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聴いてない 第83回 アラン・パーソンズ・プロジェクト

音楽通と呼ばれる方が好んで聴くと思われる、アラン・パーソンズ・プロジェクト。
決めつけてますけど、おそらくそうでしょう。
自分のようなミーハーなリスナーにとっては縁遠いアーチストであることは間違いない。

とりあえず、聴いたことがあるのは「Eye In The Sky」「Don't Answer Me」の2曲だけ。
いずれもリアルタイムでエアチェックはしてあったが、アルバムは全く聴いていない。
でも、同じような鑑賞履歴の人もそれなりにいるのではないかと勝手に思っている。

今回彼らの履歴を調べてみたら、アルバムタイトルだけなら結構知っているものがあったのが、自分でも意外だった。
「Ammonia Avenue」「Stereotomy」「Gaudi」なんてのはなぜか知っていたのである。
聴いてないからタイトル知ってても意味は全然ないんですけど。
昔は文庫本の巻末に、シリーズ作品のタイトルだけ並んでるページがあったものだが、そこで意味もなく読んでもいない小説のタイトルを覚えて悦に入っていたことがあった。(中学生の頃)
「ゴリオ爺さん」「大地」「デカメロン」なんて、実は未だに読んでませんけど、作者まで覚えてたなぁ。(愚かな日々)
ゴリオ爺さんとアラン・パーソンズとはもちろん何の関係もない。

自分が聴いた2曲は80年代に相当ヒットしたはずなのだが、それ以外は日本ではかなり厳しい展開だったようだ。
調べてみて驚いたのだが、国内盤CDは廃盤になったものもかなりあるらしい。
ファンの作るサイトや掲示板をいくつか見て回ったが、とにかく日本における知名度や評価の低さが不満だという意見が多かった。
どんなアーチストでもファンならそうは思うだろうけど、アランパの場合、それほどマニアックなサウンドでもないし、楽曲もボーカルも演奏も高いレベルにあるのに、なぜか売れてない、という状況が非常に残念なんだそうだ。
廃盤にまでなっていたとは全然知りませんでしたね。

メンバーはもちろんアラン・パーソンズしか知らない。
この人は音楽エンジニアで、ビートルズの「Abbey Road」の録音にも参加している・・・ということまでは知っていたが、フロイドの「原子心母」「狂気」にもエンジニアとして参加してたそうだ。
聴いている2曲のボーカルはいずれもエリック・ウルフソンという人である。
この2人がプロジェクト主要メンバーらしいが、曲ごとにいろんな人がボーカルをやっているらしい。
プロコム・ハルムのゲイリー・ブルッカーも参加した曲があるとのこと。
全く見当違いかもしれないが、活動スタイルはなんとなくスティーリー・ダンに似ているような気がする。

聴いてない理由は、前述の2曲以外にエアチェックできなかったからである。
この2曲は悪くない。
ボーカルもおだやかで暖かみのあるサウンドだ。
なんとなくインテリジェンスを感じさせるし、実際彼らも聴いてる人も、知的水準の高そうなイメージである。
ネットで検索すると「プログレ」として紹介されているページが多いが、聴いてる2曲に限っては、プログレという感覚は全然なかったのですが・・・
どうやら80年代に多少ポップ路線・AOR路線に転換したようですね。

エンジニアとしてはもちろん超一流だが、オーケストラを起用したコンサートを開いたら、全然客が集まらず赤字になったとか、かなり厳しい目にもあってるらしい。
などといった話をネットで見ていて、てっきり「あの人は今」系の方々かと思っていたら、もっと意外な情報に出くわした。
アランパ、今でも結構日本に来てコンサートやってるんですね。
しかも一番最近では先月(2006年1月)である。
おまけにウイングスのデニー・レインが参加。
「Mull Of Kintyre」まで歌ったらしい。
ポールにはちゃんと仁義切ってんのか?などと余計な心配。 
東京はコットン・クラブという会場で、いわゆるロックコンサートのようなものではなく、ごはんも付いてるディナーショーのような形式の公演だったらしい。
アランパを聴きながらお食事。セレブだ・・・(本当か?)

