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聴いてない 第33回 サイモン&ガーファンクル

これまでとりあげてきた方々と路線はだいぶ異なるのですが、やはり聴いてないサイモン&ガーファンクル。
ベスト盤はもっているが、よく考えたらオリジナルアルバムを1枚も聴いてない。
聴いてない度は4ですが、たぶんパープルよりも聴いてないと思う。って比較しても意味ないけど。

聴いてない理由を時系列でご披露します。
理由その1。
・リアルタイムでない(70年代)
残念ながら彼らの活動は60・70年代がピークで、自分にとってリアルタイムだった80年代には、それぞれソロとして活動していたので、グループとしてのなじみは薄い。
80年代のセントラル・パークでの再結成コンサートは話題になったが、そのまま再結成活動が持続せず、結局イベントとしての盛り上がりだったように記憶している。

理由その2。
・どこかで「けっ」と思っていた(80年代前半)
そもそも洋楽を聴き始めた頃はヒネたバカ中学生だったので、どこか思考が歪んでいたのだろう、周囲でS&Gなんか聴いてる連中を冷ややかにながめていた。
S&Gを聴いてる連中はオフコースとかさだまさしも一緒に聴いてることが多く、音楽そのものよりもそいつらの趣味や雰囲気にかなり抵抗があり、「オレはヤツらとは趣味が違う」という思いでいた。
要するにフォーク系を趣味とする連中に対して、「オレ様はロック系である」という果てしなく無意味な対抗意識にとらわれていたのだね。
曲そのものは誰でも知っている素晴らしい音であり、実際いい曲だとも思ってはいたのだが、それを連中に知られるのがイヤで、ムリして聴かずにいたのである。あーバカだ・・

理由その3。
・ポール・サイモンのソロに案外なじめなかった(80年代後半)
「けっ」とは思っていたが、いいかげんそういう強がり?も飽きた。
それでとりあえずポール・サイモンを何曲かエアチェックはしたのだが、いまいちインパクトに欠け、あまり感動がなかった。
そのせいか昔のアルバムを掘り起こす気にならなかったようだ。
アート・ガーファンクルの曲はほとんど聴いてないが、80年頃「Scissors Cut」をエアチェックしており、むしろこの曲はいいと思う。

理由その4。
・ベスト盤で安心(90年代)
バカな理由だが、90年頃ベスト盤CDを買ってすっかり安心してしまい、聴いてきた気になっていたのだ。
で、ついこないだ気がついたのだが、アルバムを全く聴いていなかった。
ちなみにベスト盤は駅売りではなく、公式盤である(たぶん)。

あまりにも有名でスタンダードなナンバーが多いため、「どこかで聴いたことがある」曲もかなりあるとは思う。
どちらかというと「スカボロ・フェア」「冬の散歩道」といったやや暗めの曲よりは、「ボクサー」「明日に架ける橋」のような感動巨編モノが好きである。
カバーされた曲ではEverything But The Girlの「Only Living Boy In New York」がいいですね。
と言いながらオリジナルを聴いてませんが。
今思うと、もっと若い頃につまんない対抗意識なぞ持たずに純粋にS&Gに取り組んでおけば・・と多少悔やまれるところはあるかもしれない。

サイモン&ガーファンクルは実際には曲はほとんどポール・サイモンが作っていたらしい。
事実上は「ポール・サイモン・バンド」と言えそうだが、そんなんで二人とも楽しかったんでしょうかね?
「おまえも少しは働けよ」とか、サイモンさんは思ったりしなかったのだろうか。
まあワム!とかホール&オーツとかツービートとか、コンビでの活動でチカラの比重が著しく偏ってるケースはありますけど、比重の軽い側であるガーファンクルさんはどう思っていたのか?
そんなどうでもいいことにも興味はあります。

そんなわけでそろそろS&Gの清らかな音が心地よい年齢にもなったかもしれないので、あらためてどれか感動巨編系のオリジナルアルバムを聴いてみようかと思います。


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聴いてない 第32回 ポール・ウェラー

今年の来日で相変わらずの人気と実力を証明してみせたポール・ウェラー。
でも予告どおり聴いてません。
スティングと違い、バンド時代も含めて聴いてないアーチストである。

