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聴いてない 第3回 ドゥービー・ブラザーズ

知名度はイーグルスにも引けを取らないドゥービー・ブラザーズだ(と思う)が、聴いてませんねえ。
厳密に言うと、2~3曲は知っている。
時代によってメンバーや音楽性にかなり違いのあることが特徴のようだ。

聴いてない理由を分析してみよう。
・どうやら80年代にあまりヒットしていない(というか80年代はバンドとしては休業状態?)
・マイケル・マクドナルドの歌や声があまり好きではない
・知っている曲が見事に時代がバラバラで、バンドの特徴を把握できなかった(ずいぶん小難しい理屈だ)

70年代が彼らの全盛期で、89年に再結成ということなので、確かにリアルタイムで聴く機会は少なかったかもしれない。
70年代の「Listen To The Music」「Long Train Runnin'」、80年代の「Real Love」、再結成時の「The Doctor」が知っている全曲だと思う。
あとはマイケルのソロを1~2曲知っているだけだ。

メンバーの名前も顔もマイケルしかわからない。
マイケルの歌声はファルセット中心ではあるが、太くしっかりしており、雑誌で彼の写真を見るまで、ずっと黒人だと思っていたくらいだ。
ウェストコーストの代表などと言われてるわりに、なんかジャズというかソウルというか、黒っぽい音だなあ・・と思っていたが、まさしくそれはマイケル時代のドゥービーだったようだ。
マイケルのソロもたまたまエアチェックしただけなのだが、曲から感じる印象がどうも薄暗いというか明るくない気がして、それ以降興味はわかなかった。
ここでいう「薄暗い」印象は、ドアーズの「真っ暗」とも、イーグルスの「哀愁」とも違うけどね。(当たり前ですが)
たぶんこれがなじまなかった一番の理由である。

マイケルは84年にはジェイムス・イングラムとのデュエットをヒットさせたらしいが、全然知らない。
どうしてだろう。これって日本でもヒットしたの?
まあジェイムス・イングラムも、「We Are The World」で初めて知ったくらいですから、ムリもないんですけど。

イーグルスも70年代が全盛期で、80年代には解散していて、再結成は90年代半ばになってからである。
そういう意味では似たような運命?をたどったバンドだろう。
ただ自分のような一般人にとっては、死ぬほど有名な「Hotel California」を持っているイーグルスの方が、当然なじみが深い。
イーグルスもメンバーチェンジを何度かしているが、さほど聴いていないわりにメンバーの名前はほぼ全員あげることができる。
自分はもともとそうしたメンバー情報を調べたり覚えたりが好きなほうだが、なぜかその指向がドゥービーには向かなかった。
「マイケル一人知ってりゃじゅうぶん」と考えていたんだろうか。

さて、もしドゥービー・ブラザーズを勉強し直すとすると、マイケル加入前を押さえないといけないのだろう。
どうやら好みも評価も、マイケル以前か以降かで分かれるようだし。
自分はウェストコースト・サウンドを「懐かしい」と思う世代よりも多少年下なのだが、ボブ・ディランよりはとっつきやすいような気がするなあ。


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続・左利きと自動改札

今回はレフティやすおさんそんちょさんが書かれた、利き手に関する問題についての、右利きであるワタシなりの考えを述べます。

偶然にも同じ時期にココログの中で利き手について書かれた方が、自分以外にもふたりもいて、興味深く読みました。

自分は右利きですが、たまたま自動改札は左手を使います。
で、この話に興味がわいたのも自動改札の話を新聞で見かけたためで、もし内容がはさみや急須だったら、何の関心も持たずそれっきりだったと思います。

利き手に関する問題について、レフティやすおさんの言われる「むしろ右利きの連中に興味を持ってもらいたい」とのご意見はごもっともです。
が、簡単ではないと思います。
当事者でなければ問題についてふれる機会も考える動機も少ないことは、内容に関わらず同じです。
飛躍しますが、「左利き」の部分を「車椅子」や「うつ病」「母子家庭」「ホームレス」といった言葉にかえても、現象は同様ではないでしょうか。

そんちょさんのblogへのレフティやすおさんのコメントに、「右利きは融通がきかない」という表現がありました。
これ、たぶん正解です。
正解なんだけど、寅さん流に言えば「それを言っちゃあおしまいよ」じゃないでしょうか。

もし本当に利き手の問題を右利きの連中に考えてほしいとするなら、こうした意見を表現してしまうことこそが、その目的を遠いものにしてしまう可能性があります。
融通のきかない連中に、「おまえら融通きかないんだから少しはわかれよ」と言って、理解してもらえるかどうか?
右利きで融通のきかないワタシは自信がありません。

自分が自動改札のコラムで「ん?」と思ったのも、筆者が「左利きなんだから自動改札は使いにくい」という「固定した考えでいる」ところにあります。
「左利きだから」じゃなくて「あんたが」使いにくいだけだろ?それを左利き全員を味方につけたような物言いはおかしくねえか?って思ったのですが。

つまるところ利き手と融通のなさ・固定観念には、傾向こそあれ、最終的には個々の問題と思います。
右利きでも柔軟な考えのヤツはいるでしょうし、左利きのわりに頭の固い人も絶対いないというわけではないでしょう。

で、実際の問題として、自動改札に限りますが、左側に通す機械があれば、たぶん自分のような変な右利きにとっても、使いやすいかもしれません。(今は現実には存在しないからわからない)

問題はやはり「左側に通す改札機」が「全然ない」ことでしょうね。
10台あって1台でもそうした機械があれば、だいぶ違ってくる気がします。
高速の料金所の左ハンドル用みたいなもんかな。
数が少ないのはしかたがないけど、「全くない」ってのはやはり不親切なんでしょうね。

また左側改札機は利き手の問題だけでなく、いわゆるバリアフリーにもつながっていくのではないでしょうか?
少し考えたのですが、最近駅には車椅子の通り抜けなどを考慮した、多少間口の広い改札があります。
これを「左右どちらからでも入れられる機械」にすれば、けっこう便利と感じる人は多いんじゃないでしょうかね?
車椅子の人だって左に機械があったほうが使いやすいと思ってる人は必ずいます。
右利きだけど右足が不自由でつえをついてる人や、ワタシのようなひねた右利きも、もちろん左利きで90度カラダひねってる人も、こんな改札があれば便利だと感じるんじゃないでしょうか。

役所や鉄道会社に働きかけるとしても、「左利きのため」だけでなく、「様々な人が左側改札機を望んでいる」という理由をつけた方が、現実的だと感じます。
右利きなりに、こんなことを考えました。いかがでしょうか?

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左利きと自動改札

自分は右利きである。
手も足も目も耳も、全部右だ。
左利きの人にとって、右利き中心にできている世の中では、不便なことが多いようだ。
はさみやカッター、急須やおたまなど、右利きには気づきにくいようなものが、左利きには不便だそうだ。

先日そんなコラムを新聞で目にして、文字通り他人事で申し訳ないけど、「そうかぁ・・大変だなあ」などと思った。
ところが読んでいくうちに、おや?と思わせる記述があった。

コラムの筆者は当然左利きなのだが、「駅の自動改札を通り抜ける際、左手で切符や定期を機械に通すため、からだを90度近くもひねって不自然なかっこうで通り抜けさせられ、不便極まりない」とのことだった。
正直、「バカじゃねえの?」と思ってしまった。
左手で自動改札に切符を入れることが、そんなに不自然な体勢を強いるもんだろうか?

「オマエは右利きだからわからないんだ」と、左利きの方は思われるかもしれない。
しかしだ。聞いてくれ。
自分は右利きだが、自動改札に切符や定期を入れる手は100%左手である。
なぜか。「右手は荷物を持つ」手なのだ。
「左手で荷物を持つ」方が、自分にとっては不自然な体勢である。

通勤で乗り換えも1回あるため、1日合計8回自動改札を通るが、絶対左手だ。
「左手で入れる」ことが不自然だと思ったことはない。
たぶん手ぶらの場合も、左手を使うはずだ。
90度カラダねじったりなんかしない。

はさみや急須が使いにくいのは、わかる。
自分でも左手で使えば不便なことは体感できるからだ。
ただ自動改札に対しては、左手で入れるのがそこまで不満かよ?と、思わざるを得ない。

・・・と思ったところで、左利きと自動改札について、インターネットで検索したら、かなりの数のサイトにヒットした。
「左利き用改札を作ってほしい」はわかるけど、「左利きイジメだ」「後ろ向きに通ろうかと思った」なんて意見もあって、こんなに困った問題だったんですねえ・・ひゃー。

また自分と同じように「右手に荷物、切符は左」という右利きの人もいるらしく、「自動改札は右利き用に作られている」という左利きの方の見方は、実はそうでもなかったりするんじゃないかなあ。
全部左側に入れるように変えた方が、どちらにとっても使いやすくなったりするかもしれない。

結局、個人差があると思う。
左利きでも別に自動改札くらい何とも思わない人だっているはずだ。
件のコラム筆者氏は、カラダがカタイだけなのか、改札通れないくらい腹が出てるのか知らんけど、彼個人の感想を「全国の左利き代表として言わせてもらう」という勘違いな姿勢でいるだけじゃないかと思います。

ちなみに自分はビンの蓋を回して開ける時も、蓋を握るのは100%左手です。
これも別に左利きっぽいわけでもなんでもなく、「握力の強い右手でビンの腹をしっかり掴んで固定するから」なのだ。
「不便」を感じることは全くない。
これって、やっぱ左利きの人からすると、「ビンも右利き用に作りやがって・・」って思うのでしょうか?

実際左利きの人の中で「自動改札は不便だ」と思う人の割合は多いのかもしれないけど、「左利きなんだからな。不便なんだからな。90度カラダねじってんだからな」って言われると、オール右(ただし改札は左手ね)のアタシなんかは「そこまで怒らなくても・・」と思いますが。
どうなんでしょうか?

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聴いてない 第2回 ブライアン・フェリー

さて、今回はブライアン・フェリーである。
聴いてませんね、ほとんど。
ロキシー・ミュージックを含めて、全くと言っていいほど聴いてない。
ジャケットの絵は見覚えがあるアルバムもあるから、リアルタイムでも聴けたはずなんだけど、なぜか聴いてません。

聴いてこなかった理由を分析すると、
・流行っていた当時まだコドモだった(精神的に)
・いわゆる産業ロックの範疇ではないと判断
・1曲エアチェックしたが気に入らなかった
という感じかなあ。

ずいぶん前に、テレビで「Jealous Guy」を歌うブライアンを見たけど、あまり感動もなくそのままぼーっと見ていた。
ただ白いシャツにノーネクタイで歌っていた姿は、印象的で記憶には残っている。

雑誌なんかで見る限り、ブライアン・フェリーって笑顔がほとんどない気がする。
ホントに笑わない人かどうか知らないけど、マスコミの側もそうしたイメージの人!ってのを固定して報道してんじゃないかね。
この人を紹介する時に必ずつきまとう「ダンディ」という形容。
長髪・タバコ・ストライプのシャツ・ゆるめたネクタイなんて小道具が似合いそうな、胃とか肝臓とか悪そうな、そういうイメージの写真ばっかりではないでしょうか。ホントかどうか知らないけど。

バンドとしてのロキシー・ミュージックとはどう違うんだろう?
少し調べてみたら、ブライアン・イーノといっしょにやってたんですね。
関係ないけど、Windowsの起動時の「ちゃん・・・ちゃん・・」ってWAVEファイルは、イーノの作品だそうだが。

結局このダンディなイメージあたりが、なんか自分の好みとは違う、別の世界だと思っていたんだろう。
「The Chosen One」という曲だけ聴いたことがあるが、写真のイメージそのままの曲だった。
今でもそうだが、ブライアン・フェリーを楽しめるほど、自分はオトナじゃないってことだと思う。

さて、ブライアン・フェリーを勉強するにあたっては、どのあたりがよいのだろうか。
オトナのみなさん、ご指導よろしくお願いします。


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聴いてない 第1回 ボブ・ディラン

のっけから大物で非常に恐縮です。
すいません、聴いてません。

もちろん何者かくらいは知ってるつもりだ。
94年頃だったか、デビュー30周年コンサートがテレビで放映された。
その時の音はテープに録ってある。
これもディランに興味があったわけではなく、コンサートに出演した他の人を見たかったからだ。
クラプトン、ジョージ・ハリスン、トム・ペティなど、豪華な顔ぶれだった。
ディランの歌に接したのは、このコンサートと、U.S.A. For Africaと、トラベリング・ウィルベリーズのアルバムしかない。

聴いてこなかった理由は、
・80年代はチャートに登場しなかった(気がする)
・声質があまり好きではない
・目つきがコワイ
あたりだろうか。
「トム・ペティだってそうじゃねえか」と言われそうだけど、トムの場合多少チャートインしてたことと、ジェフ・リンの音が意外にワタシ好きなんですね。
だからトラベリング・ウィルベリーズも聴いてたんですけど。

まあ「聴いてない」に大した理由なんかありません。
ロックやチャートとは少し違う世界のヒトかもしれんが、こうして「聴いてない」ことを宣言するのをやや躊躇するクラスのアーチストだよねえ。
一応今だって現役なんだし。

いい曲作るヒトだということは、少しわかる。
スティービー・ワンダーの歌う「風にふかれて」や、クラプトンの「天国の扉」なんかはいいなあと思う。
「見張り塔からずっと」ってディランの曲だっけ?
これもニール・ヤングやU2が歌うと、いい曲だとわかる。

かなり有名な日本の3人組バンドと、その昔ともに活動していた人が知り合いにいるが、その人曰く、
「ディランは確かに声も変だし歌もうまくない。ただ作る曲はものすごく美しくて、こんなきれいな曲を作る人がいるのか・・と感動したおぼえがある」そうだ。
なるほどねえ。

というわけでボブ・ディラン。
どのあたりから勉強すればよろしいんでしょうか。
お勧めがあればぜひ教えてほしいと思います。


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聴いてない 第0回

80年代を中心に、それなりに長い間数多くの曲(洋楽)をエアチェックして聴いてきた。
テープの本数は130本くらい、曲数は2000以上あるだろうか。
基本的にチャート指向なので、流行っていればたいがい聴いてきたつもりだが、それでもやはり偏りはあって、「そう言えばこのヒトの曲ってほとんど聴いてない・・」というのもある。

有名なアーチストについて、「実は聴いたことないんです」と公開するのは意外に勇気?がいる。
名作と言われる小説を「お恥ずかしいことですが実は読んでません」と言うのと同じような感覚である。
反対の場合もありますけどね。
「お恥ずかしいことですがこんなの聴いてます」ってヤツ。
まあそれはまたの機会に。

世の中に音楽評論は無数にあるが、基本的にはその音楽を聴いて評論する。
当たり前だ。聴いていないものを評論することはできない。
「こんな音楽を聴いてきた」という文章はあるだろうけど、「実はこんな音楽は聴いてない」という文章は、あまりないはず。だから当たり前だって。

で、この度改めて「聴いてない」アーチストや名盤を並べてみて、少し勉強し直そうかと考えている。
「公開する前に聴けよ」って突っ込まれそうですけど、こういうきっかけでもないと、今から勉強しなおしってなかなかできないと思うし。

「聴いてない」ことを公開すると、「これがいいよ」と勧めてくれる人が、やっぱりいるんじゃないかな?
例えば新宿西口で「オレは実はビートルズを聴いたことがない」って宣言したら、1分後にはあちこちからいろんな人がわらわら寄ってきて、「キミそりゃまずいよ。とりあえず赤盤からでいいから聴いた方がいい」なんて言われるような気がする。

もし逆の立場だったら、どうだろうか。
例えば若いリスナーが「ポリスって聴いたことないです。スティングは知ってるけど」なんて言ってるのを見たら、きっと「じゃあポリスのファーストから聴くといいよ」って、つい言ってしまいそうである。

そう、ロックが好きな人って案外そういう場面では親切だったりするのだ。
その昔FROCKLのチャートポップス部屋に参加してたことがあるが、ここの人たちはホント親切だったよ。

誰からも反応ないかもしれないけど、意見やお勧めしてくれる人があれば、素直に耳を傾けてみよう。
いったいどんなことになるのか、どんな勉強ができるのかわからないが、私の「聴いてない」を公開することにします。
バカな企画だなあ。

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エアチェックの夜 28

第28回 MD 2002.6.16


POPS123 1999.1.1

Bandstarter/Brainpool
A Thousand Times/Sophie Zelmani
Celia/Sopia Kallgren
Andas Fritt/Irma
Always You/Sophie Zelmani
Mindre Smakar Mar/Bo Kaspers Orkester
The Power Of Good-bye/Madonna
No Rain/Blind Melon
Come Back Darling/UB40
One Week/Barenaked Ladies
Another One Bites The Dust/WYCLEF JEAN
Because Of You/Dexy's Midnight Runners
Inside Out/Eve6
Fire Escape/Fastball
Lullaby/Shawn Mullins
Kiss The Rain/Billie Myers
Never Ever/All Saints


この曲目リストは、20年かけて作ってきた洋楽オムニバステープの最後のものである。
全123本で、総曲数は1500を超えている。
この後も作ることは可能だが、最後としたのには理由がある。
この年、MDデッキとMDウォークマンを購入したためである。

カセットテープの耐用年数はどれくらいか知らないが、物理的に切れれば寿命である。
123本の中で実際に切れたものはない。
これは繰り返し聴いてきたことが長持ちにつながったと思っている。
また保管にもそれなりに気を使っていたことも、長持ちの一因だろう。
ケースには必ず入れていたし、積み重ねておくようなこともしなかった。
車の中に置いたままということだけはしないようにしていた。

20年はとりあえず持ったが、この先はわからない。
まだ聴けるうちに別のメディアに移しておく必要があると考え、MDを買うことにした。

テープからMDに曲を落とす作業は、思いの外時間がかかった。
単純に計算しても123時間。
連続で行えば5日だが、現実にはそんなにヒマがあるわけでもない。
休日を利用しながら週に1~2本ずつ作っていったが、全部落とすのには2年以上かかった。
それでもその間もテープが切れるようなことはなく、MDに落とした現在もテープ自体は捨てずにとってある。

MDの、メディアとしてのテープに対する優位性はいろいろあるが、編集が可能なことが一番大きい。
テープに一発録りでエアチェックしていた頃は、とにかく編集できないことにいらだちを覚えたものだ。
数曲まとめて録音した場合、途中の曲は気に入らなくても消すこともできない。
MDならどんな曲順にも編集可能だし、気に入らない曲は簡単に消すことができる。
「こんな便利な道具が当時あったら・・」とMDに曲を落としながら何度も思った。

