聴いてない 第265回 クイーンズライク

アメリカのプログレメタルバンド、クイーンズライク。
どこかの国の新政権のように予想通り名前だけは知ってるという状態だが(意味不明)、そのバンド名がポイント。
あくまで日本における話なのだが、自分が若い頃はクイーンズライチだったのだ。
レコードでも雑誌でもクイーンズライチ。
ところがいつの間にかクイーンズライクになっていたという変名バンドである。

もっともメンバーのみなさんはバンド名が変わったという意識はたぶんないはずだ。
発音に忠実な表記はライク。
スペルは昔からQueensrycheで変わっていない。(厳密にはyにウムラウト)

原因はやはり日本のレコード会社にあるようだ。
最初のレコード会社の東芝EMIではQueensrycheを「クイーンズライチ」と読んでしまい、クイーンズライチ表記でレコードを発売。
つられて雑誌でも新聞のラジオ欄でも「ライチ」と表記していた。
その後レコード会社はビクターに変更となり、ビクターは発音に寄せて「ライク」と表記。
さらにその後のワーナーミュージックも「ライク」を踏襲。

こうして日本では時期によりライチとライクが混在しているという世界でも例を見ない(本当?)状態となったのだ。
カタカナ表記が本国の発音に今ひとつ整合しない事例は、ルパート・ホルムズカート・コバーンデュラン・デュランやアドリアン・アドニスなど結構あるが、途中で表記を正しく変えたのはむしろ珍しいかもしれない。

で、自分もバンド名を知った時はクイーンズライチだった。
ところがある日図書館で「クイーンズライク詩集」という本を発見。
きちんと確認はしなかったが、どうやら名前が変わったらしいことはぼんやりと認識。
持ってる情報は以上です。
曲もメンバーも全く知らない。
ということでナゾの変名バンド、クイーンズライクについてビジネスライクに調査開始。(小スベリ)

バンドの源流は「ザ・モブ」。
ワシントン州のベルビューという街でマイケル・ウィルトン(G)、クリス・デガーモ(G)がバンドを組み、さらにシアトルで出会ったエディ・ジャクソン(B)、スコット・ロッケンフィールド(Dr)を加えて結成したのが「ザ・モブ」である。

ザ・モブはインディーズレーベルから4曲収録EPをリリースし、アルバムデビューにあたりバンド名をクイーンズライクとした。
バンド名の由来はEP曲の「Queen Of The Reich(女王の国)」と言われる。

その後ボーカルのジェフ・テイトを加えて5人編成でメジャーレーベルと契約。
1984年ファーストアルバム「The Warning(警告)」をリリース。
日本でもヒットを記録・・と書いてるサイトがあるが、ウィキペディア日本語版にはチャート順位の記録はなし。(全米は61位)
でもウィキペデイアでは「「Take Hold of the Flame」がアメリカ以外の地域、特に日本でヒットを記録した。」とあり、日本公演も行われているので、日本でもデビュー当時から認知はされていたようだ。(聴いたことないけど・・)

86年「Rage for Order(炎の伝説)」、88年には「Operation:Mindcrime」を発表。
89年には再び日本公演が行われた。
90年発表の4作目「Empire」は全米アルバムチャート7位を記録。
94年の「Promised Land」で全米3位を獲得し、頂点を極める。

だが。
売上絶好調の一方でバンド内にはやはりモメ事が多発し、ジェフ・テイトが勝手に引退発言したりメンバーと衝突したりしていたそうだ。
さらにメタルの歴史的宿命として、クイーンズライクもグランジ・オルタナ台頭の流れにやはり飲み込まれてしまう。
97年のアルバム「Hear In The Now Frontier」は流行のオルタナ要素を取り入れたりした意欲的な作品となったが、前作ほどの成績を残せず、ジェフの病気やレコード会社破綻などのトラブルも重なり、バンドの人気や実績はじわじわ下降していく。

「Hear In The Now Frontier」のツアー終了後に、ギターのクリス・デガーモが脱退。
後任にはジェフの元バンドメイトで、ドッケンのプロデュース経験もあるケリー・グレイを迎え、99年にアトランティックから「Q2K」をリリース。
日本ではこのアルバムからクイーンズライク表記になったようです。
前作でのグランジ・オルタナ路線はやめてハードロックに方向性を切り替えたものの、全米チャートでは46位が最高というキツイ評価だった。
バンドはこの後しばらくアルバムを出さず、ひたすら各地を回るツアーを続けた。

で、「Q2K」ツアーまでなんとか持ちこたえたクイーンズライクだったが、2002年のツアー終了後にケリー・グレイは薬物乱用などの理由でクビとなる。
すかさずバンドは後任ギタリストとしてマイク・ストーンを加入させ、次のアルバム制作にとりかかる。
そして2003年にイギリス最大のインディーズレーベルであったサンクチュアリから「Tribe」をリリース。
作曲や録音にはクリス・デガーモも参加したが、結局復帰とはならなかった。

2006年に「Operation:Mindcrime II」を発表。
88年の名盤「Operation:Mindcrime」の続編で、ロニー・ジェイムス・ディオがゲスト参加。
チャートでは最高14位と健闘したが、ファンの間では評価は分かれるようだ。

翌2007年にはベスト盤とカバー集を相次いで発表。
このカバー集がけっこう驚きの選曲である。
ピンク・フロイドの「ようこそマシーンへ」、クイーンの「Innuendo」、ポリスの「Synchronicity II」、ピーター・ガブリエル「Red Rain」、U2「Bullet the Blue Sky」など、なぜかイギリスのミュージシャンのヒット曲をたくさん選んでいる。

