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エアチェックの夜 12

第12回 サミー・ヘイガー 2001.7.1


POPS44 1986.4.15

Funky Town/Lips Inc.
Lover To Fall/Scritti Politti
Open Your Mind/Eighth Wonder
We Build This City/Starship
Human Nature/Michael Jackson
Hope You Love Me Like You Say You Do/Huey Lewis & The News
I Missed Again/Phil Collins
You Can't Hurry Love/Phil Collins
For America/Jackson Brown
Tarzan Boy/Baltimora 
Move Away/Culture Club
American Storm/Bob Seger
Why Can't This Be Love/Van Halen
R.O.C.K. In The U.S.A./John Cougar Mellencamp
Sunset/Air Supply
Danger Ahead/ELO


ここ数年、大学生の就職難が続いている。
特に女子学生にとっては「超氷河期」などと表現され、就職できない学生も珍しい存在ではないようだ。
よくマスコミに取り上げられるのが、全く採用する気のない人事担当社員、セクハラまがいの面接など、「ホントかよ?」と思うような話である。
だったら募集や面接なんかやらなきゃいいのに、毎年必ずそういう会社の話が出る。
画一的と言われる日本の社会だが、本当に様々な職業や企業があるものだ。

しかし、自分が就職活動をしていた頃にも、今から思うと(違う意味で)とんでもない話はたくさんあったのだ。

1986年に大学4年になった。
86年当時はどんな時代だったのだろうか。
バブル経済という言葉が聞かれるようになり、景気は確かに上向いていた。
だからといって将来が保証されたわけでは決してなく、三流大学なりの厳しさを実感しながら、就職活動を続けた。

「どのみちウチの大学じゃ一流企業には入れない」
これが友人との共通の見解であり、事実活動中にあった差別的対応は、その思いをいっそう強くさせた。
そうなるとヤケクソのように一流企業ばかりまわり、あっさりはねられて帰って来るヤツがけっこういた。
「昨日はあの有名な会社に行ってきた」などといった自慢をしあい、当然落ちるので訪問そのものをギャグにしていた。バカである。

それでも、「いつかどこかに入れるだろう」といった楽観的な雰囲気だったのは事実だ。
自分もそう思っていたし、不安よりも毎日いろいろな会社に行くのがけっこう楽しかった。
極めて不思議なことだが、自分は約半年間の就職活動をエンジョイしていたのだ。
それは最終的には希望する業界に就職できたから言えることだけど。

出版社とコンピューター関連企業を中心に訪問を続けたが、本当にいろいろな会社があった。
当時コンピューター業界は人材不足で、どこも売り手市場だった。
ある企業で、筆記試験を受けている最中に、後ろから担当社員が「もう内定と受け取っていただいて結構ですよ」などとささやいたことがあった。
自分がどこの何者かもよく知らないうちに、そんなに簡単に採用しちゃって平気かよ?と、返って不安になったので、こっちから断った。
(その後その会社は倒産。断ってよかった・・)

今の学生が聞いたら怒るような話は、やはり結構あったのだ。
企業を訪問して話を聞くだけで、交通費が出たりテレホンカードがもらえたりした。
それを目当てに、就職する気もない企業を訪問する学生が、少なからずいたはずだ。
(私です。)

内定が出るころになると、当然複数の会社から同時に出るなんてことがざらに起きる。
そうすると企業側も人材確保のために囲い込みに出る。
つまりパーティーやイベント、旅行などに学生を招待するのである。
自分はそこまでの恩恵に浴したことはないが、話にはよく聞いたものだ。

しかし一方で「断る」場合の話も当然あった。
ある證券会社では、内定を断ると、担当がその学生を「これも何かの縁だから」などと言って牛丼屋に連れて行き、いきなり学生に牛丼をぶつけ、1万円札を投げつけて出ていく、という話である。
これは当時の学生なら誰でも知っている、一種の都市伝説である。
従って事実かどうかは知らないし、そういう目にあった学生も周囲にはいなかった。

