やってない 第40回 書道

もはや誰も驚かないと思いますが、書道。
全くやっておりません。
小学校の習字の授業以来、墨で文字を書いたことがない状態。
当然だけど毛筆硬筆問わず字は全然ダメです。

文字も鍛錬した技量の賜物であり、きちんと練習しなければうまくならないのは当然である。
いわゆるアートとしての書になると話は違ってくるが、普通に人前で字を書けば、うまい・ヘタはわりと簡単にわかってしまう。
そういう意味では楽器やスポーツにも似ている。
で、自分はまたしてもその鍛錬のプロセスが面倒で、書についても習ったり学んだりをしてこなかったのだ。

高校生の頃、姉があの「日ペンの美子ちゃん」に発作的に興味がわいてテキスト一式を購入したが、全く長続きせず放置したので、自分もそのテキストで少しだけ学習してみたことがあった。
添削指導までは受けずにテキストのとおり字をなぞってみただけだが、弟の自分もこれまた長続きせず、やっぱり放置という恥ずべき経緯があった。

そんなわけで当然字は昔からちっともうまくなく、今も全く自信がない。
最近はパソコンの利用により手書きの文字を人様にお見せする機会も少ないが、それで逆に困るのがたまにある葬式や結婚式である。
以前急に葬式に出なければならなくなり、香典を用意したものの、筆ペンで書いた己の名前のあまりのひどさに、欠席しようかと本気で思ったこともある。

香典袋に名前を書くのにさすがにハンコやパソコンでプリントというわけにもいかない。
特に香典は名前をがっちりパソコンで印刷して持っていったら、ご不幸に対して前もって準備していたことになり、はなはだ失礼であろう。
・・・と思ったら、最近は香典袋に名前を印刷するフリーソフトやテンプレートがネット上に普通に登場しているようだ。
香典は集めて終わりじゃなく、そのあと遺族側からお返ししたりお礼状を出したりいろいろあるのだ。
読めないほど汚い字で名前書いて香典出したら、そのほうが実務的には迷惑だということになる。
よって香典袋の名前のプリントが失礼だと感じるかどうかは人による、という状況らしい。

記帳はもっと大変で、現地でぶっつけ本番で書き直しもできない。
だいたいが厳粛な場所で、記帳係はこちらの字を凝視している、という異常な空間の中でまともな字が書けるわけがない。(言い訳)
記帳係に後ろを向いてもらったところでヘタ字は同じなんですけど。
楽器やスポーツは他人の目の前で決して見せまいと決意すれば、ヘタがバレずに墓場まで持っていくことも可能だが、字と箸の持ち方はまだまだそうもいかないのだ。
スマホをピッとかざすだけ、というITな記帳が早く始まらないだろうか。(バカ妄想)

なのでネットでの発信が手書き文字限定でなくてホントによかったと思う。
もし仮に、ネットの世界でも文字だけは手書きであったとしたら、おそらく自分はBLOGもSNSもやっていないだろう。
こんなクソ汚い字で世界中に聴いてない音楽を公表するなんて・・とても恥ずかしくてできません。
・・・聴いてない音楽を公表してる時点ですでに恥なんですが。

ところで、そもそも習字と書道は違うんだそうだ。
どう違うのかというと、これもて定義や解釈がいろいろあるそうだが、お教室に通ったり先生について字を習うのが習字で、その過程で昇段して師範代の免状を得てからが書道、ということらしい。
なので自分の場合習字もしてないので、本当は今日のタイトルも「やってない 習字」にしないといけないようだ。

ちなみに書道における級や段は全国統一の基準はなく、それぞれの団体ごとに設定して昇格していくものらしい。
なので書道八段といってもレベルは様々で、将棋や柔道のような段位とは意味合いが異なるようだ。
最近はアート寄りに書の表現を発展させて有名になる書道家もいるが、実は段を持っていないというケースもあるとのこと。
漫画や映画の影響もあってか、若い人の間でもでかい紙にでかい筆で自由に書くというパフォーマンス書道?が人気らしい。
こうなると段位や級はそれほど重要なものでもなくなってきているのかもしれない。

それでも「書道○段」というのは自分みたいなヘタ字クソ野郎からすると単純に「すごい・・」と思ってしまう。
なんでもそうだが、字もうまいに越したことはない。
子供の頃は小学校にも字のうまい先生がいて、学校で出す賞状は必ずその先生が書く、なんてこともあった。
有名人だと字がヘタで見下されたり字が上手で見直されたりは相当あるだろう。
深田恭子やマツコ・デラックスやアンガールズ山根は書道の有段者だそうだ。
最近ネットで「野田幹事長の字は小学生レベル」などとバラされて気の毒だったが、そんな情報で本人や党の選挙にも影響が出なければいいけど・・

「絵がヘタ」よりも「字がヘタ」なことに世間は厳しいような気もする。
「野田氏は絵がヘタ」よりも「野田氏は字がヘタ」のほうが政治的ダメージが大きい(と思う)。
字よりは絵のほうが多少は手が動く自分としては、こうした風潮はやや不満だ。
ただ、冷静に考えればこれも当たり前の話ではある。
絵は基本的に趣味の範疇だが、字は情報伝達手段であり社会的な作法のようなものだ。
絵がヘタでも他人に迷惑がかかることはほとんどないけど、字は度を超して汚ければ他人には読めないし、読まされるほうは不快である。(悪筆で有名な大作家ってのもいますけど)
文句言ってないでお習字しろよって話でしょうけど・・・

というわけで、書道。
みなさんは習字や書道、やってますか?
「実は字が上手だ。ネットでも手書きで表現したいくらいだ!」という方、一方で自分と同様に「パソコンが普及して手書きの機会が減ってよかった・・」と思ってる方、みなさまの字について教えていただけたらと思います。

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