2009年に戦争を兵士の立場から語るというテーマで制作された「American Soldier」をリリース。
このアルバムはジェフ・テイトが父親を含む多数の退役軍人に話を聞いて詞を書き、外部から曲提供を受けて制作。
ほぼジェフ・テイトの独断で制作され、メンバーは演奏だけ担当したような状態。
ジェフ・テイトが想いを込めて作った社会派なコンセプト・アルバムだったが、メタルなサウンドはほとんどなくなっていたようで、全米チャートでは25位と微妙な成績に終わった。

ジェフ・テイトの独善的バンド運営はさらに続き、次のアルバム制作用にマイケル・ウィルトンやスコット・ロッケンフィールドが用意していた新曲を無視してバンド外の人たちとレコーディングを開始。
クビにしたはずの元メンバーのケリー・グレイをプロデューサーに起用して「Dedicated to Chaos」をリリースする。
発表にあたりジェフは「我々の能力と最新の技術を使った音楽的実験を行った。非常に聴きやすいものになっている」と発言し自信満々だったが、残念ながら思ったほど売れず全米チャートでは70位までしか届かなかった。

結局クイーンズライクもロックバンドの原理原則どおりに分裂することになる。
ジェフ・テイトの勝手な方針にイヤ気がさした他のメンバーは、ファンクラブ運営やマネジメント担当を身内で固めるジェフと衝突。
会合中はおろかステージ上でも楽器を投げつけたりツバを吐きかけたりといった昭和の中学校みたいな騒動が勃発し、バンドはジェフとジェフ以外に分裂してしまう。

ジェフ以外のマイケル・ウィルトン、エディ・ジャクソン、スコット・ロッケンフィールドは、新ボーカリストとしてトッド・ラ・トゥーレ、またサポートメンバーだったギターのパーカー・ラングレンを正式に加入させ、クイーンズライクとして活動を続行。
しかしここまでクイーンズライチもライクも牽引してきたジェフ・テイトも黙っておらず、バンド解雇やバンド名使用を不当だとしてやっぱり提訴。

裁判が長引く間、バンド側クイーンズライク(変な表現)は2013年6月にアルバム「Queensryche」を発表。
ジェフ・テイトのクイーンズライク(変な表現)も、盟友ケリー・グレイやAC/DCのサイモン・ライトらをメンバーとし、ジューダス・プリーストのKK・ダウニング、元メガデスのクリス・ポーランドなどをゲストに迎えて、昔のオリジナル曲やリミックスバージョンを収録した2枚組デラックスアルバム「Frequency Unknown」をリリースする。
2014年には和解が成立したそうだが、この間2年ほどはクイーンズライクを名乗る2つの団体がそれぞれ全く別の活動を同時に行っていたことになる。
バンド分裂や名前使用で訴訟ってのはまあよくある話だが、モメてる間に同名バンドが同時に活動を続けたというのは珍しいかもしれない。

現在もバンドは活動中で、2016年の来日公演「LOUD PARK16」で、トッド・ラ・トゥーレが初めて日本のファンの前で歌声を披露した。
昨年3月にはアルバム「The Verdict(評決)」をリリース。
なおスコット・ロッケンフィールドは2017年から育休中という今風な働き方改革バンドでもある。
一方クイーンズライクを名乗れなくなったジェフ・テイトも、シモーネ・ムラローニとのプロジェクト「スウィート・オブリヴィオン」として昨年6月にアルバムを発表している。

・・・いやー長い。
その割に知ってた話がひとつもなかった。(いつものこと)
日本での表記が変わったなんてのはバンドにとって正直どうでもいい話であり、クイーンズライクが同時に2つ存在したことのほうが圧倒的に深刻である。(当然)

聴いてない理由は特にないが、やはりメタルな世界の人々なので自分にとっては文字通り遠い国の存在だった。
少なくとも柏村武昭のナイスな案内でエアチェックできた経験は1度もないし、FMステーションで記事を目にしたこともない。
ベストヒットUSAや夜のヒットスタジオに登場したのを見た記憶もない。(出てたらすいません)

今回初めて知ったのだが、あのメタル版バンド・エイドとも言うべき「ヒア&エイド」に、ジェフ・テイトも参加してたんスね。
85年のイベントだからクイーンズライクもデビュー間もない頃だと思うが、すでにこうした催しに参加できるくらい、同業者のメタル芸人たちからも認められていたということですよね。
これはけっこうすごい話だと思う。
・・・すごいなどと浅い感想を漏らしてはいるが、ヒア&エイドの参加メンバー見てもつくづく聴いてない人たちばかりで、いかに自分がメタルを(メタル以外もだけど)を聴いてこなかったかを痛感するばかり。

さてクイーンズライク学習だが、ネットではなんとなくクイーンズライチ時代のアルバムを高く評価する声が多いようだ。
聴きどころはもちろんジェフ・テイトのハイトーンなボーカルであり、クオリティの高いプログレとメタルのテイストだろう。
ただアルバムごとにサウンドやコンセプトにかなり違いがあるそうなので、慎重に選んだほうがよいかもしれない。
本音を言うと一番聴きたいのはカバー集「Take Cover」ですが・・・

というわけで、クイーンズライク。
プログレもメタルも未だに定着してない状況で、クイーンズライクも聴いたらコールド負けする可能性も大いにあるのですが、こんな脆弱中高年にも聴けそうなアルバムがあれば教えていただけたらと思います。

 

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