廃盤になってる割には日本でもちゃんと会場に出向いて聴く人がいるっつうことですよね。
でも「マニアック」という評価もなんとなく違うようにも思えるしなぁ。
もっと廃盤になってもよさそうなアルバムはたくさんあると思うが、なんだかよくわからなくなってきました。

ということで、アラン・パーソンズ・プロジェクト。
もちろん聴いてない・よく知らないアーチストですが、調べてみて意外な情報の続出にびっくり。
なんだか不思議なバンドだ。
今回かなり微妙なエントリですが、おそらく聴いてる方からいろいろコメントがいただけるのではないかと、根拠のない期待をしております。

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見ていない 第1回 北の国から

「見ていない」シリーズ、記念すべき第1回は「北の国から」。
かなりベタな番組ですが、全然見てません。
初回放送から20年たってるらしいが、その初回の頃は全く見ていなかった。
裏番組がなんだったのかわからないが、とにかく我が家では見ていなかったはずである。

数年前まで時々思い出したように単発で「その後の純・蛍」といった感じで放送していて、その時にぼんやりと2話ほど見たくらいである。
(確か岩城恍一が死ぬ話)
田中邦衛の黒板五郎なんていろんなタレントがものまねするんで、たぶん自分は本物よりものまねのほうが見た回数は多いと思う。

見ていない理由は特にない。
テレビドラマ全般が嫌いなわけではもちろんありません。
倉本聡がダメということではないし、出演者に嫌いな役者がいるというわけでもない。
逆に中島朋子のファンとか、田中邦衛コレクターといった趣味でもなし。
死ぬほど有名なさだまさしの「あ~あ~ああ~あああ~、ん~ん~んん~んんん~」というテーマソング。
これも特に何とも思わない。

北海道という最果ての地が舞台で、なじみがないから?
いえ、実は自分は北海道の生まれでして(育ったのは関東)、両親も道内出身の人間です。
親戚もほとんどが道内に住んでいる。
富良野にも2回ほど行ったことがあり、ロケ地も見ている。
ただ番組を見ていないので、ロケ地見ても何の感慨もなかったけど。
北海道に縁の深い身でありながら、共感とか郷愁とか、そういう感覚もこの番組には感じない。
育った土地ではないから、無理もないのかもしれないが、この点は親も姉も同じような気がする。
なんでだろう?

ちなみに昨年も富良野に行っているが、倉本聡の「優しい時間」というドラマで使われたという喫茶店に行ってみたら、すんげえ混雑していて入れなかった。
ファンが多いとは聞いていたが、これほどとは・・・平日の夕方なのに。
「優しい時間」も全く見てなかったので、特に「うう残念だ・・・」という感情も起こらず、別の店に移動しました。

で、「北の国から」ですけど、やはり初回放送当時からちゃんと見ていないから、後追いでオトナになった純や蛍なんか見ても、フツーの暗めなドラマでしかないんだろうなぁ。
自分ももっと若くて多感な頃であれば、たぶん、純にも感情移入することも・・・できたわけで・・・って知ったかぶりのものまねになってますけど。

といった・・・わけで・・・(しつこい)、見ていない「北の国から」。
見ていたみなさんはこのドラマにどんな感想をお持ちなのでしょうか?
今のところ「見たい」という感情は全くなく、文字どおり今更な気もしますが、「いやーやはり人類としてあのドラマは見ておくべきだよキミ」ということであれば、DVDも発売されているようだし、初回から順番に見てもいいかなと思ったりしています。

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見ていない 第0回

唐突だが、自分はテレビが好きだ。
音楽ももちろん好きだが、電車にもクルマにも乗らないような日は、音楽を全く聴かないこともある。
しかしテレビを全く見ない日というのは、自分の場合極めてまれだ。
つけっぱなしでぼんやりと見ることもあるが、比較的見る番組を選んでいるので、見る時はけっこう真剣である。
不思議なことに映画はほとんど見ない。
劇場で映画を見るのは3年に1回くらいだ。

子供の頃、学校で友達と話題になるのはやはりテレビ番組だった。
「昨日、見た?」
こうしたセリフが朝の挨拶代わりだった人も多いだろう。
これが中学生くらいになると映画になったり、高校になるとラジオだったりするのだが、テレビが昭和の子供の話題の王道だったことは間違いない。
みんなが昨日見た番組を見ておらず、話に加われず悔しい思いをした少年も多いはずだ。

「聴いてない音楽」をこの2年間むやみに公表してきた愚かな自分だが、「見ていないテレビ」も相当あるはずだ。
もちろん全ての放送をくまなく見ることは不可能だが、視聴率の高い人気番組であっても、なぜか見ていないものがある。