85年6月頃録ったテープ(34本目)には、誤って曲紹介のトークの一部まで録音してしまった箇所があった。
メン・アット・ワークの「Everything I Need」という曲だったのだが、「メン・アット・ワークで」という部分だけ誤ってポーズボタンを解除して録音されてしまい、その後このテープを聴く度にがっかりしたものだ。
MDは曲ごとの消去はもちろん、消去するポイントも0.1秒以下の単位で調整できる。
デッキによって機能は異なるのかもしれないが、買ったデッキではジョグダイヤルで調整が可能だ。
こうなるとメン・アット・ワークだろうが何だろうが、不要な曲やトークは完全に制圧できた。
15年経って「メン・アット・ワークで」をMD上で消すことができた時は、積年の悩みが解消できた感動で、デッキの表示が涙でかすんで見えなくなったものです。(大うそ)

ただ、全てのテープにおいてトークを徹底的に排除してきたわけではない。
この123本のオムニバス作成においては、トーク排除にこだわってきただけである。
ライブ番組や新譜特集などは、解説トークなども録音してあるものも多い。
深夜にタイマーで番組丸ごと録音したヤツはCMまで入っている。
これがたまに聴くと結構なつかしくていいんだよね。

いずれにせよ、皮肉なことにMDというエアチェックに最も適した道具を買った時には、エアチェック自体が自分的にも世間的にもすっかりすたれてしまっていたのだ。
ポーズボタンに神経を集中させたり、テープの残りを気にしながら必死に曲が途切れないよう神様に祈ったりといった苦難があったからこそ、20年も続いたのだろう。
「次のテープはもっと良くなる」ことをいつも期待しながら、いつの間にか100本を超えていたのだ。

元の音源はFMラジオを録音したテープなので、MDに落としても当然音質が悪いものもある。
同じ曲でCD音源がある場合は、CDからMDに録音しなおして差し替えたりもした。
ところが聴いてみるとどうもCD音源になじめない。
ノイズもふらつきもないし、これが本来の音のはずなのだが、耳がラジオとテープのアナログ音源に慣れてしまっているのか、違和感がありまくりなのだ。
MDを電車の中で聴くと、テープ音源の曲の方がCD音源の曲よりも聴きやすいのだ。
「良く聞こえる」「細かい楽器の音も聞き分けられる」気がするのである。
正直、聴力はあまりいい方ではない。
また電車の中は鑑賞するには最悪の環境だ。
(しかもMDウォークマンである)
比較自体にムリがあるのだろうが、この感覚は今でも変わっていない。

同世代であれば、メディアの変遷に驚いているのは異論のないところだろう。
再生メディアではCDがあっという間にアナログディスクを追い越していった。
しかしそれ以上に驚くのは、カセットテープの息の長さではないだろうか?
一般家庭でのオープンリールテープデッキの使用は、70年代後半にはほとんどなくなっていたと思う。
つまり25年以上にわたり録音メディアとして使用されてきているのだ。
その昔「Lカセット」という、カセットより少し大きめのメディアが登場した
ことがあった。
オープンリールとカセットの両方の良い点を備えたメディアとして話題になったが、全く普及しなかった。
他にも高級オーディオ用メディアでDCC・DATなどがあったが、結局一般向けには普及していない。

あとどこかのテープメーカーが発売した、カセットテープのハブの部分だけのヤツ。
カセットの枠の中から、テープをハブごと取り出して差し替えて聴くという、結構大胆なしくみである。
(確か商品名はコロカセだったと思う)
この説明だとわかりにくいが、まあ小さなオープンリールテープのような感じだった。
「場所をとらない」ってふれこみで発売されたのだが、かえってあまりにも小さくて扱いにくく、全然売れなかったようでした。

いずれにせよ、そういった他のメディアの台頭を許さず、究極の汎用磁気テー
プメディアとして、(弱っては来たけど)カセットテープは今も生き続けているのだ。
これってすごくないスか?

それでもMDは便利な機械だ。
今はもうFMラジオから音楽を録音するヤツなんかいないだろうけど、そのうちラジオからMDへのエアチェックをしてみようかと思っている。

最後のテープは、エアチェック(ビデオ音源)とCDから録音した曲がほぼ半分ずつである。
もはやアーチストについての情報もほとんどなく、曲への思い入れも希薄だ。
それでも最後のエアチェックとして、無理矢理紹介してみようと思う。

紹介するのはショーン・マリンズ。
日本でもそれほどなじみのあるアーチストではないだろう。
アトランタ出身で長くインディーズで活躍してきたらしい。
98年、「Lullaby」という曲が全米で大ヒットし、一躍有名になった。
それ以外に何の情報もないのだが、ビデオクリップからテープに音を落としたので、映像は比較的記憶に残っている。
車のライトが行き交う夜の道路のそばで、アロハシャツにギター姿のショーンがスローで歌う。
歌もサビ以外はほとんど低い語りで音程はない。
ビデオクリップにしては照明も不充分だし、これといった演出もなく、ただ演奏するショーン。
夜の暗さがそう思わせるのかもしれないが、何と言うか哀愁に満ちた映像なのだ。
「全てがきっとうまくいく・・」といった意味の歌詞なのだが、「本当かよ?」とつっこみたくなるような、不思議な映像である。
それでも曲は悪くなく、印象に残る、繰り返し聴きたくなる1曲である。

日本で今このクリップを目にすることは少し難しいかもしれません。
機会があればぜひ聴いてみて下さい。
ショーン・マリンズで、「Lullaby」。

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エアチェックの夜 27

第27回 オアシス 2002.3.25


POPS119 1998.1.3

Open Arms/Mariah Carey
Tell Me/Boston
Love Is Strange/Everything But The Girl
Higher Power/Boston
All About Soul/Billy Joel
Love Is A Wonderful Thing/Faitima Rainey
Semi-Charmed Life/Third Eye Blind
I'll Be Missing You/Puff Daddy
To Make You Feel My Love/Billy Joel
Somewhere In The World/Swing Out Sister
Falling In Love/Aerosmith
MMM Bop/Hanson
Bitch/Meredith Brooks
Young Boy/Paul McCartney
Stand By Me/Oasis


90年代になってから、エアチェックもしなくなり、チャートにもついていけなくなった。
つまり新しく「仕込んだ」アーチストというのがほとんどない。
(ちなみに2000年以降その傾向はさらに強まり、先日のグラミー賞受賞者はアリシア・キーズというニュースを聞いて「誰だそれ?」と思ったりしている。)
そんな90年代以降で、その音やグループの動向に興味をひかれる、唯一と言っていいバンドがある。
オアシスである。

はじめて彼らの曲を聴いたのは96年頃だった。
すでにバンドとしての地位を確立しつつあった時期で、曲を聴く前から存在だけは知っていた。
本国イギリスでは国民的人気を得ており、日本でもNIFTYの洋楽フォーラムでは盛んに話題になっていたし、「世界一ふてぶてしいバンド」などといったキャッチで雑誌などで語られていたこともあった。

イギリス(日本でも?)のマスコミはオアシスとそのライバルとしてブラーをとりあげ、「対決」模様を面白おかしく書き立てたようだ。
このあたりは80年代のデュラン・デュランとカルチャー・クラブの対決図式と同じである。
ただ実際にオアシスのリアム・ギャラガーは、ブラーのボーカリストを「一番嫌いなヤツ」と発言するなど、あながちマスコミの脚色だけでもないらしい。

デビューしてしばらくは、ドラッグ・暴力・ライブの中止・解散危機など、メンバーの行動が問題となったこともあったようだ。
まあどこのバンドでもよく聞く話だが、実際今でも解散のウワサは絶えない。
当たり前の話だが、世界に通用するアーチストというのは、たとえドラッグや暴力といった問題行動があっても、根底に音楽に対する誠実さが備わっていることが条件だ。
そうでなければ、楽器や歌の練習をしたり、予定どおりスタジオに集まったりというビジネスの基本を遂行できない。
単なるクスリ好きではダメなのである。
最後に必ず音楽の世界に帰ってくる誠実さが、世界を感動させるアーチストになれる最低の条件だからだ。
エリック・クラプトンはその典型である。

そういう意味ではオアシスも、多くの先輩同様、問題行動はあれど音楽に対しては誠実なヤツらであると言える。
むしろ彼らの問題行動なんか、まだカワイイ方なんだろう。

また常についてまわる解散説の原因には、ノエルとリアムの兄弟に喧嘩が絶えないということがあるらしい。
バンドのメンバーの一部に兄弟がいる例はそれほど珍しくない。
ヴァン・ヘイレン、スティクス、トト、ハートなどがそうだ。
これらのバンドにも解散危機はあった。
ただし兄弟そのものが分裂してバンドは解散、という例はあまり聞かない。
喧嘩をしてもそこは兄弟であり、もし解散しても兄弟であることからは一生逃れられないからだろうか。
多くのファンはそこをわかっているから、絶えない解散危機説にもあまり動じないのかもしれない。
実際ギャラガー兄弟以外のメンバーはかなり入れ替わっている。
兄弟さえいればオアシスはなんとかなるだろうと、ファンはわりと安心して見ているのだろう。

「Roll With It」が最初に聴いた曲である。
MTVを録画したものをカセットテープにダビングしたので、映像も同時に見ることができた。
印象としては、ウワサに聞くほど「ふてぶてしい」という趣ではなく、「普通のあんちゃん」バンドという感じだった。
その後、彼らの根底にあるのはビートルズであり、しかもそれを公言してはばからないことを知った。

70年代以降で、ビートルズの影響を受けていないアーチストはいないだろう。
しかし「ビートルズになりたい」とまで言い、歌詞にビートルズの曲名を使い、音のサンプリングも堂々とやってのけるバンドはオアシスくらいだ。
もちろんラトルズなどのコミック的パクリバンドとは全く違う。
この明らかにビートルズを意識したサウンドが、多くの人を引き付ける魅力のひとつだとよく言われる。
聴いていてどこか安心するような音なのだろう。

それでいて、手を後ろで組んで猫背で歌うリアムの独特なスタイルや、厚みのあるサウンド、単純な歌詞など、意外と個性的な部分も多い。
どれもオアシスの魅力ではある。
それ以外に興味を覚えるのは、彼らの保守的な姿勢である。
簡単に言えば、「破天荒に見えて結構まじめでいいヤツら」といったところだろうか。

3年ほど前、日本のテレビ取材に応じたノエル(たぶん)を見たことがある。
インタビュー嫌いでならした彼だと思っていたので、意外だった。
ビートルズに似ていること、マスコミ嫌いなことなど、けっこうズケズケとした内容をインタビュアーに質問されていた。
ノエルはそんなぶしつけとも思える質問に対し「マスコミに事実でないことを伝えられるのは不本意だ」のような答えをしていた。
至極まともな回答である。
日本語訳のスーパーはその時、ですます調のかたい語調だった。
ロックミュージシャンのインタビューがですます調というのも妙だが、ノエルの神妙な顔つきには、むしろ違和感のない訳のような気がした。

2年前のアルバムのタイトルは「Standing On The Shoulder Of Giants」という。
元々はあの万有引力の法則のニュートンの言葉で、「科学の進歩は偉大なる先人の功績に支えられてこそ成し得ることができる」という意味だそうだ。
オアシスがなぜこんなタイトルをつけたのか、真意のほどはわからない。
まともに受け取れば、「ビートルズらの先人の功績あってのオアシスです」といった謙虚な意味にとれる。
逆にそれは彼ら一流の皮肉で、「昔のスターなど何とも思っちゃいないぜ」なんて考えているのかもしれない。
いずれにしても、とにかく彼らはロックミュージシャンにしては見た目も地味であり、行動や言動のはしっこに木訥で誠実なところが見えたりすることがある。
「カリスマ」という言葉がすっかり陳腐化した昨今だが、オアシスはカリスマではないと思う。
絶大な人気、ドラッグ、暴力、解散危機というロックの必修科目をちゃんとこなしながら、どことなくあか抜けない雰囲気なのである。
たぶんいいヤツらなんだよ、きっと。会ったことないけど。

めったに新譜を買わない自分だが、「Be Here Now」「Standing On The Shoulder Of Giants」は発売直後に買ってしまった。
ミーハーと言われればそれまでだが、やはり気になるバンドなのだ。
ただやはりメンバーの名前を全部おぼえたりはなかなかできない。
もしオアシスが80年代に登場していたら、かなり深い情報まで追っかけていたことだろう。

ビートルズにあこがれて影響を受けたアーチストは、数限りなく存在します。
ただこのバンドは単にパクリをやっているのではなく、自分たちの個性に昇華しながらビートルズを吸収しており、その人気を不動のものにしています。
これって、できそうでなかなかできないことなんじゃないでしょうか?
オアシスで、「Stand By Me」。


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エアチェックの夜 26

第26回 エコロジーの意義2 2002.2.24


POPS111 1997.1.12

Virtual Insanity/Jamiroquai
Mission Impossible/Adam Clayton & Larry Mullen
How You're Not Here/Swing Out Sisiter
Lovefool/Cardigans
Humans Being/Van Halen
Always Be My Baby/Mariah Carey
Because You Loved Me/Celine Dion
Change The World/Eric Clapton
If It Makes You Happy/Sheryl Crow
Ironic/Aranis Morissete
I Love You Always Forever/Donna Lewis
Macarena/Los Del Rio
Sweet Love/Sandy Reed
Survival/Madonna
Games People Play/Inner Circle
Massachusetts/Bee Gees


第23回で割り箸についての新聞の中途半端な報道に疑問を持ったことを書いた。
問題としたのは2つ。
割り箸はいったいどうしたらいいのかが未だに不明なことと、新聞の報道する姿勢自体に疑問があることである。

新聞社に質問のメールを出したが、結局回答はなかった。
新聞社のホームページに、「必要事項が書かれたメールには、できるだけ回答いたします。内容によっては回答できない場合があることをご了承ください。」とある。
回答がないということは、「内容が内容なだけに、当新聞社ではどうしたらいいのかわかりませんので、回答できない場合に該当します。」ということなのだろう。
まあそんなこったろうとは思っていたけどね。
少し腹だたしい気もしているので、名前を出すことにします。
新聞は東京新聞(中日新聞社)、コラムの著者はフォトジャーナリストの大石芳野氏である。

結局コラムの著者も新聞記者も、エコロジーについて実はあまり知識がないのだろう。
しつこいようだけど、地球環境や人体への影響を考えた場合、合成洗剤や煙草の方が割り箸なんかよりずっとタチが悪いことはわかりそうなもんだ。
仮に割り箸が日本の基幹産業で、大手商社が輸入を手がけ、タレントを使って広告まで打つような状態だったら、マスコミの取り扱いは絶対に違うはずだ。

新聞がけっこう偏向した姿勢や方針で編集されていることは、最近では多くの読者もわかっていることだ。
また記事を通じて、記者が案外モノを知らない実態があらわになったり、センスのない文章が相変わらずまかり通る不思議なメディアであることがわかったりする。
皆さん真面目に取材・編集してるんでしょうけど、けっこうワンダーランドな世界なのだ、新聞ってのは。

もう新聞でないと目にすることのない表現なんかもある。
「看護婦さんや~い」「出かけま専科」なんてのがそうだ。
見出し付ける人も、自分のセンスが昭和40年代で止まっちゃってるなんて気にしたこともないんだろうね。
もっとも読んでる側も、そんなもんどうでもいいと思ってるんだろうけど。
(ていうか、こんなこと考えてるのオレだけ?)
そういう意味では、新聞ではないけどAERAのアオリ(例のだじゃれタイトル)は、もはや犯罪の域ですね。
アオリ考えてる人は「我ながらオレのタイトルって毎回いい線いってるな」と思ってるか「今週もオレのタイトルで多くの人がずっこけてる(死語)だろうな」と思ってるか、どっちかでしょう。
後者だったら相当な確信犯だけど。

ちなみに「表現のバーリ・トゥード」我がインターネットの世界では、やっぱりありましたよ、AERAのだじゃれタイトルコレクションが。
興味のある方はどうぞ。

http://www.dajare.com/syakai/AERA/
http://www.t3.rim.or.jp/~s-muraka/aera/aeracon.html

さらに話はズレるけど、新聞の4コマ漫画ってのもどうしてあんなにつまらないんでしょうか?
少年マガジンが数百万部売れる今の時代にあって、新聞漫画だけは本当に昭和40年代からレベルが変わっていない。
若い読者はもう本当に、全く、全然新聞漫画になんにも期待していない(と思う)。
「最近の4コマはつまらないと思う(葛飾区・学生・19才)」なんて投書はないだろ、きっと。
でもそれで本当にいいのでしょうか?
全部の新聞漫画を見ているわけではないけど、知る限りでは、いしいひさいち氏の漫画以外、評価に値する作品はないと思う。

話を割り箸に戻す。
あれからインターネットでいくつか割り箸に関する評論などを調べてみた。
その中で最もわかりやすいと思う理論を展開していたのが、以下のサイトである。

http://www.sanshiro.ne.jp/activity/99/k01/6_18prs1.htm

「環境三四郎」という、東京大学の学生やOBによる環境を考える団体が、99年に発表した評論である。
3年前なので、現状はまた少し違うのかもしれないが、実態の調査と対策の提案が述べられている。
詳細は中身を見ていただくとして、彼らの掲げる解決の方法とは以下の4つである。

1.割ばしそのものの使用量を減らす
2.使用済みの割ばしをリサイクルにまわす
3.規制により、同じ量の割ばしを作るのに切る木の量を減らす
4.低利用木の利用により、同じ量の割ばしを作るのに切る木の量を減らす

厳密には「解決方法」ではなく、「割り箸の環境に与える負荷を減らす方法」とされている。
で、これらを実現するにあたっては、経済や産業の問題も関係してくるため、彼らは「これでいくべき」といった形での性急な結論づけはしていない。
この姿勢は非難されるものではない。
感覚的な意見だけを公器を使って流し、何も成果が生まれていない(あるいは誤っている可能性もある)東京新聞とは全く次元が異なるからだ。

「環境三四郎」がどこの制約も受けず真っ当な意見を述べているのかどうか、本当のところはわからない。
ただしこの割り箸問題を考えるに当たっては、やはり以下の手順が必要だろう。
1.「環境三四郎」のような研究機関が現状を調査研究し、いくつかの解決策を模索
2.マスコミによる解決策の公開
3.市民団体・業界・管轄省庁による検討調整・結論付け
4.マスコミによる結論の公開
5.政府主導による法的根拠・規制に基づいた環境保護実践