聴いてない度は3ですかね。
ジャム時代の「The Eton Rifles」「Town Called Malice(悪意という名の街)」、スタイル・カウンシル時代の「Shout To The Top」が聴いている全曲である。(貧弱だ・・)
最初にエアチェックした頃、ドアーズの「The End」に続けて録音しており、しばらく「ジャム」と「ドアーズ」を混同してしまい、区別ができなかった記憶がある。

ジャムはモッズ系パンクバンドという分類だそうだが、サウンドは決して嫌いではない。(2曲しか知らないけど)
パンクそのものはよくわかってないのだが、ジャムの音はソリッドでキビキビした印象があり、なかなかかっこいい。
バンドやってる友人のライブを見に行った時、そいつのギターの音が「The Eton Rifles」のそれに似ていて、ほとんど知ったかぶりで「おまえのギターはジャムのような音だ」と言ったら、えらく感激されたことがあった。

「A Town Called Malice」は、リズムがホール&オーツの「Maneater」やスティービー・ワンダーの「Parttime-Lover」と同じだという話を、以前FROCKLでしたことがある。
自分としてはモータウン起源のリズムというより、むしろロカビリーに近いのではないかと感じたのだが、FROCKLではその説は否定された。
でもストレイ・キャッツにも同じようなリズムの曲がありますよね。
この「A Town Called Malice」はドラムの音が好きである。

スタイル・カウンシルはジャムに比べてオシャレな音だと思っていたが、先日FMで「Shout To The Top」が流れていたのをあらためて聴いてみたら、結構力強いボーカルだ。
元デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのミック・タルボットといっしょにやってたんですね。
デキシーズは少し聴いていたのだが、この話は全然知りませんでした。

そんなわけでそれぞれの時代の代表曲だけを聴いて、それ以上のことは何もしていない。
嫌いな音ではないのだが、アルバムを聴く気にはならなかった。
そしてソロになってからは全く聴いてない。

ポール・ウェラーという人は過去をあまり振り返らないらしい。
スタイル・カウンシル時代にはジャムの曲をライブで演奏することはなかったそうだし、ソロになってからもバンド時代の曲は封印していた、という話をネットで読んだ。
これって昔からのファンにとっては少し残念なことかもしれないけど、あまりできることじゃないですよね。
たとえ昔の曲でも、それがヒット曲だったらその曲で客を集めようとするのは普通の感覚である。
あえてそれをしてこなかったというのは、その時点での自分に自信があったからだろうか。
「過去は関係ない、今のオレを見ろ」というメッセージなのかもしれない。
勝手な解釈だが、かっこいい生き方だ。
パープルを一切振り返らないリッチー・ブラックモアにも似ている。

今年もニューアルバムをリリースするそうだが、全編カバーらしい。
ポール・ウェラーを聴いてもいない自分が興味深いと思ったのは、ボブ・ディランの「見張り塔からずっと」とオアシスの「One Way Road 」が収録されていることだ。
「見張り塔からずっと」は実はオリジナルを聴いておらず、ニール・ヤングやU2でしか知らないのだが、これもポール・ウェラーが歌うとどうなるのか、聴いてみたい気がする。
ノエル・ギャラガーはポール・ウェラーを師と仰ぐほどの信奉者らしいが、カバーしてもらってさぞかし感激だろうね。

それぞれの時代も含めて、まとめて聴けるCDはないのでしょうかね。
駅売りでもかまわないんで、探してみようかと思います。


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聴いてない 第31回 スティーブ・ウィンウッド

今回はスティーブ・ウィンウッド。
聴いてない度は4(アルバム1枚程度)なのだが、ジェフ・ベックほどの聴いてなさではなく、少し位置づけの難しいアーチストだ。
「聴いてます」と言える自信なんかもちろんないし、じゃあ全然聴いてないのかというとそうでもなかったり。
正確には「アルバムを1枚だけやたらと聴いた」アーチストである。