音楽と比較すると、テレビ番組はけっこう選択の障害要素が多かった。
・限られた時間に放送されること
・その時間にテレビの前にいる必要があること
・その番組を見ることが許されていること
・他のことをしながらテレビを見るのが難しいこと

ラジオも限られた時間に放送されるのは同じだが、テレビに比べて「保存する」技術の普及が高く、保存したものを家の外に持ち出せる文化も発達したため、鑑賞の自由度は当然高くなる。
平たく言うとカセットの普及はビデオのそれよりも全然高かったということですね。
機械やテープの値段も全然違いましたけど。
音楽はとにかくカセットテープに録音すれば、後でいつでもどこでも再生可能だった。
が、テレビ番組はそうはいかない。

そしてやはり昭和のコドモにとって大きな要素は、「鑑賞の許可」がいることだった。
「一家に一台」が当たり前で、クラスの中にはまれに「家にテレビがない」ヤツもいて、そいつは家に遊びに来てもなかなか帰らない、なんてこともあったりした。
当時テレビは家族単位で見るもので、家ごとに見る番組・見てよい番組が決まっていたのだ。

鑑賞の許可はもちろん親や祖父母が出すものだが、もうひとつあなどれないものがある。
兄姉である。
自分は「姉のいる弟」だが、子供達だけで見る時間帯(昼間や夕方)の選択権は、当然年長である姉にある。
従って自分が子供の頃見てきた番組は、結果的に女の子向けモノが多い。
「魔法使いサリー」なんておそらく再放送で全話3周くらい見たし、「ひみつのアッコちゃん」「魔女っ子メグちゃん」「ムーミン」「山ねずみロッキーチャック」なんかもよく見ていた番組だ。

逆に男の子向けの特撮ヒーローものや正義の味方アニメなどは見ていないものが多い。
「人造人間キカイダー」「アイアンキング」「サンダーマスク」「超人バロム1」「怪傑ライオン丸」「ダイヤモンドアイ」・・・・
昭和40年代にはこうしたヒーロー番組が山のようにあったが、これらは実は全く見ていない。
よそのBLOGでは「ウルトラSYUNJI」なんて連載まで作ってもらってましたけど、実はウルトラものも中学生になって自分専用のテレビを買ってから勉強しなおしたのである。
ちなみに妻は「兄のいる妹」なので、自分とは全く逆の現象がおきている。

親から「見てはいけない」と禁止をくらった番組はなかったが、我が家ではその系統の番組を見る習慣が全くない、というものがある。
それは時代劇。
核家族で祖父母と暮らした経験がないこともあるが、父親が時代劇に全く興味がなく、西部劇や格闘技ばかり見ていたので、今でも自分には時代劇を見る習慣がない。
水戸黄門なんて1話完全に初めから終わりまで見たことなんか一度もないと思う。

ということで、ノリは「聴いてないシリーズ」と変わりませんが、実は見ていない名番組を公表し、見ていた人からいろいろ聞いてみようと思う。
最近はDVDなどで昔の番組を見ることもどんどん可能になってきた。
当時見ていなかった番組も、ものによっては見ることもできるかもしれない。
果たしてどんなことになるのだろうか・・・

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聴いてない 第82回 プリテンダーズ

「女性が男どもを従えて歌う」バンドの典型、プリテンダーズ。
同じような編成のバンドは他にブロンディやハートもあるが、なぜかプリテンダーズは全然聴いてない。
シングルを3曲くらい聴いただけなので、聴いてない度は3です。
アルバムは全く聴いてません。

初めてエアチェックしたのは「愛しのキッズ」。
これ調べて驚いたのだが、ファーストアルバムに入ってるんですね。
もっと昔からやってる人たちだと思っていた。
デビュー当時からリアルタイムだったということになるが、そんなこと今初めて知ったくらいだ。
この曲自体は特にいいとも悪いとも思っておらず、たまたまカセットテープの1曲目に録音したので、消さずにおいただけである。

次に聴いたのは少し間が開いて「Don't Get Me Wrong」。
この曲はリズムが楽しく、クリッシー・ハインドのゴツイボーカルが意外にマッチしていていい感じである。
同じ頃もう1曲「My Baby」をエアチェックしており、実はこれが一番好きである。
といっても以上で聴いた曲は全てなのだが。

プリテンダーズ、メンバーはクリッシー以外知らないが、以下の情報は以前からおさえてある。
・結成はイギリス
・クリッシーはアメリカ人、オハイオ州アクロン出身
キンクスのレイ・デイビスと結婚、離婚

オハイオ州アクロン出身という話は結構有名らしく、自分は友人に教えてもらったのだが、プリテンダーズを語るサイトにはたいがい書いてある。
まあこんなのはファンなら知ってて当然なんでしょうけど。

ここから先は今回ネットで仕入れた情報だが、クリッシーはイギリスでは音楽雑誌のライターをやっていたそうだ。
で、趣味と仕事が高じて自分も音楽をやるようになり、歌が売れてレイ・デイビスとも結婚し、その後離婚・・・という展開らしい。
ライターから歌手になるってのもすごい転身ですね。
東郷かおる子がある日突然歌手になったら驚くだろう。(あり得ない?)