ここでいう2と4が最も重要な役割である。
割り箸をどうしたらいいのかを実践するのは主に一般市民であり、1・3・5を結ぶに当たっては、市民に正しい情報を知らしめるために、マスコミのチカラが必要なのである。
「同じ量の割ばしを作るのに切る木の量を減らす」なんてのは市民には実践できない。
ただし、なぜ「割ばしを作るのに切る木の量を減らす」必要があるのかを、市民に正しくマスコミが伝えないと、市民の側が意義を理解できず、続かないおそれがあるのだ。
ボケっとコラムを垂れ流すだけではいかんのである。
だじゃれ見出しを考えてるヒマがあったら、もう少しこの問題について勉強する必要があるのではないでしょうか?
まあAERAと東京新聞は違うんですけどね。
でも東京新聞の見出しも同じようなレベル。

新聞社だって企業だから、営利を追求したり多少偏向したりはあって当然である。
ただそれ以外に、社会に対する役割ってものがあること、センスの欠落した表現で未だによしとしている姿勢体質に問題があるのではないかということ、この2つは(全然次元違うけど)考えてほしいよね。

人はやっぱりまずは自分第一である。
そしてあまり自分本位でありすぎると、お互いに自分のためにもならなくなることに気づく。
社会という「公」の中に「個」として生きているからだ。
心ある人なら、「これはもしかして社会のために良くないのでは?」と気づき、そして変えていこうとする。
その動機付けとなるものに、「公」の表現機関であるマスコミの存在がある。
小さな社会なら、このへんは自治会とか町内会でも機能するだろう。
しかし割り箸問題はすでに国家の枠を超えた地球環境規模にまで発展している可能性があるのだ。

たかが割り箸なんだけど、大石氏も含め「何とかせねば・・」と考えてる人は多いはずだ。
それを具現化していく発端として、マスコミの使命がそこにある。
「ペンは剣より強し」なんてのも死語になって久しい。
でも、剣なんかより弱くたって構わない。
これからは「ペンは海よりも青く、雪よりも白い」存在であってほしい。

牛乳パックはどうしたらいい?プラスチックトレーは?ペットボトルは?
こうした市民の考える小さな疑問が、実は地球環境にとって重要であり、マスコミがとりあげることで世の中が変わっていくことだってあるはずなのだ。


自分はマスコミに籍を置く身ではないが、紙上表現を生業とする、比較的近い業界にいる。
多くの記者は今でも社会への使命感を持って日々取材に臨んでいると信じて、彼らへのエールに代えてこの曲を紹介します。

エリック・クラプトンで、「Change the World」。

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成人式

  【成人式】 せいじん-しき
   日本各地で、絶滅したと思われる「ツッパリ」「ヤンキィ」及び
   その亜種(いずれも害虫)が、精力的に活動する様を見ることが
   できる、一年に一度の風物詩。
   また普段仕事において潤沢な時間の利用で有名な自治体の
   職員が、この日だけは害虫の駆除や鎮静といった肉体労働に
   追われる様を見ることができる。

結局「テレビに映る」ことを期待して暴れる新成人と、「暴れる」ことを期待して撮影するマスコミ側の利害が見事に一致している。
こういうマスコミの姿勢が、来年のバカ成人生産を助成していることに早く気づくべきやね。

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エアチェックの夜 25

第25回 漫画 2002.2.6


POPS105 1996.3.30

Carnival/The Cardigans
Fields Of Gray/Bruse Hornsby
Roll With It/Oasis
You Aughta Know/Alanis Morissete
Scatman/Scatman John
Runaway/Janet Jackson
Sexy Girl/Snow
Waterfalls/TLC
I'll Be There For You/The Rembrandts
Something For The Pain/Bon Jovi
Hey Now/Cyndi Lauper
Thank You/Page & Plant
The Tide Will Rise/Bruce Hornsby
If I Only Knew/Tom Jones
I Love Your Smile/Shanis
Raggamuffin Girl/Appche Indian


先日ある書店関連のホームページに、以下のような意見が提示されていた。
「子供の学力低下は親の責任。親が漫画ばかり見ているようでは、子供の学力向上も望めない」
これを見た時、二重にがっかりした。
学力低下と漫画を結びつけている点、書店関係者が漫画を見下している点の2つである。

漫画雑誌の氾濫は日本独特の文化らしいが、確かにいい歳こいたおっさんが電車の中で朝から少年漫画雑誌をひろげているのは、まあ美しい光景ではないかもしれない。
ただし漫画作品にもいろいろある。
良い作品もあればくだらないものもある。
それは映画や小説でも同じだ。

漫画を良くないものとする人に共通して言えることが2つある。
1つは「漫画=低俗」と言うことで、「ワタクシは低俗ではない」と世間から認められたいという意識がかいま見えること。
もう1つは、良い作品に出会っていないことである。
つまり、そいつは実は「漫画を読んでいない」のだ。

「学力低下は漫画のせい」などと言うのはかなり乱暴だ。
漫画以外にテレビ番組やテレビゲームなども対象にされることが多い。
いつまでたってもこの手の意見はすたれることなく沸いてくる。
漫画全てが良くないものと決めつけること自体、考えが偏向しているとしか思えない。
これだけ漫画が世間に流通していてなお、このような意見が出てくることも不思議だ。
あの宮崎勤が世間を騒がせた時、彼の部屋の様子が繰り返し報道され、漫画やアニメが批判の対象とされたことがあった。
あれだって漫画やアニメが殺人をおこしたのではなく、殺人犯となった宮崎がアニメファンだっただけの話である。

屁理屈を言うようだが、「学力低下は漫画のせい」と言う人は、人を説得するだけの「学力」を持っていないと思う。
親が漫画をやめて文学を読み、子供にそれを勧めて学力を高める、という方針だとしたら、そんな親子の方が信用できない。
漫画の中から「感動する」作品を見つけることも「学力」のうちだと思う。
それは漫画に限らず、文学でも音楽でも同じなんだけど。

もうひとつ気になったのは、この意見が書店関係者から出たことである。
漫画を売って儲けを出している書店が、そういうことを言ってよいのだろうか?
善し悪しはともかく、漫画は立派な産業である。
規模から言えば文学なんか足元にも及ばない。
一切漫画を扱わない覚悟で発言しているなら別だが、漫画のおかげで生活できる人が、そういうことを言ってはいけないのではないでしょうか?

分野としての漫画が好きになれない人は確かにいる。
それは好みの問題なので構わないのだが、自分の価値観だけで子供の学力低下問題にまで結びつける必要はないと思う。

子供のころの自分に「学力」があったとは今でも思わない。
ただしそれは漫画が好きだったためではなく、勉強が好きでなかっただけだ。
学力の定義は難しいが、自分についてはこんなことが言える。

「前門の虎、後門の狼」
「知らぬ顔の半兵衛」
「虎は死して皮を残す」
「一蓮托生」

これらの言葉は小学生の時に覚えたものである。
といって自慢しているわけではない。
学校で教わったものではなく、全部漫画から仕入れたものだ。

小学生の頃、少年ジャンプを愛読していた。
「アストロ球団」という野球漫画が一番好きだった。
9人の超人が相次いで登場し、最後に全員で野球チームを結成するという、野球版八犬伝のようなストーリーである。
今思うとかなり荒唐無稽で、描写や表現に大げさなところがあるのだが、セリフの中にことわざや故事成語をよく使っていた。
上記の言葉は全てこの漫画によって覚えたものである。
小学生の教科書にはまず載っていない。
しかし大人になった今、知っていないと「恥ずかしい」言葉なのではないだろうか。
それを「学力」と言うなら、または「知識」「常識」と置き換えてもよいが、自分が漫画によって得たのは感動だけではなく、「知識」「常識」も仕入れていたのである。
ただし自分は「だから漫画はエライ」と言っているのではない。
知識を仕入れるネタとなったのが、この例ではたまたま漫画だっただけなのだ。

「漫画ばかり読んでいると想像力が低下する」という意見もある。
小説なら場面や人物の心情を想像しながら読むので、想像力がつく、という意味らしい。
くどいようだけど、やはりこういう意見を言う人は「漫画読むのに慣れていない」としか言いようがない。
小説には絵がないんだから、漫画とは読み方が違うのが当然。
その違いすらわからないとなると、そっちの方がずっと問題である。

「学力低下」を懸念するなら、大人がすべきは「漫画をやめる・取り上げる」ことではなく、漫画も含めてあらゆる文化にふれる機会を与えてやることだけだ。
大人が無理強いしなくても、子供はちゃんと自分なりに感動する対象を見つけてくるはずだ。
だって、自分たちがそうだったんだから。
違いますか?大人のみなさん。


レッド・ツェッペリンはビートルズとほぼ入れ違いにイギリスの音楽シーンに登場したバンドである。
今さら言うまでもないが、ロックやブルースを基調に独特の様式を作り上げ、のちのメタルというジャンルの先駆けともなったバンドだ。
当時の保守的な人々から見れば、ビートルズですら騒々しい集団にしか思えなかったのだから、ツェッペリンの登場はさらに衝撃だったに違いない。

残念ながらツェッペリンの活動はほぼ70年代に限って行われており、自分にとってリアルタイムなバンドではない。
同時期に活動したディープ・パープルと、何かにつけて比較されることが多いが、自分の印象としては全く異なるバンドだ。
あくまで印象での話だが、ツェッペリンは芸術家集団であり、パープルは職人集団だと思う。
ツェッペリンの音は、ファンを魅了してやまない点ではパープルと変わらないが、独創的な面ではパープルよりも顕著である。
パープルが激しくメンバーチェンジしてきたのに対し、ツェッペリンは結成から解散までメンバーは不動だった。
これもツェッペリンが独特の様式を追求していった背景でもあったと思う。

そういう意味ではパープルの音の方が大衆的なのだ。
どちらもハードロックの元祖なのだが、日本でCMに使われることが多いのは、今のところパープルである。
「Highway Star」「Smoke On The Water」「Black Night」など、パープルを知らなくても曲を聞いたことがある人は多いだろう。
プラントやペイジのソロ活動に比べ、レインボーやホワイトスネイクの方がチャートイン実績があるのも、パープルがよりポピュラーなものだったことの裏付けだと思う。
(バンドとしての興業実績はどうやらツェッペリンに軍配があがるらしいが。)

どちらがいいとか悪いとか言うつもりはない。
それぞれに名曲があり、バンドとしての実績がある。
音楽産業における彼らの功績は偉大なものだと思う。

ロックもかつては「=不良」の図式をはめられた、不幸な歴史がある。
今でもインテリを自負する一部の人たちにとっては、「教育上よろしくない騒々しい音楽」なのかもしれない。
しかしさすがに今中学・高校生に対して「エレキギター禁止」「ロックコンサート禁止」といった規則をはめる学校は少ないだろう。
それだけ文化として成熟した、ということなのかもしれない。
そこまでに至ったのは、ロックを一つの芸術にまで高めてきたビートルズやツェッペリンやパープルらの活動と、それを支えてきた世界中のファンの存在があったからだ。

ロックを「不良」と断罪する姿勢と、漫画を「低俗」として子供から遠ざけようとする姿勢は、同じようなものだ。
自分の価値観からはずれたものを、子供に勧めるだけの度量がないということだ。
どちらも文化として残していくためにも、ひとりでも多くの人に、名作に出会ってほしいと思う。


ロックが普通に聴ける自由が、今の日本にはあります。
そんなことは当たり前のように思えますが、決して全ての国の常識ではありません。
ここに至るまでには様々な衝突や障害があったはずです。
先人の労苦に感謝し、この曲を捧げたいと思います。
ジミー・ペイジ&ロバート・プラントで、「Thank You」。


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エアチェックの夜 24

第24回 ラジオ 2002.1.21


POPS96 1995.4.29

I Need Your Love/Boston
Lucky One/Amy Grant
Up Where We Belong/Joe Cocker
Aja/Steely Dan
You Better Wait/Steve Perry
Weekend Love/Queen Latifah
With Every Wish/Bruce Springsteen
Herald Angels Sing/Mariah Carey
Everybody's Talkin' /Harry Nilsson
Love Will Keep Us Alive/Eagles
Be My Baby/Vanessa Paradis
Hope Of Deliverance/Paul McCartney
Can't Stop Lovin' You/Van Halen
Desparado/Eagles


ラジオには深夜が似合う。
父親にラジオを買ってもらったのは小学2年生の頃だ。
寝る前に聴くことをしてみた。
真っ暗な部屋でラジオのスイッチだけが光り、沢田研二の「魅せられた夜」がかかっていたことを憶えている。

初めて自分の意志で番組を選んでラジオを聴くようになったのは、1974年、小学4年生の頃である。
「欽ちゃんのドンといってみよう」(欽ドン)をクラスで何人か聴いているヤツがいて、話題についていきたくなったのだ。

欽ドンは関東ではニッポン放送、月曜から金曜の毎晩夜9時35分頃だった。
多少放送時間がブレることがあり、ナイター中継が長引くと中止になったりしたことがあったように思う。
10分番組で、スポンサーは集英社。
当時少年ジャンプを愛読していたこともあって、余計に親近感がわいたもんである。

日替わりでテーマが設定され、全国から寄せられたショートコントのハガキを欽ちゃんが読む。
ウケたレベルで「ノンノ賞」「プレイボーイ賞」「明星賞」などの賞が与えられ、高レベルな作品には「ジャンプ賞」。(これも愛読少年としてはうれしかった)
言うまでもなく、集英社の雑誌名が賞になっていた。
(ただしジャンプ賞以外の各賞の上下関係は不明。誰か覚えてませんか?)
番組の最後に最優秀賞である「欽ドン賞」が発表される。

今でこそ完全に市民権を得てはいるが、「ペンネーム」「キャッチフレーズ」なんて言葉を、この番組から仕入れたヤツは案外多いはずだ。
まあ全国のガキどもに人気があったのだろう、本も出ていたし、その後テレビ番組にもなった。
数あるシリーズの中でも、水曜の「レコード大作戦」が好きだった。

その後、これをきっかけに様々なラジオ番組を聴くことになっていった。
テレビも好きだったが、ラジオの孤独な雰囲気も好きだったのだ。

それ以来高校生のころまで聴いていたAMラジオ番組は、全てニッポン放送系列のものだ。
家ではなぜか文化放送の受信状況が悪く、TBSやラジオ関東(現ラジオ日本)には面白いと思える番組がなかった。
思い出すままに番組名をあげてみます。(時系列はバラバラである)

・日本沈没(月~金9:00~9:10)
小松左京原作のベストセラー小説のラジオドラマ。
あまり長くはなかったが、この後テレビドラマにもなった。
当時小学生だったため、内容はあまりよく理解できなかった。
実は見栄で聴いていたのだ。

・あおい君と佐藤クン(月~金0:00~0:10)
あおい輝彦と佐藤公彦のトーク番組。 
これはかなり長寿番組だったはず。
その後サザンの「桑田君と関口クン」に変わった。

・北炭生のたむたむたいむ(月~金0:10~0:30)
北炭生は「きたずみ・せい」と読む。フォーク歌手である。
このヒトの前は「かぜ耕士のたむたむたいむ」だったのだが、かぜ時代はほとんど聴いていない。
(3歳上の姉はかぜ時代のファンだった)
結局かぜ耕士ほどの人気が出ず、長続きはしなかったようだ。
ただこの番組はかなりまじめに聴いていた。最終回もきっちり聴いた記憶がある。
「30秒発言」という、青年の主張みたいなコーナーがあった。
名曲である古井戸の「さなえちゃん」はこの番組で初めて聴いた。
北炭生サン、今何してるんでしょうか。

・瀬戸龍介のひとりごと(月~金0:10~0:20)
たむたむたいむ終了後、改編でこの番組になった。
素朴な語りがいい雰囲気だったのだが、いまいちクラ目であまり長続きしなかった(と思う。その後永井龍雲に変わった)。

・ベンガル・エルの夜のおふれあい(月~金0:20~0:30)
東京乾電池のベンガルと大橋エリ子の番組。
これもたむたむたいむが無くなった後の番組である。
多少惰性で聴いていたこともあって、あまり記憶にないが・・

・コッキー・ポップ(月~金0:30~1:00)
さらに惰性で大石吾郎の「コッキー・ポップ」を聴いていた。
主にフォーク系の若い歌手中心の音楽番組である。
オープニングに「黙っていては友だちになれない。叫ばなければ消え去ってしまう」というセリフ(くさい)があった。
30分番組なんだけど、最後まで聴いたことはほとんどない。
たいがい途中で寝てしまい、気が付くとオールナイト・ニッポンになっていた。

・オールナイトニッポン(月~土1:00~3:00)
言わずと知れた人気番組。火曜の所ジョージ・水曜のタモリをよく聴いていた。
逆に中島みゆきや松山千春はどうにもなじめず、ほとんど聴かなかった。

・全日空ミュージックスカイホリデー(日曜23:00~0:00)
ソラマメさんこと滝良子の音楽番組。
スポンサーが全日空だったこともあって、オープニングを「テイクオフ」、エンディングを「ナイスランディング」などと呼ぶ、なかなかセンスのある番組だった。
どちらかというと女性向けの番組で、ロックは少なかったが、フォークからシャンソンまで、幅広い音楽を紹介。
オフコースやシャンソンの金子由香利の曲がよくかかった。

AMは流して聴くもの、FMは曲を集めるためのものだった。
FMで音楽をエアチェックするようになってからも、AMをそれなりに楽しんで聴いた。
FMのようにポーズボタンに神経を集中させるようなこともなく、用途を分けてリラックスして聴いていた。


イーグルスは、自分にとって実はほとんどリアルタイムではないバンドである。
初めて聴いたのは言わずと知れた名曲「Hotel Carfornia」、たぶんAMラジオである。
まだ洋楽に目覚める前のことだったが、ヒットしている曲であることは知っていた。
それだけAMでも頻繁にかかっていたのだろう。

だが自分がエアチェックを始めた79年頃、彼らはアルバム「Long Run」を発表し、その後解散してしまう。
当然チャートには新曲も登場しない。
80年代にはドン・ヘンリーやグレン・フライのソロが時々チャートインし、エアチェックもしたが、特に元イーグルスとして意識したこともなかった。
自分にとっては「昔のバンド」という位置づけになってしまった。

知名度や作品の評価については、今さら言うまでもないスーパーグループだ。
全作品をきちんと聴いたわけではないが、メンバーの顔が見えるグループといった印象が強い。
ドンとグレンの2人が核となっていたのは確かだが、ほぼ全員がボーカルのとれるバンドで、それぞれヒット曲を持っている。