80年代半ば、スティーブは「Higher Love」「Finer Things」「Back In The High Life Again」などのヒットを次々と飛ばし、アルバム「Back In The High Life」はグラミー賞もとっている。
自分もこの頃初めて彼の音楽に出会い、このレコードをレンタルで聴き、後にCDも買った。
さすがグラミー賞をとるだけあって、洗練された都会的なセンスや音で、これが気に入ったのである。

で、前後のアルバムも聴いてみようと思い、「Arc Of A Diver」や「Roll With It」も聴いてみた。
が、どうも「Back In The High Life」とは少し違う。
87年にはベスト盤も出たが、「Finer Things」は入っていないし、全体として「Back In The High Life」ほどの感動はなかった。

「Back In The High Life」が出た当時は本人について知識は何もなく、元々この頃はやっていたAORのような小洒落た路線のヒトかと思っていた。
「天才少年」と言われた栄光のキャリアの持ち主だとは全く知らなかったのだ。

その後もトラフィックやスペンサー・デイビス・グループ時代の曲をちょこちょこと聴いてみたのだが、具体的にどこがどう違うのかはっきりと言えないのだが、やはり自分の好みとはなんとなく違う音だった。
友人からもらったSDGのCDも、1回聴いただけで手放してしまった。

ちなみにブラインド・フェイスについては全く聴いていない。
当時クラプトンとジンジャーはクリームを解散した後で、ライブでも観客はクリーム再現を期待していたそうだ。
だがスティーブはクリームをやるつもりもなく、メンバーやファンの意志と自分の方向とのギャップから、ブラインド・フェイスはアルバム1枚で解散、ということらしい。
で、その「スーパー・ジャイアンツ」というなんだか60年代特撮みたいなタイトルのアルバムは、レコファンで一度は手にとったんですけど、あまり安くなかったんで結局買わなかったんです。
でもおそらく自分の期待するスティーブ音とは少し違うんだろうなあ。
ブラインド・フェイスって、メンバーの誰を目当てに聴くかによって評価は違うかもしれませんね。

最近気づいたのだが、スティーブの長いキャリアの中ではむしろ「Back In The High Life」が、たぶん少し変わってるんですね。
「Back In The High Life」って全体的に明るくハイソ(死語?)なムードですよね。
それがたぶん自分にとって聴きやすかったんじゃないかと思います。
まあバンドでの音とソロとでは、違いがあって当然なのだが、ソロの中でも「Back In The High Life」は突出して上品な音だと思う。
スティーブ本人は「ソロよりもバンドでやる方が楽しい」などと言っているそうだが、たぶん本人は「High Life路線」よりももう少しブルースやロックよりな音楽が自分の中心にある、と考えているのではないだろうか。
そのアーチストにとって最大のヒット作が、実はキャリアの中では少し変わった曲だった、という話は案外あり得ることなのかもしれない。
イーグルスにとって「Hotel California」は最大のヒット作だが、彼らにしてみれば「ちょっと変わった曲を出したらむちゃくちゃ売れてしまった」という感じなのかもね。

最近スティーブ・ウィンウッドはインディーズレーベルで活動しているとのことだが、どんな感じの音なのだろうか?
自分が感じたほどそれぞれのアルバムに路線の違いはないのかもしれないが、他に「High Lifeな路線」の曲があれば聴いてみたいとは思う。
あっ、その前にやはりブラインド・フェイスでしょうかね。


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聴いてきた 第1回 ヴァン・ヘイレン

先日書店でヒマをつぶしていたら、最近は滅多に見ない雑誌「BURRN!」の表紙が目に止まった。
「VAN HALEN」の文字があったので、開いてみてビックリ。
サミー・ヘイガーがバンドに戻り、ツアーも行い、ベスト盤に新曲まで入れて発売しとるとのこと。
8月4日発売だそうだが、全然知りませんでした。
いくつかのオンラインショップでベスト盤のレビューを見たが、おおむね好評のようである。

いやあずいぶん長いこと待たされましたね、ヴァン・ヘイレン。
どちらかというとサミーの方が好きなので、サミーが脱退した時はさすがにがっかりした。
ゲイリーが参加したアルバムは、CDショップで試聴しただけで、結局まともに聴いていない。
その後エドワードが病気になったりで、長いことバンドは休業状態だったのだ。

