聴いてない 第249回 キム・カーンズ

80年代に全米各地でキラキラな輝きを放ったアーチストはたくさんいるが、日本での人気や知名度が全く見当もつかない人というのも多い。
今回採り上げるキム・カーンズも、自分にとってまさにそんな存在。
キラー・カーンのほうがまだ多少は知っている。(←スベっている)

キム・カーンズ、聴いてない度は3。
実は2曲聴いているという自分にしては上出来の実績。
81年の大ヒット曲「Bette Davis Eyes(ベティ・デイビスの瞳)」と、85年の「Crazy In The Night」を聴いている。
アルバム「Mistaken Identity(私の中のドラマ)」は姉が貸しレコード屋で借りてたような気がするが、自分は聴いていない。
その後USAフォー・アフリカにも参加して順調に活躍するのかと思ったが、以降の足取りは全く不明。
いえ、自分が知らないだけですけど。

ということで大ヒットから40年近く経過した今も、上記以外の情報は何一つ持ち合わせていない。
それ以前にそもそもベティ・デイビスって誰?というレベル。
このままでは何も知らないまま人生が終わりそうなので(お約束)、キム・カーンズについて人生初の調査開始。

キム・カーンズは1945年ロサンゼルス生まれ。
60年代後半には地元のクラブで歌手として活動を始め、66年頃に西海岸のフォークグループ「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」に加入。
このグループにはジョン・デンバーケニー・ロジャースもいたそうだ。

72年にフォークやカントリー系の歌手としてソロ・デビュー。
長い下積みを経て、80年にキムが作曲したケニー・ロジャースとのデュエット「Don't Fall In Love With The Dreamer(荒野に消えた愛)」が全米4位の大ヒットとなる。
さらにスモーキー・ロビンソンのカバー「More Love」も全米10位の大ヒット。

・・・このあたりで軽い衝撃。
80年で全米4位とか10位って、時期的にはすでにリアルタイムではあったはずだけど全く知らない・・
日本でもヒットしてたんでしょうか?
これは柏村武昭からは教わらなかった。
オンエアを聴き逃した可能性も高いですが・・

さて。
翌1981年のキム・カーンズの活躍がどれほどすごかったのかを検証。
「Bette Davis Eyes(ベティ・デイビスの瞳)」は全米チャートで9週間1位。(全英は10位)
1981年度のビルボード年間チャートでも第1位、1980年代全体でも第2位。
アルバム「Mistaken Identity」ももちろん全米1位を獲得。(全英26位)
こんだけすんごい成績だったら当然だが、82年のグラミー賞で最優秀楽曲賞と最優秀レコード賞をがっちりと受賞。

大ヒットの熱気が続く中、82年にアルバム「Voyeur(愛と幻の世界)」、翌年「Cafe Racers」を発表するが、前作を超えるヒットにはならなかった。
その後、ケニー・ロジャースとジェームズ・イングラムとともに歌った「What About Me」は全米15位を記録。
85年のアルバム「Barking At Airplanes」は久々のヒットとなったが、このアルバムに自分が聴いた「Crazy In The Night」(全米15位)が収録されている。
なので苦労はそれなりにあれど、「ベティ・デイビスの瞳」で当てた一発屋という評価は正しくはないようだ。

前述のとおりキム・カーンズはUSAフォー・アフリカの「We Are The World」にも参加している。
ボーカル・リレーの後半でヒューイ・ルイス、シンディ・ローパーと組んで歌っているが、キムのソロパートは「When we・・」しかなく、ヒューイやシンディといった濃すぎるメンバーと一緒にされたことであのハスキーボイスもやや割を食った感じだった。

実績から言うとこの85年がターニングポイントのようだ。
86年、キム・カーンズは本来のジャンルともいうべきカントリーのテイストを濃くしたアルバム「Light House」を発表するが、売上は全く振るわず惨敗。
88年に再度カントリーな「View From The House」をリリース。
しかしカントリー・チャート以外ではやっぱりヒットもせず、レコード会社から契約終了を告げられる。