1994年、ほぼ15年ぶりに突然彼らは再結成し、アルバム「Hell Freezes Over」を発表する。
ちょうど自分がエアチェックに夢中になっていた間、イーグルスは休止していたことになる。
アルバムは新曲4曲にライブ11曲という構成だが、賛否両論あるようだ。
全新曲としてかつてのファンをがっかりさせるようなリスクを回避し、また単に昔のヒット曲をそのまま収録せず、ライブとして納めている。
これはなかなかうまいやり方だと思う。
大ヒット曲「Hotel Carfornia」も、ここでは当時流行のアンプラグド調のアレンジになっている。
このアルバム発表後、日本公演も行われた。
自分もこのアルバムは気に入っている。(珍しく買いました)

イーグルスの活動と自分のエアチェックがちょうどシンクロせず、有名なわりにはなじみの薄いバンドとなってしまったことは少し残念である。
後からどんなに過去の作品を掘り起こして聴いても、リアルタイムでチャートを追ったバンドとは、自分の中ではなかなか同じ扱いにはならないのである。
FMラジオは、そこまで自分にとって大きな意味を持つ道具だったのだ。


15年ぶりの復活に、ファンの心境も複雑なようです。
ただ美しいハーモニーは15年前と変わりません。
イーグルスで、「Love Will Keep Us Alive」。


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エアチェックの夜 23

第23回 エコロジーの意義 2002.1.6


POPS92 1994.1.8

I'm Every Woman/Whitney Houston
The Right Kind Of Love/Jeremy Jordan
Have I Told You Lately/Rod Stewart
Can't Help Falling In Love/UB40
Runaway Train/Soul Asylum
Dreamlover/Mariah Carey
All That She Wants/Ace Of Base
Again/Janet Jackson
Amazing/Aerosmith
Now And Forever/Richard Marx
I've Got You Under My Skin/Frank Sinatra & Bono
Here Comes The Sun/Geroge Harrison
Can't Let Go/Mariah Carey


今日新聞を見ていたら、コラムにこんな話が載っていた。
筆者は有名なフォトジャーナリストである。

「駅弁に割り箸は欠かせないが、割り箸は箸の代表ではない。
韓国人は割り箸は間伐材を使うからといって使い捨てをしていては環境保護はできないと言う。
日本ではどこでも割り箸を使っている。
日本人ひとり一人の無頓着が文化に対する軽視にもつながっていく。」

主旨は「使い捨てをもうそろそろやめた方がよいのではないか?」という、日本人に対する警告のような内容だと解釈した。
確かにその通りだ。
おむつからコンタクトレンズからカメラまで、使い捨てが巷にはあふれている。
便利ではあるが、ゴミも増えるし、ものを大切にする意識が希薄になっている。
筆者の言いたいことはそういうことなのだろう。
ただ、気になったのは割り箸を引き合いにしたことである。

割り箸は、環境保護問題を語る際、しばしば論争の的になってきた。
「使い捨て用品の最たるもので、国内で消費される本数は、熱帯雨林の○○本分にも相当する」
「割り箸の原料は間伐材や廃材であり、むしろリサイクルとも言える」
といった賛否両論があり、なんだかいつもかみ合わず、結論が出ていないような気がする。

環境保護のために、できることから始める姿勢はとても大切である。
できないことを言っても意味がないし、多くの人に理解してもらわないと続かないからである。
でも、できることから始めたのに、実際には環境保護にあんまりなっていなかったとしたらもっと問題である。
ペットボトル・スーパーのレジ袋・牛乳パックの再利用など、よく引き合いにされるけど、本当に環境保護に役立つほどのことなのだろうか。

気になるのは、割り箸が身近でわかりやすいがために引き合いにされるのではないかという点だ。
割り箸は本当に地球環境にとって悪なのだろうか。
国内で割り箸の使用を全面禁止したら、実際に熱帯雨林保護に少しは貢献できるのだろうか。

国内で木材の使用量として最も多いのは建材だと聞いたことがある。
それも木造建築に使われるのではなく、コンクリートパネルを製造する枠として使用されるものが最も多いという話だ。
事実かどうかはわからない。
しかし割り箸の使用実例よりは多そうである。

割り箸の使い捨てに抵抗があれば、塗り箸を使うことになる。
中には塗り箸を持ち歩いている人もいるようだ。
ではその塗り箸を洗う時、どうしているのだろうか。
合成洗剤を使っている人も多いはずだ。
合成洗剤の使用による排水は、河川や海の汚染原因の最たるものである。
それは環境保護にとって重要ではないのだろうか。
「割り箸をやめて塗り箸にしましょう。塗り箸を洗って川を汚しましょう」では、ホントにシャレにならない。

割り箸なんかより、他に議論すべき話はたくさんあるんじゃないだろうか?
牛乳パックから手すきのハガキなんか作ってるより、家にある合成洗剤を全部やめた方がいいんじゃないの?
政治家の車は全部プリウスにしてみるとか、携帯電話の電源を着脱式太陽電池にする技術開発とか、夏の高校野球は秋にずらすとか、いろいろあるんじゃないの?

日本は今不況でどこも大変なんだけど、オイルショックの時のように節電まではしていない。
やろうと思えばある程度のことはできるのが日本人である。
経済停滞を好機ととらえて、環境保護に直結するような行動にうつせないものだろうか。
割り箸なんかにかまってるより、高校野球を秋にやる方がよほど建設的なんじゃないだろうか。
こんな状態の日本は、不況なんだけどやっぱり平和だと思う。

普通の生活をしていると、資源再利用の現場を目にすることは、実はほとんどない。
びんや缶を分別して捨ててるけど、どんな形で再利用されるのか、リサイクルの実態はあまりよくわからないという人がほとんどではないだろうか。
そんな普通の人々は、新聞に「割り箸はやめよう」などと書いてあれば、「ああそうなのか」と思って割り箸使用をやめてしまうかもしれない。

果たして割り箸は、本当に環境保護の敵なのか?
きちんと結論を出してほしい。
そうでなければ、無意味な表現はやめてほしい。
公器としての新聞の使命は、読者に正しい環境保護のあり方を伝えることである。
そう思ったので、今回新聞社に対して質問のメールを出してみました。
返事が来たら、この場を借りてお伝えしたいと思います。


ソウル・アサイラムの「Runaway Train」という曲のビデオクリップはとても衝撃的である。
全米各地で行方不明になった子供たちが次々と紹介される。
最後に、「もしこの子供を見かけたら、この番号に電話して下さい」というメッセージがあり、電話番号が表示されてクリップは終わる。
日本でも行方不明となっている人はいるが、数ではアメリカの方がだんぜん多いはずだ。

もっと驚いたのは、行方不明となった子供の情報が、アメリカでは牛乳パックに印刷されているという話だ。
日本ではそんな牛乳はたぶん売っていないだろう。
でも今後は出てこないとも限らない。
アメリカではそれがすでに現実なのだ。

行方不明の子供の顔写真のついた牛乳パックを、再生して手すきのハガキなんか作れるだろうか?
とても品のないジョークだ。
こんな話がないだけ、つくづく日本はまだ平和なんだと思う。

重ねて言うが、環境保護のためにできることから始める姿勢は大切である。
ただし効果があってこその話であって、大した意味もなければ、他のことに時間と労力を使った方がいい。
本当に環境保護につながるなら、割り箸の使用は国家レベルで禁止すればよい。
意味がないなら、これ以上勘違いするにわかエコロジストを増やさないためにも、マスコミがきちんと「無意味です」と報道すべきだろう。
そしてすぐに他の課題に取り組むべきだ。
環境保護への勘違いした取り組みは、自覚のない犯罪のように悪質な結果を生んでしまうほど危険だからだ。


アメリカの厳しい現実を伝えるビデオクリップ。
でも彼らは決して希望を捨てていません。
自分たちにできることで少しでも解決に近づくならという想いが、クリップを通して日本の我々にも伝わってきます。
ソウル・アサイラムで、「Runaway Train」。


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エアチェックの夜 22

第22回 エアチェックの終焉 2001.12.22


POPS86 1993.1.6

Beauty And The Beast/Celine Dion
Everything About You/Ugly Kid Joe
Don't Let The Sun Go Down On Me/George Michael
Damn I Wish I Was Your Lover/Sophie B. Hawkins
To Be With You/Mr. Big
Masterpiece/Atlantic Starr
Human Touch/Bruce Springsteen
If You Asked Me To/Celine Dion
This Used To Be My Playground/Madonna
The One/Elton John
Sometimes Love Just Ain't Enough/Patty Smyth
When I Look Into Your Eyes/Firehouse
How Do You Talk To An Angel/Heights
I Will Always Love You/Whitney Houston


79年から洋楽オムニバステープを作り始め、現在までの本数は130本ほどである。
年代順に追っていくと、ある時点から新曲の収録が極端に少なくなっている。
1992年頃だ。

原因はいくつかある。
87年から働き始め、徐々に時間に余裕がなくなってきたこと。
89年に江戸川区から再び相模原に戻ったが、駅前の開発や高層住宅建設の影響で、FMの受信状況がさらに悪化したこと。
(現在自宅周辺はテレビ難視聴区域になっており、テレビ放送は有線化している)
そして洋盤新譜CDのレンタルが1年間禁止されたことである。

80年頃登場した貸しレコード店は、その後レンタルCDショップに形を変え、カネのない自分にとっては非常に有効な産業だった。
91年の新譜レンタル禁止期間設置に伴い、自分も必然的にレンタルCDショップから遠ざかっていった。
新譜を借りたくても、借りられるのは1年後である。
「聴きたきゃ買え」的なこの措置には納得がいかなかった。
(ちなみに国内盤の禁止期間は3週間だった。)

しかたがないので、MTVなどのビデオクリップから好きな曲をテープに録る作業を続けた。
元々シングル志向だったのだが、ますますその傾向は強くなった。
この頃から記憶に残る曲の数やアーチストも極端に少なくなっていく。

レンタル産業の難しさは、商品の価値の再現性が、取り扱うものによって異なる点である。
車やパソコン、重機械、おしぼりなど、レンタルされる商品は様々である。
これらはユーザーの手元にある時だけ使用可能な商品だ。
しかし音楽CDは他の媒体に複製することが可能である。
返却後もユーザーは同じような価値のものを利用することができる。
書籍もそういう面はあるが、現実的には同列には扱えない。
例えば文庫本程度の出版物でも、実際に全ページコピーすることはかなり大変である。

パソコンソフトなどはレンタル以前の問題だ。
日本中のパソコンユーザーの中で、ソフトの不法コピーをしたことのない人はいないんじゃないかと思う。
コピーできてしまう商品を売る側の問題でもあるのだが、コピーガードが厳しい商品だと、それ自体の売上に影響してしまうのが実状なのである。
最近はCD-Rドライブが標準装備されたパソコンが主流となっており、この現象には全く歯止めがかかっていない。

今思うと、新譜CDレンタル禁止措置を設定したことは、正しい判断だったと言える。
あのまま新譜レンタルが全く制限されずどんどん借りることができたとしたら、やはり新譜CDの売上には影響していたはずだ。
現在音楽CDの単価は当時に比べ多少安くなっている。
昔よりもミリオンセラーが増えていることも事実だ。
そういったかなり危ういバランスの上に、音楽産業は成り立っているのだろう。

商品をタダ同然で手に入れられる環境があり、なおかつそれが有償のものと何ら変わらないものを入手できるとしたら、それでもあえて有償でいいと言える人はどれだけいるだろうか?
反対に言えば、その状況にあっても「オレはタダでは音楽は買わないよ」というヤツの方が信用できないと思う。
今でさえCDもめったに定価で買わない自分が、ヤミ音楽配信によって好きな曲が入手できるとしたら?
情けない話だが、それが違法であっても、自分を制する自信は全くない。

消費者の道徳的判断(良心)だけに依存して著作権を守ることは絶対不可能だと思う。
著作権法に限らず、全ての法規制の根拠はここにある。
人間の「良心」に依存した世界はやはり危険だ。
だって、自分自身が全く危険なのだから。

少し話はズレるが、以前参加していたNIFTYの音楽フォーラムは、現在でもいわゆるブート盤に関する発言を規制している。
本来存在してはならないブート盤について、あれこれ論じること自体、アーチストの著作権を侵害する行為に荷担しているのと同然であるという判断からである。
だからと言ってブート盤が根絶されることはないのだが、フォーラムの姿勢は評価してよいと思う。

音楽を愛する者なら、音楽を生み出すアーチストの苦労に配慮して、対価を支払って聴くべきなのだろう。
至極当然のことなのだが、自分自身にとっても未だ難しい話である。


Mr.Bigは自分にとって、「FMエアチェックできなくなった」あたりのバンドである。
デビューは80年代のはずだが、初めて聴いたのは92年頃だ。
人気もあるし、いいバンドなのだろうが、実は残念ながらあまりよく知らない。
MTVや「NOW」系CDでしか聴いたことがなく、今に至る。
これはこの頃以降の他のアーチストも同じような状態だ。
かつてFMエアチェックで集めたアーチストについては、「曲を聴く」以外に、その経歴やメンバー動向の「情報を仕入れる」ことがセットになっていたのだ。
結局この頃を境に、自分の中でエアチェック時代とそれ以降の時代とにアーチストが区分されてしまった。
たまたま92年まで聴いたことのなかったMr.Bigは、このわずかなタイミングで、「後半の人達」になってしまったのだ。

93年以降、FMエアチェックで仕入れた曲は1曲もなかった。
FMラジオは片手間に聴くだけの機械となり、ポーズボタンに神経を集中させることもしなくなった。
同時にFM雑誌も徐々に衰退し、「エアチェック」自体が死語となっていった。
やや大げさだが、ひとつの文化の終焉である。

そのうちに「インターネットで仕入れた頃のバンド」という扱いのアーチストが出てくるのだろうか。
「情報を仕入れる」ならばインターネットは雑誌などの比ではない。
ただ、今後音楽配信の時代が本格的にやってきた時、自分はどのように音楽やアーチストと向き合うことになるのか、正直全くわからない。


さて今週の新曲紹介です。
録音の準備はよろしいでしょうか?
おっと、もうそんな人はいなくなったかな?
Mr.Bigで、「To Be With You」。

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エアチェックの夜 21

第21回 ジョージ・ハリスン 2001.12.2


POPS82 1992.10.14

Achy Breaky Heart/Billy Ray Cyrus
November Rain/Guns & Roses
Save The Best For Last/Vanessa Williams
All I Care For/Gotthard
Book Of Days/Enya
Jam/Michael Jackson
TLC/Liner
Too Fanky/George Michael
Handle With Care/Traveling Wilburys
Without Your Love/Bobby Caldwell
Inside Out/Traveling Wilburys
Tears In Heaven/Eric Clapton
Layra/Eric Clapton
If You Don't Love Me/Prefab Sprout
Hung On In There Baby/Curiocity


ジョージ・ハリスンが亡くなった。
先週の時点で、余命1週間の報道があったため、全く突然というニュースではなかったが、やはり残念に思う。
過去何度かアーチストの死についてふれてきたが、ジョージの死は自分にとってどのようなものとなるのだろうか。

新聞記事によってジョージの死を知ったのは今日(12月1日)のことだ。
なので正直まだ整理がついていないという状態である。
自分が歳をとるにつれて、有名人の死は重くなってくる。
今回もそれを徐々に実感することになるだろう。

以前にも書いたが、自分はおそらくポール派である。
ビートルズの曲の中でもポールの曲を好み、ソロ活動もポールしか追ってこなかった。
ただしそれは結果であって、「オレはポール派だ」と自認しながら聴いてきたわけではない。

「ジョンとポールという2つの個性の衝突の中にあって、ジョージは控えめな存在にならざるを得なかった」
「ビートルズ末期から徐々に頭角を現し、解散後はその才能をいかんなく発揮」
「ディランやクラプトンとも親交が深い」
といったあたりが、マスコミで語られるジョージ像である。

ジョージのソロアルバムはほとんど聴いていない。
記憶に残っているのは81年に発表した「過ぎ去りし日々」である。
ジョンに捧げる曲として、リンゴとポールが参加したことで話題になった。
感じたままを言えば、曲自体の評価はとりたててよいと言えるものではなかった。
ただ「ジョンのことを歌い、リンゴとポールが参加した」と言われれば、当時の洋楽ファンとしては、押さえておかなければいけない曲だったのだ。

次にジョージが音楽シーンに登場してくるのは87年頃である。
「セット・オン・ユー」というカバー曲でチャート入りし、ラジオでも「なかなか元気なジョージ」と紹介していた。

自分の記憶にあるジョージの曲はこの程度である。
70年代のジョージを聴いてみることは結局しなかった。
これはジョンも同様である。
やはり自分は、チャートにそれなりにランク入りする、わかりやすいポールを好んで聴いてきたのだ。

90年代のジョージの活動のキーワードは「友人」だったと思う。
トラベリング・ウィルベリーズの結成。
クラプトンを従えての来日公演。
ディランデビュー30周年コンサートの出演。
ビートルズ再結成。
いずれもジョージの交友関係がもたらした成果だ。

ポールがウィングスを結成したのは「交友」とは少し違うと思うし、ジョンのヨーコとの活動とも異なる気がする。
ジョージやリンゴは、自分たちが前に出てどんどん新曲を作っていくことをせず、友人達と楽しくやっていくことを選んだのだと思う。

ジョージは彼の友人達について、雑誌か何かでこう語っていた。
「彼らはボクを元ビートルズとしてでなく、ジョージ・ハリスンとして見てくれている」
ポールもジョンも、解散後には同じ思いがあったかもしれない。
だた、ビートルズの存在を彼ら二人の中に見ないで接するのは、相当に難しいことなのだろう。

ビートルズが3人で再結成され新曲を発表した際、やはり批判的な声もあったらしい。
それに対してポールはこう言っている。
「天下のビートルズだぜ。黙れってんだ」
これはジョージからはたぶん出てこない発言だ。

人は集団で行動する際、それぞれに役割ができる。
それは自然にそうなる場合もあるし、上意下達で固められる場合もある。
個々の性格と相互の相性が、役割を作っていくのだ。
アーチストとしての実績では、ジョージよりもポールの方が上なのは間違いない。
しかしジョージは彼の持つ個性と人柄で、ポールとは異なった豊かな交友関係を築いていったのだ。

