが・・」と聞いてる日本のマスコミ、やっぱ無礼です。

そんなあたしですが、ワールドカップを身近に感じた思い出がひとつあります。
終わってもいない時点で「思い出」ってのはなんだよ、と思われたかもしれませんが、思い出は4年前の日韓共催大会です。

ご存じのとおり4年前の決勝戦は横浜で行われました。
ブラジル対ドイツ戦。
自分は当日用事があって横浜のあちこちを移動していました。
さすがに決勝戦当日であり、両国のサポーターが横浜市内のあちこちにいます。
桜木町にも関内にもドイツ人・ブラジル人がたくさんいました。
どちらも自分の国が勝つことを信じて盛り上がっています。

そして試合開始直前、自分は横浜線に乗っていました。
車内はものすごい人。
そしてそのほとんどがドイツ人とブラジル人。
会場の最寄り駅に着くまで、両サポーターたちは盛り上がり続けました。

駅につくと当然サポーターたちは全て降りていき、車内はガラガラになりました。
いやーすごかった。
このあとどっちが勝つんだろう。
偶然にも会場そばを電車で通りかかっただけだったのですが、決勝戦に興味がわいたので家に帰ってテレビで観戦しました。

さて思い出は実は決勝戦の結果ではありません。
それはドイツ・ブラジル両国のサポーターの盛り上がり方の違いでした。

ドイツ人サポーターはとにかくどこでもメチャクチャやんちゃでした。
桜木町の駅では奇声をあげてボールを駅構内で蹴りまくり、日本のおばちゃんに叱られる始末。
電車の中でもドイツ人は徹底して騒ぎまくり。
車内で汚い国旗(しかもタタミ二畳分くらいありそうなデカイやつ)を振り回し、国歌?を大声で歌い、完全に酔っぱらいです。
こうなるとわずかに乗っている我々日本人にはどうしようもありません。

一方ブラジル人は互いに会話で盛り上がってはいるものの、ドイツのような傍若無人ぶりはありません。
余裕たっぷりといったところです。
ペインティングしたりブラジル国旗を持ったりしているサポーターも大勢いましたが、むしろ駅や電車内で騒ぐドイツ人を「しょーがねーやつら」と冷ややかにながめていました。
人数のわりにはびっくりするほどおとなしく、どこの駅でも電車内でも、非常にマナーのいい人たちでした。

たまたま自分が遭遇した人たちだけが変わっていたのかもしれませんが、それまで両国に対して思い描いていたイメージとは完全に逆だったことがとても驚きでした。
ブラジルには行ったことはありませんが、西ドイツは一度行っています。
その時はヨーロッパ各国を回ったツアーだったのですが、町並みや人々から受けるドイツの印象は、他のどの国よりも律儀で清潔で勤勉なイメージそのままでした。

どちらの国がいいとか悪いとか、そういうことを言うつもりはありません。
(ドイツの激しい盛り上がり方は多少迷惑でしたけど)
ただ、電車内の両サポーターの対照的な立ち振る舞いを見て、ぼんやりと「これはブラジルが勝つかも・・」と思い、果たしてその通りになりました。
サポーターの態度とチームの勝敗にはなにも関連はありませんが、サッカーに関して知識も興味も薄い自分が、唯一ワールドカップを身近に感じた時間でした。

今大会、決勝戦はこれからです。
どこが勝っても不思議ではない状況のようですが、各国のサポーターはどんな気持ちで観戦に臨むのでしょうか。
中田の引退ニュースを見ながら、そんなことを思い出しました。

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見ていない 第6回 できるかな

ノッポさんとゴン太くんのコンビが工作の楽しさを教えるNHKの子供番組、「できるかな」。
懐かしさのあまり涙がでそうな元コドモの方々も多いと思います。
ですが、なぜか全く見たことがありません。

この番組はNHK教育テレビ放送開始とともに「できたできた」という名前の番組としてスタート。
のちに「なにしてあそぼう」に変わり、1970年から「できるかな」として20年間放送が続いたという、誰でも知ってる長寿番組である。
あたしゃ知りませんでしたけど。

ノッポさんは番組では終始無言で、相方のゴン太くんは「ウゴウゴ」しか言わないという。
なんじゃそりゃ?そんなんで幼児に番組進行が説明できんのか?と思ったら、「おしゃべり」という役?でナレーターがちゃんといるそうで。
最終回でとうとうノッポさんは声を出してしまい、世間を騒然とさせたらしい。(大げさ)
「ノッポさんがしゃべった」という本まで出たそうで、一種の社会現象とも言えるだろう。(大げさ)

「できるかな」の話題はその後民放でもよく採り上げられ、「世界一受けたい授業」にノッポさんの高見映氏が講師で登場したり、「トリビアの泉」では「ゴン太くんのぬいぐるみは白梅学園短期大学の造形室に保管されている」なんてことまで紹介されている。
この2つの放送はどちらも見ている。

しかしだ。
自分には当時の放送を見たという原体験が全くないので、民放で採り上げられても何の感慨もないのである。
ノッポさん・ゴン太くんというキャラクターを知ったのは本当につい最近である。
妻は同い年だが、当然この番組を見て育っている。
当時の関東の幼児であればそれがふつうであろうし、妻にしてみれば「どうしてこの人は見ていないのだろう・・?」と不思議に思っているだろう。
実際「えー?なんで見てないの?」と聞かれ、返事に困ったことがある。

家にテレビがなかったわけではないし、NHK番組も「あかるいなかま」とか「はたらくおじさん」とか「おかあさんといっしょ」なんかは記憶にあるので、見ていない理由は本当にわからない。
親が意図的に見せなかったとも思えないしなぁ。
当時は受信料もマジメに払ってたはずだし。
放送時間は関東では水曜の日中で、再放送もやってたらしいのだが・・
幼稚園に行っている時間帯ではあったかもしれないけど、それでも1回くらいは見ていてもよさそうなもんだ。
でも記憶は全くない。
単に物覚えの悪いバカなコドモだったんだろうか?

ノッポさんこと高見映氏は自分の親とほぼ同世代だ。
最近「グラスホッパー物語」という歌で歌手としても活躍しているらしい。(もちろん聴いてない・・)
当時の放送も最近NHKアーカイブスやスカパーで再放送したり、DVDやYou Tubeといったメディアでも見ることができるようだ。
ただこういうのを見て楽しめるのはもちろん当時夢中になってた元幼児の人たちであって、この番組を全く知らないまま中年になってしまった自分としては、どんなに見てももう取り返しがつかない。
自分にとって「できるかな」と言えば西原理恵子であり、ノッポさんと言えばジミー・ペイジなのだ。

さて、自分と同じようにこの番組を見ていなかった方はいらっしゃるのでしょうか・・・?

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