プリテンダーズはメンバーの男どもがどうも素行に問題が多く、クスリやりすぎたり死んだりして、そのたびにバンドは危機を迎えたようだが、クリッシーの牽引力でメンツを変えて復活している。
まさに「野郎どもを従えて進む」姉御肌のアーチストではあるが、音楽そのものは比較的正統でポップな感じではないかと思っている。(聴いてませんけど)
デボラ・ハリーの妖艶路線とは明らかに違うし、ジョーン・ジェットのようなぶっといロックでもない。
アン・ウィルソンのようにものすごい歌唱力で押していくタイプとも違うような気がする。
とりあえずクリッシー・ハインドって、スカートはいてるイメージはないですよね。
いつも黒い皮のパンツでギターを弾いている、話しかけると低い声で返事はするけど口数は少ない、バクチ打ったら強そう、でも決してイヤな女ではない、そんなイメージである。(貧困?)

聴いてない理由は別になく、「Don't Get Me Wrong」「My Baby」は好きな曲なのだが、なぜかそれ以上のアプローチはしていない。
エアチェックの機会にもう少し恵まれていれば、違った展開になっていたように思う。

ライブ・エイドに出ていたことはなんとなく知っているが、当時の放送でプリテンダーズを見た記憶はない。
日本でもプリテンダーズの演奏は中継されたんだろうか?
まあ夜中だったらきっと寝てて見逃したんだろうけど。

プリテンダーズ、聴いてみるとしたらやはり自分としては「Get Close」からだろう。
あとライブ盤の評判も高いみたいなので、これも聴いてみたい。
日本での評判はなんとなく地味な感じもするのですが、みなさまの鑑賞履歴について教えていただければと思います。

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聴いていた 第1回 サンスイ・ベストリクエスト

突然ですが、「聴いていた」シリーズ」を始めます。
「聴いてきた」シリーズとどこが違うのかよくわかりませんけど、主に昔聴いていたラジオ番組などについて書こうと思います。
第2回が書けるかどうか不安ですが。

第1回はサンスイ・ベストリクエスト。
関東ではFM東京で日曜午後5時からの1時間番組だった。
自分の1000曲を超えるエアチェックの主な音源となっていた洋楽番組である。
聴き始めたのは79年。
ちょうど洋楽のエアチェックを始めた頃で、FMを適当に流していたらたまたま便利な番組が見つかった、というところである。

DJは木ヘンにホワイト、カッシーこと柏村武昭。
いや、本人が毎回そう言ってたんだって。
こんなおもしろいセリフ、あたしにゃ言えません。
この人は元は広島の放送局のアナウンサーで、「お笑いマンガ道場」の司会もやっていた。
何年か前に参議院議員に立候補して当選。
現在は自民党伊吹派に所属しているらしい。
今思うとこの人が洋楽ラジオ番組を持っていたこと自体が非常に意外である。
柏村武昭に特別な思い入れはなく、誰がDJやっても変わりなく聴いていたと思う。

コーナーは3つ。
新曲を流す「リクエスト・ホット3」、週間ランキングベスト3を発表する「リクエスト・ベスト3」、特集の「リクエスト・スペシャル」である。(この順序で放送していた)
この番組は新聞のラジオ欄やFM雑誌でもオンエア曲名の紹介はしていなかった。
つまり聴いてみないと何がかかるかわからない。
カセットを録音待機状態にして曲紹介に神経を集中し、必要と思ったらポーズボタンを解除。
いまいち気にいらなくて後で消したりもしたが、時間内にかかった曲はだいたい録音した。
この要領でおよそ8年、60分テープ70本くらいを作っていった。
80年代後半には深夜に放送時間が移動してしまい、MTVを利用し始めたことなどもあって、聴かなくなった。
もちろん現在は放送しておらず、いつ番組が終わったのかも知らない。