今後彼の死を悼む行事が世界中で行われ、追悼アルバムなども発表されるだろう。
おそらくポールやディランやクラプトンをはじめ、ジェフ・リン、トム・ペティ、リンゴ・スター、ポール・サイモンなど、豪華なメンバーによって、何かの行動が起こるに違いない。
それは本来間違いなく天才でありスーパースターのジョージをカリスマ視しての行動ではなく、等身大のジョージを知る、良き友人達による哀悼の表れになるはずだ。

死のあり方を自分で決めることは難しい。
運命というものがあるからだ。
カリスマであるジョンは射殺という伝説的な死をとげた。
ジョージは妻や友人に見守られながら、病院で息をひきとったという。
本人達の意志はまた違ったのかもしれないが、「第三の男」は最期までジョージらしかったと思う。

ジョージの死が伝えられた今日、ある有名なCDショップに行ってみた。
「ジョージの追悼コーナーをビートルズのコーナーに設置しました」と張り紙があった。
ところが店員の書いたコメントのようなものはあったが、それはコーナーと言うほどの規模ではなく、ビートルズのCDとともにソロアルバムが3点ほど並べられていただけだった。
他でもないジョージ・ハリスンの死である。
死の翌日だったためかもしれないが、この扱いは不満だった。

ジョージのアルバムをほとんど聴いていない自分が、彼の死を語るのはおこがましいかもしれない。
だが、やはり、やはり彼の死は残念である。


謎の兄弟によるグループがデビューしました。
ジャケットを見るとどうやら無名の新人ではないようですが、果たして?
トラベリング・ウィルベリーズで、「Handle With Care」。


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晴海・汐留・六本木

正月に汐留と六本木に行った。
どっちもかなりの人出。
できたばかりのスポットはどこもこんな感じだ。

で、汐留に行く前に、ふと思い立って晴海トリトンスクエアに行ってみた。
オープンしたのは確か3年前だ。
その時はやっぱりすごい人出で、車も少し遠くに停めさせられ、駐車場から5分くらい歩いた記憶がある。

で、3年たったらどうなったか。
駐車場は全く待たずに入れた。
そして人出も非常に少なかった。

うーん・・・
やっぱこんなもんか。
正月なのにこの人出の少なさは・・
少しがっかり。

でもよく考えたら、買い物も食事もとてもしやすい状況でもあるのだ。
もともとレベルの高い飲食店がそろっているはずなので、並ばずに食べられるのなら、むしろ歓迎すべき事態ではないか?
見方は色々だけど、「廃れた」のではなく「落ち着いた」と受け取れば、まだ楽しめる場所かもしれない。

世間が汐留や六本木に浮かれている今、静かにうまいもん食いたいと考えてるアナタ。
トリトンスクエア、案外イイかもよ。

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エアチェックの夜 20

第20回 フレディ・マーキュリー 2001.11.16


POPS76 1992.1.5

Light Now/Van Halen
Na Laetha Geal M'oige/Enya
Do-ya/ELO
Carry On Wayward Son/Kansas
The Last Resort/Eagles
Dark Of The Sun/Tom Petty & The Heartbreakers
The Fly/U2
The Dream Is Still Alive/Willson Phillips
All By Myself/Eric Carmen
Innuendo/Queen
Only Love Knows Why/Peter Cetera
Black And White/Michael Jackson
Helter Skelter/U2


1991年11月、クイーンのボーカリスト、フレディ・マーキュリーが亡くなった。
AIDSに罹っていることを公表した直後の死だった。
朝刊でAIDS公表・夕刊で死亡記事などといった日本の新聞もあった。

衝撃や悲しみといったものは正直感じなかった。
「あーあ」という感じである。(どんな感じだ?)
クイーンの曲は好きでたくさん聴いてきたが、ちょうど離れかけていた時期でもあり、また特にフレディのファンというわけでもなかった。

表現者の死は、作品にどんなチカラをもたらすのだろう。
ファンであれば、アーチストの死に対して平常心ではいられない。
遺作に対しての評価は違ったものになってくる。
「もう二度と新作が出ることはない」
この想いが、遺作を傑作に持ち上げることはままあるだろう。

当時の最新作であったアルバム「Innuendo」を聴いてみた。
フレディの死を知った直後だったが、特に感慨もない。
普通のアルバムだと思った。
悪くはないが、「素晴らしい!」とも感じなかった。
ただ、ラストの「The Show Must Go On」は、フレディの想いを暗示させるような名曲だ。
これも普通に「クイーンの新曲」として聴いたら、同じような感想だったかはわからない。

故人に対する批判には、どこか後ろめたさを感じるのが、誰にでも共通してある感覚だと思う。
フレディの死の直後に、「Innuendoは駄作」と評するのは勇気のいることだ。
そんな評論を発表すれば、世界中のフレディファンから突き上げられることは必至だ。
仮に駄作だったとしても、「まあ今は言わないでおくか」という心理がはたらくのは正常な反応だろう。

メディアやファンがこぞって「名作Innuendo」を採り上げ、本国イギリスでは「Bohemian Rhapsody
」がチャートに登場した。
そんなフレディ騒動を、自分はかなり冷ややかに見ていた。
表現者の死と作品の評価は別次元のことだと、その時は思っていた。

「ブラック・レイン」という映画がある。
フレディの死より少し前に公開された映画だが、自分はテレビで92年頃に見たと思う。
映画の見どころは高倉健とマイケル・ダグラスの共演である。
だがもう一つ、松田優作の最後の出演作品という付加価値がついている。
多くの日本人は、このことを知っていて映画を見ていたはずだ。
彼はガンであることを知りながら、ハリウッド映画出演の夢を実現させるために、手術を拒んで渡米し、撮影に臨んだのだ。
この話は当時の主治医や関係者が、多くのメディアで語ったため、憶えている人も多いと思う。

劇中の松田優作の演技は確かに迫力があった。
そして作品の外側にも、彼の死というそれを持ち上げるだけのパワーがあったのだ。
もし松田優作が健在だったとしたら、この映画の評価は違っていたかもしれない。
だが芸術作品はそういう見方だけでは不充分であることに気づいたのが、「ブラック・レイン」だったのだ。
作品は結果であって、通常見るものはそれだけなのだが、作ったのは人間なのだ。
そこに至る過程に、生きた人間の想いや行動が必ず反映されていて、それによって評価が変わることも含めて楽しまなければ、充分な鑑賞とは言えない。
「Inneundo」を冷ややかに聴いた当時の自分には、この感性が全く欠けていたのだ。

また数年たったある日、クイーンのラストアルバム「Made In Heaven」が発表された。
「Innuendo」とは異なり、はっきりとフレディとの離別をテーマとして作られたアルバムだ。
「美しい日」と力強く歌うフレディ。
やはりフレディあってのクイーンなのだ。

表裏のジャケットを見ただけで、ファンなら涙するだろう。
表はこぶしを突き上げるフレディ、裏はフレディを見送る他のメンバー3人の後ろ姿のシルエットである。
エンディングは延々続くノイズなのだが、どこか心臓の鼓動を映すオシログラフのようなイメージを思い浮かべる。
このアルバムは名作であり、素直に感動した。
フレディの魂は、感性の低い自分の心をも、揺すっていったのだ。

アーチストとは、死してなお、後世の人々を感動させるチカラを持った人間の称号である。


クイーン久々の大作。
フレディのボーカルもいつもながら魅力ですが、ブライアンのフラメンコ・ギターにもご注目下さい。
クイーンで、「Innuendo」。


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エアチェックの夜 19

第19回 通 2001.10.30


POPS75 1991.11.30

Silhouettes/Kenny G.
Coming Out Of The Dark/Gloria Estefan
Your Song/Elton John
I'm Your Baby Tonight/Whitney Houston
And So It Goes/Billy Joel
Come To Me/Bobby Caldwell
Stand By Me/John Lennon
Rock Wit'cha/Bobby Brown
He Don't Know/Huey Lewis & The News
Another Day In Paradise/Phil Collins
Learning Fly/Tom Petty & The Heartbreakers
Talk Walk Drive/Jullia Fordam
Top Of The World/Van Halen
Orinoco Flow/Enya
Give Peace A Chance/John Lennon


インターネットの登場によって、得られる情報の量や幅は劇的に変化している。
提供されている情報は、ある意味無限であり、しかも大半は制限なくいつでも検索閲覧が可能だ。
しかもそれは世界規模であり、環境さえあれば誰でも受発信できる。
リスクはもちろんあるが、知りたい情報を短時間で確実に把握することが可能である。
うまく使えば、非常に有意義だ。

インターネットを利用し始めて6年ほど経つ。
もはや電気や水道と同様、あって当たり前の状態になりつつあり、それがどれほどすごいことなのか、最近は実感することも少ない。
それでも、ネットを利用する中で、意外な発見をする場面はまだまだあったりする。

ネットを利用して情報を得ることを覚えたのは、今から7年ほど前のことだ。
インターネットを利用する前に、パソコン通信を使っていた。
仕事で、パソコン通信(ニフティ・サーブ)を利用して、遠く離れた企業とのデータの送受を始めた。
その他、フリーソフトのダウンロードや新聞記事クリップサービスなど、メール以外の様々なサービスを時々利用した。

使ううちに、同じ目的や趣味を持つ人同士の意見交換の場があることを知った。
フォーラムと言い、インターネットで言う掲示板にあたるサービスである。
その中に「ロック・リスナーズ・フォーラム」があり、4年間くらい参加した。
ここが「情報を得る」という意味では、実に使える場所だった。

長い間エアチェックをしている中で、曲名やアーチスト名が聞き取れず、その後も解明することなく不明だったものがいくつかあった。
それをフォーラムで質問すると、たいがい知っている人がいて教えてくれるのだ。

ちなみに解明した問題は以下のようなものだった。
 (1)「ラジオスターの悲劇」を歌った、バグルスではないグループ名
 (2)82年頃リリースされた「Open Your Eyes」を歌ったグループ名
いかがでしょうか。普通わかんないと思います。

こんな調子で様々な質問を重ね、そのほとんどが解明した。
このフォーラムに参加している人達は、知識が豊富であるほど親切だった。
初心者にとっては実にありがたい話だ。
曲名の他、アーチストに関する情報や新譜の話題など、得られるものは多かった。
慣れてくると、逆に他の人の質問に答えることもするようになった。

今でもこのフォーラムは存続しているが、インターネットの普及とともに、発言の数は減っている。
画像や音、動画まで使えるインターネットに比べ、パソ通は基本的にテキストの世界である。
テレビが登場した後のラジオのようなものだ。
自分も発言をほとんどしなくなってしまったので、言えた話でもないのだが、多少寂しい気はする。

ネットには匿名性という特徴もある。
使い方を誤ると危険なことは言うまでもない。
しかし意外に理解していない人は多い。

2ちゃんねるというサイトがある。
原則匿名・何を書いても自由な掲示板の集合体だ。
まじめな話の掲示板もあるのだが、原則匿名で何を書いても自由なため、意味のない発言や中傷なども多く、議論は散漫なものばかりだ。
傍観するにはおもしろいが、目的を持って情報収集するには有効とは思えないサイトだ。
自分にとっては「使える」サイトではない。

アスキーの西氏が、この2ちゃんねるの低俗性にイヤ気がさし、「1ch」という「人に優しい」サイトを立ち上げた。
利用に際しては、「読んだ人が気分を悪くするような書き込みはやめておきましょう。」とある。
西氏の言いたいことはわかるが、2ちゃんねるに参加するヤツは、その低俗性をも含めて楽しんでいるのだ。
イヤなら書かなければいいし、見なければいい。
案の定西氏を批判する発言が続発し、1chの人気はいまひとつのようだ。
正直、傍観するのもつまらないサイトである。

「人に優しい」サイトなら、別に1chでなくともいくらでもある。
そういうサイトを目指すことと、2ちゃんねるの低俗性は全く別次元の話だ。
西氏ほどの経歴を持つ人が、なぜこういった行動に出るのか、全くわからない。
ま、どこまでが西氏自身の考えで行われていることなのか、真実かどうかすらわからないのがネットの世界でもあるのだが。

使う目的に合致する情報は必ずある。
しかし真実かどうか、また安全かどうか、参加することに問題がないかどうかを見極めることが、ネット利用時の原則なのだ。
「使える・使えない」は使う側次第である。
テレビや新聞も同じなのだが、ネットの場合決定的に違うのは、情報を発信する側にも何ら制約がないということだ。
ネットがらみで犯罪や事件が起こると、ネットをよくわかっていない年輩のニュースキャスターが、とても的外れな批判をすることが多い。
交通事故多発のニュースを受けて、「だから自動車に乗るのは危険なんです」などと真顔で言うのと同じことである。


トム・ペティというアーチストがいる。
あまりまじめに聴いてきたわけではないが、簡単に言ってしまえば「渋い」という印象だ。
ボブ・ディランやジェフ・リンとの交流が、彼の音に明らかに影響を与えており、いい曲もたくさんある。
最近でもベスト盤が出たり、アメリカの同時多発テロの被害者救済コンサートに出演したりしており、地道に活動しているようだ。
ただ日本国内では、彼のレコードが爆発的に売れたとか、来日公演が話題になったなど、激しい反応はあまり聞かない。
自分が知らないだけなのかもしれないが・・

で、先日インターネットで彼に関する情報を検索していると、ファンのホームページがいくつか見つかった。
あるホームページは女性(と思われる)ファンの作成したもので、会員は100名近くおり、しかもファン同士が盛んにオフ会交流を行っているらしい。
これははっきり言って意外だった。
全く無名の人物ではないから、日本にもファンがいて当然なのだが、どちらかというと「通好み」な印象を持っていた。
ギターにこだわりのある男どもが、夜中に酒を飲みながら「やっぱトム・ペティは渋いよな」などと談義するような、そんな扱いを受けるイメージだ。
(やや貧困なイメージなのだが。)

少なくとも今まで自分の周りに「トム・ペティのファン」がいた記憶はない。
あまりうまいとは思えない歌い方、美しいとも言えない?容姿などもあってか、日本での人気はいまひとつのようだと、勝手に思い込んでいたのだ。
以前雑誌で、「ディランの後継者はトム・ペティかマーク・ノップラーか」などといった文章を目にしたことがあり、そんな時にこそ引き合いにされる「渋い」アーチストだと、今でも思っている。

「通好み」はもちろんほめ言葉だ。
しかしトム・ペティのファン(しかも女性も含め)同士が、楽しく交流している様子は、自分の想像をはるかに超えたものだった。
掲示板での彼の扱いは、さながらアイドルのようでもあった。

インターネットでは、こんなことまで知ることができる。
ネットの便利さとともに、ロックの奥深さ、世の中の広さ、自分の見識の小ささをあらためて実感した次第である。


日本でも意外にファンは多いようです。
この当時の音はジェフ・リンの影響もあって、かなり明るめです。
トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズで、「Learning To Fly」。


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エアチェックの夜 18

第18回 昭和 2001.10.8


POPS68 1988.10.6

Fast Car/Tracy Chapman
Love Bites/Def Loppard
Superstitious/Europe
Sweet Child O' Mine/Guns 'N Roses
World To Me/Huey Lewis & The News
The River Runs Low/Bruce Hornsby & The Range
When It's Love/Van Halen
The Velley Road/Bruce Hornsby & The Range
Groovy Kind Of Love/Phil Collins
Always There For You/Stryper
Don't Be Cruel/Cheap Trick
Another Part Of Me/Michael Jackson
Sunday Bloody Sunday/U2


1987年に大学を卒業し、江戸川区で一人暮らしを始めた。
JR総武線小岩駅から7分の、風呂もないアパート。
当時家賃は35,000円だった。

相模原から小岩に移り住んで感じたことが2つあった。
ひとつは水道水がまずいこと。
もうひとつはFMラジオの感度がいいことだ。
やはり江戸川区では相模原に比べノイズが少ない。
エアチェックには好都合である。

しかし小岩に住んでしばらくすると、いつもエアチェックに利用していたFM東京の「サンスイ・ベスト・リクエスト」の放送時間が、土曜17時から深夜1時ころ(だったと思う)に変わってしまった。
余談だが、この時の番組の司会者は、先日の参議院選挙で当選した、柏村武昭である。
当時「木ヘンにホワイト(柏)のカッシーです」などといったつまんないフレーズをかましていた。

ちょうどそのころビデオデッキを購入したので、ビデオクリップを録画し、後でその音声だけをカセットテープにダビングするという方法を考えた。
クリップはだいたい深夜に放映されるので、タイマーで録画しておき、暇な時に音声ダビングを行う。
一度ビデオテープを経てカセットテープに録音するため、音質はやや落ちる。
ただアルバムとは微妙に異なるバージョンが入手できたりするので、コレクションとしてはそれなりにおもしろかった。
またFMエアチェックに比べ、ビデオエアチェックは映像という情報が得られるので、後で雑誌などでアーチストを確認する場合にも役に立った。

しかし、さすがに学生のころに比べ、チャートを追ったりエアチェックしたりに費やす時間が足りなくなってきた。
仕事も忙しくなり始め、徐々にエアチェックのテープ1本完成までの日数が長くなっていった。

そんなある日、日本の歴史の中での一大事が起こる。
昭和天皇の死去である。

88年秋口から病状が悪化し、テレビでは血圧・体温などが常時報告されるようになる。
「下血」なんて言葉がマスコミで使われるようになった。
テレビのバラエティーも、プロ野球の優勝祝賀会も、みんな「自粛」。
日産セフィーロのCMで、井上陽水が「皆さんお元気ですかぁ?」と言うヤツがあったが、これも自粛ムードの中でいつの間にか音声がカットになっていた。

回復を願って、皇居には多くの一般人が「記帳」に訪れた。
この「記帳」という行為を、かなり親しい周囲の数人がしていたことは非常に意外だった。
そんなもん記帳したところでどうなるもんでもあるまいに・・と思っていたからだ。
「自粛」も「記帳」も、なんとなく受け入れがたい気がしていた。

明けて89年の最初の土曜日。
朝起きてテレビをつけたら、どのチャンネルも半旗が写っている。
正直、「とうとうきたか」といった感じだった。

国全体が通夜のようになり、とにかくテレビ番組が普通でなくなった。
通常の番組でなく、ニュースや追悼ばかり。
NHK教育はずっとクラシック音楽を放送していた。

近所の人が「レンタルビデオ店に早く行かないと、いい映画が全部貸し出しになってしまう」ようなことを大声で叫びながら、家族でビデオ店に出かけていった。
しばらくは番組も元に戻らない。
退屈だしビデオでも借りるか、と多くの人が考えても不思議ではない。
自分もビデオを借りに行こうかとも思ったが、仕事もあったのでやめた。
ビデオよりも、この騒動のなりゆきを見ておきたかったのである。

