読んでみた 第5回 「音楽ライターが、書けなかった話」
今回ご紹介するのは雑誌ではなく新書です。
非常におもしろかったので、あえてこのシリーズで採り上げることにしました。
読んだのは新潮新書の「音楽ライターが、書けなかった話」。
680円。
初版2005年7月発行。
著者は音楽ライターの神舘和典氏。
氏が取材を通して多くのミュージシャンに接した中で、これまでどの雑誌や書籍でもあえて書かなかった話をまとめたものである。
登場するのはジャズの人たちが多いが、ロックミュージシャンもたくさん出てくる。
しかもありがたいことに、ロックのほうはこんな自分でも一応聴いていたミュージシャンばかりだった。
この本、週刊ポストを思わせるような、どこか猥雑な雰囲気に満ちたタイトルだが(考えすぎ?)、実際にはいわゆるゴシップや色恋沙汰や犯罪行為を暴き立てるといった内容ではない。
「そのミュージシャンのイメージからすると少し意外な話」がたくさん綴られている、という内容だ。
あまりここで詳細に紹介するのは避けたいと思うが、自分が興味深く読んだのはこんな文章だった。
・U2の追っかけとなった大物女優これはミュージシャンではなく、ファンとしての日本の女優の話。 彼女はU2の大ファンで、実際にロンドンでボノに会うためにバックステージパスを手に入れたり、歌詞についてインタビューの時間をオーバーしてまで熱く語ったり、という気合いの入れようだが、確かにこの人のイメージからはU2を聴いてることもボノに会うためにロンドンまで行ってしまうことも、なかなか想像できない。
90年代にトレンディドラマで人気女優となり、現在はある人気コメディアンの夫人である。 あえて名前は明かしませんので、実際に本を読んでみて下さい。
・シカゴのロゴマークは、コカ・コーラの真似だったこの話はご存じの方も多いのではないだろうか。
彼らのアルバムはほとんどロゴがデザインされていて、自分としてはどれも同じように思えて退屈だったりするのだが、なぜそうなったのか、メンバーの話によってそれが明らかにされている。
しかもこの時のインタビューは撮影を兼ねたものだったが、彼らのやんちゃぶり?に辟易する神舘氏の心境がつぶさに表されていて非常におもしろい。
シカゴと言えばAORを歌うオトナのブラスロック・バンドのはずなのだが、案外しょーもないおっさん達のようです。
・客席に黒人が一人もいなかったクラプトンMSG公演これはクラプトン本人の意外な一面ではなく、彼に対するアメリカ人リスナーの扱いの意外さを書いたものだ。
ブルースにあこがれてミュージシャンとなり、神と呼ばれるほどの大スターになった今でも、その姿勢は変わっていないクラプトン。
日本人の我々には感覚的にわかりにくい話だが、ニューヨークでのクラプトンのコンサートでは客席に黒人が全然いないそうだ。
また同じニューヨーク(MSG)で行われるコンサートでも、1日しかやらないクラプトン公演よりも、12回もあるブルース・スプリングスティーン公演のほうがはるかにチケットが取りづらい、という話もちょいと驚きである。
いくらアメリカではボスの人気が高くても、またクラプトンがイギリス人とはいえ、このあたりのニューヨークでの評価や人気の差というのは、やはりわからない。
確かにこんな話は今まで雑誌でも読んだことはないよね。
・「黒い黒人」フィリップ・ベイリーこれはフィリップやアースの目指す音楽性が、特に日本人が彼らに対して思い描くディスコやダンスミュージックとは少し異なる、という神舘氏の発見と確信の話。
氏はフィリップ・ベイリーにインタビューする前にアースの曲を聴き込み、実はアースの音楽はディスコでもダンスミュージックでもなく、壮大なシンフォニーであることを感じとる。
果たしてフィリップに聞いたところ、答えはその通りだった。
アースの音楽はもともとジャズやゴスペルを基盤とした、多彩なコードチェンジと確かなリズムを持つ音楽であり、ディスコサウンドを意識したものではない、というのがフィリップの答え。
アースに関してはド素人のあたしですが、それでもこれ読んでみて「へぇーっ」と思いましたね。
リズムがしっかりしていて踊りやすく、結果ディスコサウンドとしてヒットしちゃったんで、多少そっちも意識せざるを得なくなったようではあるけど、根底には少し別のものが流れていたということですね。
あまりにおもしろかったんで、全部引き写しかねない勢いになってしまいそうだが、最後にもうひとつ。
マイルス・デイビスがTOTOのアルバムに1曲だけ参加しているのだが、その経緯が紹介されている。
自分はもちろんマイルスは全然聴いたことがないが、TOTOのアルバムに参加したことは知っている。
彼らの6枚目のアルバム「ファーレンハイト」の「Don't Stop Me Now」というインストナンバーである。
このアルバムは発売当時に(例によって)貸しレコード屋で借りて聴いており、マイルス参加もライナーに書いてあるので知っていたのだが、マイルスがどのくらいスゴイ人物なのか、実は今でもあまりよくわかっておらず、従ってこの曲にも当時からほとんど興味はなかった。
マイルス参加の経緯自体はそれほど突飛な話ではない。
が、こうした経緯を知ると、あの曲をあらためて聴き直してみたくなるから不思議だ。
TOTOのアルバムの中では実はそれほど好きではなく、当時カセットテープに録音したきりでもう何年も再生していないが、あとで聴いてみることにしよう。
ちなみにこの本では「ファーレンハイト」がTOTOの5枚目と紹介されているが、これは神舘氏の間違いである。
(5枚目は「アイソレーション」。)
さてこの本、内容からすると雑誌に書いたほうがいいと思うのだが、なぜか新書である。
実は今新書はけっこう業界ではブームで、各出版社が書店の棚を確保するべくシノギを削る状態なのだ。
「バカの壁」「国家の品格」なんてベストセラーが新書から生まれているので、どの版元も必死である。
だが、新書の体裁や仕様は未だに古くさいものが多い。
新書後発の版元だと、分野ごとに装丁を大胆に色分けしたりしていろいろ試みているようだ。
が、多くの新書は単調なデザインの表紙に、どの本も同じ書体のタイトル文字、白い背、本文は明朝縦書き、口絵しかカラー写真を使わない、など、根本的には昭和の時代からそう変わらない。
新書にふさわしい分野や内容があることはわかる。
前述の「バカの壁」「国家の品格」なんかはそうだろう。
しかしこの神舘氏の文章はそうではない。
新書のほうが編集や製本の経費が安いのも、雑誌にすれば広告をとってこないといけないのも、わかる。
でも、少なくともロックを語るのに新書はないんじゃないか?
これはもう少し版元が考えるべきである。
勝手な想像だけど、例えばシンコーがB5判でこの本を出したら、書店で「レコード・コレクターズ」「ストレンジ・デイズ」と並べて置いたら、申し訳ないが新潮新書よりも絶対に売れると思う。
ヴィレッジ・ヴァンガードでは、新書であってもこの本はそういう置き方をしてくれるとは思うけどね。
ということで、あんまし書かないつもりがけっこう書いてしまった。
しかも最後は言いたい放題になってしまいましたが、とにかくこの本はジャズやロックを聴く方にはおすすめです。
ぜひ読んでいただきたいと思います。
| 固定リンク | 0
| コメント (11)
| トラックバック (0)
最近のコメント