「ボタンダウンシャツやウイングチップの靴では落ちる」といったウワサが流れる。
そうするとみんなカッターに着替えたり、ノーマルな靴で会社訪問したりする。
ここまではホントの話だ。みんなやはり不安なのである。
よく聞いたら、いつも身の程知らずな会社ばかり受けては落ちているヤツのファッションがボタンダウンだった、なんて話だったり。

とあるマスコミ会社では、常々「印象的な個性ある学生こそが社の将来を支える」と公言。
また真に受けたバカ学生、面接で最初の自己紹介でウケをねらって「わたくし、サザエでございまあす」とやってしまい、座が凍り付いた、といった伝説もあった。

伝説を超えて事実に出会ったこともある。
「出版社なんてのは変わった人間しか採らない」という伝説(これは伝説でもないんだけど・・)を真に受けて、あの光文社での面接の際、となりの学生が詩吟を始めたことがあった。
インパクトはあったかも知れないが、担当も引いてしまい、失敗に終わった雰囲気。
オマエ、そりゃやりすぎだっての。

そう、就職活動を不思議に楽しくしたのは、学生にとって未知な世界が故の、この都市伝説的な話もあったからだ。
おそらく昨今の「氷河期」では、笑える伝説は少ないだろう。
毎日いろんな友人がいろんな会社をまわり、翌日全員当たり前に落っこちて、全く悲壮感もなく(だって落ちて当たり前だから)、全部ウワサやギャグにしてバカ笑いし、また次の日にどこかの企業に出かけていく・・
もちろん個人個人で根っこには「やりたいこと」「志望する企業」「夢や希望」があったはずだ。
落ちたり断られたりで、つらい思いもした。
それでも結構みんな明るかったし、楽しんでいた。

自分のまわりだけなのかもしれないが、本当にこんな活動でやっていった時代だったのだ。
最終的にはそいつら全員が一応それなりの企業に内定し、しかも転職したヤツはあまりいない。
善悪はともかく、「働く」「勤める」「就職する」といったことについて、あまり深く考えていなかったのかもしれない。

「企業に入る」のは働くスタイルの中で、最も簡単なパターンだ。
それでも自分の力がどれだけ会社を動かせるか、社会を動かせるかを試すことはできる場なのだ。
「コイツが来てから会社が変わった」と思わせるヤツは確かにいる。


そこで、ヴァン・ヘイレンである。
このバンドは、非常に高い独創性を持ちながら、芸術家的指向や難解な表現といったものがない。
優れた技術をおしみなく駆使しながら、エンターテインメント性に富んでいる。
ある意味、企業に近い活動をしてきていると思う。

1986年、バンドはアルバム「5150」を発表した。
ボーカルは2代目のサミー・ヘイガーである。
初代デイヴ・リー・ロスの頃とは、明らかに雰囲気が変わった(と思う)。
それまでの粗野な感じから、非常に品質の高いバンドに変わっていったのだ。
好き嫌いは人によってあろうが、セールス的にもサミーはその後10年以上にわたり、このバンドを牽引していくことになるのだ。

残念ながら数年前に彼はバンドを離れ、その後のバンドはいまいち精彩を欠いている。
4代目ボーカルも未だ確定せず、現在エドワードは病気で静養中らしい。
全てがサミー脱退のせいではないが、バンドとしては惜しい人材を失ったと思う。
サミーは明らかにバンドを「変え」、そして去っていった。

世の中には様々な人間がいる。
企業やバンドのような集合体でこそチカラを発揮する者。
あくまで個人を確立させて仕事や社会を動かす者。
どちらがいいとか悪いとかの次元ではない。

「働く」ことをあまり深く考えなかった自分は、現在「働く場」においてはあまりチカラを発揮できていない。
そういう意味では、自分のチカラで仕事を回していく人は偉いと思う。
別にゴマをするつもりはないが、「働く」ことにそれだけの情念が「働かない」自分にとっては、独立してやっていけるヤツは畏敬の対象なのだ。


2代目ボーカル、サミー・ヘイガーの登場で鮮やかな変貌を遂げた新生ヴァン・ヘイレン。
「5150」より、「Why Can't This Be Love」。


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