当日は土曜だったが、仕事があったので昼頃会社に出かけた。
小岩の町の様子は、まさに火が消えたような静けさだった。
商店街はみな「自粛」で店を開けておらず、駅も人はまばらである。

会社に行くと、話題の中心は早くも「新しい年号」に集中していた。
実際にXデー以前にも、それっぽい年号がいくつか噂にはなっていたが、今思うとその中に「平成」は入っていなかった。
つまり誰も予想していなかった年号だった。

小渕恵三が「平成」の書を持ってテレビに写った。
この映像で小渕氏を初めて知った人も多いはずだ。
「ヘーセー」という音感、「平成」の文字感にあまり好意的な人はいなかったように思う。
まあこういう時には必ず新聞に投書するバカがいるものだ。
曰く、「平成とはなんとダサイ年号であることか」といったヤツである。
こういう輩は新札が出ても新硬貨が出ても、何かと文句つけるタイプだ。

それからしばらくは、マスコミも平成にまつわる話ばかりをとりあげていた。
「平成」という地名(たしか岐阜県)、「平成(たいら・しげる?)」という名の人、平成のつく会社。
昭和64年のコインにプレミアがつき、平成生まれ第一号の赤ちゃんを紹介する。
「年号」とはそれほど転換の象徴としてとりあげられるような位置づけだったのだ。
いざ変わってみてわかったことだが、これはかなり驚きだった。
平成についての騒動は、平成元年の間じゅう続いていた。

確かに考えてみれば、昭和の間は年号が強く定着していた。
今の若い人はどうだか知らないが、昭和生まれなら自分の生まれた年は必ず年号で表すはずだ。
人から「昭和○年生まれです」と言われれば、自分とどれくらい年の差があるか、だいたいわかる。
返って西暦で言われると、よくわからないことがある。
例えば自分の親が西暦何年の生まれか、即答できるだろうか。
ヘタをすると自分自身が西暦何年生まれか、即答できない人もいる。
(ちなみに当時、この質問をして答えられなかった人が周囲にいた。その人は1952年生まれ。)

平成になって数年を経てもなお、「昭和に直すと68年」などといった計算式が、特に年輩の方の間では使われることがよくあったと思う。
善し悪しはともかく、日本にとって年号とは、そのくらい慣例化された符号なのだ。
革新系の政治家からは、年号廃止論が出たりしていたが、たぶん国民の間ではそれほど廃止を望む声は多くはないと思う。
なくなっても西暦で統一していけば何の問題もないはずなのだが、あった方が「安心」なんだね、きっと。

いずれにせよ、そんなたわいもない混乱のうちに「昭和」は終わったのである。


さて年号とは何の関係もないが、ガンズ&ローゼズはこの「昭和」の終わりに登場した、わりと古典的な粗暴型バンドである。(こういう紹介のしかたはやはり違和感ありますね。)
演奏途中でキレて帰っちゃったり、インタビューの最中に激怒して記者を殴ったりといった、まあバイオレンスな話題が豊富なバンドだ。
当時アクセル・ローズをまねて、アタマにヘルメットのようにバンダナを巻き付けて街を歩く若者も結構いた。(今はもう絶滅。)
それまでの「産業ロック」に傾倒していた自分にとっては、あまり得意な分野ではなかった。
ただビデオクリップから落とした彼らの音は結構よかったし、(後で知ったことだが)アクセルはフレディー・マーキュリーを尊敬していることなども気に入った。
ターミネーター2のサントラに、ガンズの曲が使われたが、これは非常に効果的だったと思う。

しかしながら、理由はよくわからないが、意外とガンズは持たなかった。
90年代後半からはチャートにも出てこなくなり、アクセルはあっと言う間に「過去の人」となってしまった。
最近また(やっと)アクセルの姿を雑誌で見るようになったが、今の活動の内容はまだよく知らない。

勝手な解釈だが、アクセルは時代を読み違えていたのだろう。
ロック=反体制・暴力・無軌道という公式は80年代後半にはすでに崩れていた。
アクセルのスタイルは、90年代後半の安定したアメリカにはもはや合っていなかったのではないか。
「破滅型」としてその地位?を確立し、そのまま死に至ったカート・コバーンとは対照的な展開である。

デフ・レパードやボン・ジョヴィと同じ路線を歩んでいたら、ガンズはもう少し長続きしたのかもしれない。
粗暴なイメージばかりが強いが、アクセルのボーカルはかなり魅力的で水準が高いと思う。
スラッシュのギターと合わせ、バンドとしての技量も、他のバンドにひけをとらない。

アクセルは無軌道において徹底しきれなかった。
何も破壊できず、死によって自らを神格化することもできなかった。
音的には間違いなくニルヴァーナよりガンズの方が大衆的だ。
もし今もカートが死なずにいたとしても、興行的に成功していたのはおそらくガンズの方である。
多様化する90年代の音楽界にあって、アクセルは前近代的な破天荒ヒーローのイメージに潰されたのだ。
復活しようとするアクセルのアタマには、今度はどんなスタイルがイメージされているのだろうか。

結局、昭和の終わりとともに、自分はエアチェックから少しずつ離れていくことになる。
エアチェックの終焉を思い出す符号として、「ガンズ」と「平成」が自分の中にあるのである。


アクセル・ローズの復活が話題となっています。
新世紀における彼の動向に注目したいところです。
ガンズ&ローゼズで、「Sweet Child O' Mine」。


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エアチェックの夜 17

第17回 アメリカの同時多発テロについて 2001.9.24


POPS65 1988.3.26

Didn't We Almost Have It All/Whitney Houston
Here I Go Again/White Snake
Can't We Try/Dan Hill with Vonda Sheppard
Lost In Emotion/Lisa Lisa & Cult Jam
Causing A Commotion/Madonna
Mony Mony/Billy Idol
Got My Mind Set On You/George Harrison
Brilliant Disguise/Bruice Springsteen
Johnny B./Hooters
Englishman In New York/Sting
Shake Your Love/Debbie Gibson
Wishing Well/Terence Trent D'Arby
Say You Will/Foreigner
New Year's Day/U2


アメリカで起きた同時多発テロ事件が、今なおマスコミを賑わせている。
あまりの惨状に世界中が混乱し、報道も何が事実なのかよくわからない。
これは当然のことで、事件にはまだ不可解なことが多すぎるためである。

世界中の人が「大変だ」とは受け止めているが、では「どうすべきか」については、簡単に答が出せないでいると思う。
むしろこの段階で「断固報復」「平和のため話し合いだ」と断定している人の方が危険だ。
事態はそんなに単純ではないはずなのだ。

日本でもアメリカへの協力をめぐって、論議が高まることは必至である。
ここで最も信用できないのは、アメリカへの協力に反対する際に「平和」を理由にする人たちである。
誰だって平和がいいに決まっている。
平和を唱えれば、まずは人から非難されないで済む。
平和を理由にアメリカへの協力に反対する人は、平和よりも「政府に反対」「アメリカに反対」が先に来ている。
平和を悪用しており、これはフェアではない。

まず事件がテロによるものとすれば、こう例えることができる。
凶悪な殺人犯がまだ捕まらずに町に潜んでいて、警察が捕まえようと武装している。
その警察に対して「平和のため犯人と話し合いで解決しましょう」と言っているようなものだ。
崇高な意見だが、現実的でないということである。

今回について言えば、総合的に見て日本はアメリカに協力せざるを得ないのである。
政府も協力を表明するだろうが、どうせ軍事的な貢献などほとんどできない。
せいぜい物資や医療面支援、軍事費用負担などである。
反対派はそれを全部知っていて、「平和のため」を理由にに反対するから、フェアでないと言っているのだ。

「日本は平和を愛するので協力できません」を表明したらどうなるか。
そんな意見は無視されるに違いない。
逆に日本は積極的に参戦もできない。
そんなことをすれば中国や韓国が反発し、アジアのパワーバランスが崩れ、中国が台頭する原因となり、それはアメリカの望むシナリオではない。

日本が何をどう言おうが、アメリカは報復のため軍備を増強するのは間違いない。
本当に日本が協力しない道を選ぶなら、西側諸国から孤立し、経済的断絶も覚悟しなければならない。
今の不況なんかふっとぶくらいの貧窮を、国民に強いるはめになる。
それへの対策もないまま、軽々しく「協力反対」などと言うヤツは、やはり信用できない。

与党も野党も方針はわかっていて、それでいて論議はするのである。
小泉首相が「野党の言うとおり、平和が第一。日本は協力もしないし、自衛隊は違憲。ついでに政権も野党にお願いします」などと言ったら、本当にシャレにならない国となってしまうことは明白である。
まあそれでも政治家全員が同じ意見で進んでいくことも危険なので、ある程度各政党が対立することは必要なのだが。

今日のニュースでは、米国民の9割が「報復に賛成」というABCの世論調査結果を報じていた。
これも信用できない。
日本ならともかく、様々な人種民族宗教が混じり合うアメリカである。
そんなに事態は単純ではないはずだ。

テレビ報道のしかたにも問題がある。
事件で亡くなった人の遺族の、悲しみの表情を映す。
その後、アメリカへの攻撃に歓喜するイラクやパキスタンの市民を映す。
これは報復の正当性を強調するための、米政府のマスコミ操作なのだ。
悲しみの遺族はニューヨークだけではない。
イスラエルの攻撃にあって命を落としたパレスチナ人の遺族だってたくさんいるはずだ。
西側メディアがそれをちゃんと伝えないだけだ。

正直、アメリカの言う「報復」には賛成はしたくない。
根底にはやはりアジア・アラブへの差別意識が見えるからだ。
しかし事件が人種や国家を超えたテロであるならば、やはりき然とした態度をとらない限り、第二第三の事件は起こる可能性が高くなる。
テロ発生は非常事態であり、日常の自由や常識が通用しない場合があるのだ。
悲しいことだが、ウソでも「報復する」と宣言しない限り、テロ抑止につながらないというのが実状であると思う。

これは日本でも同じだ。
オウム真理教の時もそうだったが、こういった非常時のさなか「平和のため」を持ち込んで武装化・報復に反対する人間の、果てしない罪の深さとタチの悪さに、むしろ怒りを覚えるのである。

事件の真相はまだよくわからないが、ブッシュ政権後のアメリカの態度は、極端にイスラエル寄りであり、また一国主義である。
これが事件のきっかけになったとする考え方もある。

少なくとも実績上クリントン政権下では、ここまで大きな事件は起こらなかった。
仮定は無意味だが、もし今もクリントンが大統領だったとしたら、事件は起こらなかったのではないだろうか。
実際にはノルウェーの功績だが、PLOとイスラエルを同じテーブルにつかせたのはクリントンであったし、アメリカを好景気に転換させたのもクリントン政権である。
最後はモニカ事件でまぬけな面をみせてしまったが、クリントンの世界レベルでの政治手腕は、もっと評価されていいと思う。


鎮魂歌にはならないと思うが、ニューヨークの再生を信じて、この曲を捧げたいと思う。
ホワイト・スネイクで、「Here I Go Again」。


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エアチェックの夜 16

第16回 U2 2001.9.9


POPS60 1987.8.7

Lean On Me/Club Nouveau
Don't Dream It's Over/Crouded House
What You Get Is What You See/Tina Turner
Into Deep/Genesis
The Way It Is/Bruce Hornsby & The Range
5150/Van Halen
Can't Get Started/Peter Wolf
Finer Things/Steve Winwood
Every Beat Of My Heart/Rod Stewart
I Know What I Like/Huey Lewis & The News
Back In The High Life Again/Steve Winwood
I Still Haven't Found What I'm Looking For/U2
C'est La Vie/Robbie Nevil


80年代突入とほぼ同時に洋楽に目覚め、数多くの曲を聴き、エアチェックでコレクションし、アーチストの情報を仕入れてきた。
当時人気だったほとんどのアーチストは、現在当然のように歳をとり、音楽シーンから消えている。
ビリー・ジョエルのように引退を公言してしまったような例もある。

その中にあって、80年代に登場し、今なお最前線にいるバンドがある。
U2である。

実はそれほどまじめにU2を聴いてきたわけではない。
アルバムで持っているのは2枚だけだ。
聴いていないアルバムもある。

最初にエアチェックしたのは「The Unforgettable Fire(焔)」である。
それより前にもいくつか曲は聴いたことがあったが、あまり興味がわかなかった。
日本でも人気が出てきたのは83年頃だと思う。
貸しレコード店にアルバム「War」がたくさん入荷されたのを覚えている。
このジャケットは怒りに満ちた少年の顔写真で、ヘビメタのような印象を受けたため、勝手に遠ざけてしまったのかもしれない。

それから少し後に、テレビで「ウッドストック"US"フェスティバル」という大きなライブイベントの放映があり、ヴァン・ヘイレン、ジューダス・プリースト、スティービー・ニックスらに混じってU2も参加していた。
彼らのライブ映像を見たのはこれが最初である。

ボーカルのボノはステージをやたらと動き回り、ついには照明の柱に登って、彼らのシンボルである白旗を掲げていた。
このパフォーマンスには強烈なインパクトがあった。
ここで初めてこのバンドに対する興味がわいたのである。

さっそく雑誌などを調べてみた。
アイルランド出身の4人組で、3人はクリスチャンであること、反戦非暴力のメッセージ色の強い歌を作っている社会派のバンドであり、白旗をシンボルとしていることなどがわかった。

「War」には「Sunday Bloody Sunday」「New Year's Day」など、深い悲しみと怒りが込められた重い曲が収録されていた。
その頃好んで聴いていたボストンやヒューイ・ルイス&ザ・ニュースなどとは明らかに違う音だった。

その直後、彼らは新作「The Joshua Tree」を発表する。
たまたま自分は前々作の「War」を遅れて聴いたので、ほぼ同時にこの2枚のアルバムを知ることになる。

「The Joshua Tree」は「War」とは全く違うアルバムだった。
モノクロの古い映画のようなジャケット。
エッジのギターはさらに細かく音を刻んでいたが、「焔」のようなテクノっぽい音ではなく、賛美歌のようなキーボード音と混じって不思議な雰囲気を作り出している。
あの血管が切れそうなボノのボーカルも、このアルバムでは非常に落ち着いている。
歌詞は反戦や労働問題を扱った内容も多いが、ギラギラした感情の猛りはかなり押さえられていた。
いわば「悟りの境地に達した」ような音なのだ。
U2はこのアルバムで音が確かに変わったのだった。

幸運?なことに、自分は2つのアルバムをほぼ同時に聴いたため、「音が変わった」という印象はそれほどなく、どちらもU2の音として受け入れることができた。
(変わったことを受け入れられなかったのは、もっと後の話である。)
今でも「The Joshua Tree」は好きなアルバムの1つだ。
「Where The Streets Have No Name」
「I Still Haven't Found What I'm Looking For」
「With Or Without You」
この最初の3曲はいずれも名曲である。

好みのアーチストの新作にがっかりするのはよくある話だ。
メンバーチェンジがあったり、プロデューサーが変わったとたん、「なんじゃこの音は・・」となってしまうバンドは多い。
しかもそれは世間の評価とは必ずしも一致しない。
「The Joshua Tree」はセールス的にはそれまでで最も売れたアルバムだが、「変わった」ことへの批判もよく聞いたものだ。
以前からのU2ファンの中には、受け入れがたい人もいたのだろう。

自分がU2に対してそのような想いをさせられたのは、アルバム「Achtung, Baby」(1991)からだ。
U2自身、方向転換を認めており、離れていったファンは「The Joshua Tree」の時よりも多いと思う。
90年代に入るとU2はポップ路線を歩むようになり、ライブも仕掛けが大がかりになった。
その後の「Zooropa」「Pop」を含め通称「ポップ3部作」と言うらしいが、いずれもあまりよいと思えなかった。(人気はむしろ上昇していた気はする。)
結局90年代はほとんどこのバンドについて聴くことはなかったのだ。

ボノ自身、最近のインタビューでは「80年代当時はU2はただ音のでかいフォークバンドだった」と、以前の音に否定的な発言をしている。
それを見た時もなんだか少し残念だった。

そして98年にはベスト盤が発表される。
イヤな予感がした。
ベスト盤を出した直後、モメごとが起きたり音が変わってしまって、興行的に失敗するケースは多い。
スティクスもヴァン・ヘイレンもみんなそのクチである。

ところがU2はコケなかった。
2000年に新作を発表し、チャートに登場したのだ。
「Beautiful Day」というシングルのプロモ・ビデオはなかなかカッコいい。

U2は変化し続けてきたバンドだ。
音楽も人間の営みだとすれば、音や歌詞は残るが、活動そのものは不変ではない。
聴く側だって同じであり、「変わらない」のが好きな場合も、「変わった」ことが良かったと思える場合も、どちらもあって当然である。
「変わらない」ことに固執するあまり、逆に時代の変化についていけず、古くさくなってしまうケースもある。

このバンドは変化を恐れずに活動している。
(しかもロックバンドには珍しく、デビュー当時から全くメンバーチェンジをしていない。)
たまたまそれが受けて、人気を維持できているだけかもしれない。
が、彼らの根底にはたぶん反戦非暴力の悲しみや怒り、神に対する崇高な想いが変わらずにあるはずだ。
世界にメッセージを発信するには、それなりにチカラを持っていないと、人の心に伝わらないし動かせない。
たぶんU2はそれを知っている。
だから決して金や名声のためでなく、世界に何かを訴えるために、彼らは自らが最前線にいる必要があることを知っているのだ。

これがわかったのは本当につい最近だ。
音が気に入らないだけで遠ざけるのは簡単である。
しかしなぜU2は変わりながら前進する必要があったのか、それを考えてからでも「聴かない」と判断するのは遅くない気がした。

音楽は奥が深い。単に音の上下と歌詞の接合だけではない。
歌い演奏する側の想いが必ずある。
聴く一方の自分でさえそう思うのだから、自ら演奏したり歌ったりする人たちにとって、それは「何を今さら・・」の真理なのだろう。

まだ聴いていないU2の昨年のアルバム、「All That You Can't Leave Behind」。
少し「考えて」聴く必要がありそうだ。


彼らの活動を象徴するような名曲です。
U2で、「I Still Haven't Found What I'm Looking For(終わりなき旅)。」


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エアチェックの夜 15

第15回 人間 2001.8.23


POPS55 1986.12.13

Amanda/Boston
When The Wind Brow/David Bowie
Change Of Heart/Cyndi Lauper
Somebody/Glass Tiger
All I Wanted/Kansas
Hollyanne/Boston
Dancing With My Mirror/Corey Hart
You & The Night/Saga
Human/Human League
We Are Ready/Boston
At This Moment/Billy Vera & The Beaters
Princes Of The Universe/Queen
Typical Male/Tina Turner
Glory Of Love/Peter Cetera
Nikita/Elton John


