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エアチェックの夜 18

第18回 昭和 2001.10.8


POPS68 1988.10.6

Fast Car/Tracy Chapman
Love Bites/Def Loppard
Superstitious/Europe
Sweet Child O' Mine/Guns 'N Roses
World To Me/Huey Lewis & The News
The River Runs Low/Bruce Hornsby & The Range
When It's Love/Van Halen
The Velley Road/Bruce Hornsby & The Range
Groovy Kind Of Love/Phil Collins
Always There For You/Stryper
Don't Be Cruel/Cheap Trick
Another Part Of Me/Michael Jackson
Sunday Bloody Sunday/U2


1987年に大学を卒業し、江戸川区で一人暮らしを始めた。
JR総武線小岩駅から7分の、風呂もないアパート。
当時家賃は35,000円だった。

相模原から小岩に移り住んで感じたことが2つあった。
ひとつは水道水がまずいこと。
もうひとつはFMラジオの感度がいいことだ。
やはり江戸川区では相模原に比べノイズが少ない。
エアチェックには好都合である。

しかし小岩に住んでしばらくすると、いつもエアチェックに利用していたFM東京の「サンスイ・ベスト・リクエスト」の放送時間が、土曜17時から深夜1時ころ(だったと思う)に変わってしまった。
余談だが、この時の番組の司会者は、先日の参議院選挙で当選した、柏村武昭である。
当時「木ヘンにホワイト(柏)のカッシーです」などといったつまんないフレーズをかましていた。

ちょうどそのころビデオデッキを購入したので、ビデオクリップを録画し、後でその音声だけをカセットテープにダビングするという方法を考えた。
クリップはだいたい深夜に放映されるので、タイマーで録画しておき、暇な時に音声ダビングを行う。
一度ビデオテープを経てカセットテープに録音するため、音質はやや落ちる。
ただアルバムとは微妙に異なるバージョンが入手できたりするので、コレクションとしてはそれなりにおもしろかった。
またFMエアチェックに比べ、ビデオエアチェックは映像という情報が得られるので、後で雑誌などでアーチストを確認する場合にも役に立った。

しかし、さすがに学生のころに比べ、チャートを追ったりエアチェックしたりに費やす時間が足りなくなってきた。
仕事も忙しくなり始め、徐々にエアチェックのテープ1本完成までの日数が長くなっていった。

そんなある日、日本の歴史の中での一大事が起こる。
昭和天皇の死去である。

88年秋口から病状が悪化し、テレビでは血圧・体温などが常時報告されるようになる。
「下血」なんて言葉がマスコミで使われるようになった。
テレビのバラエティーも、プロ野球の優勝祝賀会も、みんな「自粛」。
日産セフィーロのCMで、井上陽水が「皆さんお元気ですかぁ?」と言うヤツがあったが、これも自粛ムードの中でいつの間にか音声がカットになっていた。

回復を願って、皇居には多くの一般人が「記帳」に訪れた。
この「記帳」という行為を、かなり親しい周囲の数人がしていたことは非常に意外だった。
そんなもん記帳したところでどうなるもんでもあるまいに・・と思っていたからだ。
「自粛」も「記帳」も、なんとなく受け入れがたい気がしていた。

明けて89年の最初の土曜日。
朝起きてテレビをつけたら、どのチャンネルも半旗が写っている。
正直、「とうとうきたか」といった感じだった。

国全体が通夜のようになり、とにかくテレビ番組が普通でなくなった。
通常の番組でなく、ニュースや追悼ばかり。
NHK教育はずっとクラシック音楽を放送していた。

近所の人が「レンタルビデオ店に早く行かないと、いい映画が全部貸し出しになってしまう」ようなことを大声で叫びながら、家族でビデオ店に出かけていった。
しばらくは番組も元に戻らない。
退屈だしビデオでも借りるか、と多くの人が考えても不思議ではない。
自分もビデオを借りに行こうかとも思ったが、仕事もあったのでやめた。
ビデオよりも、この騒動のなりゆきを見ておきたかったのである。

当日は土曜だったが、仕事があったので昼頃会社に出かけた。
小岩の町の様子は、まさに火が消えたような静けさだった。
商店街はみな「自粛」で店を開けておらず、駅も人はまばらである。

会社に行くと、話題の中心は早くも「新しい年号」に集中していた。
実際にXデー以前にも、それっぽい年号がいくつか噂にはなっていたが、今思うとその中に「平成」は入っていなかった。
つまり誰も予想していなかった年号だった。

小渕恵三が「平成」の書を持ってテレビに写った。
この映像で小渕氏を初めて知った人も多いはずだ。
「ヘーセー」という音感、「平成」の文字感にあまり好意的な人はいなかったように思う。
まあこういう時には必ず新聞に投書するバカがいるものだ。
曰く、「平成とはなんとダサイ年号であることか」といったヤツである。
こういう輩は新札が出ても新硬貨が出ても、何かと文句つけるタイプだ。

