やってない 第17回 お料理

自称「全日本使えない中年連合関東支部初代名誉総帥」のSYUNJIといいます。
今回は世間一般からその手の団体まで含めて総攻撃に遭いそうな話になりますが、お料理。
全然やってません。
というかできません。
使えない昭和の男そのもののあたし。
作れる料理というのが基本的にない状態です。

料理をやらない理由は「やらなくても生きて来られた」からだ。
一人暮らしの経験は大学を卒業して働き始めた時の2年間しかなく、それ以外の時期は基本的に母や姉や妻と暮らしており、料理を作ってもらっている。
いろいろご批判はあろうかと思うが、自分の生きてきた環境はこういう状態なのである。

料理の腕前は人によって実はかなり違いがある、という当たり前のことに気づいたのは高校生の頃である。
中学生くらいまで母親の作るごはんを父親や姉とともにふつうに食べていたのだが、基本的に食が細い子供で食べることにさほど興味もなく、とりたてて裕福でもなかったので、味に不満は感じていなかった。

しかし高校2年の時に父親が病に倒れて長期入院となり、完全看護のため母親も付き添って病室で暮らすようになった。
ここから食事は姉(当時20歳)の担当となったのだが、なんか姉の作るごはんは妙にうまいのである。
これって、母親はもしかしてヘタだったってこと?
そう、姉はとっくに母親の料理の腕に見切りをつけており、自分が食いたいメニューや味付けを考え、プレ主婦としての才能を発揮しだしたのである。
ちなみに姉はその後洋裁学校に進み、料理・裁縫といった主婦の本業に特化した才能を開花させ、現在も無事に専業主婦として生きている。

で、この時自分は姉から料理の手ほどきを受けることもなく、毎日皿洗いばかりしていた。
なので男子高校生なのに合成洗剤による手荒れがひどく、今でも手のひらや指には手相とは関係ない無数の傷跡が残っている。
手荒れを経験した方ならおわかりかと思うが、指の腹に対して横に亀裂が入るようなことになるんですよね。
指が切れてしょっちゅう血をだしていたなぁ。

大学に進んでからは夜中に新宿で働いたりして家にいない時間も増え、姉や母親の手料理を食べる時間もどんどん減っていった。
姉が結婚して家を出ていった後、腕も味も落ちた母親の料理を再びいただく日々となった。
しかしながらふつうの料理もイマイチな母親は、ときどきおかしなことをやらかす。
生涯で最もイカレたメニューは、おはぎをバラしてチャーハンにしたものだ。(実話)
あんこのついたおはぎが余ってしまい、少し日が経ってきたので、外側のあんこをはいで昼飯のチャーハンにまぜて来たのである。
別にボケでもギャグでもなく、息子は抵抗なく食べるだろうと思って作ったらしい。
しかし。
あんこをはいだところで甘い味が払拭されるはずもなく、そもそもおはぎはモチ米が混ざっている。
元おはぎの部分だけが最も重要なパラパラ感とは正反対のダマになってしまい、見た目にも無残なチャーハンとなって目の前に登場。
さすがにこの時はキレた。

一人暮らしの時は、カネもなかったので実はわりとマジメに自炊をしていたほうだ。
初心者向けお料理本を買い、みそ汁や餃子など誰でもできそうな料理をつましく一人分作ったりしながら、小岩のアパートで細々と生きていた。
会社にも弁当を作って持っていったくらいだ。
元祖弁当男子である。
そんだけやれる根性があったなら、料理の腕も上達してもよさそうなものだが、煮物や揚げ物といった次なるステップには進めず、仕事もやたら忙しくなってきたため、徐々に自炊の頻度も下がってしまったのだ。

そのうち結婚してしまい、しかも結婚当初は母や姉夫婦と同居もしており、家に主婦が3人もいる状態(母親は主婦引退同然ではあったが)だったので、料理なんて全然やらなくなってしまった。
そのまま成長して(成長じゃねえよ)料理のできない使えない昭和の中年が完成したのである。

昭和ヒト桁世代の父親は、生前料理のできる人ではあったが、そもそもゲテもの食いの傾向があり、デンマークで土産に買った「絶対に腐っている」何かの肉の缶詰を開けて家中を腐敗臭だらけにしたり、カビで真っ青になったファンクなミカンを好んで食べるなど、正直言って変人の領域にいる人間だった。

たまに母親が家を空ける時など、父親は張り切って夕飯のしたくをするのだが、誰も買わないような南国のフルーツが入ったサラダとか、どこから調達したのかわからない国籍不明な調味料で味付けする魚料理をこしらえるなど、腕の落ちる母親よりももっとタチの悪い展開となることが多かった。
母親不在の環境は、どこの家でもそうだと思うが、父親にとってムダに解放感をもたらすものらしく、わざわざ子供の前で「今日は父ちゃんが夕飯作るぞ!」とハイテンションで宣言をするのだ。
そんな楽しそうな父親の前ではこっちも仕方なく「わーい!やったー!」などと言って喜ぶ純朴な子供を演じつつ、心の中では「あーあ・・・ふつうのメシが食いてぇな・・・」と落胆していたのだった。

簡単に言えば、我が家は両親とも料理の腕前は大したことはなかったんですね。
「育ててもらっていながらその言いぐさはなんだ」という教育的見地からの批判はあろうが、これが自分の偽らざる感想である。
それぞれの家庭にはそれぞれの事情があるのだ。
なお自分は食の好みにおいても父親には全く似ていない。

妻は結婚するまで親元で暮らしていて、料理の経験はほとんどなかったようだが、夫である自分は味の落ちる料理で育ってきたため、妻の手料理がマズイと思ったことは全然ない。
要するに自分はいわゆる「オフクロの味」なるものをいっさい持たずに結婚したのだ。
まあこれで良かったんだろう。
もし自分が「お料理上手な日本のよきお母さん」に育てられた舌の肥えたヤツだったら、かえって難しいことになっていたかもしれない・・・

料理に関しては結局こうしてずうっと家族に依存して生きているので、もし妻に先立たれたらたぶん栄養が偏って死ぬんだろうなぁ・・・などと情けないことを考えたりする。
ビリヤード美容院と違って、そろそろマジメに取り組まなければいけない課題であることは間違いなさそうである。
「あきれました。こんな役立たず、早く死んでください」などといったコメントが来てもおかしくない有様ですけど。

というわけで、お料理。
みなさんはお料理、されてますか?
得意なメニューやお料理に関するご自慢など、お寄せいただけたら幸いです。

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