「事態をあいまいにするのは日本人の悪いクセ」とよく言われる。
納得している日本人も多い。「確かにそうだよね」と多くの日本人は思う。
しかし改まる気配もそれほどないような気がする。
これは日本人独特の宗教観に根ざした傾向だからだ。

生まれた時はお宮参り、死んだ時は寺で葬式。
最近じゃ結婚式は教会でなんてのも全然珍しくない。
多くの日本人は、宗教に関しては悪く言えばいい加減、良く言えば寛容なのだ。
これは実は非常に大切なことで、自分は日本の伝統として守るくらいの扱いでもいいと思っている。
外国から見れば非常に奇異なことなのかもしれないが。

宗教の信仰そのものを否定するつもりはない。
ただし、宗教でも理念でもそうだが、観念が固定すると排他的になる傾向が強い。
世界規模で見れば、宗教の違いは必ず闘争を生んでいる。
(実際の宗教的対立構造は裏に経済問題がからむことが多いのだが。)
これはよくない。
神様を信仰するのは大事なんだろうが、始終それにとらわれて排他的になることもどうかと思う。

人間は普段は神からは自立すべきなのだ。
日本にはそれを言い表す言葉がちゃんとある。
「困った時の神だのみ」。

感謝の心はあってよいが、年がら年中神様にすがるのもよろしくない。
神様を「親」、人間を「子供」に置き換えるとわかりやすい。
親に感謝する気持ちは大切だが、年中親のことばかり考えていては自立できない。

また人間はカミサマじゃないから、必ず過ちやボケたことをしでかす。
そもそもそういうもんなのだ。
もちろん過ち全般を肯定するわけでもなく、正しくありたいのが理想なのもわかる。
しかし「人間常に正しくあるべし」が発展しすぎると不幸に変わることもある。

いつもいつも親切な人がいる。
一般的には「いい人」である。
しかしその親切が迷惑な場合だってある。
でもその人が「いい人」なので、「迷惑です」と言いづらい。
その人が「いい人」だから、これは「タチが悪い」。

いつもいつも正しい人がいる。
いわゆる「正論」を唱えて自信に満ちている。
確かに正しいから、周囲は反論もしないし、従うしかない。
しかし「不平不満」は起こっている。
でもその人は「正しい」から、誰も何も言えない。
結果、「正しい人」は孤立し、連帯は崩壊する。
これも「正しい人」が故に「タチが悪い」。

「農家の婿」という例え話がある。

ある農家に2人姉妹がいた。
父親以外に男手のない家だったが、姉妹それぞれに婿が来た。
姉のほうの婿はよくできた公務員で、朝昼晩仕事の合間に畑を手伝い、両親に気に入られた。
それに対して妹の夫は、普通の人だった。
普通の人だが、姉婿ができた人だったため、どうしても親から見ると比べてしまう。
両親は妹やその婿につらくあたるようになった。
そのため姉妹の仲も悪くなり、また妹夫婦もうまくいかなくなった。
姉婿が「いい人」だったがために、この農家は崩壊した。
姉婿自身、自分が悪いとはみじんも思っていなかった。
もちろん姉婿も妹婿も、どちらが悪いわけでもない。
もしも姉婿が「普通の人」だったら、この農家は壊れなかった。
故に、タチの悪い話である。

「いい人」「できる人」「正しい人」は、それ自体は素晴らしいことだ。
ただそれを他人にも強要し始めると、かなりタチが悪いことになる。
欠点だらけの自分には、言えることではないのかもしれないが、スキのない人はつまらないものだ。
結構しっかりしてそうに見えて、案外スキのある人は魅力的である。
そう、スキのないのはカミサマだけで充分なのだ。

思想や理念や正論は、度がすぎると災いを呼ぶ。
信仰も同じだと思う。
信仰は個人の自由だが、他人に強要しはじめると、それは不幸につながるのだ。

繰り返し言うが、人間はカミサマじゃない。
普段はカミサマのことなんか忘れていていいのである。
困った時、感謝したくなった時に、自分なりの方法でカミサマに伝えればよい。
それが神社だろうとお寺だろうと教会だろうと、全く構わない。
「あいまいな日本の私」は、この適当な日本人の宗教観が好きである。


ヒューマン・リーグは80年代に登場した英国エレポップバンドだ。
86年にその名も「ヒューマン」という名曲を発表する。

 「僕だって人間なんだ/肉や血でできてるんだ
  僕だって人間なんだ/間違うことだってあるさ」

人間は欠点があるから、お互い引かれ合うものだ。
恋愛経験の乏しい自分だが、これだけは言える。
男女間のつきあいにおいて、「相手にスキを見せない」で臨もうとするヤツは、それ自体が間違いなのである。

今日の1曲。特に説明はありません。
ヒューマン・リーグで、「Human」。


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エアチェックの夜 14

第14回 煙草 2001.8.7


POPS49 1986.8.17

Yankee Rose/David Lee Roth
Party/Boston
Don't Forget Me/Glass Tiger
Baby Love/Regina
Here To Eternity/Rod Stewart
One Year Of Love/Queen
All Eyes/Heart
Press/Paul McCartney
Underground/David Bowie
Moneys To Tight/Simply Red
Reflex/Duran Duran
Material Girl/Madonna
Stuck With You/Huey Lewis & The News
Jimmy Jimmy/Madonna


唐突だが、自分は煙草が嫌いである。
好きになる理由が特に見あたらない。
煙のにおいが嫌いなのだが、それ以上に困るのが、吸っている人間の態度である。

成人男性の半数以上は吸っている側だから、その理由や思考は様々かもしれない。
ただ吸う側になぜかよく見られる態度は、正直賛同できないことが多い。
この問題は人間関係に発展するからやっかいなのだ。

まず多いのが、吸わない側に迷惑をかけているという自覚が全くない態度である。
禁煙時間や場所を守らない。迷惑であることを告げると、「オレの勝手だ」という回答。
文字どおり勝手な人である。
こうなるともう日本語の通じる相手とは思わないようにするしかない。

意外に多くて困るのは、銭湯や温泉の脱衣所で風呂上がりに吸っているオヤジである。
「においが他人の服やカラダに付く」ことに気がつかないのだろう。
今風呂に入ってカラダや髪の毛を洗ってきたのに、脱衣所が煙で充満しているとがっかりである。
片っ端から抗議してやるが、たいがい「今までの生涯でそんなことを言われたことがない」という顔をする。
まあこっちは結構その表情がおもしろくて注意してやったりするんですけどね。

次に多いのは、吸わないこちらの人格や性格の評価をして問題をすりかえようとする姿勢である。
曰く、「タバコをたしなむこともわからないカタブツ」とかいう評価である。
こっちのことはどうでもいいから、とりあえず消したらどうですか。
そういう「ステレオタイプ」な評価しかできないこと自体、むしろカタブツな思考だと思うのだが。

「こんなものはいつでもやめられる」と豪語する人もいた。
「じゃあこの1本で生涯最後のタバコとしましょう」と言って残りを箱ごと取り上げたら、さすがにあわててましたが。
だったらそんなこと言わなきゃいいじゃん。

「タバコは文化だ」という理論を持ち出すヤツもいる。
(ちなみにテレビで公言したのは和田勉だ)
迷惑だという話と、煙草が文化だという話は全く別の次元である。
交通事故の遺族に向かって「クルマは文化だ」と言っているのと同じだ。
文化論も結構だが、「文化だから」と言って周りに迷惑をかけていいことにはならない。
だったら「放火も文化」「戦争も文化」「搾取も侵略も文化」である。
煙草の文化論については、後述したいと思う。

まあ等しく言えるのは、なんとか現状の「吸える」環境を守りたい気持ちが、上述のようなおかしな論理や態度に表れてしまっていることだ。
おそらく吸う側にも多少の後ろめたさはあるのだろう。
もちろんカラダには悪いし、周りにもいやがる連中は少なからずいるし。
そいつらを論破するような理屈は、どうやってもひり出せないし。
そりゃそうだ。「吸う」行為は極めて個人的な理由でしかないのだから。
今まであげてきた「吸う側理論」の、「煙草」の部分を「くさや」とか「覚醒剤」に置き換えてみるとよくわかる。
原理は同じだから、何も説得力がない。

屁理屈めくが、煙草は子供のものだと思っている。
そもそも吸う動機は「オトナのマネをしてみたい」ことにある。
つまり子供の思考なのだ。
周りに迷惑をかけている自覚がない。
吸い殻を投げ捨てても平気。
理屈をこねてなんとか吸える環境を守ろうとする。
全て子供思考だ。自分のことしか考えない、非社会的思考でしかない。
だから吸っているヤツは子供なのである。
そんなもんオトナになったら、恥ずかしくて吸えないって。ホントに。

最近鉄道各社ではかなり禁煙が浸透してきており、駅にはたいてい専用の喫煙コーナーがある。
ここで灰皿を中心にした喫煙者達の姿は、遠くから見るととてもまぬけだ。
ただ煙草を吸うためだけに、見知らぬ同士が灰皿を囲み、無言で煙を吐き出している。
楽しそうな人はほとんどいない。
駅でゴルフのスイングの練習をしているヤツもなかなか絶滅しないけど、あれと同じくらいアホウな光景である。
やめたほうがいいって、やっぱり。

こうして吸わない側からの理論を重ねていくと、吸う側から見て「とてもイヤなヤツ」になってしまうのが悲しいところだ。
徒党を組んで「嫌煙権」を訴えるようなことは趣味ではない。
「戦争反対」の旗印のもと、史実を曲げたり偏向な思考を他人に押しつけたりするのと変わらなくなるおそれがあるからだ。

よく「喫煙者のガン発生率は非喫煙者に比べ高い」などといった研究結果が報道される。
この話に多くの喫煙者は「自分で好きで吸ってるんだからガンになっても悔やまない」などとスゴイ理屈をこねたりする。
まあそれは確かに本人の勝手だし、吸わない人までが煙でガンになることの因果関係はまだよくわからない。
それが「煙くらいでガタガタ言うなよ」という理論になってしまうのだろう。
本当は吸う側にとっては、どれも耳の痛い話なんだろうけど。

では「他人に迷惑をかける」という実例として一番イヤな例をあげてみよう。

中年男性が意識不明にまで陥るような大病をした場合、喫煙経験の有無によって、その後起こる症状に決定的な違いがある。
喫煙者の場合、まずほとんどは痰がからむのだ。
吸ってきた時間が長いほど顕著に現れる症状らしい。
意識不明のまま、あるいは全身に麻痺が残った場合、それはとても悲惨な結果を生むことになる。
本人だけの問題では済まない場合があるのだ。

自分で痰を外に出すことができないから、誰かが取ってやることが必要になる。
そうしないと気管につまって呼吸困難になってしまう。
機械で自動的に取る方法もあるが、手作業で取った方が具合がいいことが多い。
しかし呼吸は寝てもさめてもするものである。
いつ気管に痰がつまるかわからない。
痰除去のための完全看護が必要となるのだ。

で、そんな大変なことを誰がやるのか。
病院で看護婦や付き添い人がやる場合もあるが、それぞれの事情で、家族の誰かが行うことになることもあるだろう。
そんな場合、多くは妻・嫁・娘といった、女性が犠牲になるのである。
男が長年好き勝手に吸ってきた煙草の、最悪の犠牲となるのが家族の中の女性なのだ。

医療技術の進歩により、このあたりは実際には改善されているかもしれない。
しかし全ての医療機関に最新設備があるわけでもないし、患者側の事情も様々である。
今なお男の痰を取ってやるために、拘束されている女性が全国の病院や施設にいるはずなのだ。

こういうことをどこのマスコミも絶対に報道しない。
理由は2つある。
ひとつには、マスコミで働く男性記者のほとんどが喫煙者だからである。
新聞などでたまに「分煙」を扱った記事を見るが、書いた記者が喫煙者かどうかは案外簡単にわかってしまう。
記者自身が喫煙者だと、どうしても記事にチカラが足りないのだ。
もうひとつは、日本たばこ(JT)が新聞・雑誌・テレビに大きな広告を入れることが多いためだ。
当然「反煙草」報道はできないことになる。
悲しい話だ。


では「煙草は文化」というのはどういうことを言うのか。
自分の思う例で説明してみよう。

ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースというバンドに、マリオというベーシストがいる。
彼のトレードマークはサングラスに煙草である。
マスコミ用の写真やCDジャケットでも、彼は必ずサングラスにくわえ煙草なのだ。
来日時の記者会見の写真を雑誌で見たことがあるが、「バッドボーイ」マリオは煙草を割り箸でつまんでいた。
「Stuck With You」という曲のプロモ・ビデオでも、タンクを背負いダイビングをするメンバーの中で、マリオは水中でもサングラスにくわえ煙草だったりする。
これはアーチストとしての演出の手段であり、ここまで徹底してやることが「文化」と言えることである。

おそらくマリオが普段の実生活でも周囲に迷惑をかけつつ煙草を吸っていることは、想像に難くない。
しかしそれと演出の話とは別の次元である。
ロックを愛し、表現するための演出の小道具として煙草を使うマリオ。
これは素直におもしろいし、評価したい。
煙草を嫌う自分が、マリオのくわえ煙草姿をなぜ評価できるのか。
これがわからないヤツには、残念ながら煙草を吸う資格も、文化を語る資格もないと思う。


今日紹介するバンドは、リーダーよりも他のメンバーにも注目して下さい。
リーダーのヒューイ・ルイスの存在感はもちろん魅力ですが、各メンバーの個性あふれる演奏も必見。
ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースで、「Stuck With You」。


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エアチェックの夜 13

第13回 一発屋 2001.7.20


POPS48 1986.7.4

Stranger Train/A-ha
No One Is To Blame/Howard Jones
Suzanne/Journey
A Kind Of Magic/Queen
Touch And Go/ELP
Edge Of Heaven/Wham!
Papa Don't Preach/Madonna
Only Flame In Town/Elvis Costello
Come On Eileen/Dexys Midnight Runners
Hold Me Now/Thompson Twins
Has There Ever Been A Good Goodbye/38special
The Eyes Of A Woman/Journey
Rumble Sheet/John Cougar Mellencamp
If Anybody Had A Heart/John Waite
Take It Easy/Andy Taylor
One Step Closer To You/Kevin Christopher


俗に言う「一発屋」に対する想いは、人それぞれ様々であろう。
世間の評価とは別に、それなりの思い入れがある場合。
「なぜあんな歌に夢中になってしまったのか・・」という後悔の場合。

インターネットでは一発屋の情報だけを集めたサイトも存在するし、最近では一発屋特集CDも売っている。
そこには懐かしさ・恥ずかしさとともに、一発で終わってしまったアーチストの悲哀を感じることができる。
歌だけでなく芸能全般で、この切り口は存在する。
ワイドショーや週刊誌など、ネタ枯れの時に「あの人は今」特集は重宝するようだ。
「死語の世界」なんてのも、原理は同じである。

その手の特集はわかりやすいし、共感を呼びやすい。
ただし、そこに集められた一発屋や死語の選択には、ある種のセンスが必要だと思っている。
(たかが一発屋特集にそこまで追求する必要なんかないんだけど。)
「一発屋」「死語」も繰り返せば一般化してしまう。
オヤジギャグも繰り返せば「オヤジギャグ」であることですらいられなくなり、単なる騒音となってしまうのだ。

ウッチャンナンチャンはすでに10年以上前に、死語のやりとりをコントにしていたことがあった。
しかし、かつての漫才ブームのように複数の番組で繰り返し演じることはしなかったようだ。
彼らはそれが「腐りやすい」ことをわかっていたと思う。

かなり昔のことだが、友人達と年越しをした時に、「年内にどれだけサムイ芸能人を言えるか」という遊びをしたことがある。(ああくだらない・・)
この遊びには、まさしくそいつのセンスが問われるのだ。
城みちるとか渋谷哲平をあげるのは誰でもできるのである。
かと言って秋川淳子やジャッカルなんてのを出すと、あまりにマニアックで知らないヤツも多くなってしまい、共感を呼べない。

誰もが憶えているんだけど、言われるまで思いつかない、そういうのを出すところにセンスが必要なのである。(かさねがさねくだらないけど。)
ちなみにこの時「アラジン」「堀江淳」などが飛び交う中、自分は「スカイ(君にクラクラ)」を出してポイントを稼いだのだが(・・知ってる?)、「オレは昔東京ボンバーズを見に行ったことがある!」という、チカラいっぱい反則なネタをだしたヤツが出て、座が一気に乱れていった。
あーもう書いててホント、くっだらないわ。でもおもしろいんだよね、こういうの。

我らが洋楽の世界にも、当然一発屋は存在する。
まれに二発目が出ることもあるが、たいていは一発のまま消えていく。
定番と言えばナックの「マイ・シャローナ」とか、カジャグーグー「君はToo Shy」なんてのがある。

一発と言えるほどの盛り上がりもなかった、さらに厳しい状態のアーチストもたくさんいた。
エアチェックのコレクションは2000曲ほどだが、中にはそういった「一服屋」クラスもかなりある。
それが結構いい曲で気に入っていたりするのである。

とりあえずいくつかあげてみます。
最近の動向をご存じの方は、ぜひ教えて下さい。

・Pop Muzic/M(1979)
テクノポップ全盛の頃登場したアーチスト。
入れ込んだ友人はわざわざ輸入盤を購入し、学校へ持ってきて独特のにおいをまき散らした。
当時の輸入盤、何であんな変なにおいがしたのだろうか・・

・Take A Little Rhythm/Ali Thomson(1980)
「恋はリズムに乗って」が邦題。
日本にも来て、深夜番組でライブやったりしたのに、それ以来不明。
結構さわやかでいい曲なんですけど。

・867-5309/Jenny/Tommy Tutone(1982)
最近売ってる一発屋特集CDにも収録されていた曲。
発売当初はレコード会社がこの電話番号を買い取って、キャンペーンに利用していたとか。

・I'm Just Waiting For You/Oxo(1983)
バンド名は「オクソ」、「恋はまちぶせ」が邦題。
この他に「ワリィ・ガール」という曲もあったらしいが、いずれにせよその後は不明。
曲はやや哀調のレゲエ風といった感じで、雰囲気はよかった。
ジャケットが○×○×○×・・という模様になっていた。

・Talking In Your Sleep/The Romantics(1984)
これはどちらかというと一発屋業界?では定番系ですね。
黒の革ジャンという、当時からすでに古くさいファッションで決めていた彼ら。
ホント、今どうしてるんでしょうか。

・Pilot Of The Airwaves/Charlie Dore(1980)
「涙のリクエスト」という邦題。もちろんチェッカーズのとは別。
このヒトについての情報が何もない。
原題もこれであってんのか?
一度エアチェックしたらテープが足りず、次の機会をかなり待ちこがれていた記憶がある。

・St. Elmo's Fire/John Parr(1985)
チカラ強いボーカル、格闘技のテーマソング風の曲調。
名前はパーだけど曲はグーです。(ああ・・なんてセンスのない・・すいません)

・Engel 07/Hubert Kah(1985)
哀愁のヨーロッパナンバー。以前パソ通の音楽フォーラムに参加していたことがあるが、一部この曲に異常な盛り上がりを見せたことがあった。
通好みなアーチストってことでしょうか。

・Tarzan Boy/Baltimora(1986)
ターザンを思わせる雄叫び風効果音、ジャングルリズム。
これもアーチストについての情報が全くなし。
何者?