振り返ると意外に聴いてきたバンドだ。
デイヴ時代は「炎の導火線」「戒厳令の夜」「ダイヴァー・ダウン」「1984」を聴いてきた。
「ダイヴァー・ダウン」あたりからがリアルタイムである。
「Jump」「Panama」の大ヒット以降なぜかバンドはもめ始め、とりあえずデイヴ脱退。
後任ボーカルで名前があがったのがサミー・ヘイガー、ヒューイ・ルイス、スティーブ・ペリーだったそうだ。
サミーはともかく他の2人についてはウソくさい話だが、当時NHK-FM横浜の公開生番組でこの話が出て、ボーカル候補の名前が出るたび会場がどよめいていたことを記憶している。

で、サミー加入以降はベスト盤以外は全部聴いている。
サミー加入直後の「5150」が一番好きで、この中に同名の曲もあり、4人の魅力が全開である。

エドワードのギターについては、今更自分が語る必要もないが、このバンドはバックコーラスが堅いのも魅力だ。
「OU812」の「Cabo Wabo」なんて曲は、シングルにもなってない普通のロックだが、コーラスが良い曲だ。
サミー加入以降特にコーラス重視の傾向が強い気がする。
デイヴに比べてサミーのキーが高いので、音としては引き締まった感じに変わったのだ。
幸運にもこれは支持されたようで、セールス的にもサミー時代の方が成功している。
デイヴにも彼独特の粗野な魅力はあるんですけどね。

よく聞く話として「アレックスのドラミングに意外に人気がない」というのがある。
自分は素人なんでよくわかりませんが、自分の知り合いにも「実際大したことはない」とまで言う人もいて、お兄ちゃんホントにそうなんでしょうか?
またマイケル・アンソニーはバンドがもめてもちゃんと兄弟についていってるし、ボーカルが変わってもコーラスは変わってないし、自分の役割をわかっているヒトだと思います。
この人がやめちゃってたらバンドはもっと違う方向に行ってしまったんじゃないかと思う。

で、長いこと聴いてきた中であえてヒネた1曲をあげてみます。

アルバム「ダイヴァー・ダウン」のラストに「Happy Trails」という曲がある。
この曲はアカペラで楽器の音は一切ない。
ボーカルはデイヴなのだが、前半はバックコーラスを担当しており、メインはエドとマイケルが歌っている。
正直、アカペラはそれほどうまくハモっていない。
またギターもドラムもないので、「どこがVHなんだよ」というような曲で、おそらくレビューなどでとりあげられることはなさそうな、言ってみればお遊び曲なのだが、4人は実に楽しそうなのだ。

ヴァン・ヘイレンのアルバムの中によく使われる手としては、「インストの次に目玉商品」というのがある。
これはデイヴ時代にもサミー時代にも見られるものだ。
「炎の導火線」では「Eruption」と「You Really Got Me」、「1984」では「1984」と「Jump」、「For Unlawful Carnal Knowledge」の「316」と「Top Of The World」などである。
この「Happy Trails」はそんなこととも関係がなく、「余っちゃったんで入れてみました」というノリなのだが、彼らの多面的な音楽性が現れていて、こんな曲もおもしろいのです。

ようやく第2期メンバーに再度落ち着いたヴァン・ヘイレン。
新しいベスト盤はまだ聴いていないが、今後全新曲のアルバム作成も期待したい。


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聴いてない 第30回 スティング

聴いてないシリーズもいよいよ30回目ということで、節目にふさわしいアーチストをご用意させていただきます。
その名はスティング。
いつものパターンだと、「ポリス時代も含めて全然聴いてません」となるところだが、そうはいかないのだ。
聴いてないのはもちろんソロになってからである。
ポリスのアルバムは全部聴いているし、日本公演も見に行ったのである。