その後の活動はかなり地味なものとなる。
91年にはなぜか日本のテイチクからアルバムを1枚発表している。
さらになぜか松田聖子のカバーアルバムで1曲「Hold Me」をカバー。
2004年にはインディーズ・レーベルからカントリーのセルフカバー・アルバム「Chasin' Wild Trains'」をリリース。
以降はテネシー州ナッシュビルを拠点に活動を続けていたが、話題になることはほとんどなかったようだ。

まさにアメリカン・ドリームそのものな経歴だが、多くのサイトに書かれているとおり、「ベティ・デイビスの瞳」はキム・カーンズの曲の中では突出して「変わっている」曲のようだ。
本来はフォークやカントリーのシンガーだったそうだが、少なくともこの曲のサウンドはどちらでもない。
朝とか草原とか山並みとか牧場といったのどかな田舎イメージとは全く別の世界で、個人的には当時の深夜のテレビで流れているような雰囲気と感じる。
銀座じゅわいよ・くちゅーるマキとかスーザン・アントンとかハンターレコードとかヤタガイとかロンドングループとか、そんなイメージ。(伝わらない)

その「ベティ・デイビスの瞳」だが、オリジナルは1974年にジャッキー・デ・シャノンという人がドナ・ワイスとの共作で自身のアルバム「New Arrangement」に収録した曲とのこと。
ジャッキー・デ・シャノンは「Needles and Pins」「When You Walk In The Room」「Put A Little Love In Your Heart」などのヒット曲を持つ女性歌手で、ビートルズが初めてアメリカ・ツアーを行った時にオープニング・アクトを務めたそうだ。

キム・カーンズに「ベティ・デイビスの瞳」を歌わせたのは、長くキムの活動を支えてきたヴァル・ギャレイというエンジニアで、それまでのキムの音楽ともオリジナルの「ベティ・デイビスの瞳」とも全く異なるアレンジを試み、それが全米1位の大ヒットにつながったという出来すぎでミラクルひかるなストーリー。
サウンドは聴いてのとおり80年代そのもののキラキラシャラシャラなシンセ音。
時々入る「ばんばん!」というビンタ音もインパクト充分で、これにキムのガサっぽいボーカルが乗っかり、独特の世界観を構築したのだ。(全部受け売り)

「ベティ・デイビスの瞳」で商業的には大成功をおさめたはずだが、フォークやカントリーではない音楽での大ヒットに、キム・カーンズ自身が一番戸惑ったのだろう。
その後やっぱり本来のテリトリーであるカントリーに戻っているが、キム本人はあまりチャート・アクションなんかもう気にしてなかったんじゃないだろうか。

なおそもそもベティ・デイビスとは何者なのかも全然知らなかったので、こちらの宿題もあらためて調査。
ウィキペディア日本語版では「キャサリン・ヘプバーンと並ぶ、ハリウッド映画史上屈指の演技派女優で、尊敬をこめて「フィルムのファースト・レディ」と呼ばれた」などと書いてある。
個性的な顔立ちと幅広い演技で人気だったそうだが、特に悪女・悪い役を演じた時の評価が高く、これが「ベティ・デイビスの瞳」の歌詞にも表れているようだ。
この曲には他にもジーン・ハーロウやグレタ・ガルボといった女優の名前が出てくるので、このあたりの知識や情報を備えていないと、歌詞の意味や表現を的確に評価できないと思われる。

さて聴いてるもう1曲の「Crazy In The Night」も印象としては80年代キラキラのスパンコール・サウンドだ。
「ベティ・デイビスの瞳」に比べて情感は少し抑え目だが、イントロに「ごつ・ごつ・ごつ・ごつ!」という近づいてくる(たぶん)男の足音、「ごんごん!」とドアを乱暴にノックする音、キムの「Who is it?(誰?)」というセリフがあり、その後で演奏が始まるといった演出がある。
これがなかなか印象的で面白く、記憶に残る曲である。
ただこれ以降キム・カーンズの曲をエアチェックしたことは一度もなく、アルバム鑑賞にも発展しなかった。

というわけで、キム・カーンズ。
アルバムを聴くとしたら当然「私の中のドラマ」は必修でしょうけど、「Barking At Airplanes」やカントリー作品にもわずかに興味はあります。
皆様の鑑賞履歴はどのような感じでしょうか?

 

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