・Your Love/The Outfield(1986)
イギリスの新人バンドで、どこかポリスを思わせるサウンドがいい感じだった。
これ、かなりマニアックな1曲じゃないでしょうか。


で、最後にとりあげるのは、あまりにもベタな一発屋ではあるのだが・・

Come On Eileen/Dexys Midnight Runners

オーバーオールの集団がぞろぞろ歩くビデオクリップを憶えている人も多いだろう。
アルバム「Too-Rye-Ay」は全部名曲揃いである。
最近ボーナストラック入りでCDも再販された。

このアルバムが気に入って、前後のアルバムも聴いてみたが、やはり「Too-Rye-Ay」だ。
このアルバムだけはバイオリンがほぼ全曲にわたり使われているのである。
「Old」という曲があるが、これなどほとんどバイオリンとボーカルのみの構成だ。

最近「Come On Eileen」をカバーしたアーチストも登場したらしい。
世間では一発屋として評される彼らだが、自分にとっては最も思い入れのある1枚、と言えるのである。
思いこみと言えばそれまでだが、世に言う一発屋の中から、彼らデキシーズを選んで好みとしてきた自分のセンスが、実は結構気に入っているのである。
未聴の方はぜひおためしを。


最近カバーもされた懐かしい1曲。
アイリッシュでソウルフルなケビン・ローランドのボーカルが魅力です。
デキシーズ・ミッドナイト・ランナーズで、「Come On Eileen」。


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エアチェックの夜 12

第12回 サミー・ヘイガー 2001.7.1


POPS44 1986.4.15

Funky Town/Lips Inc.
Lover To Fall/Scritti Politti
Open Your Mind/Eighth Wonder
We Build This City/Starship
Human Nature/Michael Jackson
Hope You Love Me Like You Say You Do/Huey Lewis & The News
I Missed Again/Phil Collins
You Can't Hurry Love/Phil Collins
For America/Jackson Brown
Tarzan Boy/Baltimora 
Move Away/Culture Club
American Storm/Bob Seger
Why Can't This Be Love/Van Halen
R.O.C.K. In The U.S.A./John Cougar Mellencamp
Sunset/Air Supply
Danger Ahead/ELO


ここ数年、大学生の就職難が続いている。
特に女子学生にとっては「超氷河期」などと表現され、就職できない学生も珍しい存在ではないようだ。
よくマスコミに取り上げられるのが、全く採用する気のない人事担当社員、セクハラまがいの面接など、「ホントかよ?」と思うような話である。
だったら募集や面接なんかやらなきゃいいのに、毎年必ずそういう会社の話が出る。
画一的と言われる日本の社会だが、本当に様々な職業や企業があるものだ。

しかし、自分が就職活動をしていた頃にも、今から思うと(違う意味で)とんでもない話はたくさんあったのだ。

1986年に大学4年になった。
86年当時はどんな時代だったのだろうか。
バブル経済という言葉が聞かれるようになり、景気は確かに上向いていた。
だからといって将来が保証されたわけでは決してなく、三流大学なりの厳しさを実感しながら、就職活動を続けた。

「どのみちウチの大学じゃ一流企業には入れない」
これが友人との共通の見解であり、事実活動中にあった差別的対応は、その思いをいっそう強くさせた。
そうなるとヤケクソのように一流企業ばかりまわり、あっさりはねられて帰って来るヤツがけっこういた。
「昨日はあの有名な会社に行ってきた」などといった自慢をしあい、当然落ちるので訪問そのものをギャグにしていた。バカである。

それでも、「いつかどこかに入れるだろう」といった楽観的な雰囲気だったのは事実だ。
自分もそう思っていたし、不安よりも毎日いろいろな会社に行くのがけっこう楽しかった。
極めて不思議なことだが、自分は約半年間の就職活動をエンジョイしていたのだ。
それは最終的には希望する業界に就職できたから言えることだけど。

出版社とコンピューター関連企業を中心に訪問を続けたが、本当にいろいろな会社があった。
当時コンピューター業界は人材不足で、どこも売り手市場だった。
ある企業で、筆記試験を受けている最中に、後ろから担当社員が「もう内定と受け取っていただいて結構ですよ」などとささやいたことがあった。
自分がどこの何者かもよく知らないうちに、そんなに簡単に採用しちゃって平気かよ?と、返って不安になったので、こっちから断った。
(その後その会社は倒産。断ってよかった・・)

今の学生が聞いたら怒るような話は、やはり結構あったのだ。
企業を訪問して話を聞くだけで、交通費が出たりテレホンカードがもらえたりした。
それを目当てに、就職する気もない企業を訪問する学生が、少なからずいたはずだ。
(私です。)

内定が出るころになると、当然複数の会社から同時に出るなんてことがざらに起きる。
そうすると企業側も人材確保のために囲い込みに出る。
つまりパーティーやイベント、旅行などに学生を招待するのである。
自分はそこまでの恩恵に浴したことはないが、話にはよく聞いたものだ。

しかし一方で「断る」場合の話も当然あった。
ある證券会社では、内定を断ると、担当がその学生を「これも何かの縁だから」などと言って牛丼屋に連れて行き、いきなり学生に牛丼をぶつけ、1万円札を投げつけて出ていく、という話である。
これは当時の学生なら誰でも知っている、一種の都市伝説である。
従って事実かどうかは知らないし、そういう目にあった学生も周囲にはいなかった。

「ボタンダウンシャツやウイングチップの靴では落ちる」といったウワサが流れる。
そうするとみんなカッターに着替えたり、ノーマルな靴で会社訪問したりする。
ここまではホントの話だ。みんなやはり不安なのである。
よく聞いたら、いつも身の程知らずな会社ばかり受けては落ちているヤツのファッションがボタンダウンだった、なんて話だったり。

とあるマスコミ会社では、常々「印象的な個性ある学生こそが社の将来を支える」と公言。
また真に受けたバカ学生、面接で最初の自己紹介でウケをねらって「わたくし、サザエでございまあす」とやってしまい、座が凍り付いた、といった伝説もあった。

伝説を超えて事実に出会ったこともある。
「出版社なんてのは変わった人間しか採らない」という伝説(これは伝説でもないんだけど・・)を真に受けて、あの光文社での面接の際、となりの学生が詩吟を始めたことがあった。
インパクトはあったかも知れないが、担当も引いてしまい、失敗に終わった雰囲気。
オマエ、そりゃやりすぎだっての。

そう、就職活動を不思議に楽しくしたのは、学生にとって未知な世界が故の、この都市伝説的な話もあったからだ。
おそらく昨今の「氷河期」では、笑える伝説は少ないだろう。
毎日いろんな友人がいろんな会社をまわり、翌日全員当たり前に落っこちて、全く悲壮感もなく(だって落ちて当たり前だから)、全部ウワサやギャグにしてバカ笑いし、また次の日にどこかの企業に出かけていく・・
もちろん個人個人で根っこには「やりたいこと」「志望する企業」「夢や希望」があったはずだ。
落ちたり断られたりで、つらい思いもした。
それでも結構みんな明るかったし、楽しんでいた。

自分のまわりだけなのかもしれないが、本当にこんな活動でやっていった時代だったのだ。
最終的にはそいつら全員が一応それなりの企業に内定し、しかも転職したヤツはあまりいない。
善悪はともかく、「働く」「勤める」「就職する」といったことについて、あまり深く考えていなかったのかもしれない。

「企業に入る」のは働くスタイルの中で、最も簡単なパターンだ。
それでも自分の力がどれだけ会社を動かせるか、社会を動かせるかを試すことはできる場なのだ。
「コイツが来てから会社が変わった」と思わせるヤツは確かにいる。


そこで、ヴァン・ヘイレンである。
このバンドは、非常に高い独創性を持ちながら、芸術家的指向や難解な表現といったものがない。
優れた技術をおしみなく駆使しながら、エンターテインメント性に富んでいる。
ある意味、企業に近い活動をしてきていると思う。

1986年、バンドはアルバム「5150」を発表した。
ボーカルは2代目のサミー・ヘイガーである。
初代デイヴ・リー・ロスの頃とは、明らかに雰囲気が変わった(と思う)。
それまでの粗野な感じから、非常に品質の高いバンドに変わっていったのだ。
好き嫌いは人によってあろうが、セールス的にもサミーはその後10年以上にわたり、このバンドを牽引していくことになるのだ。

残念ながら数年前に彼はバンドを離れ、その後のバンドはいまいち精彩を欠いている。
4代目ボーカルも未だ確定せず、現在エドワードは病気で静養中らしい。
全てがサミー脱退のせいではないが、バンドとしては惜しい人材を失ったと思う。
サミーは明らかにバンドを「変え」、そして去っていった。

世の中には様々な人間がいる。
企業やバンドのような集合体でこそチカラを発揮する者。
あくまで個人を確立させて仕事や社会を動かす者。
どちらがいいとか悪いとかの次元ではない。

「働く」ことをあまり深く考えなかった自分は、現在「働く場」においてはあまりチカラを発揮できていない。
そういう意味では、自分のチカラで仕事を回していく人は偉いと思う。
別にゴマをするつもりはないが、「働く」ことにそれだけの情念が「働かない」自分にとっては、独立してやっていけるヤツは畏敬の対象なのだ。


2代目ボーカル、サミー・ヘイガーの登場で鮮やかな変貌を遂げた新生ヴァン・ヘイレン。
「5150」より、「Why Can't This Be Love」。


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エアチェックの夜 11

第11回 スモール・タウン 2001.6.14


POPS39 1985.11.25

Boy In The Box/Corey Hart
Caught In The Rain/Quarterflash
The Way You Do~My Girl/Daryl Hall & John Oates
Life In One Day/Howard Jones
Soul Kiss/Olivia Newton-John
Never/Heart
Heaven Is One Step Away/Eric Clapton
Say You, Say Me/Lionel Richie
Get It On/The Power Station
Fame/Duran Duran
Tonight She Comes/The Cars
Rap Her Up/Elton John
Small Town/John Cougar Mellencamp
Stand By Me/Morris White


神奈川県相模原市に住んで30年以上になる。
生まれたのは北海道だが、母親が親元で自分を産んだだけで、住んだことはない。
生まれた当時の家は杉並にあった。
つまり他の土地で生まれ、親も相模原出身ではない。
相模原にはこういった住民が多いはずだ。
「三代前から相模原」といった人はごく少数だと思う。

ただ、物心ついた頃には、すでに現在の家に住んでいた。
幼稚園から高校まで、通った学校は全部市内にある。
そのため行動半径が狭く、自分の住む町は小さい町だと思っていた。
高校生になっても、家は高校から見て南にあるため、高校よりも北側にはあまり行く用事もなく、道も覚えなかった。
しかも高校は市のだいたい中心に位置すると思っていた。
今でも高校より北側の地理にはうとい。
メイプル・ホールにクルマで行っても迷うほどである。

大学に入り、初めて都内の学校に通うことになった。
全国各地に付属高校を持つマンモス大学のため、学生も各地からやってくる。
そいつらとつきあううち、地元を他の地域と比較して見ることが多くなった。
どうやら相模原は小さな町でもないようなのだ。

当時の市内の小中学校の特徴として、規模がでかいことがある。
小学校に入学した時、1年生は11クラスあった。
中学校は学年14クラス(約600人)だった。どちらも市立である。
しかもこんな学校が市内にはたくさんあった。
これが地方出身者から見るととんでもない話らしいのだ。

確かに中学校に通っていても「人数多いな」と思うことはあった。
同じ学年なのに知らないヤツの方が多い。
全校生徒が体育館に入りきらず、修学旅行も新幹線をほぼ貸し切りだった。
卒業式も馬鹿正直に全員に証書を渡すため、全員終わるのに1時間以上かかる。
自分は3年13組だったため、受け取る頃にはすっかりダレてしまい、感動も何もなかった。

小学生だった70年代、市内の人口は30万人と教わった。
現在は60万人を超えている。
1年で1万人が増えている。こんなケースは全国の自治体でもまれだ。

人口が多い割に、住民の土地に対する帰属意識は希薄だ。
地元出身でない親を持ち、それぞれの親の持つ土地の風土やしきたりをある程度引きずりはするが、地域全体で体現することもなく、家は寝に帰るだけの場所。
人口60万人は岡山や浜松といった地方都市と同じ規模だ。
しかし知名度は全くもって低い。
そして低いことに関して、住民の関心もない。
「相模原の名を全国区にしよう」運動なんて、誰かやっているのだろうか?

実は自分はこの土着性の希薄さが嫌いではない。
煩わしさがないからだ。
求心的な先人が開いた町でなし、戦後の文化の先駆けのごとく、都心に通うに便利だから集まっただけの土地なのだ。
名物や名所があるわけでもないし、地元出身の有名人も思いつかない。
(原辰徳は確か福岡の生まれだ。)

自分は相模大野にほど近い場所に住んでいるが、最近の駅周辺の変わり様はすさまじいものがある(らしい)。
「らしい」というのは、毎日見ているとあまり感じなくなるからである。
久しぶりに友人がこの土地をたずねる時など、あまりの変わり様に驚くようだ。

この町の変化のありように関して、一時問題となったことがある。
地元の人間なら覚えていると思うが、「相模大野駅前にウィンズが来る」という話だ。
駅前の再開発において、ウィンズを誘致しようという計画が持ち上がったのだ。
場外馬券売場を誘致することで、周辺地域からの集客効果を期待しての話ということだった。

これが市議会でも賛否両論となり、結局は撤回(凍結?)されたらしい。
この時もっとも引っかかったのが、誘致に反対する側の意見だった。
曰く、
「場外馬券売場ができると、子供の教育上よろしくない」
「ゴミが散らかって町が汚くなる」
というものだ。
正論のようだが、根元にすさまじい差別意識があることは容易に想像がついた。
「教育上よろしくない」のは子供をダシにした建前である。
本音は「馬券を買いにくるヤツらは汚らしいからイヤ」なのだ。
「町が汚くなるからイヤ」ではなく、「買いにくるヤツが汚いからイヤ」なのである。

自分は公営ギャンブルはほとんどやらないが、川口オートと平和島競艇には行ったことがある。
正直、オートも競艇もとても楽しいものだ。
出入りしているおっさんたちは、確かに身なりも美しくないし、明らかに持ち崩した状態の人も多い。
バクチが好きでない人にとっては耐え難い光景かもしれない。
バクチで家庭が崩壊したり、不幸になった人間は数知れないことも事実だ。

ただしウィンズ誘致反対に、子供の教育問題を持ち込むのはフェアではない。
教育を理由にあらゆるものを遠ざけようとする姿勢はやめるべきだ。
子供にバクチをさせたくないなら、親がそう教育すべきである。
バクチやオケラもまた世の中の一部なのだ。
きれいなものだけが人生ではない。
ましてや、馬券を買いに来る人間を軽蔑しつつ、それを教育問題にすり替えて抗議するなど、偽善というものである。(こっちの方が教育上問題なのでは?)

この問題が起きた時、帰属意識の低い自分にも、危機感はあった。
「本当にウィンズが来たら汚くなるな」と思ったことも確かだが、危機感を覚えたのはそれについてではない。
半ばヒステリックに「教育上の理由」を掲げて反対する人たちの考えに、危険なものを感じたのだ。

反対派の機関紙のようなものに、推進派の土地所有者の談話が掲載された。
「自分の土地に何を建てようと勝手である」
これに対して反対派の意見はこうだった。
「周囲の意見も聞かず、勝手にウィンズを建てようとする態度は問題。町はみんなのもの」
これには全く共感できなかった。

個人的にはウィンズ誘致は反対だが、反対派の意見には同意できなかったのだ。
「町はみんなのもの」とは、勘違いもいいところである。
ウィンズ自体は(納得はしないが)違法ではない。
所有者が自分の土地に何を建てようが勝手なのだ。
その土地に対して、固定資産税を1円も払っていない人間が「勝手に」言える話ではない。

顛末の詳細は知らないが、とりあえずいったん誘致は撤回されたようである。
この先いつまで相模原に住むのかわからない。
相変わらず帰属意識は希薄なままだ。


ジョン・クーガー・メレンキャンプの「Small Town」は、故郷の小さな町を歌ったものだ。

「小さな町に生まれ/小さな町に住んでいる/
 たぶん小さな町で死ぬだろう/
 小さな町の学校に通い/小さな町の教会で教えを受けた/
 L.A.で可愛い娘と結婚して/小さな町に連れてきた/
 今じゃ彼女も俺と同じに「小さな町」してる/
 俺のベッドは小さな町にある/それで十分だ/」

自分にとっては、小さな町だったはずの相模原。
地域性に乏しい、まるで「つきあいの苦手な自分」のような町。
この町の学校に通い、父はこの町で亡くなった。
しかしこの町は、夢には出てこない。
いつかこの土地を遠く離れ、夢に見るようなことになるのだろうか。

全くの余談だが、先日近所の家が火事になった。
けが人はなく、半焼程度で済んだが、一時は騒然となった。
出火当時、家の人は不在で、消防の人に「この家は何人家族ですか?」と聞かれ、自分は答えられなかった。
30年以上住んでいてこのザマである。
マスコミでもよく言われることだが、地域住民同士のつながりが弱くなり、地域性が空洞化しているといった話の典型ということだ。
やはりあまりよろしいことではないようだ。


今日紹介の曲には、実は別バージョンがあります。
スタンダードは軽快なリズムのロックナンバー。
もうひとつスローなアコースティックバージョンがあり、このアコバージョンがお勧めです。
ジョン・クーガー・メレンキャンプで、「Small Town」。


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