ポリスについては、以前書いた文章がこのBLOGのの方にあるので、そちらを見ていただくとして、問題はソロになってからである。
ソロとして最初のアルバム「ブルータートルの夢」は一応聴きましたよ。
しかしアプローチはあくまでポリスファンとしてである。
悪くはなかったが、ポリスの音とはやはり違っていた。

自分が好きなのは、パンク・レゲエ・スカの要素を採り入れた尖った音を出していた頃のポリスである。
パンクやレゲエ自体が好きなわけではないのだが、ポリスのアルバムではファーストが一番好きである。
「Next To You」「It's Alright For You」なんてのはかなり尖ったシングルだし、日本公演でラストナンバーだった「So Lonely」も捨てがたい。
またヒットしたシングル以外でも、「Peanuts」「Born In A Fifty」「Be My Girl - Sally」あたりがよい。

アルバムリリースを重ねるごとにポリスの音楽性は多様化していったが、スティングのソロはどれとも違っていたと思う。
ジャズに傾倒していったという話だが、ジャズも聴かないのでどこがジャズっぽいのかよくわからなかった。
いずれにしても「ブルータートル」の中にパンク色を漂わせる曲はなかった。
自分にとってはこれが非常に物足りなかったのだ。

その後もソロアルバムを出し続けたスティング。
その間ポリスは一向に再結成される気配がない。
ソロアルバムが出る度に再結成が遠ざかる気がして、勝手にがっかりしていた。
実際再結成は未だにされていない。
世間ではそれなりに評価され、「Englishman In New York」などもヒットしたし、シーガイアのCMに使われた曲もあった。

なんとかポリスの片鱗だけでも感じ取れないかと、わずかな期待をもって「Nothing Like The Sun」「The Soul Cages」などのソロアルバムを引き続き聴いてみたが、やはりダメだった。
アンディとスチュアートがいないとポリスではないのだ。

結局90年代以降はとうとうアルバムも聴かなくなった。
新盤リリースのニュースを見ても何も思わなくなってしまい、すっかりなじみの薄いアーチストになってしまった。
「あー新しいの出てんのね。ふーん」くらいの感想で、聴こうとも思わない。
かつて本物を生で日本武道館で見たことがあるのに、だ。

友人にポリスからソロまで抵抗なく聴き続けてきたヤツがいるが、そいつはジャズも守備範囲なので、受け入れは容易だったと話していた。
偏向している自分には、スティングは残念ながらムリだと思った。

ポリスはオリジナルアルバムはたった5枚のバンドで、活動期間は10年以下である。
5枚の中でも多少路線変更はあったのだが、その後のスティングの活動からすると、なぜポリスではパンク・レゲエをやっていたのか、けっこう不思議だ。
3人のうちの誰かの意向だったのか、レコード会社や事務所の戦略だったのかよくわからないが、スティング本人はポリスやってて楽しかったのかなあ。

というわけで未だに昔のポリスに思いをはせながら、ほぼ絶望的な再結成をいつまでもぐじぐじと待ちわびて、結局スティングは聴いてない自分である。
あっ、書いてて思い出した。
スティング名義じゃないが、ダイアー・ストレイツの「Money For Nothing」は良かったスね。


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住めば都

文化庁の国語に関する世論調査で、言葉や慣用句の持つ本来の意味を知らず、全く別の意味で使っている実例が報告された。
で、いくつかあがっていた例を見て愕然とした。
ほとんど自分も本来の意味を知らないで使っていたのだ。

「檄をとばす」「憮然」なんて、本来の意味で使っている人なんているのかと思うくらい、間違った?意味の方が通用していると思う。
「檄をとばす」なんて日常会話ではあまり使わないが、本来は「自分の主張を強く訴えて同意を求め決起を促す」ことだそうだ。
「たるんだヤツにハッパかける」ことではないそうです。
でもこないだの「サンデーモーニング」では明らかに「ハッパをかける」意味で使っていたぞ。
マスコミだってちゃんと使えてないじゃん。

「憮然」とは「失望して呆然とすること」、「姑息」とは「一時しのぎ」・・・
自分は日本語について正しい使い手だという自信はあまりないが、このあたりの言葉を正しく理解できていなかったことはかなりショックである。反省。