この番組のいいところは、構成がシンプルでエアチェックに向いていた点である。
曲とトークはかなり明確に分けており、イントロやアウトロにトークをかぶせるようなこともなかった。
トークは短く、ゲストを呼んでムダ話をすることもない。
自分はトークを徹底的に排除してエアチェックするのを信条としていたので、番組そのものの丸録りは残っておらず、柏村武昭の声も全く保存していない。
当時はこういった「トークと曲が明確に分かれた番組」がけっこう他にもあった。
FMというのはクラシックでもロックでも、純粋に音楽をじっくりと楽しむメディアだったのだ。

この概念を破って開設されたのがFM横浜である。
FM横浜は曲をしっかりフルコーラス流すよりも、トークをかぶせても構わないから1曲でも多く流しますよ、というスタンスだったと思う。
DJも英語中心で雰囲気としてはFENに近いものがあった。
この雰囲気は若向きで嫌いではなかったが、エアチェックには不向きだったため、印象に残っている番組は少ない。
カマサミ・コングはよく聴いたけど、エアチェックは全然しなかったなぁ。
今聴いてもFM横浜ってほとんどAMのノリだし。

そんなわけで、サンスイ・ベスト・リクエスト。
おそらく当時同じように聴いていた・録音されていた方もおられると思います。
関東だけでなく全国で放送されていたと思いますが、この番組について、みなさまの思い出を語っていただければ幸いです。

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聴いてみた 第25回 ヴァン・ヘイレン

前回聴いたキンクスは、年末に横浜の中古CDショップで買ったものである。
それから数日後、今度は渋谷の中古CD店に行ってみた。
聴かねばならない宿題はいっぱいあるんだけど、やはりプログレは高いのでなかなか買う決意ができない。
たかだか数千円の話ですいませんが、貧乏だからしょうがない。
店の系列が違うから当然かもしれんが、なんとなく渋谷のほうが同じ中古でも値段が高いような気がする。
「あっこれこないだ横浜でもっと安かった・・」というCDが結構あった。

で、渋谷でむやみに安かったのが今回聴いてみた「Van Halen III」。

VH3

400円くらい。これは安い・・・
キズでもあんのかと思ったけど、そうではないらしい。
あまり人気のないアルバムだからだろうか?
で、買ってみました。
たぶん1000円以上だったら買わなかったと思う。
・・・・ちなみにカバーデイル・ペイジは100円だった・・・

さてこのアルバム、発売から7~8年経ってやっと聴く気になった。
98年の作品をなぜ今頃聴いてるのか、自分でも少々情けない気もしたが、聴かなかった理由は一応ある。
サミー・ヘイガーのいないヴァン・ヘイレンに全然魅力を感じなかったからである。

ヴァン・ヘイレンは「ダイヴァー・ダウン」あたりからがリアルタイムだが、デイヴ時代のアルバムは3枚半くらい、サミー時代のスタジオ盤は全部聴いている。
聴き比べて確信しているのだが、自分にとってはサミー時代のほうが圧倒的にいい。
デイヴのボーカルも嫌いではないし、好きな曲は結構あるが、サミーのソリッドで引き締まった感じのボーカルのほうが好みである。

で、サミーはアルバム「バランス」を最後に脱退してしまう。
デイヴが戻るのかと思ったが、兄弟は新ボーカリストにゲイリー・シェローンを迎え入れた。
・・・・誰それ?
ヴァン・ヘイレンに参加するまで、ゲイリーの名前も知らなかったし、エクストリームというバンドも聴いたことはなかった。
デイヴが戻ってきたほうがまだ良かったのに・・・などと勝手なことを思いながら、新宿のHMVで「Van Halen III」をちょこっと試聴してみた。
イマイチだった。
肩を落として店を後にし、新宿の街をさまよった・・・(脚色)

その後のサミーのソロも試聴はしたが、やはりエドワードのギターとセットでなければ魅力も感じず、未だにきちんと聴かずにいる。
エドワードはその後長く病に伏し、バンドも長期間休業となった。
その間もこの「Van Halen III」は聴いてみる気にはならなかったのだ。

で、今回ようやく聴いてみる気になったわけです。
って安かっただけですが。
動機はどうあれ、とりあえず聴いてみよう。
ゲイリー・シェローンは果たしてバンドにどのような変化をもたらしたのだろうか。