それからしばらくは、マスコミも平成にまつわる話ばかりをとりあげていた。
「平成」という地名(たしか岐阜県)、「平成(たいら・しげる?)」という名の人、平成のつく会社。
昭和64年のコインにプレミアがつき、平成生まれ第一号の赤ちゃんを紹介する。
「年号」とはそれほど転換の象徴としてとりあげられるような位置づけだったのだ。
いざ変わってみてわかったことだが、これはかなり驚きだった。
平成についての騒動は、平成元年の間じゅう続いていた。

確かに考えてみれば、昭和の間は年号が強く定着していた。
今の若い人はどうだか知らないが、昭和生まれなら自分の生まれた年は必ず年号で表すはずだ。
人から「昭和○年生まれです」と言われれば、自分とどれくらい年の差があるか、だいたいわかる。
返って西暦で言われると、よくわからないことがある。
例えば自分の親が西暦何年の生まれか、即答できるだろうか。
ヘタをすると自分自身が西暦何年生まれか、即答できない人もいる。
(ちなみに当時、この質問をして答えられなかった人が周囲にいた。その人は1952年生まれ。)

平成になって数年を経てもなお、「昭和に直すと68年」などといった計算式が、特に年輩の方の間では使われることがよくあったと思う。
善し悪しはともかく、日本にとって年号とは、そのくらい慣例化された符号なのだ。
革新系の政治家からは、年号廃止論が出たりしていたが、たぶん国民の間ではそれほど廃止を望む声は多くはないと思う。
なくなっても西暦で統一していけば何の問題もないはずなのだが、あった方が「安心」なんだね、きっと。

いずれにせよ、そんなたわいもない混乱のうちに「昭和」は終わったのである。


さて年号とは何の関係もないが、ガンズ&ローゼズはこの「昭和」の終わりに登場した、わりと古典的な粗暴型バンドである。(こういう紹介のしかたはやはり違和感ありますね。)
演奏途中でキレて帰っちゃったり、インタビューの最中に激怒して記者を殴ったりといった、まあバイオレンスな話題が豊富なバンドだ。
当時アクセル・ローズをまねて、アタマにヘルメットのようにバンダナを巻き付けて街を歩く若者も結構いた。(今はもう絶滅。)
それまでの「産業ロック」に傾倒していた自分にとっては、あまり得意な分野ではなかった。
ただビデオクリップから落とした彼らの音は結構よかったし、(後で知ったことだが)アクセルはフレディー・マーキュリーを尊敬していることなども気に入った。
ターミネーター2のサントラに、ガンズの曲が使われたが、これは非常に効果的だったと思う。

しかしながら、理由はよくわからないが、意外とガンズは持たなかった。
90年代後半からはチャートにも出てこなくなり、アクセルはあっと言う間に「過去の人」となってしまった。
最近また(やっと)アクセルの姿を雑誌で見るようになったが、今の活動の内容はまだよく知らない。

勝手な解釈だが、アクセルは時代を読み違えていたのだろう。
ロック=反体制・暴力・無軌道という公式は80年代後半にはすでに崩れていた。
アクセルのスタイルは、90年代後半の安定したアメリカにはもはや合っていなかったのではないか。
「破滅型」としてその地位?を確立し、そのまま死に至ったカート・コバーンとは対照的な展開である。

デフ・レパードやボン・ジョヴィと同じ路線を歩んでいたら、ガンズはもう少し長続きしたのかもしれない。
粗暴なイメージばかりが強いが、アクセルのボーカルはかなり魅力的で水準が高いと思う。
スラッシュのギターと合わせ、バンドとしての技量も、他のバンドにひけをとらない。

アクセルは無軌道において徹底しきれなかった。
何も破壊できず、死によって自らを神格化することもできなかった。
音的には間違いなくニルヴァーナよりガンズの方が大衆的だ。
もし今もカートが死なずにいたとしても、興行的に成功していたのはおそらくガンズの方である。
多様化する90年代の音楽界にあって、アクセルは前近代的な破天荒ヒーローのイメージに潰されたのだ。
復活しようとするアクセルのアタマには、今度はどんなスタイルがイメージされているのだろうか。

結局、昭和の終わりとともに、自分はエアチェックから少しずつ離れていくことになる。
エアチェックの終焉を思い出す符号として、「ガンズ」と「平成」が自分の中にあるのである。


アクセル・ローズの復活が話題となっています。
新世紀における彼の動向に注目したいところです。
ガンズ&ローゼズで、「Sweet Child O' Mine」。


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