とすると、同じ文章でも正しく理解してる少数の人と、勘違いしてる多くの人とでは、受け取り方が変わってくることになる。

「社長は部下に向かって檄をとばしたが、部下は全員憮然としていた。」

正しい意味で解釈すれば、「社長は自分の主張を強く部下に訴えたが、部下は失望して皆呆然としていた」になる。
「社長はそういうけどさぁ、そんなムリな話できっこないじゃねえかよ」という、やや部下の側に立ったニュアンスである。
ところが、多くの人は「社長は部下にハッパをかけたが、部下は皆むくれていた」→「まったく社長のワシが一生懸命言ってるのに、みんなちっとも働きゃしない」という、むしろ社長に肩入れしたような意味合いにとるのではないだろうか。

「姑息」についてはマイナスのイメージしかない。
「一時しのぎ」もあまり前向きな感じではないが、必ずしも良くない状況ばかりを指すものでもないことになる。
ホントにこの言葉って「ひきょうな」「セコイ」といった意味はないんでしょうか?
「姑息なヤツ」って表現、本来の意味だと成り立たないですよね。
「一時しのぎなヤツ」。いまいち意味不明。
正しく理解できてない自分が言える話じゃないけど、これはもう「手遅れ」な言葉じゃないですかね。
ゴキブリだって印刷ミスが原因で「ゴキブリ」になったんでしょ?
正しくは「ゴキカブリ」だったのだが、もう「手遅れ」だって、トリビアでやってたよなあ。

「的を得る」「取りつく暇もない」「押しも押されぬ」あたりはなんとか正解できますけど、あらためて自分の日本語力が足りないことを痛感しました。

最後に、「住めば都」。
これの何が問題なの?と思ったら、最近の若い人の中には「住むなら都会」って意味だと勘違いしてる人がいるとのこと。
もちろん誤りだし、喜んではいけないのでしょうけど、なんか自分にとっては新鮮な感覚でおもしろいなあと思ってしまいました。

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ブック・ファースト開店

新宿ルミネの青山ブックセンター跡にブック・ファーストが開店したので、行ってみた。

少し驚いたのだが、2店とも書棚(什器)レイアウトやレジの位置はabcのままである。
書棚そのものもabcで使っていたものだった。
ジャンルによって多少本の位置が変わっていたが、雰囲気としてはabcとほとんど変わらない。
客の中にはブック・ファーストに変わったことに気づかない人もいるんじゃないか?と思ったほどだ。
やはり時間も予算もあまりなかったのだろうか。
店内改装はほとんど行われなかったようだ。

跡に入ったのがブック・ファーストなので、品揃えが全く変わってしまうことはむしろないと予想していたし、実際そのとおりだった(と思う)。
興味のあるジャンルのコーナーしか見てないが、少なくとも音楽関係はそう感じた。
ルミネ1のほうはルミネ2に比べてムックが結構入っていたし、フロア内の隣が新星堂だということも意識はしてあるのだろう。
いずれにしても時間がなかったことだけは確かだろうし、社員や取次のみなさんも大変だったと思う。
ブック・ファーストの色を出していくのはこれからだ。
少なくとも今後新宿では今までとほぼ変わらない本探しができそうである。

abcについては、洋販によって再生の道が開けたらしい。
あのabc再建運動が功を奏したのだろうか?
閉鎖自体の理由もよくわからないが、日々起こる新たな展開にとまどうばかりだ。

再建運動については、「文化を守る」という名目もあるとのことだが、これって倒れたのが書店だからじゃないか?と思ってしまった。
出版文化に携わるという立場なら、書店も版元も取次も印刷も同じである。
この中で一般人になじみが深いのは書店だけだ。
版元や取次が倒産した場合、一般人から「出版文化を守るため」の再建運動が起こるかどうか、その会社の実績やイメージにもよると思うが、非常にあやしい。
利益追求だけでなく社会的な支持を得るという高尚な目標も、出版文化を担う企業には必要だということでしょうかね。
もちろん自分も公私ともにabcが再建してくれた方がいいに決まってるのですが・・・

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