・・・・聴いてみた。

うーん・・・・
うーん・・・・
ゲイリーのボーカル、路線は明らかにサミーのものを踏襲している。
デイヴとは全然違うボーカリストだ。
他のメンバーは変わらないから、バンドの水準は高いところにあるままだ。
ゲイリーの歌唱力はこの水準に対してはまあなんとか問題ないレベルだと思う。

しかしだ。
非常に惜しいところなのだが、サミーの声にある明度の高い色が、ゲイリーにはない。
単純に「キーが少し低い」で片づけるにはあまりにも惜しいレベルだ。
声質は変えようがないから、ゲイリーにサミーを求めることが誤りなのは百も承知だ。
ただ、ゲイリーはサミーに近すぎる。
似ているのだ。
それがゆえにサミーとの違いが余計に伝わってきてしまうのである。

全く違うタイプのボーカルであれば、まだ割り切りもきくのかもしれないが、この声質や歌い方は、やはりサミーに近い。
しかしその差は決して埋まることはない。
ゲイリーの声は「のどを痛めたサミー」のようなのだ。
ここが実に惜しいところだと感じる。
ゲイリーの声とエド&マイケルのコーラスとのからみもやっぱ少しズレている気がする。

もう少し冷静に聴いてみる。
気づいたのは全体にサウンドが少し暗いことだ。
かつてデイヴとオラオラやっていた頃の破天荒な音も、サミーと作ってきたシャープで切れ味の鋭い音も、このアルバムではあまり聞こえない。
「Year To The Day」なんて曲は重く暗いサウンドが延々(それでもギターはやっぱエドのそれなんだけど)続く。
曲自体はどこかツェッペリンぽくって悪くはないんだけど、もう少し楽しそうにやってもいいんじゃないか?ヴァン・ヘイレン。

要するにこのアルバムを覆うどことなく暗いサウンド、これがどうもいいと思えないのだ。
ヴァン・ヘイレンがこういう音でアルバムを作ったというのが、かなり違和感を覚えるところである。
このアルバムの曲は、ライブでやってもあまり楽しくないんじゃないかなぁ。

それでもさすがにヴァン・ヘイレンであり、曲のレベルは非常に高い。
「Ballot Or The Bullet」なんて曲はこれまでのVHのノリに少し濁りを加えたような感じだが、聴いていくうちに慣れてくる。
ラストの「How Many Say I」はピアノ中心の壮大なサウンドが美しい。
一曲一曲は悪くないんですけどね。

エドワードという人は、世界中で誰もマネできないギターワークをライブでもあっさり再現してしまい、しかもその割にいつもニコニコヘラヘラしている、ちょっと変わったギタリストだ。
ニコニコ顔がゆえにどんなすごいプレイでもえらく余裕カマしてるように見える。
笑い顔ギタリストとしてはジミー・ペイジさんという先輩もいらっしゃるが、ペイジの場合笑顔が「余裕」に見える場面はあんましないんじゃないかと思う。
まあお二人とも実際は余裕のギタリストなんだろうけど。

以前にも書いたが、アレックスというドラマーは案外評判が良くなく、ネットでもアレックスのドラミングについてかなり厳しい評価をしているサイトが結構ある。
自分の友人にもドラマーがいるが、彼曰く「アレックスのドラムは大したことはない」そうです。
この「Van Halen III」でのドラミングについては、「ずいぶんうまくなった」なんて書いてる人もいて、プロなのにあんまりな言われ方。以前は相当よろしくなかったんかなぁ。
ライブでドラムソロの時間もちゃんととったりしてるんですけどね。
彼らのアルバムは結構聴いてますけど、ドラムがよろしくないと感じたことはないのですが・・
というかドラムについては「うまい」「ヘタ」は素人の自分にはあまりわからない。

このアルバムと、ひとつ前の「バランス」を続けて聴いてみた。
多少リリース間隔が開いているが、順序的には近いアルバム同士だ。
しかしながら差は歴然である。
「どわー続けて聴くんじゃなかった・・」と後悔するくらい「バランス」のほうがいい。
「バランス」もサミー時代のアルバムの中では一番好きというわけではないのに、だ。

ということで聴いてみた「Van Halen III」。
ある程度予想はしてましたが、やはり少し残念な評価になってしまいました。
結局この1枚のみでゲイリーはバンドを離れ、再びサミーが戻ることになる。
ベスト盤をリリースしツアーも行っているヴァン・ヘイレンだが、スタジオアルバムはまだ出ていない。
あらためてサミーのボーカルでの新作を期待したい、そう強く思わせた「Van Halen III」でした。

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